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津地方裁判所 昭和28年(行モ)1号 決定 1953年7月24日

申請人 浜地武 外十一名

被申請人 四日市公共職業安定所長

主文

本件申立はいずれもこれを却下する。

申立費用は申請人等の負担とする。

理由

申請人等代理人は、被申請人が昭和二十八年三月二十一日申請人浜地武、水谷秀夫、松川栄太郎、伊藤進、鄭陽基、曹菊煥に対し、又同月二十四日、申請人福村英一、渡辺奈美子、長谷川満に対し、又同月二十六日申請人井上義男に対し、又同年五月十四日申請人荒井孝行、杉本義夫に対し夫々なした失業対策事業及び一般労務への職業紹介拒否処分の執行を本案判決の確定に至る迄停止するとの決定を求め、その理由の要旨は、被申請人は申請人等に対し夫々申請の趣旨記載の如く失業対策事業及び一般労務への職業紹介拒否の処分をした。しかして右拒否の理由について被申請人は申請人等の要望に拘らずその法的根拠を明かにしないが、その事実上の理由は申請人等が本年三月中暴力行為等の嫌疑により検挙されたことに基くもののようである。しかしながら右拒否処分を受けた者の中には起訴されていない者もあるのみならず、犯罪の嫌疑により検挙若くは起訴されたのみでその有罪判決が確定しない限りは刑罰を受けたことにはならないから仮に刑罰が職業紹介拒否の理由になるとしても犯罪の嫌疑による検挙を理由として職業紹介を拒否することは違法であつて許されない。又四日市公共職業安定所労働課長福井初光は申請人等の言動が正常な職業紹介業務を阻害するから職業安定法第十七条同法施行規則第十三条及び昭和二十四年労働省訓令に基き申請人等の職業紹介を拒否したというが、しかし申請人等が被申請人に対し日頃要求してきたところは日傭労務者の完全就労と労働条件の改善であり昭和二十八年三月二日当日も雨天ではあつたが従前から雨天でも就労のあつせんを受けていたので強いてその要求をしたまでであつてその交渉の過程においてあるいは紳士的言動の埒を出たことがあつたとしても、それは法律によつて保障された労働権を自由労働組合の団結によつて主張した正当な行為であるからこれを以つて職業紹介拒否の理由とすることは不当である。しかのみならず申請人等は働く意思と能力を有するものであり事業主体である四日市市においても不良就労者としての取扱をせずむしろ同市長は申請人等の失業対策事業への就労に協力したに拘らず被申請人は不法にもその紹介を拒否するに至つたのである。被申請人及びその上級行政庁は自由労働組合の幹部並に強硬な分子をも含む大量的な追放を計画しその一環として前示の挙に出たのであつて、官僚による反国民的、反動的な旧日本的支配の復活を意味するものであり自由労働者の生活権の蹂躙以外の何者でもないのである。申請人等は本件失業対策事業に就労する以外に現在何等の収入源を持たないものである。被申請人の本件拒否処分によつてその生活は全く脅かされるに至つたのであつて本件申立と同時に被申請人を被告としてその処分の取消の訴を提起したが、その確定をまつにおいては申請人等は勿論その家族も生活を続けることができない焦眉の損害を蒙ることとなるから右拒否処分の執行停止を求めるため本申請に及んだというにある。

よつて当事者の意見を聴きその提出した疎明資料によつて判断するに、被申請人は申請人等の申込により申請人等を失業対策事業への就労適格者と認めその紹介を行つていたところ昭和二十八年三月六日申請人浜地武、水野秀夫、松川栄太郎、伊藤進、福村英一、渡辺奈美子、長谷川満、荒井孝行、杉本義夫に対し、又同月二十日申請人鄭陽基、曹菊煥、井上義男に対し右各決定日より当分の間失業対策事業への職業紹介を停止する旨の処分をしたことが明であるが、一般日傭労務への職業紹介を拒否した事実についてはこれを認め難いからこの点についての申請人等の申立は理由がないものといわなければならない。そこで右失業対策事業への職業紹介停止処分の執行停止について考えてみるに、本件職業紹介停止処分は申請人等主張の点で違法でありその取消を免れないものであるかどうか又はいわゆる抗告訴訟の対象となる行政処分であるかどうかは本案の審理において判断されるべきであるから暫らくおくが、そもそも行政処分の執行停止は行政事件訴訟特例法第十条第二項の事由がある場合に限つて許されるのであつて当該行政処分によつてこれを受ける者がなんら直接作為又は不作為義務を負担することなく又はその法律状態に変更を生ずるような積極的効果を蒙らないときはその処分に対する執行の停止を求めることができないものと解すべきところ、本件職業紹介停止処分は申請人等の失業対策事業への職業紹介の申込に対し日々これを紹介しないという拒否処分であつてなんら申請人等の現在の法律関係に積極的効果を生ぜしめるものでないし又行政処分の執行停止はただその行政処分がなされなかつたと同様の状態におくことであつて行政庁に積極的な処分を命ずるものではないから、本件職業紹介拒否処分の執行を停止してみたところで被申請人が職業紹介をなすべき義務を負担するに至るものではなく、勿論求人者たる事業主体との間に雇傭関係が生ずるわけでもない。従つて右拒否処分の停止は申請人等にとつてなんら実質的の意味を有しないものといわなければならない。尤も申請人等が本件拒否処分を受ける以前においては四日市市の失業対策事業に日傭労務者として就労しその生活費の大半を得ていたのであつてこれを失うことによりその生活に多大の脅威を受けることになるが、しかし申請人等は右拒否処分以後は四日市市より生活保護法による扶助費の支給を受けているから現在直ちに緊急の必要があるとはいえないし、そうでなくても行政処分の執行停止は前叙のようにただ単に当該行政処分がなかつたと同一の状態を作出するにすぎずそれ以上の積極的処分は行政庁がその権限と責任においてなすべきことであつてみればその救済は行政事件訴訟特例法第十条の執行停止によつては到底望み得ないものといわなければならない。しかし失業対策事業への就労は日々の紹介によるその日雇傭契約によつて行われているもののその実態は殆んど継続的な雇傭関係であつてその紹介停止は右雇傭関係の解雇にも等しい程度の結果を生ずるばかりでなく、生活保護法による扶助を受けることは勤労の歓をもつ人間本来の姿でないし本件処分以降相当の日子を経ているのであるから国民への奉仕的役割をもつ職業安定業務の本質に鑑み被申請人において右処分につきその後の推移を考慮して然るべきであると思料するが、それは被申請人行政庁に期待すべきことであつてこれにより本件申立が理由があるということは許されない。

よつて本件申立は結局理由がないから失当としてこれを却下し、申立費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川力一 中瀬古信由 家村繁治)

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