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津地方裁判所 昭和47年(わ)35号 判決 1974年7月02日

本籍及び住居

三重県三重郡朝日町大字埋縄九八九番地

会社役員

水谷雄幸

昭和五年一月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官加藤元章出席のうえ審理を逐げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、三重県三重郡朝日町大字埋縄九八九番地に事務所を置き、「東海起業」の名称で土砂採掘販売ならびに建設工事請負業を営み、その業務全般を統轄していたものであるが、右事業の所得税について自己名義で申告すべきところ、弟の水谷耕三郎名義で申告し、所得税を免れようと企て

一  昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの所得金額は、三、六五七万五、九六七円であり、これに対する所得税額は一、九四三万五、五〇〇円であるのにかかわらず、水谷耕三郎名義の所得税確定申告において、売上の一部を除外するなどの不正行為により、その所得の一部を秘匿したうえ、自らは弟の水谷源郎および水谷修とともに水谷耕三郎から給料を受け取つたことにして、昭和四四年三月一五日、同県四日市市西浦二丁目二番八号所在の所轄四日市税務署において、同税務署長に対し、被告人の所得金額が六二万一、八〇二円で、これに対する所得税額は六、七〇〇円である旨虚偽の記載をした所得税確定申告書を、水谷耕三郎、水谷源郎、水谷修名義の所得税確定申告書とともに提出し、水谷耕三郎名義で申告した所得税額一三万七、三〇〇円、水谷源郎名義で申告した所得税額三万七、四〇〇円、水谷修名義で申告した所得税額二万六、九〇〇円との合計所得税額二〇万八、三〇〇円との差額である一、九二二万七、二〇〇円の所得税をほ脱し

二  昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの所得金額は、五、三九四万二、二〇三円であり、これに対する所得税額は、三、〇九二万八、七〇〇円であるのにかかわらず、前同様、水谷耕三郎名義の所得税確定申告において売上げの一部を除外し、架空外注工賃を設定するなどの不正行為により、その所得の一部を秘匿したうえ、自らは、水谷源郎らとともに水谷耕三郎から給料を受けとつたことにして、昭和四五年三月一〇日、前記四日市税務署において、同税務署長に対し、被告人の所得金額が一六七万六、〇〇〇円で、これに対する所得税額は一三万七、一〇〇円である旨虚偽の記載をした所得税確定申告書を、水谷耕三郎、水谷源郎、水谷修名義の所得税確定申告書とともに提出し、水谷耕三郎名義で申告した所得税額八二万九、二〇〇円、水谷源郎名義で申告した所得税額一〇万六、六〇〇円、水谷修名義で申告した所得税額一〇万二、九〇〇円との合計所得税額一一七万五、八〇〇円との差額である二、九七五万二、九〇〇円の所得税をほ脱したものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述(但し被告人は本件事業の主宰者でない旨の供述部分を除く)

一  被告人の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  被告人作成の各上申書

一  水谷耕三郎、水谷修、水谷源郎、水谷哲郎、水谷拓郎、中尾政信、三谷明夫、原田聡、中之木治雄、岡千鶴子、木村湛子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  四日市税務署長西山幸夫(二〇通)、桑名市長水谷昇、桑名県税事務所長神田吉男、奥富康博、山口久滋(二通)、永田忠則(三通)、桂野信輝、志村隆繁、安田海紀生、西沢郁雄、杉本貢、大川毅(二通)、小林正男、渡辺由夫、青山英二郎、山路順通、和具幹夫、宮間定信(三通)、笠井誠之助、山川幸満(二通)、前野隆光(三通)、伊藤末一(二通)、八木静雄(二通)、伊藤克彦、戸野照夫(五通)、安田義照(二通)、鈴木俊夫 (三通)、滝沢和孝、森川幹男(二通)、伊藤節子、田中登美子、松岡恵子、大竹照夫、太田康導、山口等(八通)、服部義郎、伊藤広数(二通)、堀裕行(二通)、深尾満寿美(五通)、板津道文、神山久吉(三通)、近藤和子、天野久代、水谷つた子、飯田信義、堀川孝行、土方静子(四通)、黒田悌三、中村利数、飯田静一、西川みち子、市川峯一、多儀二三子、菱田恒子、高阪美恵子、星野衛及び被告人作成の各証明書

一  村木稔、藤野武臣、青山英二郎、川田武、熊沢紀三郎、安達ふじ子、水谷政俊、後藤国俊、中森正剛、田中半一郎、石川幸生、吉川宏(一通)、市川幸治(二通)、杉浦ひさ子、大沢弘(二通)、伊藤志づゑ、矢野好子、田尻照人、伊藤謹司、稲垣実、加藤亦二、黒田金市、黒田慶太、黒田惣二、水谷日好、加藤茂一、岩谷正治、佐野明正、柴田隆司、水谷雅弘作成の各上申書

一  村田芳男、樋口治己、水谷政俊、後藤国俊、片山勇、田中半一郎、伊藤貴代子、山下晃、小沢尚倫、小田覚蔵、藤城都雄、田中修、加藤智、金森ひで子、日比安昭、河村光興、堀木清六、後藤慶生、高柳和夫、中越宗勝、後藤時代外一名、松岡国代、町田俊夫、原田君子、佐藤貞一、八鳥治信、山下正靖、加藤秋子(二通)、大島光晴、中川至、近藤勉児、松井さい子、清水トミ子(二通)、服部治男、浜下澄子、土方関三郎、川村美恵子、牧野あや子、服部つや子、橋本文夫(二通)、森深雪、藤原健一郎、山本一男、吉田ふさ子(二通)、和田日出子、安達ふじ子、相原昇、水野英一、広瀬信夫、安達昭子、水谷つた外一名、川村万太郎、伊藤勉、松田和子、稲垣照一、巽チズ子、上村みさを、菱田敬一、中野三千子、森利一、乙部進一、赤塚安則、川瀬純一、森田徹、佐藤幸枝、加藤美津治、栗田金三、小池昭男、稲葉道夫、矢田明一、服部文一、佐々木正信、小田章、伊藤貞夫、伊藤輝武、中久木恵子、広瀬好直、谷口基三、樫村利、田辺豊造、山西光郎(二通)、辻隆、吉田香代、佐藤四郎、中川龍、中村富次郎、服部勝年、服部秀雄、福田八代、近藤志げの、伊藤喜美子、伊藤志づゑ、青木圭之助、森田久守、渡辺三次、角畑君子、松原静夫、藤井伊太郎、水谷利治、水谷雅弘、水谷善太郎、毛利源一、山下信太郎、矢野好子、片山正司、山本ふ志え、吉田道夫、佐藤二郎、森下鉄雄、岩田忠兵衛、大沢弘、渡辺清、柴田八重子、佐藤貞一、稲垣行男、黒田和好、後藤庄一、大塚勲、牛場甚蔵、山路嘉次、沢柳紀彦、栗田康昭、坂中安彦、沢井司、水野正枝、北川千桂子、前原靖彦、山本正礼、曽我広幸、星原幸明、桂野信輝、名古屋地方貯金局長、広瀬太一作成の各回答書

一  大蔵事務官作成の告発書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書二通

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料

一  大蔵事務官作成の調査報告書二一通

一  登記官作成の登記簿謄本六通

一  押収してある登記済権利証等綴一綴(証第一号)、登記済証一綴(証第二号)、不動産書類綴一綴(証第三号)、不動産売買契約書等一綴(証第四号)、図面三綴(証第五ないし第七号)、山土代金領収証綴一綴(証第八号)、不動産取得関係領収書契約書等一綴(証第九号)、領収証二冊(証第一〇号)、傭車費整理ノート一冊(証第一一号)、傭車費台帳一綴(証第一二号)、外注費帳一綴(証第一三号)、傭車請求書綴五綴(証第一四ないし第一八号)

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

第一本件事業所得の帰属(事業主体)について

本件事業は主として土砂の採掘販売、宅地造成その他の土建業を営むことを内容とするものであるが、被告人及び弁護人は右事業主体は被告人ではなく、弟の耕三郎であると主張している。そしてなるほど証人水谷耕三郎及び被告人はいずれも当公判廷において右主張に副う供述をしているほか、本件事業の商号である東海起業の名称をもつて三重県知事に建設業の許可申請をしその許可を受けた名義人が右耕三郎であること及び金融機関の関係を除いて取引先に東海起業の名と共にその事業主体を表すものとして多く知られ且つ使用されている名称が同じく耕三郎であることは証拠上これを認めることができる。しかしながら或る事業から生ずる収益が所得税法上何人に帰属するものとみるべきかは単に事業の名義人の如何によつて決するのではなく事業の経済的実態に即してその収益を享受するものに帰属するものと認めるべきことは同法第一二条が明定するところである。そこで本件東海起業の実態を前掲各証拠によつてみるに、次の事実を認めることができる。

当初本件事業は伊勢湾台風後の昭和三五、六年頃耕三郎らの発起で耕三郎、被告人、水谷組こと水谷専治郎、養三興業こと駒田勉ら四名の共同事業として開始され被告人は出資に関与したのみで実際の事業に従事したのは殆んど耕三郎のみであつたか、その後共同事業を解消して耕三郎が単独で東海起業の名称で独立して前記内容の事業を続けていた。しかし耕三郎は金銭的にルーズな点がありやがて経営不振におちいつたことから被告人は求められて昭和三七、八年頃からこの経営に参加し、主として経理関係の一切を担当し、これと前後して弟源郎、同修も手伝うこととなり兄弟ぐるみで同事業を進めた。仕事の分担としては耕三郎は営業部門すなわち取引先の開拓、折衝等主として対外関係、源郎、修は現場監督及び現場作業に従事して現在に至つた。その間本件摘発後の昭和四六年四月一日事業を法人組織として株式会社東海起業を設立し耕三郎がその代表取締役、被告人その他はその取締役に就任した。他方右のような開業当初からの経緯により前記のように東海起業の建設業許可申請の名義人及びその他の対外取引関係の多くも従前から耕三郎を表向き事業主体とする形式を用いたがその実被告人が事業に参加してからは経営の実権は被告人の手中に帰し被告人がこれを統括主宰するようになつた。即ち前記のとおり被告人が事業の経理関係一切を担当し、銀行等金融機関との接衝、売上、経費等の入出金の管理等にあたると共に事業資金の調達、資産の運用管理、従業員の採用、これに対する給与の支給等業務運営上の重要事項については一、二の事項につき耕三郎に発言権を認めるほか殆んど被告人一人がこれを決し、事業活動から生じた各種預金、借入金、車輌機械、運搬具等の取得名義人として名目上も被告人に帰属する金額の全体に占める割合も逐年上昇し係争の昭和四三、四四年度においては被告人のそれが主たる部分を構成するに至つた。そして耕三郎以下の兄弟は被告人が水谷家の長兄として東海起業を主宰することを当然のこととして特に疑問を抱くこともなく自然に順応し(そこに家督相続的思想を窺わせる)、前記のような分担事務によりこれに協力した。一方事業からあがる収益に関しては耕三郎、源郎が結婚して別に世帯を持ち、または独立したのちにそれぞれ給料として被告人からその裁量により毎月一定額の生活費の支給を受けるようになつたがそれ以外には従来兄弟の誰も格別事業からまとまつた報酬ないし利益の分配にあずかることもなく(被告人と同一生計を営む弟修や結婚前の耕三郎、源郎は小使い銭程度を被告人から支給されることがあつたに止まる)またその種の兄弟間の契約や合意もなかつた。たゞ将来兄弟全員が前記のように独立したあかつきには一定の時期においてそれまでの各自の事業に対する寄与、貢献の度合に応じて事業それ自体または収益につき相応の持分の割当又は利益の分配をなすことを暗々のうちに合意していたふしも窺われるが、当時具体的にこれら利益の額や貢献度の評価を行なつたこともなくまたそのことに関して兄弟間に明確な意見の交換を行つた事実もなかつたからこれは弟等としては事実上の期待にとどまるものであつた。一方所得税の申告は従来からの惰性で本件事業所得を耕三郎に帰属するものとして申告し被告人をはじめとする源郎、修の兄弟は事業から給料の支払をうけているものとする形式でしたがその書類作成その他の手続一切はすべて被告人が担当した。また被告人としては昭和三九年三月の所得申告の際青色申告をすゝめられて従前のとおり耕三郎名義で申告することとしたがその時の心境の一端を「本当は私の名前にすればよかつたのです……。」(被告人の昭和四六年一月一九日付質問てん末書問九)と洩らし、既に昭和三九年当時本件事業を自から主宰するものであるとの意識を持つていたし、その点では耕三郎を除く他の兄弟の認識とも一致していた。以上のとおり認められ。これを要するに本件事業は発足当初耕三郎が主体となつていた経緯から名義上同人を事業主として各種事務を処理しまた当初はそれが実態と符合するともいえるものであつたが、被告人が事業に参加して実権を掌握すると共に弟源郎、修らもこれに加わるに及んで本件事業は水谷家の家業の色彩を帯び、ここに一家の長子たる被告人を中心としてその采配のもとに兄弟が力を合せて事業の進展を図るため各自前記のとおり事業に従事して応分の寄与貢献をしてきたものであること及びその兄弟間における配分的割合については何らの話し合いもないため明瞭でなくたゞ将来兄弟全員が夫々独立して家計を営むに至つた或る時機においては本件事業を主とする家産につき右の清算として、いわゆる財産分けのあることを事実上期待し、これを相互に暗黙の了解事項としていた形跡があるにすぎないことが認められるのであつて(前記会社設立のときにおいてこの清算はその出資持分などの形式で一部現実化したものと考えられる。)これら本件事業活動の経済的実質は一面被告人ら兄弟四人、或いは被告人と耕三郎の兄弟二人の共同事業であるとの解釈を容れる余地なしともしないけれども、叙上の事情を綜合勘案するとそれと断定するにはその分数的割合を確定できないなど、なお充分な基礎を欠くものというほかなく、従つてこの見解は採りえず、結局被告人が本件事業の主体であつてその所得は被告人に帰属するものと認めるのが最も無難にして妥当な見解であると考えざるをえない。よつて被告人及び弁護人のこの点の主張は採用

第二財産法各勘定科目毎の争点について

被告人及び弁護人は耕三郎を事業主体と前提した場合及び被告人を事業主体と前提した場合のそれぞれにつき検察官主張援用にかかる国税当局の事業所得算定の根拠とした財産増減法による各勘定科目毎の内訳金額について異議を称え、別添対照表のとおり検察官主張の金額(同表「告発書の増差所得」欄記載)に対応してそれと異なる金額の数値を主張しているので以下順次これらの点について判断する。尤も同表中「水谷耕三郎を事業主体とした場合の増差所得」の欄(以下別表左欄という)において被告人及び弁護人の主張する右数値は既に前項において耕三郎を事業主体とする旨の主張を不相当と認めて排斥した関係上前提を欠くものとして失当であるからすべて判断の対象とならない。そこで同表の主張中「水谷雄幸を仮定的に事業主体とした場合の増差所得」の欄(以下別表右欄という)のみが問題であり、しかもそのうち水谷雄幸即ち被告人名下の各勘定科目の数値が前記検察官主張の「告発書の増差所得」の欄に記載のそれ(以下告発金額という)と名目上若しくは実質的に異なつている場合のみが争点として判断の対象となるが、既に前記罪となるべき事実として認定したとおり、当裁判所は本件起訴にかかる事実をそのまゝ有罪として採用し、且つその勘定科目毎の内訳金額の数値についても前掲各証拠を綜合するといずれも優に検察官の主張援用する国税当局の算定数値即ち右同表の告発金額をもつて被告人に帰すべき正当な金額であると認めるに足りるものと考えるのであつて、結局のところ、被告人及び弁護人のこれらの各争点に関する主張はいずれも失当として排斥を免れないとの判断に立つものであるから、以下争点の全部にわたり個々に検討することを省略し、主要と考えられる若干の点について当裁判所の見解を述べるに止めることとする。

一  昭和四三年度分所得

(一) 定期預金科目

被告人及び弁護人は告発金額四三八万〇、二四五円に対し、被告人三四九万九、五三九円、耕三郎二一〇万九、〇八五円、所得でないもの(以下非所得という)八八万〇、七〇六円であると主張するが、そのうち耕三郎分は別表左欄において既に事業所得として計上主張していた金額であり第四回準備手続調書中の被告人及び弁護人の釈明に徴しても右金額は事業所得であることは疑いがない。そうだとすればこれを別表右欄において被告人の所得金額に含ませる一方で耕三郎の所得金額として別に計上するのは同一所得を被告人と耕三郎との二者に重複計上するもので背理である。そこで被告人及び弁護人はのちにこれら二重に計上した金額は被告人の所得から控除すべきものとして「水谷耕三郎業務報酬」なる勘定科目をもうけてこの種重複計上分を合算し、まとめて被告人の所得から差引重複計上分を解消するというのであるが(前記第四回準備手続調書の釈明参照)、そもそもかような被告人及び弁護人の主張はその前提において右金二一〇万九、〇八五円が前記のように事業所得であることを認めながらなお事業主体と仮定した事業主である被告人の所得即ち別表右欄の事業所得からこれを控除すべきであるという点で一方において事業所得と認めながら他方で事業所得でないというに等しく、明らかに自己矛盾を示しているのであつて失当であり、到底採用することができない。実質的にみても右主張の耕三郎分の定期預金は主としてその預金証書上の名義人が耕三郎とされていることを根拠に同人に帰属するとするもののように窺われるが、これらはその名義の如何にかかわらず実質的に事業に、従つて被告人に帰属するものであることは被告人の昭和四六年一二月二一日付上申書によつても明らかである。結局本科目における真の争点は告発金額四三八万〇、二四五円が被告人らの主張のように被告人に三四九万九、五三九円と非所得に八八万〇、七〇六円とに分配されるべきか否かの点にあるにとどまると解されるところ、右非所得の金額を構成する定期預金は被告人らの主張では事業資金とは無関係に預金証書の名義人である水谷たけ子、水谷里子、水谷湛子らが個々に自己資金を預金とした合計一二口の定期預金の増減差額であるというのであるが被告人自身これらが名義の如何にかかわらず実質において自に帰属することを認めていることは前掲各証拠(就中前記被告人の昭和四六年一二月二一日付上申書)によつて明らかである反面、右名義人ら若しくは被告人以外の他の者に右各預金が帰属することを認めるに足りる証拠はないのであるから、被告人らの主張を採用するに由なく右主張にかかる非所得を被告人らの自認する事業所得に合算したのと同額である告発金額をもつて当科目の増差所得と認めるのを相当とする。よつてこの点の被告人及び弁護人の主張は失当である。

(二) 有価証券科目

被告人及び弁護人は告発金額一一一万三、一四五円のうち一二万三、一〇〇円は耕三郎に帰属する割引電信電話債券であると主張するが、右主張はそれ自体前項説示のとおり自己矛盾であるばかりでなく被告人の昭和四六年一二月六日付質問てん末書問二二、その他の証拠によれば右電話債券は被告人が昭和四三年九月三〇日頃一口六万一、五五〇円で二口を買入れたものであること及び本件国税査察開始の当時被告人宅において右債券が現認されたことが証拠上認められるので被告人に帰属するものと認めるのを相当とすべく、反面右主張事実を証するに足りる証拠もないから右主張も採用できない。

(三) 前渡金科目

被告人及び弁護人は告発金額一万三、〇〇〇円に対し被告人の事業所得を同額と認めながら内赤字八万七、〇〇〇円は耕三郎が事業と無関係に自己資金で黒田慶太郎から土地を買入れた代金の内払いとして昭和四二年中八万七、〇〇〇円を支払い。昭和四三年中残金を決済した取引によるもので事業と無縁であるからこれを被告人の所得から控除(赤字の控除として同額を加算)すべきであると主張しているが(第四回準備手続調書参照)、別表左欄において一旦耕三郎を事業主体とした場合にこれを事業所得の計算に入れること即ち事業用の収支であることを認めておきながら別表右欄において被告人を事業主体と仮定した場合に突如これが事業所得でないと主張することはそれ自体矛盾していて背理であり、かかる形態で重複計上した赤字八万七、〇〇〇円を後に被告人の所得から控除(前記のとおりこの場合加算)することが不当であることは既に(一)定期預金の項において説明したところと同断であつて右主張も採用できない。実質的にみても右土地代金の内払金は関係証拠上事業資金からの支払にかかるものであることが明らかであるからこの点でも右主張はは失当である。

(四) 土地科目

被告人及び弁護人は告発金額一、〇二九万一、八三五円に対し被告人一、〇二九万二、〇〇〇円と非所得赤字一六五円であると主張し、なお被告人の右一、〇二九万二、〇〇〇円から耕三郎の分として九一三万七、〇〇〇円を控除すべきであると主張するが右控除の主張の採用できないことは前記(一)の説明と同様であるほか関係証拠上実質的にも各主張の土地の得襄は事業用のものと認められるから右主張は失当である。次に非所得と主張する赤字一六五円は証拠上被告人が自己名義で昭和二七年頃朝日町農業委員会から取得した土地の一部を昭和四三年度中処分した結果に基づくものでそれが事業に属するものであることは被告人も承認していたことが明らかで、結局これも被告人の事業所得に合算すべきものであり、右合算額に符合する告発金額をもつて当科目の所得と認めるのを相当とするから右主張も失当として採用できない。

(五) 事業主借科目

被告人及び弁護人は告発金額の赤字三一六万八、五五一円につきこれを被告人の赤字三一二万〇、三三三円と非所得の赤字四万八、二一八円に分配されるべきであり、なお被告人の右赤字三一二万〇、三三三円からは耕三郎分の赤字三七万五、〇七三円を控除すべきであると主張するが右控除の主張は前記(一)の説示と同断であるから失当であり、且つ実質的にも右三七万五、〇七三円を構成するのは単に名義上のみ耕三郎に属する預金等の受取利息であつて真実は被告人の預金等のそれであること証拠上明らかである。また非所得という赤字四万八、二一八円も内容は実質上被告人に属し名目上他人に属する預金等の受取利息と認められるから右と同様であつて、結局以上はいずれも被告人に属する本件事業所得の計算に組入れるべきものと認められるので被告人及び弁護人のこの点の主張も全部失当であつて採用できない。

(六) 水谷耕三郎業務報酬科目

以上の説示により自明のように前記(一)ないし(五)の水谷耕三郎分として控除すべきであるという主張が不当である以上これら科目毎の金額を合算してこれをまとめたにすぎない本科目によりこれら合算額を被告人の所得から控除すべきであるとする被告人及び弁護人の主張が失当として採用できないことは当然である。

二  昭和四四年度分所得

(一) 定期預金科目

昭和四三年度分同科目について説示したのと同様の理由により本科目の金額中被告人及び弁護人の耕三郎に帰属すると主張する金額は一方で被告人に帰属するという所得との同一数値の重複計上であり、且つこれを解消する方法として被告人の所得分から同額を控除するとの主張はそれ自体自己矛盾として採用できないものであり、且つ名目上は耕三郎分の預金も実質的には被告人に属するものと関係証拠上優に認められるからいずれにしても右控除の主張は失当であり前記昭和四三年度分同科目の場合と同様ここでも真の争点は非所得と主張する六九万六、九三五円が告発金額から除外されるべきかどうかの点にのみあるというべきところ、右非所得金額を構成する預金は被告人らの主張では水谷たけ子、水谷きみ、水谷里子、水谷湛子各名義の、要するに被告人及び耕三郎以外の個人名義による預金一四口の増減結果であつて、これらは事業収支と無関係だというのであるが、しかし被告人はこれらの各預金も名義の如何にかかわらず被告人の事業用資金の出入の結果であることを自認しており(前記被告人の昭和四六年一二月二一日付上申書)且つ関係証拠上もそれを認めるに充分であるのに反し被告人らの右主張を認めるに足りる証拠はない。よつて右主張も失当として採用できない。

(二) 有価証券科目

被告人及び弁護人は告発金額九四一万五、六四二円に対し、これを被告人に九三七万八、一四二円及び非所得三万七、五〇〇円に分配されるべきであると主張し、なお被告人の所得中金一、〇三六万八、一八七円は耕三郎に属するものであるからこれを控除すべきであるというが右控除の主張が自己矛盾として採用しがたいことは前項説示と同断であり、なお実質的にも関係証拠上右控除の主張にかかる金額は田辺製薬の株式五万株の取得によるものと認められるところ、被告人がこれを自己に帰属するものであることを認めていることは本人の昭和四六年一一月三〇日付質問てん末書第一五問の供述によつて明らかである。次に非所得と主張する金三万七、五〇〇円は同じ質問てん末書第一八問により株式会社三重銀行の株式七五〇株の取得に関するものであり且つこれまた被告人が自己に帰属することを自認していることが明らかであり、他の関係証拠上も右各事実を認めるに充分であるのに対比し、被告人らの右主張を証するに足りるものはないから右各主張も失当とし採用できない。

(三) 土地科目

被告人及び弁護人は告発金額九八〇万四、六〇二円中耕三郎分として赤字八五万二、七〇〇円を控除すべき旨を主張するがその自己矛盾として採用できないことは前記(一)、(二)や昭和四三年度分定期預金科目等について示した判断と同じであるほか、実質的にも右耕三郎分として主張する赤字金額を構成する各土地の得襄は名義の如何にかかわらず被告人に帰属するものであることは被告人の昭和四六年一月一九日付(第九問)、八月一三日付(第九問)、八月一六日付(第一一問)、九月二七日付(第一〇、一一問)、耕三郎の八月一六日付(第八、九問)各質問てん末書の供述によつて明らかであるからいずれにしても右主張は失当である。

(四) 事業主貸科目

被告人及び弁護人は告発金額九三九万七、一八九円に対し、このうち被告人に帰属すべきは八一〇万六、五八二円にすぎず残金の一二九万〇、六〇七円は非所得であると主張するが、右非所得と主張する金額は被告人が事業資金から弟の拓郎の分譲住宅を購入するために支出したものであることが証拠上明らかである。もつともこれが非所得となる根拠として被告人及び弁護人の主張するところは、右分譲住宅は昭和四二年に三重県労働者住宅生活協同組合から弟拓郎が購入したのであるが代金債務として一部弁済後残つていた 前記金額の残債を昭和四二年度において被告人が昭和四一年に同組合から請負つた別件工事代金債権の残一七三万四、九一三円と対当額で相殺したことにより被告人が弟拓郎の住宅残代金債務を債権者たる前記組合に立替払いをした結果となつたものであり、従つて右支出が事業主貸科目の概念に適合する事業所得計算上経費とならない支出に該当すること自体認めるものの、その支払いは右のとおり昭和四二年度の計算に属すべきであつて昭和四四年度の所得計算に組入れるべきではないというのである(第六回準備手続調書参照)。しかしながら被告人の昭和四六年六月四日付(第一五、一六問)、九月二七日付(第七問)各質問てん末書、右組合からの拓郎宛領収証及び同組合の昭和四六年九月一日付回答書などの証拠を綜合すれば、右相殺は昭和四四年三月二八日に行われたことが明らかであるからこれを昭和四四年度の所得計算に組入れたことは正当であり、被告人らの右主張は失当である。

(五) 事業主借科目

被告人及び弁護人は告発金額の赤字八六〇万九、五九五円に対しこのうち被告人に帰属するのは赤字八四七万三、五一五円でありその余の赤字一三万六、〇八〇円は非所得であり、なお右被告人分の赤字からは耕三郎分と重複した赤字五四万九、三五四円を控除すべきであると主張するが、まず右控除の主張が自己矛盾として採用できないことは昭和四三年度分定期預金科目について説示したところと同様であるうえ、実質的にも右耕三郎分といい或いは非所得という赤字金額は関係証拠によればいずれも主として株式配当金や預貯金等の受取利息の出入からなると認められるところ、被告人らはその配当や利息を生すべき元本たる株式、預貯金の名義人が耕三郎なり、耕三郎及び被告人以外の家族その他の名義になつていることを主たる理由として右主張を構成しているのであつて、同証拠上右元本がいずれも被告人に帰属することを優に認定できる本件にあつては右主張の失当であることは明らかというべきである。よつて右主張も採用できない。

(六) 水谷耕三郎業務報酬科目

以上(一)ないし(五)の説示から自明であるように、右各説示中水谷耕三郎分として控除すべきであるという主張が不当である以上これら金額を合算したにすぎない本科目によつてこれら合算額を被告人の所得から控除すべきであるとする被告人及び弁護人の主張も失当として採用できない。

三  昭和四三、四四年度共通の問題

(一) 生活費科目

被告人及び弁護人は別表右欄即ち被告人を仮定的に事業主体とした場合の被告人の増差所得から耕三郎に支払うべき生活費として昭和四三年度分一九二万円、昭和四四年度分二九〇万円を各控除すべき旨主張しているが、その失当であることは明らかである。けだし国税当局、従つて検察官は右主張と同金額を被告人の右両年度分の事業所得からそれぞれ耕三郎に対する給料として支払われたものとみて即ち各年度の必要経費と認めたうえ損益計算をしており、本件においては財産増減法による所得立証を主体としたため(本件損益法による所得計算との不突合は被告人にとつて有利な結果となつている)。右給料分が貸借対照表における独立した勘定科目として表面に出ないけれども、損益計算における右前提は財産計算においても軌を一にするものであるから当然現金その他の科目の増減中に耕三郎に右各主張金額が給料として支払われたことの結果が織込まれていることは明らかであり、このうえさらに同額を被告人の所得から控除せよというのは、一旦支払われた給料を再度生活費の名目で支払えというのに等しく二重払いを求めるものであつて不合理であるからである。その他各年度につき右主張の金額を被告人の所得から控除すべき理由も発見できない。よつて右主張も失当として採用できない。

(二) 未払整地費用科目

被告人及び弁護人は事業の必要経費として昭和四三年度六九二万七、九四一円、昭和四四年度一、三六三万六、五七九円を控除すべきであると主張し、その理由としてこれらは三重県桑名市大字能部の土地につき地主らから「山土は無償で提供するがこれらの土地を整地して宅地化して返却して欲しい」との要望によりその旨の約束のもとに山土の提供を受けてこれを他に販売したものであるが、この整地費用が未計上であるのでこれを所得から差引くべきであるというのであり、その費用は今後整地にとりかかるため見積りが困難であるが一応右売上の一割とみるのが相当であると主張するのである。しかしながら、被告人がかような約束を地主らとの間に取交したことは右各地主らからの各上申書、回答書を主とする関係各証拠上これを認め難いばかりでなく(却つて稲垣行男の回答書のごとく土砂採取後の立木の補償をえた旨必要経費を既に支出したことが認められる例は窺える)、仮りに右整地を要するとしてもその費用は被告人らの主張自体から既に係争の昭和四三、四年度においてその義務が確定したことによる支出とはいい難いものであるから右両年度分の所得からこれらを控除すべき旨の右各出張は失当として採用できない。なお被告人及び弁護人は右の場合に費用収益対応の原則なるものを主張し、一方において右山土の販売による売上を計上しながらこれに必要な右経費を無視するのは不当であるというが、本件においては事業の内容が当該年度において右原則の妥当する場合とは考えられないから右主張も採用できない。

(三) 親族よりの借入金及び未払金科目

被告人及び弁護人は別表左欄において本科目として相当の金額を計上して主張するところがあるが、既に冒頭において説示したように右主張は耕三郎を事業主体と前提して(即ち別表左欄において)はじめて意義を有する主張であつて、既に被告人を事業所得の帰属する主体と認めた以上(即ち別表右欄の問題となる)争点ともならず、また実質的にもかかる主張は右前提のもとでは所得税法の許さない内容のものであること被告人らも自認し、既に別表右欄においてはその主張を欠いているところでもあるから、その点を念のため一言するに止める。

第三結び

以上のとおり被告人及び弁護人の主張はいずれも理由がないので採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示の各所為はそれぞれ所得税法第二三八条に該当するので、所定刑の懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから懲役刑については同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法第四八条第一項により各罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円に処し、同法第一八条により被告人において右罰金を完納することができないときは金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 上本公康)

43年度分所得の対照表

<省略>

44年度分所得の対照表

<省略>

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