浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)20号 判決 1992年10月26日
原告 中山和夫 外一名
被告 八潮市
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告らに対し昭和五七年三月一日付けでした別紙物件目録記載(一)(二)の各土地(以下「本件各土地」という。)に係る仮換地の指定をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は「草加都市計画事業稲荷・伊草第一土地区画整理事業」(以下「本件土地区画整理事業」という。)の施行者であり、原告らは、本件土地区画整理事業の施行地区内にある本件各土地を共有している者である。
2 被告は原告らに対し、昭和五七年三月一日付けで、本件各土地につき街区番号一八・符号一所在の九五平方メートルの宅地をその仮換地として指定した(以下、これを「本件処分」という。)。
3 しかしながら、本件処分には次のような違法事由がある。
(一) 照応の原則違反
土地区画整理法(以下「法」という。)第九八条第二項にいう照応の原則は従前の土地と仮換地間の照応関係のみではなく、仮換地相互間の公平をも保持すべきことを要求していると解されるから、本件各土地に対する仮換地は他の従前の土地に対する仮換地との間においてもおおむね公平・妥当に定められていることが必要である。本件各土地の北側に、道路を挟んで相対する位置にある被告所有の別紙物件目録記載(四)の土地(以下「被告所有地」という。)は藤波岩造が昭和四六年七月一六日八潮市に寄付したものであり、昭和五四年に供覧された仮換地設計図では、これとその北側に隣接する藤波所有の別紙物件目録記載(三)の土地(以下「藤波所有地」という。)は計画道路の予定敷地内にかかり、両土地の上に存する藤波所有の建物についてはいずれその一部を移転あるいは除却しなければならないように表示されていた。ところが、その後、これが変更され、昭和五七年に供覧に付された仮換地設計図では、逆に右両土地のうち藤波所有の建物が存する部分は計画道路の予定敷地から外れ、道路反対側の本件各土地の一部が計画道路の予定敷地内にかかり、その上に存する原告ら所有の建物の一部が移転あるいは除却しなければならないようになっている。このように何らの合理的理由もなく計画を変更し、原告らだけが計画道路施設のための負担を受けるようにする本件処分は、藤波及び八潮市との関係において公平を欠き、照応の原則に違反する。
(二) 本件土地区画整理事業については、昭和五七年にその事業計画が変更されているが、これについては埼玉県知事に対する認可の申請手続がとられておらず、右事業計画の変更は法第五五条第一二項に違反する。本件処分は右違法に変更された事業計画を前提とするものであるから違法である。
よって、原告らは被告に対し、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2 同3の(一)の事実のうち、昭和五四年に供覧に付された仮換地設計図では被告所有地と藤波所有地が計画道路の予定敷地内にかかり、両土地上に存する藤波所有の建物の一部がいずれは撤去されなければならないようになっていたこと、しかし、その後に変更された仮換地設計図では計画道路の予定敷地が南方向に移し変えられたため本件各土地がこれにかかり、その上の原告ら所有の建物の一部が撤去されなければならないようになったことは認めるが、その余の主張は争う。
3 同(二)の事実のうち、昭和五七年に事業計画が変更されたことは認めるが、その余の主張は争う。
三 被告の主張(本件処分の適法性)
1 照応の原則違反の主張について
原告らは、藤波所有地に対する仮換地と本件各土地に対する仮換地とを比較してこの間に公平を欠くものがあると主張するが、本件各土地の基準地積は合計で九四・八八平方メートルであるのに対してその仮換地として指定された土地の地積は九五平方メートルであって、仮換地の方が約一パーセント増となっている。これに対して、藤波所有地の基準地積は一〇六・五三平方メートル、これと基準地積九三・四九平方メートルの別の一筆の土地とを合わせた従前の土地に対する仮換地として指定された街区番号一六・符号二の土地の地積は一七六平方メートルであって、右仮換地は一三パーセントの減歩となっている。また、本件各土地に対する仮換地が道路に接する長さは本件各土地のそれとほぼ同じであるのに対し、藤波所有地に対する仮換地が道路に接する長さは藤波所有地のそれの約半分になっている。これらの事情を総合判断すれば、本件処分が藤波所有地に対する仮換地の指定に比して不利益であるとはいえない。
昭和五四年に供覧に付した仮換地設計図を現地に当てはめてみると、藤波所有のかなりの部分が計画道路の予定敷地内にかかり、そうすると、建物の一部取壊し、除却等のために多大の費用を要することが判明した。そこで、被告は、そのまま事業を施行したのでは経済的に好ましくないとの判断から、昭和五七年に供覧に付した仮換地設計図では計画道路の位置をやや南方向へ移し替え費用負担を軽減しようとしたものである。因みに当初の計画どおりに事業を施行した場合、藤波所有の建物の一部取壊し、除却等に要する費用は九〇〇万円であり、ほかにこれを賃借して営業をしている者に対する補償も必要となる。これに対し、変更後の原告ら所有の建物の取壊し、除却等に要する費用は二〇〇万円で足りると推計された。
なお、原告は本件処分が照応の原則に適合しているかどうかを論ずるについて、本件各土地上の建物の移転・除却の必要性を問題としているが、このことは仮換地が照応の原則に適合しているかどうかを判断するに当たり考慮すべき「換地及び従前の宅地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等」(法第九八条第二項)には含まれない。
2 事業計画変更手続の適否について
計画道路の位置の移し変えに伴う事業計画の変更は法第五五条第一二項所定の要件を具備しており、適法である。
四 被告の主張に対する原告の認否
1 被告の主張1の事実のうち、本件各土地の地積が九四・八八平方メートルであることは否認する。その実測面積は一〇七・一九平方メートルである。その余は不知。法律上の主張は争う。
2 同2の主張は争う。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第二ないし第四号証、第七、第八号証、乙第一ないし第三号証の各一、二、第四ないし第六号証、第九号証の一、第一〇号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第九ないし第一一号証、いずれも証人椎名正次郎の証言により真正に成立したと認められる乙第九号証の二、三、第一一号証、証人椎名正次郎の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、当事者間に争いのない点も含めて、次の事実が認められる。
1 本件土地区画整理事業は、被告を施行者、本件各土地を含む七六・七九へクタールを施行地区として、昭和五三年一二月一五日埼玉県知事による事業計画認可を受け、同月一八日決定公告され、施行の運びに至ったものであり、その施行地区を含む九四・九へクタールの土地については昭和四五年八月一八日都市計画決定がされている。
2 本件土地区画整理事業においては、その後、二回にわたって事業計画が変更されている。昭和五四年八月二七日にされた第一回目の変更は、主に施行地区の範囲に関するものであり、変更に係る事業計画は同月二九日から同年九月一一日まで関係者の縦覧に供され、同年一一月一六日埼玉県知事による認可を受け、同月二二日決定公告されている。昭和五七年一月四日にされた第二回目の変更は、本件各土地にも関係する区画街路等の追加・変更に関するものであり、変更に係る事業計画は、同月五日から同月一八日まで関係者の縦覧に供され、同年二月九日埼玉県知事による認可を受け、同月一三日決定公告されている。
3 もともと、本件各土地の北側は道路に面しており、これを挟んで相対する位置に、藤波岩造が八潮市に寄付した被告所有地、その北側に藤波所有地が存在し、本件事業計画においては、右道路も街路として整備することになっていたところ、当初に策定された仮換地計画においては、計画道路の予定敷地は被告所有地及び藤波所有地にかかるようになっていた。ところが、その後の、街区確定測量に際し、計画道路の予定敷地を現地に当てはめてみると、右両土地上にある藤波所有の建物のかなりの部分が計画道路の予定敷地にかかり、計画どおりに事業を施行すると、藤波所有の建物の一部を取り壊して除却しなければならず、そのための費用としては九〇〇万円を要し、そのほか右建物についてはこれを店舗として賃借している者が四人おり、これに対する営業補償等も必要となることが判明した。そこで、被告は、この費用負担を避けるため、計画道路の予定敷地を南側の本件各土地寄りに移し変えることとしたものである。この変更案では、被告が負担する補償費はなくなるが、本件各土地に対する仮換地の地積は九〇平方メートルしかなく、減歩率が高くなった。そこで、被告は、本件各土地に対する仮換地を原位置以外の場所に指定する案を携えて、原告らとの折衝に入ったが、承諾をうるには至らなかった。そのため被告は、最終的に計画道路の予定敷地を再び藤波所有地寄りに若干変更して減歩率を低くし、その結果、本件各土地に対する仮換地の地積は九五平方メートルとなった。この変更案によれば、原告ら所有の建物の、僅かではあるが、その一部を撤去しなければならなくなり、被告は、原告らに対してその費用として二〇〇万円ほどを、また藤波との関係では道路と藤波所有地に対する仮換地との間の土留め工事のための費用として三〇〇万円ほどをそれぞれ負担することとなる。本件処分は、これを盛り込んだ仮換地計画に基づいてされたものである。
4 本件処分の具体的内容は、本件土地の基準地積合計九四・八八平方メートルに対する、仮換地として街区番号一八・符号一の地積九五平方メートルの土地を原位置において指定するというものであり、一方、藤波所有地に対する仮換地としては、ほかにもう一筆の土地を合わせた基準地積合計二〇〇・〇二平方メートルに対して、街区番号一六・符号二の地積一七六平方メートルの土地をほぼ現位置において指定するというものである。以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ところで、土地区画整理事業における仮換地の指定は、一つの行政目的実現のために土地所有地その他の多数の権利者のそれぞれに対してされる行政処分であるから、その内容は仮換地の指定をうける者同士の間において、不公平なものであってはならないのであり、これを従前の土地と仮換地との間における縦の照応関係に対して横の照応というかどうかは別として、ある特定の者が他の者に比して合理的な理由なくして著しく不利益な指定を受けた場合には、その指定は法第九八条第二項の趣旨の照らして違法となると解するのが相当である。そしてこの場合、指定が公平にされたかどうかはこれに係る一切の事情を総合して判断するべきであって、従前の土地上にある建物の移転あるいは除却の問題の要否なども当然に右斟酌されるべき事情の中に含まれると解するべきである。
そこで、これを本件についてみるのに、右認定事実によれば、確かに、本件土地区画整理事業においては、当初の仮換地計画が後に変更された結果、原告らは、その所有する建物の一部を移転ないし除却しなければならなくなり、藤波所有の建物はその移転ないし除却を免れることとなったのであるが、右仮換地計画の変更は、事業計画遂行上、被告が負担する補償費を節約するためにされたものであり、このことは従前の土地に対する仮換地の地積の減歩率引き下げ、事業施行地区内の従前の土地に係る権利者全体の利益となることであり、原告ら所有の建物についての移転ないし除却を要する程度にかんがみるときは、十分に合理的な理由があるということができる。また、本件処分において、本件各土地の基準地積は合計九四・八八平方メートルであるところ、これに対して九五平方メートルの仮換地が現位置において指定されており、仮換地の方が約一パーセント増となっている。一方、藤波所有地に対しては、その基準地積は別の一筆の土地と合わせ二〇〇・〇二平方メートルであり、これに対して指定された仮換地の地積は一七六平方メートル、その減歩率は約一三パーセントとなっている。そのほか、原告ら所有の建物についての移転ないし除却に対しては右認定のとおり相当額の補償費が支払われることなどを合わせ考えれば、本件処分が藤波所有地に対する仮換地の指定に比して内容的に不利益なものとはいえず、照応の原則には違反していないというべきである。
なお、前示甲第二、第三号証によれば、本件各土地については、いずれも昭和五八年一一月一日付で、別紙物件目録記載(一)の土地につきその地積を三六・八六平方メートルから五二・九二平方メートルに、同目録記載(二)の土地につきその地積を五八・〇二平方メートルから五四・二七平方メートルに、錯誤を原因として地積更正がされていることが認められる。しかしながら、原本の存在・成立に争いのない甲第一六号証、成立に争いのない乙第一四号証によれば、被告が本件土地区画整理事業等に関して定めた「草加都市計画事業稲荷伊草第一土地区画整理事業施行に関する条例」の第一八条及び第一九条は、換地計画において換地を定めるときの基準となる従前の土地の、いわゆる基準地積は、右条例施行の日現在における登記簿上の地積とし、これが事実と相違するときは施行日から七〇日以内に地積更正の申請をしなければならない旨を規定しており、原告らはこの期間内に地積の更正を申請をしなかったことが認められる。したがって、本件各土地に右地積更正後の地積を基準として減歩率を論ずるのは当を得ないものである。
三 前認定事実によれば、昭和五七年一月四日にされた第二回目の事業計画変更は、昭和五七年一月五日から同月一八日まで関係者の縦覧に供し、同年二月九日埼玉県知事による認可を受け、同月一三日決定公告されているのであるから、法第五五条第一二項に規定する事業計画変更手続を履践しているものというべきであり、本件処分につき原告らの指摘の違法事由は存しない。
四 よって、原告らの本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大塚一郎 小林敬子 佐久間健吉)
別紙物件目録<省略>