津家庭裁判所 平成20年(家ロ)501号 審判 2008年1月25日
申立人
a児童相談所長 X
事件本人
A
B
未成年者
C
主文
1 本案審判申立事件の審判が確定するまで,事件本人らの未成年者に対する親権者としての職務執行を停止する。
2 上記期間中
住所 b市c法律事務所
氏名 D
を職務代行者に選任する。
理由
1 申立ての趣旨及び理由は,別紙「審判前の保全処分申立書」のとおりである。
2 当裁判所の判断
(1) 一件記録及び審問の結果によれば,次の事実が一応認められる。
ア 未成年者は,事件本人ら(平成18年×月×日婚姻)の間に,平成19年×月×日長男として出生した男児である。
イ 未成年者は,平成20年×月×日,d病院において○○と診断され,現在,e病院において入院中である。
ウ e病院における診断によれば,未成年者の現在の病状は,緊急に右眼摘出手術,左眼局所療法及び全身化学療法を行えば,約90パーセントの確率で治癒が見込まれるものであるが,右眼の視力が失われるのに加え,温存される左眼の視力もほぼ失われる。これに対し,緊急に上記手術・治療をしなければ,腫瘍の眼球外浸潤がおこり,数か月以内には死亡することになる。
エ 未成年者の共同親権者である事件本人らは,平成20年×月×日以降,再三にわたり医師等から未成年者の病状と手術・治療の必要性の説明を受けたが,「治療はしたくない。自分は育てられない。」などと述べ,障害を持つ子供を育てていくことに不安があるとの理由から,同意しない。
オ d病院は,未成年者につき,平成20年×月×日に右眼摘出手術を予定している。
(2) 以上の疎明事実からすると,事件本人らは,未成年者の親権者として,適切に未成年者の監護養育に当たるべき権利を有し,義務を負っているところ,未成年者は緊急に手術・治療を施さなければ死亡を免れない状況にあるのに,事件本人らは再三の説得にもかかわらず同意をせず,このまま事態を放置することは未成年者の生命を危うくするものであるし,事件本人らの対応に合理的理由を認めることはできない。このような事件本人らの対応は,親権を濫用し,未成年者の福祉を著しく損なっていると解される可能性が高いものであって,事件本人らから同意を得る時間的余裕もない。
したがって,事件本人らの親権者としての職務の執行を停止させ,かつ,未成年者の監護養育を本案審判確定まで図る必要があるから,その停止期間中は,弁護士であるDをその職務執行代行者に選任するのが相当である。
(3) よって,本件申立てを認容することとし,主文のとおり審判する。
(裁判長家事審判官 堀内照美 家事審判官 田中正哉 薄井真由子)
(別紙)
審判前の保全処分申立書
平成20年×月×日
津家庭裁判所 御中
当事者の表示
【申立人】
氏名 a児童相談所 所長 X
【相手方】
氏名 A
氏名 B
【未成年者】
氏名 C
平成19年×月×日生
【職務代行候補者】
氏名 D
本案審判事件の表示
津家庭裁判所 親権喪失宣告申立事件
求める保全処分
本案審判申立事件の審判が効力を生ずるまでの間、未成年者の親権者につき、職務の執行を停止し、職務代行者を選任する審判を求める。
保全処分を求める事由
第1 当事者
1 申立人は、a児童相談所所長である。
2 未成年者は、平成19年×月×日生まれの生後三ヶ月の男児であり、現在e病院に入院中である。
3 相手方らは、未成年者の実父・実母であり、未成年者の共同親権者である。
第2 申立に至る経緯
1 相手方らは、平成19年×月×日、e病院において、未成年者を受診させたところ、○○と診断された。
さらに、平成20年×月×日、e病院から紹介をされたd病院にて未成年者を受診させたが、同様に○○と診断され、同院より手術をすすめられたが、これを拒否した。
2 相手方らは、医師より説得をうけて、平成20年×月×日、検査及び治療方針決定の目的で未成年者をe病院小児科に入院させた。
同院において平成20年×月×日MRI検査をしたところ、未成年者の右眼球内に○○mm、左眼球内に○○mmの腫瘍が認められたが、視神経や大脳など眼球外への浸潤は認められなかった。
そこで、同院は、右眼球腫瘍は進行期、右と比較して左眼は軽症と診断し、治療法として右眼は眼球摘出、左眼は保存的治療(全身化学療法と局所治療)(以下「本件治療方法」という。)との方針をたて、相手方らに本件治療方法実施の同意を求めたが、相手方らはこれを拒否した。
3 申立人は、平成20年×月×日、e病院より本件についての相談を受け、直ちに同院の医師と面接して事情を聴取したところ、未成年者の○○に対する治療法としては、本件治療方法が標準治療であること、本件治療方法の成功可能性は90%以上であること、本件治療方法が成功すれば、両眼の視力を失うものの、天命を全うするまで生存できる可能性が極めて高いこと、仮に本件治療を行わなければ、1,2ヶ月以内に死亡する可能性が100%に近いとの説明を受けた。
そこで、申立人は本件治療方法実施の拒否は医療ネグレクトとして虐待に該当するとの結論に達し、翌××日及び××日、e病院において相手方(母)から事情を聴取したが、同人は障害をもつ未成年者を育てていく自信がないため本件治療方法に同意しないと主張した。
申立人は翌××日も、相手方(母)と面会し、本件治療方法への同意を求めたが、同人は本件治療方法を拒否する姿勢を崩さなかった。
第3 親権の濫用
相手方らが、本件治療方法を拒否する心情も理解できなくはないところであり、また、児童の権利に関する条約第5条で父母の権利・義務の尊重が規定されていることからして、相手方らの意見にも耳を傾ける必要はあろう。
しかしながら、同条約第6条では児童が生命に対する固有の権利を有すること及び締結国に対して児童の生存を最大限の確保する義務が規定されていること、また、第5条に定める父母の児童に対する指導・指示の権利も「児童の発達しつつある能力に適合する方法で」との限定がついていることからして、児童の生存をはかるのが児童にとっての最善の利益であり、共同親権者たる相手方らは、かかる最善の利益を確保するために親権を行使する義務があるのである。
しかるに、本件治療方法を拒否する相手方らの態度は、生命という未成年者の最善の利益を害することが明白であり、民法834条に定める親権の濫用に該当する。
第4 保全の必要性
現在のところ未成年者に視神経や大脳など眼球外への浸潤は認められないが、○○の腫瘍増殖速度は速く、治療開始の遅れは腫瘍が眼外へ進出する機会を増加させ、生存率を極めて低下させるため、平成20年×月中の本件治療開始が不可欠であり、e病院においては、平成20年×月×日の本件治療実施につき、準備はととのっている。
よって、保全の必要性は高度に認められる。
第5 まとめ
以上により、申立趣旨記載の保全処分を求め本申立に及んだ。
以上