浦和地方裁判所 昭和52年(わ)493号 判決 1987年4月30日
本籍
埼玉県春日部市大字備後二〇一九番地一五
住居
東京都千代田区九段南三丁目九番一一号 マートルコート麹町二〇四号
歯科医師
中川健三
昭和一二年六月二八日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡邊繁年出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。
主文
一 被告人を懲役四月及び罰金七〇〇万円に処する。
一 右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
一 この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
一 訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、埼玉県越谷市越ヶ谷二丁目一番一号四ノ宮ビル二階において、中川歯科医院の名称で歯科診療を行っているものであるが、所得税を免れようと企て、診療収入の一部及びゴルフ会員権の売却代金を除外するなどの方法により、その所得の一部を秘匿したうえ
第一 昭和四八年分の総所得金額が二〇七一万三〇三二円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和四九年三月一五日、同県春日部市大字粕壁字浜川戸五四三五番地の一所在の所轄春日部税務署において、同署長に対し、同四八年分の総所得金額が九三五万七二四六円で、これに対する所得税額は二一八万六九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額八二三万五六〇〇円と右申告税額との差額六〇四万八七〇〇円(別紙(二)税額計算書参照)を免れ
第二 昭和四九年分の総所得金額が三五五一万六四九四円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五〇年三月一五日、前記税務署において、同署長に対し、同四九年分の総所得金額が九八二万一八〇七円で、これに対する所得税額は、一六二万一九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額一五二九万二三〇〇円と右申告額との差額一三六七万四〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一、被告人の当公判廷における供述
一、第二八回、第二九回ないし第三二回、第四四回公判調書中の被告人の供述部分
一、被告人の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書
一、被告人作成の各答申書(昭和五一年二月五日付を除く。)
一、証人中川美代子の当公判廷における供述
一、公判調書中の証人西明俊男(第五回)、同佐藤徹(第五回、第六回)、同中川美代子(第七回、第八回、第二一回、第二五回、第三四回、第三八回、第四三回)、同板谷民江(第九回)、同谷古宇よし子(第一〇回)、同松下茂夫(第一〇回)、同金野徳治(第一一回)、同白石武司(第一二回)、同高波富治(第一三回ないし第一五回)、同宮崎光(第一六回、第一七回、第二三回)、同澤田勝利(第一八回、第一九回、第三九回、第四一回)、同藤沢範男(第二〇回)、同近政雄(第二〇回)、同小池康敏(第二二回、第二六回、第二七回、第四二回、第四三回)、同石川昌子(第二八回、第四三回)、同向山宏(第三七回)、同岩崎栄(第三七回)の各供述部分
一、板谷民江、中野毅、中川美代子、松下茂夫の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏の中野毅、億佳樹、小池康敏、鈴木均、松田健志、武井良一、尾崎武正、鶴田正彦、大田和雄、板谷民江、鈴木一巳、安達弦太、渡辺健一、魚井達弘、石山妹子、金丸とみ枝、石山昌子、樋口達也、中川美代子(昭和五〇年九月一二日付は問七、問九に対する供述部分を除く。)、金野徳治にたいする各質問てん末書
一、西詰英一、白石武司作成の各供述書
一、松下茂夫作成の各上申書写し
一、矢島尚一、金森信雄、鹿間弘、鈴木均、泉寿ぎ、大江了、天野行唯、小出信明、飛田秀雄、深澤彰、入谷益司、玉中敏之、庄野暁、佐川廣光、鈴木一巳、武井良一、伊藤貞利、原千代子、井橋吉藏、四ノ宮武次、海老原弘道、木村教喜、畠中忠男、星野紗一、山崎哲雄、高桑端雄、佐野健三、間瀬英司、今川亘、河野雅昭、山崎高、奥佳樹、浜野高子、中浦芳人、吉田初太郎、家所是、樋口達也、金野徳治、飼馬直樹、佐藤徹、三井原太郎、中川美代子(昭和五一年二月五日付で中川健三と署名されたもの)作成の各答申書
一、中川直木、垣生澄、小沢邦孝、神取勇夫、柿崎敬治、西明俊男、水野公一、細井重俊、若山健治、笹井繁男、黒田重晴作成の「証明書」と題する各書面
一、収税官吏作成の「確認書」と題する各書面
一、収税官吏作成の写真てん末書
一、収税官吏作成の「調査関係書類」と題する各書面(三和銀行春日部支店関係を除く。)
一、収税官吏作成の「昭和四八年分、昭和四九年分売上金額調査書」「昭和四八年分窓口収入支出金調査書」「昭和四八年分自費診療月別収入金額調査書」と題する各書面
一、押収してある昭和四八年度収支決算書一綴(昭和五三年押第三九号の5)、四九年度収支決算書一綴(同押号の6)、自費診療収入ノート七冊(同押号の7ないし13)、矯正診療ノート二冊(同押号の14、15)、診療報酬月末請求ノート三冊(同押号の16ないし18)、診療報酬ノート一冊(同押号の19)、診療報酬支払通知書等(四八年分)一綴(同押号の20)、領収証等(四八年分)一綴(同押号の21)、家計簿(四八年)一冊(同押号の22)、未収金帳一冊(同押号の23)、予約簿一綴(同押号の24)、大学ノート五冊(同押号の25ないし29)、社会保険関係書類一綴(同押号の30)、老人医療費総括表(四九年分)一綴(同押号の31)、原簿預払金調書入封筒一袋(同押号の32)、貸付金元帳写入中封筒一袋(同押号の33)、一九七四年度技工集計表一綴(同押号の34)、使用材料在庫数調べ(5/24付)一綴(同押号の35)、経費支払メモ(49年)一綴(同押号の36)、売買契約書(副)一通(同押号の37)、納品請求書領収証一綴(同押号の38)、在庫調メモ一綴(同押号の39)、金裏仕入関係メモ一枚(同押号の40)、領収書請求書綴一二綴(同押号の41)、領収証一枚(同押号の42)、領収証一綴(同押号の43)、ルーズリーフ式ノートブック一綴(同押号の44)、ルーズリーフ式無標題ノート一綴(同押号の45)、中川歯科医受注控一綴(同押号の46)、三枚納品書控B4一冊(同押号の47)、建物賃貸借契約書一綴(同押号の48)、給与明細帳一冊(同押号の49)、四九年給与明細表一綴(同押号の50)、昭和四七年度収支決算書一綴(同押号の51)、昭和四八年度分源泉徴収表一綴(同押号の52)、出勤簿一冊(同押号の53)、家計簿(四九年)一冊(同押号の54)、税金関係領収書一綴(同押号の55)、源泉徴収関係書綴一綴(同押号の56)、領収書等一綴(同押号の57)、建物等関係書類一綴(同押号の58)、電器製品関係書類一綴(同押号の59)、領収證(駐車場48・12-50・2)一冊(同押号の60)、領収書綴(経費外分)一綴(同押号の61)、確定申告書綴(45年~49年)一綴(同押号の62)、昭和四八年度その(二)カルテ等八八二枚(同押号の65)、昭和四九年度その(一)カルテ一二七六枚(同押号の66)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人及び被告人の争う各争点についての当裁判所の判断の要旨は、以下のとおりである。
一 故意、不正の行為の有無について
弁護人は、被告人は昭和四八年分(以下一期という。)及び昭和四九年分(以下二期という。)の所得税確定申告手続に実質的には関与していないし、又歯科医院を経営する被告人は青色申告の承認を受けていたものの、その経理会計の実態は、いわゆる丼勘定で、所定の帳簿書類を備え付けておらず、被告人が会計に疎かったこともあり、自由診療収入の一部除外も被告人が特に意図したものではなく、単純な脱漏であり、経費の圧縮、工作をしたこともなく、架空名義の銀行預金口座も銀行側の都合で開設されたものであり、特に収入除外を秘匿するためのものではなかったのであるから、単純な過少申告にすぎないのであって、不正の行為も逋脱の犯意も存しないので無罪であると主張する。又譲渡所得についても、被告人の譲渡所得に対する認識不足に基く申告漏れであって、逋脱犯は成立しないと主張する。
前掲各証拠によると以下の事実が認められる。すなわち、被告人は、昭和四七年ころ、被告人の妻中川美代子に対し、自由診療収入を保険診療収入の三割位とするように指示し、更に二期分については自由診療収入を保険診療収入の五割位とするように話し、同女は右指示に基き自由診療収入を保険診療収入の約三割あるいは約五割となるよう収支に操作を加えた収支決算書を作成し、被告人においては、税理士をして、これにより自由診療収入を圧縮した所得税確定申告書を作成提出させていたこと、被告人は婦長の板谷民江に指示して取引先の松下技工所に対して注文の度に「表」にするか「裏」にするかを定め、裏分については領収証等を徴しなかったこと、金野技工所との取引については、金野徳治が時期は明確ではないが、被告人から一期分の取引は、実際の三割にしてくれと依頼され、これに応じて実際の三割となるように書類を作成したこと、昭和五〇年二月ころには被告人からの二期分の取引はなかったことにしてくれと頼まれ、二期分の取引関係書類を廃棄したこと、このようにして一部除外した収入については、三和銀行越谷支店に多数の架空名義の預金口座を開設し、これに預け入れていたこと、被告人の知人の歯科医師中野毅は、強制調査開始後の昭和五一年ころ、被告人から国税の調べで一期における一〇〇万円の入金について説明がつかないので協力してくれと頼まれ、一〇〇万円を返却した旨の作り話をしたこと、被告人は強制調査着手日である昭和五〇年六月一七日夜、顧問税理士小池康敏の質問に対し、二期は約四千万円位漏らしていたと供述したこと、又譲渡所得についても、昭和四七年分ゴルフ会員権譲渡益の申告漏れを指摘され、昭和四九年八月一〇日修正申告書を提出していること、一期における譲渡所得の不申告の理由としては税負担を少しでも軽くしたかったためであると被告人自身認めていることの各事実が認められる。
右認定事実によれば、被告人の指示により収入の一部を除外し、簿外の架空名義の預金口座に留保したうえ、過少申告したことが明らかであり、事業所得につき被告人に逋脱犯の成立することは明白である。
譲渡所得についても昭和四七年分の申告漏れについては修正申告をしているのに、一期中の多数回にわたるゴルフ会員権譲渡益については修正申告をしていないことから考えても、単なる過誤による申告漏れとは到底認められない。被告人が調査時段階において収税官吏に供述しているように逋脱の犯意による不正な不申告とみるべきである。
従って、弁護人の右主張は、いずれも採用しない。
二 売上について
1 二期の売上については、前受金、未収入金の扱いについて当事者間に争いがあるほかは、特に弁護人も争っていない。
弁護人は、昭和四九年七月一九日の奈良俊からの前受金一〇万円について、前受金は入金時に収入とすべきものであり、又佐藤徹の未収入金三六万円について、歯科医業では現実の入金が収入となり、未収金は存しないと主張する。
所得税法三六条によれば、収入の計上時期については、現金主義ではなく、発生主義をとっており、本件の如き歯科医業収入については別段の定めもなされていないので、弁護人の前受金に関する主張は、同条の解釈としては独自のものであって、採用の限りではない。
佐藤徹の未収入金について、弁護人は、被告人作成の昭和五一年五月一八日付答申書及び収税官吏の被告人に対する同年五月二〇日付質問てん末書を根拠に未収入金であるかのように主張しているが、収税官史の被告人に対する同年六月二日付質問てん末書及び収税官吏作成の昭和四八年分、昭和四九年分売上金額調査書によれば、佐藤徹の未収入金なるものは昭和四九年三月三〇日銀行入金済として処理されていることが明らかであり、そもそも売上金額に計上されていないのであるから弁護人の右主張は、前提事実を欠き、採用できない。
2(一) 一期の売上については、検察官は、自費診療収入を記載しているいわゆる岡崎小手帳(昭和五三年押第三九号の7ないし13)が昭和四八年八月一三日から同年一〇月一八日までの二か月間しか存しないことから、各種経費の現金支払金額と預金入金額から治療収入金額以外の金額を控除した残額とを合算して、自費診療収入金額を確定すべきであると主張する。
これに対し、弁護人は、検察官主張の右推計計算は、非合理的であり、到底許容されるものではなく、むしろ岡崎小手帳により確定される二か月間の自費診療収入額と二期の同時期の自費診療収入額との割合を算出し、これを基に二期の自費診療収入から一期分を推計計算すべきであると主張する。
弁護人の計算方法は、僅か二か月間の収入額から年収額を算定するものであり、その推計方法に合理性が存するか問題である。のみならず、その計算の基礎に用いている二期の自費診療収入には保険窓口収入が含まれていないのに対し、推計計算上の一期の自費診療収入には、右窓口収入も含まれるといった矛盾点も存し、到底採りえない推計方法といわざるを得ない。
これに比し、検察官の推計方法は、一期全体の現金の収支から自費診療収入を算出したものであり、適正妥当なものと認められるので、右推計方法に従って、一期の自費診療収入を算定するのが相当である。
(二) なお、弁護人は、一期について、三和銀行越谷支店の預金入金額中一三四万七〇三七円は、窓口から直接中川医師渡しとされたものが重複して計算されているとみるべきであり、同支店の関根一男名義の預金口座への昭和四八年八月二七日入金の五〇万円は被告人からの入金であること、協和銀行越谷支店の原佳治名義の預金口座への同年一月二五日駒崎浩からの入金八〇万円は、昭和四七年分の未収金であると各々主張している。
弁護人の主張は、三和銀行越谷支店の架空名義の預金口座への入金額中には、自費診療収入から直接被告人に渡された金員が重複して計算されているものがあり、二期の重複計算額から一期分を推計すると一三四万七〇三七円になるというものであるが、その主張の前提となる二期に重複計算が存するかどうかの点について検討するに、検察官主張の算定方法は、収税官吏作成の昭和四八年分、昭和四九年分売上金額調査書等から明らかなように、決して重複計算の生じないようになされているので、弁護人の右主張は前提事実を欠き、到底採用できない。
次に、三和銀行越谷支店の関根一男名義の預金口座への昭和四八年八月二七日入金の五〇万円について検討する。収税官吏作成の昭和四八年分窓口収入・支出金調査書、自費診療収入ノート一冊(前同押号の13)、三和銀行越谷支店長西明俊男作成の証明書(匿名による取引に関するもの。)等によると、右五〇万円は、自費診療収入ノートに銀行預金と記載されている同年八月二四日の二七万七〇〇〇円、同月二五日の七万円と同ノートにドクター渡しと記載されている一八万円中の一一万三〇〇〇円、同ノートに銀行預金と記載されている同月二七日の四万円から構成されているものと認められ、弁護人の右主張とは認定事実を異にしており、採用できない。
更に、八〇万円の振込入金については、弁護人主張のように、一期のカルテ中に振込人である駒崎浩の氏名が見当らないので、弁護人指摘のように昭和四七年分の未収金として計上するのが相当である。従って、検察官主張額中未収金額(期首分)△三万三六〇〇円を△八三万三六〇〇円とすべきである。
(三) 以上説示したところから明らかなように、一期の売上は、検察官主張額から八〇万円を減額した七二二四万六〇四三円と認定する。
三 商品たな卸高について
検察官は、各期期首及び期末の在庫高を直接証明する証拠が存しないため昭和五〇年五月二四日付の一般材料の在庫調べ(前同押号の35)、同年六月一八日強制調査着手時の貴金属の在庫量等を基として、被告人の供述によりたな卸高を確定すべきであると主張する。これに対し、弁護人は、右計算方法自体は争わないものの、一般材料については単価値上り分を考慮すべきであり、貴金属については、在庫が漸次増加していたのであるから、二期期末においては三〇〇〇グラムより相当少ない量であった筈であり、又金野技工所には金九〇〇グラムの在庫は存しなかったと主張し、一期期首四七四万二〇〇〇円、期末四五二万七五〇〇円、二期期末七二二万円を計上すべきであると論ずる。
弁護人の右主張を前提とすると、一般歯科材料は各期末とも一五〇万円であり、貴金属中貸金庫内ロールもの、技工室内在庫品については、検察官主張額を是認しているものと解されるが、そうするとロールもの一期期首一四〇万円、期末三五万円、二期期末二四万五〇〇〇円、技工室在庫品一期期末〇円、期末四万二五〇〇円、二期期末七万五〇〇〇円であるから、貴金属のうち貸金庫内歯科用板と金野技工所預け品の合計額は、一期期首一八四万二〇〇〇円(二四五六グラム)、期末二六三万五〇〇〇円(三一〇〇グラム)、二期期末五四〇万円(三六〇〇グラム)となることとなり、弁護人の右主張自体前後矛盾し、到底採用できるものではない。
金野技工所預け品については、第一一回公判調書中の証人金野徳治の供述部分及び同人作成の「六月一九日現在中川歯科からのKIKおよびPTAUの預り残高明細」と題する書面等によれば、同人が二期期末に白金加金九〇〇グラムを被告人から預かっていたことは明らかであって、弁護人主張のように右供述が信用できないものとは解されない。
検察官主張額は、昭和五〇年の実施たな卸を基礎に、単価の値上り、好不況の影響、営業規模の変化の有無等についての被告人の供述等を考慮して算出したものであり、特に疑問をさしはさむ余地も認められないので、右主張額を認定するのが相当である。
四 仕入について
1 検察官は、仕入金額として一期二〇五四万一二八八円、二期三二八五万七〇五〇円を主張するのに対し、弁護人は、一期二三四三万八二六円、二期四二四九万九六二六円を主張する。仕入の内訳は、<1>医薬品衛生材料、<2>委託技工料、<3>一般歯科材料であるが、<1>、<2>の金額については、当事者間に争いがなく、関係各証拠により検察官主張額が優に認定されるところである。
そこで、<3>の一般歯科材料をめぐって争いが存するところであるが、これは歯科技工用の貴金属とパー、リーマ等の消耗材料等から構成されている。このうち検察官が仕入先解明分として主張する一期四二三万五五五五円、二期八二七万六六五〇円については、当事者間に争いがなく、関係各証拠により検察官主張通りの金額が認定される。
従って、仕入に関する徴憑書類の存しないいわゆるカバン屋からの現金仕入額について、争いがあるわけであるが、検察官は、消耗材等について一期三〇〇万円、二期二〇四万円、貴金属について一期四六〇万円、二期七一五万円を主張するのに対して、弁護人は、消耗材等について一期三七〇万円、二期六〇六万円、貴金属について一期六七六万八四八八円、二期一一七二万七二五五円を各主張する。
2(一) 貴金属の仕入について
まず第一に貴金属の仕入について検討する。
前記のごとくカバン屋からの貴金属仕入については、これを直接証明する徴憑書類が存しないので、検察官は、被告人の各期における貴金属使用量を算出したうえ、その使用量に在庫増加量を加算し、次いで在庫減少量及び仕入先判明分の仕入量を減じてカバン屋からの仕入量を算出すべきであると主張している。この計算方法自体については、弁護人も特に争わず、徴憑書類の存しない本件においては、計算方法として合理的であり、妥当なものと認められるので、右計算方法により貴金属の仕入量を認定するのが相当である。
(二) 貴金属使用量については、検察官は、被告人が自ら仕入れた材料(貴金属)を供給するのは、被告人の営む中川歯科医院に設置された技工室と金野技工所に対する外注分のみであり、その他の外注先については、被告人において材料の供給をしていないとして、カルテから被告人の技工室と金野技工所で加工した処置歯数を被告人に抽出させ、更に各処置内容毎に区分させたうえ、各処置内容毎の一本当りの平均使用量を乗じて計算すべきであると主張する。
これに対し、弁護人は、一期についてはカルテ不明のものが多く、又被告人の営む中川歯科医院の現金収入を記帳した前記のいわゆる岡崎小手帳が完備していないので、二期の仕入金額から推計すべきであると主張する。又、二期についても検察官主張額は、カルテの一部分のみを恣意的に抽出したうえで被告人に調査させたものであり、又岡崎小手帳と対照されたものではないので、貴金属使用量算出の基礎とするには不十分であり、検察官主張額のほかに、検察官の計上していないカルテ判明分(検察官は計上していないが、弁護人らの調査によりカルテから貴金属を使用したことが判明したもの)とカルテ不明分(カルテは存しないが、岡崎小手帳から貴金属を使用したものと認められる分)を加算して処置歯数を算出すべきであり、一本当りの平均使用量も、検察官主張額は、夏期の小学生の患者が多数を占めていた時期の平均量であり、年間の平均量より少ないことは明らかであり、合理性を欠くとして、むしろ弁護人の主張する量は、被告人が事件後実際に算出したものであって、信頼性が高く、これによるべきであると主張する。
(三) 以下順次検討を加えていくこととする。
(1) 処置歯数の計算について
被告人は、当公判廷において貴金属の使用を要する外注先は、金野技工所及び佐川技工所のみであり、その他の外注先には、貴金属の使用を要する技工を依頼していない旨供述する。しかしながら、第一〇回公判調書中の証人松下茂夫の供述部分によれば、同人も貴金属を使用していたものと認められ、この点に関する被告人の公判供述は措信し難い。
かえって、収税官吏の被告人及び金野徳治に対する各質問てん末書、佐川廣光作成の答申書及び前記松下の公判供述等によれば、被告人の支給する貴金属を使用して加工を行っていたのは、被告人の技工室及び金野技工所のみであり、その余の外注先は、それぞれ自己の保有する貴金属を使用して加工していたものであって、いずれも被告人から貴金属は供給されていなかったものと認められる。
してみると、弁護人主張のように、カルテから貴金属使用分を全て抽出したうえ、佐川技工所で使用した分を控除する方法はとても採用できない。
又、弁護人は、検察官主張額はカルテの一部分のみを恣意的に選び出して被告人に調査させたものであり、又岡崎小手帳に記載されているが、カルテの存しないものについて、これを除外したのは不当であると主張するが、本来カルテは歯科医師法二三条二項により五年間の保存義務が定められているものであって、被告人方においても当然慎重に保管されていたものと解すべきであり、カルテは原資料として最も信用性の高いものであるから、これに依拠して貴金属使用量を計算するのが最も合理的であることは多言を要しない。弁護人は検察官主張のカルテの外にも処置歯の記載があるカルテが多数存することを主たる理由として、収税官吏は全カルテから恣意的に一部を選び出してこれを被告人に示し貴金属使用処置歯数を算出させたと主張するが、収税官吏の被告人に対する昭和五一年七月一九日付質問てん末書、被告人作成の同月一四日付答申書等によれば、被告人は、被告人の技工室及び金野技工所で加工した処置歯の記載のうるカルテのみを抽出したものと認められるから、他に処置歯の記載のあるカルテが存することは理の当然であり、これをもって一部のカルテのみを被告人に示して貴金属使用処置歯数を算出させたものと解すべきいわれは存しない。又収税官吏が意図的に一部のカルテを除外したことを窺わせるに足りる証拠は全く存せず、逆に第一六回、第一七回、第二三回公判調書中の証人宮崎光の各供述部分によれば、押収したカルテを順次被告人に示したものと認められ、この点に関する弁護人の右主張は首肯しがたい。被告人は、一期、二期の全カルテを検討したうえ、被告人の技工室及び金野技工所で加工した貴金属使用の認められるカルテを抽出し、処置歯数を算出し、これを収税官吏宛答申したことは明らかといわざるをえない。
ところで、前記の被告人作成の答申書と被告人が公判開始後カルテを再調査した結果を集計した被告人作成の昭和六一年六月一九日付カルテ関係証拠説明書とを対比すると、被告人が調査の時に抽出したカルテの記載を集計した結果を記載した被告人作成の前記答申書には、処置歯の処置内容等に誤記、誤読等の誤りが認められるので、押収してあるカルテ(前同押号の65、66)と再対照した結果、被告人の技工室及び金野技工所で加工した処置歯数は別紙(五)のとおりと認められる。
(2) 一本当りの平均使用量について
検察官は、被告人が被告人の技工室の奥佳樹に指示して昭和五〇年七月、八月の両月にわたり調査した使用実績からCk、Cr、Core、Pdといった処置内容毎の一本当りの使用量を算出し、又MBについては、金野技工所の実績により算出したものを用いるべきであると主張するのに対し、弁護人は、七月八月は学童の患者数が多く、計算の根拠とするのは適当でないとして、被告人が公判開始後再調査した実績に基くべきであると主張する。
被告人の調査の時における使用量の算出は自ら行ったものであり、特に不自然な点は見受けられないのに対し、被告人の公判段階における計算は使用量を相当増加させるものであり、一般的にいって被告人の公判供述は後記認定の如く自己の刑責を軽減させる方向のものであり、この点を考慮すると、被告人の公判供述は俄かには措信し難いものと解される。従って、一本当りの使用量はCk一・七グラム、Cr四・四グラム、Core一・四グラム、MB二・二グラム、Pd二・八グラムと認定するのが相当である。
(3) 平均仕入単価について
貴金属の種類毎の使用量及び仕入単価は、本件証拠上確定し難いので、被告人が調査の時から一貫して供述するように、貴金属の平均仕入単価は、一期一グラム当り八五〇円、二期一グラム当り一五〇〇円と解する外ない(収税官吏の奥佳樹に対する質問てん末書によれば、金も二四Kを二〇Kに落として使用しており、金以外の貴金属の仕入金額は金よりも低廉であるので、平均単価は右認定金額を上回らないことは明らかであるが、証拠上は右認定以上に金額を確定し難い。)。
(4) 以上の認定事実を前提とすると、貴金属のカバン屋からの仕入は、一期四六二万円、二期七一〇万円となる(別紙(六)参照)。
3 消耗材等の仕入について
カバン屋からの現金仕入額について、検察官は直接これを証する証拠が存しないので、医師一人当りのバー、リーマ、印象材、麻酔薬を計算し、これに稼働日数、仕入単価を乗じて総仕入額を算出したうえ、カバン屋からの仕入割合を乗じて算定すべきであると主張する。弁護人は、右金額に加えて一期七〇万円、二期五〇二万円の計上漏れがあるので、これを加算すべきであると主張する。
検察官主張額は、被告人が算定した医師一人当りの消耗材の使用量を基礎としたものであり、合理的な推計方法であり、特に疑問をさしはさむ余地も存しないので、右主張額どおり認定する。
弁護人主張額は、その根拠が不明確であるのみならず、右主張を裏付ける証拠も被告人の公判供述のみであり、右供述自体単にその程度の計上漏れがあったというにとどまり、具体的な算定根拠を明らかにしたものではなく、その自体において信用性の低いものであり、他に右主張を証するに足る証拠は存しないので、弁護人の右主張は採用できない。
4 以上の次第で仕入金額として一期二〇五六万一二八八円、二期三二八〇万七〇五〇円を計上するのが相当である。
五 租税公課について
弁護人は、一期分として昭和四七年分の事業税額を検察官は計上していないが、昭和四八年分の事業税額の八割一〇万二二四〇円を計上すべきであると主張する。
若山健治作成の証明書及び被告人作成の昭和五六年一〇月二日付答申書(納税状況に関するもの)によれば、昭和四七年分の事業税については、被告人は申告、納税をしておらず、昭和五二年三月一五日更正決定により四八万二九〇〇円を納付したことが認められるので、一期の租税公課として計上すべきでないことはいうまでもない。
六 家事関連費について
弁護人は、水道光熱費、損害保険料、修繕費、減価償却費、支払利息割引料、廃棄損に関し、被告人の自宅を従業員の研修、関係者の応接、保険請求事務等のために恒常的に使用していたので、その費用の一部は事業上の必要経費として計上すべきであると主張する。
前掲各証拠によると、被告人の営む中川歯科医院は越谷市に、被告人の自宅は春日部市に各所在しており、事業は主として右医院で行われていたものと認められる。被告人及び被告人の妻中川美代子は、当公判廷において自宅も恒常的に事業の用に供していたと供述するが、その主たる部分が業務の遂行上必要であってその必要部分が明らかに区分できるわけではないし、被告人の従業員らの各供述はこれを裏付けるものではなく、又被告人の営む事業が歯科治療であることに照らすと、被告人らの公判供述は措信し難い。
従って、所得税法四五条一項、同法施行令九六条に定める家事関連費として必要経費に当らないことは明らかであり、弁護人の右主張は排斥を免れない。
七 旅費交通費について
弁護人は、検察官主張額に加えて、被告人の自宅へのタクシー復路代一期一二万円、二期一六万二〇〇〇円を、医師会の会合、出張等業務上必要なタクシー代、電車賃一期三二万四〇〇〇円、二期四八万円、保険請求手続のための交通費各期三万六〇〇〇円を計上すべきであると主張する。
まず、検察官主張額のうち一期木村産業に対する九万六七八二円、日新石油に対する一三〇〇円については、その内訳をみると、ガソリン代、灯油代等であり、勘定科目としては二期と同様燃料費として計上するのが相当であり、右金額を旅費交通費から減額し、燃料費を増額する。
次に弁護人主張額のうち、被告人自宅へのタクシー復路分について検討する。前掲各証拠によると、被告人は自家用の普通乗用自動車を保有し、通勤にも使用していたが、時々はタクシーで中川歯科医院にも通っていたものと認められる。従って、春日部交通のタクシーを利用して中川歯科医院へ赴いた日については、その復路についてタクシーを利用したものと解するのが相当であり、復路分として一期二万八三一〇円、二期六九九〇円を認容する(別紙(七)参照)。
保険請求事務の交通費については、毎月五日頃浦和市内の支払基金へ春日部交通を利用して赴いたものは、いずれも計上されており、右以外に認容すべて理由は存しないものと解される。
更にその余の旅費交通費についても、前認定のとおり被告人は自家用車を保有していたのであるから、被告人が調査の時に経費として供述していた交通費を超えて更に交通費等があったものと解するのは相当でない。何故ならば、被告人は強制調査開始後一年余にわたり国税査察官の調査を受けていたが、被告人及び同人の妻中川美代子は、その間顧問税理士小池康敏の助言をえながら、徴憑書類の存しない簿外の経費についても、査察官に事細かに申述しており、調査の時点において被告人及び中川美代子の記憶する経費は全て主張されていたものと解すべきであり、事件後相当年月の経過した公判段階での簿外経費に関する供述は、特に調査段階においてその供述ができなかった特段の事情も窺われないのであるから、俄には措信できず、調査時の供述の方が信愚性が高いものと解されるからである。
従って、旅費交通費として一期一二万一六九〇円、二期七万五四四〇円を認定する。
八 通信費について
弁護人は、年賀状、暑中見舞状として各期一万六〇〇〇円、連絡用文書切手代として一期四〇〇〇円、二期六五〇〇円、自宅の電話代の三分の二は事業上の必要経費として各計上すべきであると主張する。
自宅の電話代については、前記家事関連費の項で認定したように、自宅が事業用に主として供せられていなかったことは明らかであるから、必要経費にあたらないことはいうまでもない。
年賀状、暑中見舞状については、これを証する証拠としては被告人の公判供述しか存しないのであるが、被告人の社会生活上一般に必要とされる範囲のものか、業務遂行上必要なものかについて、何等立証がなされていないので、疑わしきは被告人の利益にの鉄則に従い、弁護人主張額を必要経費として認容する。
連絡用文書切手代については、前掲各証拠によれば、被告人が埼玉県を除く各都道府県に対する各保険請求を郵送で行っていたことが明らかであり、切手代等を費消していたものと解される。その金額については、被告人の公判供述しか存しないが、特に不相当、不自然な金額とも解せられないので、弁護人主張のとおり一期四〇〇〇円、二期六五〇〇円を認容する。
従って、通信費としては一期一四万一八五九円、二期一七万四六七二円を認定する。
九 広告宣伝費について
弁護人は、検察官主張額に加えて一期一二万円、二期三六万円の計上漏れ分が存すると主張する。
右主張にそう証拠は、被告人の公判供述のみであるが、検察官主張額の大半は、板谷民江作成のいわゆる岡崎小手帳(前同押号の7ないし13)に記載されたものであり、右小手帳は、第九回公判調書中の証人板谷民江の供述部分から明らかなように、中川歯科医院の窓口における収入及び支払分を細大漏らさず記帳したものであって、その正確性は高いものと解されるので、右小手帳の記載以外に多額の計上漏れ分があったものとは到底解されず、被告人の公判供述は措信し難く、弁護人の右主張は採用しない。
一〇 接待交際費について
弁護人は、検察官主張額に加えて、学校関係者に対する交際費として一期五〇万円、二期一八二万円を、中川歯科医院における被告人の食事代の二割は、交際費として必要なものであるから、一期一万一五二〇円、二期一万一五五二円を各計上すべきであると主張する。
検察官主張額自体支払先不明分として、被告人の供述により一期一三〇万八三二円、二期二〇七万四七三五円を認めているのであるが、被告人の査察時の供述は、前記七の旅費交通費の項で述べたように、相当長期間にわたり顧問税理士の助言をえて、熟慮のうえなされたもので、簿外の支払分から交際費にあたるものを抽出したものであって合理的と解され、その信用性は高い。これに対して、被告人の公判供述は、何故調査の時に更に簿外支出が存したことを供述しなかったかの合理的理由付けを欠く不自然なものであり採用し難く、他に弁護人の主張を認めるに足りる証拠は何等存しないので、右主張は採用しない。
一一 損害保険料について
弁護人は、自宅の火災保険料の三分の一は、業務用に当ると主張するが、家事関連費の項で述べたように、右出捐が必要経費に当らないことはいうまでもない。
一二 修繕費について
弁護人は、自宅の電話工事代、レース、カーテン代等を必要経費と主張するが、前判示の家事関連費の項で明らかなように、右出捐は必要経費に当らない。
一三 消耗品費について
弁護人は、検察官主張額に加えて、白衣、事務用品、医療用品等が一期二四万円、二期九六万七六〇四円及び中川歯科医院に設置したダイニングセット代三万六〇〇〇円、岡崎家具店に対する代金支払額四万六九〇〇円が存すると主張する。
まず事務用品等の出費について検討するに、前記板谷の公判供述等によれば、出費のうち小額のものは窓口から支払うのが通例であり、窓口支払分についてはできる限り領収書をとっていたこと、領収書の存しないものについては、メモ書きを残し、板谷が中川美代子に手渡していたことが認められる。すると、窓口支出分を記帳した岡崎小手帳は、前記認定の如く正確なものと認められるので、弁護人主張のように多額の計上漏れ分があったものと解することはできない。又弁護人主張の白衣についても、検察官主張額を検討すると、一般衛生材料の仕入として計上されていることが散見され、又一期支出分についても、徴憑書類が存しないにも不拘、中川美代子の供述のみに基いてこれを認容していることからすると、それ以上に簿外の支出があったものと解することはできない。
次に、家具の購入費については、第二三回公判調書中の証人宮崎光の供述部分によると、物置は自宅に設置されたものであり、ダイニングセットも自宅の食堂において使用されていたものと認められるので、家事関連費の項から明らかなように、右出捐が必要経費に当らないことはいうまでもない。以上の次第で弁護人の右主張は、いずれも採用しない。
一四 減価償却費について
弁護人は、自宅応接室のじゅうたん、クーラーは事業用固定資産として減価償却の対象となると主張するが、右主張は、家事関連費の項で認定したところから明らかなように採るをえない。
一五 福利厚生費について
弁護人は、従業員らに対するゴルフの諸経費、会食費等及び従業員旅行費用の一部として一期二〇万五四八五円、二期一六二万八七九六円を計上すべきであると主張する。
収税官吏の被告人(昭和五一年七月一四日付)、中川美代子(同年五月二一日付)、板谷民江(同五〇年一〇月二四日付)、石山妹子(同五一年二月五日付)、金丸とみ枝(同月一七日付)、石山昌子(同月一四日付)に対する各質問てん末書等によると、石山昌子、金丸とみ枝に三年勤続の旅行費用として合計一四万七〇〇〇円を出費したほか、一期においては従業員の旅行はなかったものと認められ、この点に関する弁護人の主張は採用できない。
又、従業員らに対するゴルフの諸経費等についても、前記認定のように被告人の調査の時の供述は、合理的であるのに対し、被告人の公判供述は何故簿外経費を調査の時に供述しなかったかの合理的説明付けに欠け、信用性が低いといわざるをえない。被告人の調査段階における供述を基とした検察官主張額が相当多額の簿外出費を認容しており、右金額は相当と解されるので、この点についても弁護人の主張は採用しない。
一六 支払利息割引料について
弁護人は、被告人は従業員の福利厚生施設用にゴルフクラブの会員権を銀行借入により購入したので、その支払利息として一期三六万二八三八円、二期二八万五九七一円を、又自宅一部増築資金として借入した金額の三分の一は、事業用であるので、一期二七万八三六五円、二期二七万六三二二円を、更に医療用土地購入資金の支払利息一二万八三五六円を各計上すべきであると主張する。
前掲各証拠によれば、被告人は大利根クラブ会員権、日高カントリークラブ会員権を各購入し、随時利用していたことが認められるが、ゴルフクラブ会員権の購入は、現今のようにゴルフが世上一般になされている時代とは異なり、少なくとも本件犯行当時においては、被告人の営む歯科医業に必要なものとはいえず、専ら被告人個人の趣味によるものと解するのが相当であり、弁護人の右主張は採用しない。
次に、自宅の増築借入利息については、弁護人は昭和四六年五月二七日住友銀行越谷支店から居宅一部増築資金として九〇〇万円を借入れたと主張するが、前掲各証拠によれば、右借入金は住宅取得資金として利用されたものと認められ、弁護人の主張は前提事実を欠き失当である。自宅改造費としては、昭和四九年有限会社竹中工務店に一七〇万七五〇〇円が出費されているが、借入金による支払いかどうかは明らかではない。いずれにせよ、自宅の取得あるいは増築費用は、本件のように自宅とは別個に診療所をもうけて事業を営んでいる場合には、家事関連費の項で述べたように事業用といえないことは当然であり、弁護人の主張は採るをえない。
土地取得資金については、前掲各証拠によれば、被告人が現在の診療所を移転するため、昭和四九年一二月二〇日三和銀行越谷支店から一五〇〇万円借入し、同五〇年一月に地主に支払済みであることが認められる。従って、二期の支払利息一一万八三五六円を認容する。
以上の次第で二期の支払利息としては、検察官主張額に右金額を加算した一一二万四六六四円を認定する。
一七 燃料費について
弁護人は、被告人の歯科医院に勤務する歯科医師四、五名の通勤用のガソリン代各期一八万円、被告人のガソリン代一期一五万六〇〇〇円、二期六万二〇〇〇円を各計上すべきであると主張する。
被告人の公判供述は、前記認定の如く簿外経費に関する部分については一般的に信用性の低いものであり、被告人方に勤務していた歯科医師安達弦太に対する収税官吏の質問てん末書によれば、車の燃料費代等は支給されていなかったことは明らかであり、結局弁護人の主張にそう信用性が認められる証拠は全く存しない。
なお、前記旅費交通費の項で述べたように、検察官主張額の一部は燃料費として計上すべきものであるので、一期については検察官主張額より九万八〇八二円増額した二四万三三二五円を認定する。
一八 衛生管理費について
弁護人は、治療中の患者に異常が生じた場合、被告人の負担で他院において治療を受けていたので、その治療代及びタオルの購入代等を一期一〇万円、二期三〇万円を計上すべきであると主張する。
前説示の如く、小額の出費については、岡崎小手帳の信用性は高いので、右小手帳に記載のない、あるいは領収証等直接証拠のない弁護人主張額は、合理的根拠を欠くといわざるをえず、被告人及び中川美代子の公判供述は信用性が低く、証人小池康敏の公判供述は、被告人に準じる立場の者の供述であって、その信用性は被告人同様低いものと解される。又他院での治療費については、容易に他院関係者による立証が可能であるのに、弁護人において何等このような立証活動もしていないことをも併せ考慮すると、弁護人の主張はいずれもこれを裏付ける証拠が存せず、採用し難い。
一九 消耗備品について
弁護人は、椅子、テーブル等を購入しているので、領収証等は存しないが、一期三〇万円、二期五〇万円を計上すべきであると主張する。
前掲各証拠によると、被告人の営む中川歯科医院は、昭和四五年一二月現在に開設されたことが明らかであり、業務上必要な消耗備品もそのころ整備されたものと解するのが相当であり、弁護人主張の椅子、テーブル等は短期間に減耗するものとも思われず、弁護人の主張自体合理性に欠ける点も見受けられる。しかも、前判示の岡崎小手帳の信用性及び被告人の公判供述の不信用性に鑑みると、弁護人の主張を裏付けるに足る証拠は存せず、弁護人の右主張は採用しない。
二〇 廃棄損について
弁護人は、建物付属設備、器具、備品の廃棄損として二期七五万四四七円を計上すべきであると主張する。
第二三回公判調書中の証人宮崎光の供述部分によると、昭和五〇年六月強制調査開始時において、中川歯科医院を実施調査し、岡崎(板谷)民江立会の下に実地確認し、建物付属設備、器具、備品等の過去の取得状況を調査したことが認められ、検察官主張額は優にこれを肯認できるところである。これに対し、被告人の公判供述は、その供述自体明確でないのみならず、棄損したとする物に対応する設備の更新、器具、備品の購入を裏付けるに足る証拠が何等存せず、結局その供述の信用性は低く、被告人の供述が真実であることを前提とする証人小池康敏の公判供述も措信し難く、弁護人の右主張は採用しない。
二一 慶弔費について
弁護人は、一期一〇万円、二期一四万円を計上すべきであると主張するが、右主張にそう供述は、被告人及び中川美代子の公判供述のみであるが、前認定の如く被告人らの経費に関する公判供述は措信し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠は存しない。
二二 研修、研究費について
弁護人は、被告人及び勤務歯科医師の学会費並びに従業員の研修費として一期二〇万円、二期六〇万円を各計上すべきであると主張する。
右主張にそう証拠は、被告人の公判供述であるが、再三述べてきたようにその信用性は低く、又容易に裏付けの証拠を提出できる筈であるのに、弁護人らは何等そのような立証活動をしていないことに鑑みると、右主張は単なる弁解にすぎないというべく、採用の限りではない。
二三 図書費について
弁護人は、世界百科事典、一般医歯学書、一般教養書等の購入費として一期一二万円、二期三六万円を計上すべきであると主張する。
公判調書中の証人宮崎光(第二三回)、同小池康敏(第二二回)の各供述部分によると、強制調査に着手した時世界百科事典は、被告人の自宅にあったことが明らかであり、事業上の経費とならないことはいうまでもない。
又その他の図書費についても、前記宮崎の公判供述によると、現存していない書籍についても被告人の弁解に基づき一期一一万四八〇〇円(勘定科目は雑費として計上)、二期二五万三二〇〇円が既に計上されていると認められる。従って、被告人の公判供述は右認定事実に反し、到底措信し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠は存しない。
二四 雑費について
弁護人は、各種小口物の購入費、寄付金等として二期五〇万円を計上すべきであると主張する。
右主張にそう供述は、被告人及び中川美代子の公判供述であるが、その信用性が低いことは既述のとおりであり、他に右主張を裏付けるに足りる証拠は存しない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては、改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併科し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、右加重をした刑期及び合算した金額の範囲内で、被告人を懲役四月及び罰金七〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人の負担とすることとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山忠雄 裁判官 金山薫 裁判官 戸田久)
別紙(一)
修正損益計算書
中川健三
自 昭和48年1月1日
至 昭和48年12月31日
<省略>
別紙(二)
<省略>
別紙(三)
修正損益計算書
中川健三
自 昭和49年1月1日
至 昭和49年12月31日
<省略>
別紙(四)
<省略>
別紙(五)の1
治療内容別の歯の本数明細書
(昭和48年分)合計表
<省略>
別紙(五)の2
治療内容別の歯の本数明細書
(昭和49年分)合計表
<省略>
別紙(六)
一期
<省略>
二期
<省略>
(グラム以下四捨五入)
<省略>
別紙(七)の1
タクシー復路代
<省略>
<省略>
別紙(七)の2
自宅から中川歯科医院へタクシーを利用した日の明細
<省略>