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津地方裁判所 平成25年(レ)19号 判決 2013年9月02日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

中村亀雄

被控訴人

亀山市

同代表者市長

同訴訟代理人弁護士

楠井嘉行

西澤博

赤木邦男

小林明子

岸天聖

福岡智彦

田中友康

山田瞳

同指定代理人

鳥喰教義<他7名>

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人の所有していた原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)について下水路敷地として寄付を受けたとして、控訴人に対し、所有権に基づき、本件土地について平成二三年一二月三日寄付を原因とする所有権移転登記手続を求める事案である。

原審は、被控訴人の請求を認容したところ、控訴人は、これを不服として控訴した。

一  前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

(1)  控訴人は、平成二三年一二月三日当時、本件土地を所有していた。

(2)  控訴人は、平成二三年一二月三日、被控訴人に対し、下水路用敷地として本件土地を寄付した(以下「本件寄付」という。)。

(3)  被控訴人は、平成二三年一一月二九日、工事業者との間で本件土地上に設置された下水路(以下「本件下水路」という。)の整備工事(以下「本件下水路工事」という。)について請負契約を締結し、工事業者は、平成二四年一月から同年三月二六日にかけて本件下水路工事を施工した上、同月二七日に完成検査を受けて、被控訴人に本件下水路を引き渡した。

二  争点

被控訴人は、控訴人が所有権移転登記手続を履行するのに先立って、あるいは、これと引き換えに、控訴人主張に係る改修工事等を施工する義務を負うか。

三  争点に対する当事者の主張

(1)  控訴人の主張

次に述べるとおり、被控訴人は、控訴人との間で、後述する各合意をしたにもかかわらず、その合意に係る義務を果たしていない。また、仮に各合意の存在が認められないとしても、被控訴人は、条理により、本件下水路工事の完了後に速やかに原状回復をする義務を負うものであり、これらの義務は、本件土地の所有権移転登記手続に対して、先履行ないし同時履行の関係にある。

ア 控訴人は、本件土地の北側に位置する土地の東側を畑として使用していたところ、被控訴人から重機の駐車場として利用したいとの要望を受けたため、原状回復を条件に当該土地部分の使用を許諾した。しかるに、本件下水路工事により、当該土地部分にはコンクリート殻や太い竹の棒や石の塊が投棄されており、畑としては使用できない状態となった。被控訴人は、平成二四年三月二八日、控訴人との間で、早急にコンクリート殻等の撤去を行い、畑を復旧する旨を口頭で合意した。当該復旧工事には、二九二万九五〇〇円の費用を要する。

イ 控訴人は、本件土地の北側に位置する土地の西側を倉庫兼作業場として利用するとともに、倉庫兼作業場と本件下水路との間の部分を畑として使用していたところ、被控訴人との間で、本件下水路工事のため利用を中断し、被控訴人において畑を原状回復することを合意した。しかるに、本件下水路工事完了後、当該畑部分は整地されて畑の土はなくなっていた上、上記倉庫兼作業所から本件下水路に向かって約三〇センチメートル下る急勾配の斜めに傾いた土地となっており、畑としては使用できない状態となっていた。被控訴人は、平成二四年三月二八日、控訴人との間で、本件下水路と倉庫兼作業所との間の勾配をなくし平地にする旨を口頭で合意した。勾配をなくし平地にする工事には一二八二万五〇〇〇円を要するところ、被控訴人が一向に修繕工事に着手しないので、控訴人は自ら八五万円を支払ってその一部を修繕した。

ウ 控訴人宅の北西の裏庭内には本件下水路の一部であるU字溝がむき出しのまま敷設されていたので、被控訴人は、平成二四年三月、控訴人との間で、同U字溝撤去の工事費として二一八万一二五一円を限度に前払で支払い、控訴人が当該工事を施工する旨を合意し、被控訴人は、物件移転補償契約書(案)まで持参してきたにもかかわらず、いまだに工事費を支払っていない。

エ また、本件下水路工事は、長さ一mのU字溝を五一ブロックほどつなぎ合わせて行う工事であるが、二七ブロックの継ぎ目が、隙間がなかったり、二〇mm以上の隙間が空いていたりするなど隙間の適正距離が維持されておらず、モルタルの効力を脆弱にする不適正な施工であった。被控訴人は、控訴人との間で、工事をやり直すことを合意したが、ブロックの隙間に油性のコーティングを施す程度の不十分な処理を行ったにとどまっている。これらの改修工事には三三九万九一五六円を要する。

(2)  被控訴人の主張

控訴人の主張は争う。

控訴人と被控訴人の間には、工事完了後の原状回復に関する合意等は全く存在せず、条理によっても原状回復義務が発生するものではない。控訴人の主張する合意内容は、本件寄付に関する合意が成立した後に、一方的に控訴人が述べた要望にすぎない。工事完了後、本件下水路に隣接する土地は全て工事前と同等の状況に復しており、控訴人主張に係るような損害は生じていない。

本件寄付に関する控訴人との間の合意は、何らの留保も条件もなく完全な所有権を移転させる内容であり、合意成立の時点において、控訴人主張に係る原状回復義務に関する協議等は全く存在していない。

そもそも、地方自治体が契約を行う場合には、地方自治法二三四条五項に従い、契約条件の確定は書面によることとされているから、口頭の合意は効力を有しない。また、本件下水路工事のように土地所有者の要望・協力を得て当該土地上で工事を行う際には、工事着手前に、完全な所有権の移転を受ける状態になるまで協議を進め、寄付申出書等の署名押印等の形で完全な所有権移転が生じたことを確認した上で工事に着手するとの実務が定着しており、本件もかかる手順を踏んで工事がなされている。

ア 上記(1)アについて、本件下水路工事を担当した業者がコンクリート殻、竹の棒、石の塊等を投棄した事実はない。そもそも、当該土地部分は、工事前からの荒れ地であり、何人も耕作しておらず、耕作に適した状態ではなかった。

イ 上記(1)イについて、倉庫兼作業場から本件下水路に向かって微少な勾配があることは認め、その余は否認ないし争う。

本件下水路工事が終了した後に倉庫兼作業場と本件下水路との間に若干の勾配が生じることに関しては、当初から予定されていたものであり、微少な勾配が生じているのは、控訴人からの要望を聞きいれながら進めた本件下水路工事の結果にすぎない。

ウ 上記(1)ウについて、控訴人から本件下水路工事着手前から存在するU字溝について撤去の要望があったことは認めるが、被控訴人は、控訴人との間で、何らの合意をしていない。被控訴人が控訴人に手渡したのはあくまで契約書案であり、控訴人との間で協議を進めるに当たっての叩き台として提示を行ったにすぎない。

エ 上記(1)エについて、本件下水路工事は平成二四年三月二七日に工事完了検査を経ており、工事完了時点において何らの瑕疵も存在しない。被控訴人は、控訴人が工事の完成状況に過度の不審を抱き、ブロックの継ぎ目に不良があると執拗に主張してきたために、その要望を受ける格好で一定の対処を行ったにすぎない。

第三当裁判所の判断

一  控訴人は、本件下水路工事の完成に前後する時期において、被控訴人において、①本件下水路の北側に位置する土地の東側にあるコンクリート殻や竹の根を撤去する旨(以下「合意①」という。)、②上記土地の西側において本件下水路と倉庫兼作業所との間に生じた勾配をなくし平地にする旨(以下「合意②」という。)、③控訴人に対し、控訴人宅の裏庭に敷設されたU字溝の撤去工事費用として二一八万一二五一円を支払う旨(以下「合意③」という。)、④本件下水路のU字溝のブロックの施工をやり直す旨(以下「合意④」という。)を控訴人との間で合意したと主張し、同様の供述をする。

二(1)  そこで検討するに、まず、合意①についてみるに、同合意の存在を裏付けるような書面は何ら存在しない上、被控訴人においてコンクリート殻等を撤去する旨を述べたという控訴人の供述は、その交渉経過や合意した工事内容について何ら具体性を伴っておらず、これを直ちに採用することはできない。

(2)  合意②については、控訴人は、当該合意の存在を裏付ける書証として、「水路からY様の土地側に部分的に盛土をします。」等の書き込みがある本件下水路の断面図を提出するが、かかる記載によれば、被控訴人において本件下水路の敷設によって生じる勾配を盛土によって緩和する措置を執ることを事前に説明したことはうかがわれるものの、工事完了後において、控訴人が主張するように、完全に勾配をなくして平地にする旨の合意があったと解することはできず、その他にかかる合意があったことを認めるに足りる証拠は見当たらない。

(3)  合意③についてみると、控訴人の指摘する物件移転補償契約書(案)については、成約前の案にすぎないことが明らかであって、却って、当該契約書案に沿った契約書が作成されていない事実が、いまだに当事者間において合意が成立していないことを示すものというべきであるから(結局、控訴人が要望する金額と折り合いが付かずに、契約書の作成には至らなかったことがうかがわれる。)、合意③が成立したとは認められず、これに反する控訴人の供述は採用できない。

(4)  合意④についても、被控訴人において、控訴人からの苦情を受けて、補修を試みることを了承したというにとどまり、本件下水路工事が既に完成検査を経ていたことに照らしても、全面的に工事をやり直すとの合意があったとは到底認め難い。

三  更に検討するに、証拠<省略>によれば、被控訴人においては、本件下水路工事のように、市民から土地の寄付を受けて下水路の工事を実施する場合には、後のトラブルを避けるためにも、土地所有者から土地寄附申出書等の提出を受けて完全な所有権の移転がなされることに確実を期した上で整備工事を実施する運用を採っていたことが認められるところ、本件でも、控訴人から土地寄附申出書が提出されるのを受けて、完全な所有権を取得したものとして、本件下水路工事に着手していることがうかがわれる。そして、控訴人が指摘する事項は、基本的に本件下水路工事の施工の不備をいうものであり、仮にこれらの不備が認められるとしても、その原状回復義務が、本件土地の所有権移転登記手続の履行に対して先履行ないし同時履行の関係にあると解するのはおよそ困難というほかない。控訴人に対応した被控訴人の職員が、控訴人の主張する所有権移転登記手続に条件を付す形での原状回復の合意の存在を一貫して否定するのも、この理をいうものとしてその信用性を肯定できる。

そして、これまで検討してきたところに照らせば、仮に本件下水路工事の施工の不備による条理上の原状回復義務が存在するとしても、これが本件土地の所有権移転登記手続の履行に対して先履行ないし同時履行の関係に立たないことは論を俟たない。

四  以上のとおり、控訴人の主張はいずれも採用できない。

第四結論

以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 戸田彰子 裁判官 浅川啓 荒木雅俊)

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