浦和地方裁判所 平成8年(行ウ)24号 判決 1998年3月30日
原告 片山正志
被告 川口労働基準監督署長
代理人 齋藤紀子 小田切敏夫 芦澤治 内田明 ほか五名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し平成四年六月二二日付けでした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分並びに平成四年七月一五日付けでした療養補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、大工である原告が工事現場で作業中に負傷したので、株式会社藤島建設(以下「藤島建設」という。)に雇傭されていた労働者であるとして、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付を請求したところ、被告がこれを支給しない旨の処分をしたので、右不支給処分の取消しを請求する事案である。
二 本件の経過等(争いのある事実は、認定の根拠とした証拠を掲記する。)
1 原告は、平成二年二月五日、埼玉県鳩ヶ谷市三ツ和二丁目一一番一、二号上村尚市邸新築工事現場において作業中、一階屋根上から墜落し、第一一胸椎脱臼骨折(脊髄損傷)の傷害を受けた。
原告は、右傷害の結果、両下肢麻痺、知覚脱失の後遺傷害が残存する<証拠略>。
2 原告は、右傷害のため、平成二年二月五日から同年五月二三日まで済生会川口総合病院において入院治療を受け、その後、同年五月二三日から平成四年五月三〇日まで埼玉県障害者リハビリテーションセンターにおいて入院治療及び職業訓練を受けた。
3 原告は、被告に対し、左記のとおり療養補償給付及び休業補償給付の支給を請求した。
(一) 療養補償給付たる療養の費用請求
請求日 請求の内容
(1)平成三年八月二七日 平成三年四月分、五月分
(2)同年九月五日 同年六月分、七月分
(3)同年一〇月一五日 同年八月分
(4)同年一二月二日 同年九月分
(5)平成四年一月三〇日 平成三年一〇月分
(6)同年二月一〇日 平成三年一一月分、一二月分
(7)同年三月一二日 平成四年一月分
(8)同年五月七日 同年二月分
(9)同年六月三日 同年三月分
(二) 療養補償給付たる診療費請求
請求日 請求の内容
平成四年五月 平成四年四月分
(三) 休業補償給付
請求日 請求の内容
(1)平成四年一月三一日 平成二年二月五日から同年五月二三日までの分
(2)同年二月二一日 平成二年五月二四日から平成四年一月三一日までの分
4 被告は、原告の右3(一)の(1)ないし(8)及び(三)の請求については平成四年六月二二日付けで、右3(一)(9)及び(二)の請求については同年七月一五日付けで、それぞれ支給しない旨の決定をした。
5 原告は、平成四年八月五日付けで、埼玉県労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は、平成五年一二月二〇日、右審査請求を棄却した。
6 原告は、平成六年二月一四日付けで、労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、労働保険審査会は、平成八年四月二五日付けで再審査請求を棄却し、右裁決は、同年五月三一日に原告に送達された。
7 労働省は、平成八年三月二五日、労働基準法研究会労働契約等法制部会・労働者性検討専門部会報告(以下「専門部会報告」という。)を公表した。右専門部会報告において、手間請けの定義がなされ、手間請けの場合の労働者性の判断基準が示された。その内容は、次のとおりである。
(一) 手間請けの定義
工事の種類、坪単価、工事面積等により総労働量及び総報酬の予定額が定められ、労働提供者に対して、労務提供の対価として、労務提供の実績に応じた割合で報酬を支払うという、建設業における労務提供方式を「手間請け」と定義する。
(二) 使用従属性に関する判断基準
(1) 指揮監督下の労働
<1> 仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対する許諾の自由の有無
具体的な仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して許諾の自由があることは、指揮監督関係の存在を否定する重要な要素である。
他方、このような諾否の自由がないことは、一応、指揮監督関係を肯定する要素の一つとなる。ただし、断ると次から仕事が来なくなるなどの事情により事実上仕事の依頼に対する諾否の自由がない場合や、例えば電気工事が終わらないと壁の工事ができないなど作業が他の職種との有機的連続性をもって行われるため、業務従事の指示を拒否することが業務の性質上そもそもできない場合には、諾否の自由の制約は直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならず、契約内容や諾否の自由が制限される程度を勘案する必要がある。
<2> 業務遂行上の指揮監督の有無
(あ) 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
設計図、仕様書、指示等の交付によって作業の指示がなされている場合であっても、当該指示が通常注文者が行う程度の指示等にとどまる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する要素とはならない。他方、当該指示書等により作業の具体的内容・方法等が指示されており、業務の遂行が「使用者」の具体的な指揮命令を受けて行われていると認められる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素となる。
工程について他の職種との調整を元請、工務店、専門工事業者、一次業者の責任者等が行っていることは、業務の性格上当然であるので、このことは業務遂行上の指揮監督関係の存否に関係するものではない。
(い) その他
「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合には、使用者の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。
<3> 拘束性の有無
勤務場所が建設現場、刻みの作業場等に指定されていることは、業務の性格上当然であるので、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には指揮監督関係を肯定する要素となる。ただし、他職種との工程の調整の必要がある場合や、近隣に対する騒音等の配慮の必要がある場合には、勤務時間の指定がなされたというだけでは指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
一方、労務提供の量及び配分を自ら決定でき、契約に認められた量の労働を提供すれば、契約において予定された工期の終了前でも契約が履行されたことになり、他の仕事に従事できる場合には、指揮監督関係を弱める要素となる。
<4> 代替性の有無
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められている場合や、本人が自らの判断によって補助者を使うことが認められている場合等労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素の一つとなる。他方、代替性が認められていない場合には、指揮監督関係の存在を補強する要素の一つとなる。
ただし、労働契約の内容によっては、本人の判断で必要な数の補助者を使用する権限が与えられている場合もある。このため、単なる補助者の使用の有無という外形的な判断のみではなく、自分の判断で人を採用できるかどうかなど補助者使用に関する本人の権限の程度や、作業の一部を手伝わせるだけかあるいは作業を全部任せるかなど本人と補助者との作業分担状況等を勘案する必要がある。
(2) 報酬の労務対償性に関する判断基準
報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算される場合には、使用従属性を補強する重要な要素となる。
報酬が、一平方メートルを単位とするなど出来高で計算する場合や、報酬の支払に当たって手間請け従事者から請求書を提出させる場合であっても、単にこのことのみで使用従属関係を否定する要素とはならない。
(三) 労働者性の判断を補強する要素
(1) 事業者性の有無
<1> 機械、器具等の負担関係
裾置式の工具など高価な器具を所有しており、当該手間請け業務にこれを使用している場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素となる。
他方、高価な器具を所有している場合であっても、手間請け業務にはこれを使用せず、工務店、専門工事業者、一次業者等の器具を使用している場合には、労働者性を弱める要素となる。
電動の手持ち工具程度の器具を所有していることや、釘材等の軽微な材料費を負担していることは、労働者性を弱める要素とはならない。
<2> 報酬の額
報酬の額が当該工務店、専門工事業者、一次業者の同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額な場合には、労働者性を弱める要素となる。
しかし、月給等でみた報酬の額が高額である場合であっても、それが長時間労働している結果であり、単位時間当たりの報酬の額をみると同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額とはいえない場合もあり、この場合には労働者性を弱める要素とはならない。
<3> その他
手間請け従事者が、(あ)材料の刻みミスによる損失、組立時の失敗による損害、(い)建物等目的物の不可抗力による減失、毀損等に伴う損害、(う)施工の遅延による損害について責任を負う場合には、事業者性を補強する要素となる。また、手間請け従事者が業務を行うについて第三者に損害を与えた場合に、当該手間請け従事者が専ら責任を負うべきときも、事業者性を補強する要素となる。
さらに、当該手間請け従事者が独自の商号を使用している場合にも、事業者性を補強する要素となる。
(2) 専属性の程度
特定の企業に対する専属性の有無は、直接に使用従属性の有無を左右するものではなく、特に専属性がないことをもって労働者性を弱めることとはならないが、労働者性の有無に関する判断を補強する要素の一つと考えられる。
具体的には、特定の企業の仕事のみを長期間に渡って継続して受けている場合には、労働者性を補強する一つの要素となる。
(3) その他
<1> 報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていることは、労働者性を補強する一つの要素となる。
<2> 発注書、仕様書等の交付により契約を行っていることは、一般的には事業者性を推認する要素となる。ただし、税務上有利であったり、会計上の処理の必要性等からこのような書面の交付を行っている場合もあり、発注書、仕様書等の交付という事実だけから判断するのではなく、これらの書面の内容が事業者性を推認するに足りるものであるか否かを検討する必要がある。
<3> ある者が手間請けの他に事業者としての請負業務を他の日に行っていることは、手間請けを行っている日の労働者性の判断に何ら影響を及ぼすものではないため、手間請けを行っている日の労働者性の判断は、これとは独立に行うべきものである。
<4> いわゆる「手間貸し」(手間返し)の場合においては、手間の貸し借りを行っているものの間では、労働基準法上の労働者性の問題は生じないものと考えられる。
三 争点
原告は、労災保険法に定める保険給付の受給権を有する労働者に該当するかどうか。
四 被告の主張
1 労災保険法上の労働者の概念
(一) 労災保険法は、労働者を使用する事業に適用されるところ(同法三条一項)、同法には、補償給付の対象となる労働者の定義について明文の規定は存しない。
しかしながら、同法一二条の八第二項は、労働者に対する保険給付は労働基準法に規定する災害補償の事由が生じた場合にこれを行うと定めているから、労災保険法にいう労働者とは労働基準法(以下「労基法」という。)に定める労働者と同一のものをいうと解される。そこで、労基法九条を見ると、「この法律で労働者とは、職業の種類を問わず、前条の事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定されており、これに同法一一条の賃金の定義規定も合わせ考慮すると、同法上の労働者とは、要するに、使用者との使用従属関係のもとに労務を提供し、その対償として使用者から賃金を得る者を指すというべきである。
もっとも、実際には指揮監督の程度及び態様の多様性、報酬の性格の不明確さなどから指揮監督下の労働であるか、賃金支払があるかを判断することが困難な場合がある。そこで、労働者性の判断に当たっては、形式的な契約形式の如何によらず、実質的な使用従属性を総合勘案して判断する必要がある。そして、昭和六〇年に示された労働基準法研究会報告(以下「六〇年研究会報告」という。)は、労働者性を判断するための具体的判断基準を示したものである。
(二) 昭和六〇年研究会報告では、労働者性の判断は、左記(1)ないし(5)を勘案し、(6)を労働者性の判断を補強する要素とし、これらを総合的に考慮して判断することとしている。
(1) 仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無
(2) 業務遂行上の指揮監督の有無
(3) 拘束性の有無
(4) 代替性の有無
(5) 報酬の労務対償性
(6) 機械、器具等の負担関係、報酬の額、専属性の程度、その他源泉徴収等公租の負担関係
(三) ところで、労働基準監督機関は、個別ケースについての判例や行政判断の積み重ね及び右昭和六〇年研究会報告で示した判断基準を参考にして労働者性の判断をしているところであるが、建設業手間請け従業者及び芸能関係者については、特に労働者性の判断が難しい場合があるところから、右の点につき労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会において検討が続けられ、右検討の結果、平成八年三月に専門部会報告がまとめられた。専門部会報告は、昭和六〇年研究会報告に示された判断基準に基づく労働者性の判断に際し、建設業手間請け従業者及び芸能関係者について、具体的にどのような事情が労働者性を肯定する要素となり、どのような事情があれば労働者性を否定する要素となるかを検討した成果であり、そして、これら諸要素を当てはめる判断基準は、昭和六〇年研究会報告の前記判断基準(1)ないし(6)であるから、昭和六〇年研究会報告と専門部会報告の具体的な判断基準は全く同一であり、専門部会報告は何ら新しい判断基準を示したものではない。
2 専門部会報告における建設業手間請け従業者について
(一) 専門部会報告における建設業の手間請けの定義は前記のとおりであるところ、原告は、建設業における手間請け従業者に該当し、単独で作業を請け負う形態で仕事をする、いわゆる「一人親方」と呼ばれる個人の自営業者である。
このような手間請け業者にかかわる労働者性の判断については、専門部会報告に前記のように判断基準が示されており、右判断基準に則れば、原告は、以下のとおり、労働者とは認められない。
(二) 手間請け業者の使用従属関係に関する判断基準は、(1)指揮監督下の労働か否か、(2)業務遂行上の指揮監督の有無、(3)拘束性の有無、(4)代替性の有無、であるところ、原告がこれら要素を充たさないことは、左記のとおりである。
(1) 指揮監督下の労働か否か
藤島建設の仕事をしている原告のような一人親方は、藤島建設から仕事を依頼された場合にも、その仕事を拒否することもできるシステムになっており、実際、値段が折り合わない、建物が小さい、場所が遠い、担当する監督と折り合いが合わないなどの理由で、藤島建設が頼んでも、仕事を拒否した者もおり、原告自身も、現場が遠いことを理由に藤島建設の仕事を断ったことがある。
さらに、原告は、両親の実家を建てる期間、藤島建設以外の仕事をしており、この他にも、年に二、三回位の割合で、藤島建設以外の工事である知り合いの大工の仕事をしたこともあり、また藤島建設の仕事をしている原告と同じ立場にある他の一人親方も、藤島建設以外の仕事をしている。一方、藤島建設も、依頼した仕事中、原告ら一人親方が他者の仕事をすることを禁じていない。
以上のように、原告は、藤島建設の依頼を拒否しても、同会社からの次の仕事を請け負っており、このように藤島建設以外の仕事を請け負っても同会社からの仕事を打ち切られる蓋然性はなかったのであって、原告は、具体的な仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して諾否の自由を有していた。
(2) 業務遂行上の指揮監督の有無
原告が藤島建設から設計図面と仕様書を交付されていたとしても、専門部会報告が挙げる判断要素では、設計図、仕様書、指示書等の交付によって作業の指示がなされている場合であっても、当該指示が通常注文者が行う程度の指示書等に止まる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する要素とはならないとされている。原告は、設計図面と仕様書に基づき大工工事を行っている者であり、右設計図面・仕様書は通常建物建築に必要な程度の詳細さを有するものであることは当然であるが、この程度の指示は建物建築の注文書においても通常している指示である。また、工事工程のスケジュール管理についても、藤島建設から継続的に仕事を依頼されていた原告ら大工は、工事の期間は契約の段階で示されるが、定められた工期までに仕事を完成させればよいことになっており、細かな工程スケジュールは定められていなかった。
藤島建設の現場監督は、二日から三日に一度くらいの割合で現場を見回る程度であり、見回りの目的も、図面に基づいて品質、コスト、工期及び安全等の管理をする仕事であり、電気、水道等の他の工事の手配や日程の打合せを行ったり、原告から取付け等が図面どおりいかない場合どうしたらよいかなどといった相談を受けたりするもので、細かい仕事の指示は行っていない。そして、原告と現場監督とが行う右のような電気、水道等の工事の手配や日程の打合せは、建築工事は複数の工事業者により有機的に関連しながら作業が進められるという業務の性格上、発注者と請負人との間に当然必要とされる行為であって、この点は、専門部会報告においても、業務遂行上の指揮監督関係の存否に関する要素ではないと明記されている。
そして、本件事故当日、藤島建設の現場監督が原告に帰宅するように勧めたにもかかわらず、原告は、これを拒んで仕事を続けるなど、自己の判断の下で工程スケジュールを立て、これを実行していることが窺われるのであり、現場については全て原告の判断の下で作業が行われていたのであって、藤島建設が使用者として、原告の業務遂行上の具体的な指揮監督を行っていたことはない。
(3) 拘束性の有無
原告が刻み作業を藤島建設の作業場で行ったこともあるが、専門部会報告においては、勤務場所が建築現場、刻みの作業場等に指定されていることは、作業の性格上当然であるので、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならないとしており、しかも、本件においては刻みの場所は指定されておらず、本人の自宅に作業場がある場合は、自宅で行っても構わないとされていた。
また、原告は、藤島建設の事務所へ行って出勤簿を押すことはなく、勤務時間は自由で、現場や作業場に自宅から直行して働いていた。現場での作業時間も、藤島建設は、特に何時から何時までとは決めておらず、休みは慣例として祭日、日曜日とし、原告らの自主性に任せられていた。藤島建設の仕事をしている一人親方ら藤島建設協力業者らが組織する藤和会という団体内の協議において、作業時間は午前八時から午後六時までとされていたが、これはあくまで藤和会の約束ごとであるにすぎない。そして、専門部会報告では、近隣に対する騒音等の配慮の必要性がある場合には、勤務時間が定められているだけでは指揮監督関係を肯定する要素とはならないとされており、作業時間を右時間内とし、日曜日・祭日を休日としたのは、まさに近隣からの苦情を受けて決められたことであるから、右事実を持って拘束性があるということはできない。また、原告は、仕事が遅れていると判断したときは、日曜日・祭日であっても仕事をする一方、日曜日・祭日以外でも趣味としている鳩レース等があるときは、時々休んだこともあった。なお、原告以外の一人親方も、基本的には日曜日を休日としているが、仕事の都合で日曜日に仕事をすることはあり、出勤状況も働く時間もまちまちであった。このように、原告は、仕事内容や勤務時間、労働日、勤務地など業務に拘束されておらず、労務提供の量及び分配を自ら決定できる立場にあった者である。そして、原告が刻み作業を藤島建設の作業場で行った場合でも、作業場所と機械の提供を受けるだけであって、藤島建設からは勤務時間を含め何ら作業管理を受けるものではなかった。
以上のとおり、原告は、仕事を遂行する上で、藤島建設から具体的に時間的・場所的拘束を受けていたものではない。
(4) 代替性の有無
労務提供の代替性については、専門部会報告では、前記のように、基本的には本人に代わって他の者が労働を提供することが認められている場合や、本人が自らの判断によって補助者を使うことが認められている場合等労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素となるとしている。
原告は、通常一人で仕事をしていたが、建前に当たっては、仲間の間で相互に手伝い、その際は、双方ともその手間貸しにつき請求も支払もしていない。また建前以降、工期等が間に合わない場合には知り合いの大工に手伝いを依頼しており、その費用についての支払は原告がしていた。すなわち、建前の時は手間の貸し借りで相殺し、建前以降については、原告が他人を雇い賃金の支払を自らが行っていた。また、弟子を持っている大工は、弟子に仕事を行わせて自分は他の現場に行く者もおり、藤島建設も、原告らが仕事をするに当たり他の大工を雇うことを禁止しておらず、ただし、その費用は雇った者が支払うこととしていた。要するに、藤島建設としては、工期までに完成してもらえばよいとしていたものである。
このように、原告は、建前の時や工期が間に合わない場合には、自分の判断で人を採用し、その時の賃金については自分で支払をしていたのであるから、労務提供の代替性が認められていたことは明らかである。
(三) 報酬の労務対償性に関する判断基準
原告の工事の請負方法は坪請け方式であり、請負金額は図面に基づき坪単価に建坪を乗じて総請負金額を算出し、その金額をお互いが了承することにより決定されていた。本件事故に係る工事は、藤島建設と原告との間で、原告が仕事の依頼を受諾するに足る諸条件の折り合いがついた結果、請負金額二四六万円で行うことになった。
原告に支払われる報酬は、藤島建設においては外注加工費となっており、報酬の支払は、毎月二五日に原告が工事の進捗状況に応じて藤島建設に木工事請求書を提出し、現場監督が内容を確認後、原告の銀行口座に振り込まれていたが、時間給、日給、月給等を単位として計算されたものでなく、工事ごとの総報酬金額を単に分割して支払われていた。したがって、右報酬は、労務の対価として支払われたものではない。また、一つの工事の残金支払と次の工事の一回目支払が重なるときは、他のときに比して多額となり、とりわけ平成元年七月五日支払分では、九五万円にも達しており、他の中間払いされている月と比較すると、四〇から五〇万円もの差が生じている。一般労働者では、これほどの差は生じることはなく、このことは、原告の報酬が労務の提供量を反映したものでないことを示している。
工事完成後、大工工事に瑕疵があった場合、補修作業は原告が無報酬で行うこととされていた。そこで、このような場合は、補修のために提供した労務に対する報酬は得られないこととなる。
このように藤島建設から支払われる報酬は、提供した労務の時間数や出来高に応じたものではなく、完成して得られる工事代金の内払を工事期間中の各月に受け、最終月に、残金の支払を受けているものであって、原告が請け負った仕事の対価として支払われているものであり、労務の対価として支払われたものでない。
(四) 労働者性の判断を補強する要素の有無
その他労働者性の判断を補強する要素も、以下のように、原告にはこれが備わっていない。
(1) 事業者性の有無
<1> 機械、器具等の負担関係
原告は、大きな材料を裂く道具、削る道具などは藤島建設から貸与されるが、その余は自己が所持する大工道具で仕事をしていた。すなわち、原告は、据置き式の工具等、高価な機器は所有しておらず、刻み作業を藤島建設の作業場で行う便宜上、藤島建設からこれらの器具を借用するが、現場での作業は一切自分の工具で行っていた。しかし、据置き式の工具等を借用していたことをもって、労働者性を認めることはできない。専門部会報告においても、据置き式の工具など高価な器具を所有していることは労働者性を弱める要素となるが、これを使用しないで会社の器具を使用している場合には、労働者性を弱める要素とはならないとしているに止まり、右事情をもって、労働者性を強める要素とはしていない。
<2> 報酬の額
原告は、原告の平成元年の収入は平成元年二月から同年一二月までで金五八〇万八〇〇〇円であり、事故前六か月の収入平均は一か月五三万二五四五円であり、これは市中の大工の通常の日当額に相当すると主張する。
原告の報酬の額は、一日当たり約二万一七〇〇円であるところ、平成元年の「屋外労働者職種別賃金報告書」によれば、埼玉県の大工の一人一日平均現金給与額は一万五六六〇円であり、また、全国の企業規模五人ないし九九人の企業における年齢階級三五歳ないし三九歳の大工の一人一日の平均現金給与額は一万一七二〇円であるから、これと比較すると、原告の報酬は相当程度に高額であって、このことは、原告の事業者性を強める要素となる。
なお、報酬を比較する場合には、同種の業務に従事する正規従業員と比較すべきであって、市中の大工の日当と比較すべきではない。なぜならば、原告自身が市中の大工であるから、仮に原告の収入が市中の大工の通常の日当額に相当するとしても、それは当然のことだからである。
<3> その他
他の業者に損害を与えた場合には、その費用も原告が負担することになっており、このことは、事業者性を補強する要素となる。
(2) 専属性の程度
原告は藤島建設以外の工事を請け負っており、藤島建設もこれを禁止していなかったから、原告は、藤島建設の工事のみを長期間にわたって継続して請け負っていた訳ではない。それ故、藤島建設との契約関係をもって労働者性を補強する要素とすることはできない。
(3) その他
<1> 原告の報酬は、藤島建設から支払れる時に源泉徴収されておらず、原告は、自営業者として、独自に自主申告等をしていた。このことは、労働者性を否定する要素になる。
<2> 原告と藤島建設の仕事の契約に関しては、その都度、藤島建設から図面と坪単価が示され、双方の合意により口頭で締結され、その際には仕様書も貰っていたのであり、右事情は、原告の労働者性を否定する要素となる。
<3> 原告は、藤島建設の社会保険、雇用保険の被保険者にはなっていない。また、原告は本件事故当時には加入していなかったが、一時期、労災保険法に基づく特別加入(一人親方)をしており、このことも原告の事業者性を推認する要素となる。なお、藤島建設の仕事を原告と同様な立場で行う大工は、平成二年当時は二六名いたところ、原告以外の者は、全員労災保険法に基づく一人親方の特別加入をしていた。
3 なお、被告は、原告の請求に基づき、平成二年五月分から平成三年三月分までの療養補償給付たる療養の費用を支払ったが、その傷病名が脊髄損傷であり、一般に就労不能と考えられるのに療養補償給付の請求だけで、長期にわたり休業補償給付の請求がなされていなかったことから、被告において疑問を感じて調査したところ、原告が労働者に当たらないことが判明した。
4 結論
原告は、継続的に藤島建設の施工する木造建築の大工工事に従事した者であったが、藤島建設から依頼を受けた個々の工事については諾否の自由があり、しかも、依頼を受けるに際しても、その報酬は坪単価により藤島建設との間で合意により決まり、工事の遂行に当たっても、所定工期の制約を受けるほかは、藤島建設から具体的な指揮監督を受けず、原告の裁量により作業が行われ、自らの作業に瑕疵があった場合は、自らの責任で補完すべきものとされているなど、実体的に藤島建設との使用従属関係のもとで労務を提供したものではない。
また、藤島建設から支払われた報酬も、藤島建設と合意の上で坪単価に建坪を乗じた総額が決められ、これを月々分割して支払われるにすぎないのであって、時間給的要素もなく、まさに仕事の完成に対して支払われる請負の報酬そのものであり、労務に対する報償という性格はない。
したがって、原告は労基法上の労働者とはいえず、ひいては労災保険法上の労働者とはいえないことは明らかである。
さらに、原告は、一時期、労災保険による一人親方の特別加入をしていたことがあるもので、労働者でないことについては自認していた。
よって、原告が労働者でないことを理由としてした、本件処分は適法である。
五 原告の反論
1 請負契約と労働契約、使用従属関係の判断基準
(一) 請負契約と労働契約は契約の性格を異にするが、形式上は請負のような形を取っていても、その実態において使用従属関係が認められるときは、当該契約は労働契約とみなされる。
結局その判断に当たっては、当該請負人が独立の事業者として、事業計画、損益計算、危険負担の主体となっているか、作業遂行に当たって他から指揮監督を受けないか、又は器具資材等の調達は誰が当たっているか等が検討されることにより、さらに当該事業に関する沿革的又は社会経済的検討により、当該請負人と他との間に使用従属関係があるか否かを検討すべきである。
請負の場合の報酬が賃金の性格を持つか否かについても、当該関係が請負関係か労働関係かを判断する上での要素であるが、当該報酬が出来高払になっていることは、必ずしも当該関係を労働契約ではないとする理由にはならない。
(二) 使用従属概念の判断基準
使用従属概念の判断基準は、左記の二つに区分されるが、その要素を全て充足させる必要はない。
(1) 経済的従属性基準
独立した経済主体として評価されるか、あるいは結局労働力以外に自由に処分しうるものを持たない者と評価されるかどうかである。
<1> 使用者に労働力を売り渡して、その対価として得た報酬でのみ生活せざるを得ない立場にあるかどうか。この点では生産手段特に材料、生産器具等の所有関係、他人労働力の利用の存否が基準となる。
<2> 使用者の労働条件の一方的決定を甘受せざるを得ない立場に立たしめられるか否か。この付従性は社会的にみて契約自由の原則下に放任し得るほどの独自性、対当性、平等性をもつ状態にあるかどうかが判断基準となる。
(2) 人的従属性基準
労働提供過程において、労働者が何らかの形で事実上使用者の指揮監督下に組み込まれていると判断されるかどうかである。
<1> 仕事の依頼、業務従事に対する許諾の自由の有無
専属契約を結んでいなくても、慣行的に事実上仕事の依頼を拒否する自由がなく、専属的業務を継続している関係にあれば、従属性が肯定される。
<2> 勤務時間・勤務場所の拘束性
相手方が一方的に決定する時間と場所とで労働力の提供を行うという関係があれば指揮監督関係が肯定される。
<3> 労働者の担当する業務の遂行方法、内容について使用者の指揮命令が事実上あるとみられるかどうか。
事業計画が使用者から与えられ、その遂行過程が使用者により適宜把握され、労務が使用者の事業それ自体としてその一部分であり、時間的にも一過程であるような場合は、従属性が肯定される。
<4> 労務が第三者による代行性ないし代替性がない場合、従属性が肯定される。
<5> 報酬が労務の提供に対する対価性をもつ場合、従属性が肯定される。
(三) かっては、炭鉱を始め広く産業現場に手間請け労働があったが、産業の機械化により熟練労働の必要性は減少し、手間請け労働も減少していった。しかし、なお引き続き技能を必要とする建設業にあっては手間請けという労働形態が残され、しかも、最近は住宅企業等で拡大する傾向にある。そこで、専門部会報告は、昭和六〇年研究会報告で示された労働者性につき、新しい判断基準を示した。
専門部会報告における労働者性の判断基準は、前記第二の二7のとおりであるが、これを補充すると、左記のとおりである。
(1) 右判断基準においては、使用従属性の要素である諾否の自由については、契約成立前の諾否の自由や、業務の指示を拒否できないことだけでは、指揮監督関係の有無を即断できないが、諾否の自由の存否判断は、抽象的ではなく、個別具体的な関係における、手間請け従業者の経済的実体、その従属性、専属性、従来の実情(拒否の事実や中途解除の事実等)を認定し、勘案しなければならないとしているものと理解すべきである。
(2) 指揮監督の有無
<1> 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
従来、通常注文者が行う程度の指示では指揮監督関係を肯定する要素とはならないとされ、現場監督等の指揮命令が問われがちであった。しかし、専門部会報告の判断基準では、設計図、仕様書、指示書等により指揮命令を受けているという実態が反映され、重要な要素となっている。そもそも、技能労働者の場合には、設計図、仕様書で指示され、材料があれば作業は可能である。
<2> 拘束性の有無
(あ) 昭和六〇年研究会報告における判断基準は、業務の性質上、安全性確保上、勤務場所及び時間が指定されている場合があり、業務の性質等か、指揮命令かを見極める必要があるとしている。
(い) 刻み作業が使用者の指定する場所で行われる意味は、発注者によって提供される材料の確保と一括管理の必要性、従業者への器具・設備の提供及び発注者による作業の進捗状況の把握を目的としている。この点は藤島建設における材料持ち大工と異なる点である。
<3> 代替性の有無
従来、補助者を使用すると労働者性を否定されがちであったが、専門部会報告の判断基準では、労働契約で補助者の使用が認められている場合や、作業の一部を補助させる場合でも労働者性を否定されないとされ、しかも、補助者の賃金は手間請け従事者の報酬から支払われてもよいと解釈されることになった。
(3) 報酬の労務対償性
使用者が出勤簿等を備えておらず、手間請け従事者から報酬について請求書を出させる場合、従来は、このような取扱いは手間請け従事者の事業者性を強める要素と理解されがちであったが、専門部会報告は、実態を認め、そのことのみで労働者性を否定しないものとした。
(4) 労働者性の判断を補強する要素
<1> 事業性の有無
(あ) 器具、機器等の負担関係
最近では、釘や金物の負担で労働者性を否定される傾向はなくなってきたが、専門部会報告では、電動手持ち工具、軽微な材料の負担で労働者性を否定しないことが明らかにされた。
(い) 報酬の額
手間請けは作業効率を高める刺激的側面があるため長時間労働となりがちであり、また、サラリーマンのボーナス分が月給に含まれることから、年収では高くなくとも月額が高く、高額と誤解される場合があった。通年平均で、かつ社会保険、交通費、有給休暇のないこと等を総合的に判断して、報酬が著しく高額であるかどうかが判断されなければならない。
(う) その他
(a) 専門部会報告では、業務遂行上の損害に対する責任を負い、あるいは独自の商号使用が認められていることが事業者性を補強する要素となるかどうかは、事案の具体的事例に即して判断することが求めらる。
(b) 工事の遅延による補償とか瑕疵等に対する補償は事業での危険負担となる。第三者に対する損害補償では、手間請け従事者が専ら責任を負う場合であり、過失の程度により一部負担する場合はその程度が問題となる。
<2> その他
専門部会報告では、採用等の選考過程が正規従業員と同様であるか、源泉徴収を行っているか、労災保険の適用対象とされているか、服務規程、退職金制度、福利厚生を適用されているか等により労働者性を決定すべきではなく、このような点を具体的に検討すべきであるとしている。すなわち、源泉徴収は事業者の責任で行うもので、それがなされていれば、いわば労働者性が補強されるが、これがなされていないことによって否定されるものではない。
また発注書等が単に現場、工期、総報酬額等のみの指示書的なものであれば発注書とはみなされないという意味を含んでいる。
2 原告の労働者性
(一) 原告は、藤島建設との契約において、後記のとおり労務提供の実態にあり、専門部会報告における労働者性の認定基準も充足するから、労基法及び労災保険法上の労働者とみるべきであり、原告と藤島建設間の契約は、請負契約ではなく、労働契約である。
(二) 原告の労働は、労務の提供であった。
(1) 原告は、独立した事業主体の実態を持たない。
原告は、店舗も工場も有せず、大工として通常必要とされる簡単な道具は所持するが、足場板などの安全用具は一切所持しない。作業のためのクギ等金物類も藤島建設により提供される。工事の建築資材は全て藤島建設側で用意し、器具類も、手操作の鋸・金具等の外は、大きいものは藤島建設側で用意している。材料の「刻み」のために使用する藤島建設の機械類の電気料金も藤島建設が負担する。「刻み」が完了した資材の現場搬入は藤島建設が行い、その際に原告が同行する場合は、原告に日当が支払われる。
(2) 安全器具も藤島建設が負担していた。
安全用具・安全設備(足場板、防網、安全帯、転落防止装置等)も、藤島建設が設置していた。
(3) 報酬は、出来高払の形態をとるが、定額報酬であった。
原告は、藤島建設から工事の開始、終了期日(全体の完成引渡し時期の明示と木工事の完了時期)を指定されて木工事をするが、藤島建設は、原告の仕事の完成に対してではなく、工事の出来高に応じて報酬を支払ってきた。又出来高払というが、その支払目安は出来高ではなく、藤島建設の当初支払計画に従い、基本的に均等額が定期的に支払われてきた。
(4) 万一原告の作業が遅れ、期日に間に合いそうにない場合には、藤島建設は、他の従業員を派遣して、仕事を完成させていた。
(5) 完成後の責任
完成後、工事の結果に瑕疵がある場合には、顧客との関係では藤島建設の従業員がこれを修理することになっていた。
(6) 注文書・請負契約書は作成しない。
請負契約書は作成されず、注文書も出なかった。次の工事の指示は口頭でその都度行われていた。
(7) 材料選定作業
材料の選定は藤島建設と施主との間で決定され、原告の行う材料選定作業(木拾い作業)は、原告の判断の介在しない機械的なものであった。
施主と藤島建設との間の建物建築に係る契約内容には、原告は関与しない。その構造材、内装材等いわゆる建物のグレードに関する事項についても、同様である。そして、建物のグレードが決定されれば、大工はその指示を受けて藤島建設から提供される材料の選定作業に入るが、その選定作業は、立面図、平面図と、原告がこれに基づいて作成するハリガタ構造図及び仕様書(これによって工事のランクが決定される)によって柱材、梁材等の寸法と必要数が特定する。決定されているグレードに基づいて、選定される材料の種類も特定する。原告はその作業を終えて、材料請求メモを会社に提出する。
ところで、「木拾い」は、本来建築請負契約の要素として重要なポイントとされている。重要なポイントというのは、施主の希望を図面に反映し、請負代金を決定する上で材料をどのように選定するかは、業者にとって独自の経営者的判断の介在する要素であるからである。例えば、北山杉と秋田杉では仕入れ値段に極めて大きな差があるが、杉と指定されても、材質まで厳密に特定する特殊な契約でない限りは、如何なる杉を選定するかは判断者に委ねられる。そして、材料の仕入れ値段をどの程度に抑えて顧客の満足を得るかの判断が経営者的才覚の働く場面となるが、原告の「木拾い」作業はその判断の裁量が働かない機械的な作業である。
(三) 藤島建設の指揮命令に従っていること。
(1) 工事日程が指定されている。
原告は、藤島建設から図面(立面図と平面図)を渡され、材料、期日が指定される。材料は図面・仕様書によって特定され、木工事の作業手順は、上棟日の指定と木工事完了日の指示に従っていた。
(2) 作業場所が指定されている。
木工事の準備作業(材料加工)は、材料を藤島建設から持ち出すことが許されず、藤島建設の作業所でしなければならなかった。この点は材料持込みで発注される大工と異なる。なお手間請け工事に二種類存在し、材料持込み大工と、労務のみ提供する大工とがあり、材料持込み大工の場合、発注は木材会社に対して行い、木材会社が大工を抱えているというのが正確である。
(3) 注文者とは無関係である。
注文者との打合せは藤島建設が行い、施主との請負契約の工事代金、内容等は全て藤島建設が決めており、原告はその指示に従うだけである。原告が注文者と直接打ち合わせをすることはない。迫加変更工事についても同様で、施主から直接依頼されることはなく、依頼されても単なる取次ぎをするだけであった。
(4) 現場は藤島建設の現場監督が管理していた。
現場には藤島建設の現場監督がおり、この現場監督が原告や他の下職の全体的なスケジュールを管理して仕事の指揮をしていた。原告も他の下職同様、工事の段取りやスケジュールについてこの現場監督の指示に従わなければならなかった。スケジュール表は原告に渡されず、原告は、他の工事部門を誰が担当しているかは、近接工事以外は知らなかった。
現場監督は工事の進捗状態に応じて一週間に一度来るときもあれば毎日来るときもあった。工事スケジュールも、現場監督の指示に従い、他の工事との関連で工事全体の進行を急ぐよう、あるいはある部分の進行を急ぐよう個別的な指示を受けた。
(5) 他の工事の契約・管理は一切藤島建設が行っていた。
(6) 作業時間が指定されていた。
現場での作業時間は、午前八時から、終了時間は午後六時までと決められていた。また休日も日曜日と定められていた。
(7) 現場応援費用
原告が、藤島建設か他の現場の工事の手伝いを指示されることもあった。この場合の支払は、一日幾らというように決まっており、藤島建設により支払われた。
(8) 具体的な工事の段取り
工事の段取りは次のとおりに進行する。
<1> 原告は、次に取りかかるべき工事の指示があり、図面が渡されると、ハリガタ構造図を書き、また平面図に必要な加入をする。
<2> 構造図が作成されると、必要な材料が特定されるので、原告は、藤島建設の作業所において材料の「刻み」の作業に入る。作業所は、藤島建設の作業所と特定されており、材料を持ち出して自らの作業所で作業することは禁じられていた。材料は藤島建設により坪単価で特定され、全て藤島建設が提供するので、原告は、柱材、梁材等の寸法と必要数を決定し、それをメモにして、藤島建設に渡し、材料の提供を受けていた。
<3> 藤島建設作業所での「刻み」の作業は、藤島建設側で備付けの昇降盤、自動カンナ、手押しカンナを使用し、製材し、電気料金は藤島建設が負担していた。
<4> 「刻み」の終わった材料は、藤島建設側で現場に搬入し、原告も材料の搬入に同行していた。搬入作業については、別に手当が支払われた。
棟方(上棟)は、藤島建設の支配するとび職人がこれを行い、原告は、上棟には大工として立ち会った。
<5> 上棟後は、速やかに原告が木工事に取りかかっていた。
原告の木工事は次の順序で行われる。
(あ) 上棟直後から、構造材の金物が十分締っているかどうかを確認する作業を行い、金物を締め直し、構造材の間に筋交いを入れ(仮筋交いは上棟時に入っている)、間柱を立てて、屋根工事に入る。屋根工事は垂木を打って、鼻を決め、破風板を打って野地板(屋根の下地板)を打つ。屋根工事から掛かるのは構造材が剥き出しのままでは風雪に耐えられないからである。
(い) 屋根に下地板を打ち付ける工事が完丁すると、平行して瓦屋が藤島建設の指示で入ってくる。屋根の構造によっては、時に板金屋も加わる。原告ら大工は、次いで床の根太の高さを決めて、外回りの壁の下地工事に掛かる。壁の下地工事が終了すると、サッシ業者が現場にサッシを搬入し、根太工事が完了すると白蟻屋が白蟻の駆除作業を行う。
大工は構造物の内部工事にかかる。各工事の段取りについては、藤島建設の現場監督が個別指示を行い、現場は各工事の混合状態になっていく。
<6> 作業のための安全設備・足場は工事予定に合わせて、藤島建設が手配し、配置する。
(四) 報酬は労務提供の対価として支払われていた。
(1) 原告は藤島建設から建物の種類、工事の難易等を考慮して、坪単価で報酬を決められていた。支払は毎月一定時期(毎月五日)に、ほぼ一定額が振り込みで行われていたが、右一定額はあらかじめ藤島建設において予定していた金額である。出来高払制とされているが、あらかじめ毎月予定されている出来高分が基本的には無審査で支払われていた。
原告の平成元年度の収入は平成元年二月から同年一二月までで五八五万八〇〇〇円であり、事故前六か月の収入平均は月五三万二五四五円(二五日計算で一日二万一三〇〇円)であり、市中の大工の通常の日当額に相当する。原告の各年度の収入は全て藤島建設からの支払によるものである。
(2) 原告の収入は、基本的に全て労務提供対価である。
原告は既述のとおり事務所、作業所をもたず、被雇用者もおらず、材料、大型機械類、電気代、金物類も提供されており、現場搬入経費も負担せず、安全設備の費用も負担しない。原告の労務提供に要する費用は、手操作の鋸、金槌等の道具類と現場までの交通費用(車両とガソリン代)、作業服代金等に限られるので、藤島建設からの支払は労務費、つまり労働力再生費用のみであり、労務提供の対価として支払われていたことは明らかである。
(五) 長期間専属的契約関係にあり、諾否の自由はなかった。
(1) この十数年間、原告は他の業者からの請負工事をしたり、藤島建設から指示された木工事を他の業者に発注したことはない。
原告は藤島建設との契約関係に入って十数年となるが、その間年間三棟から五棟を担当して、常に仕事を命じられている状況にあり、工事期間に切れ目はなかった。次の工事の指定は、担当している工事の終了までには必ずある状況であった。つまり恒常的に藤島建設の命じる労務に服している状態にあった。
原告は仕事をするについて見積書を提出するようなことはなく、「次はこの仕事、次はこの仕事」というように順次手間仕事を継続していた。
(2) 原告は、事務所・従業員を持たず、機械類も持っておらず、右期間中他業者からの仕事を受けたことは全くなく、受注活動を行ったこともない。独立の事業者として事業計画、損益計算、危険負担の主体となる客観的条件を持たない者である。そのような状況にある手間受け大工について、収入の安定を図る意味もあって、藤島建設が切れ目なく発注を行ってきた。藤島建設の発注を拒否して仕事の選別を行えば、藤島建設から次の仕事を切られる蓋然性が高く、原告はそのため仕事を断ることはなかった。原告が、仕事の指示や業務従事の指定に対して拒否する自由は事実上なかった。
(3) 藤島建設における手間請け大工の違い
藤島建設は木工事を担当する大工を、いわゆる正規社員として抱えず、いわゆる一人親方に仕事を振り分けていたものであるが、その形態については二種類存在していた。材料込みの発注と材料支給の手間のみの発注である。原告は完全に手間のみの大工であった。
第三争点に対する判断
一 労災保険法上は、その適用を受ける労働者を定義する規定はないが、同法一二条の八第二項は労働者に対する保険給付は労基法に規定する災害補償の事由が発生した場合にこれを行うと定め、労基法八四条一項は同法の規定する災害補償につき、労災保険法に基づいて給付が行われるときは、使用者は補償の責を免れると定めている。そこで、このような労働者の災害補償に関する制度の内容・関係からすれば、労災保険法は、労基法第八章「災害補償」に定められた使用者の労働者に対する災害補償責任を填補する責任保険に関する法律として制定されており、したがって、労災保険法にいう労働者は、労基法にいう労働者と同一であると解するのが相当である。
そして、労基法九条は、同法における労働者とは、職業の種類を問わず、同法八条の事業又は事業所に使用される者で、賃金を支払われる者をいうと定めており、右規定と同法一一条の賃金及び同法一〇条の使用者の定義を合わせ考えると、同法上の労働者とは、使用者の指揮監督の下に労務を提供し、使用者から労務に対する対償としての報酬が支払われる者をいうのであって、すなわち、使用従属性を有する者あるいは使用従属関係にある者を意味するものと解される。
そして、この使用従属関係の存否は、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務時間及び勤務場所についての拘束性の有無、労務提供についての代替性の有無、業務上の器材の負担関係、報酬の性格、従属性の程度、労働保険等の適用関係、公租などの公的負担関係など諸般の事情を総合的に考慮して判断すべきである。
二 そこで、次に、本件における原告の使用従属関係の存否について判断する。
<証拠略>を合わせると、左記の事実が認められる(ただし、<証拠略>)。
1 藤島建設は、木造住宅の建築等を目的とする会社であり、従業員は約四〇名で、管理部門の外、事務職員、現場監督、営業担当者等がいる。一棟の建物を完成するには、二二、三の業種が必要であるが、藤島建設は、これらの仕事について、その職種の従業員を雇用しておらず、すべて外注の方式を採っており、本件事故当時、木工事について、継続的に藤島建設の仕事をする大工は、二六名いた(以下、これらの大工を「訴外大工ら」という。)。なお、藤島建設のサービス部門には木工事の経験者が四名位いるが、同人らは、建物引渡前の下駄箱の取り付け等の簡単な工事及び引渡後の簡単な補修木工事を行っていた。
2 原告は、昭和五四年ころから藤島建設の木工事をするようになり、木造家屋の建前から完成までの大工の仕事をし、一か年三ないし五棟の木工事をしていた。藤島建設は、長年仕事をしている大工には、仕事が途切れないようにしているので、原告に対しても、或る工事が終了する前に、次の仕事を用意していた。
3 訴外大工らは、藤島建設から仕事を依頼された場合も、値段が折り合わない、場所が遠い、担当する現場監督と折り合わない等の理由で拒否することができ、原告も、藤島建設の仕事を断って他の仕事をすることは自由であり、昭和五六年ころ、両親の家屋を建築するために四、五か月間藤島建設の仕事をしなかったことがあり、また、建築場所が遠方であることから、藤島建設の申出を断ったことがあるが、暫くすると、藤島建設から別の仕事の依頼があった。原告は、藤島建設の木工事をするようになった際に、同会社との間で専属的に行うとの取極めはしていない。
4 原告は、店舗も工場も有せず、大工道具は、鋸、丸鋸、金槌等手工具の類を持っているだけであり、従業員も雇用していない。
5 藤島建設と原告は、藤島建設が提示する建築する建物の図面を基に報酬額等の条件につき交渉し、条件につき合意が成立すると、原告は仕事を引き受ける。その報酬額は、坪請け方式と称され、建物の種類、品質、工事の難易度等を考慮して、坪単価で決められ、これに建坪を乗じて、総額が算出される。これ以外に通勤費は支払われないが、現場が遠いときは、ガソリン代や高速道路の料金が支払われることもある。
報酬額が決定されると、藤島建設が原告に注文書を出すことになるが、実際には、木工事請求書が注文書に代わるものとして使用されており、これに原告に対する報酬の支払方法が記載されている。なお、請負契約書等の契約書は作成されない。
6 原告が工事を引き受けると、藤島建設は、立面図と平面図を渡し、材料、建前の日、全体の完成引渡し時期、木工事の完了すべき時期等を原告に指示していた。なお、平成元年から、各工事のパート毎に予定された日程が現場と事務所に張り出されるようになった。藤島建設が作成する工程表は、必ずしも訴外大工らに示されてなかった。
原告は、右図面を受取ると、ハリガタ構造図を書き、平面図に必要な加入をし、柱材、梁材等の寸法と必要数を決定した。
藤島建設は、右ハリガタ構造図に基づき、必要な材料を単価で特定する。尤も、材料の品質は、藤島建設と施主との請負契約で決まっている。
7 必要な材木はすべて藤島建設から提供され、原告は、材木の製材や加工の作業を始める。原告は、藤島建設の作業場で右作業を行い、同所に藤島建設が備付している昇降盤、自動カンナ、手押しカンナを使用していた。これらの電気料金は藤島建設が負担していた。尤も、藤島建設は、右作業を自宅で行うことも許容していた。
8 原告が材木の加工、製材等を終えると、建前が始まるが、もしも建前に間に合わないときは、原告は訴外大工らの内の知り合いの者に手伝って貰い、その場合は右大工に対する報酬は、原告が支払っていた。
9 建前の時は、原告が訴外大工らの内の知り合いの者に手伝って貰い、現場での建方を指示していた。これら大工に手伝いをして貰うについて、藤島建設の許可は不要であった。大工以外の鳶の職人やクレーン車、オペレーターは、すべて藤島建設が手配し、その費用を負担しており、現場で使う金物も藤島建設が支給していた。右建前に手伝いにくる大工については、報酬を支払わず、原告が右大工らの建前の時に手伝う方法により、すなわち、お互いに手伝い合うことで清算していた(いわゆる手間返し)。
10 建前以後は、通常原告が一人で木工事を行っていたが、工期等が間に合わないときは、知り合いの大工に手伝いを依頼することがあった。この場合、その費用は原告が支払っていた。なお、作業に必要な釘等は、藤島建設が提供していた。
11 原告が行う作業については、その工程の最初から最後まで、始業時間や終業時間等の勤務時間の定めはなく、原告がこれを自由に決めていた。そして、原告は、朝は自宅から建築現場や作業場に直行し、また、終業後は直接帰宅しており、藤島建設の事務所へ行って出勤簿に記帳することはなく、藤島建設において、原告の勤務記録は付けていなかった。したがって、有給休暇の制度はなかった。
もっとも、藤島建設の仕事をしている協力業者たる事業主は藤和会という団体を結成しており、原告もこれに加入していたところ、藤島建設の建築現場の近隣住民から騒音等を理由に苦情が出されたことから、藤和会の会議において、作業時間を午前八時から午後六時までとする旨の話し合いがされたので、原告も作業時間は右の時間に限っていた。また、原告も訴外大工らも、日曜日、祭日は仕事をしていなかった。
訴外大工らは、藤島建設から依頼された仕事は工期迄に完成すればよがったので、工期に間に合えば、その間に他社の仕事をすることも差し支えなく、例えば、一、二日他の処で働いても、その都度藤島建設に報告することはなく、弟子をもっている大工は、藤島建設の仕事を弟子にさせ、自分は他の現場で働く者もいた。
この点は、原告も同様であり、藤島建設から依頼された工事の期間中であっても、趣味の鳩のレースのため、日曜日以外にも時々作業を休んでいた。
藤島建設の現場監督は、建物の新築工事の場合、工程管理、品質管理の確認、大工との打ち合わせ等のため、建前から一か月間は、通常二日に一回、建前から一か月後からは建物が完成するまでは一週間に一ないし二回、建築現場に赴いていた。
12 原告は、毎月工事の進行状況に応じて藤島建設に報酬の請求書を提出し、藤島建設の現場監督がこれを了承すると、翌月五日に藤島建設から原告の銀行口座に送金されており、その金額は、平成元年三月が五一万六〇〇〇円、同年四月から六月が各五〇万円、同年七月が九五万〇五〇〇円、同年八月が五一万二〇〇〇円、同年九月及び一〇月が各四五万円、同年一一月が六〇万五〇〇〇円、同年一二月五日に四七万円、同月二八日に五五万円(ただし、これは平成二年一月分)、平成二年二月五日に五一万円で、合計六五一万三五〇〇円であった。毎月の報酬額は、原告が通常一人で作業をし、しかもその作業内容が大体決まっていることから余り変動がないが、工事が完成した翌月は、報酬総額から既払額を控除してその差額を支払うため、工事によっては他の月より高額になった。藤島建設は、原告に対する報酬を外注加工費として支払っていた。原告は、その収入を白色申告していた。
原告には、残業手当やボーナスは支給されず、退職金の制度も適用されなかった。
埼玉県における平成元年の大工の一日の平均現金給与額は、一万五六六〇円であり、一か月の平均実労働日数は、二二日である。
13 建築工事が完成後に修理を要する場合、それが原告の責に帰すべき理由によるときは、原告が補修し、これに対して藤島建設から報酬は支払われない。また、原告が他の業者に損害を蒙らせる場合も、原告の負担となる。もっとも、追加工事については、その報酬が支払われる。
14 訴外大工らは、いわゆる一人親方として労災保険に特別加入しており、その収入については、個人で税務申告をしている。原告及び訴外大工らは、藤島建設を使用者とする社会保険や雇用保険には加入していなかった。
原告は、昭和五五年五月一六日にいわゆる一人親方として労災保険に特別加入したが、平成元年四月一日に労災保険を脱退し、民間の保険に加入した。
15 本件工事についても、原告の作業の内容、仕方、報酬の決定方法、その支払方法等についての藤島建設と原告との間の合意の内容は、従来と同様であった。
三 もっとも、<証拠略>中には、藤島建設からの具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して、原告には諾否の自由は殆どなく、藤島建設の現場監督から業務遂行上の指揮監督を受けており、勤務場所及び勤務時間も事実上拘束され、労務提供の代替性はなかったし、報酬額は、藤島建設が設定した坪単価に拘束され、一般の従業員と比較して特に高額ではなく、また、工事の完成度合いに応じて支払われるのではなく、原告は、生活費として毎月定額を請求していたものであり、したがって、報酬は、一定期間労務を提供したことに対する対価であり、原告は、他社の業務に従事せず、一一年間藤島建設に専属で大工として働き、恒常的な雇用関係にあり、藤島建設は、いわゆる一人親方大工を営業組織の中に組入れ、事業に不可欠な建築部門を確保していたのであって、いわゆる一人親方とは形式的なもので、出来高払いの賃金で働く労働者であるとの部分がある。
しかし、<証拠略>は原告の陳述書、<証拠略>は別訴における原告本人尋問調書の写し、<証拠略>は原告からの聴取書であって、要するに原告本人尋問の結果とともに事実関係についての原告の陳述であるから、これらのうち、前認定に反する部分は、原告の陳述以外にはこれを補強する証拠は他にないから、前掲各証拠に照らして採用することができない。
四1 前記二に認定の事実に基づけば、原告は、建物の建築における木工事に従事し、坪単価に工事面積を乗じて報酬が定められ、労務提供の実績に応じて報酬を支払われていたから、原告の労務提供方式は、専門部会報告にいう「手間請け」に当たるということができる。そして、建築業における手間請けは、社会の複雑化に伴い労務提供の方式も多様化していることから、具体的場合に当該従事者が労働者に当たるか、それとも請負人等に当たるかが微妙な事案もあることも否定できない。この点、専門部会報告は、第二の二7のとおり、手間請けの場合に当該従事者が労働者に当たるかどうかの判断基準を示したところ、その内容は合理的であるということができる。
2 そこで、以下において、専門部会報告における判断基準も考慮して、前記一のような使用従属関係の存否、換言すれば、原告が労働者に当たるかどうかを、前記二に認定の事実に基づいて検討する。
(一) 仕事の依頼等に対する諾否の自由の有無
原告は、藤島建設から仕事を依頼された場合、これを承諾するかどうかの自由を有しており、実際にも建築場所が遠方であることを理由に断ったり、また、昭和五六年ころに両親の家屋を建築するために四、五か月間藤島建設の仕事をしなかったことがあり、具体的な仕事を承諾するかどうかも、図面を基に坪単価を試算し、諸条件を交渉して決定していた。
(二) 業務遂行上の指揮監督の有無
原告が仕事を承諾すると、藤島建設から立面図と平面図が渡されるが、木工事の具体的作業方法は特段指示されず、原告がその判断によって遂行していた。藤島建設は、建前の日、全体の完成引渡し時期、木工事の完了すべき時期等を指示していたが、図面を含め右程度の指示は、通常注文主が行う程等のものということができる。なお、藤島建設の現場監督は、建物の新築工事の場合、建前から一か月間は通常二日に一回、その後は建物が完成するまで一週間に一ないし二回、建築現場に赴いていたが、原告に対し工事について具体的指示を行っていたものではない。
(三) 拘束性の有無
勤務時間の定めは全くなく、仕事を開始する時間と終了する時間は、原告が決定し、出勤簿もなかった。なお、実際には、原告が作業をするのは午前八時から午後六時までであったが、これは、協力業者の団体である藤和会が建築現場近隣の住民からの苦情を考慮して行った申し合わせに従っていたにすぎない、また、原告は、日曜日、祭日は仕事を休んでいたが、これも藤島建設の指示によるものでない。
材料の加工や製材は藤島建設の作業場で行っていたが、このような作業を自宅で行うことは、禁止されていなかった。
藤島建設から依頼された仕事は工期迄に完成すればよく、工期に間に合えば、その間に他社の仕事をすることも差し支えなかった。原告は、藤島建設から依頼された工事の期間中であっても、趣味の鳩のレースのため、日曜日以外にも時々作業を休んでいた。
このように、原告は、労務提供の量及び配分を自ら決定することができた。
(四) 労務の代替性の有無
建前に間に合わないときは、原告は訴外大工らの内の知り合いの者に手伝って貰うことができ、右大工らに対する報酬は、原告が支払っていた。
原告は、建前の時は訴外大工らの内の知り合いの者に手伝って貰い、現場での建方を指示しており、これについて、藤島建設の承諾は不要であった。原告は、このような大工に報酬を支払わず、右大工らとはお互いに手伝い合うことで清算していた(いわゆる手間返し)。訴外大工らのうち、弟子をもっている者は、藤島建設の仕事を弟子に行わせることも許されていた。
右事実によれば、労務提供の代替性が認められていたということができる。
(五) 報酬の労務対償性の有無
原告の報酬は、坪単価方式によって決定され、毎月工事の進行状況に応じ原告の請求によって支払われ、工事が完成した翌月に総報酬額と従来の支払額との差額が支払われていた。残業手当及びボーナスは支給されなかった。
建築工事が完成後に修理を要する場合、原告の責に帰すべき理由によるときは、原告の負担で補修しなければならなかった。
そこで、右のような事実によれば、原告の報酬が労務の代償であるということはできない。
(六) 機械、器具等の負担関係
原告は、店舗も工場も有せず、大工道具は、鋸、丸鋸、金槌等手工具の類を持っているだけで、従業員も雇用していなかった。必要な材木はすべて藤島建設から提供され、藤島建設がその作業場に備付している昇降盤、自動カンナ、手押しカンナを使用しており、これらの電気料金は藤島建設が負担していた。この点は、原告の事業者性を弱める事実である。
(七) 報酬の額
原告が藤島建設から平成元年三月五日から平成二年二月五日までに支払を受けた報酬総額は、六五一万三五〇〇円であり、これを埼玉県における平成元年の大工の一年間の収入四一三万四二四〇円(一日の支給額一万五六六〇円、一か月の平均実労働日数二二日として算定したもの。)と比較しても、相当に高額であり、右報酬額は、原告の労働者性を弱める要素である。
(八) 専属性の程度
原告は、昭和五四年ころから藤島建設の木工事をしており、藤島建設は、原告ら長年仕事をしている大工には仕事が途切れないようにしていた。しかし、原告は、両親の家屋を建築するために四、五か月間藤島建設の仕事をしなかったことがあり、また、工期に遅れない限り他社の仕事をすることも許されており、藤島建設との間で専属的に行うとの取極めはしておらず、報酬に固定給的部分もなかったから、原告と藤島建設の関係は、強度の専属性があるということはできない。
(九) その他の事情
原告には有給休暇の制度はなく、退職金の制度も適用されず、原告は、藤島建設を使用者とする社会保険や雇用保険には加入してなく、その収入を白色申告しており、藤島建設は、原告に対する報酬を外注加工費として支払っていた。
訴外大工らは、いわゆる一人親方として労災保険に特別加入しており、その収入については、個人で税務申告をしている。
原告も昭和五五年五月一六日にいわゆる一人親方として労災保険に特別加入したが、平成元年四月一日に労災保険を脱退し、民間の保険に加入した。
3 以上のとおり、原告は、機械器具等の負担関係においては事業者性を弱める事実があり、また、或る程度の専属性はあるが、仕事の依頼等に対する諾否の自由を有し、業務遂行上の指揮監督を受けず、拘束性もなく、労務の代替性が有り、報酬の労務対償性はなく、報酬額も高く、その他の事情も労働者性に反するものであるから、これら事実を総合すると、原告を労基法上の労働者と認めることはできない。
五 よって、原告は労働者に当たらないとして、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を支給しないこととした本件処分は適法であるから、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大喜多啓光 小島浩 水上周)
(参考)
労働基準法研究会労働契約等法制部会
労働者性検討専門部会報告
平成8年3月
労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会 参集者名簿
荒木尚志 東京大学法学部助教授
(座長)奥山明良 成城大学法学部教授
土田道夫 独協大学法学部助教授
中田裕康 一橋大学法学部教授
山川隆一 筑波大学社会科学系助教授
(五十音順)
目 次
第1 検討の趣旨
第2 建設業手間請け従事者について
I はじめに
II 判断基準
III 事例
第3 芸能関係者について
I はじめに
II 判断基準
III 事例
建設業手間請け従事者及び芸能関係者に関する労働基準法の「労働者」の判断基準について
第一検討の趣旨
労働基準法第9条は、その適用対象である「労働者」を「使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定しているが、具体的な事案についてこの「労働者」に該当するかどうかの判断は必ずしも容易ではない。この点に関しては、昭和60年に労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」が出されているが、なお、労働者に該当するか否かが問題となる事例が多くみられることから、平成5年の労働基準法研究会報告では、当面、この判断基準により運用し、行政としても、より具体的な運用基準を作成するなど、引き続き判断基準の明確化に努めることが適当であるとされている。
このような状況を踏まえ、労働省から当専門部会に対し、特に労働者性の判断について問題となることが多い建設業手間請け従事者及び芸能関係者について、昭和60年の判断基準をより具体化した判断基準のあり方についての検討が依頼され、当専門部会として検討を重ねた結果、以下のような結論に達した。
第2建設業手間請け従事者について
I はじめに
1 「手間請け」とは
「手間請け」という言葉は、多様な意味で用いられているが、本報告においては、工事の種類、坪単価、工事面積等により総労働量及び総報酬の予定額が決められ、労務提供者に対して、労務提供の対価として、労務提供の実績に応じた割合で報酬を支払うという、建設業における労務提供方式を「手間請け」と定義する。
この他に「手間請け」と呼ばれるものとして、<1>手間賃(日当)による日給月給制の労働者の場合、<2>手間(労務提供)のみを請け負い、自らは労務提供を行わずに労働力を供給する事業を行っている者の場合等があるが、<1>については一般に労働者と、<2>については一般に事業者であると解することができ、これらについては労働者性の問題が生じるところではないので、本報告では対象とはしていない。
なお、建設業において「手間請け」の形態が見られる工事には様々な種類のものがあると考えられるが、以下では主に建築工事を念頭に置いて記述している。
2 「手間請け」の形態
以上のような「手間請け」というものについても、工事の種類、労務提供の形態等により、いくつかの形態が存在する。特に、住宅建築等の小規模建築工事の場合とビル建築等の大規模建築工事の場合では、その形態が大きく異なっている。
なお、建設業の場合、親方、子方、配下、世話役等の用語が、工事の形態により異なった意味に使われる場合があるので、単にその呼び名だけではなく実際の役割に留意する必要がある。
(1) 小規模建築工事の場合
建築工事を請け負った工務店、専門工事業者等と大工等の建築作業従事者間での契約・労務提供の形態である。建築作業従事者は、単独の場合とグループの場合があり、後者の場合には、グループの世話役がいる場合がある。
契約は、一つ一つの工事ごとに、就労場所、工期、作業内容、坪単価、報酬の支払方法等を内容として、通常は口頭で行われる。
報酬については、まず、仕事の難易度により一坪仕上げるのに何人分(人工)の労働力が必要かが判断され、これを基に、坪単価が決定されて坪単価×総坪数で総報酬額が決められる。この総報酬額を、工事の進捗状況に従って按分し、月ごとに、あるいは、請求に応じて随時支払う場合や、工事終了後一括して支払う場合などがある。
なお、この他に特殊なものとして、棟上げ等の場合に他の大工等に応援を求め、逆の立場の場合にその「手間」を労務の提供により返す「手間貸し」(手間返し)という形態もある。
(2) 大規模建築工事の場合
おおむね、次の三種類の形態が考えられる。ただし、この分類はあくまでも代表的な例を示したものであり、現実には必ずしもどれかに当てはまるものではないことから、労働者性の判断に当たっては、実際の形態に留意する必要がある。
イ 世話役請取り
世話役が一次業者等と請負契約を結び、世話役が更にその下の作業員との間で就業に関する契約を結ぶ形態である。世話役とその下の作業員の間では、1日当たりいくらというような内容の契約が結ばれる場合が多い。
ロ グループ請取り
仕事があって手が足りないとか量が多いといった場合に、同じようなレベルにある仲間がグループで一次業者等から請け負う形態である。グループ内では、グループの世話役とグループの構成員の間で、m2当たりいくらという取決めを結んでいる場合や、グループ内が全く対等の関係にあり、一次業者等との関係は、グループ構成員の話合いにより処理される場合など、様々な形態を含んでいる。
ハ 一人親方
単独で作業を請け負う形態である。
契約は、m2当たりいくら、トン当たりいくらという出来高払の単価契約で、口頭契約の場合が多い。
3 使用者、事業主・事業者
(1) 総論
建設業の場合には、下請契約等が重層的になされていることが多く、また、実際の指示や命令も重層的になされる。そのため、このような重層的な関係の下で作業に従事する者について労働者性を判断するためには、誰と誰の間に使用従属関係があるかを明確にする必要がある。
なお、労働基準法等関係法令においては、その義務主体が、労働基準法においては「使用者」、労働安全衛生法においては「事業者」、労働者災害補償保険法においては「事業主」となっている。このうち「事業者」及び「事業主」は事業の責任主体であり、「使用者」は事業主のために行為するすべての者であることから、この二者については対象となる範囲が異なっている。
労働者性の判断基準において、「労働者性を弱める要素」としている「事業者性」は、上の意味での「事業者」又は「事業主」であるか否か、あるいは、これらにどの程度近いものであるかという点である。
他方、労働基準法においては、事業主以外の者であっても、実際に指揮命令等を行っている者はすべてその限りで「使用者」であることになることから、労働基準法において「使用者」であるとされ、その責任を負うべき場合でも、直ちにその者の労働者性が否定されるものではない。
(2) 各論
手間請け従事者の労働者性が認められる場合には、原則的には、手間請け従事者又はそのグループと直接契約を締結した工務店、専門工事業者、一次業者等が使用者になるものと考えられるが、グループで仕事を請けている場合には、グループの世話役等が使用者になる場合も考えられる。したがって、グループによる手間請けの場合においては、グループの世話役と構成員の間及び工務店、専門工事業者、一次業者等とグループの構成員の間の使用従属関係の有無等を検討し、グループの世話役が、労働者のグループの単なる代表者であるのか、グループの構成員を使用する者であるのかを、その実態に即して判断する必要がある。
II 判断基準
1 使用従属性に関する判断基準
(1) 指揮監督下の労働
イ 仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無
具体的な仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して諾否の自由があることは、指揮監督関係の存在を否定する重要な要素となる。
他方、このような諾否の自由がないことは、一応、指揮監督関係を肯定する要素の一つとなる。ただし、断ると次から仕事が来なくなることなどの事情により事実上仕事の依頼に対する諾否の自由がない場合や、例えば電気工事が終わらないと壁の工事ができないなど作業が他の職種との有機的連続性をもって行われるため、業務従事の指示を拒否することが業務の性質上そもそもできない場合には、諾否の自由の制約は直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならず、契約内容や諾否の自由が制限される程度等を勘案する必要がある。
ロ 業務遂行上の指揮監督の有無
(イ) 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
設計図、仕様書、指示書等の交付によって作業の指示がなされている場合であっても、当該指示が通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する要素とはならない。他方、当該指示書等により作業の具体的内容・方法等が指示されており、業務の遂行が「使用者」の具体的な指揮命令を受けて行われていると認められる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素となる。
工程についての他の職種との調整を元請け、工務店、専門工事業者、一次業者の責任者等が行っていることは、業務の性格上当然であるので、このことは業務遂行上の指揮監督関係の存否に関係するものではない。
(ロ) その他
「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合には、使用者の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。
ハ 拘束性の有無
勤務場所が建築現場、刻みの作業場等に指定されていることは、業務の性格上当然であるので、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には指揮監督関係を肯定する要素となる。ただし、他職種との工程の調整の必要がある場合や、近隣に対する騒音等の配慮の必要がある場合には、勤務時間の指定がなされたというだけでは指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
一方、労務提供の量及び配分を自ら決定でき、契約に定められた量の労務を提供すれば、契約において予定された工期の終了前でも契約が履行されたこととなり、他の仕事に従事できる場合には、指揮監督関係を弱める要素となる。
ニ 代替性の有無
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められている場合や、本人が自らの判断によって補助者を使うことが認められている場合等労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素の一つとなる。他方、代替性が認められていない場合には、指揮監督関係の存在を補強する要素の一つとなる。
ただし、労働契約の内容によっては、本人の判断で必要な数の補助者を使用する権限が与えられている場合もある。このため、単なる補助者の使用の有無という外形的な判断のみではなく、自分の判断で人を採用できるかどうかなど補助者使用に関する本人の権限の程度や、作業の一部を手伝わせるだけかあるいは作業の全部を任せるのかなど本人と補助者との作業の分担状況等を勘案する必要がある。
(2) 報酬の労務対償性に関する判断基準
報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算される場合には、使用従属性を補強する重要な要素となる。
報酬が、1m2を単位とするなど出来高で計算する場合や、報酬の支払に当たって手間請け従事者から請求書を提出させる場合であっても、単にこのことのみでは使用従属性を否定する要素とはならない。
2 労働者性の判断を補強する要素
(1) 事業者性の有無
イ 機械、器具等の負担関係
据置式の工具など高価な器具を所有しており、当該手間請け業務にこれを使用している場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素となる。
他方、高価な器具を所有している場合であっても、手間請け業務にはこれを使用せず、工務店、専門工事業者、一次業者等の器具を使用している場合には、労働者性を弱める要素とはならない。
電動の手持ち工具程度の器具を所有していることや、釘材等の軽微な材料費を負担していることは、労働者性を弱める要素とはならない。
ロ 報酬の額
報酬の額が当該工務店、専門工事業者、一次業者等の同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額な場合には、労働者性を弱める要素となる。
しかし、月額等でみた報酬の額が高額である場合であっても、それが長時間労働している結果であり、単位時間当たりの報酬の額を見ると同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額とはいえない場合もあり、この場合には労働者性を弱める要素とはならない。
ハ その他
当該手間請け従事者が、<1>材料の刻みミスによる損失、組立時の失敗などによる損害、<2>建物等目的物の不可抗力による滅失、毀損等に伴う損害、<3>施工の遅延による損害について責任を負う場合には、事業者性を補強する要素となる。また、手間請け従事者が業務を行うについて第三者に損害を与えた場合に、当該手間請け従事者が専ら責任を負うべきときも、事業者性を補強する要素となる。
さらに、当該手間請け従事者が独自の商号を使用している場合にも、事業者性を補強する要素となる。
(2) 専属性の程度
特定の企業に対する専属性の有無は、直接に使用従属性の有無を左右するものではなく、特に専属性がないことをもって労働者性を弱めることとはならないが、労働者性の有無に関する判断を補強する要素の一つと考えられる。
具体的には、特定の企業の仕事のみを長期にわたって継続して請けている場合には、労働者性を補強する要素の一つとなる。
(3) その他
イ 報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていることは、労働者性を補強する要素の一つとなる。
ロ 発注書、仕様書等の交付により契約を行っていることは、一般的には事業者性を推認する要素となる。ただし、税務上有利であったり、会計上の処理の必要性等からこのような書面の交付を行っている場合もあり、発注書、仕様書等の交付という事実だけから判断するのではなく、これらの書面の内容が事業者性を推認するに足りるものであるか否かを検討する必要がある。
ハ ある者が手間請けの他に事業主としての請負業務を他の日に行っていることは、手間請けを行っている日の労働者性の判断に何ら影響を及ぼすものではないため、手間請けを行っている日の労働者性の判断は、これとは独立に行うべきものである。
ニ いわゆる「手間貸し」(手間返し)の場合においては、手間の貸し借りを行っている者の間では、労働基準法上の労働者性の問題は生じないものと考えられる。
III 事例
(事例1)大工A
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
住宅建築工事
(2) 大工の業務の内容
住宅の床、壁、天井等の建付けを行う。発注者から材料の供給を受けて、当該建築現場内において刻み、打付け等の作業を行う。
2 当該大工の契約内容及び就業の実態
(1) 契約関係
書面契約はなく、口頭による。受注部分は、発注者自身が請け負った住宅の一区画である。報酬は3.3m2当たり5万円を基本とし、工事の進捗状況により、毎月末を支払日としている。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
Aは継続的にこの発注者から仕事を受けており、断ると次から仕事がもらえなくなって収入が途絶えることを恐れて、事実上仕事の依頼を断ることはない。しかし、仕事を断ろうと思えば断る自由はあり、都合が悪ければ実際に断ることもある。
また、例えばAが刻みを終えると、次は打付けをするようにという業務従事の指示があり、Aはこれを拒否できない。
(3) 指揮命令
発注者はAに仕様書及び発注書で基本的な作業の指示を行い、さらに作業マニュアルで具体的な手順が示されている。また、定期的に発注者の工事責任者が現場に来て、Aらの作業の進捗状況を点検している。
また、他の現場の建前への応援作業を指示される場合があり、この場合には、発注者から日当の形で報酬の支払を受ける。
(4) 就業時間の拘束性
Aは、原則として毎日発注者の事務所へ赴き、そこで工事責任者の指示を仰いだ後に現場に出勤している。また、作業を休む場合には、発注者に事前に連絡をすることを義務付けられている。勤務時間の指定はされていないが、発注者に雇用されている他の労働者と同じ時間帯に作業に従事しており、事実上毎日午前8時から午後5時まで労務を提供している。
(5) 代替性の有無
Aが自己の判断で補助者を使用することは認められていない。
(6) 報酬の性格
報酬は請負代金のみで、交通費等の経費はすべてAの負担となるが、他の現場へ応援に行く場合は、発注者の雇用労働者と同程度の額が日当の形で支払われる。
(7) その他
材料加工用の工具は、釘等を含め、発注者側に指示されたものをAが用意するが、高価な物はない。
工事途中に台風などにより破損した箇所は発注者側の経費により修理される。
社会保険、雇用保険には加入せず、報酬についてはA本人が事業所得として申告をしている。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>業務従事の指示に対して諾否の自由を有していないこと、<2>業務遂行について、かなり詳細な指示を受け、本人に裁量の余地はあまりないこと、<3>勤務時間についても実質的な拘束がなされていること、から使用従属性があるものと考えられる。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
工具等を自ら負担していること、社会保険の加入、税金の面で労働者として取り扱われていないことは、「労働者性」を弱める要素ではあるが、上記(1)による「使用従属性」の判断を覆すものではない。また、代替性が認められていないことは、労働者性を補強する要素となる。
(3) 結論
本事例の大工Aは、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
(事例2)型粋大工B
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
中層ビル建築工事
(2) 大工の業務の内容
ビルの梁、柱、壁等の形にベニヤ板等により型枠を作成する。当該部分に、生コンを流し込むことにより梁、柱等が建造されていく。材料は発注者から供給を受ける。ベニヤ等の刻み、打付けは当該建築現場において行う。
2 当該大工の契約内容及び就業の実態
(1) 契約関係
書面契約はなく、口頭による。受注部分は、ビル建築現場における一区画を15名のグループで請け負ったもの。報酬は3.3m2当たり15万円。支払は、随時請求することも工事の進捗状況により可能であるが、工事終了後、一括してグループ全体として受ける。Bはグループの代表として報酬を受け、グループの構成員にはBから分配をする。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
複数の発注者から仕事を受けており、仕事の依頼を断ることもある。
(3) 指揮命令
作業方法等に関しては、発注者から、他工程との関連から、施工時期や安全施工に関する指示を受けることはあるが、その他の施工方法については、状況を見ながら自己が判断して決定する。
また、他の現場の建前への応援作業を依頼される場合があるが、この場合の報酬は、基本的に他のグループとの間でやりとりされる。
(4) 就業時間の拘束性
当該工事内の始業、終業時間は一応定められているが、Bはこれに拘束されることはなく、工事の進捗状況により、発注者と相談の上作業時間が決定される。朝礼や終業時のミーティングに参加することはあるが、義務付けられてはいない。
(5) 代替性の有無
施工に当たり、B自身が作業することは契約内容とはなっておらず、Bが自己の判断で補助者を使用することは自由である。
(6) 報酬の性格
報酬は請負代金のみで、交通費等の経費はすべてBの負担となる。
なお、グループ内の他の構成員への報酬支払責任は最終的にはBが負う。
(7) その他
材料加工用の工具は、高価な据置式の工作機械を含めてBらが用意したものを使用する。
社会保険、雇用保険には加入せず、報酬については事業所得として申告している。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>仕事の依頼についての諾否の自由はあること、<2>業務遂行について、裁量が広く認められており、指揮監督を受けているとは認められないこと、<3>勤務時間が指定、管理されていないこと、<4>自己の判断で補助者を使用することが認められており、労務提供の代替性が認められること、から使用従属性はないものと考えられる。また、報酬が出来高払となっており、労務対償性が希薄であることは、当該判断を補強する要素である。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
高価な工具を自ら負担していること、社会保険の加入、税金の面で労働者として取り扱われていないことは、「労働者性」を弱める要素である。
(3) 結論
本事例の型枠大工Bは、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
第3芸能関係者について
I はじめに
芸能関係者については、多様な職種、契約形態が存在するが、この判断基準においては、俳優及び技術スタッフ(撮影、照明、録音等)について、映画やテレビ番組の製作会社との関係において労働者に該当するか否かの基準を示したものである。したがって、俳優がいわゆるプロダクション等に所属し、それとの間に労働契約関係があると考えられる場合、あるいは、スタッフが、製作会社から業務を請け負う会社に雇用されていると考えられる場合も存するが、そのようなケースはこの判断基準では念頭に置いていない。
なお、映画やテレビ番組の製作に当たっては、一般的には、通常製作会社に雇用されるプロデューサーが作品製作のために必要な全体の予算やスケジュールの管理を行うこととされている。また、プロデューサーの管理の範囲内において、監督が俳優に対し、あるいは、監督ないし撮影、照明等のチーフのスタッフがセカンド以下のスタッフ(助手)に対して撮影上の指示を行うこととされている。このような場合にも、製作会社は、監督やチーフのスタッフを通じて俳優やセカンド以下のスタッフに対して総括的な指示を行っているものと考えられる。したがって、製作会社が俳優やスタッフに対して直接指示を行うことがないからといって、当該俳優やスタッフが製作会社との関係で労働者性を直ちに否定されることにはならない。
II 判断基準
1 使用従属性に関する判断基準
(1) 指揮監督下の労働
イ 仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無
例えば、特定の日時、場所を指定したロケ撮影参加の依頼のような、「使用者」の具体的な仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して諾否の自由を有していることは、指揮監督関係の存在を否定する重要な要素となる。
他方、このような諾否の自由がないことは、一応、指揮監督関係を肯定する一要素となる。ただし、当事者間の契約によっては、一定の包括的な仕事の依頼を受諾した以上、当該包括的な仕事の内容をなす個々具体的な仕事の依頼については拒否する自由が当然制限される場合がある。また、専属下請のように事実上、仕事の依頼を拒否することができないという場合もある。このような諾否の自由の制約は直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならず、契約内容や仕事の依頼を拒否する自由が制限される程度等を勘案する必要がある。
ロ 業務遂行上の指揮監督の有無
(イ) 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
俳優やスタッフが実際に演技・作業を行うに当たり、演技・作業の細部に至るまで指示がある場合には、指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素となる。
他方、俳優やスタッフなど、芸術的・創造的な業務に従事する者については、業務の性質上、その遂行方法についてある程度本人の裁量に委ねざるを得ないことから、必ずしも演技・作業の細部に至るまでの指示を行わず、大まかな指示にとどまる場合があるが、このことは直ちに指揮監督関係を否定する要素となるものではない。
(ロ) その他
「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することを拒否できない場合には、「使用者」の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。例えば、スタッフが本来自分の担当するパートのほか、監督の命令、依頼等により他のパートの業務に従事することを拒否できない場合には、一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。
ハ 拘束性の有無
勤務場所がスタジオ、ロケーション現場に指定されていることは、業務の性格上当然であるので、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
映画やテレビ番組の撮影に当たっては、勤務時間が指定・管理されていることが通常である。この場合であっても、例えば場面設定との関係上、特定の時間にしか撮影ができないなどの事業の特殊性によるものである場合には、かかる指定は指揮監督関係を肯定する要素とはいえない。他方、「使用者」が業務の遂行を指揮命令する必要によるものであれば、指揮監督関係を肯定する一要素と考えられる。例えば、一日の撮影の中で、監督等が行う具体的な撮影時間、休憩、移動時間等の決定や指示に従わなければならないこと、監督の指示によって一旦決まっていた撮影の時間帯が変動した場合に、これに応じなければならないことは、指揮監督関係を肯定する要素の一つとなる。
ニ 代替性の有無
「使用者」の了解を得ずに自らの判断によって他の者に労務を提供させ、あるいは、補助者を使うことが認められている等労務提供に代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素の一つとなる。
(2) 報酬の労務対償性に関する判断基準
映画やテレビ番組の撮影についての労務提供に関する契約においては、撮影に要する予定日数を考慮に入れながら作品一本あたりいくらと報酬が決められているのが一般的であるが、拘束時間、日数が当初の予定よりも延びた場合に、報酬がそれに応じて増える場合には、使用従属性を補強する要素となる。
2 労働者性の判断を補強する要素
(1) 事業者性の有無
イ 機械、器具、衣裳等の負担関係
例えば、俳優が自ら所有する衣裳を用いて演技を行う場合、それが安価な場合には問題とならないが、著しく高価な場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素となる。
ロ 報酬の額
報酬の額が当該企業において同様の業務に従事している正規従業員に比して著しく高額である場合には、一般的には、事業者に対する代金の支払と認められ、労働者性を弱める要素となるが、俳優やスタッフの場合には、比較すべき正規従業員がほとんどいないので、労働者性の判断の要素とはなりにくい。ただし、同種の業務に従事する他の者と比べて報酬の額が著しく高額である場合、例えば、ノーランクといわれるような著しく報酬の高い俳優の場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素となる。
ハ その他
俳優やスタッフが業務を行うについて第三者に損害を与えた場合に、当該俳優やスタッフが専ら責任を負うべきときは、事業者性を補強する要素となる。
(2) 専属性の程度
特定の企業に対する専属性の有無は、直接に使用従属性の有無を左右するものではなく、特に専属性がないことをもって労働者性を弱めることとはならないが、労働者性の有無に関する判断を補強する要素の一つと考えられる。
具体的には、他社の業務に従事することが契約上制約され、または、時間的余裕がない等事実上困難である場合には、専属性の程度が高く、経済的に当該企業に従属していると考えられ、労働者性を補強する要素の一つと考えられる。
(3) その他
報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていることは、労働者性を補強する要素の一つとなる。
III 事例
(事例1)俳優A
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
映画の撮影の事業、製作期間5ヵ月(うち撮影期間3ヵ月)。
(2) 俳優の業務の種類、内容
映画作品の撮影現場において、一言だけ「台詞」がある喫茶店のウェイトレスの役を演じる。
2 当該俳優の契約内容及び就業の実態
(1) 契約の内容
ある程度撮影が進行した段階で、撮影日時、場所を特定して出演することを、口頭により製作会社と約したもの。契約期間は2日間であるが、撮影の進行状況によっては、拘束日数が数日間延長されることがある。
報酬は、俳優の実績、人気や役柄の重要性に応じて設定されている「ランク」と呼ばれる出演料の基準により約定されている。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
当初から撮影日時等が特定されているが、撮影期間を数日間延長する旨の指示があった場合に、これを事実上拒否することはできない。
(3) 指揮命令
演じる役の性質上、演技内容、方法等については、あらかじめ決定された場面設定によりほとんど特定されているが、撮影の状況によっては、監督等が具体的な指示を行い、自己の裁量によって演技する部分はほとんどない。
また、監督等の指示により、当初の依頼とは異なる役を演じさせられることがある。
(4) 撮影時間の拘束性
映画製作の性質上、撮影時間は指定・管理される。一日の撮影時間の中の具体的な撮影、休憩、移動の時間の割り振りはAの都合を考慮せずに一方的に決定され、これに従わざるを得ない。また、製作会社の都合で当初決まっていた撮影の時間帯を変更する場合であっても、Aはこの指示に従わなければならない。
(5) 報酬の性格及び額
報酬は拘束日数に基づいて算定されていないが、拘束時間が大幅に延長された場合には多少追加の報酬を受ける。
報酬の額は、「ランク」の最低の5万円である。
(6) 専属性
当該製作会社の作品に専属的に出演してはいないが、契約期間の2日間は他の製作会社の作品に出演することはできない。
(7) その他
社会保険、雇用保険には加入していない。報酬については、エキストラとして出演しているアルバイトと同様に製作会社が給与所得としての源泉徴収を行っている。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>撮影期間が延長される場合であっても拒否することはできないこと、<2>演技方法等があらかじめ特定され、本人に裁量の余地はほとんどないこと、<3>具体的な撮影時間等の割り振りが一方的に決定され、これに従わざるを得ないこと、から使用従属性があるものと考えられる。また、当初の役以外の役を演ずることを拒否できないことは、当該判断を補強する要素である。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
税金の面で労働者として取り扱われていることは、労働者性を補強する要素となる。
(3) 本事例の俳優Aは、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
(事例2)俳優B
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
映画の撮影の事業、製作期間5ヵ月(うち撮影期間3ヵ月)。
(2) 俳優の業務の種類、内容
映画作品の主役を撮影現場において演じる。
2 当該俳優の契約内容及び就業の実態
(1) 契約の内容
製作会社との書面契約により、3ヵ月の撮影期間において必要な都度出演することを約したもの。いわゆる「ノーランク」であり、契約締結に際して報酬を交渉の上決定したが、その報酬は実際に撮影に要した日数によらず一定額とされている。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
出演依頼が多く、スケジュールが詰まっていることも多いので、都合の悪い時などはロケ撮影の日程の変更を主張することができる。
(3) 指揮命令
演技内容については、事前あるいは撮影の途中に監督等と打合せを行う。その段階で俳優としての自己のイメージなども主張するなど自分の意向が、かなり反映される。
(4) 撮影時間の拘束性
決定された撮影時間には拘束されるが、実際の撮影時間の決定においては、Bの都合が優先的に考慮される。
(5) 報酬の性格及び額
報酬の額は、3ヵ月の撮影期間すべてに対するもので、実際の日数にかかわらず、2千万円弱である。
「ランク」に基づいて出演料が決定される俳優に比べて著しく高い。
(6) 専属性
3ヵ月の撮影期間中においても、他会社の作品に出演することは、日程上可能であれば制限はなく、当該製作会社の作品に専属的に出演してはいない。
(7) その他
社会保険、雇用保険には加入せず、報酬についても、Bが事業所得として申告している。また、撮影に用いる高価な衣装は自分で用意する。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>業務従事の指示に対する諾否の自由があること、<2>演技方法について本人の意向が相当反映されること、<3>撮影時間の決定に当たって本人の都合が優先的に考慮されること、から使用従属性はないものと考えられる。
また、報酬の額が撮影日数に対応しておらず、その額が他の俳優に比べて著しく高いことは、当該判断を補強する要素である。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
高価な衣装を自ら負担していること、社会保険の加入、税金の面で労働者として取り扱われていないことは、「労働者性」を弱める要素である。
(3) 結論
本事例の俳優Bは、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
(事例3)撮影助手A
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
映画の撮影の事業、製作期間5ヵ月(うち撮影期間3ヵ月)。
(2) 撮影助手の業務の種類、内容
映画作品の撮影現場において、撮影のための光量の測定や色温度の計測、機材のセッティング、ピントの調整等を行う。撮影スタッフのランクの中でもサードと呼ばれ、指示系統の序列の中で最後位に位置する。
2 当該助手の契約内容及び就業の実態
(1) 契約内容
製作会社と口頭の約束により、3ヵ月の撮影期間内を目安に、大まかな撮影スケジュールを特定し、撮影作業に従事することを約したもの。報酬については、サードの撮影助手の相場を参考にして、拘束日数を目安に算定されている。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
3ヵ月間の撮影期間は、ロケの参加依頼等作業従事の指示を拒否できない。
(3) 指揮命令
作業の内容、方法等については、基本的にはチーフの撮影技師から、機材のセッティングの位置、ピントの調整程度の詳細に至るまで指示がある。撮影現場の状況によっては、作業方法が予め特定され、大まかな指示にとどまる場合もあるが、その場合でも、チーフの撮影技師に作業の進捗状況を報告するなど、いずれの場合も自己の裁量により決定し得る部分はほとんどない。
また、監督等の指示により、撮影以外のパートを手伝わされることもある。
(4) 作業時間の拘束性
決定された撮影時間には拘束される。また、実際の撮影時間は、大物俳優のスケジュールに基づき設定され、自己の都合を反映させることはできない。
(5) 報酬の性格及び額
報酬は、拘束日数に基づいて算定されており、拘束時間が延長された場合には延長された日数に応じて追加の報酬を受ける。
報酬の額は、1か月当たり15万円である。
(6) 機材、器具の負担
撮影に使用する機材等について、自己所有の物を持ち込むことはない。
(7) 専属性
当該製作会社に専属はしていないが、撮影期間中は他の製作会社の作品において作業することは実際にはできない。
(8) その他
社会保険、雇用保険には加入していない。報酬については、作業の補助者として就業しているアルバイトと同様に製作会社が給与所得としての源泉徴収を行っている。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>作業従事の指示を拒否できないこと、<2>業務遂行について、通常は詳細な指示があり、本人に裁量の余地はほとんどないこと、<3>撮影時間も自己の都合とは関係なく決定されて、これに従わざるを得ないこと、から使用従属性があるものと考えられる。また、報酬が拘束日数に基づいて算定されることは、当該判断を補強する要素である。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
税金の面で労働者として取り扱われていることは、労働者性を補強する要素となる。
(3) 結論
本事例の撮影助手Aは、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
(事例4)撮影技師B
1 事業等の概要
(1) 事業の内容
映画の撮影の事業、製作期間5ヵ月(うち撮影期間3ヵ月)。
(2) 撮影技師の業務の種類、内容
映画作品の撮影現場において、出演者の動きなどを見て、監督や照明技師等と打ち合わせた上でカメラアングル等を決定し、カメラを操作する。その他に、「ロケハン」といわれる撮影準備作業に参加するなど作品全体の構成決定に参加する。一般に「メインスタッフ」と称される。
2 当該技師の契約内容及び就業の実態
(1) 契約の内容
製作会社との書面契約により、撮影の準備作業を含め5ヵ月間の製作期間作業することを約したもので、報酬は拘束を受ける月数により算定されている。
(2) 業務従事の指示に対する諾否の自由
5ヵ月間の製作期間は、ロケ撮影の参加依頼等を拒否することはできない。
(3) 指揮命令
カメラアングルなど撮影方法等について、事前あるいは撮影の途中に監督等と打合せを行う。その段階での自己の提案は採用される部分が多く、監督等から一方的な指示を受けることはない。
(4) 作業時間の拘束性
決定された撮影時間には拘束される。また、撮影時間の決定に当たっては大物俳優のスケジュールが優先され、原則として自己の都合を反映させることはできない。
(5) 報酬の性格及び額
報酬は、基本的には拘束される月数を目安に算定され、報酬の額は1ヵ月当たり、150万円弱である。
(6) 機材、器具の負担
自己の所有する機材等を撮影に持ち込んで使用することはない。
(7) 専属性
当該製作会社に専属はしていないが、5ヵ月の製作期間中は、他会社の作品で作業することはほとんどない。
(8) その他
社会保険、雇用保険には加入せず、報酬についても、Bが事業所得として申告している。また、撮影に当たっては、自己の判断で補助者を使うことが認められている。
3 「労働者性」の判断
(1) 使用従属性について
<1>業務従事の指示について諾否の自由を有していないことは、労働者性を肯定する要素であるが、<2>業務の遂行方法について一方的な指示を受けることはなく、本人の裁量の余地が大きいこと、<3>自らの判断で補助者を使うことが認められていることから、使用従属性はないものと考えられる。
(2) 労働者性の判断を補強する要素について
社会保険の加入、税金の面で労働者として扱われていないことは、労働者性を弱める要素である。
(3) 結論
本事例の撮影技師Bは、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。