浦和地方裁判所 昭和35年(む)120号 判決 1960年7月23日
被疑人 結城千草
決 定
(被疑者氏名略)
右の者に対する出入国管理令違反被疑事件について、昭和三五年七月二二日浦和地方裁判所裁判官大中俊夫がなした勾留請求却下の裁判に対し即日浦和地方検察庁検事大槻一雄から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は審理をした上、次のとおり決定する。
主文
本件準抗告の申立を棄却する。
理由
第一、本件準抗告の理由
別紙記載のとおりである。
第二、当裁判所の判断
一、本件被疑事実については、本件資料によりこれを認めるに足りる相当な理由のあることは明らかである。
二、被疑者が本件につき罪証を隠滅する疑いがあるかどうかの点については、本件の特殊性にかんがみ、その虞が全然ないとはいえないが、相当な理由があるとまでは断定できない。
一件資料によると、被疑者に対する逮捕状発付の際に捜索差押許可状が同時に発付され、同許可状により多数の証拠物が押収され、また近親者、近隣等関係参考人の供述調書等も蒐集されており、被疑者の出国の日時場所等の特定についても被疑者を勾留することなく不拘束のまま取調べても本件捜査上格別の支障を来すものとは認められない。
三、被疑者が逃亡すると疑うに足りる事由があるかどうかの点については、一件資料によると、被疑者は帰国後の住居を自己の実家に定める意思であり住居不定ではなく、取調べに対しては何時でも出頭してこれに応ずる旨勾留質問の際答えて居るので、たとえ検察官主張の如き事情で相当期間近親者等との間に音信不通であつたことは認められるとしても、かような事情があるからといつて直ちに被疑者が逃亡すると疑うに足りる事由があるとはいえない。
四、その他本件資料を精査しても被疑者について刑事訴訟法第六〇条第一項所定の事由があるとは認められないので検査官の本件勾留の請求を却下した原裁判は、結局相当であるといわなければならない。
よつて、本件準抗告は理由がないから同法第四三二条第四二六条第一項後段により、これを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 西幹殷一 田中寿夫 羽生雅則)
(別紙)
一、被疑者が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由のあることは、一件記録により明かである。
二、被疑者は数年前から所在不明であつたもので、一定の住居を有しないことは明かである。現在、釈放後の落着き先と称しているところは、被疑者が今後居住を希望している場所に過ぎず最近居住の実績がないのみならず、果してそこに定住し得るか否かも不確定であり、現住の住居とは認められない。
三、被疑者の密出国の日時、場所はなお特定することが出来ないので、今後傍証の収集に努める必要があり、特に被疑者と過去において交渉のあつた参考人小菅昭三(被疑者の夫)結城久子(被疑者の母)、小菅幸吉(被疑者の夫の父)その他数名を取調べなければならないのであるがそれ等参考人は被疑者の近親者であるため若し被疑者が釈放されれば、現在の供述態度には罪証隠滅の意思が窺われるので、これら人証に働きかけて被疑事実に対する証拠隠滅をはかるおそれが多分に存在する。
四、被疑者はその経歴及び言動等からして日本共産党員と認められ、同党員は党の強い統制力からして党活動上の要請があれば保釈その他法律上の拘束条件或いは身柄引受人の意向等を無視して所在をくらますことは過去における幾多の事例からして顕著であり、また被疑者は法を犯し、肉親との長期の離別を敢えてしてまで国外に密出国したものであつて、この行為の態様自体から見ても逃亡すると疑うに足りる事由は顕著に存在するものといわねばならない。