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浦和地方裁判所 昭和41年(ワ)240号 判決 1968年4月23日

原告

小山順清

ほか六名

被告

新井明夫

主文

被告は、原告小山順清に対し金一、七〇八、八七九円六六銭、原告小山日出男、同小山博俊、同小山長子、同小山典子、同小山三枝子、同小山順子に対し各金一四四、四四五円及びこれらに対する昭和四一年六月二五日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及びこれに対する答弁

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告小山順清(以下原告順清という)に対し金三、八九一、六二九円、原告小山日出男、同小山博俊、同小山長子、同小山典子、同小山三枝子、同小山順子(以下順次、原告日出男、同博俊、同長子、同典子、同三枝子、同順子という)に対し各金二〇〇、〇〇〇円及び右金員に対する昭和四一年六月二五日から各完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、(事故の発生)

被告は、昭和三九年一〇月一〇日午後五時五〇分頃、その所有にかかる普通乗用自動車(練五ろ二七四号)(以下被告車という)を運転して国道二五四号線を川越市方面から東松山市方面に(東から西へ)向け進行し、埼玉県比企郡川島村大字吹塚一、一五三番地先旧県道との十字路にさしかかつた際、折から右十字路を北から南へ向つて自転車を押しながら徒歩で右国道を横断していた訴外亡小山あやけ(以下あやけという)に被告車の前部を衝突させ、よつて同女を跳ねとばし右国道上に転倒させて重傷を負わせ、同日午後一〇時二五分死亡するに至らせた。

二、(損害)

(一)  財産的損害

(1) 原告順清は、あやけが前記事故により重傷を負い死亡したので、治療のための入院治療費金四四、八三〇円、入院雑費金八、四五〇円、葬式費用金二五九、八七一円、合計三一三、一五一円を支払い同額の損害を受けた。

(2) あやけの失つた得べかりし利益

あやけは、原告順清の妻として同原告と共に農業を経営し、両人の年間所得は金六五〇、六〇〇円であり、そのうちあやけは五〇パーセントを稼いだものであるから、同女の一年間の所得は金三二五、三〇〇円となり、また同女の一年間の生活費は金一〇八、二〇〇円であるから同女の一年間の純収入は金二一七、一〇〇円となるところ、同女は今後二六年間生存して稼働したものと思われるので、同女の失つた得べかりし利益の合計額は右年間純収入の二六倍となるが、十年毎のホフマン式計算法により年五分の割による中間利息を控除して同女の死亡時におけるその現価を求めると金三、〇七八、四七八円となる。

(3) 原告順清の相続

原告順清は、あやけの夫であり、同女の死亡によつてその得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続により取得した。

(4) もつとも、原告らは本件事故による損害に対し、自動車損害賠償保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したので、右金員を入院治療費、入院諸雑費、葬式費用及び原告順清が相続した損害賠償請求権に、上記の順序で充当した。その結果財産的損害は金二、八九一、六二九円となる。

(二)  原告らの慰藉料

(1) 原告順清の慰藉料

原告順清は、本件事故により妻を奪われ多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するには金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(2) 原告日出男、同博俊、同長子、同典子、同三枝子、同順子の慰藉料

右原告ら六名は、いずれもあやけの子であり、本件事故によつて母を奪われ、多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するには各金二〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

三、(結論)

よつて被告に対し、原告順清は前項(一)(二)の合計金三、八九一、六二九円、原告日出男、同博俊、同長子、同典子、同三枝子、同順子は各(二)の金二〇〇、〇〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年六月二五日から各完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の認否

原告主張の日時、場所において被告車とあやけとが衝突した事故によりあやけが死亡したこと、自動車損害賠償保険金五〇〇、〇〇〇円が原告らに支払われたことの各事実は認め、あやけの一年間の生活費が金一〇八、二〇〇円であること、原告順清があやけの夫であり、その余の原告ら六名が同女の子であること、右保険金を原告ら主張の順序で各請求権に充当したことの各事実は知らない、その余の事実はすべて争う、あやけの死亡は同女の特異体質(慢性心不全症)が災いしたものであつて、本件事故との間に相当因果関係はない。

第四、被告の抗弁

一、免責の抗弁

(一)(被告の無過失)

あやけは、本件事故現場の十字路で被告車を追越そうとしてその右斜前方に進出してきた他の自動車(トヨエース)の直前を北から南へ(被告から見て右から左へ)横断して、突如被告車の直前に出現したのであつて、被告からは右トヨエースの陰になつて、あやけの挙動を見ることができなかつた。被告は同女の姿を目撃するや、直ちにブレーキをかけると共にハンドルを左に切つて急停車及び避譲の措置をとつたのであつて、十分の注意を尽したものである。

(二)(あやけの過失)

自転車は夜間道路にあるときは灯火をつけなければならず(道路交通法第五二条)、また歩行者は車両等の直前で道路を横断してはならない(同法第一三条)注意義務があるにも拘らず、あやけは被告車を追越そうとしている前記トヨエースの直前を無灯火の自転車を押しながら徒歩でまたはこれに乗つて、横断しようとして被告車の直前に突然出現したため、被告がこれを避けられず被告車に衝突されたものであるから、本件事故は同女の過失によるものである。

(三)(被告車の機能構造上の無欠陥)

被告車には構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

二、過失相殺

仮りに被告に過失があつたとしても、あやけにも右の如き過失があるので、損害賠償額の算定につき斟酌されねばならない。

第五、抗弁に対する原告らの認否

被告の抗弁事実はすべて否認する。

第六、証拠 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

原告主張の日時、場所において被告車とあやけとが衝突した事件事故が発生したこと、原告主張の日時にあやけが死亡したこと、については当事者間に争いがない。被告は、あやけの死亡は同女の慢性心不全症が原因となつて惹起されたものであるから、本件事故と同女の死亡との間に相当因果関係はないと主張するが、原告順清本人尋問の結果によれば、あやけは健康な女子であつたことが認められ、また〔証拠略〕によれば衝突による負傷によつてシヨツク症状を起し死亡するにいたることは健康な者においても屡々起りうることが認められるから、本件事故とあやけの死亡との間には相当因果関係があるものと認められる。

被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、(被告の責任)

本件事故は、被告が自己の所有する被告車を運転していた際に発生したものであることは当事者間に争いがないから、被告主張の免責の抗弁が認められない限り、被告はあやけの死亡による原告らの後記損害を賠償する責に任じなければならない。

三、(被告の抗弁)

(一)  被告の免責の抗弁

〔証拠略〕を総合すれば、被告は、事故現場から約七〇メートル西寄りの地点にさしかかつた際後続のトヨエース一両が被告車に追いつき、センターラインを越えて被告車の右側から追越しを始めたが、僅かに左側に寄つたのみで従前の速度のままトヨエースとほぼ並進したため、また当時日没で対向車がなかつたのに前照灯を下向にしたまま進行したため、あやけが自転車を押しながら前記交差点で国道を横断しようとしていたのを発見するのが遅れ、そのため、被告は同女の姿を発見すると直ちにブレーキを踏みハンドルを僅かに左に切つて、急停車ならびに避譲の措置をとつたが、ついにこれを避けえず、被告車の前部を同女に衝突させて跳ね飛ばしたことが認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は前顕証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

自動車の運転者は、後車に追いつかれ、かつ、道路の中央との間に後車が通行するのに十分な余地がない場合には、できるだけ道路の左側端に寄り(道路交通法第二七条)かつ、日没後は前照灯の照射を完全にして前方を十分に注視しうるようにすべきである(同法第五二条一項)にも拘らず、被告は前記認定の如くこの注意を怠つてできるだけ道路の左端に寄ることもせず、また対向車がなかつたのに前照灯を下向きにしたまま進行したため、本件事故を惹起したのであつて、この点に過失があるといわねばならない。

右の如く被告に過失が認められるので、被告の免責の抗弁はその余の判断をまつまでもなく理由がない。

(二)  過失相殺

〔証拠略〕を総合するとあやけは、被告車と並進していた前記トヨエースの直前で自転車を自己の右側に保持しつつ徒歩で国を横断した事実が認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分すなわちあやけは自転車に乗つていた旨の供述部分は、甲第三号証と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。歩行者は、車両の直前で路を横断してはならない(道路交通法第一三条一項)にも拘らず、前記認定の如く前記トヨエースならびに被告車の直前で国道を横断しようとして本件事故に遇つたものであり、あやけにも過失があるといわなければならない。(当時は既に日没後であつたとはいえ、前記証拠によれば右自動車は共に前照灯を点灯していたと認められるから、同女には右自動車が進行してくるのが認められた筈である。)同女の過失と、被告の過失とを比較すると、双方の過失の度合は大体あやけ三に対し、被告七の割合であると認めるのが相当である。

四、(損害)

(一)  財産的損害

(1)  原告順清の支出した費用

〔証拠略〕を総合すれば、原告順清が次のような支出をしたことが認められる。

(イ) 赤心堂病院入院治療費 金三四、八八〇円(甲第一五号証)

(ロ) 入院時諸雑費 金八、四五〇円(甲第二七号証)

(ハ) 死亡診断書(三通) 金一、五〇〇円(同右)

(ニ) 葬儀社支払 金七、二〇〇円(同右)

(ホ) 寺院支払 金一四、七〇〇円(同右)

(ヘ) 告別式諸雑費 金一六、五六〇円(同右)

(ト) 初七日から四九日までの法要雑費 金一八、二五〇円(同右)

(チ) 初七日から四九日までの供応接待費

a 港屋支払 金二九、九七六円(甲第一六号証)

b 大野支払 金九、六八〇円(甲第一七号証)

c 高橋製麺支払 金七、九二〇円(甲第一八号証)

d 八百屋支払 金二、五七〇円(甲第二七号証)

e 長木や支払 金一、五五〇円(同右)

(リ) 切手代 金五七五円(同右)

(ヌ) 写真代 金八、二〇〇円(同右)

合計 金一六二、〇一一円

右のうち(ニ)ないし(ヌ)は、葬儀のために支出した費用であり、これらは原告順清本人尋問の結果により認められるあやけの生活程度に照らし相当である。

なお、〔証拠略〕を総合すれば、同原告は右の他にも引物代として合計金一五二、六六五円(ノート代金二、九〇〇円、砂糖代金五、一九〇円、饅頭代金六五、三八五円、敷物代金七九、一九〇円)を支出したことが認められるが、引物代はいわゆる香典返しと同視すべきものであるから、本件事故と相当因果関係にある損害ということはできない。

(2)  あやけの失つた得べかりし利益

〔証拠略〕を総合すれば、あやけは大正六年一一月生まれの健康な女性で、学校に在学当時は八年間無欠席でかつ結婚後は出産と歯科医の外は医師の診察を受けたことがない程であり、夫である同原告と共に農業に従事していたことが認められる。〔証拠略〕を総合すれば原告順清は田約八反八畝畑約八反九畝を所有し、主として妻あやけと二人だけで米、麦、蚕を主体とする農業を営んでいたところ昭和三九年度における両名の農業による年間所得は金六五〇、六〇〇円であつたと認められ、そのうち五〇パーセントはあやけが農家の主婦としてこれを稼いだものと認めるのが相当であるから、同女の年間収入は金三二五、三〇〇円となる。〔証拠略〕を総合すれば、同女の年間生活費は金一〇八、二〇〇円であると認められるからこれを控除した同女の年間純収入は、金二一七、一〇〇円である。

右事実に第一〇回生命表上、日本人の同年令の女子の平均余命は二八・二三年であることを考え合せると、あやけは本件事故がなければ大体右余命年数程度生存し、そのうちあと二三年間にわたり(農家の主婦が満七〇年まで就労可能と考え)毎年金二一七、一〇〇円の純収入をあげうべきところ、これを事故による死亡によつて失つたと認めることができる。

右金額を基礎とし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故時の現価に引き直すと金三、二六六、三〇八円四一銭となる。

(3)  もつとも、本件事故については前記のようにあやけにも過失があるのでこれを斟酌すると、被告に対する財産上の賠償請求額は、前記(1)につき金一一三、四〇七円七〇銭、前記(2)につき金二、二八六、四一五円八八銭となる。

(二)  慰藉料

あやけは、本件事故により重傷を負つたこと、事故当日の午後一〇時二五分頃赤心堂病院で死亡したことは当事者間に争いがなく、また前記認定の如く、同女の死亡は本件事故と相当因果関係があると認められる。成立に争いのない甲第二九号証によれば、原告順清はあやけの夫であり、その余の原告ら六名は、いずれも同女の子であることが認められ、原告らは同女の死亡によつて多大の精神的苦痛を受けたことが推認される。〔証拠略〕を総合すれば、殊に原告順清は同女の死亡による心労が原因で、昭和四一年一月頃より神経性難聴をきたすなど、特に大きな精神的苦痛を受けたこと原告日出男は二七才でもと坂戸町の商店に雇われていたが、あやけの死亡後は家業の農業を手伝つており、原告博俊は二五才で川越商業高校卒業後三菱銀行に現在まで七年間勤務し月給約金三五、〇〇〇円得ており、原告長子は二三才で東松山女子高校卒業後西武百貨店に現在まで四年間勤務し月給約金二二、〇〇〇円得ており、原告典子は二一才で東松山女子高校卒業後会社に勤務し月給約金二〇、〇〇〇円を得ており、原告三枝子は一九才で女子高校卒業後大宮の鐘紡化粧品店に勤務し月給約金二〇、〇〇〇円を得ており、原告順子は一六才で東松山女子高校に在学しておること、が認められる。右事実と前認定の被害者の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告らが受けるべき慰藉料の額は、原告順清に金一、〇〇〇、〇〇〇円、同日出男、同博俊、同長子、同典子、同三枝子、同順子に各金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

五、(原告らの相続)

原告順清はあやけの夫であり、その余の原告ら六名はいずれも同女の子であるから、原告順清は相続により前項(一)の(2)(3)のあやけの失つた得べかりし利益の賠償請求権のうち三分の一である金七六二、一三八円六二銭の債権の承継取得し、その余の原告ら六名は各右請求権の九分の一の債権を承継取得したことになるところ、原告順清以外のその余の原告ら六名はその請求をしていない。

六、(原告らの損害賠償請求権)

(一)  原告順清

(1)  固有分

(イ) 財産的損害 金一一三、四〇七円七〇銭

(ロ) 精神的損害 金一、〇〇〇、〇〇〇円

(2)  相続分 金七六二、一三八円六二銭

(二)  その余の原告ら六名

固有部 精神的損害 各二〇〇、〇〇〇円

七、(保険金の受領と充当)

原告らは、本件事故に基づく自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円を受領したことを自認するので、各自の相続分に従つて前記損害金に充当すると、原告らの損害賠償請求権は、

(一)  原告順清 金一、七〇八、八七九円六六銭

(二)  その余の原告ら六名 各金一四四、四四五円

なお、原告らは、あやけの得べかりし利益の喪失による賠償請求権及び自動車損害賠償責任保険金につきそれぞれ全額を原告順清が取得したものと主張するが、原告らは、同原告に右権利をすべて取得させる理由(その余の原告がすべて相続放棄の申述をなし受理されたこと、遺産分割の協議が行われたこと、遺産分割の調停審判があつたこと等)につき何らの主張立証をしないから、原告らは各自法定相続分に従つて右権利を取得したものといわなければならない。

八、(結論)

以上のとおり原告らが被告に対し本訴において請求しうべき損害額は前項(一)(二)となり、被告は原告順清に対し金一、七〇八、八七九円六六銭原告日出男、同博俊、同長子、同典子、同三枝子、同順子に対し各金一四四、四四五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること明らかな昭和四一年六月二五日から完済にいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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