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浦和地方裁判所 平成8年(行ウ)19号 判決 1999年6月28日

原告

川上定雄

外七名

右原告ら訴訟代理人弁護士

内田雅敏

芳永克彦

吉田健

被告

埼玉県教育委員会

右代表者委員長

長谷川肇志

右訴訟代理人弁護士

鍛冶勉

加村啓二

被告

埼玉県人事委員会

右代表者委員長

新井修市

右訴訟代理人弁護士

関口幸男

右指定代理人

手塚明正

外二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告埼玉県教育委員会が、平成二年五月二三日付けで原告らに対してした戒告の各懲戒処分をいずれも取り消す。

2  被告埼玉県人事委員会が、平成八年四月二三日付けで原告らに対してした別紙審査請求事件目録記載の各事案についてした「処分者が平成二年五月二三日付けで上記審査請求人らに対して行った戒告処分をいずれも承認する。」との各裁決をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、いずれも埼玉県の教育職公務員であり、平成二年三月八日当時、埼玉県立福岡高等学校(以下「福岡高校」という。)の教諭の職にあった者である。

2  原告らに対する懲戒処分

被告埼玉県教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)は、平成二年五月二三日、原告らに対し、それぞれ、「原告らが平成二年三月八日(木)午前一〇時五〇分ころ、校長の指示、命令がないにもかかわらず、「生徒ならびに保護者の皆さんに訴えます。」という印刷物を担任する学級の教室で、同組の生徒に配布するとともに、同組の生徒に放課を指示し、同日実施することになっていた卒業証書授与式の予行練習及び生徒に対する指導を行わなかった(以下「本件行為」という。)。このことは、地方公務員法第三三条及び第三五条に違背するものであり、教育公務員として許し難い。」という処分事由で、それぞれ戒告の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  本件処分の違法性

(一) 原告らには、次のとおり信用失墜行為及び職務専念義務違反はないから、これを理由とした本件処分は、違法である。

(1) 原告らが本件行為に及んだのは、平成二年三月九日に実施される第一五回卒業証書授与式(以下「本件卒業式」という。)に「日の丸」が掲揚されることに伴う混乱を回避するためである。すなわち、同月八日午前一〇時五〇分ころ、原告らがそれぞれ担任となっている学級の生徒に対し、印刷物(以下「本件印刷物」という。)を配布した上、放課を指示したので、同月八日の第三及び第四時限に実施が予定されていた予行練習(以下「本件予行練習」という。)及び生徒に対する指導は、行われなかったが、その後、原告らが福岡高校学校長江野祐一郎(以下「江野校長」という。)に対して説得したことにより、江野校長は、本件卒業式で「日の丸」を掲揚することを撤回し、本件卒業式は、厳粛に滞りなく行われ、その結果、生徒の保護者らの原告らを含む福岡高校職員らに対する評価は、これまで以上に高まった。したがって、本件行為は、むしろ正当なものとして評価されるべきものであるから、教育に対する信用を失せるものではなく、信用失墜行為に該当しない。

なお、平成二年三月八日午前一二時四〇分、福岡高校の生徒の保護者の一名から、福岡高校に対し、本件印刷物について問い合わせの電話があったが、右電話の内容は、本件行為に対する抗議ではなく、事態がよく把握できないという不安を主として訴えるもので、原告国井啓之(以下「原告国井」という。)が、右問い合わせに対し、約二〇分間、懇切に事情を説明し、さらに、福岡高校職員らは同校の生徒のことを第一に考えていることについて説明をしたところ、右保護者には、納得してもらったし、それ以外、福岡高校の生徒や保護者等から、本件行為についての抗議等は、一切なかった。

(2) また、原告らは、各担任学級の生徒に対し、本件印刷物を配布し、放課を指示した後も、本件卒業式を混乱なく実施するために、江野校長らと話し合う等、誠実に教育活動を行い、職務に専念していたから、職務専念義務違反はない。

(二) 本件行為は、次のとおり正当な行為であるから、本件処分は、裁量の著しい逸脱であり、違法である。

(1) 我が国の学校教育現場では、かつて「進め日の丸鉄兜」と唱われ、日本が行ったアジア・太平洋への侵略戦争の象徴として使用された「日の丸」、あるいは主権在民、民主主義の理念と相容れない天皇大権の「君が代」は、学校教育にふさわしくないとされたことから、戦後、「日の丸」の掲揚や「君が代」の斉唱は行われていなかったが、文部省は、昭和三三年、小中学指導要領を全面改訂し、「祝日の儀式では国旗掲揚、君が代斉唱が望ましい。」と定めて学校教育の場に再び「日の丸」、「君が代」を持込み、さらに、昭和六〇年の文部省初等中等局長通達において、「日の丸」、「君が代」の徹底を求め、平成元年には、学習指導要領を「入学式や卒業式においては国旗掲揚、国家斉唱を指導するものとする。」と改訂して、「日の丸」掲揚及び「君が代」斉唱を義務化し、違反者を処罰して、「日の丸」、「君が代」の強制化を進めた。

しかし、「日の丸」、「君が代」が持つ歴史的意味に照らすと、日本が行ったアジア・太平洋への侵略戦争の象徴として使用された「日の丸」や、天皇主権から国民主権へ国家原理が変わった我が国において「天皇の世」として唱われていた「君が代」を学校教育の場で強制することは到底許されないし、これを強制することは、昭和二〇年八月一五日、ポツダム宣言を受け入れて、それまでとは異なる国家原理に基づいて再出発しようとした理念に反する。

(2) 原告らは、本件卒業式を含む学校行事等において、「日の丸」を掲揚し、「君が代」を斉唱することに反対してきたが、江野校長は、本件卒業式の前日である平成二年三月八日まで、一貫して、職員会議の意思を尊重する態度を示し、少なくとも事前に原告らを含む職員との話し合いを経ない限り、「日の丸」の掲揚は行わないことを約束、実践してきた。そして、本件卒業式に関しても、江野校長は、「日の丸」の掲揚に反対する職員らに対して、先生方の意向を尊重する旨返答する等、一貫して「日の丸」を掲揚しない旨の言動を取っていたため、原告らは、江野校長の右言動から、本件卒業式において「日の丸」の掲揚は行われないものと信じていた。

ところが、江野校長は、平成二年三月八日の朝会において、原告らを含む福岡高校の職員に対し、突然、本件卒業式で「日の丸」を掲揚することを申し渡した。原告らは、江野校長が、突然、本件卒業式に「日の丸」を掲揚することを決定したことについて、本件予行練習後に予定されていた職員会議及び翌日の本件卒業式が混乱して正常に行われなくなることが強く予想されたため、江野校長に対し、「日の丸」の掲揚を撤回するよう求め、説得する必要が生じた。そこで、原告らは、本件予行練習が実施される前の右同日午前一〇時五〇分ころ、それぞれが担任する学級の生徒に対して、本件印刷物を配布し、さらに生徒らに放課を指示し、本件予行練習を行わなかった。

(3) 学校教育現場においては、教員の裁量によって、文書の生徒への配布や、実情に応じた授業計画の変更が頻繁に行われており、福岡高校でも、同様の取扱がされていた。そして、本件のように、本件卒業式の前日に、「日の丸」を掲揚することが、突然決定され、本件卒業式において「日の丸」の掲揚に伴う混乱が生じることが予想される事態が生じた場合、江野校長と話し合って、「日の丸」の掲揚の撤回を求め、本件卒業式を混乱なく円滑に進行させるために本件予行練習を中止した行為は、実情に応じた計画の変更として、教員の裁量の範囲内の行為であり、また、本件印刷物は、教育に密接に関連する文書であるから、本件行為は、学校運営上、何ら問題とされるものではない。

しかるに、被告教育委員会は、「日の丸」と「君が代」の教育現場への押しつけを強硬に進めていた政府、文部省及び埼玉県議会の議員の一部の意に迎合して、これをさらに推進するために、「日の丸」及び「君が代」に反対する教員への見せしめのために、殊更原告らに対し本件処分をしたのであり、本件処分は、その裁量を著しく逸脱して違法である。

(三) 本件処分には、次のとおり手続に違法がある。

公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に対して重大な結果をもたらすものであり、憲法三一条に基づき、事前の告知・聴聞手続が不可欠である。本件のように、被告教育委員会が、原告らに対し、本件行為について処分をする場合には、被告教育委員会は、原告らがそのような行動をするに至った経緯、原因、動機等の事情を調査して、これらの事情を正確に把握した上で、処分をするかどうか十分吟味しなければならない。

被告教育委員会の事務局である埼玉県教育局(埼玉県教育局組織規則二条一項、以下「教育局」という。)の職員らが、平成二年三月二九日、本件行為の調査に福岡高校に赴いた際、原告らは、右職員らに対し、本件行為をするに至った経緯、原因、動機等の調査を求め、福岡高校の職員全員でその説明を行いたいと申し入れた。しかし、右職員らは、これを拒否し、わずか外形事実の有無について事実を確認したのみであって、この程度の聞き取りだけでは、およそ事前の告知・聴聞手続が実践されたとはいえない。よって、本件処分は、事前の告知、聴聞の手続が実践されていないという手続上の瑕疵により、違法である。

4  審査請求及び裁決

原告らは、平成二年七月二日、地方公務員法四九条の二第一項に基づき、被告埼玉県人事委員会(以下「被告人事委員会」という。)に対し、別紙審査請求事件目録記載のとおり、それぞれ本件処分について審査請求を申立てた(以下「本件審査請求」という。)が、被告人事委員会は、本件審査請求に対し、平成八年四月二三日、本件処分をいずれも承認する旨の裁決をした(以下「本件裁決」という。)。

5  本件裁決の違法性

渡邉圭一(以下「渡邉」という。)は、本件審査請求の審理の係属中である平成七年一〇月一六日、被告人事委員会の委員に就任し、本件審査請求の審理を行った。

しかし、渡邉は、本件行為の日である平成二年三月八日当時、教育局指導部次長の地位にあり、原告らが被告人事委員会の審査において重要な争点としていた被告教育委員会による「日の丸」の押し付けにおいて重要な役割を果たすとともに、江野校長による事故報告書等の提出に関する指示や、原告らに対する事実確認等を指揮監督する立場にあった。よって、渡邉は、本件審査請求を審理する被告人事委員会の構成員として、判断の中立公正を期待することができず、被告人事委員会の構成員に加えられてはならない。原告らは、被告人事委員会に対し、本件審査請求を審理する人事委員の構成員から渡邉を排除するよう求めたが、被告人事委員会は、これに応ずることなく、渡邉を人事委員としたまま審理を行い、本件裁決を行った。

したがって、本件裁決は、本来審理に関与することができない委員が審理に関与しており、違法である。

6  よって、原告らは、被告教育委員会に対し、本件処分の取消しを、被告人事委員会に対し、本件裁決の取消しをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は、認める。

2  同3(一)のうち、原告らが、平成二年三月八日午前一〇時五〇分ころ、それぞれが担任する学級の教室において、担任学級の生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示し、本件予行練習の実施及び生徒の指導を行わなかったことは、認め、その余は、否認ないし争う。

3  同4は、認める。

4  同5のうち、渡邉が原告ら主張のとおり、被告人事委員会の委員に就任し、本件審査請求の審理について関与したことは認め、その余は、否認ないし争う。

三  被告の主張

(被告教育委員会)

1 処分事由該当性

卒業式の予行練習を行うことは、卒業式に関連した学校行事の一つであり、江野校長は、平成二年三月八日の第三及び第四時限において、本件予行練習を行うことを決定し、その旨原告らに対して、申し渡していたのであるから、原告らが本件予行練習に出席して、生徒らを指導することは、原告らに適法に課せられた具体的な職務である。

しかるに、原告らは、右同日、何ら正当な理由もなく、これを行わず放棄し、生徒らに対し、福岡高校における教育活動と関係のない本件印刷物を授業時間内に配布した上、生徒を放課にして帰宅させ、本件予行練習における生徒の指導を行わなかったのであり、さらに、本件行為は、生徒の保護者のみならず新聞紙上等を通じ一般市民の知るところとなったことに照らすと、本件行為は、教職公務員に対する信用を失墜させ、地方公務員に課された職務専念義務に違反するものである。

2 裁量権の濫用について

江野校長は、本件卒業式で国旗を掲揚することに反対していた原告らに対し、原告らの意向は理解しているが、最終的に本件卒業式に国旗を掲揚するかどうか決めるのは、校長であり、平成二年三月八日の朝会において、最終的な決定を行う旨伝えていたのであって、原告らが、本件卒業式で国旗を掲揚しないものと誤解するような言動を取ったことはない。そして、江野校長は、国旗を掲揚することに反対する原告らの意向を踏まえた上で、右同日の朝会において、原告らに対し、本件卒業式で国旗を掲揚する旨申し渡した。卒業式等の指導計画等の決定は、最終的には校長の権限であり、また、本件卒業式で国旗を掲揚することは、学習指導要領の規定にも沿うことからすると、江野校長が本件卒業式に国旗を掲揚することを決定したことに何ら問題はない。

そして、教育活動とは無関係の本件印刷物を生徒らに配布した上、校長の命令や指示なく、放課を指示し、卒業式に関連した学校行事の一環として、それ自体重要な教育的意義のある本件予行練習を原告らの独断で勝手に中止することは、到底許されることではなく、それが、江野校長の右決定の撤回を求めるために行われたものであるとしても、江野校長の右決定が何ら問題となるものでない正当なものである以上、原告らの右行為が、正当化されることはない。また、被告教育委員会は、原告らに対し、本件行為が、信用失墜行為及び職務専念義務違反に該当するとして本件処分をしたのであり、国旗の掲揚及び国歌の斉唱に反対する者に対する見せしめのために本件処分をしたのではない。

したがって、被告教育委員会の本件処分に、裁量権の濫用はなく、本件処分は、違法ではない。

3 手続違反について

地方公務員法上、懲戒処分をするに当たって、必ず被処分者から事情を聴取しなければならないとの定めはなく、他の資料から懲戒処分に相当する行為であると判断できれば懲戒処分することができる。

被告教育委員会は、原告ら全員から、原告らがとった本件行為について事実関係を調査した上、右事実関係に基づいて、懲戒処分の中から、本件行為に相応する戒告処分を選択し、本件処分を行ったのであるから、本件処分の手続に違法はない。

(被告人事委員会)

1 被告人事委員会は、三人の人事委員による合議制の行政委員会であり、地方公務員法上、不服申立における審査において、除斥、忌避、回避等人事委員を審査から排除する旨の規定は存在せず、他方、地方公務員法上、人事委員会会議は、委員全員が出席しなければならないと定められ、これに対する例外規定もないことからすると、欠員の場合を除いて、一人でも人事委員が出席しない人事委員会会議において不服申立の裁決の議決を行うことは、むしろ地方公務員法に違反する。

そして、人事委員会を構成する三人の人事委員は、人格が高潔で、地方自治の本旨及び民主的で能率的な事務の処理に理解があり、かつ、人事行政に関し、見識を有する者のうちから、議会の同意を得て地方公共団体の長が選任するものであって(地方公務員法九条一項、二項)、人事委員は、法令上行わなければならない職務全般について遂行するよう知事及び議会並びに住民の付託を受けている。それにもかかわらず、原告ら主張のように、渡邉が、人事委員として本来行わなければならない職務の一部を行わないことは、かえって、住民自治の原則や議会制民主主義の原則にも反する。

右のような地方公務員法の規定及び趣旨によると、特定の人事委員が不服申立の審理及び裁決に加わることを違法とする原告らの主張は、そもそも失当である。

2 仮に原告らの主張が成り立つ余地があったとしても、渡邉につき、原告らの主張するような事実は認められず、この点からしても原告らの主張は、理由がない。すなわち、前記のとおり、人事委員の過去の職歴、経歴等は、人事委員会の裁決の適法性に影響を与えないものであるが、さらに、渡邉が平成元年度に在職していた教育局指導部次長という職は、原告ら職員の任命権者たる被告教育委員会として、最終的に権限を行使する立場になく、渡邉は、教育委員会の補助職員の一人として従事していたにすぎない。しかも、渡邉は、平成元年六月一日以降、教育局指導部次長と、埼玉県上尾市にある埼玉県立スポーツ研修センター所長を兼務していたほか、原告らの本件行為が行われた平成二年三月八日前後には、別件の座り込みの事件の対応に専念しており、本件について具体的に関与していない。さらに、渡邉は、平成二年三月下旬に人事異動の内示を受け、同年四月一日、埼玉県立浦和第一女子高等学校長に異動していたのに対し、本件処分は、右異動後の同年五月二三日に行われ、渡邉の教育局指導部次長在職中には、本件処分の問題は生じていなかったのであるから、渡邉は、本件処分に何ら関与していない。そうすると、原告らの主張を前提としても、人事委員会の裁決において、渡邉を委員から排除する理由も必要もなかったから、渡邉が人事委員として本件裁決に関与したことによって、本件裁決は、何ら違法となるものではない。

四  被告の主張の主張に対する認否いずれも争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1、2、4の事実、及び、原告らが、平成二年三月八日午前一〇時五〇分ころ、それぞれが担任を務める学級の生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示し、本件予行練習の実施及び生徒の指導を行わなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実のほか、証拠(甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし三、第六号証の一、二、第七ないし第九号証、第一〇号証の一ないし七、第二一号証、第二九号証、第三〇号証、第三七号証、第四〇号証、第五〇号証、第七一号証、第八八ないし第一一六号証、乙第一号証、第三ないし第六号証、第七号証の一ないし一七、第八号証の一ないし八、第一〇号証の一ないし一七、第一七ないし第二四号証、丙第一、第二号証、証人渡邉圭一の証言及び弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

1  当事者

(一)  平成元年度当時、原告川上定雄(以下「原告川上」という。)は、福岡高校三年四組(以下、高校名を省略し、学級のみを表記する。)の、原告飯田俊人(以下「原告飯田」という。)は、二年一組の、原告国井は、三年八組の、原告竹沢彰一(以下「原告竹沢」という。)は、三年五組の、原告大野仁(以下「原告大野」という。)は、三年一組の、原告石川広喜(以下「原告石川」という。)は、二年七組の、原告船川哲司(以下「原告船川」という。)は、二年五組の、原告石野静子(以下「原告石野」という。)は、二年七組の各学級担任としていずれも福岡高校に勤務していた埼玉県の職員であり、原告国井は、同校三年生の学年主任であった(乙第一号証)。

(二)  被告教育委員会は、埼玉県の学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する事務を管理し、執行する権限を有する(地方自治法一八〇条の八、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条三号)。

(三)  被告人事委員会は、埼玉県の職員に対する不利益な処分についての不服申立に対する裁決又は決定等を行う機関である(地方自治法二〇二条の二第一項、地方公務員法八条一項一〇号)。

2  学習指導要領の改正経緯

文部省は、昭和三三年、学習指導要領において、国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には、国旗を掲揚し、「君が代」を斉唱させることが望ましい旨定め、昭和六〇年には、「君が代」を国歌と改め、さらに、平成元年一一月三〇日、入学式や卒業式などにおいては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとすると学習指導要領を改めた(甲第三七号証)。なお、平成元年一一月三〇日に改正された学習指導要領の施行は、平成二年四月一日からであり、原告らによる本件行為は、右施行前に行われたものである。

3  本件行為に至る経緯

(一)  江野校長は、昭和六三年四月一日、福岡高校の学校長に補され、平成元年度においても、同校の学校長であった者である。

江野校長は、福岡高校の学校長に補されて以来、学校行事等において、「日の丸」を掲揚したいとの意向を持っていたが、同校の教職員らの多数の反対によって、これまで入学式や卒業式において、「日の丸」を掲揚することはなかった(甲第一号証、第二号証)。本件卒業式における「日の丸」の掲揚が問題になった際も、福岡高校の教職員の一部の者は、平成二年二月八日の職員会議以来、朝会あるいは職員会議のたびに、江野校長に対し、本件卒業式に「日の丸」の掲揚及び「君が代」の斉唱をしないことを早期に明らかにするよう求めたり、さらに、職員室の壁、江野校長の椅子、校長室入り口のドア、下足箱等に、「日の丸」の掲揚に反対する意見や本件卒業式に「日の丸」を掲揚するかどうかの回答を早期に求める要望等を記載した書面等を貼付したりした(乙第七号証の一ないし一七、乙第一〇号証の一ないし一七)。

これに対し、江野校長は、「日の丸」、「君が代」を国旗、国歌として取り扱うことは、国民の間に定着しているし、国際的にも認められていること、現行の学習指導要領の趣旨からみて、「日の丸」掲揚及び「君が代」斉唱をしなくてもよいとは考えられないこと、しかし、本件卒業式に「君が代」を斉唱することは見送ること、本件卒業式に「日の丸」を掲揚することについては、職員の反対が多いことは十分承知しているが、学習指導要領、県教育委員会の方針、県議会の決議、外国語コース設置に伴う国際理解教育の推進等を考慮しながら校長の責務と責任において、本件卒業式の前日の同年三月八日に最終判断をすることをそれぞれ申し渡した。

(二)  一方、福岡高校では、平成二年三月五日の職員会議において、「第一五回卒業証書授与式関係細部」と題する書面(以下「本件日程表」という。甲第六号証の一)が、職員らに対して配付された。右書面には、同月八日の第一及び第二時限は、一年生及び二年生に対しては通常授業を行い、三年生に対しては、本件卒業式の練習を実施し、右同日の第三及び第四時限は、全校生徒による本件卒業式の予行練習(本件予行練習)を実施する旨記載されていた(乙第三号証)。司会担当職員は、職員らに対し、右書面の内容について問題があれば申し出るよう伝えたが、特に意見は出なかった。

(三)  平成二年三月八日の、江野校長と、原告らを含む福岡高校の職員らとの間における、本件卒業式での「日の丸」掲揚をめぐるやりとり等の状況は、次のとおりである(本項においては、時刻のみを挙示し、日付け等の挙示は、省略する。)。

(1) 江野校長は、午前八時三〇分から始まった朝会において、まず、本日の日程は、本件日程表のとおりであることを伝え、次いで、原告らを含む職員らに対し、本件卒業式で「日の丸」を掲揚塔に掲げる旨申し渡し、「日の丸」の掲揚について妨害しないよう述べた。

江野校長が、本件卒業式で「日の丸」を掲揚することを申し渡した直後から職員室は騒然となり、「日の丸」掲揚に反対する職員が、江野校長の席の周りに立ち並び、「日の丸」の掲揚を撤回するよう要求した。司会を担当していた教諭が、江野校長の周りに立ち並んでいる職員らに対し、自席に戻るよう指示したが、右職員らは、自席に戻ることなく、朝会は進行した。

しかし、午前八時四〇分のチャイムが鳴ったことから、担任学級を受け持つ職員らは、各学級のホームルームに出かけ、その他の職員らは、それぞれ自席に戻り、その場は一応落ち着いた。そして、第一及び第二時限は、予定どおり進行し、特に問題は起きなかった。

(2) 第二時限終了後、同校三年生の担任教諭らは、体育館の管理室で、江野校長による「日の丸」掲揚の決定について話し合い、その際、三年生の学年主任教諭である原告国井は、第一及び第二時限に行われた三年生の本件卒業式の練習はよくできていたし、「日の丸」の掲揚の撤回について江野校長と話し合う必要があるから、本件予行練習を中止して、生徒を帰宅させるべきである旨述べたところ、他の三年生の担任教諭八名(原告川上、原告竹沢、原告大野を含む。)のほか、三年五組の副担任の赤水誓子もこれに同意し、本件印刷物を作成して生徒らに配布し、生徒を放課して、本件予行練習を中止する計画を立てた。

そこで、原告国井が、三年生担任教諭を代表して、一年生及び二年生の学年主任教諭に対し、江野校長と本件卒業式における「日の丸」の掲揚を撤回するよう話し合うため、生徒を帰宅させて本件予行練習を中止することを提案したところ、右教諭らは、いずれもこれに同意し、それぞれ一年生の担任教諭九名及び二年生の担任教諭八名(原告飯田、原告船川、原告石川、原告石野を含む。)にその旨伝えた。また、三年生担任教諭八名と三年五組の副担任教諭の赤水誓子は、本件印刷物を作成した上、これを印刷して、学級担任教諭にそれぞれ担任生徒の人数分を配布した。

午前一〇時四七分ころ、職員室では、各学年の打ち合わせが行われており、その場に居合わせた教頭は、各学年の教諭らが、本件予行練習について打ち合わせをしているものと考えていた。しかし、右打ち合わせが終了した後、担任学級をもつ教諭らは、一斉に各担任学級の教室へ向かったが、その際、一人の三年生担任教諭が、教頭に対し、本件印刷物を配付することを明らかにしたため、教頭は、右教諭に対し、勝手に本件印刷物等の配付をしないよう制止したが、右教諭は、本件印刷物を教頭に見せることなく教室へ向かった。また、原告国井は、教頭に対し、本件予行練習を行わない旨各学級担任に伝えたと述べて、教室へ向かった。

教頭は、江野校長に対し、午前一〇時五〇分ころ、右の事情を電話で連絡しようとしたが、江野校長は、電話中のため連絡がつかず、教頭が、午前一〇時五二分ころ、直接校長室へ赴いた際も、江野校長は電話中で連絡がつかなかった。そこで、教頭は、事態把握のため、各学級の様子に注意を払っていたが、特に変わった様子はなかった。教頭は、午前一〇時五五分ころ、印刷室にいた職員らに対し、本件印刷物のことや本件予行練習の中止について問い質したが、右職員らは、何も知らないと述べた。

しかし、原告らを含む各学級担任教諭らは、いずれもそれぞれの教室で、担任学級の生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、本件予行練習は中止する旨説明して、生徒らに放課を指示していた。

教頭は、生徒らが、当初定められた日程と異なって清掃を始めたことから異常を感じ、午前一〇時五八分ころ、江野校長に対し、直ちに職員室に来るように連絡をしたが、すでに、本件印刷物は配付済みで、生徒らのうち、翌日の本件卒業式の準備を担当する者以外は、帰宅を始めており、結局、本件予行練習は、実施されなかった。

(3) 江野校長は、教頭と対応策について相談した後、午前一一時〇五分、職員室において、その場に居合わせた職員に対し、本日の日程は、朝会で確認した本件日程表に従って行うよう口頭で指示した。教頭は、校内放送によって、全職員に対し、直ちに職員室に集合するよう指示をし、江野校長は、大方の職員らが職員室に集った段階で、再び、職員らに対し、口頭で先と同様の指示を行った。さらに、江野校長は、午前一一時二〇分ころ、「校長指示 本日(平成二年三月八日)の日程は、本日午前八時三〇分から午前八時四〇分の間の朝会にて確認された第一五回卒業証書授与式関係細部(本件日程表)に従って行うよう指示します。」と記載された書面を職員室の掲示板に掲示した(甲第六号証の一)。

しかし、職員らは、右書面を掲示した江野校長を取り囲み、右書面に記載されていることが職務命令なのかどうか問い質した上、江野校長の「日の丸」掲揚の決定等に対して抗議を始め、騒然とした状態となった。江野校長は、職員らの興奮を鎮めるように説得したが、緊張した状態が続いたため、教頭が興奮する職員らを引き離し、江野校長が職員室を退出することによって、その場は鎮まった。

江野校長は、職員室を後にして校長室に戻ると、直ちに電話で、教育局指導部指導第二課富田主席指導主事に対し、事故発生の概要を報告し、翌日の本件卒業式を挙行するための事態収拾策について指導を仰いだ。

(4) 午後零時四〇分、福岡高校の一人の生徒の父親から、江野校長に対し、本件印刷物に対する抗議の電話がかかり、さらに、右保護者は、本件印刷物を作成した職員の代表に対し電話で抗議する旨述べたので、電話は、事務室を通して前記赤水誓子に転送され、その後、原告国井が、右保護者と電話で話し合った。

(5) 教頭は、午後零時から午後一時までの間、各教室を巡回して配付された本件印刷物を探したところ、教頭は、ある教室において、本件印刷物一枚を発見し、また印刷室において、切断された本件印刷物を発見した。江野校長は、教頭が見付けた本件印刷物を保管した。

(6) 午後二時〇九分から職員会議が開かれた。職員らは、江野校長に対し、本件卒業式に「日の丸」を掲揚することに対する反対意見を表明し、さらに、「日の丸」掲揚に関する江野校長の学校運営、特に多数の職員の意向を無視したこと、「日の丸」を掲揚するかどうかの回答を本件卒業式の前日である本日まで引延ばしたこと等に対する質疑や非難がされ、本件卒業式に「日の丸」を掲揚するのであれば、本件卒業式に参加しない等の意見が出た。

江野校長は、職員らの質疑に対して応答するとともに、本件卒業式に「日の丸」を掲揚することについて職員らの理解を得るよう努めたが、職員会議の収拾のめどがつかなくなったため、午後三時二〇分、職員会議は、一旦中断した(乙第五号証)。

右職員会議が行われている間に、江野校長から連絡を受けた教育局から、教育局指導部高等学校教育課主席管理主事長井丈夫(以下「長井主席管理主事」という。)と教育局指導部指導第二課主任指導主事小川浩(以下「小川主任指導主事」という。)が、福岡高校に訪れた。職員会議の中断の間、長井主席管理主事と小川主任指導主事は、江野校長に対し、本件卒業式を滞りなく行うことを考えて、江野校長の責任でこの問題を対処してほしい旨述べた。江野校長は、教頭、事務長と、事態を収拾する策について相談し、本件卒業式を混乱なく行うため、本件卒業式では、「日の丸」を掲揚しないとの措置を採ることとした。

江野校長は、午後四時二五分に再開された職員会議で、職員らに対し、生徒のために本件卒業式は滞りなく行いたい、そのために、残念ながら本件卒業式では「日の丸」の掲揚はしない旨申し渡し、午後四時二七分、職員会議は終了した(乙第五号証)。

4  本件卒業式の実施

平成二年三月九日、本件卒業式は、「日の丸」の掲揚がされないまま、滞りなく行われ、江野校長は、翌一〇日の朝会において、職員らに対し、本件卒業式について謝辞を述べた。

5  本件行為に対する事実調査

(一)  江野校長は、平成二年三月一四日の朝会で、同月八日、原告らを含む教諭らが、本件予行練習を中止し、本件印刷物を生徒らに対して配付したこと(本件行為)を重大な事態と判断し、これを教育局に電話連絡をし、教育局に対して、本件行為について文書で報告することにしたので、関係する職員らから事情を聴く旨申し伝えた。これに対し、二名の職員から協力はできない旨の発言があった。

江野校長は、右報告をするに当たり、右同日から同月一七日までの四日間に関係職員に対し事情聴取を行ったが、二〇名の職員が右事情聴取を拒否した(甲第四〇号証)。

江野校長は、同月一六日、職員らに対し、「卒業式予行練習中止及び国旗掲揚反対の印刷物配布の件」と題する書面(甲第五号証の一)を示して、内容に間違いがあれば申し出るよう述べたところ、職員らから「報告書に対する訂正要請」と題する書面(甲第五号証の二)が提出された。そこで、江野校長は、職員ら提出にかかる右文書を踏まえて、さらに「報告書作成のための事実関係調査の結果について」と題する文書(甲第五号証の三)を作成し、職員らに対し、事実に誤りがあれば申し出るよう伝えたが、これに対して職員らから訂正の申出はなかった。右文書には、三年生担任教諭(原告川上、原告国井、原告竹沢、原告大野を含む。)と三年生副担任教諭の赤水誓子が本件行為を計画して他学年の教諭らに要請し、三年担任教諭、(原告川上、原告国井、原告竹沢、原告大野を含む。)、二年担任教諭(原告飯田、原告船川、原告石川、原告石野を含む。)及び一年担任教諭が本件行為を行った旨記載されている。

江野校長は、同月一九日、埼玉県教育委員会教育長宛に、右文書の内容に、事故の概要を書き加えて、事故報告書(親福高第七四号、以下「本件報告書」という。)を作成し、右同日、教育局に持参して提出した(甲第六号証の一、甲第二一号証、甲第一一四号証)。

また、江野校長は、右同日、長井主席管理主事宛に、別添資料1として「事故報告のための事実調査の方法について」と題する書面と、別添資料2として、前掲本件報告書作成文書(甲第五号証の三)を添附した「事故報告書作成のための事実調査の方法について(報告)」と題する書面(親福高第七五号)を作成し(甲第四〇号証)、右同日、提出した(甲第二一号証)。右各書面には、江野校長が、原告らを含む職員らに対して行った事情聴取及びこれに対する各職員らの応対の様子、生徒らに対する本件印刷物の配付、放課指示及び本件予行練習の中止を計画した者並びにこれを生徒らに対して実施した者について、それぞれ記載されている(甲第四〇号証)。

(二)  教育局の職員は、平成二年三月二九日、同年四月五日及び同月一二日、福岡高校において、原告らに対して事実確認を行ったところ、原告らは、同年三月二九日、教育局の職員に対し、個別では事情聴取に応じられない、同月八日以前の経過等も聞いてほしい旨申し出たが、教育局の職員は、原告らに対し、正確に事実を把握するために、個別に事実確認をしたい旨返答して原告らを説得し、同月二九日午後三時四〇分から午後七時までにかけて、原告らを含む職員ら二五名に対し、福岡高校会議室又は理科第一講義室において、一人一人個別に、氏名、担任学級、本件印刷物の配布の有無、生徒に対する放課の指示の有無、本件印刷物の配布及び放課の指示が行われた場所、時間、これについての事前の打ち合わせの有無等について事実調査を行った。原告らは、右事実確認において、同月八日、本件印刷物を配付したこと、及び生徒に対して放課を指示して、本件予行練習を行わなかったことをそれぞれ認めた。

また、同月二九日出張中であった同校職員の一人は、同年四月五日午後四時三三分から午後四時五〇分までの間、福岡高校保健室において、教頭立会のもと教育局の職員から事実調査を受け、本件印刷物を配布したこと、及び生徒らに対し放課を指示したことを認めた。

さらに、赤水誓子は、同月一二日午前一一時五二分から午後零時一三分までの間、教育局職員から再度事実調査を受け、副担任学級において、原告竹沢とともに、生徒らに対し本件印刷物を配布したことを認めた(甲第七号証、甲第一一六号証)。

江野校長は、赤水誓子が、副担任学級の教室において、同学級担任教諭の原告竹沢と、生徒らに対し、本件印刷物を配布したことについて記載した同月二〇日付けの埼玉県教育委員会教育長宛の「事故報告書(第二報)」と題する書面(親福高第七号)を作成し、被告教育委員会は、同月二七日、右書面を受理した(甲第一一五号)。

6  本件行為に関する新聞報道

原告らが、本件卒業式に「日の丸」を掲揚することに反対して、生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、本件予行練習を中止して、生徒らを放課したことについては、地元の日刊新聞等により、「「日の丸」卒業式の予行ボイコット 全学級で生徒を解放」、「卒業式の「日の丸」に反発 教師ら練習中止」、「各高校、関係者に戸惑い 教師側と校長対立したまま」、「「日の丸」に揺れる教育」等の見出しにより報道された(乙第八号証の一ないし八)。

7  本件処分

平成二年五月二三日、第一一一九回埼玉県教育委員会定例会の秘密会において、原告らの処分について協議された後、追加議案(第三七号議案)として審議された上、出席委員の全員一致で、原告らに対し、戒告の懲戒処分をすることが議決された(甲第九号証)。

原告らは、右同日から同月二五日までの間に、処分書及び処分事由説明書の交付を受けた。

なお、原告らが本件処分を受けたことについては、日刊新聞等で報道された(甲第一〇号証の一ないし六)。

8  本件裁決についての渡邉の関与

渡邉は、平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで、県立高等学校における教育に対する指導及び助言に関する事項等を所掌する教育局指導部の次長の職にあり、教育局指導部部長を助け、職員の担任する事務を監督し、部の事務を整理していた者(埼玉県教育局組織規則九条ない一三条及び二五条一項)であるが、平成元年六月一日から平成二年三月三一日までは、埼玉県立スポーツ研修センターの所長を兼務し、週のうち二日は、埼玉県上尾市にある同センターにおいて勤務していた(丙第二号証)。なお、渡邉が教育局指導部次長に在職していた当時、教育局指導部指導二課では、高等学校の教育内容の指導の一環として、「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱について、職員らの理解を求め、各学校の状況に応じて、学校長の職務と責任において、これを実施することが望ましいとの指導を行っていた。

渡邉は、教育局の職員を介して、江野校長から、原告らが、本件卒業式における「日の丸」の掲揚に反対して、生徒に対し、本件印刷物を配布した上、生徒に放課を指示して本件予行練習を中止したことについて報告を受けた後、まず事実を確認するために、教育局の職員に対し、原告らから直接、事実を確認するよう指示し、これを受けて、教育局の職員は、前記のとおり、平成二年三月二九日、同年四月五日及び同月一二日、福岡高校において、原告らから個別に事実の確認を行った。しかし、渡邉は、同月一日、埼玉県立浦和第一女子高等学校の学校長に補され、その後、被告教育委員会は、同年五月二三日、原告らに対し、本件処分をしたが、渡邉は、原告らに対する本件処分等について関与していない。

渡邉は、右埼玉県立浦和第一女子高等学校長等を経た後、前記のとおり、平成七年一〇月一六日、被告人事委員会の人事委員(非常勤)に選任され、平成一〇年四月一日現在まで、被告人事委員会の委員(非常勤)である(丙第二号証)。渡邉は、原告らの本件審査請求については、平成七年一〇月三一日の第三三回口頭審理及び同年一二月二五日の第三四回口頭審理(審理終了)において、右審査請求の審理に加わり、被告人事委員会は、平成八年四月二三日、本件処分をいずれも承認する旨の裁決をした(丙第一号証)。

三  原告らは、本件処分は裁量を著しく逸脱したものであり、取消しを免れないと主張する。

1  前記認定した事実によると、福岡高校では、平成二年三月五日の職員会議において、同月八日の第三及び第四時限に学校全体で本件予行練習が行われることが記載された本件日程表が配布されていたこと、江野校長は、右同日の朝会において、原告らを含む福岡高校の職員らに対し、本日の日程は、本件日程表に記載されたとおり行うことを指示したこと、原告らは、右同日の第二時限の後、原告国井の提案により本件印刷物を配布すること及び生徒を放課して本件予行練習を中止することに同意し、第三時限、教頭が制止したにもかかわらず、それぞれが担任を務める学級において、生徒に対し、三年担任教諭らが作成した本件印刷物を配布した上、放課を指示したこと、右事態に気付いた江野校長は、直ちに、職員室において、その場に居合わせた職員らに対し、本件日程表に従って行動するように口頭で指示し、教頭の放送によって職員室に集まった職員らに対し、再度、本件日程表に従って行動するように口頭で指示したこと、さらに、江野校長は、校長指示として、職員室に本件日程表に従って行動する旨を記載した書面を掲示したこと、しかし、原告らを含む職員らは、これに応じず、本件予行練習は行われなかったこと、福岡高校の一人の生徒の保護者から、右同日午後零時四〇分ころ、江野校長に対し、原告らを含む職員らが本件印刷物を配布したことについて抗議の電話があったこと、右保護者は、江野校長に抗議した後、本件印刷物を作成した職員らの代表者にも抗議したいと述べたことから、事務室から三年生副担任教諭である赤水誓子に転送され、その後、原告国井が、右父親と電話で応対したこと、原告らを含む職員らが、江野校長による「日の丸」掲揚に反対して、生徒に対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示して、本件予行練習を行わなかったことが、日刊新聞に、「「日の丸」卒業式の予行ボイコット 全学級で生徒を解放」、「卒業式の「日の丸」に反発 教師ら練習中止」、「各高校、関係者に戸惑い 教師側と校長対立したまま」、「「日の丸」に揺れる教育」等の見出しにより掲載されたことがそれぞれ認められる。

これらの事実によると、江野校長は、福岡高校の校長として、同年三月八日の朝会で、原告らを含む職員らに対し、本日の日程は、本件日程表に記載されたとおりに行うことを指示しているから、原告らが、右同日の第三及び第四時限に、本件予行練習を行い、生徒を指導することは、原告らに対して課された具体的な職務であったというべきであるところ、原告らは、これを行わず、生徒らに対し、「日の丸」の掲揚に反対するという原告らの信念、考え方等を記載した本件印刷物を配布した上、放課を指示して帰宅させ、本件予行練習の実施及び本件予行練習について生徒の指導を行わなかったのであるから、原告らは、いずれもそれぞれに課されていた職務を行わなかったというほかなく、本件行為は、職務専念義務に違反しているといわざるを得ない。

原告らは、地方公務員である福岡高校の教諭の職にあったのであるから、教諭として公正かつ客観的な立場を保持して生徒を指導することが、その職務の信用の基礎をなすというべきところ、本件卒業式に「日の丸」を掲揚するという江野校長の決定が、原告らの「日の丸」に対する信念や考え方等と相容れないことを理由として、それぞれが担任を務める学級の生徒に対し、「日の丸」の掲揚に反対するという原告らの信念や考え方を記載した本件印刷物を配布した上、放課を指示して本件予行練習を中止したものであり、本件行為について、福岡高校の一人の生徒の保護者から、抗議の電話があったほか、日刊新聞に報道され、地元を中心として多数の住民の知るところとなったこと等に照らすと、原告らが卒業式に「日の丸」を掲揚することを反対する立場から、江野校長により課されていた職務を行わなかったことが社会一般の知られるところとなったことは、教育公務員に対する信用の失墜を招く行為であったというべきである。

よって、本件行為は、信用失墜行為(地方公務員法三三条)及び職務専念義務違反(同法三五条)に該当するというべきであるから、処分理由が存在しないとの原告らの主張は、理由がない。

なお、原告らは、本件行為後も誠実に教育活動を行う等職務に専念していたのであるから、職務専念義務に反する事実はなかったし、本件卒業式は、いつになく真剣に行われ、保護者らの職員に対する評価は高まったのであるから、教育の信用を失墜するものでなかったと主張する。

しかしながら、本件においては、原告らが本件卒業式において「日の丸」を掲揚することに反対する立場から、本件予行練習を中止し、生徒を放課したことが、地方公務員法三三条及び三五条に定める事由に該当するのであって、原告らが主張する右事実は、処分をする際の事情として斟酌し得るとしても、これが直ちに同法三三条及び三五条の該当性を否定するものでないことは明らかである。

2  原告らは、原告らの本件行為は、正当であり、それにもかかわらず、被告教育委員会は、「日の丸」の掲揚、「君が代」の斉唱に反対する他の職員らに対する見せしめのために、原告らの右正当な行為について本件処分をしたから、被告教育委員会による本件処分は、裁量権の濫用であり違法である旨主張するので、以下、この点について検討する。

(一)  まず、原告らは、江野校長は、原告らを含む職員らに対し、本件卒業式で「日の丸」を掲揚しないような言動を一貫して取ってきていたにもかかわらず、平成二年三月八日になって突然、本件卒業式に「日の丸」を掲揚する旨申し渡したため、本件予行練習後の職員会議及び翌日の本件卒業式の混乱を避けるために本件行為をしたと主張する。

しかし、前記認定した事実に照らすと、江野校長は、福岡高校の学校長に補されてから、入学式や卒業式等において「日の丸」を掲揚したいとの意向を持ち、職員らに対してその旨の説得を試みており、本件卒業式で「日の丸」を掲揚するかどうかは、平成二年三月八日に申し渡す旨伝えていたことから、右同日の朝会において、本件卒業式で「日の丸」を国旗として掲揚することを明らかにしたものであり、江野校長が、右同日に至るまでの間、本件卒業式で「日の丸」を掲揚しないとの言動をとってきたことを認めることはできないし、右原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。前記認定のとおり、江野校長が、本件卒業式の前日に、突然、これまでの態度を翻したとは認め難いし、江野校長は、右同日、校長として本件卒業式において「日の丸」を掲揚すること、同日は本件日程表に従って本件予行練習を行うことを指示したところ、これに反対する原告らが、朝会において、その撤回を強く求め、一方的に、生徒らに本件印刷物を配布して、放課するという本件行動に出たのであるから、急遽これを避けるために話し合いをしたりすること等が必要となったとの事情を認めることができない。

(二)  原告らは、本件行為は教育に密接に関連するものであり、文書の配布、行事の中止等は現場の教員の判断に委ねられているところであると主張する。

学校教育法五一条、二八条三項は、校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督すると定め、埼玉県立高等学校管理規則一六条二項は、職員会議は、校長が召集し、校務に関し校長の諮問その他の重要事項について審議し、又は、職員相互の伝達、連絡、調整等を行うものとすると定めていることからすると、職員は、職員会議等を通じて、自主的、主体的な立場から、校務の運営に必要な意見を述べることができるが、校務の運営についての最終的な決定をする権限を有するものでないことは、明らかである。本件において、江野校長は、平成二年三月八日の朝会において、本件卒業式において「日の丸」を掲揚すること、本件日程表に従って第三及び第四時限には、本件卒業式の予行練習を行う旨を指示したのであるから、原告らが本件卒業式において「日の丸」を掲揚することに反対する立場であったとしても、原告らが、生徒らに対し、本件印刷物を配布し、放課を指示し、第三及び第四時限に予定されていた本件予行練習の実施及び生徒の指導を行わなかったことは、職員の判断として是認されるべきではないので、「日の丸」の掲揚に反対することの是非にかかわりなく、何ら正当化されるものではない。

(三)  原告らは、「日の丸」を国旗とする法的な根拠もないのであるから、これを強制すべきでない。本件処分は、「日の丸」の掲揚を教育現場に押しつけようとするものであり、これに反対する教職員への見せしめとして行ったものであると主張する。

国内において、「日の丸」を国民統合の象徴としての国旗と定めた法規は存しないが、「日の丸」は、諸外国から日本を象徴する国旗として是認され、国内においても「日の丸」以外に国旗として取り扱われているものも存しないし、国旗として認容されていることは公知の事実である。また、学習指導要領の定め等に照らし、江野校長が、本件卒業式において「日の丸」を国旗として掲揚することを指示し、本件予行練習を本件日程表に従って行うこととしたことは、校務をつかさどり、職員を監督する権限を有する校長が、その権限と職責に基づいて行う校務というべきであり、本件予行練習を行うことによって原告らの内心の自由に強制を加えるものでもないので、これが違法であるとする原告らの主張は、理由がない。

また、本件全証拠においても、「日の丸」の掲揚及び「君が代」の斉唱に反対する教職員に対する見せしめのために、被告教育委員会が、原告らに対し、本件処分をしたことを認めるに足りる証拠はなく、その他、本件処分が裁量権の濫用であると認めるに足りる証拠もない。

(四)  よって、本件処分が裁量権の濫用であり、違法であるとの原告らの主張は、理由がない。

3  次に、原告らは、本件処分には、事前の告知、聴聞の手続が実践されていないという手続上の瑕疵があるから、本件処分は違法である旨主張する。

本件においては、教育局の職員は、平成二年三月二九日、同年四月五日及び同月一二日、原告らを含む本件行為を行った職員に対し、一人ずつ個別に、本件印刷物の配布の有無、本件印刷物を配布した場所、放課の指示の有無、本件印刷物の配布及び放課の指示について事前に相談があったかどうか等について、それぞれ事実を調査したことが認められ、これらの調査方法に特に不適切な点は、窺えない。

よって、本件処分は、告知、聴聞が行われていないので、その手続に違法があるという原告らの主張は、理由がない。

4  原告らは、教育局指導部次長として、「日の丸」の掲揚の強制において重要な役割を果たすとともに、原告らの本件行為について、事故報告書の提出及び事実確認等を指揮監督する立場にあった渡邉が本件裁決に人事委員として関与しているので、本件裁決は、違法である旨主張する。

地方公務員法は、人事委員会は三人の委員をもって組織され(同法九条一項)、委員全員が出席しなければ会議を開くことができない(同法一一条一項)と定め、人事委員会の意思決定方法の中立性及び公正性が確保されているほか、人事委員は、人格が高潔で、地方自治の本旨及び民主的で能率的な事務の処理に理解があり、且つ、人事行政に関し識見を有する者のうちから、議会の同意を得て、地方公共団体の長から選任される(同法九条二項)と定めて、人事委員の資格要件を厳格にして人事委員会の各委員の中立性を保っているところ、本件において、渡邉は、人事委員として適法に選任され、本件裁決は、本件審査請求について適正な手続に基づいて行われているのであるから、本件裁決の公平、中立性は保たれており、また、渡邉が、原告らの本件行為について、教育局の職員に事実を調査するように指示したとしても、係る事実をもって、渡邉が、人事委員として、本件裁決を行うにつき中立公正を期待することができない事情が存したと認めることはできないから、渡邉が、本件裁決に人事委員として加わっていたことは、本件裁決の違法事由にならないというべきであり、この点に関する原告らの主張は、理由がない。

四  右のとおりであるから、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用は、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官小島浩 裁判官檜山麻子)

別紙審査請求事件目録<省略>

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