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浦和地方裁判所 昭和33年(行)5号 判決 1962年11月14日

原告 本木篤三郎 外四〇名

被告 埼玉県人事委員会

主文

被告が、原告らに対して昭和三三年六月一九日になした原告らの地方公務員法第四六条に基く措置要求を却下する旨の決定は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告らは、いずれも埼玉県下の公立小学校または公立中学校の教職員であるところ、昭和三三年四月二五日から同年六月一三日までの間に、被告に対し地方公務員法(以下地公法と略称する)第四六条に基き、教職員の職務の特殊性からこれに対しては勤務評定は困難であり、しかも埼玉県市町村立学校職員の勤務成績の評定に関する規則(昭和三三年四月二四日公布の埼玉県教育委員会規則第二号―以下勤評規則と略称する)及び学校職員の勤務評定実施規定(昭和三三年四月二四日付埼玉県教育委員会教育長公告―以下実施要領と略称する)は、客観的・科学的条件を欠いていること等を理由として、「1勤務評定が実施されると勤務条件が非常に不利になるのでこの実施をやめられたい。2勤務評定が実施されると将来にわたり給与の差が生じたり、不当な人事が行われるおそれが強いので実施をとりやめられたい。」との行政措置の要求を行つた。

二、これに対し、被告は、昭和三三年六月一九日、勤務成績の評定(以下勤務評定と略称する)の制度自体は地公法第四六条の勤務条件に該当しないから同条の行政措置要求の対象となり得ないのみならず原告らの措置要求は、制度としての勤務評定そのものを対象としているから、不適法である、として右要求を却下する旨の決定(以下本件決定と略称する)を下した。

三、しかしながら、本件決定は次の理由により違法である。

(一)  審査の遺脱

原告らは、前記要求において、勤評規則及び実施要領は法律に違反した無効のものであることを理由として、

1  勤評規則及び実施要領の取消

2  勤評規則及び実施要領の内容の変更(評定が客観性を持ち、主観によつて左右されないものとすること)

3  右評定の結果に応ずる措置(昇給、人事移動等)をとることの禁止

4  又は右の措置をとることの変更(勤務評定の結果をあらゆる人事管理の基礎資料に使用しないこと)

を求めたものである。措置要求書の全趣旨から、原告らが右1、2のみならず3、4の措置をも要求したものと解すべきであるにも拘らず、被告は原告らが勤評規則及び実施要領の取消変更(右1、2)のみを求めたものとして却下したのであるから、原告らの要求事項全部についての判断を尽さなかつたものといわねばならない。

(二)  地方公務員法の解釈の誤り

地公法第四六条は、職員は「勤務条件」に関し措置要求を行うことができる旨を規定しているが、同条の立法趣旨は、地方公務員が争議権、協約締結権を剥奪されていること(地公法第三七条、第六一条、第五五条第一項)の代償として措置要求の制度を設け、これによつて地方公務員の勤務条件の適正を確保することにある。すなわち、一般の労働者の場合は、団体交渉・争議・協約締結という形で粉争が、当事者間において自主的に解決されるのに対し、公務員の場合は団体交渉・措置要求・勧告という形で紛争が、いわば他律的に解決されることとなつておるから公務員のかかる措置要求権はまさに憲法第二八条に由来するものであり、従つて一般の労使間において団体交渉の対象とされている事項は、全て適法な措置要求の対象となりうるものと解すべきである。このように争議権、協約締結権剥奪の代償としての機能を果すべき措置要求の制度は、特定の職員について現に具体的に存している不当な勤務上の処遇の是正のみならず、ひろく一般的な制度についても、勤務条件に関するかぎり措置を求める権利を与えることにより、公務員の職務と責任にふさわしい勤務条件を保障し、且つ職員の正当な要求の実現を人事委員会の機能によつて担保しようとするものであると解される。

ところで、公共企業体等労働関係法第八条、地方公営企業労働関係法第七条は、団体交渉の対象たり得べき労働条件を例示したなかで、「昇職、降職、転職、免職、先任権及び懲戒の基準に関する事項」を挙げているが、地公法第四〇条に勤務評定を行わなければならないと定められたのは、その評定の結果に応じた人事上の措置(昇給、昇任、降任、免職、配置換え等)を講ずるためであるから、勤務評定は「昇職等の基準」とはいえないとしても、職員の処遇を決定する要因となるのであり、職員にとつては労務提供を継続するか否かについて顧慮の対象となるべき事項であつて、まさに勤務条件に該当するものというべきである。被告主張のように勤務評定の結果に応じて具体的な処分が行われた場合には措置要求ができるが、勤務評定そのものは地公法第四六条の措置要求の対象とならないとすると、人事委員会(被告)としては、不当違法な勤務評定がなされた場合、その評定の結果を前提として具体的処分を行うこととなり、結局不当違法な処分を是認することになる。従つて、勤務評定をすべきか否か、勤務評定をどのように行うかの問題は、評定の結果に応じた措置をどのように講ずべきかの問題と共に、まさに地公法第四六条に規定する勤務条件に該当するといわねばならない。

仮に、一歩譲つて勤務評定そのものは、地公法第四六条の「勤務条件」に該当しないとしても、同条は「勤務条件に関し」措置要求を行い得る旨を定めているのであり、措置要求の制度は前述のように、公務員の争議権・協約締結権などを剥奪した代償的機能を果すべきものであるから、この措置要求権の対象の限界は一般の労働者における労働基本権の果す機能と対比してこれを決すべきである。ところで、一般の労働者の団体交渉権は必ずしも労働条件それ自体といえない事項であつても、労使関係に直接、間接に影響をあたえる全ての事項に及ぶのである。労働組合法第六条が「労働協約の締結その他の事項」について交渉権限を認め、同法第一四条が「労働条件その他」に関して労働協約を締結することができると規定したのは、団体交渉の範囲を広く認める趣旨に外ならない。そしてこれらの規定に対応する地公法第五五条は、職員団体と当局との交渉事項を規定しており、この交渉事項の範囲は一般の労働者の団体交渉権の範囲と同様に解すべきであり、かつ職員団体の交渉権の拘束的性格の欠如(即ち団体協約の締結権がないこと)を補うために同法第四六条の措置要求権が認められているのであるから、その対象も、職員の利益に関連のある限り、必ずしも勤務条件そのものに限定されないと解すべきである。

それにも拘らず、勤評規則及び実施要領の取消・変更、評定の結果に応ずる措置をとることの禁止を求めた原告らの措置要求は地公法第四六条の要求の対象にならないとして、これを却下した本件決定は、同条の解釈を誤つたものであり、違法である。

四、よつて、原告らは、本件決定の取消を求めるものである。

と述べた。証拠<省略>

被告代理人は、「原告らの請求は、これを棄却する訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項及び第二項記載の事実は認める。

二、被告のなした本件決定には、何ら違法な点はない。

(一)  審査遺脱の主張について

原告らの行政措置要求書の要求事項には、「1勤務評定が実施されると勤務条件が非常に不利になるので、この実施をやめていただきたい。2勤務評定が実施されると将来にわたり給与の差が生じたり、不当な人事が行われる可能性が強いので実施をとりやめていただきたい。」との記述があるだけであるから、要求事項は勤務評定の実施をとりやめることであると解さざるを得ない。従つて、被告が、右の措置要求は勤務評定の結果に応じてとられる措置についてなされたものではなく、勤務評定そのものを対象としている、と判断したのである。なお、被告は原告らの要求申立を審査するに当り、要求事項の文辞に拘泥して査定したわけではなく、「要求の具体的事由」において主張するところに対しても充分の考慮を加えたのであるが、申立書の全趣旨からは、原告主張のような四項目(大きく分ければ勤務評定そのものと勤務評定の結果に応ずる措置の二項目)を内容とするものと解することはできない。従つて原告ら主張のような審査の遺脱はない。

(二)  地公法第四六条の解釈について

地公法第四六条は、「給与、勤務時間その他の勤務条件」に関し措置の要求をすることができるものと規定し、その要求の対象となる事項を限定しているのであつて、そこにいわゆる「勤務条件」とは、例示された給与、勤務時間などと同じく職員の勤務に直接かつ具体的に関係する事項を包括的に表現したものと解すべきである。ところで、勤務評定それ自体は、かかる意味における勤務条件ではない。すなわち、勤務評定の結果給与などの勤務条件に関してとられた別の具体的な処分は地公法第四六条の措置要求の対象となるが、勤務評定そのものは、勤務実績、執務の適正などを評価記録し、人事管理の公正を期するためのもの以外の何ものでもないのであつて、地公法第四六条の措置要求の対象たる勤務条件ではない。従つて、原告らの措置要求を却下した本件決定は正当であり、これに反する原告らの解釈は独断である。

三、以上のように、本件決定には何ら違法な点はないのであるから本件決定の取消を求める原告らの本訴請求は失当である。

と述べた。証拠<省略>

理由

一、原告らがいずれも埼玉県下の公立小学校または公立中学校の教職員であり、昭和三三年四月二五日から同年六月一三日までの間に、地公法第四六条の規定に基いて、被告に対し、勤務条件に関する措置として、勤評規則及び実施要領は客観的・科学的条件に欠けていること等を理由として、勤務評定の実施をとりやめるべき旨の措置がとられるべきことについての要求をしたところ、被告が同年六月一九日付で右要求を却下する旨の決定をしたことは、当事者間に争がない。

二、そこで本件決定に原告ら主張の如き取消事由となるべき瑕疵があるか否かについて判断する。

(一)本件決定に審査の遺脱があるか否かについて

原告らが被告に対して要求した事項は「1、勤務評定が実施されると勤務条件が非常に不利になるのでこの実施をやめられたい。2、勤務評定が実施されると将来にわたり給与の差が生じたり、不当な人事が行われるおそれが強いので実施をとりやめられたい。」との二項目であることは当事者間に争がない。そして、右の二項目について原告らのいわんとする趣旨は、「勤務評定の実施をとりやめていただきたい」ということに尽きるのであつて、勤務評定が実施されると勤務条件が悪化されたり或いは不当な人事行政が行なわれるおそれが強いというのは、その理由づけに過ぎず、勤務評定の結果に応じた人事上の措置を講ずることの禁止又は変更(原告の主張する3、4の要求事項)を独立の要求事項としたものと解することはできない。従つて、原告らの要求事項が、勤務評定の実施のとりやめ、すなわち勤評規則及び実施要領の取消又はその内容の変更(原告の主張する1、2の要求事項)のみであると解し、その点について判断を下している被告の本件決定には、判断の遺脱はない。

(二)  地公法第四六条の解釈について

地公法第四六条の規定によれば職員は、給与、勤務時間、その他の勤務条件に関し、人事委員会又は公平委員会に対して、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができるのであつて、この権利は、地公法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、又争議行為をなすことを禁止し、労働委員会に対する救済申立の途をも認めないことに対応し、職員の勤務条件の適正を確保するために職員に認められた権利であつて、憲法第二八条に由来するものである(同趣旨、最高判昭和三六年三月二八日、民集一五巻三号五九五頁)。すなわち、憲法第二八条は、公務員を含む勤労者について団結権、団体交渉権、争議権を保障しているのであつて、公務員についてはその地位と職務の特殊性から右の労働三権が制約されるのはやむを得ないところであるが、かかる場合には労働三権の制約に代つて公務員を保護すべき何らかの措置が講じられなければならない。労働組合法が適用せられる組合においては、団体交渉、更には争議権の行使によつて労働者はその要求を主張することができるのに対して、公共企業体等労働関係法・地方公営企業労働関係法が適用せられる組合においては、団体交渉、調停によつて交渉が妥結しない場合には、争議権が剥奪されている代償として強制仲裁の制度が認められている。ところで、国家公務員法、地公法が適用せられる職員においては、協約締結権を伴なわない交渉によつて要求が達せられない場合には、行政措置要求を行うことができるものとされている。(しかも、勤務条件に関する措置要求或いは不利益処分に関する審査請求の制度が、争議権・団体交渉権の禁止制限の代償的措置であることは、国会に地公法提案理由として政府当局側の岡野清豪国務大臣、鈴木俊一地方自治庁次長が説明するところである―昭和二五年一一月二四日衆院地方行政委員会議事録第一号。昭和二五年一一月二八日衆院地方行政委員会議事録第五号)。要するに、勤務評定に関する措置要求は不利益審査請求と並んで、労働組合法適用組合の場合には団体交渉・争議行為に訴え得る対象について、これに代替し得る機能を果さなければならない。従つて、地公法第四六条の「勤務条件」はこれを広く解釈しなければならない。ところで、制定法上「勤務条件」という語は、地公法第四六条の外、同法第二四条、国家公務員法第一〇六条等にも用いられているが、一般的な用語例に従えば「労働条件」と呼ばれているものに相当する。しかしながら、「労働条件」という言葉は、広狭様々に用いられている。例えば、労働組合法第一四条と同法第六条とを比較した場合、同法は労働条件その他の事項を以て労働協約事項とし、労働協約その他の事項を以て団体交渉事項としているのであるから、同法第一四条の「労働条件」は団体交渉事項よりかなり狭い意味に用いられており、従つて同法第一条第一項の「労働条件」より狭い。ところで地公法第四六条の「勤務条件」は、これを広く解すべきことは前述のとおりであるから、労働組合法第一四条の「労働条件」より広く解しなければならない。これに対して、公共企業体等労働関係法第八条第四号(地方公営企業労働関係法第七条第二項第四号も同じ)に規定する「労働条件」は、同条第一号ないし第三号と相俟つて、公共企業体等の職員の団体交渉事項の範囲と同意義であつて、右の意味における「労働条件」とは、労働者が自己の労働を提供し、若しくはその提供を継続するか否かの決定をするに当つて一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を指すものと解すべきである(かつて、法務府はこの趣旨の行政解釈を示した―昭和二六年四月一八日、法務府法意一発二〇号、法務府法制意見第一局長発、労政局長宛。法務総裁意見年報四巻一一〇頁以下)。そこで勤務条件に関する措置要求制度に、団体交渉権、争議権の制限、剥奪の代償的機能を果させるためには、地公法第四六条の「勤務条件」は、右のように広い意味における労働条件と同義に解すべきである。ところで、「勤務評定」は、人事の公正な基礎資料の一つとするために職員の執務について勤務成績を評定し、これを記録すること(人事院規則一〇―二、第一条第二項参照)であつて、任命権者は、勤務評定の結果に応じた措置を講じなければならないものとされている(地公法第四〇条第一項)。このような意味を持つ勤務評定は、それ自体、まさに「労働を提供し若しくはその提供を継続するか否かを決定するに当つて当然考慮の対象となるべき利害関係事項」すなわち労働条件に該当するものといわねばならない。つまり、勤務評定は、地公法第四六条の「勤務条件」に該当するものと解するのが相当である。

なお、被告は、勤務評定の結果に応じて具体的な処分がなされた場合には措置要求ができるのであるから、勤務評定そのものは措置要求の対象とはならない、と主張するが、勤務評定の結果に応じて具体的な処分がなされた場合それが不利益な処分であれば地公法第四九条の不利益処分に関する審査請求を行うべきであつて、右審査請求ができる処分については、同法第四六条の措置要求はできないと解すべきである(人事院規則一三―二、第一条第二項参照)から、被告の右の見解は失当である。しかも、不利益処分に関する審査請求が具体的な処分について行われるのに対し、勤務条件に関する措置要求の制度は、同じ状態にある多数の職員について一般的な行政措置を要求することを本則とするものであり、規則・命令等の制定改廃、処分又は処分の変更・取消等の行政行為のみならず、条例の制定改廃の勧告を要求することも、地公法第四六条の措置要求の対象となるのである。

ところで、勤務評定の実施は、使用者或いは管理者がより合理的な人事管理を行うためにするものであつて、使用者或いは管理者のいわば固有権に属するものであり、その結果労働者の勤務条件に影響があるとしてもそれは反射的効果に過ぎないものというべく、団体交渉権・争議権とは無関係であり、しかも勤務評定の結果とられた具体的処分については措置要求なり不利益審査請求ができるのであるから、勤務評定そのものは措置要求の対象とならない、との見解がある。しかしながら、前述のように、公共企業体等労働関係法第八条第二号(地方公営企業労働関係法第七条第二項第二号も同じ)は、「昇職、降職、免職、先任権及び懲戒の基準に関する事項」を以て団体交渉事項としているのであつて、この事項こそまさに勤務評定の内容をなすものであるから、勤務評定が団体交渉権・争議権と無関係であるとは到底解し得ない。しかも、勤務評定そのものが対象にならないと仮定すると、不当な勤務評定がなされたためにこれに応じた具体的な処分がとられた場合、人事委員会としては結局かかる不当な勤務評定を前提として判断することとなり、その結果それに応じた処分をも是認することになる危険は極めて強いものといわねばならない。従つて、この点からも、勤務評定そのものと勤務評定の結果とられる具体的処分とを殊更に切り離して、後者は措置要求の対象となるが、勤務評定そのものは措置要求の対象にならない、と解することはできない。

従つて、原告らがその取消又は変更を要求する勤評規則及び実施要領すなわち勤務評定制度は地公法第四六条にいわゆる「勤務条件」に該当し、行政措置要求の対象となるものといわざるを得ない。しかるに、勤務評定そのものは地公法第四六条の規定する措置要求の対象にはなり得ないものとして、原告らの要求を却下した本件決定には、地公法第四六条の解釈を誤つた違法がある。

三、よつて、本件決定の取消を求める原告らの請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 吉村弘義 篠田省二)

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