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津地方裁判所 昭和30年(行)2号 判決 1955年12月15日

原告 中島顕誠

被告 国 外一名

訴訟代理人(国) 栗本義之助 外七名

主文

原告の、被告国に対する農地買収並びに売渡処分無効確認の訴、及び農林省名義の所有権取得登記無効確認の訴、並びに被告三重県知事に対する登記無効確認及び登記抹消手続請求の訴はいずれもこれを却下する。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、

一、原告の所有にかかる左記農地に関し、三重県知事発行買収令書による左記各政府の買収並びに同知事発行売渡通知書による政府売渡はこれを無効とする。

二、各被告は前項の各買収に基く三重県知事の嘱託による農林省名義の各所有権取得登記並びに前項の各売渡に基く同知事嘱託による農林省より買受人への各所有権移転登記の無効を確認すべし。且つ被告三重県知事は以上各登記の抹消手続をなすべし。

三、訴訟費用は各被告の負担とする。

<第一、二号物件表 省略>

との判決を求め、請求の原因として、

原告は前示第一、第二各号物件表記載の各農地を昭和二十年十一月以前より所有するものである。(中略)

前記第一号物件表の小作地について原告は在村地主であり、また前記第二号物件表の農地は原告の自作地であるに拘らず政府は次のごとく右物件に対し買収並びに売渡処分をなした。

<第一、二号物件表の農地に対する買収及び売渡 省略>

そして三重県知事は右物件につき買収並びに売渡期日より数月おくれて買収及び売渡の登記を嘱託した。

然れども、右買収、売渡処分及び登記はいずれも左記理由によつて当然無効である。(中略)

よつて被告等に対し右各農地の買収、売渡処分及びこれに基く登記の無効の確認を求め、且つ被告三重県知事に対し右登記の抹消手続を求めるため本訴請求に及んだ、と陳述し

被告の本案前の抗弁に対し、原告が国外三名を相手方として本件土地につき所有権確認並びに土地明渡請求訴訟を提起し(津地方裁判所上野支部昭和二十四年(ワ)第三六号事件)その控訴審(名古屋高等裁判所昭和二十六年(ネ)第一〇八号事件)において、被告国に対する請求を拡張して本件土地の買収売渡処分の無効確認を求めたことはこれを認めるも、右訴訟の訴訟物は所有権であつて、本件訴訟の目的である行政処分の無効確認とはその訴訟物において異るものである。従つて本訴は右訴訟と二重訴訟の関係に立つものではない。又、被告三重県知事は前記買収、売渡処分に関与し、前記登記の嘱託をしたものであるから、同被告に対する本訴請求は行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法関係に関する訴訟として適法である、

と述べた。

被告等指定代理人は、本案前の主張として、原告の請求の趣旨第一項につき被告国において、請求の趣旨全部につき被告三重県知事において「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、原告は先に控訴人原告、被控訴人国外三名間の名古屋高等裁判所昭和二十六年(ネ)第一〇八号土地所有権確認等請求控訴事件(原審津地方裁判所上野支部昭和二十四年(ワ)第三六号事件)を提起し、控訴人敗訴の判決を受け、目下上告中であるが、原告の本件訴訟における請求の趣旨第一項は前記控訴事件の請求の趣旨と同一で、その請求原因を対比するに、いずれも本件係争土地に対する政府の買収並びに売渡処分の違法を訴訟物としていることは一点の疑を入れる余地もない。とすると本訴は前記控訴事件と訴訟の目的を同じくする同一事件であるから、民事訴訟法第二百三十一条により二重訴訟として不適法である。

なお、原告は本訴請求の趣旨第二項において買収並びに売渡登記の無効確認及びこれが抹消登記を請求しているが、右登記の無効及び抹消登記の請求は前記農地買収並びに売渡処分の無効なることを前提とするものであるから、これと切り離して判断することはできないものである。従つて右買収並びに売渡処分の無効確認訴訟が現在裁判所に繋属している場合には、民事訴訟法第二百三十一条の立法趣旨より考えて、右登記の無効確認及び抹消登記請求の訴を提起することはできないものと解する。

さらに被告三重県知事に対する原告の本訴請求は次の理由によつて不適法である。即ち、凡そ個人が権利主体でない行政庁に対しこれを相手方として訴を提起することは、行政事件訴訟特例法に基き、特に当該行政庁のなした行政処分の取消又は変更を求める場合に限り許されるのであつて、公法上の権利関係に関する本件の如き行政処分並に登記の無効確認並びに登記の抹消手続を求むる訴訟には行政庁は当事者適格を有しないものであるから、国の行政機関たる被告三重県知事に対する本訴請求は全部不適法である。と述べ、

本案についての答弁として、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の第一、二号物件表の土地が元原告の所有であつたこと、原告主張の手続により国においてこれを買収し且つ売渡処分を為したこと、右買収及び売渡による登記をそれぞれ経由したことはいずれもこれを認める。

(中略)

<証拠 省略>

理由

原告が曩に被告国外三名を相手方として提起した津地方裁判所上野支部昭和二十四年(ワ)第三六号土地所有権確認等請求事件の控訴審(名古屋高等裁判所昭和二十六年(ネ)第一〇八号事件)において、原告は請求の拡張をなし、原告主張の第一、二号物件表記載の農地に対する自作農創設特別措置法に基く政府の買収並びに売渡処分の無効確認を請求したことは本件当事者間に争いがない。しかして右訴訟が目下上告中であることは、当裁判所に顕著である。

成立に争いのない甲第二号証及び乙第一号証によつて認められるところの、前記控訴事件において拡張した部分の請求の趣旨及びその請求原因と、本訴請求の趣旨第一項及びこれに対する請求原因とを比較対照するときは、そのいずれもが原告主張の第一、二号物件表記載の農地に対する自作農創設特別措置法に基く政府の買収及び売渡処分が当然無効であることを原因としてその無効確認を請求するものであることが認められる。然らば被告国に対する本訴請求の趣旨第一項の請求は民事訴訟法第二百三十一条に違反し不適法であることが明らかであるから、これを却下すべきものとする。原告はこの点に関し、前記控訴事件の訴訟物は農地の所有権であり、本訴の訴訟物は行政処分であるから右両訴は二重訴訟の関係に立つものではないと主張するけれども、右控訴事件の訴訟物は当初は農地の所有権であつたけれども、その後請求を拡張することによつて行政処分も訴訟物となつたのであるから、行政処分が訴訟物となつている部分において右両訴は二重訴訟の関係に立つものである。当該訴訟における原告の主たる目的が所有権の確認にあつたか、行政処分の無効確認にあつたかによつて、民事訴訟法第二百三十一条の制限が排除されるのではない。従つて此の点に関する原告の右主張は採用することができない。

被告三重県知事に対する本訴請求の趣旨第一項の請求(行政処分の無効確認請求)については、行政事件訴訟特例法第三条の適用ありと解すべきを以つて、同知事を相手方として提起した右訴が当事者適格を欠き不適法であるとはいえないが、前記控訴事件の判決は行政庁である三重県知事をも拘束するものであることは右特例法第十二条によつて明らかであるから、国に対して行政処分の無効確認を訴求している以上更に処分庁である三重県知事を相手方として同一行政処分の無効確認の訴を提起することは何等実益なきものであり、従つて右訴は権利保護の利益を欠くを以て被告三重県知事に対する本訴請求の趣旨第一項の請求は不適法としてこれを棄却すべきものとする。(東京高裁昭和二四、一二、二七判決、福岡高裁昭和二八、一〇、一七判決参照)

原告の本訴請求の趣旨第二項の被告国に対する登記の無効確認請求の部分について案ずるに、原告の主張する各登記の無効は、前記第一、二号物件表記載の農地に対する自作農創設特別措置法に基く買収及び売渡処分が当然無効であることを前提とするものであることは、原告の主張自体によつて明らかであるから、前記控訴事件の行政処分無効確認の訴と本訴登記無効確認請求の訴とはいずれもその請求の基礎を同じくするものであり、従つて右二個の訴訟を併行するときは、被告の主張するように審判の重複と裁判の抵触を生ずるおそれがないわけでもないが、右行政処分無効確認の訴と本訴登記無効確認の訴とはその訴訟物を異にすることが明らかであるから、これを以て民事訴訟法第二百三十一条において禁止するところの二重訴訟ということはできない。

然しながら登記の無効確認請求訴訟は私法上の法律関係に関する民事訴訟であつて、行政事件訴訟ではないから、その当事者適格は民事訴訟法によつてこれを定めなければならない。

そもそも、登記の無効とは、登記が原因事実を欠々するため、或は不動産登記法又は民法上不適法なために、登記が物権変動の対抗要件としての効力及び物権に関する推定力を有しないことを意味するのである。従つて登記の無効を確認するとは、その登記が右効力を有しないことを確認することに外ならない。されば、登記無効確認訴訟において正当な原告となり得べきものは、係争の登記が物権変動の対抗要件としての効力及び物権に関する推定力を有するがごとき外観を呈していることによつて自己が不利益を受けると主張する者であり、正当な被告となり得べきものは、当該登記に右効力がないと確定せられることによつて法律的に不利益を受くべき人である。従つて登記無効確認訴訟の正当な被告となるべきものは当該登記の名義人でなければならない。

然るに本件農地の登記簿上の所有名義は、原告が自ら主張するごとく、既に売渡処分を受けた第三者に移転しているのであるから、被告国は本件農地に関しては登記簿上所有名義を有しないわけである。よつて右売渡処分によつて本件農地の所有権を取得した第三者の所有権取得登記の無効確認訴訟においては、国は正当な被告たる適格がない。従つて本訴請求の趣旨第二項のうち、国に対して、農林省より買受人への各所有権移転登記の無効確認を求むる部分は不適法としてこれを棄却すべきものとする。

なお、原告は本訴請求の趣旨第二項において、被告国に対し、政府が本件農地を買収した時の農林省名義の所有権取得登記の無効なることの確認を求めているが、これは過去の登記、即ち元存在したが現在は存在しない権利の登記の無効なることの確認を求めるものに外ならない。けれども、我が民事訴訟法上、過去の権利又は法律関係は原則として確認訴訟の目的とならず、これを目的とする訴は訴訟要件を欠くものとして不適法であることは我が国学説判例上一致した見解である。よつて本訴請求の趣旨第二項のうち、被告国に対して農林省名義の所有権取得登記の無効確認を求める部分は不適法として訴を却下すべきものとする。

被告三重県知事に対する本訴請求の趣旨第二項の、登記の無効確認並びに登記抹消手続の請求は、私法上の法律関係に関する訴であつて、行政事件訴訟ではない。従つて右訴における正当な被告となるべき者は私法上の権利能力者で且つ右法律関係につき訴訟追行権を有する者でなければならない。然るに被告三重県知事は国の行政機関であつて、独立した権利能力者でもなければ又右登記関係の主体でもない。従つて被告三重県知事は右訴訟については当事者能力を有しない。よつて三重県知事を被告として提起した右訴は不適法であるからこれを却下すべきものとする。

以上の理由により本訴はいずれも訴却下或は不適法として請求棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 田中良二 西川豊長)

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