浦和地方裁判所 平成元年(レ)27号 判決 1990年10月22日
控訴人(原告)
森下菊美
被控訴人(被告)
長谷部成
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者の主張
(一) 請求原因
1 事故の発生
(1) 日時 昭和六三年七月一六日午前一〇時一〇分ころ
(2) 場所 静岡市安東一丁目三番一二号先交差点
(3) 加害車 控訴人運転の普通乗用自動車(静岡五八ね六八〇三)
(4) 被害車 被控訴人運転の普通乗用自動車(練馬五九ち一三六一)
(5) 態様 信号機が設置されていない丁字型の前記交差点において、直進中の被害車の左側面に左方向の道路から右折しようとして交差点内に進入した加害車が衝突した。
2 責任原因
本件事故は、控訴人が、前記交差点内に進入し右折する際、前方、左右の安全を十分に確認しないで、漫然と、時速一五キロメートルの速度で進行したため発生したのであるから、控訴人は、民法七〇九条により被控訴人が被つた損害を賠償すべきである。
3 損害
(1) 被害車の修理費用 三〇万八八七〇円
(2) 被害車の減価額 七万六〇〇〇円
被害車は事故後においては、修理を終えてもなお、事故前に比してその中古車市場での商品価値を減することとなつた。それは、修理によつて自動車の性能、外観等を完全に復元するには技術的な限界があること、事故による衝撃のため車体、各部品等に負担がかかり、修理後間もなくは不具合がなくとも年月を経るに従つて不具合が生じ易くなること、修理後も隠れた損傷があるかも知れないとの懸念が残ること、事故にあつたということで縁起が悪いとして嫌われることによるものである。
(3) 右減価額の査定費用 一万円
右減価額は中古車の評価について知識と経験を有する財団法人日本自動車査定協会に依頼して査定してもらつた。それに要した手数料である。
(4) 弁護士費用 一〇万七〇〇〇円(着手金五万七〇〇〇円、報酬五万円)
合計 五〇万一八七〇円
よつて、被控訴人は控訴人に対し、右五〇万一八七〇円及びうち(1)ないし(3)の損害計三九万四八七〇円に対する事故発生の日である昭和六三年七月一六日から、うち(4)の損害一〇万七〇〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月二二日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(一) 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、交差点内に進入し右折する際の控訴人による右方向の安全確認が十分でなかつたことは認めるが、本件事故が控訴人の過失のみによつて生じたことは争う。
3 同3の事実のうち、(1)、(4)は不知、(2)、(3)は否認する。
今日の自動車の修理技術は高度に進んでおり、修理によつて自動車について生じた損害を完全に復元することができないということは余りないことである。とくに、被害車は使用月数が七七か月(六年五か月)、走行距離が六万八一四一キロメートルにも達しているのであつて、このような古い車両について修理後においてもなお市場価値の減少があるとする考え方には合理性がない。
(二) 抗弁
控訴人は交差点手前の一時停止線で一時停止し、さらに交差点内に進入してからも一時停止をしたのである。被控訴人は交差点の手前で、既に加害車が右折しようとして交差点内に進入しているのを認めながら、加害車が停止しているものと軽信し、時速約四〇キロメートルの速度で交差点を通過しようとした。したがつて、本件事故については、被控訴人にも加害車の動静を注視し、減速するなど、衝突回避の措置をとらなかつた点に過失があるから、損害額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきであり、その過失割合は三割とみるのが相当である。
(四) 抗弁に対する認否
争う。被控訴人は交差点の手前で加害車が交差点内で一時停止しているのを見ており、このような状態で加害車が右方向の安全も確認しないで突然発進するなどとは予想もしなかつた。控訴人は交差点内で二度目の一時停止をして、右方向を一瞥した後、左方向から進行してきた車両の通行を待つたのであるが、その待ち時間からして、発進するには再度右方向の安全を確認すべきであるのに、これを怠つたものであり、本件事故は控訴人の一方的な過失によるものである。控訴人は事故直後にはこのことを認めており、被控訴人に対し発生した損害についてはすべて賠償の責を負うことを約した。
三 証拠に関する事項は本件原審訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」並びに当審訴訟記録中の「証人等目録」に記載のとおりである。
理由
一 事故の発生についての請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第二号証、原審及び当審における被控訴人、原審における控訴人の各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故の現場は、東西に通ずる幅員約九・八メートルの道路(以下、これを「東西道路」という。)に南北に通ずる幅員約四・九メートルの道路(以下、これを「南北道路」という。)が丁字型に交差する地点であり、東西道路については最高速度三〇キロメートル毎時の交通規制があり、中央線が引かれている。南北道路には交差点手前に一時停止の標識が設置され、停止線の表示もある。
2 被控訴人は、被害車を運転して東西道路を東方から西方に向かつて時速三〇キロメートル前後の速度で進行中、交差点の約一三メートル手前で左側の南北道路から加害車が交差点内に進入してくるのを発見したので、徐々に減速し、加害車の動きに注意しながら中央線寄りを進行した。加害車は被害車より先に交差点内に進入しかかつていたが、加害車が停止するような動きを見せたので、被控訴人は加害車が自車の通過を待とうとしているものと判断し、交差点内を通過しようとしたところ、加害車が突然発進し被害車に衝突した。
3 控訴人は、加害車を運転し、南北道路を南方から進行してきて交差点で右折し、東方へ向おうとして、交差点手前の前記停止線で一時停止した後、右折の合図をし、東方の見通しは良好であるが西方の見通しが悪いので徐行しながら、進路前方に設けられた横断歩道の表示の北端付近まで進行して停止し、東方向を一瞥した後、西方から進行してきた車両の通過を待つて発進し右折を開始した直後、被害車に加害車の前部を衝突させた。
4 そのため被害車は右側に押し出され、制禦不能の状態で中央線を越えて一二・二メートルほど進行し、道路の右端に至つてようやく停止した。加害車はそのまま右折を終え、間もなく停止した。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。控訴人は、被害車が時速約四〇キロメートルの速度で交差点を通過しようとしたと主張するが、前示乙第二号証によれば、事故当時は雨が降つていたことが認められ、路面が湿潤していたことを考えると、衝突後、被害車が停止するまでの走行距離から直ちに右主張のような判断をすることはできず、ほかにこれを裏付ける証拠はない。
右事実によれば、本件事故は、控訴人が交差点で二度目の一時停止をし、西方から進行してきた車両の通過を待つた後、再発進をするに際し、右(東)方の安全を十分に確認しなかつたために生じたということができるから、控訴人は被控訴人に対し本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。一方、被控訴人は、交差点の手前約一三メートルの地点で加害車が交差点内に進入してくるのを発見しているのであり、停止するような動きを見せたとはいえ、必ずしもその動静は判然とはしなかつたのであるから、被控訴人としては、警笛を吹鳴して加害車の運転者に自車の接近を知らせ、注意を喚起すべきであるのに、加害車が自車の通過を待つものと即断し進行した点に被控訴人にも過失がたつたと認められる。
三 損害
1 被害車の修理費
いずれも成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証によれば被害車は事故のためにフロントフエンダーからリヤフエンダまでが破損し、その修理には三〇万八八七〇円を要したことが認められる。
2 被害車の減価額及びその査定費用
原審及び当審における被控訴人の本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる甲第四号証によれば、被控訴人の依頼により財団法人日本自動車査定協会が被害車についてした事故復元後における事故減価額は七万六〇〇〇円であること、右減価額は事故現状車について損傷個所及びその度合を査定したうえ、事故復元後にもなお車両にのこる事故の痕跡が無事故車に比してどの程度商品価値に差が生ずるかを算定したものであり、損害個所の復元に要する修理費用とは別個のものであること、被控訴人は右協会に対し右減価額の算定を依頼したことの報酬として請求により一万円を支払つたことが認められる。これと対比すると、右減価額についての控訴人の主張は具体的な裏付けを欠いた単なる主張の域を出でないものであつてにわかに採用しがたく、右減価額七万六〇〇〇円及びその査定費用一万円、計八万六〇〇〇円は事故によつて生じた損害であると認めることができる。
(過失相殺)
本件事故については被控訴人にも過失があつたと認められることは前述のとおりであるところ、前述した控訴人、被控訴人双方の過失の態様を対比すると、その過失割合は控訴人の九に対し被控訴人の一とするのが相当である。そこで、右1、2の損害合計三九万四八七〇円からその一割を減ずると、残額は三五万五三八三円である。
3 弁護士費用
本件事案の性質、請求の認容額及び審理の経過等諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は本件事故当時の現在価額で五万円とするのが相当である。
したがつて、控訴人は被控訴人に対し以上の損害合計四〇万五三八三円及びこれに対する事故発生の日である昭和六三年七月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。
四 よつて、右説示の範囲内で被控訴人の請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大塚一郎 小林敬子 西郷雅彦)