大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所松阪支部 平成19年(ワ)52号 判決 2008年12月12日

主文

1  原告X1、原告X2及び原告X3の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、甲乙両事件を通じ、原告X1、原告X2及び原告X3の負担とする。

事実及び理由

第3争点に対する判断

1  争点(1)(校地の瑕疵)について

(1)  前記争いのない事実等及び(〔証拠省略〕)によれば、次の事実を認めることができる。

ア  本件事故発生場所付近は、小学校において運動場として使用されている場所から、1メートル20センチメートル程度の高いところにあり、運動場との間の斜面にはサツキが一定間隔で植えられている。この場所には、プール、更衣室、体育倉庫、飼育小屋、児童用畑が存在するが、主に駐車場として使われる場所であり、南方向には国道42号線と、北方向では学校の裏側の町道と地続きになっており、地元の人や車が通過したり、隣接する神社へ来た人が駐車するような場所でもある。小学校では、児童に同場所で遊ばないように指導していた。

イ  本件事故発生場所付近はa神社から賃借している場所であるが、平成17年1月中旬ころ、多気町教育委員会は、a神社から、中遷宮があるので駐車塲を整備してほしいと依頼を受けたことから、A校長に駐車場の整備を依頼した。A校長は、業者に注文し、同所に砕石を撒いたが、転圧はしなかった。そして、砕石を撒いた後、小学校の教諭は、児童らに砕石を撒いたので気を付けるように指導をした。

(2)  ところで、原告X1は、本件事故発生場所付近は、遊びや学習に日常使われる場所であると主張し、〔証拠省略〕には、それに沿う部分のほか、親も児童も本件事故発生場所を駐車場として認識していないとの部分も存在する。しかし、〔証拠省略〕によれば、本件事故発生場所を被告に貸しているa神社の宮司は同所を駐車場と認識していることがうかがわれることに加え、〔証拠省略〕に照らすと、前掲〔証拠省略〕は採用することができず、他に原告X1の主張を裏付ける証拠はない。

なお、本件事故発生場所につき、その所有者が被告であるか、a神社であるか争いがあり、〔証拠省略〕によれば、公図と航空写真を重ね合わせれば、本件事故発生場所付近の高台となっている土地には、被告の所有部分とa神社の所有部分があるかのようにも見受けられるが、公図が現状を正確に表しているとは限らないこと、原告X1も、訴状において、本件事故発生場所はa神社の賃借地であると主張していたこと、前記〔証拠省略〕によれば、a神社の宮司もそのような認識であることがうかがわれることによれば、本件においては、本件事故発生場所はa神社の所有地であり、これを被告が借り受けていることを前提とするのが相当であるといえるが、そうであったとしても、いずれにしろ本件事故発生場所が国家賠償法2条1項の営造物であることに変わりはない。

(3)  そこで、本件事故発生場所の設置又は管理に瑕疵があったか否か検討するに、瑕疵があるか否かは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、具体的・個別的に判断すべきであるところ、本件事故発生場所付近には、飼育小屋や児童用畑などの施設があり、そこに行く児童の存在は考えられるものの、本件事故発生場所付近は、運動場とは場所的に隔離され、車等の通行もあり、主に駐車場として使用されていた場所であることからすると、そのような場所に砕石を撒いたとしても、それ自体に危険性があるとはいえないし、それによって、営造物の利用者やそれ以外の第三者に危害を生ぜしめる危険性があるとまではいえない。

(4)  よって、本件事故発生場所付近の校地については、設置又は管理に瑕疵があるといえないから、原告X1の主張は理由がない。

2  争点(2)(安全配慮義務違反)について

(1)  前記争いのない事実等及び〔証拠省略〕によれば、Bは、平成17年3月10日、昼休みの時間を利用して、C教諭の指導の下、凧を完成させ、同教諭から、外で凧を揚げてみたらと勧められたことから、一緒にいた原告X1らとともに外に出、それと同時に、凧揚げを開始したこと、そこにDとEがおり、同人らは、同地に撒かれたあった砕石を凧にめがけて投げつけたことから、それを見た原告X1がDとEに投石を止めるように注意したところ、同じく昼休みの同日午後1時10分ないし20分ころ、DとEが原告X1に対し、同地に撒かれてあった砕石を数回投げつけたこと、それにより、原告X1は、左眼球打撲、左前房出血等の傷害を負ったことが認められる。

(2)  以上のとおり、本件事故は昼休み時間中に起きたものであるが、昼休みといえども、教育活動と密接な時間帯であり、学校の管理下にあるのであるから、担当教諭ないし学校には事故の発生を防止するための一般的な注意義務があることは否定できないが、昼休み時間は児童が自由に行動できる時間帯であり、教育活動そのものがなされる時間帯ではないから、事故が発生する危険性を具体的に予見できるような特段の事情がある場合でない限り、担当教諭ないし学校はその責任を負わないと解すべきである。

(3)  これを本件について見ると、前記(1)認定の事実経過からすれば、そのような特段の事情があると認めることはできないが、原告X1は、投石をしたE及びDに日頃から粗暴的な面があること、本件事故現場付近に児童が拾って投げたくなる砕石を撒いたことなどを指摘して、特段の事情があると主張しているものと解される。

確かに、〔証拠省略〕によれば、Eは、やんちゃな男子であり、平成16年の2学期には、女子児童がペットボトルのお茶を飲もうとしていたところ、後ろから叩いて同児童の歯を折ったということもあり、学校全体で指導監督していたことが認められるが、同じく同証拠によれば、Eには以上のような事情もあったが、同年の3学期には落ち着きが出てきたこと、Dには特に目立ったところはなかったことが認められることからすると、本件事故の時点で、EなりDが投石行為に及ぶことを具体的に予見することができたと認めることはできない。また、学校内に砕石が撒かれれば、児童が投石に及ぶかもしれないという危惧感は抱かれるかもしれないが、実際に投石に及ぶということまでの危険性を具体的に予見することが可能であるとまで認めることはできない。

(4)  以上によれば、担当教諭ないし学校には、安全配慮義務違反は認められず、原告X1の主張は理由がない。

3  争点(3)(応急措置義務違反)について

(1)  〔証拠省略〕によれば、DとEから投げられた石が左眼に当たって左眼が痛いと訴える原告X1を、養護教諭は、冷やしタオルで眼を冷やし、横にさせて安静にさせ、原告X1の眼の状態を見て、角膜が少し傷ついているのを発見したが、眼球の動きを確かめたところ、眼球運動には異常がないことを確認したこと、その後、養護教諭が、担任教諭を通じて、原告X1の親に連絡をしたところ、原告X3が来ることになったこと、養護教諭は、原告X3が来るまでの間、当日、受診可能な病院を救急医療情報ネットで調べたところ、垣鼻病院と中央病院を紹介されたこと、原告X1が、痛みがかなり引いたというので、視力を測ったところ、右目が0.7、左眼が0.3であったことが認められる。

(2)  原告X1は、養護教諭の措置が不適切であったというが、以上の養護教諭の措置に不適切な点は見受けられず、他に養護教諭の措置が不適切であることを認めるに足りる証拠はない。

また、原告X1は、救急車を要請する必要があったと主張するが、そのようなことをする必要があったことを認めるに足りる証拠もない。

よって、養護教諭に応急措置義務違反があったとはいえず、原告X1の主張は理由がない。

4  争点(4)(原告X1のプライバシー侵害)について

原告X1は、原告X1が傷害を負った事実を流布されたことがプライバシーの侵害に当たると主張する。

確かに、原告X1が傷害を負ったという個人情報はプライバシーの権利に入るものではあろうが、本件事故は学校において児童らの前で起きたものであること、その事実を伝えた相手も学校関係者であるPTA会長という限られた範囲の者に過ぎないことからすると、原告X1が傷害を負った事実をPTA会長に伝えることがプライバシーの侵害に当たり不法行為を構成するといえないことは明らかである。

よって、原告X1の主張は理由がない。

5  争点(5)(虚偽事実に基づく相談)について

(1)  前記争いのない事実等及び〔証拠省略〕によれば、A校長は、平成17年3月14日、教頭と一緒に、原告X1の自宅へ本件事故の概況の説明に赴いたところ、原告X2に駐在所に案内されて、警察官の制服姿で応対されたが、その際、原告X2から、「これは学校の傷害事件や。」と言われ驚いたこと、A校長は、原告X1の病状を確認するため、b大学附属病院に連絡したところ、同意書が必要であるとのことだったので、同月24日、その署名押印をもらうため、原告X2の駐在所に赴いたが、原告X2から拒否されたこと、翌日、A校長は、原告X2から、電話で「なぜ許可なしにb大へ電話したんや、気に入らん。」などと言われ威圧感を感じたこと、後日、その電話の場には、原告X1宅を訪れた多気町教育長と多気町教育委員会課長がいたことが分かり、A校長は屈辱感を感じたこと、同年4月13日、原告X3から、A校長個人に対し、本件事故による賠償として、1576万8610円の支払を求める内容証明郵便が自宅に送られてきたこと、A校長は、原告X2の態度が威圧的かつ命令的で、対応がいつも制服姿であったことや、原告X2の体が大きく畏怖して接しざるを得ないことから、学校が駐在所との良好な関係を気付くことができない状況になっていると思い、松阪教育事務所の生徒指導特別指導員に相談したところ、松阪警察署に相談に行くように勧められたことから、このことを松阪警察署に相談したことが認められる。

(2)  以上の事実によれば、原告X2のA校長への応対には厳しいものがあることは否定できず、原告X3を含めた原告側の態度も強行なものを感じさせるものであるから、このままの状況では原告側とA校長ら学校側との関係、ひいては原告X2が勤める駐在所と学校の良好な関係が築けなくなるとの心配をA校長が抱くのもやむを得ないものがあるといえ、駐在所と学校が良好な関係を築く必要性が高いことは顕著な事実であるから、この件でA校長が松阪警察署に相談に行ったとしても、それは原告X2の風評を害するものとも、原告X1の両親の行動を封じようとするものとも認められないし、A校長にそのような意図があるとも見受けられない。そうすると、A校長の行為が原告X2の誹謗中傷行為に当たるとはいえない。

よって、原告X2の主張は理由がない。

6  争点(6)(被告の不誠実な対応)について

原告X2及び原告X3は、被告が賠償義務を負うことを表明しながら、その後の調停ではこれを覆し、その後の調停でも、準備不足や期日の引き延ばしで、交渉に時間を要することとなったと主張する。

しかし、原告X2及び原告X3が賠償義務を負うことを認めたとする文言は、前記争点(6)(原告X2及び原告X3の主張)のとおり、「学校管理下」での「事故」ということを被告が認めているというものであるが、学校管理下での学校内での事故であっても、必ずしも賠償義務を負うものでないことは、前記争点に対する判断1及び2のとおりであり、被告が学校管理下の事故であることの認識を示したからといって、被告が賠償義務を負うことを認めたことにはならないことは明らかである。そして、交渉や調停において多少の準備不足が被告にあったとしても、これらはあくまでも任意の交渉の中でのことであり、被告にはその責任を認めなければならないような法的義務はなく、不誠実さの程度があまりに顕著であり、交渉に応じないことが信義則に反することが顕著であるような特別な事情があれば格別、そのような事情も認められないのに、交渉経緯の不誠実さであるとして被告に不法行為責任の成立を認める解釈をすることはできないというべきである。

しかも、本件事故の傷害を負ったのは原告X1であり、本件事故の交渉の結果が帰属するのも原告X1であって、原告X2及び原告X3はその代理人に過ぎないから、原告X1にそのような損害が発生すると考えることは場合によっては考えられるとしても、原告X2及び原告X3にはそのような損害が発生すると考えることも困難である。

よって、原告X2及び原告X3の主張はいずれにせよ理由がない。

7  結論

以上によれば、被告には責任原因となるべき行為が何ら認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木幸男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例