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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)804号 判決 1999年10月15日

原告 A野花子

<他3名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 佐々木新一

同 山越悟

被告 医療法人 社団純真会

右代表者理事長 秋谷行男

<他1名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 宮澤潤

主文

一  被告らは、連帯して、原告A野花子に対し金四五八〇万九九六〇円、原告A野一郎、原告A野春子及び原告A野二郎に対しそれぞれ金一五二六万九九八六円並びにこれらに対する平成五年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告A野花子に対し金六四三八万六六六四円、原告A野一郎、原告A野春子及び原告A野二郎に対しそれぞれ金二一四六万二二二〇円並びにこれらに対する平成五年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、水腎症であったA野太郎(以下「太郎」という。)が、被告医療法人社団純真会の開設していたせんげん台病院(以下「本件病院」という。)で巨大肝嚢胞と診断されて、その手術を受けていた際に、一過性の心停止状態となり、それが原因となって転院先で死亡したことに関して、太郎の妻子である原告らが、太郎の死亡原因は、本件病院の担当医師であった被告安井栄一郎(以下「被告安井」という。)の誤診により不必要な手術を行った過失等にあるとして、被告らに対し、主位的に不法行為、予備的に診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案である。

二  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

原告A野花子(以下「原告花子」という。)は太郎(昭和三四年一月三日生、平成五年四月一四日死亡)の妻であり、原告A野一郎、同A野春子及び同A野二郎はいずれも太郎の子である。

被告医療法人社団純真会は病院及び老人保健施設の経営等を目的とした医療法人であって、太郎が本件病院で巨大肝嚢胞の診断・手術を受けた当時、同病院を開設していたものであり、被告安井は太郎が同病院で巨大肝嚢胞の診断及び手術を受けたときの担当医師である。

2  診療契約、太郎の手術・死亡

(一) 太郎は、血尿が出たことから、平成五年一月五日、本件病院で初めて診察・検査を受け、同月八日、右検査の結果により、入院加療を要する巨大な肝嚢胞がある旨の診断を受けた(担当医師は被告安井。)が、実際は、肝嚢胞ではなく、右腎の高度の水腎症であった。

(二) 太郎は、同月一一日に本件病院に入院して、肝嚢胞の治療を受けていたが、同年二月二三日に、肝嚢胞の手術を受けた(以下「本件手術」という。)。

本件手術は当初、腹腔鏡下嚢胞開窓術によって行われていたが、その施術中に、太郎が心停止し、蘇生後は開腹術による手術に変更して続行されていたところ、その操作中に再び太郎が心停止した。太郎が蘇生術によって蘇生した後、小開窓術が施されて本件手術は終了した。太郎は、本件手術の後、意識を回復しないまま、同年三月一六日、東大宮病院(埼玉県大宮市東大宮五丁目一八番所在)に転院し、同年四月一四日に同病院で死亡した。

3  太郎の死因

太郎の死因は、本件手術中の一過性心停止により生じた低酸素性脳症を原因とする就下性肺炎や感染症を伴う全身機能障害であった。

三  争点

本件の主たる争点は、被告安井の過失の有無、被告安井の過失と太郎の死亡との間の相当因果関係の存否、原告らの損害額である。

なお、原告らは被告安井の過失につき主位的主張と予備的主張を行っている。

1  被告安井の過失(主位的主張)の有無、右過失と太郎の死亡との相当因果関係の存否

(原告らの主張)

(一) 診断上の過失(水腎症を肝嚢胞と診断した過失)

被告安井には、必要な検査を行った上で、症状、諸検査結果、画像診断等によって、太郎の疾患を正確に確定する義務があったところ、次の各事実によれば、被告安井は、右義務を怠り、太郎を水腎症と診断すべきであったのに肝嚢胞と誤診した過失がある。

(1) 血尿症状

太郎は、当初血尿の症状があって、本件病院の診察を受けたのであるから、被告安井は当初から太郎の尿路系周辺の疾患を疑うべきであり、血尿の検査により出血部位を判定できた。

(2) CT等の検査結果

初診時(平成五年一月五日)のCT検査結果で、右腎のあるべき場所に右腎が写っておらず、同日のレントゲン検査では腎盂が写っていたこと、同月一九日のDIP(点滴注入腎盂造影法)検査の結果も腎盂の影像であったことからすれば、右腎の疾患を推定すべきであっても、肝嚢胞は推定されない。また、同月二七日のドレナージ治療後のCT検査の結果では、明らかに右腎の疾患が推定される。

更に、同月一一日のCT検査では、嚢胞とされる部分内の隔壁上に造影剤が貯留していることが見られ、造影剤が腎排泄性で全量が尿中に排泄することからすれば、嚢胞とされる部分の内容液は尿であると推測される。

また、本件病院での腹部レントゲン写真の中には、結石と思われる陰影がはっきり写っているものがある。

(3) 細胞診検査等の結果

細胞診検査結果で、「悪性細胞なし。活動性は乏しい」とされ(同月二二日付報告)、次いで「軽度の非定型性細胞が存在する。悪性は弱いと思われますが、追跡を希望する」として(同年二月九日付報告)、断定的所見は避けられ、結局、病理組織検査でも「肝細胞は認められず、一部に軽度の拡張を示す胆管が認められます。別生物ないし寄生的な所見はみられず、悪性はありません」とされた(同月二七日付報告)。

(4) 無水アルコール注入治療の結果

平成五年一月一九日から開始された無水アルコールの注入治療の結果、太郎にはショック状態が現れており、腎機能の低下が発生した。

(5) 不十分な検査

被告安井は、胆嚢造影、血管造影、嚢胞造影、腫瘍マーカー等の必要な検査を行わなかった。

(二) 治療方法選択上の過失(内視鏡下手術を選択した過失)

被告安井には、太郎の疾患について適切な治療方法を選択する義務があったところ、太郎の治療方法として内視鏡下肝嚢胞開窓術を選択した。

しかし、内視鏡下外科手術は、開腹術に比較して病巣の探知が難しく、臓器等に対する術具による侵襲の危険があって、術中偶発症、特に気腹及び空気注入による空気塞栓発生の危険を有している。また、肝嚢胞の内視鏡下開窓術は、本件手術実施当時、その事例の極めて乏しい手術方法であったなど、未だ開発途上の技術であった。

したがって、太郎に施行された内視鏡下肝嚢胞開窓術は、十分な訓練と医療水準、スタッフを準備できる高度の医療機関において行われるべき手術方法であったところ、本件手術当時、被告安井には内視鏡下肝嚢胞開窓術の経験はなく、本件手術の立会医師・麻酔医も同様であったから、太郎の治療方法として、内視鏡下肝嚢胞開窓術を選択するべきではなく、開腹術を選択するべきであった。

よって、被告安井には、太郎の治療方法として内視鏡下肝嚢胞開窓術を選択した過失がある。

(三) 相当因果関係

(1) 太郎の死因とその原因

太郎の死因は就下性肺炎及び低酸素性脳症であり、その原因は、本件手術中の一過性心停止にある。

(2) 診断上の過失(誤診)と太郎の死との因果関係

被告安井は、前記診断上の過失により、水腎症であった太郎を肝嚢胞であると誤診し、客観的に不必要だった本件手術を行ったものである。したがって、右手術を原因とする心停止によって生じた低酸素性脳症、それによって生じた太郎の死は、被告安井の診断上の過失と相当因果関係があり、太郎の死亡による損害は賠償責任の対象となる。

(3) 治療方法選択上の過失と太郎の死との因果関係

(ア) 本件手術中の太郎の心停止の原因

一回目の心停止は、本件手術中の気腹又は被告安井が嚢胞と判断した部分への空気注入(約一四五〇ml)により、炭酸ガスか空気が肝実質あるいは腎実質を通じて血管に混入し、空気肺塞栓を生じたことによる心停止か、気腹及び右「嚢胞」内への空気注入により大静脈が圧迫され、心臓への血液還流が悪化したため心停止した(血液還流障害)かのいずれかである。

二回目の心停止は、自律神経反射による心停止で、一回目の心停止によって太郎の心臓が疲労し脆弱になっていたにもかかわらず、開腹手術が続行されたことを要因として発生したものである。

(イ) 内視鏡下手術の選択と太郎の死との因果関係

被告安井が、開腹術を選択していれば、太郎が肝嚢胞でないことも早期に発見できたであろうし、空気注入による空気塞栓の発生もなかった。また、心停止後に開腹術を行うような危険な手術を行う事態にもならなかった。

したがって、太郎が、二度心停止して、低酸素性脳症となり、それを原因として死亡するに至ったのは、太郎の治療方法として内視鏡下手術を選択した被告安井の前記過失によるものである。

(被告らの主張)

(一) 診断上の無過失

次の各事実からすれば、被告安井が太郎を肝嚢胞と診断したことには過失がない。

(1) 血尿症状について

太郎は無症候性血尿という症状で本件病院に来院し、右血尿の原因疾患としては尿路系の腫瘍性疾患及び、腎嚢胞、萎縮腎、遊去腎で腎の血管異常が考えられたが、初診時CT検査の所見は、多房性の巨大な嚢胞を考えさせるに足りるものであった。この巨大な嚢胞の原因として、肝臓、副腎、腎臓が考えられたが、その巨大さから考えて副腎とは考えられず、また後腹膜の後方にある腎臓、副腎よりも腹腔内にある肝臓が巨大化しやすいものと考えられた。

(2) CT等の検査結果

(ア) 初診時のCT検査において、右腎は写っていなかったところ、それに対しては先天的に無形成(あるいは低形成)、又は腎萎縮を考えたが、その後のCT所見から肝嚢胞に長年月圧迫されて腎萎縮を来したと判断したものである。また、嚢胞内の排液を行ったところ、嚢胞下部に圧迫から解放された腎様な像が出現し、右推定を裏付けるものと考えた。更には、圧迫が強いときにはそれによる褐色尿が出現し、圧迫が解放されると正常な尿となる所見とも一致するものであった。

なお、本件の太郎のもののような巨大な水腎症は稀であるから、一般外科医が初診時のCT画像で肝嚢胞と一義的に考えても不思議はなく、このように考えた場合、その後見解を修正できるものではない。

(イ) 平成五年一月五日施行のDIP検査において、右骨盤腔で膀胱上に石灰化画像が見られていたが、これが尿管下部結石であるとするならば、その部分よりも上部の尿管が造影されてよいはずであるし、結石が尿管内を下降すれば、血尿に前後して疼痛があってしかるべきであるにもかかわらずこれがなかったという事実、そして上部尿管の水尿管症の症状もみられず尿管下部結石とは考えなかった。

(ウ) 同月一九日のDIP検査の結果が腎盂の影像であるのならば、このDIPフィルムにおいて右側(右腎盂と想定すれば)で不連続な樹枝上陰影で、左右、上下、前後から嚢胞様のものに圧迫されている所見で、正中を越えた左側に張り出した嚢胞には全く腎盂様の陰影は存在しなかったために、腎盂と判断できなかったものである。

また、水腎症とするならば拡張した腎盂像が得られ、体左側にも腎盂像が出現してしかるべきであるが、そのような像は認められない。

(エ) 同年二月一六日のCT画像において、十分に排液がされているにもかかわらず、下部において嚢胞に上方から圧迫された右腎様の像が見られ、上部に嚢胞がはっきりと存在していると認められた。

(3) 細胞診検査等について

(ア) 平成五年一月一三日に施行した嚢胞ドレナージにより五リットルの排液があったが、この内容液の細胞診検査の同月二三日付報告書には、「多数の赤血球の中にわずかな炎症細胞を見る他、肝細胞と思われるやや変性した単核で細胞質の広い細胞を認めます」と記載されていた。

(イ) 甲五は、本件手術時に採取した嚢胞壁の一部の病理検査であるところ、嚢胞壁の一部に胆管が見られれば、肝嚢胞は本来胆管由来であるのだから、肝嚢胞として十分な所見である。水腎症に陥った外壁の一部であれば胆管が見られることはない。

(4) 無水アルコール注入治療の結果

無水アルコールの注入治療の結果について、腎機能の疾患を推定される根拠であるとしているが、片方の腎は普通に機能していたのであるから、腎機能の低下を推定させる根拠とはならないのが普通である。

(5) 胆管造影、血管造影の不施行について

侵襲や副作用の伴う検査は必要以上に行うべきでないところ、本件においては、CT、嚢胞内容液の細胞診の結果から肝嚢胞と判断されており、それ以上に患者の負担の大きな検査まで必要であるとは考えられない。

(二) 治療方法選択上の無過失

(1) 嚢胞が大きく腹部膨満感などの臨床症状を呈する肝嚢胞は治療の対象となりうるものであり、また、平成五年一月一九日に純アルコールの注入による嚢胞壁の固定を行い、同月二一日のCTにより効果が認められなかったことから外科的手術に踏み切ったもので、その判断自体には誤りはない。

(2) 内視鏡下肝嚢胞開窓術は、原告らの主張するような事例の極めて乏しい手術方法ではない。

内視鏡による手術は患者に対する侵襲が軽度で体力的な温存が図れるという利点があり、各種モニター等が整備されていれば、一般病院において安全になし得るものであるところ、本件病院には各種モニターが整備されており、被告安井自身内視鏡下で多数の手術をこなしていたのであるから、内視鏡下開窓術を選択したことには過失はない。

(三) 本件手術中の太郎の心停止の原因

本件手術中の太郎の心停止の原因は不明である。

(1) 空気塞栓について

本件手術では粗暴な手技は行われておらず、大出血もなく、また経腹膜的に炭酸ガスが血管に入ることも考えにくいので、血管内にガスが入ったとは考えられない。

また、仮に大静脈系に空気が入ったりしたら心蘇生はあり得ない。

(2) 血液還流悪化について

次に述べるところによれば、血液還流悪化があったとは考えられない。

(ア) 被告安井は、本件手術において、腹腔内圧をコンピューター制御する自動気腹装置によって気腹しており、右装置は一〇mmHgの値に設定されていたから、過大な炭酸ガス圧がかかることはあり得ず、右気腹圧では下大静脈が圧迫されて心停止が起こることはない。

(イ) 平成五年一月一三日に初回ドレナージを行った際、一度に一七五〇mlの排液があったのであるから、仮に原告ら主張のように一四五〇mlの空気注入があったとしても、それにより還流が悪化し、心停止したとするならば、右ドレナージの時点で当然により大きな危険として大静脈の圧迫、血流の遮断が発生していなければならなくなるのであり、原告らの主張は不合理である。

(ウ) 嚢胞の外圧(腹腔内圧)が一〇mmHgに対し、一一mmHg程度で嚢胞は拡張し、操作に不足はなくなるのであり、又、空気注入する際にクランプに用いたペアン鉗子はチューブを完全に遮断できないので、注入した空気はその都度、チューブから体外に漏れるので急速な内圧上昇を起こすことはない。

2  被告安井の過失(予備的主張)の有無、右過失と太郎死亡との因果関係の存否

(原告らの主張)

(一) 空気塞栓症を発生した過失

気腹を行えば空気塞栓が発生する危険性があり、更に嚢胞内に空気を注入すればこの危険性は増大するのであるから、被告安井には、空気塞栓を発生させないように、気腹下で更に嚢胞へ空気注入する必要性が仮に認められる場合には、注入量をなるべく少量にするとともに、常に注入量を確認する義務があった。

それにもかかわらず、被告安井は、右義務を怠り、注入量の確認が極めて不十分なまま太郎の嚢胞内に一四五〇mlの空気を注入して空気塞栓を発生させた過失がある。

(二) 空気塞栓を早期に解消しなかった過失

気腹を行い嚢胞内に空気を注入すれば空気塞栓が起こる危険性があるところ、本件手術中の一五時三〇分に太郎の酸素飽和度が八六という異常値にまで低下したのであるから、被告安井としては、当然に空気塞栓による循環動態の悪化を即時に疑い、直ちに空気注入を中止するとともに、体内の空気を除去して、空気塞栓の進行を防止し、循環動態を改善・復帰させるべき義務があったにもかかわらず、右義務を怠り、漫然と本件手術を続行し、四〇分には太郎の血圧低下をもたらし、四五分ころから徐脈・不整脈の発生を来たし、四七分に心停止に至らしめた過失がある。

(三) 開腹手術への移行とその続行の過失

本件手術中、太郎は全身麻酔下で一度目の心停止となって、心臓及び脳にダメージが発生し、特に心筋細胞のダメージは大きく、再度の心停止が発生しやすい状況になっていたのであり、このような場合には、開腹しなければ直ちに生命の危険のある場合か、手術中止により近日中に重篤な合併症をもたらすと考えられる場合以外は、即刻手術を中止するのが原則であるところ、右のような事情がないにも関わらず、被告安井は開腹術に移行したものであり、また、仮に開腹手術に移行しても右の危険がないことが判明するか、大出血があってもそれを止血した時点で、手術を終了すべきであったにもかかわらず、開腹手術を続行した。

(四) 以上の被告安井の一連の過失により、太郎は二度目の心停止を起こし、その結果、低酸素脳性症となり、死亡するに至ったものであるから、被告安井の右過失と太郎の死亡との間には相当因果関係がある。

(被告らの主張)

(一) 空気塞栓を発生させた過失について太郎の本件手術中の心停止の原因は不明であり、空気塞栓が発生したとはいえない。

(二) 空気塞栓を早期に解消しなかった過失について

被告は、太郎が本件手術中に徐脈になった時点で硫酸アトロピン1Aを麻酔医に投与してもらい、反応を見たが著明な改善が見られなかったため、気腹を中止し、手術操作は中止され、鉗子類は腹腔外へ抜き去り、腹腔鏡は視野の確保のためいつでも中が見える位置とし、空気注入クランプを解除し、減圧するという手順を採ったもので、漫然と手術を続行したわけではない。

徐脈血圧低下の原因を探るべく麻酔医が心臓と肺に絶えず聴診器を当てていたが、異常を示す水車様の聴診音はなく、麻酔深度、モニター、頸静脈の張り具合、眼球のチェック、麻酔器の送排器管の異常、チアノーゼの有無等チェックを行っていたが、異常はなかった。一五時四六分心停止し、心マッサージを開始し、心停止は数秒に過ぎず、また、心マッサージ中は麻酔医が頸動脈拍動を確認している。

(三) 開腹手術への移行とその続行の過失について

開腹術へ移行したのは、既に嚢胞壁を数センチメートル切っており、放置するのは危険であることと、予期せぬ出血の有無の確認も必要であると判断したからである。嚢胞壁切開操作後の出血は気腹下では嚢胞壁内にも起こるものであり、このような出血は腹腔鏡では確認できない。心停止まで起こっている場合にはそのまま放置することは危険であり、原因を求め、取り除くべきものがあればこれを排除するべきである。

3  原告らの損害額

(原告らの主張)

(一) 総損害額 一億三三一〇万六九〇〇円

(1) 逸失利益 八九八〇万六二七三円

(年収六六八万七九三六円、年齢三四歳、新ホフマン係数一九・一八三、生活費控除三〇%)

(2) 慰謝料 三〇〇〇万円

(3) 葬儀費用 一二〇万円

(4) 弁護士費用 一二一〇万〇六二七円

(二) 原告ら各人の損害額

原告花子、その他の原告は、太郎の死亡により、同人を二分の一、各六分の一の法定相続分でそれぞれ相続した。

よって、原告花子は六六五五万三四五〇円、その他の原告は二二一八万四四八三円の損害賠償請求権をそれぞれ有する。

(三) 一部請求

原告らの損害額は右のとおりであるが、本訴訟においては、一部請求として、本訴請求額を請求する。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告安井の過失(主位的主張)の有無、及び右過失と太郎死亡との因果関係の存否)

1  被告安井の診断上の過失について

(一) 太郎の診療経過等

《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

(1) 太郎は、平成五年一月五日、年頭より血尿があり、一年ほど前からあった腹部の圧迫感が強度になったために本件病院外来を受診した。その際、本件病院で、太郎の腎を中心としたCTによる検査、DIPによる検査、血液検査、尿検査が行われた(以下、年を省略したものは平成五年。)。

(2) 被告安井が、一月八日、更に超音波断層撮影検査を行い、諸検査の結果から、太郎を「巨大肝嚢胞」「右腎圧迫にて萎縮」と診断したことから、太郎の本件病院への入院が決定した。

(3) 太郎は、一月一一日、本件病院に入院し、CT、胸部レントゲン検査が行われた。

(4) 太郎は、一月一三日、被告安井に、嚢胞と診断された部分のドレナージの施行を受けたところ、施行中に腹部の圧迫感を感じ、気分の不快感があって、顔面が蒼白になったが、徐々に回復した。

右のドレナージによる排液の細胞診検査を行ったところ、一月二二日に「悪性細胞なし。多数の赤血球の中にわずかな炎症細胞を見る他、肝細胞と思われるやや変形した単核で細胞質の広い細胞を認めますが、活動性は乏しい」との結果が出た。

(5) 太郎は、一月一四日、本件病院の看護婦に、尿の色が普通に戻った旨述べた。CT検査が行われた。

(6) 一月一九日、DIPによる検査が行われるとともに、嚢胞と診断された部分に純アルコール一〇〇mlが注入された。太郎は、直後に灼熱感を、その後、酔っぱらった感じを訴え、従前は特段の不調を訴えていなかったにもかかわらず、以後、頭痛や吐き気等を訴えることがあるようになり、全身又は下肢の倦怠感は一月二五日ころに至るまで継続した。

一月二〇日は脳貧血を起こしたため、アルコール注入は行われなかった。

(7) 一月二一日、CT検査が行われ、その結果、ドレナージが不十分とされた。また、同日、血液の赤血球濃度が上昇し、脱水症状が疑われた。

(8) 一月二二日、同月二一日受付の血液検査の結果、血液尿素窒素(BUN)及びクレアチニンが、それぞれ四七・一、二・二九と上昇したことが判明した(正常参考値はそれぞれ八~二〇、〇・五~一・五)。右の異常な上昇は、一月二七日には正常値に戻った。

(9) 一月二六日、ドレナージのチューブをより太いサイズのもの(一八フレンチ)に変えたところ、被告安井において「充分すぎて恐い位」に感じる量の排液があった。

(10) その後、本件手術までの間、一月二七日、二月九日、二月一六日にCT検査が行われた。

また、一月二九日のドレナージ排液による細胞診検査の結果(二月九日報告)は、「軽度の非定型性細胞が存在する。……異型性は弱いと思われますが、追跡を希望致します。」というものであった。

(二) 水腎症、肝嚢胞、血尿について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 水腎症とは、各種尿路通過障害の結果、尿流停滞により腎盂腎杯の拡張及び腎実質の菲薄化を来した状態をいう。上部尿路の閉塞は疝痛を惹起するが、水腎症といわれる状態での疝痛発作は余り多くなく、鈍痛の方が多く見られる。水腎症は尿路の狭窄の程度とその持続期間によって障害の程度が決まるといわれ、狭窄が徐々に起これば自覚症状も比較的軽微である。なお、水腎内容液が一l以上の場合、巨大水腎症といわれる。

排泄性腎盂造影等により拡張した腎盂腎杯の拡張の描出と尿うっ滞が認められる、腎盂造影で尿路拡張像の終わる個所に閉塞性病変(結石像、腫瘍所見など)が認められるなどにより水腎症と診断することができる。

排泄性腎盂影像では、造影剤排泄能の関係から、点滴注入腎盂造影法(DIP)がよい影像を与える。CTによる水腎症の映像は極めて明瞭である。

(2) 肝嚢胞は、上腹部不定愁訴などで受診することもあるが、無症状で精密検査時に偶然発見されることも多い。主な症状としては、腹部腫瘤が半数近くに認められ、その他、腹痛、腹部膨満感、不快感を訴えることもある。

血液検査では異常の見られないことが多い。腹部単純X線写真では、嚢胞部に一致して石灰化像が見られることがあり、嚢胞の増大に伴い右横隔膜の挙上などが見られる場合がある。エコーによれば、内部が均一なlow echoicな像が得られ、辺縁も円形で均一、平滑である。CTでは、嚢胞内部はlowなwater densityを示し、辺縁は平滑で、enhanced CTでも嚢胞内部、壁ともに変化が見られない。

嚢胞穿刺は、治療目的で行うことが多いが、嚢胞液の細菌検査、細胞診、腫瘍マーカーの測定は忘れてはならない。

(3) 血尿がある場合、臓器別の疾患頻度は膀胱四〇%、前立腺二五%、腎一五%、その他二〇%で、病変部位の確認とその拡がりについては腎膀胱部単純撮影、尿道造影、腎盂造影(排泄性、順行性、逆行性)、超音波断層撮影法、CT、腎動脈造影法などの画像診断を用いる。

また、無症候性の血尿については、腎尿路系の悪性腫瘍、結石、潰瘍、外傷、感染症、糸球体腎炎、異物、腎動静脈瘻、腎血管腫、腎動脈瘤、特発性腎出血がまず原因として考えられる。

(三) 以上認定の事実によれば、太郎が、血尿(無症候性のもの)を理由に本件病院の診察を受け始めた以上、被告安井としては、まずは尿路系の疾患の可能性を考えるべきである。

そして、甲一〇によれば、平成五年一月一一日のCT検査の画像では、被告安井が嚢胞と診断した部分の内部に造影剤が付着・貯留しているのが容易に見て取れるところ、鑑定の結果によれば、右CT検査の際に用いられた造影剤は、腎排泄性で全量が尿中に排泄されることが認められる。そうであれば、造影剤が付着・貯留している部分は、尿の存在する場所であると考えるのが相当であるから、医師である被告安井としては、右部分が肝臓でないことを当然疑うべきである。また、甲一〇により、ドレナージチューブをより太いサイズのものに変え、充分に排液の行われた後の同月二七日のCT画像においては、従来肝嚢胞とされてきた部分と肝臓との境界や、拡張した腎盂様の像が見て取れるほか、甲二〇及び鑑定の結果により本件病院でのCT画像中に太郎の右下腹部に尿管結石と考えてもよい像の写っているものがあることも認められる。

更に、前記認定事実によれば、太郎は、嚢胞と診断される部分に純アルコールを注入されることで、急激に体調を崩し、血液検査にも腎疾患を窺わせるような結果が出ていたものである。

以上を総合的に考えれば、被告安井は、遅くとも本件手術までに太郎が肝嚢胞ではなく水腎症であるとの診断をすることができたというべきであり、それにもかかわらず肝嚢胞であるとの診断を維持し続けた被告安井には右誤診につき過失があったというべきである。

(四) なお、被告らは、初診時のCT画像は一般外科医において一義的に肝嚢胞と考えてもやむを得ないものであり、このように考えると以後見解を修正することはできないから、被告安井は無過失である旨主張するところ、鑑定の結果にも、これに沿うかのようなものが存在する。

しかし、当初の考えが先入観となって後に見解の修正が困難になることは、特に医療に限ったことではなく、医療水準の問題を離れて一般的に起こりうる問題である。

医師は、人の生命及び健康を管理するべき業務に従事する専門職であり、高度の注意義務を負う者なのであるから、当初の先入観により後に見解の修正が困難になることが一般的にあり得るのであれば、逆に常に種々の検査結果等によって当初の見解を検証して、適切な診断を下すべく注意を払う義務があるというべきであり、本件の場合、仮に最初のCT画像が肝嚢胞と考えるのが相当でも、前に認定した諸事実によれば、一般的外科医であったとしても右のように各種検査結果等によって常に自己の当初の見解を検証するべく注意を払っていれば、太郎が水腎症であると見解を修正することは可能であったというべきであるから、被告らの主張を採用することはできない。

その他被告らは、被告安井の診断上の無過失を種々主張するが、前記認定事実に照らして無過失と認めるに足りる事実の存在は認められない。

2  被告安井の診断上の過失と太郎の死との相当因果関係等

(一) 本件手術の経過(太郎の心停止の発生状況)

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件手術は、内視鏡下肝嚢胞開窓術の方式により、平成五年二月二三日午後一時四九分に開始された。

太郎への麻酔は、気管内送管による全身麻酔と硬膜外麻酔を併用する方法によって行われた。右麻酔に先立って心電図、胸部レントゲン写真、血液検査等により太郎の状態が確認されたが、手術をする上での異常はなかった。本件手術では、パルスオキシメータにより動脈血酸素分圧を経時的に記録していたが、カプノメータによる呼気炭酸ガス分圧の測定、前胸部超音波ドップラー装置による空気塞栓の監視は行われていなかった。

被告安井は、太郎の臍の上をその上縁に沿って四センチほど切って、右切開部にカメラを入れ、その部分から炭酸ガスによる気腹をして太郎の腹壁を持ち上げ、その状態で更にカメラによって空間があることを確認しながら小切開を四番目まで行って、右切開部にトロッカーを挿入していった。被告安井は、右の気腹の際、オムニフレータ七五〇〇という機械を使用し、気腹圧を一〇mgHgに設定した。

被告安井は、肝嚢胞と判断した部分に開窓術を施そうとし、三〇~四〇分間にわたって電気メスでの切開を試みたが、ドレナージによる内容液の排液によって、嚢胞と考える部分に皺が生じて、開窓術が困難となっていた。そこで、施術を容易にするために、本件手術の間接介助を務めていた佐藤雄一が、ドレナージに使用していた八フレンチのチューブを通して、肝嚢胞と判断した部分に、注射器状のもの(シリンジ)で五〇CCずつ空気を入れ始めた。

ところが、右の空気の注入を行っている最中、一五時三〇分ころ、太郎の酸素飽和濃度が一〇〇程度から八六程度の異常値に下がるとともに(麻酔中は九五程度が正常値。)、血圧も昇圧剤が必要なほど下がった。ただ、その時に太郎にチアノーゼは見られなかった。

また、同じころ、太郎に徐脈が発生し、引き続いて心室性期外収縮が発生した。太郎の不整脈は更に進行し、心室頻拍が発生した後、心室細動が生じ、それから一、二分ほど経った、一五時四七分から五〇分のころに太郎は一度目の心停止をした。

心停止後、太郎は、気腹装置等を取り除かれた後、薬物の投与や心臓マッサージなどの心蘇生術を施され、一五時五〇分から五五分の間ころ、心停止状態から回復したが、心室細動が発生するなど、心電図上は、なお非常に不安定な状況であった。

ただ、一度、しばらく正常な状態が続いた際、太郎の心停止の原因が「嚢胞」内の出血である可能性を慮った被告安井は、それを放置することは危険であると考えて、開腹して開窓術を続行することとし、太郎の上腹部を八cmほど切開した。

そして、一六時一〇分ころ、被告安井が、嚢胞壁と判断した部分の下縁の上下に二本の支持糸をかけ、下方の支持糸を下方に牽引した際に、太郎は再び心停止した。

そこで被告安井は、直ちに心蘇生術を行い、再び太郎が蘇生したところで、嚢胞と診断した部分に直径三センチメートルほどの開窓術(二個所)を施し、ドレイン二本を留置して、本件手術を終了した。

なお、本件手術では、太郎に大出血はなかった。

(二) 腹腔鏡下手術とその術中偶発症

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 腹腔鏡下手術

腹腔鏡下手術は、低侵襲性手術であって、その創が小さく美容的に優れ、疼痛は少なく、しかも術後の早期離床、早期社会復帰が可能であるという利点がある。

しかし、直視下手術と異なり、ビデオモニターを用いた二次元画像をもとに手術を行うので、手技の習熟及び専用機材の準備を要し、適応に限界があるなどの欠点がある。したがって、腹腔鏡下手術を安全に施行するためには、適切な症例選択、充分な術前管理、各種機材の準備、内視鏡下手術手技の習熟、消化器手術に対する充分な臨床経験等を要する。

(2) 腹腔鏡下手術の術中偶発症等

腹腔鏡下外科手術に共通する術中偶発症として、気腹操作及び気腹に起因する偶発症があげられ、気腹針及びトロッカー挿入時に腸管、腸管膜、主要血管を損傷する危険性、炭酸ガスを送気して気腹を維持する際、腹膜又は手術操作により露出された小血管から炭酸ガスが吸収され高炭酸ガス血症、ひいては塞栓を起こす危険性、気腹操作により呼吸・循環動態が変動する危険性などがある。

ガス塞栓症は、トロッカーや気腹針が直接血管内に入ることにより生じることも、腹腔内に注入された二酸化炭素が間接的に血管内に入って生じることもあるが、大量のガス塞栓症は、気腹針やトロッカーから血管内に直接ガスが注入されたときや、組織が破裂し、大きな血管内にガスが侵入したときに発生しており、前者は気腹直後、後者は手術中に発生する。また、腹腔内に注入された二酸化炭素が間接的に血管に入る頻度は低い。なお、動物実験によれば、静脈内にガスを注入して塞栓症を発症させた場合、空気は、二酸化炭素の約五分の一で同じ致死量となった。

心肺疾患のない全身麻酔患者に一五mmHg以下の気腹を行うと、交感神経反射の亢進、血管床の減少、末梢血管抵抗の増大から、血圧が上昇することが多い。心拍出量は血管内液量により軽度低下、増加、不変の違いを示す。心機能低下患者や二〇mmHg以上の大きい気腹圧、強い迷走神経反射、炭酸ガス塞栓では血圧が低下することがあり、極端な例では心停止に至る。心拍数は、迷走神経反射から徐脈や心停止が、高炭酸ガス血症、ハロセン麻酔下で不整脈が発生しやすい。

迷走神経反射は腹膜、腸管膜等への手術操作による刺激で、不整脈、徐脈、血圧降下、心停止などを来す。

気腹操作により呼吸・循環動態が変動することは稀であるが、元来心機能の低下している症例、高齢者などでは変動する可能性もある。

従来の炭酸ガス塞栓症の大部分は、突然の著しい血圧低下と、徐脈等の不整脈で発見されており、そのモニターとして臨床使用が容易なものは、超音波ドップラー血流心雑音と、呼気炭酸ガス分圧である。

(三) 以上によれば、太郎の死につながる低酸素性脳症の原因である心停止は、一度目は、気腹下において、肝嚢胞とされた部分を電気メスで切開するために「嚢胞」内に空気の注入を行ったことを原因として発生したと推認され、二度目は、一度目の心停止によって心機能が低下している状態において、被告安井が嚢胞壁と判断した部分の下縁を牽引したことを原因とする自律神経反射によって発生したと認めるのが相当である。

鑑定の結果及び証人深尾立(書面尋問)も、太郎の心停止の原因を反論の余地のないほど医学的に特定することはできないとはしているが、同時に、太郎の二度目の心停止が被告安井による牽引の直後に発生していることから、その原因が自律神経反射である可能性を認めており、また、右牽引前の太郎の心機能が不安定な状態にあったことから、容易に心停止につながったことも考えられるとしているものであるから、右認定にほぼ沿うものといえる。

とすれば、太郎の心停止は、腹腔鏡下外科手術に内在する危険性が現実化したことによって発生したといえるから、本件手術における腹腔鏡下手術と太郎の心停止との間に相当因果関係を認めることができる。

そして、巨大肝嚢胞について腹腔鏡手術を行うことが医師としての合理的な裁量の範囲内であれば、被告安井が太郎を巨大肝嚢胞と誤診した過失と、腹腔鏡下手術の実施、ひいてはそれと相当因果関係にある太郎の心停止との間に相当因果関係が認められるし、仮に腹腔鏡下手術の実施が医師としての合理的な裁量外の行為であるとしてもそれは新たに被告安井の過失行為を加えるものに過ぎず、被告安井の責任を阻却するものにはなり得ない。

したがって、被告安井に診断上の過失が認められ、また、本件手術における腹腔鏡下外科手術の実施と太郎の心停止との間に相当因果関係が認められる以上、被告安井には、太郎の右心停止によって生じた太郎死亡の結果について不法行為責任があり、その使用者である被告医療法人社団純真会には同内容の使用者責任がある。

二  争点3(原告らの損害額)

1  原告らはその主張する損害額を立証するべく、右損害額の算定基礎となる太郎の収入について種々の証拠を提出しているが、《証拠省略》により、太郎が日用雑貨商品を大規模小売店舗の店頭で販売する個人事業者であったこと、右事業につき帳簿を作成しておらず、また、税務申告もしていなかったことが認められること、損害額及びその算定基礎となる収入額については相当程度の蓋然性の認められる範囲内で控えめに認定するべきことからすれば、太郎が生存した場合に、原告らの主張する収入額を得たとは直ちに認めがたい。

しかし、《証拠省略》によれば、太郎の最終学歴が工業高校卒であったこと、太郎が、生存中、仕事にまじめで勤勉に働き、太郎及び原告らの家族五人の生活を自らの勤労収入で支えた他、売買代金一五〇〇万円の自宅を昭和六一年一〇月九日に取得し、その死亡に至るまで保有していたことが認められ、以上によれば、太郎が生存すれば、少なくとも、全労働者男子三四歳平均収入相当の収入を得ることができたと認めるのが相当である。

以上によれば、太郎の損害額を次のとおり八三二九万〇八三九円と認めるのが相当である。

(一) 逸失利益 五七〇九万〇八三九円

五〇九万六六〇〇円(平成五年賃金センサス男子労働者三四歳平均収入額)×七〇%(生活費控除三〇%)×一六・〇〇二五(就労可能年数三三年、ライプニッツ係数)≒五七〇九万〇八三九円

(二) 死亡慰謝料 二五〇〇万円

(三) 葬儀費用 一二〇万円

2  弁護士費用

原告らは、太郎の死亡により右の太郎の損害賠償請求権を法定相続分で相続したものであるから、原告花子は四一六四万五四一九円、その余の原告らは各一三八八万一八〇六円の損害賠償請求権を相続したといえる。

本件訴訟において、右を前提とした場合に相当な弁護士費用は認容額の一割とするべきであり、原告花子については四一六万四五四一円、その余の原告らについては各一三八万八一八〇円が相当であると認める。

3  合計損害額

よって、原告らの合計損害額は、原告花子が四五八〇万九九六〇円、その余の原告がいずれも一五二六万九九八六円である。

三  結論

以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく、原告らの請求は、原告花子が四五八〇万九九六〇円、その余の原告らが各一五二六万九九八六円及びそれぞれに対する不法行為成立の日である平成五年四月一四日から支払済みまでの遅延損害金を被告らに請求する限度で理由があるから主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 木本洋子 齋藤大)

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