浦和地方裁判所 昭和46年(モ)1308号 判決 1972年10月18日
債権者
柴生田諭吉
右訴訟代理人弁護士
石川悌三
右輔佐人弁理士
安達信安
債務者
市村食品、上尾納豆製造所こと
市村ヒサ
右訴訟代理人弁護士
亀岡孝正
右輔佐人弁理士
松田喬
主文
一 債権者と債務者間の当裁判所昭和四六年(ヨ)第二九四号販売差止等仮処分申請事件について、同裁判所が昭和四六年九月一〇日なした仮処分決定はこれを認可する。
二 訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
<前略>
一 申請の理由
1 債権者の商標権
(一) 債権者はクロレラを添加した納豆(商標法施行令別表第三二類の商品)について使用する別紙第一目録記載どおりの商標(以下本件商標という)につき商標登録(登録番号第八九六〇〇〇号、出願日―昭和四二年九月二〇日、出願番号―商願昭四二―五八一七二、公告日―昭和四五年九月三日、公告番号―商公昭四五―三八五八七、登録日―昭和四六年四月一六日)を受けて、商標権を有している。
(二) 債権者は本件商標についてデラップス工業株式会社(代表取締役債権者)に通常使用権を許諾し、同会社は別紙第一目録添付の図面どおりの標章を表示した納豆の包装用容器の掛け紙および発泡プラスチックス製の同容器を製作し、これを日本全国にわたり広く納豆製造業者ら約三〇〇店に販売している。
2 債務者の使用する商標およびその使用状況
債務者は市村食品または上尾納豆製造所の名称の下に、納豆の製造、販売業を営んでいるが、本件商標の指定商品と同一商品である納豆の包装用容器の掛け紙に別紙第二目録記載どおりの商標(以下債務者商標という)を表示して、納豆を販売している。
3 債務者商標使用による商標権の侵害
(一) 両商標の類似
(1) 債務者商標と本件商標とを対比すると、次のとおりである。
(イ) 右各掛け紙の前面部分が長方形状であつて、下地が赤色であり、その四隅にそれぞれ外側からやや彎曲した層状模様が表示されており、その層状模様の色が多少異つているのにすぎない。
(ロ) 右各掛け紙に表示された第一段の「クロレラ」および第三段の「納豆」の文字は共通しており、文字の書体、大きさ、配列が多少異なつているのにすぎない。
(ハ) 本件商標表示の第二段には「デラップス」なる文字があるが、債務者の使用する掛け紙に表示された第二段には「ゴールド」なる文字がある。<後略>
理由
一本件商標
申請理由1の(一)の事実(ただし層状模様の中央の二層部分の色を除く)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎乙第一二号証によれば、本件商標の各文字の一部および四隅の各層状模様の一部が黄土色で縁取りされていること、右層状模様の中央の二層部分のうち、内側の層の色が濃緑、外側の層の色が緑であることが一応認められる。
次に債権者本人尋問の結果によれば、申請理由1の(二)の事実が一応認められる。
二債務者商標
申請理由2の事実は当事者間に争いがない。なお債務者によつて使用されている納豆の包装用容器であることについて争いのない疎検甲第一号証によれば、容器の包装用の掛け紙は縦が14.6センチメートル、横が13.1センチメートルあり、左右両側に幅1.5センチメートルにわたつて債務者商標の印刷されていない部分があり、その部分に、それぞれ、債務者主張どおりの本商品の取扱方法、債務者の住所、電話番号、氏名が通常の緑色文字で印刷されていること、その各部分は容器に掛けられるとき折り曲げられて、それぞれ容器の左側面と右側面に位置するようになること、そして掛け紙に印刷された債務者商標部分が容器の表面に位置することが一応認められ、右認定事実によれば、右緑色文字の印刷部分が債務者商標の構成部分になつているものということはできない。したがつて、両商標の類否を判断するにあたつては、掛け紙の表面部分の標章だけを観察対象とすればたるものというべきである。
三両商標の類似
1 申請理由3の(一)の(1)の事実は当事者間に争いがない。
2 両商標は文字と図形との結合商標であるとともに、色彩を加えた商標であるが、次に文字、図形、色彩を分離して類否を観察する。
(一) 文字の類否について
(1) 本件商標中の「納豆」の文字は通常の商品名であり、「クロレラ」の文字は緑藻類に属する単細胞の微細藻類の一種の名称であるが、クロレラ入りの納豆の製造販売業者が特定の業者に限定されていることの疎明がなく、「クロレラ」「納豆」の文字だけでは自他商品を識別することはできない。したがつて、右各文字が本件商標の要部であるとはいえない。
(2) <証拠>によれば、債権者は次のとおりの連合商標すなわち、「デラップス」(登録番号第五八六〇三九号)、「デラップス クロレラ水戸納豆」(同第七八二九八一号)、「デラップス クロレラ玉子納豆」(同第七八二九八二号)、「デラップス クロレラ」(同第七八二九八三号)、「クロレラデラップス」(同第八九五九九八号)、「ローヤルゼリー、デラップス」(同第八九五九九九号)を有していること、本件商標も前記商標の連合商標であることが一応認められ、前記認定のとおり債権者が自己において代表取締役をしているデラップス工業株式会社に対し、本件商標の通常使用権を許諾し、同会社が本件商標を印刷した掛け紙と発泡プラスチック製の包装用容器を製作し、日本全国にわたり広く納豆製造業者らにそれを販売しておる事実を合わせ考えると、本件商標中の白抜きの片仮名「デラップス」の五字は、他の文字に比較してやや小さく表記されているが、他の連合商標と同様に、本件商標についても要部であるということができる。
(3) 前記一、二の認定事実によれば、両商標の「納豆」と「クロレラ」の文字は多少書体を異にするが、各文字の大きさと配列はほとんど同一であり、本件商標の「デラップス」の文字の位置に、債務者商標では「ゴールド」の白抜きの文字があり、両商標は文字部分の要部に関する限り類似しているということはできない。
(4) なお前記二の認定事実のとおり債務者商標表示の上段に「高級自然食品」、下段に「市村食品謹製」とそれぞれ細長く赤枠で囲んだ白地に左横書きしてあるが、前者はありふれた食品の品質材料の表示であり、後者もありふれた製造者名の表示であり、右各文字は債務者商標にとつても、付加部分にすぎないものとみることができる。
(二) 図形の類否について前記一、二、三の1の認定事実のとおり、両商標の四隅にそれぞれ外側からやや彎曲した層状模様がある点は、ほとんど同一であり、ただ前掲の疎乙第一二号証、疎検甲第一号証によれば、本件商標の四隅の層状模様はいずれも連絡していないが、債務者商標の層状模様は右上隅と右下隅が、左上隅と左下隅がそれぞれ連結しているような形状になつていることが認められるが、特に注意して観察しない限り、両商標とも同一の模様、形状にみえる。
(三) 色彩の類否について
前記一、二、三の1の認定事実のとおり、両商標とも長方形状であり、下地が赤色であり、両商標の第一段の「クロレラ」の文字が緑色であり、第三段の「納豆」の文字が白抜きされ、本件商標の第二段の「デラップス」の文字、債務者商標の第二段の「ゴールド」の文字がいずれも白抜きされており、ただ本件商標の各文字の一部に黄土色の縁取りがあるが、文字の色彩はほとんど同一であること、層状模様の色彩については、本件商標が四色に着色されて四層を形成し、内側から順次白、濃緑、緑、白であり、かつ層状模様の一部が黄土色で縁取りされており、債務者商標は五色に着色されて五層を形成し、内側から順次白、濃緑、薄赤、薄緑、白であり、このように中央の層に薄赤色が配されているが、他の配色は両商標ともほとんど同一である。
右認定事実によれば、両商標とも赤色を基調とし、これに白色と緑色が配色され、これらの色彩の与える印象が強く、本件商標中に黄土色が散在するのにかかわらず、両商標の色彩はほとんど同一のように認識される。
(四) 本件商標の図形、色彩と要部について
(1) 右図形、色彩の慣用について
(イ) <証拠>によれば、水戸市内のH商店が昭和三五年ごろから菱形の層状模様の内側に梅の花を配した水戸殿様納豆なる商標を使用し、次に東京都豊島区内の有限会社S納豆製造所が昭和三九年ごろから菱形の竹状の枠内に竹の花と小鳥の絵を配した仙台納豆なる商標を使用していたことが一応認められるが、右各商標の図形が本件商標の図形と類似しているということはできない。
(ロ) <証拠>によれば、大宮市内のT・S、東京都練馬区内のT・Z、越ケ谷市内のT・K、春日部市内のM・M、山崎市内のK・Kらの納豆販売業者らが本件商標の図形、色彩と類似する商標を使用していたことが一応認められ、右証人の供述および右書証の記載中には、右納豆販売業者らが昭和四三年または昭和四四年ごろから右類似商標を使用していたとの趣旨の部分があるが、これは債権者本人尋問の結果にてらしたやすく信用できず、そのほかに右類似商標の使用開始時、各時期における右類似商標を印刷した掛け紙の使用枚数を疎明するにたりる資料はない。
(ハ) 前掲の疎乙第一四号証の一、債権者本人尋問の結果によれば、債権者は昭和四〇年六月ごろから本件商標を使用していること、本件商標の査定日は昭和四五年一一月二六日であることが一応認められる。
(ニ) 右認定事実によれば、本件商標の査定日当時、右商標の図形、色彩部分が慣用されていたものと認めることはできない。
(2) 債権者本人尋問の結果によれば、本件商標の図形、色彩は債権者の使用人により創作されたことが一応認められる。
(3) 以上の認定事実を総合すれば、本件商標については、小さい文字の「デラップス」以上に、四隅の層状模様の図形とその色彩の配合および下地の赤色とが自他商品の識別力をもつているものと認められるので「デラップス」の文字とともに、図形と色彩が本件商標の要部になつているものということができる。
3 全体的観察と離隔的観察について
(一) 商標の類否の判断は商品の一般取引者(需要者を含む)において自他商品の識別を混同するおそれがあるかないかを基準とし、両商標について分離観察、対比観察、要部観察をしたときでも、それに続いて全体的かつ、離隔的に観察すべきである。
(二) ところで、本件商標を全体的に観察すると、右商標には「デラップス」の文字と図形、色彩の配合との二個の要部があり、「デラップス」の文字は比較的大きな「納豆」と「クロレラ」の各文字に挾まれた小さな文字であり、これらの文字を取り囲むように層状模様があり、この層状模様がその色彩の配合、「納豆」「クロレラ」の文字の位置、大きさ、配色と相俟つて一般取引者の認識、記憶、購買意欲に強い心理的影響を与え、納豆の出所表示、および宣伝広告の機能を有している。
次に両商標を離隔的に観察すると、両商標の層状模様の形状、配色の相違および「クロレラ」「納豆」の書体の相違はいずれも認識されず、むしろ同一の認識、記憶が残り、「デラップス」と「ゴールド」に対する印象は前記の層状模様と色彩に注意力が奪われ、かなり薄れてくるものということができる。
(三) かように特別顕著性を有する図形と色彩が両商標において類似しているので、両商標は外観上類似しているということができる。
4 称呼上と観念上の非類似の主張について
(一) 本件商標の「デラップス」は前記認定のとおり要部であるから、「クロレラデラップス納豆」と「クロレラゴールド納豆」とは称呼上の類似性はない。しかし「デラップス」は、債権者本人尋問の結果によれば、「デラックス」からの造語であり、それ自体社会的に認められた明確な意味を有していないが、何となく「デラックス」というような響きをもつた語のように認識され、品質表示であるかのようにみえ、債務者商標の「ゴールド」も品質表示に関係する語のように解され、観念上多少の類似性を有しているようにうかがわれる。
(二) ところで商品の機能より考察すると、外観上の類似があれば、称呼上の非類似と観念上の非類似があつても、原則として商標の類似性があると解するのが相当であり、本件の両商標については外観上の類似性があり、その他の点につき多少の非類似性があるのにすぎないので、両商標は類似しているということができる。
第一目録図面 第一目録(債権者のもの)
第二目録図面 第二目録(債務者使用のもの)
四商標権の侵害
以上の判示のとおり両商標は類似しているので、債務者の債務者商標を使用する行為は債権者の商標権を侵害するものであり、債権者は債務者に対し侵害行為の差止めを請求する権利を有するというべきである。
五仮処分の必要性について
債務者が債務者商標を付した掛け紙等で包装した納豆を販売していること、債権者は債務者に対し債務者商標の使用行為の中止を申し入れたが、債務者はその使用を継続していることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、債務者は従業員一三名を雇用し、販売高の約四割が債務者商標を付した掛け紙等で包装されたクロレラゴールド納豆であり、埼玉県の北部地域にその市場を有し、その販売高もかなり多額にのぼつているものと一応認められるので、債権者には債務者商標の使用行為の差止めを求める仮処分の必要性が存するものということができる。
六結論
債権者の本件仮処分申請は理由があるから、これを認容した本件仮処分決定は正当であるので、これを認可する。
(堀部勇二 鹿山春男 菊地光紘)