浦和地方裁判所 平成4年(ワ)421号 判決 1994年4月28日
平成三年(ワ)第四五七号本訴事件原告・平成四年(ワ)第四二一号反訴事件被告(以下「原告」という。)
東ドライ株式会社
右代表者代表取締役
松﨑東
右訴訟代理人弁護士
上石利男
右訴訟復代理人弁護士
河合安喜
平成三年(ワ)第四五七号本訴事件被告・平成四年(ワ)第四二一号反訴事件原告(以下「被告」という。)
株式会社日本さわやかグループ
右代表者代表取締役
中園金洋
右訴訟代理人弁護士
吉峯康博
主文
一 原告と被告との間において、原告が被告に対して、会員契約終了に伴う解約一時金五〇〇万円を支払うべき債務が存在しないことを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 原告は被告に対して三〇万円及びこれに対する平成四年四月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
四 被告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じて一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
六 この判決の第三項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 被告は原告に対し、一二〇万円及びこれに対する平成三年五月一一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 原告と被告との間において、原告が被告との会員契約終了に伴う解約一時金五〇〇万円を支払うべき債務は存在しないことを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第一項につき、仮執行宣言
二 本訴請求に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は被告に対し、金一三〇〇万円及びこれに対する平成四年四月七日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 第一項につき、仮執行宣言
四 反訴請求に対する答弁
1 被告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
(本訴関係)
一 本訴請求原因
1 当事者
(一) 原告は肩書地においてドライクリーニング業を営む会社である。
(二) 被告はフランチャイズ組織「日本さわやかグループ」の主宰者(本部)として「ホワイト急便」「日本さわやかシステム」等のサービス・マーク・看板等を供給することにより、全国組織により加盟店を募り、営業展開している会社である。
2 不当利得
(一) 昭和六一年一一月ころ、原告は入会金二〇〇万円を支払い、被告の主宰するフランチャイズ組織の会員となった。これは、原告のようなドライクリーニング店が売上・利益を伸ばすためには、営業所の絶対数が必要であるところ、被告から「工場を増設しなさい。」「営業所開設の面倒をみます。」「黒字になるまで面倒をみます。」との勧誘を受け、これを信用したからである。
(二) その後、原告は自社クリーニング工場に持ち込むべき洗濯物の取次店(営業所)開設につき、被告の応援を受けることになった。その際、原告は一店舗開設につき金三〇万円の謝礼を被告に支払う約定となっていた。そして、原告は被告に対し、昭和六二年二月ころまでに取次店開設謝礼金九店分として合計二七〇万円を支払った。しかるに、昭和六二年六月ころまでに、原告が開設できた取次店は五ヵ所のみである。
3 債務不存在確認
(一) 原告が被告の主宰するフランチャイズ組織の会員となった後、被告は工場新設を慫慂し、工場の場所も設備内容も固まっていないうちから、原告にドライクリーニング工場用機械一式をリース契約により購入させた。機械の購入先は被告系列リース会社であり、代金は七〇〇〇〜八〇〇〇万円であった。
(二) 昭和六二年三月原告は被告から「日本さわやかグループ会員契約書」(以下、「本件会員契約書」という。)作成を求められ、作成した。本件会員契約書は継続的契約関係を想定して作られているものであり、契約期間・契約終了については次のような規定がある。
(1) 契約有効期間(第一二条)
契約締結から満二年
但し、期間満了三ヵ月前までに当事者の一方から異議の申出がないときは自動的に二年間延長される。
(2) 契約解除(第一〇・一一条)
会員が次の事項に該当した場合、被告会社は直ちに一方的に契約を解除できる。
①監督官庁から営業停止命令②信用上・組織上重大な変化があり、会員としてふさわしくなくなったとき③契約違反もしくはその恐れ④被告会社の名誉を毀損・不実策謀等の発覚⑤経営ノウハウの漏洩⑥グループの規約違反
右のうち④⑤⑥に該当するときは、違約金または損害金として一ヵ月内に金五〇〇万円を支払わなくてはならない。
(3) 任意契約解除(第一三条)
会員が本契約を解除する場合は、期間満了三ヵ月前までに文書による予告をする。この場合、更に双方協議の上解除を決定する。なお、任意契約解除に伴い、経営ノウハウ使用実施期間を勘案し、会員は被告会社に対し金五〇〇万円を下限として解約一時金を支払わなくてはならない。但し、役員会の決議により免除することができる。
(三) 原告は、営業所の開設がままならず、かつ、設備投資の回収が困難を極めたため、赤字から脱却できなかった。そこで、原告は平成三年一月一四日発送した文書により、期間満了による解約を予告した。
(四) しかるに、被告は原告に対し、「解約一時金」との名目で金五〇〇万円を請求している。しかし、かかる請求は本件契約書上根拠を欠くものである。すなわち、一二条による期間満了で会員契約から離脱するときには、そもそも一三条の適用はない。一三条は合意解約を謳うものであるのに対し、一二条は期間満了による終了を定めるものである。期間満了による契約解除権を謳いながら、これについても合意解除しか認めないのでは、契約有効期間の定めそのものを否定したも同然となり、明らかに論理矛盾であって意味のない規定となってしまう。
(五) 仮に形式的に規定があっても、本件契約書は公序良俗違反として無効である。
被告の経営理念の実態は、会員個々の企業が利益をあげようが赤字だろうが、ロイヤリティーの払込み、機械購入システム・原材料供給で被告は儲かるという仕組みとなっているものである。
すなわち、①会員にはいきなり工場を作らせ、そこに分不相応の機械を被告の系列会社から購入させ、多額の上納金を支払わせる。そして、②会員が使用する原材料は、全て被告が指定するものに限定され、そこからも被告は利益をあげている。③会員には、勉強会の出席やデータ報告が義務付けられた上、何かといえば罰金が義務付けられる。これは会員に競争や罰金によるプレッシャーをかけ、競争心を煽ることで売上をのばそうとするものである。④ロイヤリティーとして、各工場ごとに毎月の総売上額を計算し、その0.3パーセントから0.1パーセントの支払が会員に義務付けられる。
本件契約書の内容は、被告から会員に対してなすべき便宜は、「経営ノウハウの指導」「斡旋」「指導」「援助」「協力」といった極めて抽象的な努力目標であるのに対し、会員に課される義務は右に述べたものの他にも工場・店舗における設計・デザイン等イメージの統一や営業上の一切の秘密保持等、厳格・具体的である。したがって、形式的には双務契約の形をとりながら、実質的には会員ばかりに義務を課した片務契約というべきものである。
しかも、会員からの契約関係解消要件としては、①会員から三ヵ月前に文書で予告した上、②会員と被告が協議をもって決定するという合意解除のみを認めるものであって、③最低でも五〇〇万円の解約一時金の支払を会員に課するというものである。期間満了による会員契約の終了の際も被告の承諾が要る(合意解約のみ)というのでは期間の定めは無意味となり、理論的には永久的に会員を会員契約に縛り付けるための強制手段となってしまう。これは近代契約法理論に真っ向から背反することである。契約は自由でなくてはならず、不当に契約に縛り付けられることからの自由も保障されなくてはならない。
また、解約一時金なるものの根拠もまったくない。第一一条の違約金条項において、会員側に違約があり、それに対して違約金または損害金として規定したものでさえ金五〇〇万円なのである。違約でもなんでもなく、自然の契約有効期間満了をもって円満に会員から離脱しようとする者に対し、金五〇〇万円以上の解約金を要求できるというのならば明らかに矛盾と言わなくてはならない。この解約一時金という条項は、会員を契約に縛り付けておくための威圧的効果を持つものである。
4 よって、原告は被告に対し、不当利得として開設できなかった取次店四ヶ所分の謝礼金一二〇万円とこれに対する平成三年五月一一日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六分の割合の金員の支払を求めるとともに、右解約一時金なる金五〇〇万円の債務が存在しないことの確認を求める。
二 本訴請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1(一)(二)は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、原告が入会金二〇〇万円を支払い、会員になったことは認める。
被告が「営業所開設の面倒をみます」等との勧誘をした点については否認する。原告に対し、入会を勧誘したのは当時有限会社一光の社員であった岩本勝利(以下、「岩本」という。)であるが、岩本は営業所開設の指導を要望があればするとは言ったが、原告主張のような「営業所は見付けます」といったセールストークは言っていない。かえって、グループの本質を理解しないと、莫大な資金を投入しても回収できないと伝え、パンフレットや、全国の会員名簿、会員会社分析データ例等を示しながら正確な説明をしており、経費・売り上げについての経営管理を科学的にすることの重要性も強調している。
(二) 同2(二)は否認する。原告の営業所開設についての指導は、当時、被告の会員であった有限会社本野クリーニングの常務取締役福海清文(以下、「福海」という。)が原告に個人的に依頼されて行なったものあって、謝礼金も福海が個人的に受領したもので、被告が受領したわけではない。
(三) 抗弁(一二〇万円の弁済)
原告会社代表取締役松﨑東(以下、「松﨑」という。)から、福海に対する一二〇万円の返還請求の依頼が訴外佐藤正勝(以下、「佐藤」という。)になされ、佐藤は福海にこれを請求し、福海は松﨑から佐藤への依頼の事実を確認したうえ、佐藤に対し、次のような分割支払いを行なった。
①昭和六三年一二月九日 二〇万円富士銀行春日部支店「佐藤」名義口座への支払い②平成元年二月一六日 三〇万円 同③平成元年五月二五日 四五万円 足利銀行春日部支店「佐藤」名義口座への支払い④平成元年一〇月一八日 二五万円 同
よって、原告は一二〇万円の返還を既に受けている。
3(一) 請求原因3(一)の事実のうち、被告がドライクリーニング工場用機械一式を被告系列リース会社から購入させた点は認めるが、その余は否認する。被告は工場用機械のリースについても、原告に対し十分な説明をしているし、被告の会員である福海が工場に寝泊りしながら、四ヵ月にもわたって工場及び営業所管理の指導をしている。
(二) 同3(二)は認める。但し、本件会員契約書の調印は昭和六二年四月五日である。
(三) 同3(三)の事実のうち原告から脱会届が提出された点は認め、その余は否認する。原告が被告グループに入会した昭和六一年当時の原告の年商は約六六五〇万円であったが、被告グループに入会後上昇し、平成二年二月期には年商三億六五〇〇万円となっていた。
(四) 同3(四)の事実のうち被告が解約一時金として五〇〇万円の支払の請求をしていることは認めるが、その余は争う。
本件会員契約書第一三条は、被告の会員が会員契約を終了させたいときは、その旨を被告に対し「期間満了三ヵ月前までに文書により申し入れ」、その後、被告と会員間で協議した上、期間満了時に合意解約することを決めるという意味である。その際、会員は解約一時金として最低金五〇〇万円を被告に対し、支払わなくてはならない。この解約一時金は、本会員契約が会員に有利な内容をもつ特殊なフランチャイズ契約であるとの特質であることを考慮して定められているものである。すなわち、本件会員契約は、①ロイヤリティーが著しく低く(相場の三〇分の一)、②入会金の額も二〇〇万円ないし二一〇万円と低額であること(全国チェーン店で数千万円の入会金・保証金をとるケースも珍しくはない)、③会員はクリーニングの全国チェーン店としては全国トップの売上を有する被告会社のサービスマーク等を使用し、利益をあげていること、④被告からノウハウを受けられること、⑤会員は被告からきめ細かな指導を受けられること、⑥会員離脱後の被告提供のノウハウ使用による類似営業の禁止条項は全くないといった会員に有利な内容を持つフランチャイズ契約であり、かかる契約の実質・実態からは、任意の会員の離脱が期間満了時の合意解約に限られているからといって、不合理な契約とは到底いうことができない。
(五) 同3(五)は争う。
本件会員契約は、消費者のニーズ優先の原則のもとに、会員が相互に交流・競争・自己の経営改革等により、消費者へのサービスを徹底すること、会員が技術・経営にも、すぐれた企業へ発展すること、グループ全体が消費者優先のすぐれたグループになること、クリーニング業の社会的地位の向上を目的とするものである。かかる目的を達成するために会員に様々な自己研鑚・自己(経営)改革・高い道義性(品位)が強く要求されているのであって、利潤追求を主たる目的とするグループではない。グループの多くの会員は、かかる消費者優先の交流と競争の中で成長しているのであって、一工場年間売上約一億円から、一一工場売上三〇億円になった経営者もいる。グループ全体では黒物・白物(スカート・ズボン・背広上下・オーバー・ワイシャツ)で年間売上約四〇〇億円となっており、白洋舎の年間売上が約三〇〇億円であることから考えるに、業界でも質・量ともにトップグループに属するまでに成長してきているのである。原告が脱落したのは、会員に要求されている努力を怠ったものといわざるを得ない。
解約一時金も①右で述べたように本件会員契約が会員に有利な内容を持つ特殊なフランチャイズ契約であるとの特質、②右特質を考慮すると、解約一時金は会員をやめる時までの、被告のシステム・ノウハウの利用及びその指導に対する後払い的対価という側面を持つこと、③会員離脱後の被告提供のノウハウ使用による類似営業の禁止条項が全くないこと、④会員が、被告グループをやめた後も、実質的に被告のノウハウ・システムを利用するという実態があり、その対価という側面もあること、⑤実際上の運用は、解約一時金の支払を免除している場合もあること、⑥被告が新会社になった際、新契約にサインしないで離脱した会員も一〇人おり、原告にとっても、それはもちろん自由であったにもかかわらず、原告は会員となっているのであること、を考えると、公序良俗に反するということはできない。
(反訴関係)
三 反訴請求の原因
1 原告は昭和六一年一一月一四日、被告の主宰するフランチャイズ組織日本さわやかグループに入会を申し込み、同月一七日ころ入会が認められた。
2 原告は昭和六二年四月五日、被告が株式会社になるのに際して、被告との間で新しい会員契約を締結した。
3 本訴請求原因3(二)に同じ。
4 原告は平成三年一月二三日付書面で被告に対し会員契約の解約を申し入れた。被告は原告に対し、平成三年四月一日付書面により、本件会員契約一三条に基づき解約一時金五〇〇万円の支払いを請求した。
5 しかるに原告は全く支払わない。
6 本件会員契約書第一四条には次のような旨の定めがある。
第一四条一項
会員は本契約終了後三〇日以内に自己の費用でグループの名称・サービスマーク等を表示した看板等を一切撤去する義務を負う。
第一四条二項
会員が前項の規定に反した場合には、一工場八〇〇万円の違約金を請求することができる。
7 ところが、原告は本件会員契約終了後も、少なくとも約九ヵ月間、被告の名称・サービスマーク等を表示した看板等をそのまま使用していた。これは会員契約一四条一項違反であり、二項により被告は原告が撤去義務に違反した場合、一工場あたり八〇〇万円の支払いを請求できる。
8 よって、被告は、原告に対し、本件会員契約に基づき解約金五〇〇万とこれに対する反訴状送達の翌日平成四年四月七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払及び右会員契約に基づく違約金八〇〇万円とこれに対する平成四年四月七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の各支払を求める。
四 反訴請求原因に対する認否及び原告の主張
1 反訴請求原因1ないし5の事実は認める。しかし、会員契約書一三条の規定は、本訴請求原因3(四)(五)で述べたとおり無効であって、これに基づく被告の請求は失当である。
2 反訴請求原因6は認める
3 反訴請求原因7は否認する。原告が契約終了後、一ヵ月程経過してから、被告の東京出張所より責任者が調査のため原告の許を訪れ、看板撤去の事実を確認していっている。ただ、一ヶ所程壊れて使いものにならなくなっていた小さい袖看板が放置されていたかもしれないが、かかるものを問題として八〇〇万円を請求するというのは被告の原告に対する報復感情以外のなにものでもなく不当である。
第三 証拠関係は、訴訟記録中の証拠関係目録の記載を引用する。
理由
第一 本訴請求について
一 一二〇万円の不当利得返還請求について
1 原告が、被告の派遣した営業員福海清文らに取次店開拓九店分として昭和六二年二月ころまでに合計二七〇万円支払ったこと、しかし実際に開業にこぎつけた取次店の数は五店に留まったことは、当事者間に争いがない。
2 右取次店開設一件につき三〇万円の報酬は、原告から被告に対して支払われたとみるべきか、それとも、原告から福海清文ら営業員個人に支払われたとみるべきかは本件証拠上明らかでないところもあるが、成立に争いのない乙四の一、五、六、証人福海清文の証言により成立が認められる乙四の二、同証言、原告代表者尋問結果によれば、原告は、知人の佐藤正勝を原告の代理人として、福海清文に対し、昭和六三年暮れころから度々開設に至らなかった取次店四店分の手数料一二〇万円の返還を請求し、この結果福海は佐藤正勝に、昭和六三年一二月九日に二〇万円、平成元年二月一六日に三〇万円、同年五月二五日に四五万円、同年一〇月一八日に二五万円の合計一二〇万円を返済している事実が認められる。
そうすると、原告の一二〇万円の返還請求は理由がないことが明らかである。
二 会員契約書一三条の解約一時金五〇〇万円の債務不存在確認請求について
1 成立に争いのない甲各号証、乙一ないし三、七ないし一一、四、一五の一ないし一三、一六の一ないし六、一七、一八、二五、二六、二七の一ないし三、二九、三〇、証人青木勇造の証言により成立が認められる乙一二、一九ないし二二、三一、三二、証人福海清文、青木勇造の各証言、原告代表者本人によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告「株式会社日本さわやかグループ」は、昭和六一年八月に設立されたものであるが、もともとその前身は昭和五一年ころ熊本市で発足したクリーニング業者の業者組合(ボランタリーチェーン)「日本さわやかグループ」の本部事務局を株式会社組織に改めたものである。
(二) そして、昭和六一年八月に法人成をしてからは、被告はいわゆるフランチャイズ組織の本部となり、加盟店を募集して共通の標語・サービスマーク使用許諾などを通じてクリーニング業の事業・経営について統一的な方法で統制、指導、援助等を行うことを事業目的としてきた。被告は以前は『朝出して夕方バッチリ』の標語や「ペリカンマーク」をグループ共通の標章として用いていたが、昭和六四年から、「愛情仕上げのクリーニング」「ホワイト急便」「ハート型マーク」を統一標章として用いてのいわゆるCI運動を積極的に展開し、被告の資料(乙一二)によれば、平成二年末の段階で、加盟会員の数は一一三名、二七四工場、取次店等の営業所数は約六七〇〇となっている。
ところで、被告は、被告が本部となり個々の募集に応じて加盟してきた加盟店(「会員」と呼ばれる。)により構成されるフランチャイズ組織自体も「日本さわやかグループ」の名称で呼称しているので、混乱を避けるため、被告のことは「被告ないし被告会社」または「被告本部」といい、原告ら加盟会員を含めたフランチャイズ組織のことは「日本さわやかグループ組織」または単に「グループ組織」ということとする。
(三) 原告は、かねて上尾市で「有限会社東クリーニング商会」の名称で工場一、取次店一二、三店の規模でクリーニング業を営んでいたが、昭和六二年八月に組織変更により「東ドライ株式会社」となった。
原告は、かねて事業規模の拡大を考えていたが、昭和六一年一一月ころに被告本部の委託により会員募集を行っていたクリーニング機器販売の訴外有限会社一光社員岩本勝利の勧誘を受けて日本さわやかグループ組織に加入することとし、同月一四日被告本部に入会金二一〇万円を支払い、入会申込書(乙七)、誓約書(乙八)を提出した(有限会社一光社員がグループ組織会員を勧誘し入会させたときは、入会金の三割が被告から有限会社一光に支払われることになっていた)。そして、原告は被告本部の指導もあって川越に新工場を作ることになり、昭和六一年一一月ころから約八〇〇〇万円の費用をかけて工場建設と取次店の開拓に着手した。ただ、取次店の開拓はもっぱら原告の依頼により被告本部の派遣した営業員福海清文や松﨑、島田らが行った(被告会社の「営業員」という身分は、被告会社の正規の社員ではないが、グループ組織の会員の二、三の者が、被告会社の指導の下に新たに会員となったクリーニング店の取次店の開拓や工場指導を行うもので、取次店一件の契約が成立すると三〇万円が原告から営業員に支払われる約束であった。)。そして、昭和六二年二月までに、原告は福海、松﨑、島田らに九店分として合計二七〇万円を支払ったが、実際に取次店として開店したのは五店であった。
その後、原告は、平成元年七月には埼玉県桶川市にも工場を開設し、もとあった上尾工場もレイアウトなどをグループ組織の一員としての仕様に合わせたものに改造した。
(四) ところで、原告がグループ組織に加盟した昭和六一年一一月当時の入会手続きは、入会金と「入会申込書」(乙七)、「誓約書」(乙八)を提出するだけの簡単なものであった。しかし、被告本部が昭和六一年八月に株式会社組織になったこともあって、被告本部としては加盟会員との間で昭和六二年四月に全国一斉に契約書を締結することとし、乙一のような「株式会社日本さわやかグループ 会員契約書」と題する契約書を作成し、昭和六二年三月に行われた経営者勉強会のときに加盟会員に二部配布し、会員において署名捺印の上一部を被告本部に送るよう要請したので、原告代表者は、そのころ、これに署名捺印して被告本部に送付した。
右契約書には次のような内容の規定がある。
① 甲(被告本部)は乙(加盟会員)に「日本さわやかグループ」の名称や被告本部の定めたサービスマーク、経営ノウハウ等を使用してクリーニング業を営業することを許諾し、経営ノウハウの実施指導や援助を行う(一、二、三条)。
② 乙は義務としてイメージ統一のため工場及び店舗の設計、デザイン、レイアウト、什器備品、原材料などについて甲の指定するものを使用し、経営資料を報告し、毎月、一定のロイヤリティー(原告の場合は、最初の一年が売上額の0.3パーセント、一年経過後は売上額の0.1パーセント)を支払わなければならない(四、五、八、九条)。
③ 契約の有効期間は二年間とし、契約終了の三か月前までに一方または双方からの異議がなければ自動的に二年間更新されること、しかし、乙に契約違反、秘密漏洩などの一定の非違行為があった場合には甲は一方的に契約を解除でき、この場合には乙は甲に対して一工場五〇〇万円の違約金または損害賠償を支払わなければならない(一〇、一一、一二条)。
④ (任意契約解除)「乙が本契約を解除する場合は、期間満了三ケ月前迄に文書による予告をするものとし、この場合更に双方協議の上解除を決定するものとする。尚、任意契約解除に伴い経営ノウハウ使用実施期間を勘案し、乙は甲に対し五〇〇万円を下限として解約一時金を支払わなければならない。但し、役員会の決議により免除することが出来る。」(一三条)
⑤ 乙は契約終了後三〇日以内に甲の名称、サービスマーク等を表示した看板等を一切撤去しなければならず、乙がこの規定に違反したときは、甲は乙に対しその使用を中止させ、一工場八〇〇万円の違約金を請求することができる(一四条)。
(五) 原告は、これらの契約に従い、ホワイト急便の名称で事業を進めてきたが、なかなか思うような利益は上がらなかったため、グループ組織からの退会を決意し、平成三年一月二三日付けの書面で被告本部に対し「一身上の都合により日本さわやかグループを退会させて頂きます。」と記載した退会届と題した書面を提出した。そして、同年一月三〇日ころ原告のもとに来た被告社員の青木勇造に対して、同年二月末日までに被告本部から渡された経営資料やマニュアルなどの返還、看板撤去などを行うこと、工場譲渡の際は被告に相談することなどを記載した誓約書を提出した。
そして、看板については、「さわやかグループ」や「ホワイト急便」等のマークの入ったメイン看板は二月末までに新しい原告の看板と交換し、取り外した看板は大宮市内の吉沢テントに保管していたところ、被告会社東京営業所の馬場真治が来て数を確認し、焼却して欲しいと言われたので焼却処分とした。縦長の六尺看板は原告がスプレーを使って塗りつぶすこととした。しかし、その後も平成三年一二月ころ迄、二、三の取次店で六尺看板や入ロガラスに付けられていたハート形のホワイト急便マークを撤去したり塗りつぶしたりすることをせずそのまま使用していたこともあった。
(六) ところで、被告は、平成三年四月一日付けの書面で、契約書一三条に基づく解約一時金については、役員会で五〇〇万円とすることを決定したとして、原告に対して同年四月末日までに被告本部に五〇〇万円を支払うよう請求した。しかし、これまでの被告の取り扱った例では、解約一時金は特段の事情がなければ免除されるのが例であり、原告の場合に免除されなかったのは被告の説明では、原告が工場売却の相談を被告本部にしなかったことや原告代表者の女性問題ということで、特に原告に会員契約上その他の業務に関係した非違があったこと等を理由とするものではなかった。
原告は被告の右請求を不服として、本訴を提起するに至った。
2 ところで、右会員契約一三条は、任意契約解除と題して被告の留保つきの合意解除を規定し、しかも一方において会員の側に被告本部の了承がない限り原則的に五〇〇万円以上もの多額の解約一時金の支払の義務を負わせているのであるから、会員の側からすれば、解約を申し出るには被告本部の意向がわからない限り五〇〇万円以上の出捐を覚悟しなければならず、実際上解約申し出には相当の経済的ないし心理的制限が課されることは容易に予見されるところである。この意味において、本件解約一時金の定めは、会員契約の継続を相当程度強制する結果をもたらすことは否定できない。
しかして、営業の自由や経済活動の自由(一定の継続的取引関係からの離脱も含む。)はもっとも重要な基本的人権の一つと考えられるから、これに対する制限は社会的良識や正常な商慣習に照らし合理的に必要な範囲に留められるべきで、この限度を超えた場合には、その全部または一部は公序良俗に反するものとして無効とされることもあり得るといわなければならない。そしてフランチャイズ基本契約などの継続的契約の解約一時金などの条項の公序良俗違反を判断するに当っては、当該条項の趣旨、目的、内容、それが当事者双方に与える利益不利益、それが締結されるに至った経緯、契約両当事者の経済的力関係等のほか、契約の該条項は契約の一方当事者が自己の取引上の優越的地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に相手方に不利益となる取引条件を設定したものとみられるものでないかどうか(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律二条九項等参照。)など、証拠にあらわれた諸般の事情を総合的に考慮してその有効無効の範囲、程度などを決するべきである。
これを本件についてみるに、もともと原告が最初に日本さわやかグループ組織に加入した昭和六一年一一月当時は、会員契約もなくもとより解約一時金の定めもなかったものである。そして、原告は昭和六二年四月ころ被告の求めに応じて本件契約書に署名捺印して被告に送付したものであるが、その時期は、既に原告において被告の指示により約八〇〇〇万円もの資金をかけて川越工場の建設にとりかかった後であって、原告としてもしその段階で本件契約書に署名せず脱会すれば、せっかく投下した前記川越工場の開設資金の回収の見込みが困難になるのみならず、約半年前に納めたさわやかグループ組織への入会金二一〇万円や取次店開拓のために被告派遣営業員に支払った二七〇万円の出費も全く無駄なものとなり、これらのことを考慮すれば、原告としては契約書の内容に不満や疑義があってもそれらを理由にさわやかグループ組織から脱退することは到底期待できず、原告としてはやむを得ずこれに調印せざるを得ない事情にあったと優に認められるのである。
そして、右にみた会員契約一三条の規定内容は、一二条で二年の存続期間を謳っていながら、解約の申し出があった場合にはそれが二年の期間満了による場合でもなお両者の合意がなければ契約は終了しないことになっている点において不合理があることは明らかであるが、その点はひとまず措くとしても、会員は契約を期間満了により任意に離脱する場合においても、被告役員会で免除決議がされない限り解約一時金の名目で最低でも五〇〇万円を支払わなければならないことになっており、この解約一時金の性格は明確ではないといわなければならない。被告は本件会員契約では入会金が原告の場合二一〇万円と安く、毎月のロイヤリティーも売上の0.1ないし0.3パーセントと通常の三〇分の一位と極めて低額であり、被告の経営ノウハウ使用のロイヤリティーの後払い的性格もある等の主張をするが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、また退会後も競業制限条項がないことを考慮しても、脱会しようとする者に五〇〇万円もの金員を支払わせる合理的根拠を見出すことはできない。
以上のような、原告において本件会員契約書に署名した経緯、時期、会員契約一三条に規定された解約一時金の性格の不明確性とそれを支払わせる特段の合理的根拠が窺えないこと、しかもその規定が、一方では会員契約の存続期間が基本的に二年間とされていながら実際には相当程度強い会員契約についての継続強制的性格を有する結果となることなどに照らすと、原告と被告との間において会員契約一三条の解約一時金の定めがあることを理由に原告に五〇〇万円の支払を強制することは著しく正義に反する結果となるといわなければならず、結局、原告と被告との間における右解約一時金の定めは原告の解約の自由や経済的活動の自由を不当に制限するもので公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。
3 そうすると、この点の原告の主張は理由がある。
第二 反訴請求について
一 反訴請求のうち、解約一時金五〇〇万円の請求が理由がないことは前記に述べた事情から明らかである。
二 違約金八〇〇万円の請求について
1 本件会員契約書一四条には「①会員は本契約終了後三〇日以内に自己の費用でグループの名称・サービスマーク等を表示した看板等を一切撤去する義務を負う。②会員が前項の規定に違反した場合には、一工場八〇〇万円の違約金を請求することができる。」との規定があることは当事者間に争いがない。
2 そして、前認定のとおり、原告は平成三年一月二三日付の書面でグループ組織からの退会を通知し、同年二月末日までに日本さわやかグループやホワイト急便などのマークの入ったメイン看板は新しい看板と取り替え、取り外した看板は大宮市内の吉沢テントに保管していたところ、被告会社東京営業所の馬場真治が来て数を確認し、焼却して欲しいと言われたので焼却処分としたこと、また縦長の六尺看板は原告がスプレーを用いてホワイト急便やハート型のマークを塗りつぶすこととし、右期限までにほとんど全部の取次店についてその作業を終わったことが認められる。
しかしながら、証人青木勇造の証言により成立が認められる乙二八、同証言、原告本人によれば、①原告の北本市中央一丁目九二の取次店では平成三年一二月まで「ホワイト急便」の文字とマークの入った六尺看板を用い、②阿部営業所では平成三年四月下旬ころまでメイン看板や営業店玄関ガラス窓にホワイト急便のハート型のマークをそのまま残し、③上尾市原市団地店では平成三年一二月一七日ころまで小さな看板一個の裏面にあったホワイト急便のサービスマークの消去を忘れてそのままにしていたことが認められ、これらの行為は会員契約書一四条の看板等撤去義務に違反していると認められる(なお、同証拠によれば、原告の二、三の店では、メイン看板等に「朝出して夕方バッチリ」の標語を使用していることが認められ、被告はこれをも被告のサービスマーク等の撤去義務違反であると主張するが、右標語は比較的多くのクリーニング店で巷間よくみられることは顕著な事実であり、被告独自のサービスマークとは認め難い。また、原告の鶴ケ島駅前営業所では、メイン看板に被告の従前のサービスマークであるペリカンマークを平成三年四月一九日ころまで使用していたことが認められるが、ペリカンマークについては、昭和六四年から被告において右マークを改めてハート型マークを採用し、従前の看板等については会員において徐々に新しいものに代えるよう指導していたことが認められ、これらの事情に照らすとペリカンマークを残していたことが直ちに被告の日本さわやかグループ組織に損害を与える行為であるとは認定できない。)。
3 ところで、損害賠償の予定や違約金の定めは、その趣旨、内容などから、それによって達せられる債権者の利益或るいは債権者の被ることが予想される損害の程度と比較して、その額が著しく均衡を失すると判断されるときはその一部または全部が公序良俗に違反し無効となると解せられる。
本件の場合、前掲青木証言や原告本人によれば、被告のフランチャイズ方式でのクリーニング業経営には少なくとも一工場二〇ケ所以上の取次店がなければ経営が成り立たないとされていることが認められるところ、被告のサービスマーク入りの看板等を使用することにより営業上の信用やフランチャイズ組織の同一性、統一性が損なわれるのは基本的には各取次店単位であると考えられる。また、被告の定めている実施料(ロイヤリティー)は加入一年経過後は売上の0.1パーセントであり、前掲乙二五、二六号証によれば原告の場合、退会前年の平成二年の売上は三工場で合計約三億六五〇〇万円であったことからロイヤリティーは全体で年間約三六万五〇〇〇円ほど(一工場あたり約一二万円強)であったことが推認される。
これらの事情を考慮すると、損害賠償の予定ないし違約金として各取次店単位での具体的な違反行為を考慮しないまま一律に一工場あたり八〇〇万円もの金員を支払わせることは(この場合には原告の場合に限っていえばロイヤリティーの約六〇年分以上となると考えられる)、被告の予想される損害を最大限考慮したとしても著しく均衡を失しているといわざるを得ない。
4 そこで、適正な違約金の額について検討するに、本件の場合、違反の内容は、原告の三ケ所の取次店において、メイン看板を撤去したもののその附属的地位にある六尺看板や入ロガラス窓のハート型マークを存置したままにしたり、それより更に小さい看板裏面に被告のサービスマークを消去することを忘れていたという、原告の営業全体からみれば軽微なものであることなどを考慮すると、被告の損害を最大限考慮したとしても、原告の違反行為に対するものとしては三〇万円の限度で有効であり、その余の部分は無効と解する。
5 よって、被告の請求は右の限度で理由がある。
第三 結論
以上の次第で、(1)原告の本訴請求は、原告が被告に会員契約一三条に基づく会員契約終了に伴う解約一時金五〇〇万円の支払債務が存在しないことの確認を求める部分は理由があるが、その余の請求は理由がなく、(2)被告の反訴請求は、原告に対し看板等撤去義務違反として三〇万円の違約金の支払を求める限度で理由があるがその余の請求は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官豊田建夫)