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浦和地方裁判所 昭和33年(ケ)25号 決定 1958年12月27日

申立人 株式会社長島商店

相手方 日米石油株式会社

主文

本件申立を却下する。

理由

一、申立代理人は「相手方申立の債務者有限会社大平社、所有者申立人に対する浦和地方裁判所昭和三三年(ケ)第三五号不動産競売申立事件について同庁が同年七月二九日別紙目録記載の物件に対してなした不動産競売手続開始決定はこれを取消す。右競売申立はこれを却下する」旨の決定を求め、その理由は

相手方は昭和三三年五月二七日相手方の債務者有限会社大平社に対する債権の内極度額金五〇〇、〇〇〇円について別紙目録記載の根抵当権実行のため申立人所有の別紙目録記載の不動産につき「相手方の債務者有限会社大平社に対する東京地方裁判所昭和三一年(ケ)第九八〇号約束手形金六、五八〇、三七三円の内金五〇〇、〇〇〇円」の支払を求めるためと称し浦和地方裁判所に対し競売の申立をなし同裁判所は同年七月二九日右不動産について競売開始決定をなした。

しかしながら相手方は浦和地方裁判所昭和三一年(ケ)第一〇四号事件として、本件と同一の不動産につき本件と同一の根抵当をもつて不動産競売申立をなし同年一月一四日同裁判所は不動産競売開始決定をなし、昭和三二年一一月一四日競落許可決定をしたが、同決定に対する抗告中右競売事件の第三者たる(昭和三三年三月一〇日売買に因り所有権を取得した)申立人は債務者に代位して同事件競売申立債権の元金及びこれに対する利息及び手続費用合計金五八二、五二二円を債権者たる相手方本店において現実に弁済提供したが受領を拒絶されたので昭和三三年三月七日右債権者のためこれを東京法務局に供託したので前記競売事件の抵当権はこれによつて消滅し、昭和三三年四月二三日東京高等裁判所は同庁昭和三二年(ラ)第七五〇号事件において前記競落許可決定は取消され、同競落は許さない旨決定された。ついで前記開始決定も同様の理由により浦和地方裁判所(ヲ)第二〇号事件において同年六月六日取消され競売申立は却下となり、いづれの決定も確定したのである。

根抵当権自体は将来増減変動すべき不特定の債権を担保するために設定されるものであるが、根抵当権を実行し競売の申立をなすには、債権を清算すべきに至り被担保債権が確定することが必要であり根抵当権は確定した債権を担保する普通の抵当権となつたときでなければならない。

而して右確定債権は弁済もしくは弁済供託によつて確定的に消滅するのである。

本件競売事件の根抵当権の被担保債権は相手方が浦和地方裁判所に前記昭和三一年(ケ)第一〇四号事件の競売申立のとき別紙債権目録記載の如く確定して、これを担保する普通の抵当権となり、而もその被担保債権は前記申立人のなした弁済供託によつて消滅したのであるから、右根抵当権により担保せられた債権は存在せざるに至つたのであり、従つて又根抵当権も存在さぜるに至つたのである。

しかるに被担保債権並に根抵当権の存在することを前提としてなした本件競売開始決定は取消さるべきである。なお申立人は本件競売の目的不動産を昭和三三年三月一日買受けた第三取得者として債務者に代位して弁済供託をなしたもので民法第五〇〇条の法定代位弁済であるから相手方は根抵当権を擅に行使することは許されない。と云うにある。

証拠として、甲第一ないし第六号証を提出した。

二、相手方代理人は「本件申立を却下する」との決定を求め、その理由は

いわゆる根抵当権は将来増減変動すべき一団の不特定の債権を担保するものであつて、登記された極度額はこの額に至るまで目的物件が責任を負担すべき可能性を示すものたるに止まり、実際において抵当権を実行し得べき被担保債権は決算期-基本たる継続的取引関係終了の時、または根抵当権設定契約に期間の定があるときはその期間満了の時-における現実の貸越残額である。

根抵当権を実行し競売の申立をなし得るのは理論上当該根抵当によつて担保せらるべき債権が確定し、且つその債権の弁済期が到来した時であることも疑がない。

而して本件において相手方が昭和三一年一一月一四日浦和地方裁判所に対し本件根抵当権に基いて競売の申立をなした当時において、相手方は債務者有限会社大平社に対し根抵当権設定契約に基く、金六、六〇〇、〇〇〇円の債権全部について、清算期に至り而も全額弁済期にあつたので、右六、六〇〇、〇〇〇円の内極度額金五〇〇、〇〇〇円について競売申立をなしたものである。しかし、右競売の申立によつて、請求した別紙債権目録記載の債権以外の残余の被担保債権が被担保債権でなくなると云う効果が発生するものではなく、従つて申立人が債務者有限会社大平社のために相手方において競売申立の金五〇〇、〇〇〇円を弁済したからと云つて、被担保債権全額の消滅を来すものではない。相手方が右有限会社大平社に対して有する債権金六、六〇〇、〇〇〇円のため本件物件から優先的に弁済を受け得る資格は前記競売手続が進行して何人かに競落され、競落許可決定が確定してはじめて消滅するものであつて、それに至る以前において債務者又は第三者から弁済があつたからと云つて(たとえそれが競売開始決定であつても)残余の抵当債権が消滅するものではない(根抵当により担保された貸金債権が限度額をこえた後に一部弁済があれば右貸金全額の弁済があるまでは根抵当の効力は残債権につき依然残存するものと云わざるべからず。大判昭和9・5・22民集一、三巻)のみならず申立人は昭和三三年三月七日金五八二、五二二円を東京法務局に債務者有限会社大平社のために弁済供託を為したことを以て本件物件に設定されている根抵当権により担保される債権は消滅したと主張するが、右弁済供託は債務の本旨に従うものでないから弁済効果は発生しない。すでに述べたように、相手方は昭和三一年一一月一四日浦和地方裁判所昭和三一年(ケ)第一〇四号事件において競売申立をなした当時本件根抵当権設定契約に基く債権として金六、六〇〇、〇〇〇円の債権を有し全額清算期にあつたのであるが、たまたま極度額が金五〇〇、〇〇〇円と登記されていたがために、右金六、六〇〇、〇〇〇円の内金として五〇〇、〇〇〇円を請求したのであつて、(そのことは右競売事件記録上明白である)申立人はそのことを知悉しながら右金六、六〇〇、〇〇〇円の債権の一部である元本五〇〇、〇〇〇円とその他競売費用、利息、損害金等八二、五二二円を弁済供託したものであるから債務の本旨に従つた履行ではないから弁済の効果を生ずるものではない。

なお、又申立人は弁済供託は民法第五〇〇条の法定代位と主張するが、弁済したのは申立人ではなくて、申立人会社の代表取締役である長島正弘が個人としてなしたもので、弁済当時別紙目録記載物件について何等の利害関係を有しない者であるから、その弁済は民法第四九九条の弁済であつて、債権者である相手方の承諾を得なければ代位することはできない。

従つて本件異議申立はその理由がないと云うにあつて、甲第一ないし第五号証の成立を認め、甲第六号証の成立は不知と述べた。

三、よつて、考察するに

根抵当は継続的な取引関係から生ずべき一団の不特定の債権を将来の決算期において一定の限度額まで担保べき抵当権であつてその限度額までは債権が増減変動しても(たとえ取引関係が継続中に債権が皆済され皆無となることがあつても)目的物は責任を負担する。

又根抵当権を実行し得る時は、当該根抵当によつて担保せらるべき債権が確定し且つその債権の弁済期の到来した時であることは疑がない。その時期が何時到来するかは根抵当契約の基礎たる契約の内容によつて定まる。すなわち契約関係が終了した時又は終了しないでも債権を一応清算すべきに至つた時に債権は確定し根抵当権は確定した債権を担保する普通の抵当権となり、原則としてその時に弁済期も到来すると解される。契約関係の終了の時期は期間の定めがあるときは期間満了の時期間の定めがないときは根抵当権設定契約の解除(基礎たる契約関係による決算期の到来)の時であり、(設定契約による取引は債務の弁済なきが為に債権者が抵当権を実行し抵当不動産を競売した場合には特段の事情がない限り契約は解除され取引関係は終了すると解される大審院昭和四年一二月九日判決参照)いずれの場合も終了時までの債権総額を担保する。(契約関係が終了した以後に生じた債権は根抵当によつて担保されない。)

而して本件競売申立書添附の根抵当権設定契約書(登記済権利証)及び登記簿謄本によると本件の根抵当権は別紙目録記載の如きものであつて特に期間の定めはないから、基本たる継続的取引関係(根抵当権設定契約)の解除の時において決算期が到来するものと云うべきところ、甲第五号証によると相手方は昭和三一年一月、浦和地方裁判所に対して債務者である有限会社大平社が債務を弁済しなかつたので競売申立をなしておることが認められ(又特段の事情あつたとも認められない)るから、その申立の時に取引関係は終了したと云うべく、又右甲第五号証と、本件競売申立書添附の判決正本及び前記登記済権利証によると右取引関係終了の時における相手方は根抵当権設定契約に基く金六、五八〇、三七三円の確定債権を有していたことが認められるから、この債権総額が極度額金五〇〇、〇〇〇円の範囲内において本件根抵当権によつて担保されるのである。而して、相手方は右債権総額のうち、別紙債権目録記載の約束手形金五〇〇、〇〇〇円について前記の通り浦和地方裁判所に対して競売申立(昭和三一年(ケ)第一〇四号事件)をなしたものであるが、申立人会社の代表取締役である長島正弘が相手方が弁済の受領を拒絶したので競売申立の債権について弁済供託をなしたので、右債権は右弁済供託によつて消滅し、よつて浦和地方裁判所は昭和三三年六月六日、そのなした不動産競売開始決定を取消し、競売開始決定を却下したものであることは甲第二ないし第五号証によつて認められる。

右弁済供託を無効であるとの相手方の主張は前記競売申立が前記約束手形金金五〇〇、〇〇〇円(二通の約束手形上の債権)の債権の取立のためになされたのに対しその手形金全額に利息、損害金、執行費用を加算してなしている(甲第四号証)のであつて、債務者の意思に反すると認められる証拠もないから理由がない。

しかしながら右約束手形金五〇〇、〇〇〇円の債権の消滅によつて、根抵当権も直ちに消滅すると断ずることはできない。何となれば相手方は有限会社大平社に対して本件根抵当権設定契約終了時において前記の通り契約にもとずく金六五八萬円余の債権を有していたからである。

根抵当権設定契約に於て、その極度額を越えて貸越した金員と雖も該契約に基く取引の一部たること疑なきが故に、極度額の範囲内における債権と此の範囲を越えた債権と全然別個独立の債権が存在するとなすことはできない。従つてただ極度額を越える債権が存するも、根抵当が実行され、競売手続が進行して何人かに競落され競落許可決定が確定した場合は根抵当権にもとずく優先的に弁済を受け得る資格は消滅するし、第三取得者の滌除増加競売手続による場合も亦然りではあるが右契約に基く貸金の金額に足らざる弁済のあつた場合に先づこれを極度額の範囲の債権に対する弁済に充当されたものとみなさなければならない理由はなく債権全額に対する弁済があるまでは根抵当の効力は残債権につき依然残存するものと云わなければならない(大審院昭和九年五月二二日判決民集一三巻八一〇頁参照)。

そうすると、本件競売の申立は前記相手方が債務者有限会社大平社に対する金六、五八〇、三七三円の債権(うち金五〇〇、〇〇〇円は前記弁済供託によつて消滅しているが)の内極度額である金五〇〇、〇〇〇円についてなしたものであるからこの限りにおいては適法の申立と言うべきである。申立人の前記長島正弘のなした弁済供託は民法第五〇〇条の法定代位弁済であるとの主張は、弁済供託したのは申立人ではなくて、申立人会社の代表者である長島正弘であつて、長島正弘が債務の弁済をなすにつき正当の利益を有するものとは認められない(甲第六号証の長島正弘が有限会社大平社から物件目録記載の不動産を買受けたものである旨の記載は競売記録添附の登記簿謄本及び申立人の主張等に鑑みて採用できないし、申立人が本件不動産の所有権を取得したのは昭和三三年三月一〇日の売買によるものであることが右登記簿謄本によつて認められる)法定代位弁済とはならない。このことは甲第二、三号証に徴しても明かである。何となれば債務の弁済につき正当の利益を有する者が弁済すればその者はそれにより当然債権者に代位するも旧債権者の抵当権は放棄をしない限り代位弁済により当然消滅しないことは民法第五〇〇条に照らし明らかで、右弁済が抵当権実行の為競売の申立をなし、手続進行中であるときは、適法の競売申立の取下がない限り手続は続行されるものである。

ただし、極度額の定めある根抵当においてその極度額が債権元本の限度額を意味することが登記而上明白である場合は民法第三七四条の規定による制限を受けるは格別利息又は損害金について極度額を越えるも元本と合算して請求することができるが、然らざる場合は極度額の範囲内の債権のみが根抵当権によつて担保されその債権についてのみ根抵当権を実行し得るのであるところ本件競売開始決定はこれに反して、損害金についても競売開始決定をなしておるが、右の点について誤りがあるとしてもこれは配当の際に考慮されれば足りるのであるから競売開始決定を取消すべき理由となすに足りない。

よつて主文の通り決定する。

(裁判官 浅賀榮)

(別紙)物件目録

埼玉県北足立郡朝霞町大字膝折字宿一〇五四番の三

家屋番号膝折一八一番の二

一、木造亜鉛めつき鋼板葺二階建宅 一棟

建坪 五坪二合五勺

外二階坪三坪二合五勺

埼玉県北足立郡朝霞町大字膝折字宿一〇五四番の三

一、宅地 一九坪

根抵当権

一、昭和三〇年一二月七日浦和地方法務局足立出張所受附第三〇五二号

一、原因 昭和三〇年一二月六日根抵当権設定契約

一、抵当権者 日米石油株式会社

一、債務者 有限会社大平社

一、債権極度額 金五〇〇、〇〇〇円

一、期間を定めず 特約契約不履行の時は期限の利益を失うこと。

債権目録

(一) 振出人有限会社大平社、振出日昭和三〇年一二月一五日、金額二五〇、〇〇〇円、支払期日昭和三一年二月七日、支払地東京都板橋区、支払場所株式会社埼玉銀行成増支店、振出地埼玉県朝霞町受取人日米石油株式会社である約束手形金

(二) 金額二五〇、〇〇〇円、支払期日昭和三一年二月一一日その他の要件(一)と同じと定めた約束手形金

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