浦和地方裁判所 昭和51年(ワ)77号 判決 1981年9月18日
原告
光伸商事株式会社
右代表者
平井忠五郎
右訴訟代理人
中田直介
同
石井憲二
被告
川口市
右代表者市長
永瀬洋治
右訴訟代理人
堀家嘉郎
右訴訟復代理人
菅重夫
被告
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
岩田栄一
同
中島重幸
被告
粂田隆一
被告
磯部孝三郎
右被告二名訴訟代理人
片岡彦夫
主文
1 被告らは各自原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その一を被告らの各負担とする。
4 この判決は、主文第一項につき仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一被告川口市に対する請求について
一被告川口市の違法、有過失について
1(一) 原告請求原因1(一)(1)の事実(本件住民登録)は当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によると、進一、外驥雄はそれぞれ本件住民登録(転入)の申請をしたことがないことが認められ、本件住民登録は各本人の申請に基づかないでしたものであり違法な行為であるということができる。しかし、転居先の川口市青木町五丁目二五番地が行政区画上存在しない旨の原告主張事実はこれを認めることのできる的確な証拠がないばかりでなく、<証拠>によると、右住所は行政区画上存在したが、昭和五一年一月一二日川口市中青木四丁目二五番地に行政区画が変更されたことが認められる。したがつて、行政区画上存在しない住所への転居を認めた違法があるとの原告主張は失当である。
(三) <証拠>を総合すると、被告川口市における本件住民登録当時の住民登録(転入)については、前居住地の市町村役場発行の転出証明書(住民登録票中の転出事項、転出先の記載)と転入届出書を形式的に審査し、窓口で前住所、氏名、年齢、家族などを簡単に質問した上受理し登録しており、本件住民登録についても、その書類の形式を審査し簡単な質問をした上で登録したことが認めら判旨れる。住民登録は諸行政の基礎資料となるもので、本人の申請がないのに本人を自称しまたは代理人を自称する無権限者からの登録申請を発見しその登録を防止するよう事務の仕方を創意工夫すべきことは多言を要しないところであるが、他方、住民登録証明書の交付を受けるべき一般市民にとつてみれば、簡易迅速に行うべき要請が大であり、犯罪に利用される瀕度は印鑑登録に比較して少いものであるから、前住所の住民登録証明書の転出日時、転出先の記載、転入届出書の記載の形式的審査、及び、窓口での簡単な質問により、出頭者が届出本人であること、または、代理人と自称する者が代理権を有することを一応認定して申請に沿う登録をすることで、その正確性を確保するとしてもやむをえないものというべきであり、係員は、原告主張のように、それ以上に本人に申請の意思の有無を照会するなど実質的審査をした後に登録すべき義務を負うものではないと解するのが相当である。本件で、被告川口市の住民登録係員は前記認定のように前住所の住民登録証明書中転出事項の記載、転入届出書の形式的審査の上窓口での簡単な質問の上これを受理し登録したものであるから、右説示にしたがい、過失がなかつたものということができる。この点の原告主張は失当である。
2(一) 原告請求原因(二)(1)の事実(本件印鑑登録及び証明)は当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によると、進一、外驥雄はそれぞれ本件印鑑登録及びその印鑑証明書交付申請をしたことがないことが認められ、本件印鑑登録及び証明は進一、外驥雄の意思に基づかずにされた違法な行為であるということができる。
(三) 進一の本件印鑑登録に関する被告川口市の過失について検討する。
(1) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
須田及びこれと共謀した二名のうちいずれか一人は昭和四七年九月九日被告川口市の市役所で市民課庶務係植野立三に対し、進一の代理人山田次郎(住所川口市青木町四丁目一二番地)であると称し、本人の申請であることを保証する保証人として、菅生賢(住所川口市大字芝一、一八〇番地)、草野寿徳(住所同市前川町三丁目一、四三五番地)の保証書(登録申請書と一体となつており、各保証人の登録印鑑欄に各印影が押捺顕出され、菅生についてはすでに川口市芝支所で印鑑照合済の印が押されている。)部分があり、登録する印欄に所持の広田の印顆を押捺した進一申請名義の本件印鑑登録申請書(乙第一号証)及び進一が同年九月八日山田次郎に対し本件印鑑及び印鑑証明書三通の交付申請につき代理権を与えこれを委任する旨の委任状(乙第二号証)を提出した。なお、右申請は前記1(一)の本件住民登録申請と同時に行い、未だ住民登録票が作成されていなかつたため、同人名義の住民登録(転入)届出書も添附された。
以上のとおり認められる。
(2) 次に、代理人による印鑑登録の場合の審査に関する条例及び規則等についてみると、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
(イ) 当時の川口市印鑑条例によると、代理人による印鑑登録申請については、第三条二項に「印鑑の登録を受けようとする者が、病気その他やむを得ない理由により、みずから市長に申請することができないときは、登録を受けようとする印章を押印した委任状を添えて代理人により申請することができる。」旨規定され、第一九条には「市長は、印鑑に関する申請又は届出について特に必要があると認めるときは、文書その他の方法で申請人に対して照会し、事実を確認したうえ処理するものとする。」と規定されている。右以外には、たとえば、代理人の住民登録、印鑑登録、代理の理由書などについて何らの規定がなく、したがつて、代理人が正当に本人を代理する権限を有するかどうかについては、登録しようとする印顆による印影が委任状に押捺されていることを提出された委任状を審査して認定するとの義務が条例上課され、もし、それで不足するときは一九条の本人への照会方法が残されているだけであり、代理人の資格(たとえば、川口市の住民登録及び印鑑登録)、代理理由の疎明(たとえば、理由書の提出)、委任状の自署などの規定がなく、また、行政実務としても、右一九条の「特に必要があると認めるとき」として本人への文書照会をした事例は本件印鑑登録前には見当らない。
(ロ) しかし、右条例は昭和四九年六月以後改正され、代理人による印鑑登録については、本人に対し葉書でその登録申請に間違いがないかどうかを照会し、間違いない旨記載した回答書を本人が直接窓口に持参し提出した場合に限つて登録することになつた。
以上のとおり認められる。
右認定の事実によると、川口市印鑑条例上の義務としては、第一に、委任状に押印された本人名下の印影と登録すべき印鑑との同一性の審査義務を負うことになる。この点については、右(1)冒頭の各証拠を総合すると、被告川口市係員がその審査をし、両者の同一性を確認したことが認められ、その義務違背は存在しない。そこで、条例一九条による本人への照会義務の存否が問題となる。
(3) 本人への照会義務の存否は、本件印鑑登録当時の被告川口市及び他の市町村における条例等を参照して決定すべきである。まず、被告川口市の認識としては、事後にその取扱いを変更し本人への照会を義務づけるにいたつたこと前記認定のとおりであり、その必要性は本件印鑑登録当時でも変りはなかつたものというべきであり、被告川口市主張のようにいかに印鑑登録事務が忙しいとしても、そのことだけでその義務を否定することは相当でない。他市等の実情をみると、<証拠>によれば、東京都における特別区の行う印鑑登録及び印鑑証明事務の調整に関する条例の三条二項では「特別区は、印鑑の登録をしようとする者が代理人をして届書を提出する場合においては、本人の意思であることを確認して受理するものとする。」とし、同条例準則の三条ただし書には「登録を受けようとする者が、病気その他やむを得ない理由により、みずから申請することができないときは、その理由を証する書類及び委任状をそえて、代理人により申請することができる。」と規定すべきことが認められ、<証拠>を総合すると、市川市印鑑条例施行規則三〇号(昭和四七年五月一〇日)の二条二項では、代理人による印鑑登録の際の「委任状には自署及び登録を受けようとする印章を押印しなければならない」として特に本人の自署を要件としており、同四条二項で「本人の事実確認を求める文書」の様式も定め、本人の意思に基づいて登録することに間違いがないかどうかの照会をし、一四日以内に提出しなければ登録しないこととし、昭和五二年三月三一日条例一号で改正後は、本人の意思確認の方法につき四条二項に「前項の確認は、登録申請の事実について当該申請者に対して文書で照会し、その回答書を登録申請者又はその代理人に持参させることにより行うものとする。」と定め、その後同年九月二九日規則三一号で概ね従前同様の本人への文書照会様式を定めていることが認められる。また、<証拠>によると、自治省行政局振興課が昭和四六年八月作成の印鑑の登録、証明等に関する実態調査によれば、全国統計上、代理人の資格制限につき、本人と同一の市町村に印鑑登録をしている者に限るもの八〇四(四四%)、本人と同一の市町村又は他の市町村に印鑑登録している者に限るもの二九二(一六%)であつて、その六割が右のような制限をしており、そうでないとしても代理人が住民登録をしていることを要件としているものが大半であることが認められる。以上のような各事情を総合考察するときは、被告川口市の職員としては、本件印鑑登録をする前に、川口市印鑑条例一九条により、代理人山田次郎が進一の正当な代理人であり進一が真実本件印鑑登録をする意思がありその申請が間違いないものかどうかについて、文書等で照会し、間違いがない旨の回答をえるなど事実を確認した後に登録すべき職務上の注意義務があつたものというのを妨げない。
(4) しかるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
判旨被告川口市係員は、前記(1)の申請があつたため、委任状の印影と登録しようとしている印鑑が同一であることを照合したが(代理の理由も質問していない。)前記進一本人への文書照会手続をせず、漫然、山田次郎と称する者が進一を代理して本件印鑑登録の代理権限がありしたがつて進一が真意に基づいて本件印鑑登録の申請をしたものと軽信し、その登録をした過失がある。
(四) 被告川口市係員のした進一の本件印鑑登録証明書交付については、前記(三)の過失ある印鑑登録の結果証明書を交付したもので、その過失を承継するものである。すなわち、前記各事実によると、被告川口市係員は、進一の印鑑登録が進一の真意に基づいてされたものであることを確認した上その印鑑証明書を交付すべき注意義務があるところ、前記(三)のような過失により進一の本件印鑑登録をしたことを看過した結果、それが真正になされたものと軽信して、山田次郎と称する某に対し進一の本件印鑑証明書を交付した過失があるということができる。
(五) 外驥雄の本件印鑑登録に関する被告川口市の過失について検討する。
(1) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
須田及びこれと共謀した二名のうちいずれか一人は昭和四七年九月九日被告川口市の市役所で市民課庶務係小峰祥宏に対し、外驥雄本人であると称し、本人の申請であることを保証する保証人として、前記(三)(1)と同様、菅生、草野の保証書部分がある外驥雄申請名義の本件印鑑登録申請書(乙第五号証)を提出した。しかし、右申請の登録する印欄にはゴム印が押捺してあつた(二個)ため印鑑登録に適しないとしてその登録を拒否したところ、右ゴム印二個を二本の線を引いて削除し、その欄外に登録に適する印を押捺して提出したものであつた。また、代理人欄には前記(三)(1)と同様に山田次郎の住所氏名が記載されていたが、係員小峰が出頭した者に尋ねたところ外驥雄本人であると述べたのでこれを二本の線で削除し、「本人」と書き加えた。なお、右申請は、前記1(一)の本件住民登録申請と同時に行い未だ住民登録が作成されていなかつたため、同人名義の住民登録(転入)届出書も添附された。
以上のとおり認められる。一部右認定に反する証人小川満(第一回)の証言はにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。
(2) 次に、出頭した者が申請者本人であることを確認し、本人がその印鑑を真実登録する意思があるかの審査に関する条例及び規則上の規定等についてみると、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
川口市印鑑条例三条一項で「印鑑の登録を受けようとする者は、申請書に登録を受けようとする印章を添えて、みずから市長に申請しなければならない。」とし、四条一項で、その登録を受けようとするときは「申請書に保証人(印鑑登録を受けている者に限る。・・・・)一人と連署押印する」ことを要するが、保証人が川口市に印鑑登録をしているときは印鑑証明書の添附の必要がない(同条二項)としている。また、その施行規則三条では「印鑑の登録申請があつたときは、その者の住所氏名及び生年月日等必要な事項を住民票・・・・と照合し、確認のうちこれを受理する。」とある(もつとも、次の場合には右保証人及び保証人の印鑑証明書の添附は必要としない。(1)前住所の市区町村長発行の印鑑証明書及びその印章を添えて申請するとき。(2)市長が定める証明書等を添えて申請するとき(四条一項)、右二号の証明書とは、官公署交付の免許証、許可証、その他身分を証する書類で浮出しプレス又はせん孔した写真を貼付したものをいう(その施行規則四条)となつている。)なお、この点につき、一九条(内容は前記(三)(2)のとおり)もその関連規定である。
以上のとおり認定できる。
右事実によると、川口市印鑑条例及び規則に直接的に定められた義務としては、前記(1)認定の外驥雄の本件印鑑登録手続上では、出頭した者が申請者本人であり真実その印鑑を登録する意思があるかについての審査は、出頭した者が登録しようとする印顆を所持しこれを提出したこと、出頭者にその住所、氏名、生年月日等必要な事項を質問し、その答と住民登録(転入)届出書の記載と照合し、その同一性を確認すること、申請書に保証人(川口市に印鑑登録をしている場合はその保証書の印影と保証人の印鑑紙の照合を含む。)一人が連署押印している判旨ことを確認すれば足りる。しかし、条例、規則上に直接定められた右認定の確認方法は、事務の誤りがないようにする一つの指針を例示したものであり、それを遵守した場合通常の事例では誤りなく処理できることが多く、したがつて、それを履行したことは右法令各条の義務を履行したとの評価ができるとしても、そのことによつて、すべての場合に、直ちに、右以外の法令の規定ないし一般的な職務上の注意義務が免責されるものとすることはできない。
(3) そこで、右川口市の条例等に直接定めている義務のほかいかなる法令の規定ないし一般的注意義務を負うかについてみるのに、それは、他市町村における印鑑条例、規則上この点につきどのように定められているかをも参照して考察するのが相当である。<証拠>によると、東京都の前記(三)(3)の条例では川口市印鑑条例と同様に、「すでに東京都の市区町村に印鑑を登録している者が保証人として連署、押印した届出を提出させる」旨定められていることが認められ、東京都の場合被告川口市と殆んど差異がない。また、<証拠>によると、市川市印鑑条例(昭和四七年三月三一日条例第二号)五条では「当該申請が確実に本人の意思に基づくものと確認された場合を除き本人に対し当該申請の事実を文書により照会し回答を求めなければならない。」として、前記(三)(3)認定の代理人申請のときの本人に対する文書照会と同一の義務を課している(もつとも、自動車運転免許証又は許可証、本人の写真を添付している勤務先の身分証明書を提出させてその申請が本人の意思に基づくことを確認した場合は右照会の要がない(その施行規則五条)としていること、市川市印鑑条例(昭和五二年三月三一日条例第一号)四条、その施行規則三条は右と同旨のほか、保証人の保証書(三条二項三号)、住民票記載事項との照会(二条)については前記川口市とほぼ同趣旨の規定が設けられていることが認められ、この市川市の場合では、本人に対する文書照会義務を認めている点で被告川口市の場合よりもさらに慎重な手続となつている。
判旨(4) 以上の考察に基づいて、まず、被告川口市の法令上直接定められた義務を履行した場合出頭した者が本人であると認定することに誤りがないかについてみる。被告川口市の法令が直接課している第一の義務、すなわち、出頭者が登録する印顆を所持し提出したことの確認によると、通常、本人であることが多いけれども、その理由は、登録すべき印(いわゆる実印)は通常本人が所持保管するものであつて、容易に他人に交付するものではないとの点にあるとみられる。しかし、実印の取扱いについての心構えも往年ほど厳格ではなく、経済活動の広範化、一般化に伴ない実印使用の頻度も往年に比較すると急激に増大し、他方、代理制度が一般化している今日、右理由は根底から覆えされる程変化しており、そうであるから条例においても、代理人による登録を認めているのであつて、登録する印顆を所持し提出したからといつて、このことから直ちにその出頭者が本人であると認定することはできない。法令上の第二の直接的義務、すなわち、出頭者にその住所、氏名、生年月日等必要事項を尋ね住民登録と照合することは、一応は本人を識別する指標となりえるけれども、これを暗記し本人になりすます者の申請を看破する手段に乏しく、決定的な方法ということはできない。そして、法令上の第三の直接的義務、すなわち、申請書の一部となつた保証書の審査についてみるのに、保証書は、(イ)保証人の自署を要する規定もないのでその印顆を盗捺した場合その保証の目的を殆んど果しえず、(ロ)登録する印を押捺した後に保証人欄を記載すべきことの制限もなく、たとえその制限をもうけたとしてもそれを確認する方法がないため本人が登録すべき印顆であることの保証方法がなく、(ハ)本件のように、一旦登録すべき印欄に押捺した印影を抹消した後新たに登録すべき印をさらに押捺した場合保証人が後に押捺した登録すべき印について保証したことを確認する手段がないなどの点で、その保証とは名目ばかりで、保証機能を殆んど果していないものといわなければならないから、右保証書の審査をしたからといつて、出頭者と本人の同一性及び本人がその印鑑を登録する意思を有していたとの事実を、この保証書から認定することは相当とはいえない。
ところで、被告川口市においては、本人が前住所で印鑑登録をしておりその印鑑証明書とその印顆を提出する場合、前記要件を備えた写真貼付の身分証明書で本人であることを証明した場合には保証書を要せず直ちに印鑑登録することができ、それ以外の場合に前記保証書を要するのであり(外驥雄の本件印鑑登録はその保証書を要する場合にあたる。)、この保証書を要する場合は本来例外的な事例に属するものということができ、この場合について通常より以上に慎重な手続を要することはむしろ事柄の性質上当然といえる。そして、最も犯罪に利用され易判旨く事故を起し易いのもの場合であるというべきである。したがつて、被告川口市の係員としては、前記の条例、規則に直接定められた各義務を尽しただけでは未だ職務上の注意義務を果したものということはできず、前記(三)の代理人による印鑑登録の際の本人照会義務と同様に、条例一九条に基づき、本人に対し真意に基づく申請であるかにつき文書等で照会し本人から間違いない旨の回答をえるなど事実を確認した後に印鑑登録をすべき注意義務があるものと解するのが相当である。
(5) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
判旨被告川口市の係員小峰祥宏は、前記(1)の外驥雄名義の印鑑登録申請について、外驥雄と自称する者が出頭して登録する広田の印顆を所持しこれを提出したこと、右出頭者に対し外驥雄の住所、氏名、生年月日を尋ねて住民登録(転入)届出書の記載と照合し、生格好からみて同一人であると確認したこと、申請書の一部分となつている保証書中菅生についてはすでに被告川口市芝支所で印鑑照合済であることを確認し(したがつて、法令上の前記保証人数としてはすでにこれで足りる。)、さらに草野については同人の印鑑紙と照合して同一であることを確認したことで調査が終了したものとし、前記の外驥雄本人に対する文書照会手続を経ないで、漫然、右出頭者が外驥雄本人でありしたがつて外驥雄が真実その印鑑届出をしたものと軽信して、外驥雄の本件印鑑登録をした過失がある。
(六) 被告川口市係員のした外驥雄の本件印鑑証明書交付については、前記(五)の過失ある印鑑登録の結果証明書を交付するにいたつたもので、その過失を承継するものである。すなわち、前記各事実によると、被告川口市係員は外驥雄の印鑑登録が外驥雄の真意に基づいてされたものであることを確認した上その印鑑証明書を交付すべき注意義務があるところ、前記(五)の過失により外驥雄の本件印鑑登録をしたことを看過した結果、それが真正になされたものと軽信して、外驥雄を自称する某に対し外驥雄の本件印鑑証明書を交付した過失があるということができる。
(七) 以上のとおりであるから、被告川口市は原告に対し、国家賠償法一条により、原告の被つた損害を賠償する義務を負う。
二損害の発生について
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 須田はほか二名(引地、染谷か)と共謀して、昭和四七年九月一一日前記進一、外驥雄の各印鑑証明書及び登録済の印顆を冒用して正当な作成権限がないのに、登記権利者外驥雄、登記義務者進一の共同申請で、進一が昭和四七年九月九日外驥雄に本件土地を贈与したことを原因とする所有権移転登記申請をする旨の申請書(甲第五号証)、及び、進一、外驥雄が同年同月同日司法書士尾川純一に対し、右各登記申請を委任する旨の各委任状(甲第九、第一〇号証)を各偽造し、保証書を添えて、その登記申請をし、その結果被告国は同年同月一四日その所有権移転登記(本件登記)をした。
(2) 船橋(宇都宮市で不動産取引業を営む。)はそのころ埼玉県蕨市で不動産取引業を営む被告磯部に対し本件土地を売却することの再委任をし、被告磯部が同様蕨市で不動産取引業を営む被告粂田に再委任した。被告磯部、同粂田は、契約成立の前日原告に対しその仲介をしたところ、同日原告からもまた本件土地の買受につきその仲介を委任された(この点は当事者間に争いがない。)。そこで、被告磯部、同粂田は同日原告に対しその仲介をしたが、同被告らが所持した本件土地の登記簿謄本を原告が見て、その所有者が外驥雄であることを確認しこれを信用し、原告が昭和四七年九月二二日外驥雄と称する者(須田、引地、染谷のうちの一人)から、本件土地を代金三、三六六万七、五〇〇円で買受ける旨契約し(本件売買、その契約書は甲第一号証)、原告が右外驥雄と称する者に対し右代金内金二、〇〇〇万円を銀行振出の小切手で支払い、残金は約束手形を交付し、同年同月二五日その所有権移転登記を了した。
(3) しかし、後日になつて、真実は本件土地が進一の所有であり、進一が外驥雄に対し本件土地を贈与したものではないことが判明し、進一が原告に対し、本件売買による本件土地所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴訟が提起され(浦和地方裁判所昭和四八年(ワ)第六七八号事件)、その係争中に、和解勧告の結果、原告が進一に対し本件売買による所有権移転登記を抹消し、関連訴訟(本件土地に接する土地につき永井悌次郎に対しその所有権移転登記抹消を求めるもの)解決後六か月以内に進一が原告に対しあらためて本件土地を時価(鑑定による。)で売渡すことを予約(双方の予約)するという訴訟上の和解が成立した。原告はこの和解に従い、その後進一から本件土地を時価で買受ける旨契約し、その代金全額を支払つてその所有権を取得するにいたつた。
(4) 原告は前記(2)のように外驥雄と称する者に代金残金支払確保のため交付した約束手形については、それを裏書譲受けた第三者との間の訴訟で争つた結果その支払を免れることができた。しかし、すでに支払つた残余については、外驥雄と称する某が警察の捜査でも逮捕されることなく逃走を続けているため、その返還を求めることができず現在にいたつている。
(5) 原告は被告粂田、同磯部に対し、本件売買の仲介手数料として金七五万円を支払つた。しかし、右金員については、原告がその後被告粂田、同磯部から全額その返還を受けている。
(6) 原告は前記(2)の本件売買による原告への所有権移転登記の登録税として金二三万九、二〇〇円を支払つた。
以上のとおり認められ、これを左右する証拠はない。
右事実によると、原告は本件売買代金内金二、〇〇〇万円、所有権移転登記の登録税二三万九、〇〇〇円合計金二、〇二三万九、〇〇〇円相当の損害を被つたものといえる。
三共同不法行為の成否について
各別に成立する不法行為が互いに原因となり結果となり、連鎖的に損害の発生について客観的に関連し共同している場合各不法行為は共同不法行為の関係に立つ。印鑑登録及び証明、登記、売買仲介の各過失は、互いに連鎖的関係に立ち売買に伴なう損害の発生につき客観的に関連し共同しているから共同不法行為の関係にあるものということができる(登記と売買に関しこれを肯定する最高裁昭和四三年六月二七日判決民集二二巻一三三九頁参照)。本件において、被告川口市の前記各印鑑登録及び証明、被告国の後記登記、被告粂田、同磯部の後記売買仲介上の各過失は右説示にしたがい客観的な行為の関連共同が認められ共同不法行為にあたるものということができる。
この点に関し、各過失が損害の発生につき共通に寄与している限度で一部の共同不法行為が成立するとの見解もあるが、当裁判所はこれを採用しない。このような各不法行為者の過失が損害の発生に寄与する割合は共同不法行為者間の内部分担を定める際に考慮すべき事由であつて、当初から被害者の損害賠償責任額を分割負担させることは民法七一九条の法意に反し、また、被害者救済の理念に反するものである。
四因果関係について
印鑑登録及び証明は、本人が真実その申請をしたもので、その印鑑証明書に符合する印顆による法律行為は本人の意思に基づく行為であるとの推認を受け、それが本人の行おうとする法律行為(たとえば登記、売買など)の重要な基礎となるのであり、そのことは、印鑑登録及び証明の事務を取扱う職員において通常予測できる事柄である。したがつて、印鑑登録及び証明上の過失により虚偽の印鑑証明書が発行され、これに基づいて登記、売買がなされた結果売買等代金相当の損害が発生した場合、右過失と損害発生との間には相当因果関係があるものということができる。本件において、被告川口市の進一、外驥雄の各印鑑登録及び証明上の前記過失と前記原告の損害との間には、右説示の点から、相当因果関係が存在するものというのを妨げない。
五過失相殺について
共同不法行為の場合において、過失相殺となる事由は、連鎖的に後続する共同不法行為者の一人との間に本来考慮されるべき事情をも含むものというべきである。したがつて、被告川口市と原告間でもまた後記被告粂田、同磯部と原告間の後記第三の六の判断をここに引用する。
六結論
よつて、被告川口市は原告に対し、他の被告らと共同不法行為者としてこれらと不真正連帯の上、国家賠償法一条により、原告の被つた損害のうち金五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年九月二三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告の被告川口市に対する本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当である。
第二被告国に対する請求について
一被告国の違法有過失について
1、2<省略>
3 本件登記につき被告国の登記官に過失があつたかについて検討する。
(一) 本件登記が保証書に基づいてされたことは当事者間に争いがない。
(二) 原告は、登記官には、登記義務者進一からの回答が本人の真意に基づくことを確認した後に申請を受理すべき注意義務を怠つた過失があるという。
<証拠>を総合すると、本件登記をした浦和地方法務局登記官鈴木健一は昭和四七年九月一一日登記義務者進一に対し、「本件土地他二筆につき受付番号四七五一〇号、登記の目的所有権移転、登記原因贈与、申請人外驥雄、進一の登記申請に間違いがないかについて所定の様式の葉書(甲第一二号証の一、二)で照会し、間違いがない場合は回答欄に住所、氏名を記載し、押印のうえ、同年一〇月二日までに右法務局に到着するようこの通知書を返送または持参して下さい。」との照会回答書を発送した。郵便局は、送達を試みたができず、一旦「あて所に尋ねあたりません」との押印をして郵便局に持帰つたが、そのころ何らかの方法で進一と称する某(須田ほか二名のうち一名)に手交され、某が右登記申請に間違いがない旨の進一作成名義(住所、氏名、押印)の回答書を作成し、これを同年九月一四日右法務局に持参し、窓口に提出した。そこで、右登記官は右回答書の記載を形式的に審査の上進一が真意に基づいてこれを作成の上回答したものと認定し、同年九月一四日本件登記をした。
右のとおり認定することができる。
不動産登記法四四条ノ二が、保証書に基づく登記申請の場合に、登記義務者にその旨通知し、三週間内に登記義務者から登記申請が間違いない旨の回答をえた場合申請を受理するものとしたのは、登記済証がなく保証書による登記申請の場合往々にして登記義務者の意思に基づかないでされることがあつた実態に鑑み、それを防止するため、例外的に登記官に実質的審査の権限を与え義務を負わせたものであるが、本来登記官は形式的審査権限を有し義務を負うことの原則との調和として、同条の方式をとつたのにすぎない。したがつて、登記官がその権限を行使する方法、限度も同条を越えることができず、形式的に同条の要件が充足されたことを確認すれば足りることになる。もとより、そのような審査では、本件のように回答書が偽造された場合の申請を防止することはできないが、不動産登記法を改正し新たな立法をしないかぎり、登記官は同条の方式を越えて実質的審査(たとえば回答書が何人により作成されたかなどの作成権限の調査)をすることは許されない。本件において、右認定の事実によると、右登記官は登記義務者進一に対し、同法同条による通知をし、進一作成名義の登記申請に間違いない旨の回答が同条所定期間内にされているのであるから、それ以上に右回答書が某の偽造にかかるかどうか(「あて所に尋ねあたりません」とあるのに何故送達されたか、真実進一本人に送達されたかの点も含む。)の実質的審査の権限がなくその義務を負うものではない。したがつて、被告国の登記官が右照会回答書が、真実登記義務者進一の意思に基づいて作成されたかどうかについて調査確認をしないまま登記申請を受理し、本件登記をしたものではあるが、登記官にその点の過失があるものとすることはできない。原告のこの点に関する前記主張は失当である。
(三) 原告は、登記官が保証書の保証人名下の印影と印鑑証明書の印影を照合し同一性を確認すべき注意義務があるところ、保証書の保証人春山忠義名下の印影が同人の印鑑証明書の印影と異なるのにこれを看過して登記申請を受理し本件登記をした過失があるという。
被告国の前記登記官が本件登記申請書に添附された保証書中春山忠義名下の印影と添附の同人の印鑑証明書の印影とが異なるのにこれを看過したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、保証書の印影は同人の登録した印鑑とは異なる印顆により押捺されており、その相似度が低く、通常人であれば一見して異なるものであることは見分けられることが認められる。
被告国は登記官に過失のない理由として、まず、登記義務者に対する不動産登記法四四条ノ二の照会と本人名義の登記申請に間違いがない旨の回答をえている点を挙げる。しかし、同条の手続は同法が例外的に定めた実質的審査方式であることは前記のとおりであるが、同法はこれとは別に四四条で権利に関する登記済証滅失の場合申請書にその登記所において登記を受けた成年者二人以上の保証人が登記義務者に人違いのないことを保証することを証する書面(いわゆる保証書)二通を添附すべきことを定めており、それもまた登記が実体的な真実に合致するよう実質的審査を法定した例外的場合であるが、その証明の対象は前者と異なり登記義務者に人違いのないことであり、前者の手続をもつて後者に代えることができる性質のものではない。したがつて、この点の被告国の主張は失当である。
次に、被告国は過失のない理由として、保証人中の他の保証人高浦義照の名下の印影と同人の印鑑証明書の印影が同一であることを照合済で、保証の実質に欠けることがない点を挙げる。しかし、同法四四条は明文をもつて「二人」の保証人を要求しており、その程度の強い証明が要件とされているのであつて、他の一人の保証が真正であるとしても、同条の要件を形式的にも実質的にも充足するものではない。
前記各事実によると、前記登記官は保証書の審査につき前記保証人春山忠義作成名義部分についての印鑑照合義務を怠り、漫然、保証書の同人名下に印影があることから直ちに添附の同人の印鑑証明書の印影と同一であると軽信し、真実は法定の保証書がないのにこれがあるように取扱い、登記申請を受理し本件登記をした過失があるものということができる。
4 したがつて、被告国は原告に対し、国家賠償法一条に基づき原告の被つた損害を賠償する義務を負う。
二損害の発生について
第一の二の判断と同一である。
三共同不法行為の成否について
第一の三の判断と同一である。
四因果関係について
登記は、公示制度であつて公信力はないが、通常真実に合致する蓋然性が高く、また、その真実性を表示するように法的にも各手段が講ぜられ運用されているところであつて、それが故に一般国民の間ではそれを基礎として直ちに売買その他の法律関係が形成されており、そのことは登記官も知悉し予測しているところである。したがつて、登記官が登記申請を受理するについて過失があり、虚偽の権利関係を表示する登記がなされ、その登記済証、登記簿謄本が冒用され売買の結果売買代金相当の損害が発生した場合、右過失と損害発生との間には相当因果関係があるものと解するのが相当である。本件において、被告国の前記登記上の過失と原告の損害との間には、右説示の点から相当因果関係があるというのを妨げない。この点に関し、被告国の主張する各事情は共同不法行為における過失相殺の主張とみることはできるが、これをもつて、相当因果関係を否定する事情とすることはできない。
五過失相殺について
被告国はこの点の明示的主張をしないが、過失相殺は損害額算定の考慮事項でその主張がなくても裁判所が判断できるし、実質的には前記のように因果関係否定の事情として主張しているので、判断することとする。その判断は前記第一の五冒頭及び後記第三の六と同一である。
六結論
よつて、被告国は原告に対し、他の被告らと共同不法行為者として不真正連帯の上、国家賠償法一条により、原告の被つた損害のうち金五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年九月二三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告の被告国に対する本訴請求は右の限度で理由があり、その余は失当である。
第三被告粂田、同磯部に対する請求について
一仲介について
原告請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二被告粂田、同磯部の過失について
1 被告粂田、同磯部が原告と外驥雄と称する者との間の本件売買の仲介をした経緯については第一の二の(2)認定のとおりである。
2 仲介人の義務
(一) 前記各事実によると、
(1) 報酬をえて土地の売買の仲介をする不動産取引業者は、売買の目的土地が売主の所有であるかどうかを調査すべき義務があり、その調査方法は、登記簿上その売主が所有権者として登記してあるかどうかを調査し、その土地の公図により現地を照合確定することが必要ではあるが、それだけでは十分とはいえない。もとより不動産の登記はその権利関係を公示するものとしてその真実に合致することが多いけれども、不動産取引業者としてはそれが真実に合致しない事例も多々存在することをその職掌上知悉していた筈であるから、その登記の記載を鵜呑みにすればよいわけではなく、できるかぎり前者に遡及して取得原因を調査しそれが真実であることの一応の確信をえてから仲介すべき業務上の注意義務がある。ことに、登記の記載から直ちにその取得原因について何らかの不審を抱く場合においてはなおさらである。本件では、登記上の記載から、贈与者の進一と受贈者外驥雄とが同一住所で、贈与後直ちに転売するというのであり、通常であれば、贈与者が売却して代金を贈与するのが多いのに何故そのような手続をとらないのかについて不審の念を抱く筈であるから、被告粂田、同磯部としては、進一、外驥雄を住所(被告粂田の事務所が近隣にあることが弁論の全趣旨より認められる。)に尋ね右取得原因事実(贈与)の調査をし、それが真実なされたとの一応の確信をえた後に仲介をすべき注意義務があつたものである。
(2) 所有名義人と称する者が真実本人であるかどうかについては、売買対象上地の登記済証、登録済の印顆及びその印鑑証明書を持参し本人である旨自称したことだけで本人であると信ずることは調査が十分にされたものとはいえないのであり、たとえば、写真貼付の官公署発行の身分証明書、運転免許証、許可証などの提示を求めるか、売買に利害関係がないと思われる隣人などから直接その人が本人であることの証言をえるなどできる限りの努力をすることにより、その者が本人であることを特定しなければならない。
(3) 仲介人としては、右(1)、(2)の各行為を誠実に履行した上仲介を開始すべき業務上の注意義務があるものと解すべきである。この義務は、有償の仲介において仲介人の行うべき行為の主要な部分を履行するだけであるから、仲介を受けるべき買主が不動産取引業者で自ら調査能力がある場合自ら調査することは妨げなく、むしろ、その義務でもあることは後述のとおりであるが、そうであるからといつて、仲介人が前記義務を免れるものではない。
(二) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 被告粂田、同磯部は、本件土地の登記済証の記載が外驥雄所有となつていることを調査し、公図写を見て現地と照合しただけで、本件土地の所有権が外驥雄にあるものと認定した。
(2) また、被告粂田、同磯部は、外驥雄本人とは面識がなかつたが、外驥雄と称する某が本件売買の際本件土地の登記済証、登録の印顆及び印鑑証明書を持参して外驥雄本人であると称し、年齢も二八、九歳と見え印鑑証明書の生年月日とほぼ一致すると思われ、外驥雄という難かしい名前をすらすらと書いたことなどから、その某が外驥雄本人であると軽信して、本件売買の仲介をした。
以上のとおり認められる。右事実によると、被告粂田、同磯部には、本件売買を仲介するにあたりとるべき前記(一)の各注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。
三損害の発生について
第一の二と同一の判断をする。
四共同不法行為の成否について
第一の三と同一の判断をする。
五因果関係について
被告粂田、同磯部の前記過失と原告の損害との間に相当因果関係があることは多言を要しない。
六過失相殺について
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 原告代表者は昭和四七年九月二一日被告粂田、同磯部から、本件土地の登記簿謄本を見せられただけで本件土地が外驥雄の所有であると軽信した上、同被告らから示された公図の形状を見て即座に買受ける決心をし、即時に現地案内を受け、地形、現状もよくすぐ転売可能とみて、直ちに契約をすることとし、その帰途取引銀行に行き、金策の申込をし、翌日本件売買契約をした。右のように契約を急いだのは、地形もよく値段も適当であり、被告粂田、同磯部が不動産取引業者であるため、十分に調査をしたものと考え、それ以上に原告が調査をすると売主の機嫌を損じて買受けられないことをおそれたためであつた。
(2) 原告と同時に本件土地とほぼ同面積の土地を買受けた不動産取引業者永井がすでに本件土地を含む土地所有者が外驥雄であると述べており、外驥雄本人であるとして出頭した某と言葉を交していた態度からみて、出頭した某が外驥雄本人であると軽信した。また、永井は右出頭した某が本件土地の登記済証を所持し、登録した印顆とその印鑑証明書を持参したことから、その者が外驥雄本人であると信じた。
以上のとおり認められる。
右認定の事実及び前記事実によると、原告もまた不動産取引業を営むものであり、被告粂田、同磯部について述べた前記二と全く同一の業務上の注意義務を負い、それを怠つた過失があるものというべきである。さらに、原告は不動産取引業を営む職責上詐欺的売買を防止するため万全の方策を講ずべきところでこれを怠り、原告が早く転売利益をえようとして本件売買の成立を急がせた結果詐欺的手段を見抜く時間的余裕がなかつたのであり、その点の原告の過失こそ損害を生ぜしめた主要因とみて差し支えない。これらの原告の過失割合は全損害の七五パーセント程度にあたるものというべきであり、この原告の過失を相殺した後の被告粂田、同磯部の賠償すべき損害額は金五〇〇万円であるというのが相当である。
七結論
よつて、被告粂田、同磯部は原告に対し、他の被告らと共同不法行為者としてこれらと不真正連帯の上、民法七〇九条の不法行為による損害賠償として、原告の被つた損害のうち金五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の昭和四七年九月二三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告の被告粂田、同磯部に対する本訴請求は、右の限度で理由があり、その余は失当である。
第四むすび
以上のとおりであるから、原告本訴請求は前記各被告に対し理由があるとした限度でこれを認容し、その余の失当とした部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(高木積夫 加藤一隆 荒井九州雄)
目録 一、二<省略>