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浦和地方裁判所 平成8年(ワ)2230号 判決 1998年7月21日

埼玉県大宮市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

池本誠司

岡村茂樹

設楽あづさ

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

主文

一  被告は、原告に対し、金六一五万二〇〇五円及びこれに対する平成八年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇二五万三三四三円及びこれに対する平成三年四月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告の従業員による違法な勧誘行為により後記ワラントを購入し、そのためワラント購入価格相当額の損害を被ったとして、被告に対し、その賠償を求めている事案である。

一  前提となる事実(争いがない。)

1  原告は、平成三年四月、被告川口支店の当時の営業担当職員であったB(以下「B」という。)の勧めにより、USドル建てニッシンセイコウワラント六五ワラント(以下「本件ワラント」という。)を代金一〇二五万三三四三円で購入した。

2  被告は、右契約完了後の平成三年五月上旬、原告に対し、本件ワラントにつき、「銘柄(摘要)ニッシンセイコウワラント五〇〇〇ドル銘柄コードW一四五五(数量)ワラント*六五、新株引受権の権利行使期限は、平成八年四月一八日です。この期間を過ぎますと、証券は無価値となり消却されます。」と記載した預り証(以下「本件預り証」という。)を送付した。

3  本件ワラントは、平成八年四月一八日の権利行使期限の到来により無価値となった。

二  争点

1  Bの原告に対する本件ワラントの勧誘行為は、社会的相当性を欠く違法なものであるか。

2  過失相殺の割合

三  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) ワラントは、新株引受権証券であり、①権利行使期限の定めがあり、この期限を徒過すると無価値となる、②権利行使のためには代金を払い込む必要がある、③株式時価が権利行使価格以上に値上がりしないと権利行使の意味はないが、ワラントの値動きは、株価の変動に比べより複雑で予測困難なものである、④外貨建の場合為替リスクの変動に伴うリスクがある等の特徴があり、商品構造も複雑で危険性が高い商品である。

(二) このような商品を勧める証券会社の従業員は、ワラントの商品構造のみならず、ワラントのパリティやプレミアムなどの価格決定要因についての説明及び権利行使期限の存在等の一般的説明、並びに、行使期限が到来しなくともワラント自体が無価値となることもあることなど将来予想される危険性や取引の具体的な方法(リスク回避方法その他の取引上の選択肢)について説明を尽くし、顧客がその説明を十分に理解して危険を自己の責任において引き受けたものと言いうる場合にのみ、ワラントを購入させる義務を負っている。また、証券会社の従業員は、ワラント取引を開始させた後も、価格動向を迅速に伝えるとともに、早期決済の機会を失うことのないように、顧客に誤解を生じさせる説明を避ける義務を負っている。

(三) 証券会社は、前述のとおり、ワラントのように価格形成の仕組みが従来の投資商品に比べて難解でありかつその投機性も著しく高い商品を推奨するに際しては、投資家の知識、経験に照らして必要な説明及び情報の提供を行うべき信義則上の説明義務があるところ、Bは、原告が株式の現物取引の経験しかなく、ワラント取引については無知無経験であることを知りながら、ワラントについて十分な説明をしないまま、本件ワラントを原告に対し売付け、また、取引開始後も漫然と取引を継続するように説明したため、権利行使最終日に至ったものである。

(四) 過失相殺について

加害者の故意の加害行為と被害者の過失ないし不注意との間では過失相殺を行うべきではないといわれているところ、Bは、原告がワラントの仕組み及び危険性について知識も経験もないことを認識しながら、説明義務を尽くさずに積極的に取引を勧誘したのであるから、こういった故意に近い義務違反を犯したものが相手方の不注意を理由に過失相殺を主張するのは信義則に反する。

2  被告

(一) 原告は、建設会社を経営するものであり、宅地建物取引主任の資格を持ち、多数の株式取引の経験がある。

(二) ワラント取引のような相対売買においては、個々の取引の勧誘時において証券会社と顧客との間に売買契約は成立していないから、原告主張の注意義務を内容とする債権債務の関係はないし、信義則上の説明義務についてもその法的根拠及びその限度が極めてあいまいである。また、ワラントは、新株引受権証券であり、株式や転換社債と同様に商法で規定されているものであって、証券会社が考え出した特殊な商品ではないため、ワラント取引においては、債務不履行上の責任としても不法行為上の責任としても、証券会社に商品の説明義務は存しない。

(三) Bは、平成三年四月一六日、原告を訪問して本件ワラント買付けを勧誘し、その際、原告に対し、旧様式のワラント説明書(乙一二のもの)を示して、ワラントが新株引受権証券であり、新株式を一定価格で購入できる権利であること、ワラントの価格は株式と連動して上下し、値動きは株式より大きいこと、ワラントには権利行使期間がありこの期間をすぎるとワラントの価値はなくなることなどを説明した。

(四) 原告と被告とは、投資顧問契約を締結していないのであるから、原告がワラントを買い付けた後には、被告は、保護預りの義務はあっても売付の時期を指導する義務はない。原告は、自己責任により自ら売付の時期を判断すべきである。

第三争点に対する判断

一  本件ワラントの取引経緯等について

前記前提となる事実、並びに、証拠(甲二、五、証人B(一部)、原告)及び後記該当部分括弧内記載の各証拠によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、埼玉県川口市で○○建設株式会社という従業員一名の建築関係の小規模な会社を経営しているものであり、宅地建物取引主任の資格を有するものである。原告は、昭和五九年から被告を通じて中期国債ファンドや株式の現物取引を始めたが、個人で自由にできる一〇〇万ないし二百数十万円程度の資金で、一回に一〇〇〇株ないし三〇〇〇株程度の株式を売買し、有名企業の株式を中心とした手堅い運用を行っていた(一度五〇〇万円位の資金で株式を購入し、損を出したことがあるが、例外である。)(乙一)。

2  Bは、平成二年一一月に被告の川口支店に異動し、原告を担当することになった。原告は、同三年三月一一日、Bの勧めで、イギリスの会社の株式を購入したところ、数十万円という少額の投資額ではあるが短期間にかなり儲かったため、Bを信頼するようになった。そのため、原告は、同年四月一五日にも、五〇〇万円でレインボーファンドという名称の株式投資信託を購入した。

Bは、その翌日の四月一六日の午前中に、原告の事務所を訪れ、原告に対し、原告が午後現場に出る前の準備作業、電話連絡等をしている合間に一五分から二〇分程度ワラントについて説明し、本件ワラントの購入を勧めた。原告は、ワラントについての説明を聞くのはこのときが初めてであった。

Bは、「新規発行ドルワラント情報 W1455 日新製鋼#2」と題するB4の大きさで一頁のフリント(甲四のもの。以下「本件プリント」という。)を持参したが、本件プリントには、本件ワラントについて、その上段に、発行額一八〇〇〇万ドル、発行日九一年四月二五日・主幹事野村、行使価格七六四円」などの記載があり、その下段には日新製鋼の株価のチャート及び財務諸表の数字の一部が印刷されていたが、株価のチャートは、同社の株価が、平成元年一二月ころに一四〇〇円弱であったものが下落し、同二年九月から同三年一月ころまでは六〇〇円ないし七〇〇円位を低迷し、その後少し上向いていることを示すものであった(甲四)。

Bは、原告に対し、ワラントは新株引受権証券で予め一定の値段で権利行使価格が決まっていること、株式に比べ値動きが激しいことなどの説明をしたうえで、本件プリントを示しながら、その余白に、平成三年四月一二日の日新製鋼の株価が七六〇円であり、パリティがマイナス〇・五三であること、及び、株価が短期間に下がった価格の半値くらい戻すことを意味する「二分の一戻し 九三八円」と記載し、日新製鋼の株価が前記のとおり短期間で急落しているため、その株価が二分の一戻しで九三八円になれば、パリティが二三・〇六になり、プレミアムを含めれば、本件ワラントの時価が二四から四八に上がることなどを記載して説明し、ワラントが株式の値上がり幅に比べ大きな割合で値上がりすることなどを説明したが、株価が値下がりしたときの本件ワラントの価格すなわちプレミアムの変動についての説明はしていない(甲四)。

すなわち、ワラントの価格は、現在の株価と権利行使価格との差額によって算出されるパリティと、今後の株価変動の気配ないし期待や、ワラントの需要と供給の事情、権利行使期限までに変動が生ずる可能性などの複雑な要因によって形成されるプレミアムを加味することによって形成されるのであるが、Bは、右のようなパリティやプレミアムなどのワラントの価格形成の複雑な仕組みについては原告が理解できるような十分な説明をしておらず、特に、購入時点でマイナスパリティであった本件ワラントの価格が、日新製鋼の株価がさらに下落した場合にどのように決定され変動していくかについての説明、例えば、マイナスパリティのワラントの価格は、プレミアムによって形成されており、権利行使期間内であっても、株価が上昇する気配ないし期待が薄くなるとプレミアムが大きく下落することがあること、及び、右のような場合、権利行使期間内であっても、実際上新株引受権を行使するチャンスが全くないままワラントの権利行使期限を過ぎ、ワラントが無価値になることもあることが理解できるような説明などは全くせずに、単に、ワラントが株式の値上がりに比べ大きな割合で値上がりするとの前記のような説明と「四月に買えば、連休中に値上がりするから、五月には売って儲けましょう」などという説明を短時間に行った程度であった。そのため、原告は、ワラントについて、通常の株式の売買に比べハイリスクハイリターンな商品であるとの抽象的な認識を持った程度であり、パリティやプレミアムなどのワラントの価格形成要因についての理解を全く欠いたまま、短期間で売買すればワラントもそれほど危険なことはないと考え、本件ワラントを購入することにした。しかし、原告は、これまで一〇〇万円ないし二百数十万円の資金で株式の現物取引をしてきたことなどから明らかなように、ワラントの持つ複雑な価格形成の仕組みとその危険性について十分な説明を受けていれば、原告が従来なしてきた取引に比べれば極めて高額である一〇二五万三三四三円を支払って極めてリスクの高い本件ワラントを購入することはなかったものである。

なお、Bは、右当日、本件プリントを持参して説明したものの、ワラントの説明書については、これを持参するのを忘れたため、後日、被告作成の「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙一三を縮小して二頁ずつコピーしたもの)を原告に郵送し(甲三の1・2)、また、同説明書末尾添付の「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」については、同月一七日、被告の川口支店の書類受渡し係りのCが原告の事務所に持参して、原告の署名押印を求め、原告がこれに署名押印している(乙七、一四)。

3  原告は、本件ワラントの代金を平成三年四月二六日に払込み、その後の同年五月上旬に本件預り証を受領した。

4  原告は、Bが言っていた連休明けの平成三年五月七日ころ、本件ワラントの価格を見たところ、一七万円位値下がりしていたため、Bに連絡したところ、「もう少し待って下さい」という返事であったため、様子を見ていた。しかし、本件ワラントの価格は、同年七月末には、六〇〇万円以上も値下がりしていたため、原告が驚いてBに電話したところ、曖昧な返答が返ってくるだけであった。

原告は、同年八月末には、日新製鋼の株価も低迷し、本件ワラントの価格が二六七万四四二五円まで値下がりしたことを知り、同年九月には、現状の株価では本件ワラントの権利行使ができる可能性はなく、かつ、株価がそのまま値上がりすることなく権利行使期限が過ぎれば、本件ワラントが無価値になり投資額の全額を失うことになることを前記説明書等で確認したため、同年九月三〇日にBを呼びだし、本件ワラントがこのように急激な値下がりをする可能性もあることについての説明や、ワラントについては権利行使期限があり、投資額全額を失う可能性があることについて説明がなかったことを怒り、これに対し、Bは、原告の要求に従って土下座して謝罪し、運転免許証のコピーを交付した。

5  平成三年四月から七月にかけての本件ワラントの価格及び日新製鋼の株価は、別表のとおりであり、株価が権利の行使価格である七六四円を上まわっているのは、僅かに五月二三日、二四日、三一日の三日間だけであり、後は、株価が権利行使価格を下回っている。本件ワラントは、別表のとおり、購入時からパリティがマイナスであり、その価格は、購入当初からプレミアムによって形成されていたため、同年六月の僅か一ヶ月間で、株価が七六二円から六〇〇円まで値下がりしている状況下で、本件ワラントの価格が、二一・五から八・五まで急激に値下がりした。

そして、本件ワラントの価格は、同年七月末には九・〇〇(時価評価額四〇三万〇六五〇円)、同年八月末には六・〇〇(二六七万四四二五円)となり、その後は同年一二月末には三・〇〇(一二三万〇四五〇円)となり、同四年一一月末には一・二五(五〇万六七九七円)、同五年二月末には〇・二五(九万五六七二円)まで下がり、同六年一月末には二・七五(九八万二二三二円)、同七年一月末には〇・二五(八万〇〇七二円)、同八年一月末には〇・〇一(三四八八円)となっていること(乙一〇の1ないし30)から明らかなように、原告が本件ワラントを購入した僅か二ヵ月後には、本件ワラントの価格が暴落しており、権利行使期限である平成八年四月一八日よりはるか以前の平成三年一二月末には既に手の打ちようがない状態になっているものである。このように、本件ワラントの右の価格変動からも明らかなように、購入当初からマイナスパリティであった本件ワラントの価格は、「株価に連動して株価よりも値動きが大きい」等という表現では到底説明できないほど激しいものであった。

6  以上の事実が認められる。

なお、証人Bは、「Bが平成三年四月一六日、原告のもとを訪れたとき、(一)乙一二の説明書を持参して説明した、(二)株価が下がったときのことも説明した、(三)本件ワラントについては、平成八年四月までの権利行使期限までに権利を行使しないと権利が消滅することも説明した、(四)原告のところには、車での移動時間も入れて一時間か一時間半位いて説明した」旨証言する。しかし、右(一)については、乙一二の説明書は、古いものであり、被告においては、一年も前から乙一三の説明書が使用されていたものであるから(証人B)、Bが乙一二の説明書を持参して説明したというのは不自然であるし、また、Bが本件プリントを用いて説明したことは明らかであるから、短い時間内に本件プリント以外にも乙一二の説明書を説明するということは考えにくく、右(一)の証言は、原告の供述に照らしても採用することができない。また、右(二)及び(三)については、本件プリントには、株価が二分の一戻しになったときについての計算式の記載はあるが、株価が下落したときについての計算式の記載はないものであり(甲四)、また、本件ワラントのようにマイナスパリティのワラントについて、株価が下落したときの状況は、右5に認定したとおり悲惨なものであり、仮に、Bが原告に対し株価が下落すれば、ワラントの価格がプレミアムにより占められているため大幅に下落することもあり、この場合、実際上権利行使期限まで権利行使のチャンスがほとんどなく、かつ、権利行使期限を徒過すれば、投資金額全額を失うこともあるとのワラントの危険性について具体的な説明までしていれば、これまで手堅い現物取引を中心としていた原告が一〇〇〇万円以上の投資をして本件ワラントを購入することがなかったことは明らかであるから、平成三年九月三〇日の原告の抗議に対しBが土下座までして謝罪したことなどの前記の経緯からしても、右(二)及び(三)のBの証言は、これを採用することができない。さらに、(四)の証言については、原告は、仕事中であり、Bが証言するような長時間の説明を受けたとも考えにくい。したがって、前記認定に反する右(一)ないし(四)の証人Bの証言は、いずれも採用することはできない。

二  本件ワラントの勧誘行為の違法性について

1  証券取引においては、市場価格の変動を確実に予測することは不可能であり、証券会社ないしその従業員から提供される情報も将来の経済情勢等の不確定な要素を含む将来の見通しにとどまるものであるから、投資家としては、証券会社から提供された情報については、右のような不確実性を前提として、基本的には自らの責任で、当該取引による利益や危険性について判断し、その責任において取引を行うか否かを決すべきものである。

しかし、証券会社は、一般投資家と比べ、証券取引に関して専門家として豊富な知識、経験、情報を有しており、投資家もこれを信頼して取引を行っていることに鑑み、投資家に対し、当該取引による利益や危険性に関する的確な情報を提供し、投資家の判断を誤らせ予想外の過大な危険を負担することがないように配慮すべき義務がある。

したがって、証券会社及びその従業員は、投資家に対し、投資家が自主的判断に基いて当該証券取引を行うか否かを決することができるように、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益や危険性に関する的確な情報提供や説明を行うべき信義則上の義務を負うものというべきであり、証券会社及び従業員が、右義務に違反して取引勧誘を行ったために、投資家が損害を被ったときは、不法行為を構成し、右損害を賠償する責任があるというべきである。

特に、証券会社は、ワラントのように一般の株式取引とは著しく異なる仕組み及び危険性を有するものを、その知識、経験のない投資家に販売する場合においては、投資家が自己責任に基づいて損益及びその危険性を判断し売買を決定できる前提条件を確保するために、ワラントの価格形成の仕組み及びその危険性を具体的に説明する義務を有するというべきである。

すなわち、ワラントの価格は、株価に連動する理論価格(パリティ)だけでなく、今後の株価変動の気配ないし期待や、ワラントの需要と供給の事情や、権利行使期限までに変動が生じる可能性などの複雑な要因によって形成されるプレミアムを加味することによって決定されるものであり、例えば、株価が権利行使価格をかなり上回りワラントの価格の多くの部分をパリティが占める場合には、株価に連動する傾向が相対的に高いといえるが、本件ワラントのように株価が権利行使価格を下回る場合はパリティはマイナスとなり、ワラントの価格は前記のような不確定要因によるプレミアムがすべてを占めることになる。

したがって、ワラントの仕組み及び危険性に関する説明としては、①「ワラントの価格は、株価に連動して株価よりも値動きが大きい」との説明だけでは不十分であり、ワラントの価格は、現在の株価と権利行使価格との差額によって算出されるパリティと、今後の株価変動の気配ないし期待や、ワラントの需要と供給の事情、権利行使期限までに変動が生ずる可能性などの複雑な要因によって形成されるプレミアムを加味することによって形成されること、及び、本件ワラントのようにマイナスパリティのワラントの購入を勧める場合には、ワラントの価格は、前記のような不確定要因によって変動するプレミアムにより形成され、したがって、株価が権利行使価格より上昇する場合はよいとしても、株価がマイナスパリティの状態からさらに下落し、将来的にも権利行使価格より上昇する気配が伺われない場合には、プレミアムすなわちワラントの価格は短期間に大きく下落するおそれもあることなどのワラントの価格形成の仕組みを投資家が具体的に理解できるような説明をする必要があるというべきである。また、②「権利行使期限があり、これを経過するとワラントは無価値になる」との説明は当然必要であるが、これもワラントの価格変動の仕組みと一体として理解できるように説明すべきであり、前記のように株価が権利行使価格を下回り、かつ、ワラントの価格すなわちプレミアムが著しく下落している場合には、権利行使期限の数年前であっても、権利行使のチャンスが全くないまま権利行使期限が到来するのを待つだけの状態になるとの危険性もあることが理解できるような説明をすることが必要である。

2  前記一認定の事実によれば、原告は、小さな企業を経営しているものではあるが、これまでは、一〇〇万円から二百数十万円の範囲内で有名企業の株式の現物取引を手堅く行ったり、投資信託を行ってきただけであり、これまでにワラントの取引を行った経験もワラントについての知識もないものであった。

被告の従業員であるBは、原告の右のような証券取引に関する経歴に照らせば、ワラントの取引を勧めるに当たっては、前記のようなワラントの特徴、ワラントの価格形成の仕組み(パリティとプレミアムによりワラントの価格が形成され、本件ワラントのようにマイナスパリティのものについては、プレミアムによりその価格が形成されていること、及び、プレミアムが形成されていく前記のような仕組み、要因)、及び、権利行使価格と権利行使期間の意味など前記1に記載した内容について、最悪の場合にはどのような事態になるかも含めてその内容を分かりやすく、明確に説明すべき義務があるというべきである。

しかし、Bは、実際には、前記一で認定したとおり、ワラントがハイリスクハイリターンの商品であることは簡略に説明したものの、マイナスパリティであった本件ワラントについて、その価格形成の仕組みを具体的かつ詳細に説明しておらず、単に、株価が「二分の一戻し」の状態まで上昇した場合についてパリティが上昇するとの簡略な説明をしただけで、株価が下落した場合のプレミアムが形成される仕組みについて何らの説明をしなかったものであり、これにより、原告においては、本件ワラントの危険性について十分に理解することなく、本件ワラントの取引を行ったものと認められる。

以上によれば、被告の従業員であるBは、原告に対し、本件ワラントを勧誘するに当たって、原告の従前の証券取引の経歴等と本件ワラント取引の危険性、複雑性に照らして、原告が本件ワラントの仕組み及びその危険性について的確に認識し、自己責任の原則に基づき自主的な判断ができるように明確かつ具体的な説明を行うべき信義則上の義務に違反して本件ワラントの取引行為の勧誘を行ったものであり、その勧誘行為は違法であるといわざるを得ない。したがって、被告は、右の違法な勧誘行為により本件ワラント取引を行いその損害を被った原告に対し、民法七一五条に基づき、その損害を賠償すべき責任がある。

なお、被告は、原告に対し、前記一認定のとおり、本件ワラントの売買がなされた後、取引説明書を送付しているが、ワラントの取引終了後にこのような説明書を送付しても、Bの事前の説明が簡略なものであった以上、被告が前記の説明義務を履行したことにならないことはいうまでもない(もっとも、ワラントのように複雑な仕組みの証券取引については、単に事前に取引説明書を送付しただけでは、投資家の職業、証券取引の経歴その他に照らし、説明が不十分となる場合が多いであろう。)。

三  損害の額

1  損害

前記認定の事実によれば、原告は、Bの右不法行為により、本件ワラントを購入し、平成八年四月一八日に権利行使期限を経過した結果、一〇二五万三三四三円の損害を被ったことが認められる。

2  過失相殺

原告は、証券取引を行う以上、基本的には自分自身の判断と責任においてこれを行うべきである。また、原告は、前記一認定事実によれば、Bを信頼して、ハイリスクハイリターンな商品であることまでは抽象的に理解したうえで本件ワラントを購入したものであるが、従前の投資金額に比べればかなり高額な金額を投資するのであるから、その価格形成の仕組みとその危険性についてより慎重に検討すべきであったのであり、Bを単純に信頼して、ワラントの複雑な価格形成の仕組みを理解しないまま本件ワラントを購入したことについて、投資家として十分な注意を払わず、慎重な姿勢を欠いたものということは否定し得ない。

しかし、被告の従業員であるBについては、前記のような説明義務違反が認められるのであり、株価の二分の一戻しを前提とした説明をしていることなど本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、原告の損害額の四割を減ずるのが相当である。したがって、原告の損害額は、六一五万二〇〇五円となる。

3  遅延損害金の請求について

不法行為の遅延損害金の起算日については、その損害の発生日というべきところ、本件ワラントの購入日は、平成三年四月二六日であるが、本件ワラントの権利行使期限が経過して権利が失効したのは、平成八年四月一八日であるから、権利失効日に本件ワラント購入代金相当額の損害が生じたものと認められる。

なお、原告は、証券会社が顧客との間で売買取引の取次を行うに伴って、委任者である顧客に対して善良なる管理者の注意義務を負い(商法五五二条二項)、これは取次の勧誘においても付随義務として負うものであるから、証券会社の勧誘方法の違法行為は、善管注意義務違反に基づく債務不履行を構成するとして、年六分の割合による遅延損害金の支払を請求しているが、ワラント取引は、取次ではなく、相対売買であるから、原告と被告とは、売買の当事者の関係になるのであり、取次及び委任を前提とする善管注意義務を理由とする主張はその理由がない。

五  よって、原告の請求は、原告が被告に対して、損害賠償金六一五万二〇〇五円及びに対する平成八年四月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 設楽隆一)

<以下省略>

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