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浦和地方裁判所 平成10年(ヨ)501号 決定

債権者

川合隆典

右代理人弁護士

野本夏生

債務者

埼京タクシー株式会社

右代表者代表取締役

藤田洋子

債務者代理人弁護士

外井浩志

渡邊岳

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成一〇年九月から本案判決確定に至るまで毎月二八日限り三五万五六三一円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  申立ての類型(訴訟物)

本件は、債務者に雇用されていた債権者が、債務者が債権者に対してした解雇(以下「本件解雇」という。)が無効であると主張して、債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定めること及び右地位に基づく賃金を支払うことを求めて仮処分を申し立てた事案である。

二  前提事実(確定の根拠は各末尾に示す。)

1  当事者

(一) 債務者は、一般乗用旅客自動車運送事業などを事業目的とする株式会社である。

(争いがない)

(二) 債権者は、債務者に平成五年一二月ころから雇用され、本件解雇当時債務者の戸田営業所においてタクシー乗務員として勤務していた。

(争いがない)

2  債権者の賃金受給

債務者における賃金は、稼働手当、割増手当等から成り立っており、毎月二〇日締めで当月二八日に支払われる。

債権者が平成九年度の一年間に債務者から支払われた給与の合計額は四二六万七五七六円であり、これを一か月平均に引き直すと平均賃金は三五万五六三一円となる。

(争いがない)

3  就業規則

債務者の就業規則(以下単に「就業規則」という。)には、概ね後記かぎ括弧内記載の定めがある。

「 (略)

第一九条 (解雇)

従業員が次の各号の一に該当したときは、三〇日前に予告するか、または三〇日分の平均賃金を支給して解雇する。ただし、解雇予告の日数は、平均賃金支給日数分だけ短縮することがある。なお、(略)

<1> 精神または身体の虚弱、傷害等により業務に耐えられないと認めたとき

<2> 勤務成績または労働能力が著しく低劣、もしくは性行が業務に支障あると認めたとき

<3> 懲戒解雇事由に該当し解雇を相当とするとき

<4> やむを得ない業務上の都合および企業整備実施のとき

<5> その他雇用関係の継続が困難となった事情が生じたとき

(略)

第四三条 (懲戒の種類)

懲戒は、その情状に応じて、次の区分により行う。

<1> けん責 (略)

<2> 減給 (略)

<3> 出勤停止 (略)

<4> 降格・降職 (略)

<5> 停職 (略)

<6> 諭旨解雇 (略)

<7> 懲戒解雇 行政官庁の許可を得て予告期間を設けないで、解雇もしくは第一九条の規定による手続きを準用して解雇する。

この場合、退職金は支給しない。

(略)

第四六条 (懲戒解雇)

従業員が次の各号の一に該当する場合は、懲戒解雇する。

(略)

<3> 故意に自己の業務を怠りもしくは他人の業務を妨げたとき(ママ)

<4> 正当な事由なしに会社の指示命令を拒否または違反したとき。

(略)

<6> 職務を利用して不当な金品を受取りもしくは与え、または不正に自己の利益をはかる行為をしたとき。

(略)

<9> 業務上の怠慢または素行不良で業務に対する誠意を認め得ないとき。

(略)

<16> 他の従業員に対し暴行、脅迫を行ったとき。またはその業務を妨害したとき。

<17> その他の諸規則に違反しまたは、前各号に準ずる行為をしたとき。

(略)

第四九条 (懲戒手続き)

従業員に懲戒すべき行為があるとみとめたときは、所属長は直ちに本人から顛(ママ)末書をとり、かつ行為の事実等を調査して具申しなければならない。

(略) 」

(争いがない事実)

4  乗務員服務規律

債務者の乗務員服務規律(以下単に「乗務員服務規律」という。)には、概ね後記かぎ括弧内記載の定めがある。

「 (略)

第一二条 (営業上の順守事項)

乗務員は特別な契約等を除き、メーター器を使用しないで営業してはならない。運賃料金は現金、未収を問わずメーター器の表示額によって収受し、その額以上を要求したり収受したりしてはならない。

(略)

第一四条 (禁止行為)

乗務員は次にあげる行為をしてはならない。

(略)

(8) メーター不倒

(略)

第一六条 (不正禁止行為)

乗車待機中、または帰庫の途中、私用あるいは他の依頼で業務以外の目的のために車両を運行及び放置しないこと。

(略)

第二一条 (乗務記録の記入義務)

(1) 乗務員は乗務記録(運転日報)の記載事項を確認するとともに営業のつどボールペンで必要事項を記録し、汚損、破棄、紛失等をしてはならない。

(2) 営業終了後は乗務記録の記載事項記入漏れ等がないか次の事項を確認すること。

(ア) 車両の出入庫時刻

(イ) 乗務開始および終了地点と時間

(ウ) 休憩または仮眠をした場合はその場所と時間

(エ) 料金メーター指数の記入

(オ) 走行メーターの記録

(カ) 給油量の記入

(キ) 事故、違反、異常等があった場合の記録

(ク) 回送を使用した時はその内容、時間および区間

(ケ) 領収書を発行した時はその回数欄に○印を付す

(3) 乗務記録は終業点呼のとき提出をし、管理者の点検、および検印を受けなければならない。

(略) 」

(<証拠略>)

5  本件解雇

債務者は、平成一〇年七月二二日、債権者に対し、同人を同年八月二〇日限りをもって就業規則一九条及び労働基準法二〇条に基づき解雇する旨の意思表示をした。

(争いがない事実、<証拠略>)

三  争点

1  保全すべき権利の有無(争点一)

(中心的争点)

解雇事由該当性及び解雇の相当性

2  保全の必要性及び程度(争点二)

第三争点に対する当事者の主張

一  保全すべき権利の有無(争点一)について

1  債務者

本件解雇における解雇事由及び債権者を解雇するのが相当であると判断するに至った事情は以下のとおりである。

(一) 始業時間不遵守、勤務離脱

債権者は、以下のとおり、始業時間を遵守せず、また、勤務時間から離脱する行為を行っており、もって、債権者は就業規則一九条<2>に該当し又は同一九条<3>、四六条<4>、<6>に該当するものである。

(1) 始業時間不遵守

ア 債務者戸田営業所における始業時間の定め

債務者の戸田営業所においては、平成七年九月一日以降は、出庫時間は午前六時と定められ、各乗務員に対し掲示によって告知されていた。また、債務者は、各乗務員に対し、出社時間については、出庫時間から三時間以内、すなわち午前九時までに出社して営業に就くよう指示していた。

イ 債権者の勤務実態

しかるに、平成一〇年二月からの出庫時間をみると、債権者が午前九時までに出社したのは全九二出番のうちわずか一九回しかない。

このため、債務者の戸田営業所長であった大槻唯夫(以下「大槻所長」という。)は、平成九年九月一二日を始め、同年一二月一〇日、同月二八日など数度にわたって債権者に対し右出社時間の定めを遵守するよう注意したにもかかわらず、債権者の出勤時刻は本件解雇に至るまでいっこうに改善されなかった。

(2) 勤務離脱

ア 債務者における休憩時間の定め

債務者は、午前六時を出庫時間とし、午前三時を帰庫時間と定め、また、各乗務員に対し、出庫から帰庫までの間に二時間から三時間の休憩時間を二度ないし三度に分けて合計五時間ないし六時間程度の休憩時間を取るよう指示している。

イ 債権者の勤務実態

しかるに、債権者は、出庫後帰庫までの間に全く乗客を乗せていない時間が長期にわたることがしばしばであった。なお、右の時間が休憩時間を含むものであるとしても、前述の休憩時間の限度及び取り方については制約があるのであって、それを超えるような休憩時間を取ることは、それ自体業務命令に対する違反である。また、仮に右の時間の中に休憩時間、回送時間、待機時間が含まれるものであったとしても、それだけでは説明のつかない空白時間がなお存在しているというべきである。

この点についても、右大槻所長は、平成九年七月一日に債権者に対し、口頭にて同年六月二三日及び同月二五日の各七時間余りの勤務離脱について注意をしていたが、その後も、同年九月一二日、同年一二月一〇日、同月二八日にも注意を与えていたにもかかわらず、それ以後もいっこうに改善されなかった。

(二) メーター不倒

債権者は、以下のとおり、メーターを倒すことなく送迎し、その対価として金銭を受領する、いわゆるメーター不倒行為を行っており、もって、債権者は乗務員服務規律一四条(8)に違反し、就業規則一九条<3>、四六条<3>、<4>、<17>に該当するものである。

ア 債務者におけるメーター不倒についての定め

タクシー会社にとってメーター不倒は、その収入源を奪う重大な行為である。債務者は、乗務員服務規律一四条(8)においてメーター不倒行為が禁止行為であることを明示し、乗務員に対する周知を徹底させている。

イ 債権者のメーター不倒行為

(ア) 債権者については、以前からメーター不倒を行っているのではないかとの噂が絶えなかった。その噂とは、債権者が、西川口の特殊風俗営業店付近で、そこに勤める女性が帰宅する午前〇時ころから午前二時ころまでの時間帯に右風俗営業店付近に待機し、その女性をメーターを倒すことなく自宅まで送り届け、金銭を受け取って債務者に納金せず自らが取得しているというものであった。

(イ) 現に、債権者は、午前〇時ころから午前二時ころまでの間全く乗客を乗車させていないことが頻繁にあった。一般的には、この時間は、比較的続いて乗車になる稼ぎ時の時間帯であって、長時間の営業空白時間が空くことは考えにくい。

(ウ) 特に、債権者は、平成一〇年六月八日において、午後一一時三五分に営業した後、翌六月九日の午前三時三〇分に帰庫するまでの約四時間にわたり全く乗客を乗車させていなかった。

そこで、大槻所長は、債権者にこの点を問いただしたところ、債権者は、当初仮眠をとっていたと弁解した。大槻所長が、さらに、仮眠をとるのであれば営業所に帰庫し、納金を済ませて帰宅すべきではないか、メーターを倒さずに営業していたのではないかとただすと、債権者は、わずかの時間仮眠をとるつもりが熟睡してしまったと弁解した。しかし、大槻所長がどこで仮眠したのかという質問をしたのに対し、債権者は、前日のできごとであるにもかかわらず答えられないありさまであった。

(エ) そのような状況であったところ、債権者のメーター不倒が債務者の乗務員であった村上稔(以下「村上乗務員」という。)によって現認された。すなわち、村上乗務員が平成一〇年七月五日午前一時二〇分ころ業務を終えて帰宅する際、埼玉県川口市金山町六番地川口神社前付近路上において「予約」の表示を出しつつ女性の乗客を乗車させている債権者のタクシーを目撃した(以下、村上乗務員が債権者のタクシーを目撃した現場及び時刻を、それぞれ「本件現場」及び「本件時刻」という。)。村上乗務員が即時に無線配車係に連絡したところ、債権者のタクシーがメーターを倒していない状態にあることが確認された。村上乗務員は、翌日右の事実を債務者の佐久間社長室長に報告し、債務者にそのことが明るみになった。

(三) 他の社員に対する暴言

債権者は、平成一〇年六月一九日午前三時ころ、戸田営業所内において、債務者の配車担当従業員である雁金寿男(以下「雁金配車係」という。)に対し、「不正な無線配車をしている証拠をつかんでテメエなんか辞めさせてやる。」「無線室の中で女とイチャイチャして何やってんだ。」「フザケンジャネエヨ。」と暴言を吐いた。

債権者は、右行為により、就業規則一九条の三<3>、四六条<16>に該当するものである。

(四) 長時間にわたる車両放置

債務者は、乗務員服務規律一六条において車両を放置することを禁止している。

しかるに、債権者は、平成八年一二月五日午前一〇時ころから午後八時ころにかけて、同日同人が担当していた車両を東日本旅客鉄道(以下「JR」という。)川口駅前構内待機場に放置し、そのため、債務者は、同駅から注意の電話を受けた。債務者は、同月七日、債権者に対し、戸田営業所内において注意を与えるとともに、債権者から始末書を徴している。

2  債権者

本件解雇は、以下のとおり、無効であるから、債権者は、債務者に対し雇用契約上の地位を有している。

(一) 始業時間不遵守、勤務離脱について

(1) 始業時間不遵守について

ア 債務者戸田営業所における始業時間の定めについて

債務者戸田営業所の始業時間につき、債務者が主張するような定めは存在しない。債務者は、戸田営業所の各乗務員に対し、出番の日に午前九時以降に出勤する場合には、その日の乗務予定(出勤又は欠勤の予定)を電話連絡するよう指導していただけである。タクシー乗務員の一乗務当たりの乗務時間は二〇時間近くになることも珍しくない上、勤務のローテーションも不規則であるから、始業時間を一律に午前六時と定めることはあり得ない。

また、債務者が主張するような出庫時間の定めが戸田営業所に掲示されたこともない。

イ 債権者の勤務実態について

債権者の出庫時間に関する債権者主張の事実は不知。

また、債権者が大槻所長から出社時間の定めを遵守するよう注意を受けたことはない。ただし、午前九時までにその日の乗務予定を連絡しないと欠勤扱いとされる可能性がある旨の指導を受けたことはある。

(2) 勤務離脱について

ア 債務者における休憩時間の定めについて

債務者は、各乗務員に対し、陸運局の指導との兼ね合いから、乗務中少なくとも三時間の休憩を取得して欲しいと指導をしていただけであり、休憩時間の上限や取得方法を制限する旨の指導を行っていたことはない。

イ 債権者の勤務実態について

乗客を乗せていない時間には、休憩時間のほか、その前後の回送時間又は待機時間なども含まれており、営業明細書に営業記録がないことのみから勤務離脱をしていたと結論づけるのは不当である。

また、債権者が債務者から休憩の取得方法に業務命令違反があるとして注意を受けたことはない。

(二) メーター不倒について

ア 債務者におけるメーター不倒についての定めについて

メーター不倒行為が乗務員服務規律により禁止されていることは認める。

イ 債権者のメーター不倒行為について

(ア) 債権者のメーター不倒に関する噂は不知。

(イ) 債務者は、納金指示書の営業明細書に打刻されている二つの時刻の間隔を指して債権者に営業空白の時間があると主張しているが、以下に述べるとおり、債務者の主張は不当である。

まず、営業明細書に打刻されているのは乗客を降車させて料金を収受した時刻であるから、債務者が主張する時刻の間隔には、前の乗客を降ろしてから次の乗客を乗せるまでの回送時間、待機時間、更に次の乗客の実車時間までが含まれている。

また、債権者は、午前〇時一五分ころのJR埼京線の大宮駅行最終電車の発車時刻まではJR戸田公園駅を中心として営業を行い、それが過ぎるとJR西川口駅及びその周辺の繁華街で営業を行っていたが、JR戸田公園駅前で終電前に二、三〇分程度並んで待機していても乗客が得られる見込みがない場合などには、そこでの営業を諦め、JR西川口駅に移動して同駅構内で客待ちをしたり、コンビニエンスストアで軽食を購入するなどして短い休憩を取得してから駅周辺の繁華街を流して長距離の客を狙うことがしばしばあった。したがって、債権者の納金指示書中の営業明細書に打刻される時刻の間隔が二時間程度空くことは不自然なことではない。

さらに、債権者は、毎日、営業を終えてから帰庫前にガソリンスタンドに立ち寄り洗車をしていたのであるが、ガソリンスタンドに立ち寄るのが納金指示書を打ち出されるより前であった場合には、洗車の待ち時間として約三〇分から一時間くらいが債務者の主張する時刻の間隔に含まれることになる。

(ウ) 債権者が平成一〇年六月八日において最後の乗客を降車させた時刻が午後一一時三五分であることは認めるが、その余の事実は否認する。

営業終了の時刻は、通常は納金指示書の打出時刻であるべきところ、債権者の同月九日における右時刻は午前二時二四分である。したがって、債権者は、この日、午後一一時三五分に最後の乗客を降車させてから午前二時二四分に営業を続けることを諦めるまでの約二時間半にわたり乗客を得られなかったにすぎず、これをもって債権者が約四時間にわたり営業していなかったと評価するのは不当である。

また、債権者がJR戸田公園駅前でもJR西川口駅周辺でも乗客を得られないことがあるのは当然であり、約二時間半にわたり全く乗客を乗せていなかったことがあるとしても不自然なことではない。

なお、右のとおり、納金指示書から債権者の最終営業時刻から営業を止めた時刻までが約二時間半であることが明白である以上、大槻所長が債権者に対して四時間の営業空白がある旨の詰問をすることなどありえない。

(エ) 村上乗務員が債権者のメーター不倒を現認したとの事実は否認する。債権者は本件時刻当時休憩をしており、本件現場付近にはいなかった。

村上乗務員は、当時、債権者に対して悪感情を抱いていたのであって、その供述が虚偽である可能性は十分にあるし、また、その供述には内容上不自然な点が多数含まれており、その供述には信用性がないというべきである。

(三) 他の社員に対する暴言について

債権者と雁金配車係との間において平成一〇年六月一九日に交わされた会話の経緯及び内容は以下のとおりである。すなわち、そのころ、債務者の社内においては、雁金配車係が携帯電話を用いて不正な配車をしたとして問題となっていたため、債権者は、右同日に戸田営業所で雁金配車係と会った際、同人に対し「八百屋ばっかりやって。」と述べたものである。これに対し、雁金配車係は、債権者に対し「何をやったっていうんだ。」と述べただけであり、債権者が雁金配車係の業務を妨げたというようなことは一切ない。したがって、債権者の右言動はおよそ解雇事由とはなり得ないものである。

(四) 長時間にわたる車両放置について

債権者が車両を放置したことはその時間帯を除いて認める。

なお、債務者は、本件申立て前において債権者に対して本件解雇の理由を説明した際、車両放置の問題を挙げていないのであって、これを本件申立てにおいて本件解雇の事由として付加することは許されない。

二  保全の必要性及び程度(争点二)について

1  債権者

債権者は、妻及び長女と三人で頭書肩書地において生活しているが、妻は専業主婦であり、債権者ら家族は本件解雇により全く収入を得られない状況にある。他方、債権者ら家族は、家賃七万七〇〇〇円、光熱費二万円、水道料八〇〇〇円、食費八万円、新聞代三〇〇〇円、教育費五〇〇〇円、負債の返済七万八〇〇〇円、交際費約三万円、雑費(たばこ代等)約三万円と毎月少なくとも約三五万円の収入が家計維持のために必要である。

2  債務者

債権者主張の事実は不知。

第四争点に対する当裁判所の判断

まず、保全すべき権利の有無(争点一)について検討する。

一  メーター不倒の事実の有無について

債務者が主張する解雇事由のうち、まず、メーター不倒の点について検討する。

1  認定事実

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(認定の根拠は各末尾に示す。)。

(一) 本件現場の状況

本件現場付近の状況は、別紙一<略>記載のとおりである。本件現場は、JR川口駅から南東方向に所在する川口神社の南東角にある交差点である。同交差点は信号機により交通整理が行われているが、さらに、同交差点に北方から流入する車両に対しては右折指示の、西方から流入する車両に対しては左折指示の交通規制がそれぞれされている。同交差点付近には、照明灯が北東角及び南東角並びに北西角から西方にやや離れた場所に各一基ずつ設置されている。

(<証拠略>、審尋の全趣旨〔平成一一年二月一八日に施行した現地見分の結果を含む。〕)

(二) 村上乗務員の目撃状況

村上乗務員は、業務を終えて自家用車(日産キャラバン、RV車)を運転して帰宅する途中、本件時刻ころ北方より本件現場にさしかかった。同人は、交差点の対面する信号機の赤色表示に従い、同交差点の横断歩道直前の停止線付近で車両を停止させたところ、同交差点から右方(西方)三台目の位置で村上乗務員の停止場所から約一五メートルほど離れた先の路上に、「予約車」の表示を掲げた債務者のタクシーが停止しているのを目撃した。村上乗務員は、対面信号機が青色表示に変わったため同交差点を右折した後、同人の後続車がなかったことから同タクシーにゆっくり近寄り、いったん車両を停止させ車両前部のライトで照らしながら中をのぞき込んだところ、同タクシーの運転席に債権者が、その後部座席に顔はわからなかったものの女性の服装をした人物が座っているのを目撃した。また、村上乗務員は、同タクシーとすれ違う際、そのナンバープレートに「大宮五五い<以下略>」とあるのを確認した。村上乗務員が同タクシーを目撃したときの車両の位置関係等は、別紙二<略>のとおりである。

(<証拠略>、審尋の全趣旨)

(三) 「予約車」の表示の意味

債務者において、タクシーに「予約車」を表示することは、債務者の指示又は客からの依頼により同車を一定時間貸切りにすることを意味する。この場合、乗務員は、貸切状態に入る段階において、債務者の無線本部に対しその旨の連絡を入れなければならず、かつ、終了時においても、同本部に対し終了した旨連絡し貸切りの時間を報告しなければならないものとされている。

(<証拠略>)

(四) 本件時刻における債権者のタクシーの営業状況

そこで、村上乗務員が、債務者の無線本部に対し、「今、川口神社の前で乗客は乗っているが料金メーターを作動させていないと思われる、登録番号大宮五五い<以下略>の車両を目撃したが、誰が乗務しているのか確認してください。」と電話で問い合わせたところ、同無線室の雁金配車係は、債権者である旨回答した。また、村上乗務員からの求めにより、雁金配車係が同車の営業状況を無線装置で確認したところ、右車両は空車となっていた。なお、雁金配車係は、本件時刻付近において、債権者から、貸切状態に入る旨及び終了した旨の連絡を受けたことはない。

(<証拠略>)

(五) 債権者の運転日報及び納金指示書中営業明細書の記載内容

本件時刻に近接した時間における債権者の営業状況をみると、債権者の平成一〇年七月四日付け運転日報及び納金指示書中営業明細書には、債権者が、<1> JR戸田公園駅前から浦和市南浦和付近まで乗客を乗せて運行し、同月五日午前〇時四三分ころ乗客から二二六〇円を収受した旨、及び、その直後に、<2> JR戸田公園駅前から戸田市笹目付近まで乗客を乗せて運行し、午前二時三五分ころ一二二〇円を収受した旨の記載がそれぞれあるが、その間の債権者の営業状況は右各書面には記録されていない。

また、右運転日報には、休憩場所・時間として債権者が自宅において同月四日の午後二時から午後五時までの三時間休憩した旨の記載はあるが、その他の休憩は右書面には記録されていない。

(<証拠略>)

(六) 事後における債権者の言動・態度

(1) 平成一〇年七月六日における債権者の言動・態度

その後、村上乗務員は債務者の社長室長であった佐久間新吾に対し、債権者のメーター不倒を目撃した旨口頭で報告した。

右報告を受けて、大槻所長が、同月六日午後四時三〇分ころから約二〇分間、債権者から事情を聴取したところ、債権者は、メーター不倒はしていない、本件時刻当時川口神社の付近には行っていない、営業のない時間があるとすれば休憩していたと思う、という趣旨の回答をしたものの、具体的な休憩の時間及び場所を明らかにしなかった。

(<証拠略>、審尋の全趣旨)

(2) 本件手続における債権者の言動・態度

債権者は、本件手続において、本件時刻当時においては休憩をしており、本件現場付近にはいなかった旨主張しているが、その根拠に関してはそのような記憶であると述べるにとどまり、特にその主張を裏付ける事実を具体的に主張していないし、また、これに関する疎明資料も何ら提出していない。

(審尋の全趣旨)

以上の各事実を認めることができる。疎明資料中の右認定に反する部分は、右の各認定事実に照らし、また、後記2(二)において検討するとおり、採用することができない。

2  検討

(一) 右1の各認定事実を総合すると、<1> 債権者が、本件時刻ころ、本件現場付近において、「予約車」の表示を掲げながら料金メーターを作動させることなしにその運転するタクシーに乗客を乗せていたこと、及び、<2> 債権者が、右乗務によって同客から収受したであろう料金を債務者に対して納金しなかったこと、以上の各事実を認めることができる。

(二) なお、債権者は、右1(二)に対し、村上乗務員の供述には信用性がない旨主張し、また、債権者は本件時刻当時休憩をしており、本件現場付近にはいなかった旨の主張をしている。

しかし、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨(平成一一年二月一八日に施行した現地見分の結果を含む。)により認められる本件現場付近の見通し状況、村上乗務員が運転していた車両からの視角等に照らせば、村上乗務員の供述する目撃状況等が不合理であると即断することはできない。また、村上乗務員の供述内容は、前記1(五)においてみた債権者の運転日報及び納金指示書の内容にも反するものではない。他方、債権者は、本件時刻当時においては同人は休憩をしており、本件現場付近にはいなかった旨主張するものの、前記1(六)のとおりその主張を裏付ける事実をこれまで何ら具体的に主張立証していないし、また、一件記録を精査するも債権者の右主張に沿う疎明資料は存在しない。加えて、乗務員服務規律二一条(2)によれば、休憩又は仮眠をした場合はその場所と時間を運転日報に記載しなければならないと定められている(前記第二の二4)にもかかわらず、債権者の運転日報に本件時刻当時における休憩の事実は記録されていない。

以上の点を総合すると、現段階においては、村上乗務員の供述を信用性がないものとして排斥することはできず、また、債権者が本件時刻当時休憩をしており、本件現場付近にはいなかったとの主張を採用することもできない。

二  メーター不倒と解雇の相当性

メーター不倒行為は乗務員服務規律一二条及び一四条(8)により禁止された行為であるから、前記一2(一)掲記の債権者の行為は右各規定に違反するものであり、もって、債権者は就業規則四六条<3>、<4>、<17>所定の懲戒解雇事由に該当するものと認められる。そして、メーター不倒行為がその性質上タクシー会社の収入源を奪うものであり業務上横領に比すべき重大な行為であること、及び、債権者が一貫してメーター不倒行為を否認しており反省の情を示していないことなどからすると、債権者は就業規則一九条<3>に該当するものと認められる。そして、前記一(六)(1)及び第二の二5掲記の事実並びに疎明資料(<証拠略>)によれば、<1> 大槻所長が平成一〇年七月六日に債権者からメーター不倒の件に関して事情を聴取したこと、<2> 大槻所長が、同月七日、債務者の常務取締役である藤田茂に対し、村上乗務員から証言を聴き、債権者から再度事情聴取の上厳正な処分をするよう求める意見書を提出したこと、<3> 右に基づき債務者が同月二二日債権者に対し解雇の意思表示をしたこと、以上の各事実が認められ、これによれば、本件解雇は、就業規則四九条所定の手続要件を満たしているものと認められる。

以上の事情によれば、本件解雇は、客観的にみて合理的な理由に基づくものというべきである。

三  小括

以上の次第であるから、債務者が主張する解雇事由のうち、メーター不倒以外の事由に関してその事実の存否、解雇事由該当性につき検討するまでもなく、本件解雇は社会通念上相当なものとして是認することができる。よって、本件においては、債務者が解雇権を濫用したものと判断することはできないから、本件解雇が無効であるとは認めることができない。

したがって、本件においては、債権者が債務者に対し雇用契約上の地位にあること及び右地位に基づく賃金支払請求権を有することが疎明されたものとはいうことができない。

第五結論

以上の次第であるから、本件申立ては、保全すべき権利の存在に関して疎明がない以上、その余の争点に対し判断するまでもなく理由がない。したがって、本件申立てを却下することとする。

(裁判官 府内覚)

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