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浦和地方裁判所 昭和32年(行)10号 判決 1960年4月27日

原告 内田喜重郎

被告 埼玉県知事 外一名

訴訟代理人 横山輝夫 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告の求める裁判

(一)  訴外埼玉県農地委員会が昭和二三年一一月一九日付裁定第一九二号をもつてなした原告所有の熊谷市大字箱田字郷戸一七七番のイ号田七畝一一歩及び同所同番のロ号畑一畝一一歩の二筆と国所有の同市同大字字三郎二二九番田三畝一〇歩、同所二三四番田四畝六歩及び同市同大字字灰替戸八二〇番の一畑一畝一四歩の三筆との交換に関する裁定処分は無効であることを確認する。

(二)  被告根岸喜一郎は原告に対し、熊谷市大字箱田字郷戸一七七番の一田一畝二六歩、同所同番の二畑七歩及び同所同番の三田六畝一九歩につき、浦和地方法務局熊谷支局昭和三一年七月一〇日受付第三四〇二号をもつてした自作農創設特別措置法第一六条の規定に基づく売渡処分による各所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決。

二、被告らの求める裁判

主文第一、二項と同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、原告の主張する請求の原因

(一)  訴外埼玉県農地委員会は、自作農創設特別措置法(以下自創法という)第二三条第四項第五項の規定により、昭和二三年一一月一九日付裁定第一九二号裁定書をもつて、原告の所有する熊谷市大字箱田字郷戸一七七番のイ号田七畝一一歩及び同所同番のロ号畑一畝一一歩の二筆と国の所有する同市同大字字三郎二二九番田三畝一〇歩、同所二三四番田四畝六歩及び同市同大字字灰替戸八二〇番の一畑一畝一四歩(現在は同所八一九番の四畑一畝一四歩と地番のみ変更。以下同じ。)の三筆と交換する裁定処分(以下単に本件裁定という。)を行つた。

(二)  しかし、本件裁定に関し、原告は自創法施行規則第九条に定める裁定書の謄本は勿論のことその他何らの通知も受けていない。

(三)  また、本件裁定につぎに述べるとおり自創法第二三条の規定する要件が欠けているのにもかかわらず行なわれたものである。

(1)  先ず、法律に定める自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行なわれたものではない。すなわち、本件裁定は、地元農地委員会である訴外熊谷市成田地区農地委員会の交換指示に基づく協議が成立しなかつたから行なわれたものであるが、同訴外農地委員会の管内においては、解放農地の売渡につき甚だしい差異(例えば、同じような条件の下においても、訴外林彦七に対してはその小作地を全然解放せず、同白子隆芳に対してその小作地の約半分を解放し、同鯨井正夫、同土屋清八、同白子亀次らに対してはその各小作地の全部を解放している。)があり、公正に行なわれていなかつた。とくに、右交換指示は全く被告根岸の利益のみを考慮してなされたものであり、これを前提とする本件裁定もまた被告根岸の利益のみを考慮してされたものというべく、法律に定める自作農の創設を適正に行うために為されたものではない。また、本件裁定前国が所有していた農地は訴外菊地八五郎が小作していた土地であり、同訴外人は殆んど小作農であつたから、これを同訴外人に売渡せば自作農創設という法律の目的は達せられるのである。しかるに、同訴外人の自作地とする措置を採らないで、保有量に足りない農地を有するに過ぎない原告の意思を無視してまで、被告根岸の自作地とするため右裁定を行う必要が特にあつたとは言い得ない。

(2)  つぎに、本件裁定によつて交換された土地は、その等位において著るしい相違があり近似でない。すなわち、裁定前原告の所有していた土地の等級は一等であり、国の所有していた土地は六等と四等である。そして、その価格は、原告の所有していた田が七畝一一歩で金四二、一一〇円てあり、国の所有していた田の四畝六歩の方が金一八、五五〇円である。この価格の点で両者の比率をみると、原告所有の土地の方が二割九分四厘強高価になるから、到底等位において近似とはいい得ない。

(3)  つぎに、両者の土地は面積において近似でない。すなわち、裁定前原告の所有していた土地は田七畝一一歩と畑一畝一一歩の二筆であり、国の所有していた土地は田四畝六歩、田三畝一〇歩及び畑一畝一四歩の三筆である。自創法第二三条における面積の近似とは一筆対一筆を比較した場合のことをいつていると解すべきである。なんとなれば、一筆の土地が数筆の土地と交換されるときは当事者の一方に耕作上の不便を生じ、管理上の不利益を帰せしめるからである。もし、同法条の定める近似は、一筆の面積と数筆の合計面積とを比較した場合にも生じ得るとすると、数筆が相距る位置にあつたり、また極めて小さい面積の数筆を合算したりした場合にも交換することができることになり、一筆の所有者側に甚だしく不利益を与え、適正を欠くに至る場合が生じ、同法条が面積の近似を要求した意義が全く失なわれてしまう。従つて、本件の如き、二筆対三筆の関係にあつては面積において近似でないというべきである。

(4)  つぎに、両者の土地は農耕上の便益において近似でない。すなわち、裁定前原告の所有していた土地は原告住居の附近に相接して一画をなしているが、国の所有していた土地は田の二筆は一画をなしているが、これと畑の一筆の両者の距離は八一〇メートルあり、さらに原告住居と右一筆の距離は人道約七六〇メートルあり、結局原告住居と田の二筆までは一、五七〇メートル隔り、農耕上の便益において、はるかに原告の所有していた土地が勝つている。

(5)  つぎに、両者の土地は現況において近似でない。すなわち、農地はすべて現況主義によつて評価すべきであるが、裁定により交換となつた両者の土地は、日当り、傾斜の状態も異り、これと右(3) 及び(4) の事情とを合せ考えると、両者の土地は現況において近似でないというべきである。

(四)  訴外埼玉県農地委員会の行つた本件裁定は、右(三)の(1) 乃至(5) 記載の如く自創法第二三条に定める要件を欠いているにもかかわらず行なわれたものであり、これは財産権を保障した憲法第二九条に違反し無効である。

(五)  仮に憲法第二九条に違反しないとしても、本件裁定は、前記(二)及び(三)の(1) 乃至(5) の如き瑕疵があり、この瑕疵は重大且つ明白であるから無効である。

(六)  被告らは、本件裁定の無効であることを争うから、原告は被告らに対し、本件裁定の無効であることの確認を求める。

(七)  被告根岸は、本件裁定を原因として国の所有に帰した熊谷市大字箱田字郷戸一七七番のイ号田七畝一一歩及び同所同番のロ号畑一畝一一歩の土地を、昭和二三年一二月二日自創法第一六条の規定により被告埼玉県知事から売渡処分を受けた。そして、その後右二筆のうち前者の土地は、(イ)同所同番の一田一畝二六歩と(ロ)同所同番の三田五畝一五歩に、後者の土地は、(ハ)同所同番の二畑七歩と(ニ)同所同番の四畑一畝四歩にそれぞれ分筆されたが、右(ニ)の畑一畝四歩は現況が田であつたため田に地目変換がなされ、更に右(ロ)と(ニ)の二筆が合筆され、結局現在は熊谷市大字箱田字郷戸一七七番の一田一畝二六歩(右の(イ)の土地)、同所同番の二畑七歩(右の(ハ)の土地)、同所同番の三田六畝一九歩(右の(ロ)と(ニ)を合筆した土地)の三筆となり、いずれも浦和地方法務局熊谷支局備付の不動産登記簿上昭和三一年七月一〇日付受付第三四〇二号をもつて、右売渡処分を原因として被告根岸が所有権を取得した旨登記されている。しかしながら、本件裁定は前述のとおり無効であるから、無効な裁定を前提とする被告埼玉県知事の売渡処分もまた無効である。従つて、被告根岸は右の売渡処分によつて右三筆の土地の所有権を取得する由がなく、原告が依然として右三筆の土地の所有権を有するものである。そこで、原告は被告根岸に対し、右三筆の土地の各所有権取得登記の抹消登記手続をすることを求める。

二、被告埼玉県知事の答弁

(一)  原告の主張するとおり本件裁定があつたことは認める。

(二)  本件裁定につき、原告が何らの通知も受けていないということは否認する。訴外埼玉県農地委員会は、昭和二三年一一月一九日本件裁定を行い、同日裁定書二通を作成し、これを訴外熊谷市成田地区農地委員会に送付したところ、同訴外地区農地委員会は、その頃うち一通を原告に交付すべく、地区担当の補助員訴外関口喜太郎をして再三に亘り原告方に持参させて裁定書の受領を求めたが、原告は、ついにこれが受領を肯じなかつた。その後同訴外地区農地委員会は、裁定書を封筒に入れ、同委員会の補助職員訴外奥野(旧姓鈴木)かず子に対し、その封筒を原告に交付することを命じたところ、同訴外人は、裁定書を封筒に入れ、地元農地委員の訴外土屋角之助と同道して原告方に赴き、同所において直接これを原告に手渡している。

かりに、原告が裁定書を受領しなかつたとしても、原告は、前記訴外関口喜太郎、同奥野かず子が原告方を訪れたのは、原告に裁定書を交付するためであることを充分承知していたこと、右訴外関口は、その際原告に対して本件裁定につき説明していること、本件裁定に伴い原告宛の差金三六円一六銭の仮領収書が作成されていること、被告根岸に対する売渡代金の仮領収書も作成発行されていることなどから、裁定のあつた当時、原告は裁定の内容を知りまたは知り得べき状態にあつたから、裁定書を原告が受領したと同視すべきであり、この点は本件裁定の無効原因とはならない。

(三)  本件裁定が自創法第二三条所定の要件を欠いているのにもかかわらず行なわれたという主張はすべて否認する。

(1)  自創法第二三条の交換裁定は小作人の農地買受の機会を公正にするのが目的であり、この目的を達成するため、埼玉県下においては各市町村農地委員会毎に解放面積一定の割合が決定されていた。

すなわち、一定地域内の平均自作地化率は、

既存自作地+解放小作地/既存自作地+解放小作地+保有小作地=自作地化率

の算式により算出され、更に各耕作者毎の解放面積は、

(自作地+借受地)×自作地化率=解放後自作地となるべき見込面積解放後自作地となるべき見込面積-自作地-貸付地=解放予定面積

の算式によつて算出されるように定められていたものである。そして、訴外熊谷市成田地区農地委員会の管内全地区の自作地化率は八割であつたから、被告根岸について前記算式を適用してみると、同被告の当時の耕作面積は四反五畝二五歩で全部借受地で自作地も貸付地もなかつたのであるから、同被告の解放予定面積は、

(自作地)   (借受地)  (自作地化率)

0  + 4反5畝25歩 × 0.8 =3反6畝18歩

(自作地)(貸付地)

3反6畝18歩- 0 -  0  =3反6畝18歩

となり、三反六畝一八歩となる。ところで、実際に同被告に解放になつた土地は、本件土地を含めて三反一畝二三歩であつて解放率は六割九分にすぎず、成田地区の平均自作地化率より一割一分弱であり、面積にして四畝二五歩不足している。若し本件裁定による解放がなかつたとすれば、同被告の解放面積は三反一畝二三歩から八畝二二歩を差引いた二反三畝一歩となり、解放率は約五割で同地区における平均自作地化率の八割より著るしく低率となり甚だしく不公正である。そこで、自創法第二三条の規定により被告根岸の解放率の適正を図るため、本件裁定を行う必要があつたのである。さらに、原告は、裁定前国の所有していた土地は訴外菊地八五郎が小作していた土地であるから、これは同訴外人に売渡すべきであり、本件裁定を行う必要は特になかつたというが、右訴外人は、既に比較的耕作の便のよい土地六反七畝歩(解放率において六割九分)の解放を受けていたのであるから、同訴外人には解放し得ず(成田地区では耕作の便のよいところは平均自作地化率を七割限度に留めていた。)、他方前記のように被告根岸に対する解放率の適正を図る必要があつたから、本件裁定を行い裁定前国が所有していた土地は原告の保有地となし、裁定によつて国の所有に帰した土地は被告根岸に売渡したものである。右のとおりであるから、本件裁定は、自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行なわれたものではないという原告の主張は排斥されなければならない。

(2)  原告は、本件裁定によつて交換された土地は等位において近似でないと主張するが、その主張は真実に沿わない。すなわち、原告の主張する等級は昭和六年法律第二八号により賃貸価格に改められる以前の地価の等級であり、本件裁定当時の等級は既に賃貸価格によつていたものであるから、裁定当時存在しない等級に基づく原告の主張は失当である。本件裁定当時の土地台帳による等級及び賃貸価格によると、裁定前原告が所有していた土地は、田(七畝一一歩)の等級が八二級で賃貸価格が一七円六八銭であり、畑(一畝一一歩)の等級が七五級で賃貸価格が一円七七銭である。そして、裁定前国が所有していた土地は、田(二筆で七畝一六歩)の等級が八二級で賃貸価格が一八円〇八銭であり、畑(一畝一四歩)の等級が七六級で賃貸価格が二円〇五銭である。これによつて等級を比較してみると、田は両者共八二級で同等級であり、畑は七五級と七六級であり裁定前国が所有していた土地の方が一等級よい土地であつたといえる。なお、本件裁定の行なわれる当時被告埼玉県知事は、農林省の通達に従い、交換計画樹立に当つては交換する二個の土地の面積の差は一〇パーセント以内、価格の差は二〇パーセント以内で行なうように県下各農地委員会を指導していた。本件裁定は勿論右の範囲内においてなされたものであり、しかも、その差はいずれも原告に有利であり、等位において近似でないという原告の主張は全く真実をまげた主張である。

(3)  原告は、両者の土地の面積が近似でないと主張するが、前項で述べたように、裁定前原告が所有していた土地は、田が七畝一一歩で畑が一畝一一歩であり、国が所有していた土地は、田が二筆で七畝一六歩で畑が一畝一四歩である。そして、これはすこぶる近似であるというべきで、面積の点からは原告に利益こそあれ不利益は帰せしめていない。なお、原告は、自創法第二三条において面積の近似とは一筆対一筆を比較した場合のことをいうのであると主張するが、法律の規定からは原告の主張するように解しなければならない理由を見出せない。

(4)  原告は、両者の土地は農耕上の便益において近似でないと主張するが、この主張も真実でない。裁定によつて原告が交付を受けた土地のうち田と畑の間が八一〇メートルも距つているというが、耕作上通行することの可能な道路及び畑道に沿つて交通すれば両土地の間は三五二メートルである。なお、原告は、裁定によつて交付を受けた土地の附近(熊谷市大字箱田字三郎)に合計四反七歩の農地を所有しているので農耕上の便益において特に原告のいうような不利益はない。

(5)  原告は、両者の土地は現況において近似でないと主張するが、これも真実でない。原告の主張する日当りや土地の傾斜の状態を考え、更に、被告埼玉県知事の主張する右(3) 及び(4) の事情を考え合せると、両者の土地は現況においても全く近似であり、原告の主張の失当であることが明瞭である。

(四)  以上に述べたように、昭和二三年一一月一九日訴外埼玉県農地委員会が行なつた本件裁定は、自創法第二三条所定の要件を具備して適法であり、憲法第二九条に違反していないからこの点から無効となる理由はない。

(五)  また、裁定には何らの瑕疵もないからこの点からも無効となるいわれがない。

三、被告根岸の答弁

(一)  原告の主張するとおり本件裁定のあつたことは認める。

(二)  被告根岸が、原告の主張するとおりの売渡処分を受けたこと、売渡処分後原告の主張するとおりの経過により土地の分筆合筆が行なわれ、現在は原告の主張するとおりの三筆の土地となり、その三筆の土地につき不動産登記簿上いずれも原告の主張するとおりの原因に基づき、被告根岸が所有権を取得した旨の記載があることは認める。

(三)  その余の原告の主張する請求の原因はすべて否認する。

第三、当事者の立証<省略>

理由

一、昭和二三年一一月一九日訴外埼玉県農地委員会が、原告の主張する本件裁定を行つたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、本件裁定に関し、自創法施行規則第九条に定める裁定書謄本は勿論のこと何らの通知も受けていない、と主張するけれども、証人並木長治、同奥野かず子の証言を総合すると、訴外熊谷市成田地区農地委員会は、昭和二四年六月頃県の係員の指示により、同農地委員会職員訴外奥野かず子(旧姓鈴木)に裁定書を入れた封書を原告に渡すように命じたところ、同訴外人は、その頃同地区農地委員会委員訴外土屋角之助を同道して原告方に至り、右訴外土屋の手を経て原告に裁定書の入つている封書を渡したことを認めることができる。右認定に反する証人内田たまの証言及び原告本人尋問の結果は措信しない。証人土屋角之助の証言中「原告方において、奥野が手紙のようなものを原告の妻に渡した。」という供述は、同証人の年齢、供述態度などに照して、前記証人奥野かず子の証言より真実性が薄く、その証言内容を採ることはできない。他にこの点の証拠はない。従つて、原告は、昭和二四年六月頃本件裁定につき、自創法施行規則第九条に定める裁定書謄本の送付を受けているものというべきである。

三、つぎに、原告の主張するように、本件裁定は自創法第二三条の規定する要件が欠けているのにもかかわらず行なわれたものか否かを検討することとする。

(1)  先ず本件裁定を行うにつき、自作農の創設を適正に行うため特に必要があつたかどうかの点を吟味する。証人竜前与一郎、同並木長治の証言、被告本人根岸喜一郎尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、訴外熊谷市成田地区農地委員会の管内における平均自作地化率は八割であつたが、被告根岸の耕作面積は四反五畝二五歩で全部借地であつたから、同被告の解放予定面積は三反六畝一八歩となるべきところ、本件裁定による売渡地を除けば、同被告の解放面積は二反三畝一歩で解放率は約五割に過ぎず、同地区内における平均自作地化率を著るしく下まわり、適正でない結果になるため、同訴外農地委員会は、自創法第二三条に則り本件裁定と同一内容の交換指示を行つたが、原告がその協議に応じなかつたので、同訴外農地委員会から訴外埼玉県農地委員会に対し、同法条所定の交換裁定の申請がなされ、同県農地委員会により本件裁定が行なわれ、その結果国が取得した合計八畝二二歩の農地を被告根岸に売渡し、同被告の解放率を六割九分に引き上げて平均自作地化率に近付けたことを認めることができる。なお、原告は、本件裁定は被告根岸の利益のみを考慮してなされたものであるというけれども、その証拠はない。認定の事実によると、本件裁定は、自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行なわれたものというべきである。もつとも、証人白子隆芳、同林彦七の証言によると、右訴外成田地区農地委員会の管内においては、全然解放を受けていない者、或は五割しか解放を受けていない者もあることを認めることができるけれども、自創法の適用による農地の売渡は、営農能力その他諸般の事情を考慮して行なわれるもので、必ずしも一定地区内の小作農全部が数字的に等しい率の売渡を受けるものとは限らないから、右のように解放率に差があつたとしても、このことから直ちに本件裁定は自作農の創設を適正に行うため特に必要があつて行なわれたものではないということはできない。また、原告は、裁定前国が所有していた土地は訴外菊地八五郎が小作していた土地であるから、これは同訴外人に売渡すべきであり、本件裁定を行う必要は特になかつたともいうが、証人菊地八五郎の証言及び弁論の全趣旨によると、同訴外人は、既に六反七畝歩(解放率六割九歩)の解放を受けていたので、右国の所有地を同訴外人に売渡すことは、かえつて適正を欠く結果になることが明らかであり、この点から本件裁定を行うにつき特に必要がなかつたということもできない。

(2)  つぎに、本件裁定により交換になつた双方の土地は、等位において近似かどうかを吟味する。成立に争いのない乙第四号証の一乃至六の記載によると、本件裁定当時における双方の土地は、等級、賃貸価格においてほとんど差のない程似ていることを認めることができる。右認定に反する甲第四、五号証の記載は前記乙第四号証の一乃至六に照して措信できない。右の事実によると、双方の土地は等位において近似であつたというべきである。

(3)  つぎに、双方の土地は面積において近似かどうかを吟味する。裁定前原告が所有していた土地は、田が一筆で七畝一一歩、畑が一筆で一畝一一歩であり、国が所有していた土地は、田が二筆で合計七畝一六歩、畑が一筆で一畝一四歩である。広さの点は全くよく似ていて、原告も広さの点については何らの不服も述べていない。問題は、本件のように二筆対三筆の場合でも広さが同様なら面積において近似といえるかどうかの点にある。一筆対十数筆というように一方が極端に細分された土地の場合とか、数筆対数筆でも一方が著るしく遠距離に点在するものを寄せ集めた土地で、農地利用上の便益、効用が両者間において甚だしく異ることが明らかな場合なら格別、二筆対三筆とか、三筆対四筆というように僅少の筆数の相違しかない場合には、広さが同様なら原則として面積は近似というべきである。一筆対一筆の場合でなければ近似ということはあり得ないという原告の主張は独自の見解を採るを得ない。検証の結果によると、裁定前原告が所有していた二筆は相接して存在するが、国が所有していた三筆は、うち田の二筆は相接して存在するが、畑の一筆は田の二筆と三三六メートル離れて存在することが明らかである。しかし、この程度の距離の存することは、農地利用上の便益、効用にさして影響があるとも認められないから、本件裁定によつて交換になつた双方の土地は面積において近似であつたというべきである。

(4)  つぎに、双方の土地は農耕上の便益において近似かどうかを吟味する。検証の結果によると、裁定前原告が所有していた土地は原告の住居から三六四メートル距り、国が所有していた土地のうち畑は原告の住居から四六三メートル、田は原告の住居から六五一メートル距つていることが明らかである。しかし、弁論の全趣旨によると、原告は、裁定前国が所有していた土地の附近に数筆の農地を所有していること及び裁定前原告が所有していた土地は被告根岸が小作していた土地であり、裁定後原告の所有に帰した土地は訴外菊地八五郎が小作している土地であるから、いずれの土地も原告が現実に農耕することはできない土地であることなどを考えると、右の程度の距離の差があつても、双方の土地は農耕上の便益において近似であるというべきである。

(5)  つぎに、双方の土地は現況において近似であるかどうかを吟味する。検証の結果によると、双方の土地はいずれも日当りよく、傾斜はなく平坦地であることが明らかである。また、現実に耕作している証人菊地八五郎の証言及び被告本人根岸喜一郎尋問の結果に照しても、特に双方の土地の農業生産力に差異があるとも認められない。従つて、双方の土地は現況においても近似であるというべきである。

四、以上に認定したとおりであるから、本件裁定は、自創法第二三条に定める要件を具備し、裁定書謄本は原告に送付されたものというべきである。すると、原告の「本件裁定は、法律の定める要件を備えない行政処分で原告の財産権を侵すものであるから、憲法第二九条に違反して無効である。」という主張及び「本件裁定は、自創法第二三条の要件を具備しない処分であり且つ裁定書謄本の送付がないから、行政処分に重大且つ明白な瑕疵があり、その故に無効である。」という主張は、いずれも採るを得ない。従つて、原告の本訴請求中、本件裁定の無効確認を求める点は理由がない。

五、原告の被告根岸に対する登記抹消の請求は、本件裁定の無効を前提とするものであり、その前提事実の認められないこと前記のとおりであるから、原告のこの点の請求もまた理由がない。

六、よつて、原告の本訴請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡岩雄 田中加藤男 近藤和義)

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