浦和地方裁判所 平成4年(わ)1065号 判決 1993年6月29日
本籍
埼玉県比企郡滑川町大字福田八二六番地の六
住居
同県大里郡寄居町大字桜沢二一四八番地一〇
新聞販売業
笠原茂夫
昭和二三年三月六日生
(検察官)
小野正弘
(弁護人)
鶴見祐策
主文
一 被告人を懲役一年及び罰金一八〇〇万円に処する。
二 右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
三 この裁判の確定した日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、埼玉県大里郡寄居町大字桜沢二一四八番地一〇に居住し、同町大字寄居一三三八番地において、「読売新聞寄居専売所」の名称にて新聞販売業を営んでいる者であるが、自己の所得税を免れようと企て、所得金額をことさら過少にするなどの方法により所得税を秘匿したうえ
第一 昭和六三年分の実際総所得金額が五二四七万八九四八円であったにも拘らず、平成元年三月一三日、埼玉県熊谷市仲町四一番地所在の所轄熊谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が六七三万三五〇円で、これに対する所得税額が五九万四二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二一二三万五〇〇円と右申告税額との差額二〇六三万六三〇〇円を免れた
第二 平成元年分の実際総所得金額が七六〇一万五五二七円であったにも拘らず、平成二年三月一三日、前記熊谷税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が七一四万五一〇〇円で、これに対する所得税額が六二万七八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三二八五万五〇〇〇円と右申告税額との差額三二二二万七二〇〇円を免れた
第三 平成二年分の実際総所得金額が八〇二二万六三〇七円であったにも拘らず、平成三年三月一三日、前記熊谷税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が七七四万一三〇〇円で、これに対する所得税額が七二万三六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三五一二万五〇〇〇円と右申告税額との差額三四四〇万一四〇〇円を免れた
ものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 当公判廷における被告人の供述
一 被告人の検察官に対する供述調書四通
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書一六通
一 被告人作成の答申書
一 滝沢さくの検察官に対する供述調書
一 滝沢さく(八通)、野口友明、中沢喜代作、荒木虎王丸、斎藤貞夫、塩田仲二郎(二通)、笠原博、内田勝昭、花輪貞富、笠原二三子、大塚俊夫、南幸彦、岡野武夫、野原富栄、小西良一、石井信雄(二通)、保泉美枝子、新島康夫、金子荘一、森田一及び笠原みす(三通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 検察事務官作成の電話録取書
一 熊谷税務署長作成の回答書
一 大蔵事務官作成の査察報告書、収入調査書、仕入調査書、租税公課調査書、水道光熱費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、接待交際費調査書、損害保険料調査書、修繕費調査書、消耗品費調査書、減価償却費調査書、福利厚生費調査書、給料調査書、地代・家賃調査書、拡張費調査書、リース料調査書、支払手数料調査書、外注費調査書、除去損調査書、貸倒金調査書、雑費調査書、事業専従者控除調査書、申告事業所得調査書、預金調査書及び割引債券調査書
判示第一及び第三の各事実について
一 大蔵事務官作成の雑所得調査書
判示第一の事実について
一 大蔵事務官作成の利子所得調査書
判示第二及び第三の各事実について
一 小林きみの大蔵事務官に対する質問てん末書
判示第三の事実について
一 篠崎一夫の大蔵事務官に対する質問てん末書
(法令の適用)
該当罰条 所得税法二三八条(懲役と罰金を併科)
併合加重
懲役刑について 刑法四五条前段・四七条本文・一〇条(犯情最重の判示第三の罪の刑に法定の加重)
罰金刑について 同法四五条前段・四八条二項
労役場留置 罰金刑について同法一八条
執行猶予 懲役刑について同法二五条一項
(量刑事情)
1 脱税は、租税の公平な負担を損う犯罪であり、国民の納税により民主主義国家の経済的基盤が確固となるものであるから、民主主義社会を崩壊させるという面に注目すれば、結果的には暴力により国家の転覆を図る犯罪と同一視できる面もあり、したがって、逋脱犯は、民主主義への重大な挑戦であるとさえ言えるところ、被告人は、昭和六三年度から平成二年度にかけて合計二億八七〇万円以上の所得がありながら、合計二一〇〇万円程度しか申告せず、逋脱額総額は八七二六万円余りに及んでおり、被告人の逋脱額も極めて大きく、その刑責は重いと言え、健全な民主主義国家を存続させるためには、一般予防的見地からすれば、厳罰をもって対処することも考えられる。
2 ところで、被告人は、家庭が貧しかったことから、小学生の頃から新聞配達をして家計を支えようと努力し、定時制高校に通う傍ら新聞配達・牛乳販売等して、人一倍苦学・苦労して働き、これが見込まれて読売新聞寄居地区の販売権を取得することができたが、その後も懸命に働いて、今では従業員五〇名を使用するまでに規模が拡張された専売所を経営するようになっており、その勤勉さは評価できること、本件各逋脱犯罪も、所得隠しのための積極的・悪質な隠蔽工作をしたとまでは窺えないこと、既に、本税納付し、更に、延滞税一一六八万円及び重加算税三〇五三万円(合計四二〇〇万円余り)を納付していること、本件で強制調査・摘発・起訴され、これらによりこれまで被告人が築いて来た近隣社会での信用・名誉は失われてしまい、それなりに社会的制裁を受けていること、このようなこともあって、被告人は自己の犯した罪について十分反省し、二度と過ちを繰り返さないことを誓約していること、被告人はこれまで様々な社会的活動も行い、社会にも寄与して来ていることなど被告人にとり斟酌すべき事情を最大限考慮して、主文とおり、量刑した次第である。
(求刑) 懲役一年及び罰金二六〇〇万円
(裁判官 加登屋健治)