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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)1121号 判決 1994年8月26日

主文

一  被告が平成三年五月二四日にした額面五〇〇円、発行価額一九〇〇円とする額面株式一万二〇〇〇株の新株発行は無効とする。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告那賀島淑雅(以下「原告淑雅」という。)は、被告の株式七五〇〇株、原告那賀島陽子(以下「原告陽子」という。)は、同株式二九〇〇株、原告合同ゴム株式会社(以下「原告合同ゴム」という。)は同株式四〇〇〇株をそれぞれ有する株主である。

2  被告は、平成三年五月二四日、額面五〇〇円、発行価額一九〇〇円とする額面株式一万二〇〇〇株を発行した(以下「本件新株発行」という。)。

3  しかし、本件新株発行は、次の理由により無効である。

(一) 取締役会決議の不存在ないし無効

(1) 本件新株発行は、現在の資本金を二倍以上にする増資であるから、被告の取締役会における決議が必要である。しかし、本件新株発行に関し、平成三年三月二九日開催されたとする取締役会議事録は、被告の代表取締役鈴木勉(以下「勉」という。)が予め作成し、同社取締役赤尾栄三(以下「赤尾」という。)に頼み込んで署名押印してもらい、もう一人の取締役である鈴木信夫(以下「信夫」という。)の押印については、勉が所持する「鈴木」という丸印を自ら押印したものであって、現実に取締役会を開催してその旨の決議をしたものではなく、右決議は不存在である。

(2) 仮に右決議が存在するとしても、取締役への招集通知がなかったから、その取締役会の招集手続には瑕疵があり、右決議は、無効である。

(二) 株主の新株引受の機会喪失(商法二八〇条ノ五、二八〇条ノ五ノ二)

本件新株発行に関する取締役会決議が、たとえなされたとしても、それは実際には、平成三年四月一日施行の改正商法の施行後である同年五月ころなされたものであるから、同法二八〇条ノ五、同条ノ五ノ二の適用を受ける(平成二年六月二九日商法改正附則一四条)。そして、被告の定款には、株式を譲渡するには取締役会の承認を要する旨の定めがあるから、被告は本件新株発行にあたり、新株引受権を有する原告ら株主に、引受権を有する株式の種類、数等の所定の事項を通知することを要したのに、被告は、原告らに対し、その通知をしなかった。

(三) 新株発行事項の公告・株主への通知の欠如(商法二八〇条ノ三ノ二)

仮に、本件新株発行に関する取締役会の決議が、右改正商法の施行前である平成三年三月二九日になされたものであっても、被告は、右新株払込期日である同年五月二三日の二週間前までに、新株発行の所定事項について公告をするか、株主に個別に通知することを要したのに、その公告をせず、かつ株主である原告らにその通知をしなかった。

(四) 代表取締役の権限濫用

(1) 本件新株発行より前の被告の発行済株式総数は、二万株であり、そのうち、原告淑雅は七五〇〇株、原告淑雅の妻である原告陽子は二九〇〇株、原告淑雅が代表者である原告合同ゴムは四〇〇〇株を有しており、原告らの持株比率は全体の三分の二以上を占めていたのに対し、勉はわずか四四〇〇株を有していた少数株主にすぎなかった。

ところが、本件新株発行により、勉が一万二〇〇〇株全株を引き受け、原告らには一株の割当てもなかった。このため、勉は一万六四〇〇株を取得し、発行済株式総数三万二〇〇〇株に対する過半数を占める株主となった。

(2) このような本件新株発行は、被告の代表者である勉が被告における自らの支配権を確立しようとするためのものであり、代表取締役としての権限を濫用して行った違法なものである。

4  よって、原告らは、本件新株発行を無効とすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  請求原因3(一)(1)、(2)の各事実は否認する。

3  請求原因3(二)の事実のうち、原告らに新株引受に関する所定の通知をしなかったことは認め、取締役会決議が平成三年五月ころなされたものであることは否認する。

4  請求原因3(三)の事実は否認する。被告は、原告らに対し、平成三年五月一日、二日の両日、電話で本件新株発行につき連絡をとろうとしたが、原告らが不在のため連絡がとれなかったにすぎない。被告は、原告らの不在を知らず、知らないことに過失がないことから、原告らに電話をした時点で通知はあったものといえる。

5  請求原因3(四)(1)の事実は認めるが、同(2)の事実は否認する。本件新株発行は、資金調達のためになされたものである。すなわち、現在、被告は約一億三〇〇〇万円の借金があり、利息と元本の支払いが年間二五〇〇万円くらいになることから、運転資金不足の状態であった。しかし、原告淑雅には、昭和六二年ころ増資を拒まれていたので、原告淑雅を頼るわけにはいかず、平成三年三月ころ、勉の知り合いである訴外池田岩夫(以下「訴外池田」という。)に相談したところ、夏ごろなら二五〇〇万円位を用意できるということであったので、本件新株発行における払込金を勉が一旦立て替えておき、その後訴外池田に株式を譲渡することにして、本件新株発行を行ったものである。そして、新株はすでに訴外池田に一万株、信夫に二〇〇株が譲渡され、平成三年五月三〇日には取締役会で右株式譲渡の承認決議がなされているので本件新株発行は株式流通の保護、取引の安全の保護の見地からも有効とみるべきである。

三  抗弁

1  「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」の適用

被告の資本金は本件新株発行前は一〇〇〇万円であり、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」二五条の適用があるから、取締役への取締役会招集通知は不要である。

2  新株発行差止事由の不存在

本件新株発行は、前記のとおり増資のための業務上の必要性が強く、かつ勉が支配権を確立するためのものではないのであって、発行された株式の大半はすでに第三者に譲渡されている等の諸事情からすると、商法二八〇条ノ三ノ二に違反する瑕疵のために、これを無効とすべきではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち本件新株発行前の資本金が一〇〇〇万円であることは認める。

2  同2は争う。

第三  証拠<略>

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件新株発行を無効とすべき事由の存否について判断する。

1  たとえ、被告が主張するとおり、改正商法の施行日である平成三年四月一日よりも前に、適法に招集された被告の取締役会で本件新株発行に関する決議がなされたとしても、商法二八〇条ノ三ノ二が、株主に新株発行の差止めを求める機会を与えるために、会社が新株発行の所定の事項を、公告し又は株主に通知することを要するものとした法意からみれば、株主が右公告を知り、あるいは通知を受けたとしても、これを差止める余地はなかったとの事情が認められる場合でないかぎり、右公告、通知を欠いた新株発行は無効とすべきである。そこで、原告の各無効原因の主張中、この点(請求原因3(三))について、まず、判断する。

2  被告代表者の供述中には、平成三年五月一日、二日に被告の代表取締役である勉が、原告らに電話で本件新株発行につき連絡をしようとしたが、原告らが不在のため連絡がとれなかったとの部分がある。しかし、たとえ、右供述が信用しうるとしても、通知は準法律行為であり、意思表示の規定が準用されることになるので、それが相手方に到達したときにその効力が生ずるのであり、電話連絡をしようとしたが、相手方が不在で応答がなかった以上、たとえ、その不在の事実を過失なくして知らなかったとしても、それだけで通知があった、あるいは通知があったと同視しうるとはいえない。この点に関する被告の主張は、それ自体失当である。そして、原告淑雅本人、被告代表者の各供述によれば、被告は、本件新株発行に関する事項につき、公告せず、かつ株主である原告らに対し通知をしなかったことが認められるから、本件新株発行にはこの点で瑕疵があることになる。

3  そこで、たとえ原告らが公告を知り、通知を受けたとしても、本件新株発行を差止める余地がなかったといえるかどうかについてであるが、この点に関する被告の主張(抗弁2)は必ずしも充分ではなく、被告が挙げる各点については、次の(一)、(二)のとおり判断されるのであって、原告らが本件新株発行を知り、その差止めを求めても、これが認容される余地がなかったことについては、これを認めるに足りる証拠はないのであり、むしろ、次の(一)、(二)の各点からすると、著しく不公正なる方法によるものであるとして差止が認容される余地があったというべきである。すなわち、

(一)  本件新株発行の新株割当は、原告らを除外して、被告の代表取締役である勉だけになされたものであることは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第一号証、原告淑雅本人の供述によれば、本件新株発行前の被告の株主構成は、原告らが、発行済株式二万株の過半である合計一万四四〇〇株を有したのに対し、勉は四四〇〇株を有したに過ぎなかったが、本件新株発行による発行新株一万二〇〇〇株を勉が一人で引受けたために、勉の持株は発行済株式三万二〇〇〇株の過半である一万六四〇〇株となり、被告に対する支配権が逆転することになったこと、勉は、昭和六二年ころにも、支配権の逆転を企図し、原告淑雅に対し、倍額増資への協力を求めたが、同原告に拒否されたことが、それぞれ認められる。また、原本の存在及びその成立に争いがない甲第二号証、証人赤尾栄三の証言によれば、、勉は、本件新株発行を決意してからこれを実行する前後にわたり、被告の取締役であった赤尾栄三に対し、本件新株発行を原告淑雅には秘密にするように要請していたことが認められる。

(二)  また、被告代表者は、本件新株発行は、被告の運転資金調達の目的ではあったものの、「資金は今日明日欲しいというわけではなく、長期的に見て必要があったので、払込は急ぐ必要はなかった。」と供述しているのであり、現に、取締役会決議が平成三年三月二九日になされたというのに、払込期日は右の約二か月も先である同年五月二三日であったという点からみても、資金調達の緊急の必要性は認めがたいというべきである。

4  よって、その後、新株の大部分が第三者に譲渡されたとの事実があるとしても、本件新株発行は、原則どおり、無効であるといわなければならない。

三  したがって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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