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浦和地方裁判所 昭和54年(ワ)1110号 判決 1989年7月17日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 宮澤征男

被告 小沼フサノ

被告 大間玲子

被告両名訴訟代理人弁護士 永盛敦郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告に対し、被告小沼は別紙物件目録四記載の建物(以下「本件アパート」という。)から退去し、被告大間は同目録三、四記載の各建物(以下「本件各建物」という。)を収去して、それぞれ同目録一、二記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を明け渡し、かつ各自昭和五四年一二月一一日から右各明渡済みに至るまで月額一四万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件各土地は原告の所有である。

2  被告大間は、本件各土地上に本件各建物を所有して本件各土地を占有している。

3  被告小沼は、本件アパートに居住して本件各土地を占有している。

4  本件各土地の賃料は月額一四万円以上である。

5  よって、原告は、被告小沼に対し、本件アパートからの退去と本件各土地の明渡し、被告大間に対し、本件各建物の収去と本件各土地の明渡し、並びに被告ら各自に対し、本件訴状送達の翌日である昭和五四年一二月一一日から右各明渡済みに至るまで月額一四万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4は否認する。

三  抗弁

1  本件各土地(地目は畑であるが、現況は荒地であった。)は、もと原告の実父甲野松太郎(以下「松太郎」という。)の所有であったが、同人は大正一一年一〇月一五日に死亡し、原告がこれを家督相続した。

しかし、原告は当時三歳であったため、松太郎の弟であった甲野竹二郎(松太郎の死後同人の妻と結婚。以下「竹二郎」という。)が本件各土地を管理し、竹二郎の死亡(昭和三五年六月二二日)後は、その息子である甲野竹夫(以下「竹夫」という。)が管理してきたものであり、原告はこれを承認してきた。

被告小沼は、昭和三四年五月一五日、竹二郎から本件各土地を宅地として賃借した。

2  仮に、竹二郎が本件各土地につき賃貸権限を有していなかったとしても、原告は、被告小沼が竹二郎から本件各土地を賃借したことを知りながら、二〇年以上これを黙認してきたのであるから、竹二郎と被告小沼が締結した前記賃貸借契約を追認したものというべきである。

3  竹二郎は、同年九月頃、被告小沼の娘である被告大間が本件各土地上に別紙物件目録三記載の建物(以下「本件居宅」という。)を建築することを承諾し、竹夫は、昭和四二年頃、被告大間が本件アパートを建築することを承諾した。

4  仮に、竹二郎に賃貸権限がなかったとしても、被告小沼は、昭和三四年五月一五日、本件各土地を賃借したものと信じ、過失なく本件各土地の占有を開始し、それ以後、本件各土地の賃料を竹二郎、同人の死亡後は竹夫に支払ってきたので、昭和四四年五月一五日の経過により本件各土地に対する賃借権を時効取得した。

仮に、被告小沼の占有開始につき過失があったとしても、被告小沼は、昭和五四年五月一五日の経過により本件各土地に対する賃借権を時効取得した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、本件各土地がもと原告の実父松太郎の所有であったこと、同人が大正一一年一〇月一一五日に死亡し、原告がこれを家督相続したこと、原告は当時三歳であったこと、竹二郎は松太郎の弟であり、松太郎の死後同人の妻と結婚したこと、竹二郎は昭和三五年六月二二日に死亡したこと、竹夫が竹二郎の息子であること、竹二郎が昭和三四年頃別紙物件目録一記載の土地(以下「二一七番の土地」という。)を被告小沼に賃貸したことはいずれも認めるが、その余は否認する。

本件各土地は農地であるから、その賃貸借契約については農地法の許可がなければ無効であるところ、竹二郎と被告小沼との間の賃貸借契約については農地法上の許可がないから右契約は無効である。

2  同2は否認する。

3  同3は否認する。

4  同4のうち、被告小沼が昭和三四年頃から二一七番の土地を、昭和四二年一二月頃から別紙物件目録二記載の土地(以下「二一九番の土地」という。)を占有していること、被告小沼が竹夫に対し二一七番の土地の賃料を支払ったことは認めるが、その余は否認する。

被告小沼は、竹夫の制止に反して二一九番の土地の占有を開始したものである。

五  再抗弁

1  仮に、被告小沼が二一七番の土地につき賃借権を有するとしても、被告小沼は、賃貸人には無断で被告大間に、昭和三五年二月頃本件居宅を、昭和四三年四月頃本件アパートをいずれも二一七番の土地上に建てさせ、昭和四二年一二月頃からは二一九番の土地を勝手に使用している。

被告小沼の右行為は悪質な債務不履行であり、原告との間の信頼関係を破壊するものである。

そこで、原告は、昭和五四年一〇月一一日に被告小沼に到達した内容証明郵便により被告小沼との賃貸借契約を解除した。

2  被告小沼は、昭和四三年四月頃までに、本件各土地が竹二郎又は竹夫の所有ではなく、原告の所有であることを知った。

このような場合は、所有者に対し、新たに賃借の意思を表示しなければ、賃借の意思をもってする占有が失われると解すべきところ、被告小沼は、原告に対し、右意思表示をしなかったのであるから、賃借の意思をもってする占有は失われたというべきである。

仮に、右主張が認められないとしても、右事実は、時効中断の効力を有する。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1のうち、被告大間が昭和三四年九月ころ本件居宅を、昭和四二年頃本件アパートを二一七番の土地上に建築したこと、被告小沼が二一九番の土地を使用していること及び原告主張の内容証明郵便が被告小沼に到達したことは認めるが、その余は否認する。

2  同2のうち、被告小沼が本件各土地の所有者が原告であることを知ったことは認めるが、その余は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件各土地が原告の所有であること、被告大間が本件各土地上に本件各建物を所有して本件各土地を占有していること及び被告小沼が本件アパートに居住して本件各土地を占有していること(請求原因1ないし3の事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二  被告らの占有権限(抗弁)について

1  賃貸借契約について

(一)  被告らは、原告から本件各土地の管理を任されていた竹二郎から本件各土地を賃借したと主張するので、この点につき検討するに、竹二郎が昭和三四年頃二一七番の土地を被告小沼に賃貸したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、本件各土地の管理を竹二郎に任せていたこと及び竹二郎が二一七番の土地を被告小沼に賃貸したことを承認していることが認められ(る。)《証拠判断省略》。

右事実によれば、二一七番の土地については、原告と被告小沼との間に賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が締結されたものと認められる。

なお、原告は、本件賃貸借契約については農地法上の許可がないから無効であると主張するが、《証拠省略》によれば、被告大間は、昭和三四年八月頃本件居宅を、昭和四二年一二月頃本件アパートをそれぞれ二一七番の土地の上に建築し、それ以来二一七番の土地は完全に宅地化されたものと認められるので、本件賃貸借契約は農地法上の許可がなくとも効力を生じたというべきである。

(二)  被告らは、竹二郎から二一九番の土地も賃借したと主張し、《証拠省略》には、右主張に沿う部分があるが、《証拠省略》によれば、①竹二郎と被告小沼間の賃貸借契約書には、賃貸借の対象土地として、「六畝一三歩の内分筆宅地百坪」と明記されていること(被告小沼は、本件各土地全部を賃借するつもりであったので、右契約書作成の際、右賃借面積について竹二郎に問い質したところ、竹二郎は、地目変更は一〇〇坪しか認められないので、一〇〇坪と書いたが、将来地目変更ができたら賃貸面積を書き換えると言っていた旨供述するが、竹二郎が右のように述べたとしても、それは取りあえず一〇〇坪を賃貸し、後に地目変更ができた段階で貸し増す意味であると解されるので、竹二郎の右言辞から直ちに竹二郎が当初から本件各土地全部を賃貸したものと認めることはできない。)、②二一七番の土地の面積は三八七平方メートルであり(二一七番の土地には道路からの通路部分が含まれているので、これを除くとほぼ一〇〇坪である。)、二一七番の土地のみによって右契約書に記載された面積が充足され、二一九番の土地を賃貸借の範囲に含ませると、賃借面積が契約書に記載された面積より三一九平方メートルも多くなること、③本件賃貸借の契約書には、賃料は月額五〇〇円(坪単価五円)と記載されているところ、当時竹二郎が訴外長沢芳太郎に賃貸していた二一七番の土地の隣接地の坪単価も五円(六〇坪で月額三〇〇円)であり、右契約書に記載された賃料額五〇〇円は一〇〇坪分の金額であること(被告小沼は、本件賃貸借契約締結の際、権利金として四万円を支払ったので、本件各土地の賃料は、隣接地の賃料より安くなっている旨供述するが、《証拠省略》によれば、隣接地の賃借人である長沢は賃貸借契約につき保証人を付けたが、被告小沼には保証人がいなかったため、保証金として四万円を竹二郎に預けたものと認められるので、右四万円をもって権利金と認めることはできない。)が認められ、右事実に照らすと、被告らの前記各供述は直ちに採用することができず、他に被告らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。

以上により、竹二郎と被告小沼とが二一九番の土地につき賃貸借契約を締結したものと認めることはできない。

2  賃借権の時効取得について

被告小沼が昭和四二年一二月頃から二一九番の土地を占有していたことは当事者間に争いがない。

被告らは、被告小沼は昭和三四年五月一五日から二一九番の土地を賃借の意思をもって占有したと主張するので、この点について検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告小沼は、本件賃貸借契約を締結するに当たり、賃借地に住居を建築するほか、同所において養鶏業を営むつもりであったので、本件各土地全部を使用したいと考え、竹二郎に対し、本件各土地全部の賃借を申し入れた。

(二)  被告小沼は、本件賃貸借契約書に記載された賃貸借面積が一〇〇坪となっていたので、竹二郎に対し、その趣旨を問い質したところ、竹二郎は、本件各土地の地目は農地であり、これを宅地に変更する場合には面積の制限があるので、取りあえず二一七番の土地(一〇〇坪)のみを賃貸することとし、将来、地目を変更したときに二一九番の土地を賃貸する旨を説明したが、被告小沼は、竹二郎の右説明を聞いて、本件各土地全部を借り受けたものと誤解した。

(三)  本件各土地は一区画を形成しており、昭和三四年頃は、桑の木、雑草などが生えていたが、竹二郎は、本件賃貸借契約の締結に当たり、同人の息子である梅夫に指示して二一七番の土地及び二一九番の土地の上に生えていた桑の木を撤去させ、本件各土地全体を整地した。

(四)  被告小沼は、本件賃貸借契約締結後、直ちに二一七番の土地に本件居宅を建築し(ただし、被告小沼には当時借金があり、また被告小沼の娘である被告大間がその建築資金を出したため、竹二郎の承諾を得て、被告大間の名義で所有権保存登記がなされた。)、二一七番の土地と二一九番の土地にまたがって雛鳥用の小屋を建て、同年九月頃、二一九番の土地の周りに竹垣を設置し、同年一〇月頃から雛鳥の飼育を始めた。

(五)  被告小沼は、昭和三五年春頃、雛鳥が成長し産卵するようになったので、二一九番の土地の上に本格的に鶏舎を増設し、同年秋には、いたちや犬などから鶏を守るため、本件各土地の周辺に高さ約一間のとたん塀を設置した。

(六)  原告及び竹夫は、昭和三六年六月頃、被告小沼が無断で右とたん塀を設置したことについて抗議をしたが、被告小沼は、抗議を受けるべき理由はないと言ってこれを無視した。

(七)  被告小沼は、昭和三九年頃、養鶏業の採算が悪くなったので養鶏業を止め、とたん塀を撤去し、その後、本件各土地の周囲にコンクリート塀を設置した。

(八)  被告小沼は、昭和四二年、竹夫の承諾を得て、二一七番の土地に本件アパートを建築し(建築資金は被告大間が負担)、二一七番の土地上にあった本件居宅を二一七番の土地及び二一九番の土地にまたがる位置に移築した。

なお、竹夫は、本件アパートが完成した後、被告小沼に対し、本件アパートが大き過ぎると言って文句を言ったが、二一九番の土地の使用について文句を言ったことはなく、その後も被告小沼から賃料を受領していた。

(九)  被告小沼は、本件賃貸借契約締結後、竹二郎に対し月額五〇〇円の賃料を支払っていたが、同人の死亡後は、同人の指示により竹夫(竹夫は、竹二郎から、同人の死後本件各土地を管理すべきことを頼まれていた。)に地代を支払った。そして、右賃料の額は、昭和四三年四月分からは月額一〇〇〇円に、その後、数回にわたり増額され、昭和五四年頃には月額四二〇〇円(年額五万〇四〇〇円)となり、一年分をまとめて支払うようになっていた。

なお、竹夫は、昭和五四年一二月分までの賃料を受額したが、昭和五五年一月分以降の賃料の受額を拒絶したので、それ以後の賃料は供託されている。

(一〇)  原告は、昭和三六年頃から、被告らが二一九番の土地を使用し、竹夫が被告小沼から賃料を受領していることを知りながら、昭和五四年頃まで、これに対し、特段の異議を述べたことはなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、被告小沼は、昭和三四年五月一五日から二〇年間二一九番の土地を賃借の意思をもって占有し、その間、竹二郎あるいは竹夫に対して賃料を支払い、同人らはこれを受領し、原告はこれを黙認していたことが認められるので、被告小沼は、昭和五四年五月一五日の経過により二一九番の土地の賃借権を時効により取得したものと認めるのが相当である。

なお、被告らは、二一九番の土地の占有開始につき無過失であったと主張するが、前記1(一)、2(二)の認定事実よれば、竹二郎と被告小沼との間に締結された賃貸借契約は二一七番の土地(一〇〇坪)を対象とするものであり、被告小沼が二一九番の土地も含まれると考えたことについては過失があったものと認められるので、一〇年の時効取得を採用することはできない。

原告は、被告小沼が本件各土地の所有者が原告であることを知った時点において賃借の意思をもってする占有を失ったとか、右時点において時効が中断したと主張し、《証拠省略》によれば、被告小沼は昭和四二年頃、二一九番の土地の所有者が原告であることを知ったことが認められるが、前記(七)ないし(一〇)の認定事実によれば、被告小沼は、その後も二一九番の土地を占有し、竹夫に賃料の支払いを継続し、原告は、この事実を知りながらこれを黙認していたことが認められるので、原告の右主張は失当である。

三  原告の再抗弁(解除)について

被告大間が本件各土地上に本件各建物を建築所有していること、被告小沼が二一九番の土地を使用していること及び原告主張の内容証明郵便が被告小沼に到達したことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、被告小沼が二一七番の土地を被告大間に無断で転貸し、また二一九番の土地を勝手に使用しているので、被告小沼との賃貸借契約を解除したと主張するので、この点について判断するに、前記二の認定事実によれば、原告から本件各土地の管理を任されていた竹二郎あるいは竹夫は、被告大間が本件各建物を建築することを承諾したことが認められるので、被告小沼が本件各土地を無断転貸したものとは認められないのみならず、《証拠省略》によれば、被告大間は被告小沼の娘であり、被告小沼を援助する趣旨で本件各建物を建築し、現実には被告小沼が本件各建物を使用していることが認められるので、右転貸をもって直ちに原告に対する背信的な行為であると認めることはできない。

また、前記二2において認定したように、被告小沼は二一九番の土地の賃借権を時効取得したものであるから、被告小沼が二一九番の土地を占有使用したことを賃貸借契約の解除事由とすることはできない。

以上により、原告の解除の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

<以下省略>

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