津地方裁判所 平成18年(ワ)455号 判決 2009年2月19日
原告
X1
原告
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
村田正人
同
石坂俊雄
同
福井正明
同
伊藤誠基
同
森一恵
被告
Y土建株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
倉田嚴圓
主文
1 被告は,原告らに対し,それぞれ金75万円及びこれに対する平成18年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告らに対し,それぞれ金100万円及びこれに対する平成18年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 亡B(以下「B」という。Bは,平成16年1月13日交通事故により死亡しているが,以下,この交通事故を「本件交通事故」という。)は,原告らの子であるが,平成14年4月,被告に入社したものであり,死亡当時,川上ダムの現場事務所で勤務していた。
(2) 被告は,土木建築工事請負及び設計施工などを行うもので,三重県名賀郡青山町羽根葭ヶ廣地内で行う川上ダム付替町道第1工区工事作業所(以下「本件作業所」という。)で道路工事を行う事業主であったものである。
(3) Bは,平成14年4月ころ,被告の養成社員制度により,養成社員として被告に入社することで,被告との間で雇用契約を締結した。
養成社員制度とは,三重県で最大規模の総合建設業を営む被告が,関連子会社(個人企業)の建設業者の子を一定期間預かって被告の社員として就労させ,その間に,関連子会社の事業承継者としての技術的・経営的ノウハウを身につけさせて,それが完了した時点で雇用契約を合意解消し,預かり元に戻す制度である。したがって,被告は,平成14年4月上旬,Bとの間で養成社員としての雇用契約を締結したものであり,この雇用契約上の付随義務として信義則に基づき,Bに対し,その勤務により健康を害しないように配慮(管理)すべき義務(勤務管理義務)としての安全配慮義務及び被告の社員が養成社員に対して被告の下請会社に対する優越的立場を利用して養成社員に対する職場内の人権侵害(いわゆるパワーハラスメント)を生じないように配慮する義務(パワーハラスメント防止義務)としての安全配慮義務を負担していた。
(4) また,被告は,預かり元である被告の2次下請をしていたd建設株式会社の代表取締役である原告X1(以下「原告X1」という。)との間で,被告とBとの養成社員雇用契約に関して,明示あるいは黙示の準委任契約を締結した。準委任の内容は,原告らの子であるBを被告の関連子会社の事業承継者として養成し,技術的・経営的ノウハウを身につけさせることであり,Bの就労に関しては,労働基準法をはじめとする労働法や国内諸法令を遵守して就労させることである。したがって,被告は,この準委任契約上の付随義務として信義則に基づき,原告X1に対しても,Bに対してと同様に,Bに対する勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務を負担していた。
(5) しかし,被告は,労働基準法に違反して,Bをして平成14年9月から同人が死亡する平成16年1月13日に死亡するまでの間,以下のとおり,違法で過酷な時間外労働に就労させ,同時に,上司によるBに対するパワーハラスメントを放置して,上記Bとの雇用契約及び原告X1との準委任契約上の付随義務として信義則に基づく勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務に違反した。
ア Bは,被告に就職した平成14年4月から平成16年1月までの間,別紙の残業時間欄記載のとおり,時間外労働を強いられた。Bは,本件交通事故前日も徹夜勤務を強いられていたが,被告会社では,このような時間外労働を隠蔽するためにタイムカードをつけておらず,1か月50時間の時間外労働を上限とする会社ぐるみの時間外労働隠しが行われていた。
イ Bは,入社当時七十数キロあった体重が10キロ以上減少して62キロにまでなるなど,長時間労働の影響が出ていた。
ウ Bは,平成16年1月においては,初勤務の同月5日から同月13日までの間,1日の休暇も取らせてもらえず,8日間で41時間の残業を強いられていた。
Bは,このため,本件交通事故前日の平成16年1月12日も徹夜勤務後約2時間の仮眠しか与えられず,翌日の同月13日も午後5時の就業時間を越えて午後6時ないしは午後6時30分ころまで残業をさせられていた。
エ そして,Bが本件交通事故により死亡した平成16年1月13日は,被告は,睡眠時間がとれていない上に,実質的には2日に及ぶ異例の長時間労働に就労させた疲労困憊状態であるBを勤務終了後直ちに帰宅させることをせず,工事事務所長のC(以下「C所長」という。)了解のもと,川上ダムの工事打ち上げ会と称して飲み会を行うこととし,C所長が飲酒代金を負担し,現場代理のD(以下「D」という。),一般監督のE(以下「E」という。),同F(以下「F」という。),同G(以下「G」という。)らをして,Bに,居酒屋「a屋桐ヶ丘店」での飲み会に参加することを半ば強要するなどした。この打ち上げ会は,就業時間に連続して行われたものであり,業務と密接に関連するもので,業務に準じるものであった。
その後,Bは,E,F,Gから2件目の居酒屋であるb苑にはしごするよう半ば強制された。
しかも,被告は,飲み会に参加したBに対し,代行運転を手配するとか,タクシーで帰宅させるなどして安全に自宅まで帰宅させる安全配慮義務を怠り,上司であるEとGをして,睡眠不足の上に疲労困憊のため自動車の運転が不可能なBに自動車を運転させて,E及びGを伊賀市から津市の自宅まで送り届けるように半ば強制した。
Bは,本件作業所で工事を行うために設置された被告の事務所(以下「現場事務所」という。)から一志町の自宅までが通常の通勤経路であり,原告X1からは,当日,雪が降っているので遅くなるのであれば絶対泊まっていくように言われ,Bの婚約者のH(以下「H」という。)からは,飲酒運転は絶対しないように言われていたものの,自宅よりもさらに遠方に自宅のある上司のEとGを送っていくよう両名から言われたため,その意思に反して車を運転した。
厚生労働省労働基準局,都道府県労働局,労働基準監督署が作成したリーフレットによれば,時間外労働が1か月で100時間,または,2か月から6か月平均で1か月80時間を越えると,健康障害のリスクが高まり違法性が高いとされているところ,Bが慢性的な疲労状態であったことは,80時間を超える違法な時間外労働が常態化していたことから明らかであるが,このような蓄積疲労と前日からの睡眠不足に加えて,酒の摂取による眠気がBを襲い,その結果,上司を自分の車で送らされた帰り道において交通事故死に至ったと推定されるのであり,被告の極めて不適切な労務管理が交通事故死の原因でもある。
被告がBに対し適切な労務管理を行い,事故当日も,川上ダムの工事打ち上げの飲み会にBを誘わず帰宅させていれば,本件交通事故は起きなかった。
オ Bは,被告において,養成社員と言われる立場であった。養成社員は,被告の社員として一時的に被告と雇用関係に入るものの,将来,被告の協力会社を経営するものとして,その指示には従わざるを得ない弱い立場にあり,上司の指示に逆らえる身分ではなかった。事実,Hは,Bが,上司が自分の仕事をBに押しつけ帰ったことを愚痴としてこぼしつつ,養成社員であるから仕方がないかのように言っていたのを聞いているし,Bの友人であるLは,Bから自分に向かって上司の投げたカケヤや木杭が飛んできたとか,上司にガムを吐かれたなどと職場での扱いの酷さを聞いており,平成15年3月11日ころには,Bは,Eから測量用のポールの先端がとがった金具部分を体に向かって投げられ,右第1足指刺傷の傷を負いを,病院で治療を受けたことがある。
(6) そして,被告は,職場内で起きている上記のようなパワーハラスメントを阻止し,改善する措置をとらずに放置し,原告X1から被告に対してなされた残業が多いことの改善や事故がないように,との申し入れに対し,具体的な改善措置をとらずに放置してきたことからすれば,被告は,Bに対し,これら一連の対応につき,不法行為責任を負う。
(7) 雇用契約ないし不法行為に基づく損害賠償請求として,Bが上記のような一連の違法な時間外労働及び上司によるパワーハラスメントにより被った著しい肉体的精神的苦痛を慰謝するとすると200万円はくだらない。
(8) Bは,平成16年1月13日に死亡し,同日,相続が開始した。
相続人は,Bの両親である原告らであり,ほかに存在しない。法定相続分は各2分の1であり,原告らは,Bの被告に対する請求権を各2分の1の割合で相続した。
(9) 原告X1は,被告の準委任契約に反する措置で唯一の子であり事業後継者でもあるBを失ったものであり,その精神的苦痛を金銭で換算できないものであるが,仮にこれを慰謝するとしても,交通事故の死亡慰謝料の3000万円はくだらないと考えるが,原告の求める措置はあくまでも被告の真摯な謝罪であるので,その内金として100万円を請求する。
(10) よって,被告に対し,原告らは,被告とBとの雇用契約上の付随義務として信義則に基づく勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務違反による慰謝料請求,または,民法709条の不法行為に基づく慰謝料請求として,さらに,原告X1は,被告と原告X1との準委任契約上の付随義務として信義則に基づく安全配慮義務違反による3000万円の慰謝料請求の一部請求として,それぞれ100万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成18年12月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお,原告X1の被告に対する準委任契約に基づく請求は,原告X1のその余の請求と選択的請求の関係にあるものと解される。)。
2 請求原因に対する認否ないし被告の主張
(1) 請求原因(1)の事実は認める。
(2) 請求原因(2)の事実は認める。
(3) 請求原因(3)の事実のうち,被告がBと養成社員として雇用契約を締結したこと,養成社員制度の内容は認め,勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務を負担していることは争う。
(4) 請求原因(4)は争う。
原告X1と被告との間に養成職員雇用契約に付随する準委任契約などない。
被告では,地元企業の後継者育成の一助として同業者から頼まれれば,入社試験をしないで,子弟を養成職員として三,四年程度被告に在籍させ,入社試験を受けて入社した職員と分け隔てなく技術の習得をさせ,給与についても同期社員と同額を支払っていた。
Bも,このような養成職員として,入社試験を受けないで,被告に入社したものであって,被告とBとの間には,通常の雇用契約(ただし,契約期限が三,四年という有期のものであった。)がなされた。
被告の取締役がd建設株式会社の代表者である原告X1からBを養成職員として雇用するよう頼まれたことがあっても,それは,Bと被告との間で雇用契約を締結する動機なりきっかけにすぎず,これをもって,原告X1が主張するような,同人と被告と間で準委任契約が締結されたということはできない。
(5) 請求原因(5)の事実のうち,Bが長時間の時間外労働をしていたことは認め,その余は否認ないし争う。
ア① 被告では,平成16年1月当時,時間外労働時間の把握を各人の自己申告による出勤管理表に記載された時間外労働時間は50時間との記載によって行っていたので,実際の正確な時間外労働時間は不明であった。
そこで,Bが働いていた現場事務所に設置した警備保障会社の警備装置の入り切りの時刻の記録を用いて,Bがいつも朝一番早く現場事務所に出勤し,夜一番遅く退勤したと仮定して,Bの時間外労働や法定休日労働を算定したものが原告らが引用する別紙の「残業時間」「休日出勤時間」である。
したがって,実際のBの「残業時間」「休日出勤時間」の時間数は,これより少ないことになる。
② 被告では,36協定においては,現場作業に従事する社員の時間外労働時間については,原則として1日6時間,3か月168時間,1年672時間と定めていた。
そこで,工事現場では,1か月50時間を時間外労働時間の目安としていた。1か月50時間の範囲の時間外労働時間については,勤務管理補助者である現場事務所長が職員個々人の自己申告を認めるだけで勤務管理者である土木部長に報告する必要がないことになっていた。
もっとも,天候その他外的要因等により工事が非営に遅れた場合や工事の契約期間が特別に短い場合などには,「臨時的な特別の事情」のある場合として,「労使の協議を経て」,時間外労働時間を1日8時間,1か月116時間,3か月348時間に延長することができることになっていた。
したがって,どれだけ時間外労働時間が多くても一律に1か月50時間に抑えていたというものでは決してなかったので,1か月50時間の時間外労働を上限とする会社ぐるみの時間外労働隠しが行われていたとの点は否認する。
イ Bの体重が減少したとしても,長時間労働の影響であることは知らない。
ウ Bが平成16年1月5日から同月13日までは,同月11日を除いて時間外勤務をしていたことは認める。同日は完全な休日であった。
エ① Bが上司から一緒に飲酒をしなければならないように参加を半ば強制されたこと,2軒目の居酒屋への同行を半ば強制されたこと,EとGがBに対し,伊賀市から津市の自宅まで送り届けるように半ば強制したこと,は否認する。
被告の職員らがBに対し,同人が直ちに帰宅したいと言ったのを帰宅させなかった事実はないし,飲み会に参加することを半ば強要したこともない。
D,E,F,G及びBは,a屋を出てFが運転する車で現場事務所に隣接する宿舎に送ってもらう途中,誰かがもう一軒行くと言い,途中でE,G,Bが車から降りていった。Dは,降りていった3人に「先に帰って寝とるぞー。」と言い,Fは,Dを現場事務所に隣接する宿舎まで送り,自宅に帰宅した。その後,Gから電話があり,「名張から白山町二本木までの途中の)青山は雪やったで泊まらなあかんぞー。」と強く申し渡して電話を切った。
Bは,被告入社時の自己のプロフィールで趣味を「飲酒」と記載するほど,酒が好きであったところ,飲酒の上雪道を相当のスピードで自動車を走行させたために,スリップして本件交通事故を発生させたものであった。睡魔のため居眠り運転をした結果として本件交通事故が発生したものではなかった。
② そもそも,終業後の社員同士の私的な食事の会にまで被告の指揮監督が及ぶことはないから,被告がBの車両の代行運転を手配するとかタクシーで自宅まで帰宅させる安全配慮義務を有していたとの点は争う。被告が終業後の社員同士の私的な食事の会の後のいわゆる二次会後の帰宅方法についてまで配慮しなければならない法的義務があるとは考えない。しかし,被告では,現場事務所に隣接してエアコンも風呂も完備する宿舎を設け,Bはリースの布団のうちの1組を自分専用の布団として用いていたほどであったから,どうしてその宿舎に泊まらないで津市方面に向かって雪の中を飲酒運転したのか全く理解できない。被告がBに強いてEとGを伊賀市から津市の自宅にまで送り届けるようにした事実はない。むしろ,Gは,当日午後6時ころ,妻に宿舎に泊まっていく旨を電話連絡していたのであるから,GがBに自宅まで送り届けるように求めたことは考えられない。
安全配慮義務とは,労働者が労務提供のために設置する場所,設備もしくは器具等を使用し,又は使用者の指示のもとで労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等の危険から保護するように配慮すべき義務であるから,本件のような終業後の社員同士の私的な食事の会の後のいわゆる二次会後の飲酒運転による自損死亡事故の場合,およそ被告の安全配慮義務が問題となる余地はないから,雇用契約における損害賠償責任が発生するものではないし,原告X1と被告の間での準委任契約にいたってはそもそも成立していない。
オ Bが養成社員として将来においても被告の協力会社としてその指示に従わざるを得ない弱い立場であったこと,被告の上司の指示に逆らえる身分ではなかったことは否認する。被告は,地元企業の後継者育成の一助として同業者から頼まれれば子弟を預かり養成社員として三,四年程度被告に在籍させ,自社職員と分け隔てなく技術の習得をさせていたが,元請け下請けの立場を利用して自社職員と差別して取り扱ったことはなく,給与については,同期社員と同額を支払っていた。なお,原告X1の経営するd建設は被告の協力会社(一次下請)ではなく,被告と直接の利害関係はなかった。
現場における仕事は各自が分担していたのでBに仕事を全部押しつけた事実はない。DがBに仕事を頼んだときは必ず同席していたし,書類全般や金の支払い,役所との折衝はC所長が,下請・役所との折衝や数量変更書類の作成はDが,写真整理や打合簿の記録はEが,測量書類の作成はFやI(以下「I」という。)といったように分担して行っており,平成14年4月に入社したばかりのBに全ての仕事を押しつけることは考えられないし,また,できるわけがない。Bが1人で仕事をしたときもあったかもしれないが,大半はE,I及びBの3人が一緒に仕事をしていて,帰るときも一緒のことが多かった。特に,Eは,いつもBとペアを組んでいろいろと教えていた。その結果,Bは,CADが書けるようになったし,文書をスキャナーでPCに取り込み役所提出用書類が作成できるようになった。
EがBに対してポールを投げたのは,EがBに対し,夕方5時ころから測量を始めると言ったところ,Bがこんな遅くからという感じでダラダラしていたので,Eが嫌ならやめとけと言って測量用のポールをBの方に放り投げたところ,弾みでBの足に当たったものである。
(6) 請求原因(6)の事実のうち,原告X1が平成15年11月ころ,被告のN次長とC所長に対し,Bの残業が多いことに対する改善の申し入れをしたことは認め,その余は争う。
不法行為責任については,Bの時間外労働が労働基準法に違反するものであったとしても,それが直ちに不法行為法上の違法性が認められることにはならないし,時間外労働に対する割増賃金が支払われたら,それ以上に損害は観念できない。
なお,個々の事実については,体重の減少が時間外労働によるものであるかどうかは不明であるし,体重の減少そのものが損害に該当するのかどうか不明である。また,ポールを投げつけられたことによる足指の負傷については,発生が平成15年3月ころのことであるから,被告は,平成20年5月14日に行われた第14回口頭弁論期日において,同月9日受け準備書面を陳述することにより,不法行為による損害賠償請求権としては,消滅時効を援用する旨意思表示した。さらに,Bが時間外労働により睡眠不足で疲労困憊に陥っていたことは知らないが,終業後の社員同士の私的な食事会の後の飲酒運転による自損死亡事故の場合,およそ被告の安全配慮義務が問題となる余地はなく,被告には代行運転を手配するとかタクシーで自宅まで帰宅させるべき注意義務はなかったから,被告には,この点についての不法行為責任はない。
被告は,本件作業所における工事について,適正な労働時間の管理のもとで施工することを考え,その契約金額に比して多くの技術職員を投入していた。しかも,被告は,C所長から平成15年3月と4月に,技術職員の時間外労働が多くなるので増員して欲しいとの依頼に応じて職員を増員した上,完成間近になって契約先の水資源開発公団の要求する事務処理量が飛躍的に増大するようになった平成16年1月にも増員した。このほか,本件作業所では平成15年11月から毎週水曜日を「ノー残業デイ」とした。
以上のとおり,被告が本件作業所における時間外労働に配慮していた事情に照らし,被告がBに対し,50時間の超える時間外労働に対する割増賃金を支払っていなかったことについて,不法行為とまで認められなければならない程度の違法性はなく,また,未払いの割増賃金が支払われたことで,原告らが主張するような慰謝料まで支払わなければならない損害があったとまでは認めることもできないし,被告が時間外手当の支払いとは別途に金銭賠償を要するとまで認めることもできない。
(7) 請求原因(7)は争う。
(8) 請求原因(8)の相続関係は認める。
(9) 請求原因(9)は争う。
理由
1 本件は,Bが被告における違法な時間外労働及び上司によるパワーハラスメントにより被った肉体的精神的苦痛に対する慰謝料請求として,被告に対し,原告らが,被告とBとの雇用契約上の付随義務として信義則に基づく勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務違反による慰謝料請求,または,民法709条の不法行為に基づく慰謝料請求として,原告X1が,被告と原告X1との準委任契約上の付随義務として信義則に基づく勤務管理義務及びパワーハラスメント防止義務としての安全配慮義務違反による3000万円の慰謝料請求の一部請求として,それぞれ100万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成18年12月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である(なお,原告X1の被告に対する準委任契約に基づく請求は,原告X1のその余の請求と選択的請求の関係にあるものと解される。)。
これに対し,被告は,契約関係については,Bと雇用契約を締結した事実は認め,原告X1と準委任契約を締結した事実を否認し,事実関係については,Bが時間外労働をしていたことは認め,上司によるパワーハラスメントがあったことは否認した上で,Bが時間外労働をしていたことから直ちに雇用契約上の付随義務として信義則に基づく勤務管理義務としての安全配慮義務違反もしくは不法行為に基づく損害賠償請求としての慰謝料請求に応じなければならないものではないとして,これを争っている。
そこで,以下,当事者間に争いがない事実をふまえた上で,被告におけるBの勤務実態を概観し,時間外労働及びパワーハラスメントに関する上記本件各訴訟物の成否を順次検討し,これらが認められる場合にはその慰謝料額についても検討する。
2 請求原因(1),(2)の各事実,同(3)の事実のうち,被告がBと養成社員として雇用契約を締結したこと,養成社員制度の内容,同(5)の事実のうち,Bが長時間の時間外労働をしていたこと,Bが平成16年1月5日から同月13日まで同月11日を除いて時間外勤務をしていたこと,同(6)の事実のうち,原告X1が平成15年11月ころ,被告のN次長とC所長に対し,Bの残業が多いことに対する改善の申し入れをしたこと,同(8)の相続関係は,いずれも当事者間に争いがない。
3 上記当事者間に争いがない事実のほか,証拠(<証拠・人証省略>,原告X2本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) Bは,平成14年3月c大学工学部土木学科を卒業し,同年4月1日,被告に養成社員として入社した。被告では,土木部の社員として勤務していた。
養成社員とは,被告において,一般の社員のように退職まで勤務することはなく,建設業を行うに当たって一人前になるよう養成を受け,概ね四,五年で退職し,その後は父親などが経営する建設会社で跡継ぎとなる者をいう。採用に当たっては,面接試験などは受けるものの,基本的には業者間の信用などで採用されるものである。賞与は支給されず,昇級もなく,退職金規定が適用されないものの,その他の賃金や勤務時間などの面では,一般の社員と何ら区別はない。
(2) Bは,研修などを受け,平成14年5月29日から,被告が水資源開発機構(旧水資源開発公団)から受注した本件作業所に配属された。
本件作業所の人員体勢としては,C所長,D工事長,E(主任2級),I及びB(無資格)の5名であった。
当初,本件作業所における工事の工期としては,平成14年3月19日から平成15年7月21日までとされていたが,山岳地での工事であり到底この工期で完成することはできないものであり,事実,同年3月の時点では,予定では全体の87パーセントできていなければならないところ,39.75パーセントしかできておらず,当初の工期の完成時期である同年7月時点でも全体の61.3パーセントしかできておらず,工期を変更してもらい,最終的には工期が平成16年2月までとなるほど,計画に無理がある工事であった。しかも,発注者からは,旧来の書面による納品だけでなく電子納品も行うよう指示されていたため仕事が2度手間になり,提出書類の指示が非常に多い上,電子納品を行うことが初めてであったにもかかわらず,被告では研修等の指導はなく現場任せの状態であった。本件作業所は,C所長が今まで経験した中で最も過酷な工事現場であり,新入社員のBを本件作業所に配属するという話を被告の土木部長から聞いた際,新入社員では使いものにならないといって断ったほどであった。そのため,平成14年度末には,D工事長及びEからC所長に人員増員を求め,C所長は,被告土木部長や次長にその旨要望した。その結果,平成15年5月から11月末までの間はJが,同年12月の1週間はKが,それぞれ応援に来て,平成16年1月5日からはG(主任2級)が増員され,最終的には6名となった。なお,途中,Jが大阪の現場に呼ばれたことから替わりにF(主任1級,Eと同期入社)が配属されている。
(3) D工事長は,Bが養成社員であり,本件作業所が初めての工事現場であったことから,同人に現場での人間の使い方,現場の采配の仕方などを数年間のうちに身につけさせるべく,Eに対し,Bに現場での業務を覚えさせるべく指導するよう指示した。これにより,Bは専らEから直接の指導を受けることになり,同人と行動を共にすることになった。
しかし,Eは,入社間もないBに対し,「おまえみたいな者が入ってくるで,L部長がリストラになるんや!」などと,理不尽な言葉を投げつけたり,Bがd建設株式会社の代表取締役の息子であることについて嫌味を言うなどといった対応をしていた。
(4) 本件作業所における作業員の勤務状況は,上記のような工期自体に無理のある工事現場であったことから,全体的に残業時間が長く休日出勤もしなければならないような厳しいものであったが,特に新入社員で一から仕事を覚えなければならなかったBの勤務は,非常に過酷で毎日の帰宅が夜12時以降であった。また,土曜日,日曜日は休日であったが,概ね土曜日は出勤しており,日曜日も出勤する場合があった。そのため,Bは,疲労がたまり睡眠不足となり,休みの日曜日は昼過ぎまで寝ている状態であり,平日は風呂に入ることもなく就寝していることが多かった。
なお,本件作業所には,休憩室が2室あり浴室もあったが,布団は引きっぱなしで不衛生であったことから,Bをはじめ作業員は,帰宅時間が遅くなったとしても,同所に宿泊するより帰宅することを望んでいた。
そして,昼休みには,上司の弁当を買いに行ったり,仕事をしなければならず,仮眠をとることもできなければ,通勤に使用する車のガソリンを入れる時間を作ることさえ,ままならない状況であった。
それだけではなく,Bは,夜,本件作業所において残業をしていると,上司であるEからはこんなこともわからないのかと言われ,物を投げつけられたり,机を蹴飛ばされたりしており,今日中に仕事を片づけておけと命じられて,遅くまで残業せざるを得ない状況であった。一方,仕事を命じたEは,Bを残して先に帰ってしまうことがあった。ほかにも,Bは,他の作業員らの終わっていない仕事を押しつけられて,仕事のやり方がわからないまま,ひとり深夜遅くまで残業したり,徹夜で仕事をしたりしていた。このような状況について,Bは,普段は愚痴をこぼすようなことはしないのに,Hに対し,養成社員として入社した身であるから仕方がないんだと愚痴をこぼしていた。また,Bは,Eから勤務中にガムを吐かれたことがあり,ガムがBのズボンに付くのを見てEは笑っていた。それに対して,Bとしては,文句を言うこともできず,我慢して笑ってごまかした。
平成15年3月11日には,Bは,Eに測量用の針の付いたポールを投げつけられ,それが足に刺さり全治約一週間程度を要する右足趾刺創の傷害を負った。翌日,病院に行くために休んだBに対して,Eは,怪我の様子を心配するどころか怪我を負わせたことを口止めするような電話をしてきた。
Bは,Eに対し,逆らわずに,怪我のことは誰にも言っていない旨伝えた。このため,被告においても,Eの投げつけたポールでBが負傷した事実を把握できていない状態であった。
(5) 被告では,平成13年ころから管理職手当対象者以外の者に対して時間外労働の1か月の時間数について,基本的には20時間で調整し,残業の多い現場では50時間で調整するようにしていたが,C所長は,本件作業所では,残業は毎月50時間で出勤管理表に計上させるようにしており,Eらにその旨伝えていた。また,被告では,休日出勤については,月1日のみを出勤管理表に計上し,残りは後日振り替え扱いとすることが統一された処理となっていたため,それに従って処理されていた。そのため,被告では,これを超える時間外労働割増賃金の支払はなされていなかった。
もっとも,C所長は,本件作業所における作業員の就業状況をふまえて,1月50時間の残業代では不十分であるとして,不足分を遡って支払いたいと被告土木部のM次長に相談していたが,この時には支払われていない。
C所長は,作業員に残業をしないで早く帰るよう声をかけることはあったものの,本件作業所が工期に無理のある工事現場であったことから,本当に残業しないで早く帰っていては実際の仕事が回っていかないことを十分わかっていたので,それ以上に,早く帰らせるための具体的な措置を講ずることはしていない。
(6) Bは,3歳からスイミングを始め,小学校では剣道,中学校ではサッカー,大学2年生のころからは極真空手を始めており,健康状態も良好であったにもかかわらず,体重が被告入社時から十数キロも激減し,顔色が悪くなって,睡眠不足を訴えていた。このような様子を見た原告らは,Bの体調を気遣い,Bに仕事を休むよう促すなどしていたものの,Bは,養成社員として被告に入社していたことから,睡眠不足などから体調が悪いといって休みを取ると,上司からどんな悪口を言われるかわからないし,ひいては原告X1の経営するd建設株式会社の名を辱めることになりかねないと考えて,本件作業現場の工事が完了するまで頑張らなければ,という思いで仕事に励んでいた。
Bの体重が短期間に十数キロ減るほどの変化があれば,周囲で一緒に仕事をしている者であれば,その体調の変化にすぐに気づいてしかるべきであったが,Bの体調を気遣う上司は1人もおらず,むしろ,昼休みに休んでいると,寝ている暇などないと怒鳴られるほどであった。
それでも,Bは,仕事に専念し,交際をしていたHに対しても,平成15年12月ころからは忙しくなるから夜10時以降の電話は避けてほしい。いつ仕事をしているか休んでいるかわらないから。」と言うほど仕事に集中していた。Bは,Hに対して,「この仕事は将来ずっと残るからいいだろう。形になったら見せてあげる。」と言うなど,被告における土木建築の仕事を誇りに思っており,強い責任感から仕事を精一杯こなしていた。
(7) 原告X1は,平成15年11月ころ,被告土木部のN次長及びC所長が,衆議院議員選挙の選挙運動の一環でd建設株式会社を訪れた際に,Bの残業時間が余りにも多いので改善するとともに,絶対に事故が起きることのないよう要望した。同時に,Bに対しても,被告に残業時間が多いことを訴えるよう促したものの,養成社員として入社していることから,被告にその旨訴えることはできない,との返事であった。
これを受けて,C所長は,毎週水曜日をノー残業テーにし,本件作業所の作業員にその旨伝えた。もっとも,ノー残業デーというのは,作業所内部でそう申し合わせただけであり,どんなに仕事が忙しくても残業できないようにするといった徹底はなされておらず,忙しい本件作業所では実効性の乏しいものであった。
(8) しかも,被告では,本件作業所において,労働基準法第32条所定の労働時間を1日につき6時間,3か月につき168時間,1年につき672時間延長する旨書面による協定が,平成15年4月以降労働基準監督署に届け出られていないことを把握していないばかりか,本件作業所における作業員の就業時間・残業時間について,タイムカードはなく,工事日報も記載していなかったため,被告本社における勤務管理者であるO土木部長はもとより,本件作業現場の勤務管理補助者であるC所長でさえ,各作業員の正確な就業時間・残業時間について把握することが困難な状態であり,本件作業所の警備記録から推認するよりほか方法がないほど,社員の就業時間に関する管理は極めてずさんなものであった。
(9) 平成16年1月になると,本件作業所で行っている工事の工期(同年2月)が迫り,発注者から最終の変更図面や工事数量の計算書を同月13日までに提出するよう指示があり,そのため,変更部分の数量計算の補助をしていたBの仕事量も増え,さらに残業が増加し,水曜日のノー残業デーを守れるような状況ではなくなった。Bは,同年1月5日から連日のように深夜まで残業が続いた。
平成16年1月12日には,Bは徹夜でパソコン作業に当たっていたが,このとき,一緒に残業していたのは数量計算等を行っていたD工事長のみであり,他の作業員及びC所長は帰宅しており,Bの仕事を手伝うことはしなかった。
なお,C所長は,作業員が残業することが多い本件作業所において,勤務時間中にリフレッシュと称して度々パソコンゲームをしており,ほかの作業員の仕事を手伝っていた様子はうかがえない。
(10) そして,翌13日も,Bは,通常勤務に就いたが,Bが自宅に帰宅しなかったことを心配した原告X2がBに電話をしたところ,午前5時ころまで徹夜で仕事をしていたということであった。そして,同日も,午後6時半ころまで勤務していた。原告X1がBに対し,午後5時50分ころ電話をして昨日は泊まりだったので今日は早く帰ってくるよう言ったところ,Bは仕事があるので遅くなると言った。原告X1は,雪が降るとの天気予報であったことから,遅くなるのであれば休憩室に泊まってくるよう注意した。事実,当日は,三重県上野の天候は,夕方ころからしゅう雪ないし雪であった。
Bらは,発注者への最終の変更図面や工事数量の計算書の提出を済ませたことから,C所長を除く5名で食事をすることになり,5名は,F運転の車で本件作業所から約900メートル離れたa屋というお好み焼き屋で午後6時半ころから午後8時ころまで飲食した。
飲食後,Fは,4名を車に乗せ,翌朝の食事を買いたいというDの求めによりコンビニエンスストアに寄ることにしたが,一方で,2軒目に飲みに行くので近くまで送ってほしいというEらの求めがあったので,本件作業所の近くのコンビニエンスストアではなく,むしろ,本件作業所を通り過ぎるようなところに位置する本件作業所から約1.5キロメートル離れた2軒目のb苑という居酒屋が近くにある南青山駅近くのコンビニエンスストアまで行った。その付近で,E,G及びBは車を降りて南青山駅前のb苑に飲みに行き,DとFは,そのまま,本件作業所の休憩室まで戻り,Dは休憩室で寝泊まりし,Fは自宅に帰宅した。
E,G及びBがb苑で飲酒していた際,午後9時30分ころ,HがBに架電したところ,Bが居酒屋のような場所に上司と一緒にいたようであったので,「お酒を飲んだら絶対運転はしないでね。」と伝えた。
その後,E,G及びBは飲酒していたこともあって,居酒屋の経営者に本件作業所まで送ってもらった。EとGは,休憩室で寝泊まりせず自宅に帰りたかったが,飲酒していた上に雪が降っていたので,自分たちの車で帰ることができなかったところ,スタッドレスタイヤを装着したBの車であれば,雪が降っていても自宅まで帰ることができると考え,Bに対し,飲酒運転になることを承知で同人の車でそれぞれの自宅まで送るよう要求した。Eの自宅は久居市で,Gの自宅は津市であり,本件作業所からみるといずれもBの自宅である一志町より遠方であったが,Bは,やむを得ず,スタッドレスタイヤを装着した自分の車を自ら運転し,EとGをそれぞれ自宅まで送ることにした。
Bは,平成16年1月13日午後10時08分ころ,三重県名賀郡青山町伊勢路1番地の国道165号線の直線道路を走行中,道路右側の畑に突っ込み,その先のコンクリート製の住宅土台部分に衝突して頭部顔面脳損傷により死亡した。同乗していたE及びGも死亡した。事故原因については定かでない。
(11) 上記のとおり,被告の本件作業所で行われていた違法な時間外労働について,少なくとも,C所長及びD工事長は,平成14年5月7日から平成15年3月31日までの間,本件作業所において,同作業所の労働者代表Eとの間で,労働基準法第32条所定の労働時間を1日につき6時間,3か月につき168時間,1年につき672時間延長する旨書面による協定を締結し,上野労働基準監督署に届け出ていた。にもかかわらず,法定の除外事由がないのに,別紙一覧表1のとおり,平成14年6月3日から平成15年3月31日までの間,同作業所において,Bに対し,① 1日について同協定による延長時間を含む6時間の労働時間を超えて,14回にわたり,最高1時間,最低30分ずつ,合計12時間30分の時間外労働をさせた,② 3か月について同協定による延長時間を含む168時間の労働時間を超えて3回にわたり,最高119時間,最低61時間ずつ,合計252時間の時間外労働をさせた,③ 1年について同協定による延長時間を含む672時間の労働時間を超えて198時問30分の時間外労働をさせたとして,また,被告は,C所長及びD工事長をして,法定の除外事由がないのに,別紙一覧表2のとおり,平成15年4月から平成16年1月13日までの間,同作業所において,Bに対し,① 172回にわたり,1日の法定労働時間8時間を超えて最高10時間,最低30分ずつ,合計676時間の時間外労働をさせた,② 37回にわたり,1週間の法定労働時間40時間を超えて,最高45時間,最低8時間ずつ,合計828時間の時間外労働をさせるとともに,C所長をして法定の除外事由がないのに,Bに対し,別紙一覧表3のとおり,平成14年7月1日から平成15年9月30日までの時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金並びに同年10月1日から同年12月31日までの時間外労働割増賃金(土曜日分を除く)及び深夜労働割増賃金合計78万3230円を支払わず,C所長及びO取締役土木部長(以下「O部長」という。)をして,別紙一覧表4<のとおり,同年10月1日から同年12月31日までの時間外労働割増賃金(土曜日分)合計14万0087円を,それぞれ支払わなかった(なお,後に,いずれも被告からBの相続人である原告らに弁済供託されている。),として,平成17年6月1日,被告は罰金20万円,C所長は罰金20万円,D工事長は罰金10万円,O部長は罰金10万円に処せられた。
(12) なお,厚生労働省労働基準局では,近年の医学的研究等を踏まえ,平成13年12月12日付け基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」により,脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,長期間にわたる疲労の蓄積についても業務による明らかな過重負荷として考慮することとしており,具体的には,発症前1か月間に概ね100時間を超える時間外労働が認められる場合又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと判断されているとしている。これによれば,Bの別紙一覧表1及び2のとおりの時間外労働は,いつ脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼしてもおかしくないほど過酷な状況にあったことがうかがえる。
4 時間外労働について
(1)ア 上記認定事実によれば,Bは,被告と養成社員としての雇用契約を締結した上,平成14年4月1日から被告に入社し,同年5月29日から本件作業所に配属されたことが認められる。しかし,この配属先の作業所における工事は,山岳地での工事であり到底この工期で完成することはできないものであり,仕事内容は,経験を積んだ者でさえ過酷であると感じるほど厳しいものであったため,新入社員で一から仕事を覚えなければならなかったBにとっては,荷が重すぎる現場であったことが認められる。それでも,Bは,養成社員として入社した以上,父の経営するd建設株式会社に恥をかかすわけにはいかないと考え,毎日夜12時以降に帰宅するほど残業し,概ね休日の土曜日も出勤し,日曜日も出勤する場合があったことが認められる。そのため,Bは,疲労がたまり睡眠不足となり,休みの日曜日は昼過ぎまで寝ている状態であり,平日は風呂に入ることもなく就寝していることが多かったことが認められる。
イ ところが,被告では,平成13年ころから管理職手当対象者以外の者に対して時間外労働の1か月の時間数について,基本的には20時間で調整し,残業の多い現場では50時間で調整するようにしており,本件作業所でも,残業は毎月50時間で出勤管理表に計上させるようにしていたため,Bがどんなに長い残業をしていたとしても,1か月50時間分の時間外労働割増賃金しか支給されなかったことが認められる。また,被告では,休日出勤については,月1日のみを出勤管理表に計上し,残りは後日振り替え扱いとすることが統一された処理となっていたため,概ね土曜日には休日出勤していたにもかかわらず,月1日のみの休日出勤分の割増賃金しか支給されていなかったことが認められる。
ウ これに対し,C所長は,本件作業所における作業員の就業状況をふまえて,1月50時間の残業代では不十分であるとして,不足分を遡って支払いたいと被告土木部のM次長に相談していたが,この時には支払われておらず,むしろ,C所長は,作業員に残業をしないで早く帰るよう声をかけることはあったものの,本件作業所が工期に無理のある工事現場であったことから,本当に残業しないで早く帰っていては実際の仕事が回っていかないことを十分わかっていたので,それ以上に,早く帰らせるための具体的な措置を講ずることはしていなかったことが認められる。
エ その結果,Bは,健康状態も良好であったにもかかわらず,体重が被告入社時から十数キロも激減し,顔色が悪くなって,睡眠不足を訴えていたにもかかわらず,養成社員として被告に入社していたことから,睡眠不足などから体調が悪いといって休みを取ると,上司からどんな悪口を言われるかわからないし,ひいては原告X1の経営するd建設株式会社の名を辱めることになりかねないと考えて,本件作業現場の工事が完了するまで頑張らなければ,という思いから,交際相手との電話をする時間を削ってでも,無理をおして仕事に専念していたことが認められる。そして,このような外形的にも見て取れるBの体調の変化があったにもかかわらず,本件作業所で一緒に仕事をしていたC所長,D工事長や指導にあたったEらは,何らBの体調を気遣うことなく,むしろ,昼休みに休んでいると,寝ている暇などないと怒鳴ってくるような対応をとっていたことが認められる。
オ このような状況を見かねた原告X1は,平成15年11月ころ,被告土木部のN次長及びC所長が,衆議院議員選挙の選挙運動の一環でd建設株式会社を訪れた際に,Bの残業時間が余りにも多いので改善するとともに,絶対に事故が起きることのないよう要望したところ,C所長は,毎週水曜日をノー残業デーにしたものの,作業所内部でそう申し合わせただけであり,どんなに仕事が忙しくても残業できないようにするといった徹底はなされていないため,忙しい本件作業所では実効性の乏しいものであったことが認められる。
カ そして,被告では,本件作業所において,Bをはじめとする管理職手当対象者以外の作業員に時間外労働割増賃金を一定額以上支給していなかっただけでなく,そもそも,労働基準法第32条所定の労働時間を1日につき6時間,3か月につき168時間,1年につき672時間延長する旨書面による協定が,平成15年4月以降労働基準監督署に届け出られていないことについて把握していない上,本件作業所における作業員の就業時間・残業時間について,タイムカードはなく,工事日報も記載していなかったため,被告本社における勤務管理者であるO土木部長はもとより,本件作業現場の勤務管理補助者であるC所長でさえ,各作業員の正確な就業時間・残業時間について把握することが困難な状態であり,本件作業所の警備記録から推認するよりほか方法がないほど,社員の就業時間に関する管理は極めてずさんなものであったことが認められる。
キ このようにして,Bは,本件作業所において,恒常的に時間外労働をせざるを得ないような立場におかれ,上司であるC所長もそれを承知の上で,残業させていたところ,平成16年1月になると,本件作業所で行っている工事の工期(同年2月)が迫り,発注者から最終の変更図面や工事数量の計算書を同月13日までに提出するよう指示があり,そのため,変更部分の数量計算の補助をしていたBの仕事量がさらに増え,より一層残業が増加し,およそ水曜日のノー残業デーを守れるような状況ではなくなり,同年1月5日から連日のように深夜まで残業が続いたことが認められる。そして,同月12日には,Bは徹夜でパソコン作業に当たってなんとか同月13日の発注者への最終の変更図面や工事数量の計算書の提出期限を守ることができたことが認められる。
(2) これらの事実からすれば,Bは,被告に入社して2か月足らずで本件作業所に配属されてからは,極めて長時間に及ぶ時間外労働や休日出勤を強いられ,体重を十数キロも激減させ,絶えず睡眠不足の状態になりながら,一日でも早く仕事を覚えようと仕事に専念してきたことが認められる。それにもかかわらず,被告では,時間外労働の上限を50時間と定め,これを超える残業に対しては何ら賃金を支払うこともせず,それどころか,Bがどれほどの残業をしていたかを把握することさえ怠っていたことが認められる。原告X1からBの残業を軽減するよう申し入れがあったことに対しても,およそ不十分な対応しかしていない。
このような被告の対応は,雇用契約の相手方であるBとの関係で,その職務により健康を害しないように配慮(管理)すべき義務(勤務管理義務)としての安全配慮義務に違反していたというほかない。したがって,この点に関し,被告には,雇用契約上の債務不履行責任がある。そして,同時に,このような被告の対応は,Bとの関係で不法行為を構成するほどの違法な行為であると言わざるを得ないから,この点についても責任を負うべきである。このことは,後に,被告が時間外労働割増賃金及び深夜労働割増賃金を全額弁済供託したからといって異なるところはない。もっとも,本件全証拠によっても,被告は,原告X1との関係で準委任契約を締結したとは認められないから,被告にこの点に関する責任までは認められない。
(3) この点,被告は,本件作業所については,適正な労働時間の管理のもとで施工することを考え,その契約金額に比して多くの技術職員を投入していたとか,C所長から人員増員を求められたのに応じて増員していることなどをあげて,被告が時間外労働に配慮していた旨主張するが,上記認定事実のとおり,被告は,本件作業所の作業員の時間外労働の実態さえおよそ把握してもいないことからすれば,この点に関する被告の主張は到底採用できるものではない。
5 パワーハラスメントについて
(1) 上記のとおり,Bは,長時間に及ぶ残業を行い,休日出勤をしてまで被告の本件作業所において仕事に打ち込んでいたところ,Bの指導に当たったEは,Bに対し,「おまえみたいな者が入ってくるで,L部長がリストラになるんや!」などと,理不尽な言葉を投げつけたり,Bがd建設株式会社の代表取締役の息子であることについて嫌味を言うなどしたほか,仕事上でも,新入社員で何も知らないBに対して,こんなこともわからないのかと言って,物を投げつけたり,机を蹴飛ばすなど,つらくあたっていたことが認められる。
また,Bは,Eから今日中に仕事を片づけておけと命じられて,1人遅くまで残業せざるを得ない状況になったり,他の作業員らの終わっていない仕事を押しつけられて,仕事のやり方がわからないまま,ひとり深夜遅くまで残業したり,徹夜で仕事をしたりしていたことが認められる。
そのほか,Eからは,勤務時間中にガムを吐かれたり,測量用の針の付いたポールを投げつけられて足を怪我するなど,およそ指導を逸脱した上司による嫌がらせを受けていたことが認められる。
このような状況においても,Bは,養成社員として入社した身であるから仕方がないんだと自分に言い聞かせるようにして,Eに文句を言うこともなく我慢して笑ってごまかしたり,怪我のことはEに口止めされたとおりC所長らにも事実を伝えず,一生懸命仕事に打ち込んできたことが認められる。
本件交通事故が発生した日の前日も,Bは徹夜でパソコン作業に当たっていたが,このとき,一緒に残業していたのは数量計算等を行っていたD工事長のみであり,他の作業員及びC所長は帰宅しており,Bの仕事を手伝うことはしなかったことが認められる。なお,C所長に至っては,勤務時間中にリフレッシュと称して度々パソコンゲームをしており,Bの仕事を手伝っていた様子はうかがえない。
(2) これらの事実からすれば,Bは,被告に入社して2か月足らずで本件作業所に配属されてからは,上司から極めて不当な肉体的精神的苦痛を与えられ続けていたことが認められる。そして,本件作業所の責任者であるC所長はこれに対し,何らの対応もとらなかったどころか問題意識さえ持っていなかったことが認められる。その結果,被告としても,何らBに対する上司の嫌がらせを解消するべき措置をとっていない。
このような被告の対応は,雇用契約の相手方であるBとの関係で,被告の社員が養成社員に対して被告の下請会社に対する優越的立場を利用して養成社員に対する職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務(パワーハラスメント防止義務)としての安全配慮義務に違反しているというほかない。したがって,この点に関し,被告には,雇用契約上の債務不履行責任がある。そして,同時に,このような被告の対応は,不法行為を構成するほどの違法な行為であると言わざるを得ないから,この点についても責任を負うべきである。もっとも,本件全証拠によっても,被告は,原告X1との関係で準委任契約を締結したとは認められないから,被告にこの点に関する責任までは認められない。
(3) この点,被告は,EがBに対してポールを投げたのは,EがBに対し,夕方5時ころから測量を始めると言ったところ,Bがこんな遅くからという感じでダラダラしていたので,Eが嫌ならやめとけと言って測量用のポールをBの方に放り投げたところ,弾みでBの足に当たったものであると主張しているが,そもそも,Bが被告が主張するような態度をとっていたと認めるに足りる証拠はおよそないし,いずれにしても,Eが行った行為を正当化する理由となるものではおよそない。むしろ,上記認定事実のとおり,このような事実をはじめ,ガムをズボンに吐きつけられたり,昼休みも休むことを許されず,深夜遅くまで残業させられ,徹夜勤務になることもあったような過酷な職場環境であったことからすれば,Bは,被告に入社後,間もなく配属された本件作業所において,先輩から相当厳しい扱いを受けていたことがうかがえる。このような扱いは,指導,教育からは明らかに逸脱したものであり,Bがこれら上司の対応について自分に対する嫌がらせと感じたとしても無理がないものであったというほかない。
なお,被告は,Bが足を怪我したことについては,時効が成立しているとの主張をしているものの,原告らは,個々の出来事を取り上げて債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求としての慰謝料請求をしているのではなく,Bが被告に入社し,本件作業所に配属されてから,本件交通事故により死亡するまでの一連のBの上司らによる行為ひいてはそれに関する被告の対応を問題としてとらえていることからすれば,この原告らの請求に関する消滅時効の起算日は,Bが死亡した平成16年1月13日とするべきである。
6 もっとも,本件交通事故当日Bを飲み会に出席させたこと及び上司を自宅まで車で送らせたことについては,別途検討を要する。
(1) 上記認定事実によれば,Bは,本件交通事故当日である平成16年1月13日も午後6時半ころから午後8時ころまで,D,E,F及びGとともにお好み焼き屋で飲食し,その後も,E及びGと居酒屋に飲みに行っていることが認められる。
この点,証拠(<証拠省略>)によれば,Bは,新入社員紹介の中で趣味として酒を飲むことを掲げていることが認められるが,これは,通常の健康状態を前提とするものであって,平成16年1月5日から連日のように深夜まで残業が続いた上,同月12日には徹夜勤務となり,2時間程度しか仮眠がとれていない状態で,Bが酒を飲むことを積極的に望んでいたとは考えにくい面がある。むしろ,これらの飲食は,Bとしては,つきあいとしてやむを得ず出席した面が強いものとも考えられる。
もっとも,この飲食には,C所長は全く参加していないし,DやFもお好み焼き屋で飲食しただけでその後の居酒屋には行っていないことなどからすれば,上記のとおり,BがEらからパワーハラスメントを受けていたとしても,Bに対して,被告の職務の一環としてこれらの飲食に参加しなければならないといった強制力があったとまでは認めることはできない。BがEらからの飲食の誘いを断り切れなかったとしても,それは,被告の職務の一環としてではなく,個人的な先輩からの誘いを断り切れなかったと解するほかなく,Bとしては,あくまで自由意思で参加したものというべきであり,被告の職務の一環として飲食をともにしたということまではできない。したがって,この点に関して,原告らが被告に何らかの責任を問うことはできない。そして,この飲み会が被告の職務の一環であったとまでは認定できない以上,その帰宅方法について,原告らが被告に何らかの責任を問うこともできない。
(2) また,上記認定事実によれば,E,G及びBが居酒屋での飲酒後に本件作業所に戻った時点で,BがEやGから自宅まで車で送るよう求められたのに応じて自ら運転してEやGをそれぞれ自宅まで送ることにしたことが認められるが,これについても,先輩・後輩の関係から断り切れなかったことは容易に想像されるところであるが,これを被告の職務の一環であったということまではできない。したがって,これに応じてBが飲酒運転をした結果,本件交通事故を起こしたことについても,それ自体を被告の職務の一環ということはできず,この点に関して,原告らが被告に何らかの責任を問うことはできない。
7 慰謝料について
以上によれば,被告は,雇用契約におけるBが健康を害しないように配慮(管理)すべき義務(勤務管理義務)としての安全配慮義務に違反するとともに,被告の社員が養成社員に対して被告の下請会社に対する優越的立場を利用して養成社員に対する職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務としてのパワーハラスメント防止義務に違反したことに伴う慰謝料及びこれらに関する不法行為に基づく慰謝料を支払うべき責任があることになる。
ただ,上記のとおり,Bが,入社直後からあまりに過酷な時間外労働を,それに見合った割増賃金を支給されることもなく恒常的に強いられ,その上,養成社員という立場であったことからおよそ不平不満を漏らすことができない状況にある中で,上司からさまざまな嫌がらせを受け,肉体的にも精神的にも相当追いつめられていたなかで,本件交通事故が発生したことからすれば,原告らBの両親が,本件交通事故がBの飲酒運転が原因であるから被告には一切責任がないとする被告の態度に憤慨するのも至極当然である。すなわち,このことは,それだけ,Bが強いられてきた時間外労働があまりに過酷で度を超したものであり,上司から受けたさまざまな嫌がらせが極めて大きな肉体的精神的苦痛を与えていたと考えられるほど,違法性の高いものであったことのあらわれである。
したがって,上記雇用契約の債務不履行及び不法行為に基づく慰謝料額を検討するにあたっては,このような違法性の高さを十分考慮する必要があり,本件にあらわれたすべての事情を総合的に考慮すると,Bに生じたその慰謝料額としては,いずれの請求に基づく慰謝料としても,150万円をもって相当というべきである。したがって,これを各2分の1ずつ相続した原告らの請求は,それぞれ75万円の限度で認められる。
8 以上によれば,原告らの請求は,被告とBとの雇用契約に基づく慰謝料請求ないし不法行為に基づく慰謝料請求として,それぞれ75万円の限度で理由があるから,この限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 久保孝二)