津地方裁判所 昭和27年(タ)4号 判決
原告 片岡清
被告 片岡か寿
一、主 文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として原告は昭和六年三月三十一日被告と結婚し翌七年二月十五日その婚姻届出を為しついで同年四月二十一日長女千鶴子を挙げ円満な夫婦生活を続けてきたが、昭和二十三年頃より被告は精神に異常を来たしその言動が常規に反すること多く、昭和二十三年秋頃三重県立高茶屋精神病院に入院し診療を受けたところ精神分裂症であつて早急に快復する見込がないと診断された。しかして原告は三重県庁に奉職する一俸給生活者であり、これという恒産もなく到底出費の多い被告の長期の入院には堪えられなくなつたので、その後は自宅に引取り二、三の医師の診察を受けて療養につとめてきたが病勢は少しも劣えず看護のため再三雇入れた家政婦も被告の狂乱を恐れて逃げ帰る状態であつて全く回復の見込がなくなつた。しかのみならず原告においても長期に亘る被告の看病のため物心両面の苦悩多く、これがため勤務先における職務の遂行も妨げられ遂には神経衰弱に陥る結果となつたので、昭和二十五年末頃より長女千鶴子をして学校を休学させて被告の看護に当らせてきたがこれ亦心労と運動不足のため健康を害し、目下県立医大病院に通つている有様であつて、この侭推移するにおいては長女千鶴子の将来は勿論原告一家の破滅を来すことは明らかである。よつて原告は民法第七百七十条第一項第四号第五号に基き茲に被告との離婚を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述し、尚原告は曩に被告を相手方として津家庭裁判所に離婚の家事調停の申立をしたが、被告において心神喪失の状況にあつたため裁判所は調停をなさない旨の決定をしたのであると附陳した。<立証省略>
被告特別代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め答弁として、原告と被告とは昭和六年三月三十一日結婚し翌七年二月十五日その婚姻届出をした夫婦であつて、その間同年四月二十一日長女千鶴子が出生したこと、被告が原告主張の頃より精神異常の状態であることは認めるが、その病状が民法第七百七十条第一項第四号にいわゆる回復の見込がない場合には当らない。仮に被告が強度の精神病にかかつており、回復の見込がないとしても被告には離婚によつて復籍する実家も扶養を求める親族もなく、従つて今後生活を維持し療養を継続することが不可能であるから被告の生命を尊重するため原告との婚姻を継続すべきを相当と思料する。よつて民法第七百七十条第二項により原告の本訴請求は棄却せらるべきであると陳述した。<立証省略>
当裁判所は職権を以つて証人片岡千鶴子及び被告本人を訊問した。
三、理 由
公文書であるから真正に成立したものと認められる甲第一号証(戸籍謄本)の記載及び当事者間の一致した陳述によれば、原告と被告は昭和六年三月三十一日結婚し翌七年二月十五日その婚姻届出した夫婦であり、その間に同年四月二十一日長女千鶴子が出生したことが明らかである。よつて原被告間に原告主張のような離婚原因があるかどうかについて考えて見るに、当事者間に争がないから真正に成立したものと認められる甲第四号証(診断書)の記載に証人片岡千鶴子の証言及び原、被告各本人訊問の結果を綜合すると、被告は原告と結婚後は家庭生活は円満であり身心の故障もなく、その間長女一子を挙げることができたが、昭和二十二年十月頃腸チブスにかかつて以来健康が勝れず、その後約一年を経過した昭和二十三年秋頃より精神に異常を来たし、突然自宅の浅井戸に飛び込んだこともあつて三重県立高茶屋病院精神科に入院し診療を受けたところ、精神分裂症であつて早急に回復する見込がない旨診断されたこと、その後経済的事情もあつたので自宅において他の医師の診療をも受けて治療につとめてきたが、現在に至るも一向回復の徴が見えず最近においては狂乱状態の発作もその回数を増すに至つたことが明らかであり、公文書であるから真正に成立したものと認められる甲第五号証(精神鑑定書)によれば、被告は前叙腸チブスの罹患を誘因として発病した精神分裂症であつて、幻聴妄想によつて行動し意思感情は鈍麻して自発性に欠けるが一方衝動的であり、正常な判断力もなく家庭生活の可能な状態になるまで治癒することは殆んど不可能な状態にあることを認めることができる。
以上認定の事実に従えば、原告には民法第七百七十条第一項第四号にいわゆる配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込がないという離婚事由のあることが明白である。そこで右事由のみを以つて直ちに原告と被告との離婚を認めて然るべきかどうかについて考えて見るに、原被告各本人訊問の結果及び口頭弁論の全趣旨によれば、被告は原告との離婚によつて復籍する実家もなく扶養を求める親族といつても長女千鶴子と実兄一人を除いては他に適当な縁故者もない状態であり、右千鶴子はまだ若年であるうえに病弱であつて独立生計の見込もなく、唯一人の実兄も新潟県に居住していて親戚としての交際も疏遠であり、被告を引取つて扶養すべき資力があるかどうかも不明であるが、しかし一方原告は三重県林務課に勤務する一俸給生活者であつて現在の家屋一戸を除いては他に恒産もなく、到底出資の多い被告の長期の療養にも堪え難いのみならず、約四年の長きに亘る被告の看病のため心神の苦悩多く、これがため勤務先における職務の遂行も妨げられ勝ちで、この侭推移すれば或は退職の止むなきに至るやも計られないばかりでなく、原告の唯一の娘千鶴子も修業途上の学校を止め、被告の看護につとめてきたがこれ亦心労と運動不足のため健康を害し病院に通う有様であつて、もはや原告においても被告の治療に事欠く状況にあること、従つて現在原告としては寧ろ被告と離婚するにおいては被告のために社会保護施設を利用して療養させる可能性もあり、かくては原告自身も道義上の責任を以つて被告の今後の生活の維持に尽力すべく決意していることが窺われる。しからば原告をしてこれ以上被告との婚姻の継続を強いることは些か苛酷であつて救済離婚を認めた民法の趣旨にも反するものといわなければならない。尤も回復の見込のない精神病にある被告の不幸については同情に堪えないものがあるが、原告の道義的な責任に期待し適当な社会保護施設を利用するにおいては却つて被告の今後の療養と生活は維持されるものと思料する。
よつて被告との離婚を求める原告の本訴請求は理由があるから正当として認容し、訴訟費用についても民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 木戸和喜男 中瀬古信由 家村繁治)