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浦和地方裁判所 平成5年(タ)138号 判決

本籍及び住所

愛知県渥美郡<以下省略>

甲事件原告

甲山X1(以下「X1」という。)

右訴訟代理人弁護士

下平坦

本籍

大分県日田郡<以下省略>

住所

埼玉県大宮市<以下省略>

乙事件原告・甲事件被告

乙川X2(以下「X2」という。)

右特別代理人

右訴訟代理人弁護士

新井藤作

金子包典

本籍

福岡市<以下省略>

住所

同区<以下省略>

甲、乙両事件被告

乙川Y1(以下「Y1」という。)

本籍及び住所

Y1に同じ

甲、乙両事件被告

乙川Y2(以下「Y2」という。)

右両名訴訟代理人弁護士

塩谷睦夫

主文

一  昭和六一年九月八日福岡市城南区長に対する届出によりしたX2とY1及びY2との間の養子縁組は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は、甲、乙両事件ともに、これを二分し、その一をX2の、その余をY1及びY2の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 甲事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 当事者の身分関係

(一) X2は、明治四四年○月○日、亡父乙川B、亡母乙川Cの四女として出生した。X2は、婚姻したことがなく、子供を出産したこともない。

(二) X1は、X2の実姉である亡甲山Dの長男である。

2 養子縁組の届出

X2、Y1及びY2は、福岡市城南区長に対し、昭和六一年九月八日、X2を養親とし、Y1及びY2を養子とする縁組の届出をした(以下「本件縁組」という。)。

3 本件縁組の無効原因―意思能力の喪失

X2は、2の当時、意思能力を喪失していた。

したがって、本件縁組は、当事者間に縁組をする意思がないものとして、無効である。

4 まとめ

よって、X1は、本件縁組が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2は認める。

3 請求原因3は否認する。

(乙事件)

一  請求原因

1 養子縁組の届出の記載

X2の戸籍には、X2、Y1及びY2が、福岡市城南区長に対し、昭和六一年九月八日、X2を養親とし、Y1及びY2を養子とする縁組の届出をした(以下「本件縁組」という。)旨の記載がある。

2 本件縁組の無効原因―無断届出

Y1及びY2は、X2の全く知らない間に無断で1の届出をした。

したがって、本件縁組は、当事者間に縁組をする意思がないものとして、無効である。

3 まとめ

よって、X2は、本件縁組が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2は否認する。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一甲事件について

一  請求原因1(当事者の身分関係)について

1  請求原因1(一)(X2の身分関係)の事実は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一一ないし第一四号証、乙第八、第一七ないし第二〇号証により認められる。

2  請求原因1(二)(X1の身分関係)の事実は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第九号証、前掲乙第一七ないし第一九号証により認められる。

二  請求原因2(養子縁組の届出)について

請求原因2の事実は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証(X2作成部分を除く。以下同じ。)、乙第一一号証、前掲乙第二〇号証により認められる。

三  請求原因3(本件縁組の無効原因)について

1  当事者の身分関係及び本件縁組の背景事実について

前掲甲第一、第一一ないし第一四号証、乙第八、第九、第一一、第一七ないし第二〇号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第二ないし第四、第六号証(いずれもX2作成部分を除く。)、第一五、第一六号証、乙第一〇、第一二ないし第一六号証、前掲甲第一一ないし第一四号証により真正に成立したものと認められる甲第八、第九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) X2をめぐる関係者の身分関係は、別紙身分関係図のとおりである。

(二) X2は、長らくEと内縁関係にあり、同人から東京都江戸川区所在のアパート三棟及びその敷地、静岡県伊東市内のマンション等時価十数億円ともいわれる財産を譲り受けたが、Eとの間を含め実子がなく、同人死亡後は同区船堀の自宅で一人暮らしをしていた。

(三) めいのY2夫婦、おいの乙川F(旧姓丙谷。以下「F」という。)とその妻乙川G(旧姓丙谷。以下「G」という。)及びめいの乙川H(旧姓丁沢。以下「H」という。)は、九州地方に居住していてX2と親密な交際はしておらず、X2との接触はほとんどなかった。もう一人のおいである乙川I(以下「I」という。)及びその妻乙川J(以下「J」という。)は、埼玉県内に居住していたが、I夫婦がX2を訪ねて来るなどして年に数回会う程度であった。

(四) このように、X2は、近しい親族がなく、おいやめい及びその配偶者らとの接触も少なかったが、近隣に居住するKとは親しい間柄にあり、日ごろ緊密に交際していたところ、時折訪ねて来るIを快く思わなかったことから、Kに対し、「Iはけちで欲張りな男であり、人の財産をとろうとしている。」、「Iには会いたくない。」などと言って、Iに対する不快感を示していた。

(五) X2(当時七四歳)は、昭和六〇年一一月八日、脳出血のため自宅玄関前で倒れ、意識不明のまま、近隣の人の通報で葛西中央病院に運ばれ、更に三日後の同月一一日、森山病院に転送されて入院した。

(六) そのころ、近親者への連絡も行われ、I、F及びX1は、X2宅から、権利証、有価証券等を持ち出した上、右三名において右権利証等を分担して保管することとした。

(七) X2は、Iの主導で大宮市の同人宅に住所を移転した上、昭和六一年一月末ころ、大宮共立病院に転院した。

(八) X2が大宮共立病院に入院している間に、次のとおりX2を養親とする養子縁組の届出がされた。

(1) 届出日 昭和六一年四月一八日

養子 I及びJ

届出先 大宮市長

(2) 届出日 同年九月八日

養子 Y1及びY2

届出先 福岡市城南区長

(3) 届出日 同日

養子 F及びG

届出先 同市博多区長

(4) 届出日 同年一一月四日

養子 H

届出先 佐賀市長

(九) この間、I及びJの縁組の届出がされた後の同年五月には、近親者らが数回にわたって集まり、Iらの縁組が財産目的ではないことをIに表明させ、財産管理について合意する内容の書面を作成するなどした。

(一〇) Iは、大宮共立病院の医師Lに対し、昭和六一年六月一一日、X2の同年四月一八日の時点における精神状態について、物事の自主的判断及び決定が可能であった旨の診断書の作成を依頼した。

(一一) こうした中、I夫婦は、昭和六二年一月一三日にX2をI宅に引き取った。

(一二) 同年一〇月二日、X2を養親とし、I夫婦の長男である乙川Mを養子とする縁組の届出が大宮市長にされた。Iは、右届出と前後して、(八)(2)ないし(4)の縁組の届出の事実を知った。

2  本件縁組前後のX2の精神状態について

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第七号証により真正に成立したものと認められる乙第六号証及び前掲乙第七号証によると、次の事実が認められる。

(一) X2は、前示のとおり、昭和六〇年一一月八日、大脳左側被殻外側出血のため倒れ、意識不明となり、三日後の同月一一日、開頭による血腫除去手術を受けた。手術後も意識の混濁は持続したが、手術後約四〇日の一二月中旬ころから、やや意識にまとまりがみられるようになった。

(二) X2は、昭和六一年一月中旬ころから、リハビリテーションを受け始め、つかまり立ちは可能であった。同月末ころに大宮共立病院に転院したが、その当時、X2は、運動性の失語と精神活動の低下があり、簡単な会話は理解できていたが、発語は少なく、あっても意味の分からない言葉になってしまう状態であった。そのような言語の機能障害は、脳の思考過程にも影響し、X2は、論理的、抽象的思考が十分に機能していたとはいえない状態にあった。身体的には高血圧、右不全片麻痺の状態が継続し、リハビリテーションも続けられ、右手では簡単な動作ができるようになったものの、歩行はできないばかりか、意欲の障害もあって、体位交換をしないため、じょくそうが生じたりし、おむつも着用し、排せつ、入浴などには介助が必要であった。

(三) X2は、昭和六一年三月から四月上旬ころにあっては、言語障害が軽快し、日時や場所については正確な見当はないものの、知人、おいなどの親戚はある程度認知可能であった。また、自己の身体の状態、今後の療養等について思いをめぐらすことができる程度の精神能力には至っていた。しかしながら、X2は、運動性失語がなお残存し、複雑な会話は不可能な状態が継続しており、その結果、論理的、抽象的思考の障害にも及んでいた。また、このころから意欲の喪失と自発性の欠如が目立つようになり、日常生活は無為で、知的能力も低下しており、複雑な書類の内容を理解することは困難であった。

(四) X2は、昭和六一年四月上旬以降も、その状態にさほどの改善はみられず、言語能力はわずかに軽快したものの、知的能力の回復の兆候はなく、記憶力及び記銘力の障害並びに一般的常識的知能及び抽象的思考能力の低下が緩やかに進行し、昭和六三年五月の段階では、運動性失語状態のほか全般的知能及び判断力の低下を伴う軽度の痴ほう状態にあった。身体的にも、右不全片麻痺の状態がほぼ固定し、歩行は依然不能のままであった。

(五) 一般に、脳卒中の後遺症による機能障害の回復は、手術から六か月以内にピークに達するところ、X2は、その年齢、療養の経過等に照らすと、大宮共立病院に入院中の昭和六一年四月から六月までころが回復のピークであった。

3  本件縁組当時のX2の意思能力について

(一) 1の各事実、特に本件縁組を含む多数の養子縁組が短期間に集中してされるという異常性、また、X2の本件縁組当時の精神状態に関する2の各事実、更には、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一、第二号証及びX2の尋問の結果からうかがわれるX2の支離滅裂な供述の状況をも総合すると、X2は、本件縁組の当時、その知能及び思考力は著しく障害されていて、身分関係及び財産関係に重大な影響を及ぼすこととなる養子縁組の意味、内容及び効果について、これを一通り理解することができるだけの意思能力を有してはいなかったと認めるのが相当である。

したがって、本件縁組は、当事者間に縁組をする意思の合致がないものとして、無効というべきである。

(二)(1) ところで、前掲甲第一〇号証(L作成に係るX2の診断書)

中には、右認定に反する部分があるが、その根拠が明らかでなく、また、前示1、2の各事実に照らしても採用することができない。

(2) 昭和六三年五月一七日当時のX2の精神状態について、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証(N作成に係るX2の精神鑑定書)中には、「物事の判断力、理解力の多少の障害を認めるが、全く出来ない状態ではないが適当な介護と助力が必要である。」との記載があり、また、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一八号証(Nの平成五年(タ)第一四二号事件証人調書)及び弁論の全趣旨によると、Nは、X2を診断した結果、X2は右当時養子縁組の意味を理解することができたと考える旨証言していることが認められる。しかしながら、Nのいう養子縁組の意味を理解することができたとする根拠は、必ずしも明らかでなく、前示1及び2の各事実を前提とするものでもない。しかも、右甲乙号各証によると、NによるX2の鑑定は、X2について、禁治産宣告の適否を判断するに当たり、前記時点で行われたものであるから、これを本件縁組の当時における養子縁組に係る意思能力の存否の判断に直ちに無条件で用いることができないことはいうまでもない。したがって、右NによるX2の診断及び鑑定の結果は、前示(一)の認定を左右するものではない。

(3) 更に、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証(昭和六三年(家)第一一四号禁治産宣告申立事件等審判書)及び弁論の全趣旨によると、浦和家庭裁判所は、昭和六三年七月二二日、X2についての禁治産宣告の申立てにつき、前掲乙第五号証に基づき、心神喪失の常況にあるとはいえず、心神耗弱の状況にあるとして準禁治産宣告をし、これが確定したことが認められるが、このこともまた(2)において述べたのと同様の理由により前示(一)の認定を左右するものではない。

第二乙事件について

一  請求原因1(養子縁組の届出の記載)について

請求原因1の事実は、前掲甲第一号証、乙第一一、第二〇号証により認められる。

二  請求原因2(本件縁組の無効原因)について

前掲甲第一一ないし第一六号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一七号証及び弁論の全趣旨によると、甲第五、第六号証における届出人署名欄のX2の各署名は、X2の自署であることが認められるところ、右各署名と本件縁組の届書(前掲甲第一号証)の届出人署名欄のX2の署名とを対比すると、明らかにX2の自署ではないと認められ、更には、前掲甲第一、第二号証によると、本件縁組の届出についてはFが、X2とF夫婦との縁組の届出についてはY1がそれぞれ互いに他の縁組の証人になっていることが認められる。右の事実に、第一の三1及び2において詳細に認定した各事実を総合すると、Y1及びY2は、X2の知らない間にX2に無断で1の届出をした事実を推認することができる。

したがって、本件縁組は、当事者間に縁組をする意思の合致がないものとして、無効というべきである。

第三結論

以上のとおり、本件縁組の無効確認を求めるX1及びX2の各請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清野寬甫 裁判官 梅津和宏 裁判官 小林邦夫)

<以下省略>

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