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浦和地方裁判所 昭和52年(ワ)75号 判決 1983年6月22日

原告

広井久作

原告

広井ふく

原告

広井一郎

原告ら訴訟代理人

佐々木新一

柳重雄

亡井川常次郎訴訟承継人(兼)

被告

井川周二

亡井川常次郎訴訟承継人

被告

井川竹子

亡井川常次郎訴訟承継人

被告

井川寛

亡井川常次郎訴訟承継人

被告

成松啓子

被告

田畑耕次

右被告ら五名訴訟代理人

二神俊昭

小林實

寿原孝満

被告

尾崎政一

右訴訟代理人

西村文明

主文

一  各自原告広井久作に対し、被告尾崎政一は金二六三万四、〇五〇円、被告井川竹子は金一三一万七、〇二五円、被告井川周二、同井川寛、同成松啓子はそれぞれ金四三万九、〇〇八円及び右各金員に対する昭和五二年二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  各自原告広井一郎に対し、被告尾崎政一は金一八五万一、五五〇円、被告井川竹子は金九二万五、七七五円、被告井川周二、同井川寛、同成松啓子はそれぞれ金三〇万八、五九一円及び右各金員に対する昭和五二年二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  各自原告広井ふくに対し、被告尾崎政一は金一五万円、被告井川竹子は金七万五、〇〇〇円、被告井川周二、同井川寛、同成松啓子はそれぞれ金二万五、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五二年二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告尾崎政一、同井川竹子、同井川周二、同井川寛、同成松啓子に対するその余の請求及び被告田畑耕次に対する請求を棄却する。

五  訴訟費用中、原告らと被告田畑耕次との間に生じた部分は原告らの負担とし、その余の部分を四分し、その一を被告尾崎政一、その一を被告井川竹子、同井川周二、同井川寛、同成松啓子の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告ら

(一)1  被告井川周二、同田畑耕次、同尾崎政一は、各自原告広井久作に対し、金七七二万七、五〇〇円、原告広井一郎に対し金六七二万七、五〇〇円、原告広井ふくに対し金一〇〇万円

2  被告井川竹子は、被告井川周二、同田畑耕次、同尾崎政一と連帯して、原告広井久作に対し金三八六万三、七五〇円、原告広井一郎に対し金三三六万一、七五〇円、原告広井ふくに対し金五〇万円

3  被告井川寛及び同成松啓子は、被告井川周二、同田畑耕次、同尾崎政一と連帯して、原告広井久作に対し金一二八万七、九一六円、原告広井一郎に対し金一一二万一、二五〇円、原告広井ふくに対し金一六万六、六六六円

及びこれに対する昭和五二年二月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする。

(三)  第一項について仮執行宣言。

二  被告ら

(一)  原告らの各請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  原告広井久作と同広井一郎は、別紙第一物件目録記載(一)の土地(以下、原告土地という。)上に、昭和四六年一〇月別紙第一物件目録記載(二)の建物(以下、本件建物という。)を建築し、持分各二分の一の割合で共有している。

(二)1  亡井川常次郎及び被告周二は、昭和五一年亡常次郎が借地している別紙第二物件目録記載(一)の土地(以下、被告土地という。)上に居宅を建築しようとしたが、右土地は、原告土地と訴外管野繁男の使用する土地(浦和市領家五丁目一、一七三番宅地604.95平方メートルのうち被告土地を除いた部分、以下、管野土地という。)との間に存し深さ約1.8メートル、長さ20.2メートル、幅14.25メートルの窪地となつていたため、原告土地及び管野土地と同じ高さまで盛土をすることとし、先ずその工事を被告尾崎に請け負わせるとともに居宅の建築工事を被告田畑に請け負わせた。

2  被告尾崎は、昭和五一年八月三日から同月一二日までの間に、被告土地に五二〇立方メートル以上の土砂を搬入して厚さ1.35メートルないし1.90メートルの盛土工事をなし、被告田畑は、同年九月中旬ころ右地上に居宅の建築工事に着工し同年一二月中旬ころ別紙第二物件目録記載(二)、(三)の建物(以下、被告建物という。)を完成させた。

3(1)  ところが、右盛土工事の終了した直後の昭和五一年八月一四日朝、原告らの居住する本件建物が表右側に傾斜を始めるとともに、表側廊下の障子四枚、中央部の唐紙四枚、裏側勝手口のドアが突然開閉できなくなり、翌一五日には、表側ブロック塀に縦に亀裂が入り、庭先地面にも約二メートル程の地割れが生じた。その後も本件建物には多数の亀裂、破損、剥落が生じて建具も使用できず、更に表側鉄扉、サッシ戸などに施錠ができなくなるなど、別紙被害状況一覧表記載の被害(以下、本件被害という。)が生じた。

(2)  また、本件建物は、昭和五六年四月二日現在において、建物後部、すなわち浦和高校グランド寄りをゼロとすると、建物前部の被告土地寄りがマイナス28.6センチメートル、建物前部の被告土地と反対側が18.8センチメートル沈下し、傾斜した。

(三)  右の盛土及び建物建築工事と被害発生との間には、次のとおり因果関係が存する。

1 埼玉県浦和市地域は沖積層地盤に属し、その生成からみるとオボレ谷と呼ばれるものである。そして、原告土地及び被告土地は、地形的には後背地の浦和高校グランド側が高台となつて天王川に向い緩やかな勾配をなしているが、天王川によつて形成された沖積地盤である。

沖積層は一般に軟弱地盤であるが、原告・被告両土地周辺の地盤は、その形成過程、天王川の存在、地形、形状からいつても典型的な軟弱地盤である。

2 被告尾崎及び同田畑の前記盛土及び建物建築工事により、被告土地地盤が土の圧密現象を起して最大0.9メートルの圧密沈下が生じ、その粘性によつて原告土地地盤をも沈下させた(土の圧密現象とは、自然にある土は通常間隙を有し、その間隙中に水、空気を含んでいるので、土が荷重を受けると間隙中の水、空気が追い出されて土の体積が減少し、密度が増大する現象をいう。)。

3 そして、右因果関係の存在は、土地の沈下数値が被告土地において最高値を示し、それより遠ざかるに従つて低減していること、被告土地は天王川寄りの道路中央部において盛り上がり、天王川側の道路境界において大幅に沈下していること、被告土地に存するブロック塀、原告、管野両家に存する塀は被告土地方向へ傾斜していることなどからみても明らかである。

(四)  過失

1(1) 被告土地は、降雨の際には原告土地及び管野土地より雨水が流れ込んで池の金魚や鯉が庭を泳ぎ、庭木は枯れ、晴天の時ですら長靴をはかなければ庭を歩けないような状態にあつたのであるから、右土地に居住していた亡常次郎及びその長男被告周二は、被告土地が軟弱地盤であることを認識していた。

(2) 被告土地は、長さ20.20メートル、幅14.25メートルの長方形の土地であるが、周辺の土地から約1.8メートルほど低い凹状をなしていたから、その全体を埋立てるためには約五二〇立方メートルの土砂を必要とし、その重量は数百トンないし一、〇〇〇トンに達するばかりでなく、更にその上に被告建物を建築するのであるから、埋立てた土地の原地盤に重大な荷重のかかることは明らかである。

(3) このように、軟弱地盤の土地に大量の土砂を投土して盛土工事をすれば、隣接地の沈下並びにこれに起因する隣接土地建物の傾斜、損傷、倒壊等の被害が発生することは、建築工事の専門家でない亡常次郎、被告周二においても容易に予測し得たし、また予見し得べきものであつたものである。

2 また、被告尾崎及び同田畑は、それぞれ盛土工事、建築工事の専門家として被告土地の地盤の性質形状、形成過程について注文者に確認すべきは当然のことであるが、軟弱地盤の土地に生ずる土の圧密現象は土木工学上きわめて原理的な現象なのであるから、進んで自らの知見、専門的経験によつて事前に十分な調査を遂げ、もつて原告土地及び本件建物に被害を及ぼさないように工事を施行すべきであつた。

3 従つて、亡常次郎、被告周二、同尾崎及び同田畑としては、被告土地における盛土工事、建築工事については、被告土地及び周辺土地の原地盤の状態、盛土に使用する土の素材、造成方法、期間、盛土後建築にかかるまでの期間、建築物の重量を充分検討し、重量を可能な限り軽くするとともに、工法も周辺土地に振動を与えない方法を採用し、かつ、右地上に建物を建築するには盛土が充分固定してから着工し、かつ、原告土地と被告土地との境には、擁壁構造計算基準に基づく擁壁を設置して、土砂と建物の荷重を拡散する具体的措置を講ずべきであつた。

ところが、右被告らは、これを怠り、漫然として、原告久作及び一郎が六年前原告土地と被告土地の境に設置した擁壁を利用して、被告土地に土砂を搬入し、ブルドーザーでこれを押え込み、踏み固めるという工法によつて被告土地の盛土工事をし、その盛土工事直後に建物の建築に着工し、短期間に被告土地の原地盤に極端な荷重をかけたため、被告土地に圧密現象を起して地盤を沈下させ、これに伴つてその両側の土地を引張り、もつて原告土地のうち被告土地側の沈下を惹起し、本件建物に本件被害を生じたのであるから、右被告らは民法第七〇九条、第七一九条によつて、原告らの被つた損害を賠償する義務がある。

(五)  仮に、右主張が理由なしとしても、亡常次郎及び被告周二は注文者としての責任を免れることはできない。すなわち

1 亡常次郎及び被告周二は、被告土地が軟弱地盤であることを知つていたのであるから、被告尾崎及び同田畑と前記各請負契約を締結するに際しては、これを右被告らに告げなければならなかつたのに拘らず、これを告げなかつたため、本件被害を生ずるに至つたのであるから、注文又は指図につき過失があつたものというべきである。

2 また、亡常次郎及び被告周二は、昭和五一年八月一五日原告久作より本件建物に被害が発生したことの通報を受けるとともに、早急に被害予防の措置を講ずるように要求されたにも拘らず、これを全く無視し、原告に損害を被らせた過失がある。

六 以上の主張がすべて理由なしとするも、亡常次郎には、次のとおり、土地工作物占有者としての損害賠償義務がある。

1 亡常次郎は、本件盛土工事、建物建築工事当時、被告土地を賃借してこれを占有していた。

2 そして、本件のように、軟弱地盤の被告土地に盛土して隣接土地の高さまで嵩上げをし、かつ、同地上に建物を建築する場合には、これによつて発生する圧密沈下が原告土地にその影響を及ぼさないようにするための設備(例えば、原告土地との境界に予め圧密可能な土層を貫いた深さまで鉄矢板を打込むとか、連続地中壁を設けるといつたこと。)が必要であるから、これを欠いてした盛土による被告土地には、その設置又は保存に瑕疵がある。

3 本件建物の前記被害は、亡常次郎の占有した被告土地の設置又は保存の瑕疵によつて生じたものであるから、亡常次郎は、これによつて生じた損害を賠償する義務がある。<中略>

四  被告らの抗弁

仮に、被告らに本件盛土、建築工事をするに際し軟弱地盤に対する配慮が要求されるとするならば、同様な配慮は、原告らの先行盛土、建築にも要求されなければならない。すなわち、原告らにおいても、自己の先行盛土により凹状の土地になつた居住者が、将来建築の際には、やはり同じ高さまで盛土するであろうことは容易に予測できるところであるから、先行する盛土、建築工事をするに当つては、これによる地盤沈下の影響を受けないような軟弱地盤に対応する工法を採るべき注意義務が要求される。

しかるに、原告らは、かかる注意義務を尽さず、前記二(三)2(2)の盛土、建築方法を採つた過失がある。

そして、本件被害は、原告らの先行盛土工事と被告らの盛土工事との相乗作用により発生したものというべきであるから、原告らの右過失は、損害額を算定するに際して斟酌さるべきものである。

五  被告らの抗弁に対する原告らの認否及び反論

被告らの抗弁事実を否認する。

原告久作らが昭和四六年末ころにした原告土地の盛土工事は、第三者に損害を与えることなく終了したのであるから、現在に至つてその違法有責を問われる筋合いのものではない。仮に自然的因果関係の場において、本件被害の発生に原告土地に対する盛土工事が関与していたとしても、そもそも後行の盛土工事をする者は、先行する盛土工事を含めた諸条件を前提としての注意、すなわち結果回避義務があるのであるから、行為時において責任を生ずることなく終了した原告土地に対する盛土工事が、後になされた被告土地に対する盛土工事が違法であるが故に、その数年後に至つて過失相殺という形で責任を問われることは不合理である。

第三  証拠<省略>

理由

一被害の発生

<証拠>を総合すると

(一)  原告久作及び同一郎が持分権各二分の一の割合で共有している本件建物に、原告久作及び同ふくが居住していたが、昭和五一年八月一四日ころから右建物の唐紙、障子が動かなくなり、壁に亀裂が生じたほか、原告久作の所有する原告土地及び右建物の南側ブロック塀に亀裂が生ずるなど別紙被害状況一覧表記載の被害(但し、番号4、12、15、及び21の点については、これを認めるに足りる証拠はない。以下、本件被害という。)が生じたこと。

(二)  昭和五一年一一月一二日現在における原告土地は、本件建物の南西端において一九センチメートル、同南の角(玄関に向つてその右隅)において一三センチメートル沈下し、同五二年五月一六日現在右南西端において二三センチメートル、同南の角において12.5センチメートル沈下していること。

以上の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠は存しない。右の事実によれば、原告土地は、その南西側(天王川寄り。)において北西側に傾斜、すなわち不同沈下するに至つたため、本件建物等に右の如き被害が発生するに至つたものというべきである。

二原告らは、右被害は被告土地における被告らの盛土工事及び建築工事に起因するものであると主張するので、以下この点について検討を加える。

(一)  <証拠>を総合すると

1  いわゆる大宮台地は、関東ローム層に掩われた標高一三ないし三〇メートルの洪積台地であつて、これから樹枝状に開析された小谷が発達し、その小谷の出口は、荒川、中川によつて形成された広大な沖積低地に向い、右小谷部は沼地や後背湿地となつて腐植土が堆積されたこと。

2  腐植土は、自然含水比が極めて高く五〇〇パーセント以上を示すこともあり、比重は1.5ないし1.7と一般の土地に比較して少ないが、土粒子間の間隙比は一〇前後と極めて大きく、そのため圧密沈下を生じ易いこと。

3  被告土地は、浦和高校からその南西部の天王川に傾斜する傾斜面に存するもと畑であり、その南側の道路を距てた先は昭和四〇年ころまでは沼地を埋立てた水田及び葦の生えた湿地であつたが、その周辺の土地とともに右大宮台地から荒川などに向つた前示谷部に位置し、その地盤は、盛土1.9メートルの下に層厚三メートルの腐植土及び1.9メートルのシルト質粘土層からなつている軟弱地盤であること。

以上の事実を認めることができ、これを動かすに足りる証拠は存しない。

(二)  亡常次郎が被告尾崎と被告土地に対する盛土工事の請負契約を締結し、被告尾崎において昭和五一年八月三日ころから同月一〇日ころまでに亘つてその盛土工事をしたこと及び被告田畑が右常次郎との間に締結した被告建物の建築請負契約に基づき同年九月中旬ころその建築に着手し同年一二月ころこれを完成した事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右の事実に、<証拠>を総合すると

1  亡常次郎は、昭和二八年四月ころ被告土地上に存した建売住宅(木造平家建居宅、旧建物。)を購入するとともに右土地を賃借して居住していたが、右土地は、浦高グランドから道路を距てた南西側に位置し、その南東側は原告土地に、北西側は管野土地に隣接し、南西側は更に道路に接した別紙図面に表示する287.85平方メートルの宅地であつて、原告土地及び管野土地とに接する北東側の道路寄りにおいて一メートル余、南西側道路寄りにおいて1.8メートル程低い凹地となつていたため、降雨の際には隣接する原告土地、管野土地及び道路から雨水が流れ込んで池の金魚や鯉が庭を泳ぐ有様であり(この点は当事者間に争いがない。)、風が吹くと木の葉などが吹き寄せられてごみが溜るという状況であつたこと。

2  そこで、亡常次郎及び被告周二は、昭和五一年一月ころ被告土地を原告土地及び管野土地と同じ高さまで盛土したうえ、右地上に居宅二棟を建築することを計画し、右常次郎は、同年七月被告尾崎と被告土地に対する右盛土工事の請負契約を締結するとともに、同年六月ころ被告田畑との間に被告建物の建築請負契約を締結したこと。

3  被告尾崎は、右契約に基づき同年八月三日ころから同月一〇日ころまでの間埼玉県入間郡越生町黒山から山(採石山の表土であつて、土が七〇ないし八〇パーセント、砂岩、輝緑岩の小石が二〇ないし三〇パーセントのもの。)を一〇トン積貨物自動車で三一台分(一台約10.5立方メートル)、関東ローム層の土(黒、赤土)を四トン積貨物自動車で四台分合計約三五〇立方メートルの山などを右土地に搬入し、これをブルドーザーでならして固め、同月一二日ころにはその作業を終了したが右山及び土の重量は一立方メートルにつき約二トンであること。

4  被告田畑も、旧建物を取毀したうえ、右請負契約に基づいて同年九月一八日右地上に被告建物の建築に着工し、同年一二月二五日ころこれを完成したが、その工法はいわゆる在来工法によつたこと。

以上の事実を認めることができる。

(三)  そこで、被告土地における盛土工事及び建築工事と本件被害との因果関係についてみるに、被告土地の地盤は三メートルの腐植土層及び1.9メートルのシルト質粘土層からなる軟弱地盤であつて、圧密沈下を生じ易いものであり、被告尾崎は右土地に約七〇〇トンの山などによる盛土工事をし、被告田畑もその上に被告建物二棟を建築(鑑定人三木五三郎は、本件の鑑定をするについて、右建物の荷重を床面積一平方メートルにつき一トンとみているようである。)したこと、本件被害が被告尾崎の盛土工事着手後一〇日ほどにして出現していること及び原告土地に生じた沈下は、被告土地との南西側の境付近において大きくそれより離れるに従つて少なくなつていることは、いずれも右に認定したとおりである。そして、鑑定人三木五三郎は、被告土地においてボーリングによる調査をし、その結果に基づいて各種の実験、試験をなしたが、その鑑定結果及び証人三木五三郎の証言によると、被告土地に対する盛土の結果による荷重の増加によつて九〇センチメートルに及ぶ圧密沈下が生じ、この影響により隣接地(原告土地)との南西の境界において約二五センチメートルの引込み沈下が生じ、次いで被告建物の建築後右境界において26.5センチメートルの引込み沈下が計測され、その影響は五ないし六メートル先に及んだが、その一次圧密沈下は現在既に終了しているというのである。これらの事実を総合すると、本件被害は、被告土地における盛土工事及び建築工事、主として盛土工事による荷重の増加によつて生じた圧密沈下によるものと認めるのが相当である。<証拠>によると、被告土地の北西側に接して存する管野土地においても昭和五一年八月以降南西側の道路沿いに設けたコンクリート製土留に亀裂が生じて被告土地の方へ傾斜し、その地上に存するアパートの基礎コンクリートに亀裂が、非常階段と礎石コンクリートとの間に間隙が各生じたほか、各部屋のドアーの開閉ができなくなり、居宅の敷地部分も被告土地に向つて傾斜し、縁先のコンクリートのたたきにも亀裂が入る等の被害が生じているほか、被告土地の南側角付近の道路上に設置されていた電柱が被告土地に向つて傾斜した事実を認めることができ、右の事実によつても、右認定を支持することができる。

ところが、被告らは、本件被害は被告土地における盛土工事及び建築工事によるものではないとして、縷々その理由を主張するが、いずれも失当である。

1  先ず、被告らは、被告土地にした盛土の重量が仮に一、〇〇〇トンであつたとしても、その荷重は一平方メートルにつき約三トンであるが、通常地耐力は一平方メートルにつき一〇トンであるから、その地盤の沈下が起ることはない、と主張する。

しかし、鑑定人三木五三郎の鑑定結果によると、被告土地における地耐力は十分であり、そのため盛土による地すべり破壊などは生じていないが、被告土地の圧密沈下は、これとは全く別個な土地全体の沈下、すなわち盛土の下に存する圧縮性の大きな泥炭層やシルト質粘土層の圧縮による沈下によるものである事実を認めることができるから、右主張は失当である。

2  次に、被告らは、本件被害は軟弱地盤における建築学上の常識を無視した建築方法によるものであると主張する。

<証拠>を総合すると、原告久作及び同一郎は、昭和四六年一〇月一二日訴外殖産住宅相互株式会社との間に原告建物の給付契約を締結し、同四七年二月八日竣工した右建物の引渡しを受けたものであるが、右建物を建築するに際して殖産住宅は、原告土地上に存した建物を取毀しその在来地盤に割栗石が埋まる程度の根切りをし、これに割栗石を並べその上に幅四五センチメートル、立上り一二センチメートル、高さを八七センチメートルとする鉄筋コンクリートの布基礎を設置した後右土地に六〇センチメートルの高さまで盛土し、右基礎の上に在来工法によつて原告建物を建築したこと、右建物は被告土地における盛土工事施工まで何んら損傷の生じなかつた事実を認めることができ、右の如き基礎工事を経て建築した原告建物は、原告土地が軟弱地盤であるからといつて、建築学上の常識を無視した建築方法であるということはできず、現に被告土地における盛土工事施工まで全く原告建物に被害が生じていなかつたのであるから、右主張も理由がない。<反証排斥略>。

3  さらに、被告らは、本件被害は天王川中心の地盤の沈下、天王川護岸工事によるものであると主張する。

なるほど<証拠>によると、原告土地、被告土地に近い天王川のコンクリート柵渠が老朽化し、その両岸に接する土地の家屋には柱の傾斜・壁・ブロック塀の亀裂などの被害が生じたため、浦和市において昭和五二年三月ころから二か月に亘り天王川護岸工事(鋼鉄矢板による。)を施工した事実を認めることができるけれども、本件被害が被告らの主張する地盤の沈下や右護岸工事によるものと認めるに足りる証拠が存しないばかりでなく、被害発生の時期、原告土地の沈下による傾斜の方向など前叙認定事実によると、被告らの主張事実は、到底肯認することができない。

4  なお、被告らは、本件被害は、水道、ガス管の埋設工事、日本鋼材株式会社の材料置場へ出入りする一〇ないし一五トン積貨物自動車による振動や地震によるものであると主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠は全く存しない。

三被告らの責任原因

(一)  先ず、原告らは、本件被害の発生につき亡常次郎、被告周二、同田畑、同尾崎は共同不法行為者としての責任を有する旨主張する。

なるほど、被告土地が凹地であつて降雨の際には雨水が流れ込んで池の金魚や鯉が庭を泳いでいた事実は、前に説示したとおりであるが、だからといつて以前から右土地に居住していた亡常次郎及び被告周二において被告土地の地盤が軟弱であることまでも認識していたものということはできず、また、右両名及び被告田畑、同尾崎において右の認識を有していたとの事実を認めるに足りる証拠も存しないし、まして、土木の専門家でもない亡常次郎、被告周二及び建築業者に過ぎない被告田畑において、被告土地の形成過程、天王川の存在、地形及び形状など原告ら主張の事実から経験則上かかる認識をすべきものと認めることもできないから、このような認識を有しなかつたことをもつて過失ありということもできない。もつとも、<証拠>によると、亡常次郎は、昭和五一年八月一五日ころ原告ふくから本件被害は被告土地に対する盛土工事が原因ではないかとの抗議を受け、同月二二日原告一郎から原告土地との境界線上に長さ三〇メートルのシートパイルを打込んで貰いたい旨の要求を受けた事実を認めることができるけれども、他方、右常次郎は、原告一郎から要求を受けた日の翌日浦和市役所土木部に赴いて相談した結果、担当係員からその必要がない旨の指導を受けた事実を認めることができ、右の事実によれば、亡常次郎が原告らの抗議を受けて被告土地が軟弱地盤であることを認識したものと認めることはできないから、右各証拠によつて前示認定を左右することはできず、他にこれを動かすに足りる証拠は存しない。そうすると、被告土地が軟弱地盤であることを認識し、又は認識し得べかりしことを前提とし、これに対応する工事方法や措置を採ることなく本件建物を建築したとして、亡常次郎、被告周二及び同田畑に対する不法行為による損害賠償の請求をすることは失当である。

しかしながら、被告土地を含むその周辺一帯の土地が軟弱地盤に属することは前示認定のとおりであつて、軟弱地盤に荷重のかかつた場合圧密沈下の生ずることは建築工学上の常識に属すること及び被告尾崎が盛土工事の専門業者であつて既に三三年に亘る経験を有している事実は、<証拠>並びに鑑定人三木五三郎の鑑定結果によつて認めることができるから、被告尾崎は、専門業者としての経験年数三三年のうち一度も軟弱地盤の盛土工事による地盤沈下を経験していなかつたとしても、被告土地が盛土などによつて付近に影響を及ぼす圧密沈下を生ずる軟弱地盤であることを当然認識すべきものであり、従つてこれを認識しなかつた点に過失ありといわざるを得ない。してみると、被告土地が軟弱地盤であることに思いを致さず、漫然として、これに盛土工事をして本件被害を主として招来した被告尾崎は、不法行為者としてこれによつて生じた損害を賠償する責ありといわなければならない。

(二)  次に、原告らは、亡常次郎及び被告周二には被告土地の盛土工事及び建築工事につき注文者としての責任が存する旨主張するが、被告周二が右工事の注文者である事実を認めるに足りる証拠は存しないが、この点を暫らく措くとしても、亡常次郎及び被告周二が被告土地が軟弱地盤であることを認識していなかつたこと及びそのように認識しなかつた点に過失の存しなかつた事実は、右に認定したとおりであるから、右各工事の注文、指図について、亡常次郎及び被告周二には過失は存しなかつたというべきである。原告らの右主張は失当である。

(三)  さらに、亡常次郎の土地工作物の責任について判断する。

亡常次郎が被告土地を賃借し、右地上に被告周二とともに被告建物を建築してこれを占有していたこと及び亡常次郎は凹地をなしていた軟弱地盤である被告土地を原告土地及び管野土地の高さまで盛土、建築工事をした結果圧密沈下を生じさせ、主として右盛土工事の影響により原告土地を不同沈下させた事実は、前示のとおりであつて、証人三木五三郎の証言及び三木五三郎の鑑定結果によると、被告土地に対する盛土工事などによつて原告土地の沈下を生じさせないためには、原告土地との境界線付近に、圧密可能な土層を貫いた二ないし三メートルから六ないし七メートルの深さまで鉄矢板を打込むとか、連続地中壁を設けるなどの工法の存した事実を認めることができるから、被告土地の盛土は被告土地の工作物に該当し、右土地を占有していた亡常次郎には、その設置保存の点に瑕疵が存したものといわなければならない。

この点に関して被告田畑、同尾崎を除くその余の被告らは、盛土は自然の土砂以外の付加的設備を伴つたものではないから被告土地そのものであつて民法七一七条にいう土地の工作物に該らないと主張するが、本件の如く、軟弱地盤の土地に人為的になされた盛土は、地盤と一体となつて土層を形成するものではあるがその荷重によつて地盤に圧密沈下を生じさせ周辺の土地に影響を与えるのであるから、右盛土が自然の土砂であると否とを問わず、少くともこれによる圧密沈下が終了してその地盤が固定するに至るまでは土地の工作物と認めるのが相当であり、従つて右被告らの主張を採用しない。

なお、右被告らは、鉄矢板の打込み、連続地中壁の設置は工法の点からも費用の点などからも、現実には不可能である旨主張するが、右の事実を認めるに足りる証拠が存しないばかりでなく、仮りに右工法に莫大な費用を要するとしても、だからといつて第三者においてその被害を甘受しなければならない筋合いのものではないから、右主張も失当である。

四損害額

(一)  物的損害

原告久作、同一郎は、本件建物の沈下復旧、基礎補強及び修理費として金一、一二九万円、外構工事費及び造園工事費として金二一六万五、〇〇〇円を要すると主張し、証人沼田友志の証言によつて成立を認める甲第二八、第二九号証にはこれに添う記載が存し、右証人もこれに符節を合する供述をしているが、右工事費の中には修理の範囲を超えるものも含まれているばかりでなく、被告土地における一次圧密沈下は既に終了していることなどの前叙認定事実に基づき、検証の結果、その前顕各証拠、特に前示甲第一三号証の一ないし一四、昭和五一年秋ころにおける右建物の修理工事見積書(甲第五号証)と対照して検討すると、右原告らの主張する本件建物及びブロック塀等の修理費のうち、特に必要性の明らかでない別紙経費控除表記載の金四七八万三、八〇〇円を控除すると、本件被害によつて被つた本件建物の損害額は金七四〇万三、二〇〇円、ブロック塀の損害額は金一二六万五、〇〇〇円となる。

(二)  慰藉料

本件建物に居住している原告久作、同ふくが、本件被害によつて甚大な精神的苦痛を味つたであろうことは、前叙認定事実に徴して推察するに難くないところであつて、右苦痛は各金三〇万円をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。

五過失相殺

被告田畑を除くその余の被告らは過失相殺を主張するが、原告久作、同一郎が凹地となつている被告土地が将来原告土地と同じ高さまで盛土することを予測していたとしても、被告土地が軟弱地盤であつて右土地の盛土による圧密沈下による影響が原告土地に及ぶことまでも予測し、これに対応した建築方法を採用して本件建物の建築を期待するのは困難であり、このことは前に説示した事実関係に徴して明らかである。換言すると、原告らには、本件被害に基づく損害額の算定について斟酌すべき過失は存しなかつたものというべきであるから、右被告らの主張は失当である。

しかしながら、前叙認定事実によつても明らかなとおり、原告土地も被告土地と同様に軟弱地盤であるから、原告久作及び同一郎が、被告土地に本件と同様の盛土、建物建築後に、これと同じ高さまで原告土地に盛土し原告建物を建築したとするならば、本件と同様な圧密沈下による影響が被告土地、建物に発生し、右原告らが逆に加害者の立場に立つたであろうことは見易い道理である。右原告らが原告土地に盛土して原告建物を建築した際、被告土地及び旧建物に本件の如き被害が発生しなかつたのは、鑑定人三木五三郎の鑑定結果及び証人三木五三郎の供述するように、被告土地が凹地であつたがために原告土地における圧密沈下は盛土敷地の直下に限定される傾向にあつたことと、被告土地に存した旧建物が原告土地との境界線から距つていたという僥倖によるものであつたのである。そして、本件被害の発生は、時期を異にしてなした盛土工事等によるものであるが、原告らにとつても、被告らにとつても、予期しなかつた不幸なでき事であつた。このような場合、後に工事をした亡常次郎、被告尾崎において、たまたま先に工事をした原告らに対しその損害の全額を賠償する責ありとするのは相当でないから、信義衡平の原則に則り、右損害額はそれぞれ二分の一、すなわち物的損害のうち本件建物の損害額については金三七〇万三、一〇〇円、ブロック塀の損害については金六三万二、五〇〇円、慰藉料は各金一五万円の限度に止めるのが相当である。

六相続等

そうすると、亡常次郎、被告尾崎は、各自損害賠償として、本件建物につき各二分の一の共有権を有する原告久作、同一郎に対し金三七〇万三、一〇〇円の二分の一に相当する金一八五万一、五五〇円宛、ブロック塀につき原告久作に対し金六三万二、五〇〇円、原告久作、同ふくに対し慰藉料金一五万円宛及び右各金員に対する不法行為後の昭和五二年二月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務ありというべきところ、常次郎が同五六年一月一一日死亡し、その妻である被告竹子、その子である被告周二、同寛及び同成松が各相続分に応じて同人の権利義務を承継した事実は、原告らと右被告らとの間において争いがないから、亡常次郎の負担すべき債務のうち、被告竹子は、原告久作に対する金一三一万七、〇二五円、原告一郎に対する金九二万五、七七五円、原告ふくに対する金七万五、〇〇〇円、被告周二、同寛、同成松は、それぞれ原告久作に対する金四三万九、〇〇八円、原告一郎に対する金三〇万八、五九一円、原告ふくに対する金二万五、〇〇〇円及び右各金員に対する前示遅延損害金の支払義務を、それぞれ相続によつて承継したものといわなければならない。

七結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告竹子、同周二、同寛、同成松及び同尾崎に対し右金員の支払いを求める限度においては正当として認容すべきものであるが、その余の請求及び被告田畑に対する請求はいずれも失当として棄却すべきものである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(長久保武 大喜多啓光 坂野征四郎)

第一物件目録<省略>

第二物件目録<省略>

現況測量図<省略>

被害状況一覧表<省略>

経費控除表<省略>

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