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浦和地方裁判所 平成2年(わ)749号 判決 1993年1月29日

被告人

赤沼昭夫

年齢

昭和一三年五月六日生

本籍

埼玉県北葛飾郡杉戸町大字堤根一七三番地

住居

埼玉県越谷市千間台西五丁目二〇番地一三

職業

無職

事件名

所得税法違反、覚せい剤取締法違反被告事件

検察官

山本弘

弁護人

井上とよじ(主任)、田澤孝行

主文

被告人を懲役二年及び罰金三〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中一四〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納できないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある覚せい剤一包(平成三年押第一五号の2)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

第一  被告人は、長野刑務所在監中であった昭和六二年一〇月ころ、自らの所有にかかる埼玉県草加市栄町二丁目一〇三九番地一の土地等の不動産を他に譲渡するに際して、買い主との中間に別会社を介在させることによりその譲渡収入の一部を除外する不正な方法で自己の所得税をできる限り免れようと企て、小林幸子及び佐藤光明と共謀のうえ、真実は昭和六三年二月一七日、右不動産を株式会社中央住宅に対し六億八二四二万円で売却したものであるにもかかわらず、その中間に実体のない株式会社エイトファイブを介在させて、自らは同月一五日、同社に対し二億二〇〇〇万円で売却したかのように仮装するなどしたうえ、昭和六三年分の実際総所得金額が四億五四一二万八八一四円であったのに、平成元年三月一五日、右小林をして埼玉県春日部市大字粕壁五四三五番地の一所在の春日部税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が二八一三万七五二二円で、これに対する所得金額が一一一二万二八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億八九三八万六六〇〇円との差額二億七八二六万三八〇〇円を免れた。

第二  被告人は、法定の除外事由がないのに、

一  平成四年三月三〇日午後七時三〇分ころ、埼玉県越谷市千間台西五丁目二〇番一三号所在の赤陽開発株式会社社長室内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約〇・〇五グラムを溶解した水溶液〇・二五ミリリットルを自己の右腕部に注射し、覚せい剤を使用した。

二  同年四月二日、東京都江戸川区東小岩六丁目九番一七号所在の警視庁小岩警察署前駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、前同様の覚せい剤結晶約〇・四八五グラム(平成三年押第一五号の2は鑑定後の残量)を所持した。

(証拠)

判示全事実について

1  被告人の公判供述

判示第一(所得税法違反)事実について

2  被告人の

(1)  第六回公判調書中の供述部分

(2)  検察官調書(平成二年一〇月一六日付け、同月一七日・一八日付け、同月一九日付け、同月二二日付け、同月二三日付け、同月二五日付け)

3  小林幸子の

(1)  第二回、第三回及び第一〇回各公判調書中の各供述部分

(2)  検察官調書八通

4  松本七郎右衛門の

(1)  第五回公判調書中の供述部分

(2)  検察官調書

4  鈴木英男の

(1)  第六回公判調書中の供述部分

(2)  検察官調書二通

6  加藤長昭の

(1)  第一〇回公判調書中の供述部分

(2)  検察官調書

7  中内俊三の大蔵事務官に対する質問てん末書

8  大蔵事務官作成の

(1)  修正損益計算書

(2)  脱税額計算書

(3)  課税状況の回答書

(4)  納付状況の回答書

(5)  譲渡収入調査書

(6)  取得費調査書

(7)  譲渡費用調査書

9  登記官作成の登記簿謄本六通

10  検察事務官作成の平成三年七月一日付け電話録取書

11  長野刑務所長作成の「元在監者赤沼昭夫に対する照会について(回答)」と題する平成三年三月一九日付け及び同四年二月三日付け各書面

12  「雑記帳」と表題のある大学ノート一冊(平成三年押第一五号の1)

判示第二(覚せい剤取締法違反)全事実について

13  被告人の平成四年四月二〇日付け検察官調書

判示第二・一(使用)事実について

14  被告人の平成四年四月一五日付け(一三枚綴り)警察官調書

15  被告人作成の任意提出書

16  平成四年四月二日付け(二枚綴り)写真撮影報告書

17  平成四年四月四日付け鑑定書

判示第二・二(所持)事実について

18  被告人の平成四年四月一五日付け(一七枚綴り)警察官調書

19  差押調書

20  平成四年四月一三日付け鑑定書(第一号物件に関するもの)

18 現行犯人逮捕手続書

19  覚せい剤一包(平成三年押第一五号の2)

(争点に対する判断)

以下においては、次の例による。

1  被告人及び証人の各公判供述は、当公判廷における供述であるか公判調書中の供述部分であるかを区別せずに「公判供述」と表示する。

2  右公判供述を記録から引用する場合には、(記録〇〇丁)と表示するが、これは本件訴訟記録中公判供述部分の丁数である。

3  前記(証拠)欄記載の証拠を引用するときは、括弧内に当該番号のみを示す。

第一事案の概要と公判審理の経過及び争点の所在

一 事案の概要

本件の概要は、以下のとおりであり、これらの事実は証拠上優に認められ、被告人及び弁護人も争っていない。

昭和六二年春以降、被告人は、覚せい剤取締法違反の罪により、長野刑務所で服役中の身であったが、かねてより売主との間において民事裁判で係争中であった埼玉県草加市栄町二丁目一〇三九番一の土地・建物等(以下、「本件不動産」という)を、勝訴判決確定(昭和六二年九月二四日)により被告人が入手することが可能になったので、急遽その残代金三億一〇〇〇万円を準備する必要が生じた。そこで被告人は、自らは受刑中であったため、右裁判の訴訟代理人であった加藤長昭弁護士(以下「加藤弁護士」という)やその当時被告人の設立にかかる不動産会社(赤陽開発株式会社。以下「赤陽開発」という)を切り盛りしていた被告人の前妻である小林幸子(以下、「小林」という)及び同社に出入りしてその不動産の処分を同女から任されていた佐藤光明(以下、「佐藤」という)にその資金の準備を依頼した。その結果、佐藤が株式会社中央住宅(以下、「中央住宅」という)側の窓口であった鈴木英男(以下、「鈴木」という)との間で進めていた交渉が結実し、本件不動産の一部を同社に売却して右資金に充てることとなった。そして、右売却部分は、昭和六二年一一月から一二月ころに佐藤が六〇万円で購入した株式会社エイトファイブ(代表取締役松本七郎右衛門。以下、「エイトファイブ」という)に対し、被告人から昭和六三年二月一五日付けで二億二〇〇〇万円で、次いで、同月一七日付けで、同社から中央住宅に六億八二四二万円で順次売却された形がとられた。その後、被告人から、代金管理等を任されていた加藤弁護士を通じて、佐藤に謝礼として一億円が支払われ、同人はその後所在不明となった。そして、平成元年三月一五日に小林によってなされた被告人の昭和六三年度分の所得税の確定申告は、右売買による被告人の所得をエイトファイブに対する二億二〇〇〇万円のものとしてなされたが、同社は実体のないものであり、同社からの納税申告はなされなかったため、結局、本件不動産取引におけるエイトファイブの介在は、被告人の指示に基づく所得隠蔽のためのダミーにすぎないものであるとして、被告人に対する本件公訴が提起されたものである。

なお、被告人は、前記服役を平成二年四月に終えて出所したものの、同年一〇月九日本件所得税法違反の疑いにより逮捕され、同月二六日右公訴提起されるに至ったものであるが、その第一回公判後に許可された保釈中に判示第二の覚せい剤取締法違反の罪を犯してこれについても公訴提起され、本件所得税法違反と併合審理されることとなったが、これについては被告人も争っておらず、以下の「争点に対する判断」は専ら所得税法違反に関するそれに限られるものである。

二 公判審理の経過

ところで、被告人及び弁護人は、第一回公判以後、公訴事実自体はこれを認めていたものであるところ、検察官は、その冒頭陳述の際、当時刑務所在監中の被告人と佐藤及び小林との間における共謀は、両者間の手紙や面会時のやりとりから、昭和六二年九月から一〇月ころにかけて成立したものである旨明らかにし、弁護人は、検察官の右主張に副う(被告人の自白調書を含む)検察官請求証拠の全ての取調べにつき同意した。

しかし、被告人は、検察官の論告が行われた第七回公判の後、突如として従前の弁護人を解任し、その犯意ないし共謀につき全面否認に転じたうえ(右自白調書の信用性も争う)、無罪である旨主張するに至ったものである(第一〇回公判後、裁定合議決定)。

三 争点の所在

本件は、右のようなやや特異な公判審理の経過を有するものではあるが、検察官の共謀成立時期に関する主張は、当初から一貫しており、新たに選任された弁護人の最終弁論も、検察官の右主張に対して種々反論を加えるものである。従って、本件における争点は、検察官が明らかにした「昭和六二年一〇月ころ」に被告人と小林・佐藤との間で本件脱税の共謀を認定することができるかという点に尽きることになる。

第二訴訟関係人の主張の要旨と証拠構造

一 検察官の主張(最終論告)の要旨

検察官は、その主張に副う加藤弁護士、小林及び佐藤の各検察官調書の信用性はいずれも高度である旨指摘したうえ(但し、佐藤のそれにつき、被告人が積極的に脱税を指示したとしている部分については、これを除外している)、<1>被告人の加藤弁護士宛ての昭和六二年一〇月二三日付けの手紙には、同月一五日の面会の際に、家族(佐藤及び小林)に対し、坪二五〇万円以上での買い手を探し、それには「合法的節税法」付きでやってもらいたい旨話したことが記載されていること、<2>右手紙を受け取った加藤弁護士は、被告人に対し、同月三〇日付けの手紙でダミーを入れることを止めるよう忠告したこと、及び<3>佐藤は、同月一八日までに鈴木に対し、中間に一社入れる旨話していることなどからして、昭和六二年一〇月一五日ころには、被告人と佐藤・小林の三名の間に本件共謀が成立した旨主張する。

二 弁護人の主張(最終弁論)の要旨

これに対し、弁護人は、検察官の右<1>ないし<3>につき、次のように反論する。すなわち、<1>については、被告人の言う「合理的節税」とは、仮に売却するとしても短期譲渡を避けて長期譲渡へ移行させることにより税率の低減を図ることにあったもので、ダミーを意味するものではないとし、<2>については、加藤弁護士がダミーを入れるという話を聞いたのは佐藤か小林のいずれかからであり、被告人から聞いたものではなく、同弁護士が独善的に理解したものであると言う。また、<3>についても、鈴木は、脱税を画策していた佐藤から聞いたものにすぎない以上、何らの根拠にもならないとしている。更に、小林の検察官調書には、「佐藤から中間に一社入れて脱税する旨の話をされた」旨及び「佐藤が被告人に対して『一社入れたい、自分が責任をもってやるから任せて欲しい』などと言った」旨の各記載があるが、これに関しても、仮にかかる佐藤の発言があったとしても、これは全く一方的な発言であって、被告人の罪責については何らの証拠にもならないなどと言う。

そして、これらに加えて、昭和六二年一一月以降に、加藤弁護士と被告人との間で交わされた手紙には、同弁護士が、本件不動産に関する複数の処分案を提示したところ、その資料の送付を要求するなど、被告人はそれらの案にかなりの程度乗り気であったことが窺える記載があることなどの消極証拠の存在を指摘し、本件は、佐藤が画策して仕組んだ犯罪であって、被告人の預かり知らぬことであるとする。

三 証拠構造

ところで、本件では、被告人が受刑中で直接売却交渉等に携わっていないこと、その売却交渉を実際に進めた佐藤は、右翼団体の常任理事であり、巨額の報酬を得ながらその後行方をくらましたり、取調べ時には本件は専ら被告人の主導によるものと言い、その共謀時期等も明確に供述しないこと、更に、前妻小林は当時佐藤と男女関係にあり、その後、同人への不信から被告人への謝罪の色の濃い証言をするなど、それぞれの立場を反映して、その供述内容は必ずしも一致せず、右関係者の供述自体から共謀の事実を明確に判断することは難しい状況にある。ただ、幸いにも、本件では、被告人と加藤弁護士ないし佐藤及び小林との間で交わされた手紙(各供述調書に添付されている)や、被告人と右各関係者の長野刑務所での面会記録(11)が存在しており、これらは、その記載の信用性に疑いを容れる余地の少ないものであり、その証拠価値は極めて高いと考えられるから、右各証拠から認定できる事実の検討が極めて重要な位置を占めることになる。右のうち、本件争点判断に必要と思われるものに、その余の争いのない証拠をも加えて時系列的に整理したものが、「別紙――客観的事実経過一覧表」である。

第三共謀の成否

一 そこで、右に見てきたところに基づき、検察官が主張する昭和六二年一〇月ころに、被告人と佐藤及び小林との共謀の成立が認められるかどうかにつき検討する。

二 積極証拠として機能し得る間接事実とその評価

1  被告人と佐藤らとの意思連絡の存在

まず、被告人が佐藤らと意思を通じていたことを推認させる間接事実が存在していることが指摘されなければならない。

すなわち、被告人は、昭和六二年一〇月一五日の面会の際には、「手紙でも書いたが」「私の考えは坪二五〇万円でもいいと思う。」(別紙11欄)などと相当程度具体的に契約内容に踏み込んだ発言をなし得ているのであるから、既にこれ以前の時期から、被告人と佐藤及び小林との間では、手紙などを通じて本件不動産の処分に関する条件交渉が展開されていたものと認められ(被告人は、右発言内容の意味するところにつき、曖昧な供述をしており明確な説明をしていない<記録四六三丁裏ないし四六四丁表>)、しかも、被告人の右発言にある坪単価は、その当時佐藤が中央住宅との間で進めていた交渉内容(別紙12欄)と符合しているものであることからすると、被告人は、佐藤がかねてより行っていた売却交渉の経過を知りつつ、同日の面会に臨んだものと考えられる。また、同日の面会の際における、佐藤の「節税法でやっている。」との発言は、何らかの税金対策を考えながら交渉を行っていることを報告しているものであると考えられるから、このとき以前に、既に被告人は佐藤及び小林に対して、本件不動産の売却交渉に際して「手紙でも書いた」とおり「節税法」を講ずるように指示していたことが窺われるところ、被告人は、右面会時に、前記のような佐藤の報告に対し、「節税付きで、二五〇万円でいいと思う」「稔(佐藤のこと)にまかせる」(別紙11欄)という積極的かつ全面的同意を与えているのである(この一〇月一五日の面会時に、坪二五〇万円以上で合法的節税法付きでやって欲しい旨被告人が佐藤・小林に申し向けたことは、その後の一〇月二三日付けの被告人の加藤弁護士宛ての手紙――別紙13欄――で自ら確認していることでもある)。そして、その後、被告人は、佐藤が使用した「節税法」なる表現と酷似した「合法的節税法」という表現を自らも用いて同月二三日付けの手紙を発信し、その条件だけはどうしても守ったうえで本件不動産の売却交渉をして欲しい旨加藤弁護士に対して依頼していることからすると(同13欄)、被告人は、加藤弁護士が行う交渉についても、佐藤の「節税法」と同義の方法を講じて欲しいとの考えから右手紙を発信したものと考えられるのであって、被告人が「合法的節税法」なる表現を用いていることもまた、佐藤との意思連絡がなされていたことを示していると考えられる。

2  意思連絡の内容

次に、右の意思連絡の内容について検討してみる。

(一)  まず、被告人の一〇月二三日付けの右手紙を受領した加藤弁護士は、その「合法的節税法」なる表現の意味するところは必ずしも明らかではないとしながらも、ダミーを介在させることを意味するのであれば、直ちに取り止めるよう忠告する内容の手紙を発信しているのであるから(別紙15欄)、これによると、少なくとも加藤弁護士の周辺(佐藤及び小林の両名以外には考えられない)では、右「合法的節税法」とはダミーを介在させる取引形態を指すと理解させるような事情が存在していたことは明らかである(加藤弁護士は、その検察官調書中で、合法的節税法とダミーを結びつけたのは、小林か佐藤からダミーを入れて取引をするという話を聞いたか、被告人の小林宛ての手紙を同女から見せてもらったからと言う。従って、もし後者であれば、一〇月一五日前後に、被告人から小林宛てにダミーを入れた取引をするようにとの指示があったことが考えられる)。この点につき弁護人は、これは加藤弁護士が独善的に誤解したものであるとしているが、法律に携わることを専門職としている弁護士が、自分の依頼者がかかる違法行為に出るであろうことを「独善的」に誤解するものとは、常識的にみて到底考え難い。このように、前記1の意思連絡の存在に加えて、右のとおりの加藤弁護士の周辺事情、更には、佐藤は、後にみるとおり、本件不動産の処分に際しては、中間にダミー会社を介在させる取引形態をとることによって利益をあげようと画策していた人物であることなどを併せ考えると、佐藤の言う「節税法」及び被告人の言う「合法的節税法」というのは、いずれも中間に別会社を介在させる取引を指しているものと認定するのが合理的である。

これに対し、被告人及び弁護人は、「合法的節税法」とは、融資を受けることによって、短期譲渡を避けたうえ、長期譲渡の要件を充足したのちにこれを売却することによって、その税負担を少ないものにすることを考えていたとしているのであるが、そうだとすると、わざわざこのような婉曲な表現を用いなくとも足りるはずである。現に、加藤弁護士は、被告人宛ての一一月一八日付けの手紙(別紙17欄)の中で、「五年の長期譲渡」の言葉を用いているのであって、にもかかわらず、被告人が敢えてこのような曖昧な表現をとっていることからすると、右表現は、結局、長期譲渡にするものとは異なる方法を意味しているものと考えざるを得ない。また、被告人は当初は融資を受けることによって本件不動産を取得することを考えていた様子が窺えるものの(別紙1及び3欄)、他方では、同時に、当初から土地の売却も考慮していたことが窺われ(別紙1及び2欄)、九月に入ってからの被告人の加藤弁護士宛ての手紙等(別紙8欄)にも被告人が融資を求めていた跡は見られず、一〇月一五日の面会前後ころには、もはや被告人は加藤弁護士や佐藤及び小林に対し、融資による決済方法の検討の指示はしていないのであって、専ら売却を前提とする話のみをしていること(別紙11及び13欄)を考えると、被告人の右弁解を信用することはできない。

(二)  また、一〇月一五日の面会直後に、佐藤は、鈴木に対し、中間に第三者を介在させる取引形態を考慮中である旨打診している事実が認められるところ(別紙12欄)、後に検討するとおり、たとえ本件が不動産取引の裏事情等に通じた佐藤の策謀であったとしても、処分権限を有する被告人の意思を全く無視して鈴木との交渉を進めたうえ、独断専行してダミーを介在させ、しかも、その契約完了に至るまでの長期間にわたって被告人の預かり知らぬところとしてその事実を秘匿しておくのは至難の技というべきである。これに、本件においては加藤弁護士が被告人の実印等を保管し、かつ、独自に契約交渉を進めていたものであることを併せ考えると、佐藤の裁量の余地がそれほど大きなものではなかったことは、一層明らかなところと言わなければならず、そうだとすると、右面会直後における別紙12記載の各事実は、被告人の意思に合致していたものと考えざるを得ない。

(三)  従って、被告人と佐藤らとの意思連絡の内容は、中間に別会社を介在させる取引であったと考えられる。

3  被告人の佐藤に対する具体的指示

(一)  更に、被告人から具体的指示があったとする佐藤の供述に注目すべきである。

すなわち、中間に別会社を介在させるという取引が、その利益を横取りするために仕組んだ佐藤の壮大な罠であるとすると(弁護人の主張はこれに近い)、佐藤にとっては中間のダミー会社がエイトファイブであろうと赤陽開発であろうと一向にかまわない筈である(現に佐藤は、当初は赤陽開発を入れればよいと考えていた様子が窺えることや、別紙12欄<4>記載のとおり、一〇月の時点においては第三者たる会社が未だ特定されていなかったことなどは、右の事情を裏付けていると考えられる)。にもかかわらず、同人が、現実にエイトファイブを購入した時期が、昭和六二年一一月か一二月ころというかなり遅いものであったことは、その直前ころにダミー会社を赤陽開発とすることについて障害が存在するとの示唆を佐藤が受けたか、あるいは、佐藤が自らの判断でこれを取り止めたかのいずれかにならざるを得ない。ところが、佐藤が自らの判断で取り止めることにしたという証拠はなく、かえって、佐藤の供述によると、一一月一八日の面会の際に、被告人と赤陽開発との間の契約書案を作成して被告人に見せたところ、被告人は、「赤陽を入れたのでは俺がやったのと同じじゃないか」と言って怒り出したとしている部分が存在しているのである。

右事実からすれば、被告人は、本件取引にダミー会社を介在させることを十分承知のうえ、どのような会社を入れるかについて佐藤に指示したことになる。

(二)  もっとも、この点について、被告人は強く争うので、右佐藤の供述(検察官調書及び公判調書)の信用性について検討するに、佐藤供述は、その大要において、本件脱税に関する被告人の主導的地位を強調するものであるが、その細部には供述の変遷ないし内容の不合理な点が存在するのみならず、客観的証拠との矛盾も認められるものであって、その信用性に問題があることは否定し難い。とりわけ、佐藤自身の本件への関与に関する部分については、極めて責任回避的傾向が強く、その点に関する同人の供述の証拠価値は極めて乏しいと言わざるを得ない。

しかしながら、同人の供述中、面会の際に、被告人に対して契約書案を見せたところ、被告人が怒り出したとの部分は、極めて特異な事実関係を具体的かつ詳細に語っているものであり(記録六六丁ないし六八丁、一二三丁ないし一二四丁表、一三四丁裏ないし一三五丁)、かなりの迫真力を感じさせるものであるうえ、再三にわたる反対尋問にも全く動揺を見せていないものである。従って、これをも虚偽であるとして排斥することは極めて困難である。

なお、この点については、一一月一八日の面会記録(別紙16欄)には、かかる事実の存在を窺わせる記録が見当たらないが、被告人も一旦はこれを認める(記録一七六丁、一八八丁裏ないし一八九丁裏)昭和六三年二月一五日の面会時に被告人とエイトファイブとの間の契約書が示され、刑務官に注意されたことも、同日の面会記録(別紙32欄)に記載がないことと比較すると、格別不自然なこととは言えないであろう。

従って、佐藤供述の全体的な証拠価値はともかく、右部分に関しては、これに従い、前記事実を認定せざるを得ないこととなる。

(四)  そうだとすると、佐藤が急遽赤陽開発以外の会社を買い求め、本件取引に介在させたのは被告人の指示によるものであったということになり、これもまた、被告人と佐藤らとの共謀を強力に推認させる事実であると考えられる。

4  被告人の対応の不自然さ

また、被告人は、加藤弁護士から前記2(一)記載のとおり(別紙15欄)、ダミーを介在させる取引の中止を忠告する内容の手紙を受領し、かつ、一一月一八日の面会の際には、佐藤からも、「加藤先生は道義的に法を犯すようなことはできないと言っている。」との報告を受けているのであるが(同16欄)、これらについては何のことかわからなかったとしている(記録三八二丁裏、四六六丁表)。しかしながら、これほどの大規模かつ重要な取引を行おうとする者が、弁護士からの忠告に対し、右の程度の認識しか有しなかったというのは信じ難いことと言わなければならない。しかも、被告人は本件不動産に対して極めて強い愛着を抱いていたことからすると、真に加藤弁護士の忠告が何を意味しているのかわからないのであれば、その後に加藤弁護士に面会した際や手紙を通じてその疑問をぶつけてしかるべきであると考えられるのにもかかわらず、そのような対応をした形跡は全くない。更に、その後、被告人は、小林から同年一二月二九日付けで、本件取引の間にエイトファイブを介在させて税金を軽減する計画であること及び代金の使途等を記載した手紙(別紙21欄)を受け取った際にも、被告人は「何のことだろうと思った」として、その内容が全く分からなかった旨供述するが(記録四七一丁表)、これについてもその後の面会時や手紙によって右疑問を払拭するための努力をした様子は全く窺えない。

かかる被告人の対応は、本件取引の大規模性・重要性に鑑みると、極めて不自然なものと言わなければならず、そうだとすると、加藤弁護士が右手紙で忠告した内容や小林が手紙で報告した内容は、被告人の意思に合致していたものであったとしか考え得ないこととなるから、この事実もまた、同年一〇月時点での共謀の事実を強く推認させるものと言うべきである。

5  被告人の公判供述の信用性

なお、共謀ないし脱税の犯意につき全面的に否認する被告人の公判供述の信用性につき付言するに、本件契約後における客観的事実(別紙37、38、41、42及び43各欄)に照らすと、もはやこの時点においては、本件売買契約は、実質的には中央住宅との間でなされたものであり、その総額は六億八〇〇〇万円にものぼるものであることを被告人も確定的に認識していたとみるのが合理的である。特に、昭和六三年四月一三日の面会時における会話内容は、本件売買総額が六億八〇〇〇万円余りであること及びエイトファイブの代表者である松本七郎右衛門が謝礼に関して不満を漏らしたことなどが話題になっているが(別紙38欄)、これらによると、エイトファイブが被告人の譲渡所得の隠蔽に協力する関係にあったことは、被告人にとっても明白であったことと思われるのである。また、平成元年二月九日の小林との面会時における「エイトが約束を守れば文句ない。」との被告人の発言も(同43欄)、エイトファイブがその税務申告を行うことによって、被告人の所得隠蔽に協力する約束を同社との間で交わしていたものと考えるのが自然である(被告人は、一旦はこれを認める供述をし、その後に追及されて慌てて撤回したが、この発言の意味内容及び供述変更の理由については何らの合理的説明をしていない<記録四一五丁ないし四一九丁表>)。にもかかわらず、被告人の公判供述は、これらをいずれも特段の合理的説明なくして否認し、かつ、その結果、右のとおりの客観的事実との大きな齟齬を生じているものであるから、罪体に関する被告人の公判供述の信用性は極めて低いと言うべきである。従って、右供述をもってしては、前記のとおりの客観的事実から推認される間接事実の認定・評価を動揺させることはできないと言わなければならない。

6  総合評価

そこで、以上の諸点を総合して検討するに、一般に、共謀共同正犯における「共謀」については、犯行の場所・日時・手段などの具体的内容についての微細な点に至るまで明確に特定している必要はないと解されており、本件においても、最終売却先や中間会社名、更には売却金額等が具体的に特定していなくとも、逋脱の手段たる不正行為に関する意思連絡があれば、その共謀に欠けるところはないと解されるところ、被告人と佐藤及び小林との間での昭和六二年一〇月一五日の面会の際には、既に中間に別会社を介在させるという取引形態に関する意思連絡が存在していたと認められるうえ、被告人はこれに対して積極的かつ全面的な同意を与えていると見られること、また、その後の事情として、中間に介在させる会社につき、被告人から佐藤に対して具体的な指示がなされていること、更には、本件取引がダミーを介在させるものと考えるに足りる十分な機会が与えられていたにもかかわらず、被告人はこれを黙認する態度をとっていたことなどの事情を総合すると、被告人と佐藤及び小林との間における本件についての共謀の成立は、昭和六二年一〇月ころの時点においてこれを認定することがで きると言うべきであり、ひいては、これと同様の事実を供述する被告人及び小林の検察官に対する供述は、十分に信用し得るものと言わざるを得ない。

三 消極証拠として機能し得る間接事実とその評価

これに対して、弁護人が指摘しているように、本件では、被告人と佐藤及び小林との間の共謀の認定を妨げ得るかのような事情も幾つか存在しているので、以下、これらの点について検討しておく。

1  まず、第一に問題とすべきは、中心人物として行動し、本件によって総額一億円にものぼる巨額な利益をあげたのは、佐藤であると考えられることから、本件は、佐藤が被告人を利用し、その所有にかかる本件不動産を処分することを通じて、自らの利益をあげようとして仕組んだ巧妙な佐藤単独の犯罪なのではないかという疑問であろう。

関係証拠によると、本件は、被告人の発意に基づくものではなく、当初佐藤が被告人に対して持ちかけたものではないかと疑われること、佐藤は本件不動産の売却委任状を欲しがっており、加藤弁護士を排除して自らが本件不動産を処分しようと考えていたこと、そのこともあって、一二月二二日の面会の際に、加藤弁護士が提示していた等価交換の案に被告人が魅力を感じていたのに対して横やりを入れていること、中央住宅との間で最終交渉を成功させたのは佐藤であること、佐藤は本件への関与によって、総額一億円の利益をあげていることなどの事実がそれぞれ認められる。これらによると、本件取引に関して、主導的地位を保持していたのは佐藤と認めるのが相当である。

しかしながら、他方において、被告人は、小林を通じての佐藤からの再三にわたる委任状の交付要請を拒絶していること、実印や売買代金の受領・管理を加藤弁護士に任せるようにして、佐藤らに全く金銭に触れさせていないこと、佐藤らに対する謝礼等についても全て被告人が決定していることなどの事実が認められ、これらによれば、本件で被告人が全く受け身の立場にのみ置かれていたわけではないことが明らかである。そして、もともと本件犯行は、これが発覚せずに終われば、本件の脱税額からも明らかなとおり、それは単に佐藤に巨額の報酬をもたらすのみならず、被告人に対しても、右報酬額をはるかに超える利益を約束するものであり、現に佐藤が小林に口授して筆記させた昭和六二年一二月二九日付け手紙には、被告人の税金を軽減する方策として、中間にエイトファイブを介在させる契約形態である旨の記載があり(別紙21欄<5>)、これは被告人の利益になることを示唆したものと認められる。このように、たとえ、本件が実質的にみて佐藤が自らの利益の確保を企図したものであると考えられるとしても、被告人としてもこれに積極的に関与すべき動機原因を有していたと見られるのであって、佐藤の発案に対して被告人が同意を与えることに何ら矛盾を認めることはできない。

従って、前記のような事実だけから、本件を佐藤の単独による犯罪と言うことはできない。

2  次に、被告人は、再三にわたる小林からの委任状の要求を拒否し、あくまで加藤弁護士を信頼して本件不動産の処分を任せようとしていた様子があり、このことから被告人は、ダミーの会社を介在させることは考えていなかったのではないかと思われる点が問題となる。

しかし、右の事情は前記認定を左右するに足りるものではないと考えられる。なぜなら、別紙記載の客観的事実経過に照らすと、被告人は、本件不動産の処分に関して佐藤及び小林のルートと加藤弁護士のルートという二つの交渉ルートを有していたことになるのであって、最高裁まで戦ってようやく入手し得たという被告人の本件不動産に対する思い入れなどに鑑みると、これを低廉な価格で売却してしまうことは忍びないことであったと思われ、従って、その複数のルートのいずれか有利な条件の方を取りたいと願うのはごく自然な心情として理解できる。そうだとすると、一方においては、佐藤の案は、当初から中間に別会社を介在させて売却するというものであったのであるから、これが具体化してゆくなかで委任状を出してしまえば、本件不動産を容易に失ってしまうおそれがあるほか、最高裁まで戦って勝訴に導いてくれた同弁護士の顔をつぶすことにもなるうえ、一つの有力な交渉ルートを失うことなどから、委任状の発行を拒絶してきたものと解される。従ってまた、より有利な条件を提示してもらえるよう加藤弁護士に対する信頼を表明することは何ら不自然なものではない。その意味において、被告人としては、佐藤の案を最低限のものとして確保しつつ加藤弁護士の提案を待つという状況にあったものとして、この間の事情は十分に理解できるものであって(被告人の加藤弁護士宛ての昭和六二年一二月二五日付け手紙においても、同弁護士に対して「平行」に交渉を進行させて欲しい旨依頼している<別紙20欄<2>>)、委任状の発行を拒否したことが、直ちに佐藤及び小林の売却交渉に対する被告人の拒否の態度を意味するものとは解されない。

3  また、加藤弁護士が提示した複数の案に対して被告人が相当程度心を動かされ、それらの内容によっては、是非ともその案件に乗りたいと考えていた様子も窺えるが(別紙19欄及び20欄<1>)、これについても右と同様であって、現に、被告人は、加藤弁護士の案に対して強い魅力を感じていながらも、それと同時に、ないしは、その後に、佐藤による本件売却の実行を阻止するような積極的な行為には何ら出ておらず、結局は同人の案に乗ったうえ、前記共謀内容を実現しているのであるから、右の点もまた、被告人の共謀認定を消極に導くと言うことはできない。

3  更に、弁護人は、昭和六三年四月一三日の面会の際に、被告人にはエイトファイブに対して担保物件を提供する意思があったことをもって、その犯意が認められない旨主張する。

確かに、右担保提供意思が存在していたことを裏付けるかのような記載が雑記帳(12)の同月欄に存在しているが、この雑記帳は、もともと本件と関連する部分が何箇所か黒く塗り潰されるなど、その信用性に問題があるうえ、同日の面会記録(別紙38欄)には、右雑記帳の記載に該当するような記録はなく、しかも、同日付けの被告人の加藤弁護士宛ての手紙(別紙39欄)にある本件売買代金の使途とは全く異なる内容となっているのであって、これらからすると、右同日に至っても、なお被告人が、エイトファイブから三億円の融資を受け得ると考えていたとは到底認め難い。

4  従って、消極証拠と見られ得る右の各事実は、いずれも前記共謀認定の妨げになるほどのものではないこととなる。

四 結論

以上のとおり、当裁判所は、本件の実質には、佐藤が被告人に対して示唆を与えて敢行させたものであるとの様子が窺える部分が存在するものの、被告人は、これを自らの利益になるものと考えて、積極的かつ全面的な同意を与えているものである以上、被告人については、昭和六二年一〇月ころに、佐藤及び小林が提示した中間に別会社を介在させる方法による本件脱税の共謀を遂げていたと認めるのが相当であると考えるものであり(その後、契約までの間においては、被告人は加藤弁護士の提示した案にかなりの魅力を感じ、佐藤の案を実行することについては、若干動揺した様子が窺えないではないが)、最終的にも、佐藤の右案件を自らの犯罪として実行させて所得税を免れたものであるという結論に達したものである。

(累犯前科)

1  事実

昭和六一年九月二九日水戸地方裁判所宣告(同六二年三月二五日確定)

覚せい剤取締法違反・大麻取締法違反

懲役四年

平成二年四月一六日刑執行終了

2  証拠

前科調書、右前科にかかる判決書謄本

(適用法令)

罰条

第一  所得税法二三八条一項、二項、刑法六〇条

第二・一 平成三年法律第九三号による改正前の覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条、右法律附則三項

同・二 平成三年法律第九三号による改正前の覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項、右法律附則三項

再犯加重 第二・一及び二につき刑法五六条一項、五七条

併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(刑及び犯情の最も重い判示第二・一の罪の刑に法定の加重)、四八条一項

未決算入 刑法二一条

労役場留置 刑法一八条

没収 平成三年法律第九三号による改正前の覚せい剤取締法四一条の六本文

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文(全部負担)

(量刑事情)

一  脱税事犯について

本件は、不動産の売買取引に不正にダミー会社を介在させてその譲渡収入の一部を除外したうえ、所得税の虚偽過少申告をしてこれを逋脱したという脱税事犯であって、その逋脱額は二億七八二六万三八〇〇円という極めて高額にのぼるうえ、いわゆる逋脱率も約九六パーセントの高率にのぼる大規模かつ悪質なものである。納税はひとしく国民の義務であって、これを潜脱しようとすることは、結局において、他の納税者たる国民全体の犠牲において行為者のみが不当な利益を得ようとするに等しく、右のような申告納税制度の根幹を危うくさせる行為に対しては、厳格な態度をもって臨む必要があると言わなければならない。

しかし他方、本件の量刑を決定するにあたっては、被告人のために、以下の諸点も斟酌すべきであると考える。

第一に、本件のそもそもの発端が、被告人が在監中であり、かつ、その留守を預かっていた小林が不動産取引に無知であることに乗じて、被告人経営にかかる赤陽開発の不動産を次々に処分して利得を得ていた佐藤が、更に、本件不動産に目をつけて、被告人に対してダミーを介在させる不正取引を持ちかけたことにあると認められ、被告人が自ら発案して佐藤らに指示し、思いのままにこれを実行させたというような支配関係的共謀性は認められないということである。すなわち、本件犯行は、不動産取引経験を豊富に有する佐藤が、本件不動産を譲渡するに際して、間に別会社を介在させることで、確実に税金を低廉におさえることができるとしてその取引が被告人の利益になることを装いつつ被告人の同意を取り付ける一方で、その実質は佐藤自身の私腹を肥やすために仕組んだ策略という一面を有するものであり、その意味で、本件について、一方的に被告人のみを非難するのは相当でない。

第二に、右のような被告人と佐藤との関係に鑑みると、本件に対する捜査機関の対応には、極めて不均衡かつ不公平なものが残るという点である。すなわち、右のとおり本件を実行することによって、佐藤もまた巨額の利益を挙げ得ているにもかかわらず、当の佐藤は在宅で取調べを受けているにすぎず、結局は不起訴処分になっているものであって、これに比し、累犯になるとはいえ、長期間にわたる身柄拘束を受け、公訴定期された被告人との不均衡は著しいと言わなければならない。

そうだとすると、右の不公平感もあってか、被告人が本件公訴事実を争う気持ちも、あながち理解できないものではなく、かかる被告人の公判審理における姿勢を強く非難するのも相当ではないであろう。

第三に、被告人は、逮捕・勾留されたのち、直ちに従前の弁護人を通じて、本税、重加算税、延滞税のいずれも納付しており、この点も相応に斟酌されるべきものであると考えられる。

二  覚せい剤事犯について

本件は、さきに公訴提起された所得税法違反事件につき保釈が許可されたのち、その公判審理継続中に敢行されたという事案であって、裁判所の信頼を裏切ること甚だしいばかりでなく、同種前科二犯を有し、既に長期の懲役刑の実刑の処せられた経緯等を考えると、被告人の覚せい剤との親和性及び規範意識の欠如には到底軽視し得ないものがあると言わなければならない。

三  総合評価

以上の情状を総合して考察すると、脱税事犯の態様の大規模かつ悪質性、覚せい剤事犯については猛省を促さざるを得ないこと、更には、覚せい剤事犯は前刑との関係では累犯となるものであることなどからすると、被告人に対しては、なお相当期間の懲役刑を科すほかはないが、前記のとおりの所得税法違反につき斟酌すべき事情を最大限考慮に容れて、その刑期及び併科する罰金刑については、それぞれ主文記載の限度に止めることとしたものである(求刑懲役三年及び罰金八〇〇〇万円)。

(裁判長裁判官 須藤繁 裁判官 大島哲雄 裁判官 藤田広美)

別紙 客観的事実経過一覧表

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以上

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