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浦和地方裁判所 昭和54年(行ウ)4号 判決 1981年2月25日

原告 岡田力 外三名

被告 浦和税務署長

訴訟代理人 都築弘 重野良二 岩田栄一 中島重幸 阿南一徳 外二名

主文

一  被告が原告岡田力、同岡田敏江及び同岡田寿江に対し昭和五二年一〇月三一日付でした各相続税の更正処分(但し、昭和五五年七月七日付でした再更正処分によつて取消された部分を除く。)のうち次の部分をいずれも取消す。

1  原告岡田力について

課税価格 五三五五万四〇〇〇円を超える部分

2  同岡田敏江について

課税価格 二九二一万一〇〇〇円を超える部分

3  同岡田寿江について

課税価格 五八二六万円を超える部分

4  右原告ら

右各更正処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち、それぞれ1、2、3の金銭を超える部分に対応する部分

二  被告が原告岡田寿孝に対し昭和五二年一〇月三一日付でした相続税の再更正処分のうち課税価格一億七九〇二万三〇〇〇円を超える部分及び右更正処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち右金銭を超える部分に対応する部分を取消す。

三  原告岡田寿孝のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告岡田寿孝と被告との間に生じた分は同原告の負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた分は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  主文第一項と同じ。

2  被告が原告岡田寿孝に対し昭和五二年一〇月三一日付でした相続税の再更正処分のうち課税価格一億五二一〇万八〇〇〇円を超える部分及び右更正処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち右金銭を超える部分に対応する部分を取消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  岡田染吉(以下「染吉」という。)は、昭和五〇年七月三一日死亡し、原告ら、岡田芳江(以上は染吉の子又は養子)及び岡田とよ(染吉の妻)の六名がその相続人となつた。

2  原告らは、右相続について申告及び修正申告をしたところ、被告は、昭和五二年一〇月三一日付をもつて、原告らに対し、別表1の「本件更正処分欄」記載の金額による各相続税の更正処分(但し、原告寿孝については再更正)及びこれに附帯する過少申告加算税の賦課決定処分(以下、これらの処分を「本件更正処分」という。なお、原告寿孝を除く原告らについての各金額は、後記再更正及び過少申告加算税の賦課処分によつて取消された分を除いたもの)をした。

原告らは、本件更正処分を不服として、昭和五二年一二月二六日、被告に対し異議の申立をしたが、昭和五三年三月二五日異議棄却の決定を受けたので、さらに同年四月二二日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、昭和五四年一月三〇日、棄却裁決があつた。その後、被告は、昭和五五年七月七日付をもつて、原告寿孝を除く原告らに対し、各再更正処分及びこれに附帯する過少申告加算税の賦課決定処分をして税額を減少した。

3  本件更正処分は、次の(一)、(二)の点において誤つている(その余の課税価格については争わない)。

(一) 原告らに共通のもの

(1) 染吉は、昭和五〇年二月一日、株式会社岡田に対して有する貸金一五八七万七九四八円及び未収土地代金六六〇万九〇六〇円を免除した(以下、これを「本件債務免除」という)。被告は、本件更正処分において、相続税法六四条を適用して、本件債務免除を否認し、右合計額二二四八万七〇〇八円を次のとおり分割して各相続人の課税価格に算入している。

原告 力 二二七万二一九〇円

同 敏江 二二七万三四五八円

同 寿孝 四七四万七七〇四円

同 寿江 二二七万二一八八円

岡田芳江 二二七万二一九〇円

岡田とよ 八六四万九二七八円

(2) 株式会社岡田が同族会社であることは争わないが、被告が本件債務免除について相続税法六四条を適用したのは、以下に述べるとおり、同条の解釈を誤つたものである。

(イ) 同条は、「同族会社の行為又は計算」について、一定の要件のもとにこれを否認し、税務署長の認めるところにより課税価格を計算することができるものと定めている。しかし、法が税務署長に認めている否認の対象は、あくまでも「同族会社の行為又は計算」であり、その他の第三者の行為まで否認しうるものではない。

ところが、本件債務免除は、第三者である染吉の行為であり、同族会社である株式会社岡田の行為又は計算ではない。

民法第五一九条の定めるところによれば、債務免除は、債権者の単独の意思表示によつて行ないうる単独行為であり、債務者側の何らの行為も要求していない。したがつて、仮に本件債務免除により相続税軽減の効果が生じたとしても、それは、染吉の行為又は計算の結果であり、同族会社の行為又は計算の結果ではない。

(ロ) もともと同族会社の行為又は計算の否認の規定の立法趣旨は、法人が純経済人として経済的合理的に行為計算を行なうことを予定して、かような合理的行為計算に基づいて生ずる所得に課税し、租税収入を確保しようとするところにあり、同族会社であるが故に非同族会社であれば選択しないであろう不合理な選択をした場合にこれによつて生ずる課税の不公平を除去することを目的とする。

ところで、本件においては、法人は、債務免除を受けた側であり、債務免除を受けることによつて一方的に利益を受けることになるから、仮に債務免除を受けることが法人の行為又は計算と判断されるとしても、この債務免除を受けた法人の行為又は計算は、何ら経済的合理性に欠けるところはない。

なお付言すれば、自然人の債務免除が経済的合理性に欠けるとしても、租税法は、法人については、経済的合理性に従つた行為を要求し、それに反する行為に対して各種の規定を置いて課税の公平を図つている(法人税法第二二条二項、同法第三四条、三六条等)が、自然人については、その行為について経済的合理性に従つた行為を要求していない。

(二) 原告寿孝に固有のもの

(1) 染吉は、昭和五〇年六月一四日、中部不動産株式会社との間に、同会社所有の与野市中里九五番一の宅地五四四平方メートル(以下「本件宅地」という。)を代金六八二六万円で買受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日手附金として二〇〇〇万円を支払つた。そして、同人の死亡後、相続人間の協議によつて、本件宅地に関する権利義務は、原告寿孝が単独でこれを承継することになつた。

ところで、同原告は、本件相続税の申告において、本件宅地について、積極財産として

(イ) 相続開始時の価額  三八五四万八一一円

消極財産として

(ロ) 未払残金     四五〇五万六二〇〇円

(ハ) 不動産取得税     三九万九七五〇円

を計算したのにかかわらず、被告は、相続開始時には本件宅地の所有権がまだ染吉に属していなかつたとして、(ロ)及び(ハ)を除外したうえ、(イ)の金額を取消してその代りに手附金二〇〇〇万円を課税価格に算入した。

(2) しかし、売主所有の特定物の売買においては、その所有権移転が将来されるべき特約がない限り、買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるところ、本件売買契約にはそのような特約がなかつたから、本件宅地の所有権は、契約締結の昭和五〇年六月一四日染吉に移転したものと解される。

したがつて、相続開始時における本件宅地の価額たる(イ)が課税価格であり、また、(ロ)及び(ハ)の金額は当然遺産から控除されるべきである。

4  以上のとおりであつて、別表1の「本件更正処分欄」の各課税価格は、本件債務免除分として

原告力について 二二七万二一九〇円、

同敏江について 二二七万三四五八円

同寿江について 二二七万二一八八円

同寿孝について 四七四万七七〇四円

をそれぞれ減額し、さらに、同寿孝については、本件宅地の価額三八五四万八一一円を加算したうえ、前記手附金二〇〇〇万円及び未払残金と不動産取得税の合計四五四五万五九五〇円を控除すべきである。

したがつて、本件更正処分のうち、課税価格が

原告力について 五三五五万四〇〇〇円

同敏江について 二九二一万三〇〇〇円

同寿江について 五八二六万円

同寿孝について 一億五二一〇万八〇〇〇円

を超える分に対するものはいずれも違法であるから、その取消を求める。

なお、原告ら主張の課税価格から計算すると、原告ら各人の納付税額等は、別表の「原告ら主張欄」記載のとおりである。

二  被告の答弁

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3について

(一)の(1)及び(二)の(1)の事実は認める。

3 同4は争う。

(被告の主張)

1 相続税法六四条の適用について

(一) 相続税法六四条は、相続税につき同族会社のいわゆる「租税回避行為」を防止し、税務署長に相続税の更正、決定に際し、同族会社の行為又は計算を否認し、それを正常な行為又は計算に引き直して課税価格を計算しうる権限を付与したものである。

ところで、現行法上、行為計算の否認規定は、相続税法六四条、所得税法一五七条及び法人税法一三二条に明記されているが、租税法に初めて右否認規定が設けられたのは、大正一二年三月二七日法律第八号所得税法中改正法律であり、その立法理由は、税法施行以来同族会社又は財産保全会社等のような家族的な会社組織を利用して、該会社とその株主等との間に種々の取引を行なつた形跡をとり、これによつて所得税の軽減を図ろうとする者が多く、課税の公平面から放置できない状態に至つたからである。すなわち、右改正法七三条ノ三の「前条ノ法人ト其ノ株主又ハ社員及其ノ親族使用人其ノ他特殊ノ関係アリト認ムル者トノ間ニ於ケル行為ニ付所得税逋脱ノ目的アリト認ムル場合ニ於テハ政府ハ其ノ行為ニ拘ラス其ノ認ムル所ニ依リ所得金額ヲ計算スルコトヲ得」の規定がこれである。右改正法では、否認の対象となる行為の範囲は、同族会社とその株主等との間における行為に限定されていたが、その後の実績に照らすと、いまだ所得税逋脱を防止することができなかつたので、否認規定の整備が要望されていた。そこで、同族会社の所得計算上所得税逋脱の目的があると認められる場合における認定課税の範囲を拡張し、単に同族会社と株主等との間における行為に限定せず、広く同族会社の行為又は計算にして、株主等の所得につき逋脱の目的ありと認められる場合には否認しうることとした。すなわち、右意図をうけて大正一五年三月二七日法律第八号所得税法中改正法律七三条ノ二は「同族会社ノ行為又ハ計算ニシテ其ノ所得又ハ株主社員若ハ之ト親族、使用人等特殊ノ関係アル者ノ所得ニ付所得税逋脱ノ目的アリト認メラルルモノアル場合ニ於テハ其ノ行為又ハ計算ニ拘ラス政府ハ其ノ認ムル所ニ依リ此等ノ者ノ所得金額ヲ計算スルコトヲ得」と規定するに至つた。以後租税法上に「同族会社の行為又は計算」という文言が設けられ、現在に至つている。

そして、相続税法においては、昭和二五年三月三一日法律第七三号により初めて右否認規定が設けられ、そこでも「同族会社の行為又は計算」との文言が用いられている。このような立法の経緯からみると、相続税法六四条における「同族会社の行為又は計算」の意味を「同族会社が行なう行為」と限定解釈するのは誤りであり、「同族会社とかかわりのある行為」と解すべきである。殊に、会社の役員あるいはこれを支配する株主等の行為は、その密接不離の関係からみて、同族会社の行為と同視することができるというべきである。

(二) 本件債務免除の法律上の形式は、染吉の単独行為ではあるが、(1) 本件債務免除のされた昭和五〇年二月一日当時、債務者である株式会社岡田は、社員全員が債権者染吉の身内の者である同族会社であり、染吉がその代表取締役であるという極めて密接な人的関係が存していたこと、(2) 同日は同会社の決算期の翌日であつたが、同決算期末における貸借対照表及び損益計算書によると、同会社が染吉に対し負担する債務を弁済する能力を有していないとは到底いえないこと、(3) 同会社は、土地譲受代金未払金、借入金等多額の債務を負担し銀行借入等に障害があつたので、財務内容の改善を図る必要があつたこと、(4) 本件債務免除に関する書類として、原告岡田力が関東信越国税不服審判所に提示した「債務放棄書」の写には、債権者染吉の押印を欠くのみならず、債権放棄の事情について何ら記載されていないこと等から、本件債務免除の経済的実質は、同族会社の行為と同視しうるのである。そして、本件債務免除によつて染吉に係る相続税を不当に減少させる結果となることは明らかである。

したがつて、本件債務免除について相続税法六四条を適用したことは正当である。

2 本件宅地について

(一) 事実の経緯

(1) 染吉と中部不動産株式会社との本件売買契約においては、契約日に手付金二〇〇〇万円を支払い、残代金四八二六万円は、昭和五〇年七月末日限り同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに本件宅地の整地を行なうことが合意されたうえ、これに従つて手付金二〇〇〇万円が授受されている。

(2) また、染吉と同会社は、同年六月一七日、本件売買契約に関して、同会社が同年七月末日までに染吉に対して所有権移転登記手続を完了したうえ、本件宅地を引渡すこと等を内容とする公正証書の作成を嘱託した。

(3) 同会社は、同年七月一六日、本件宅地の実測を行ない実測図を作成したが、実測の結果公簿面積より二五・五一平方メートル減歩していたので、同年八月二二日、本件宅地について減歩による地積更正登記を経由した。

(4) しかし、減歩に伴う諸手続処理等のため、同会社は、本件宅地を期限までに引き渡すことが不可能となり、他方、染吉から水道工事等を行なうため土地の使用申入れが行なわれたことにより、本件宅地を建物敷地その他に使用することを承諾する旨の承諾書を同年七月二六日付けで染吉に交付した。

(5) 同会社は、同年八月二九日、染吉名義に本件宅地の所有権移転登記手続を経由したが、原告寿孝が遺産分割により本件宅地に関する権利義務を承継したので、同原告は同月二八日、売買契約金額六八六二万円から手付金二〇〇〇万円及び減歩相当額の三二〇万三八〇〇円を差し引いた残金四五〇五万六二〇〇円を同会社に支払つた。

(二) 課税処分の正当性

(1) そこで、本件売買契約の内容を検討すると、土地売買契約書には、中部不動産の実測図の交付及び所有権移転登記申請が染吉の売買残代金支払と同時履行の関係に立つ(三項)、同会社は、売買残代金支払日までに本件宅地を整地する(一一項)、次に、前記公正証書には、売買残代金の支払と所有権移転登記の完了とが同時履行の関係に立つ(二条)、同会社は、本件宅地を実測しその実測図面を染吉に交付するとともに、所有権移転登記手続を完了しなければならず(三条)、右登記手続完了と同時に本件宅地に実測結果の境界石を設置して整地したうえ、本件宅地の引渡しを完了する(四条)等の条項が設けられており、これらの契約文言に徴すると、契約当事者間には、本件宅地の売買残代金支払あるいは所有権移転登記が完了したときに本件宅地の所有権が移転するとの合意(特約)が成立していたと解することができる。本件売買契約の目的物は特定物ではあるが、契約締結時点においては、目的物件である本件宅地の地積が実測をまたなければ確定しえず、したがつて、これに基づく売買代金も不確定であつた(現に、実測の結果公簿面積より二五・五一平方メートルの減歩が判明し、これに伴い、当初の売買代金額から右減歩相当額を差し引いた金額を売買代金に変更している。)場合においては、早くとも実測によつて減歩の有無、これが存した場合には右減歩に係る地積更正登記がされ、本件宅地の地積が確定した段階以後に初めて、契約当事者間に本件宅地所有権移転の意思を肯認する余地が生ずる。また、日常の取引の実際では、特定物の売買でも、当該売買契約によつて直ちに所有権が買主に移転するとは考えられておらず、売買物件の引渡し、登記あるいは売買物件の所有権移転の対価である売買代金の支払等によつて初めて移転すると考えられており、これが取引慣行にも合致することにもかんがみれば、本件の場合には、本件宅地の所有権が染吉へ移転した時期は、売買残代金の支払あるいは所有権移転登記が完了した時点とみるべきである。ところが、買主染吉は、売買残代金の支払及び所有権移転登記前に死亡したから、相続開始時には本件宅地所有権はまだ染吉に移転せず、したがつて、本件宅地自体は染吉の相続財産たりえない。

(2) しかし、本件売買契約の成立により、買主染吉は、売主中部不動産株式会社に対し、本件宅地について、引渡請求権、所有権移転登記請求権等の債権を取得し、また、代金支払債務を負担したから、原告らは、染吉の死亡により、相続人として染吉の右債権債務を承継した。

ところで、相続税の課税価格に算入すべき価額は、相続(又は遺贈)の対象となつた財産について、当該相続(又は遺贈)のあつた時における価額を評価し、そこから相続人の負担に属する被相続人の債務で相続開始時に現存する分及び被相続人に係る葬式費用に相当する分を控除して計算されるが、相続税法二二条によれば、相続により取得した財産の価額は、特別の定めがあるものを除き、相続開始の「時価」によるものとされている。ここで「時価」とは、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行なわれる場合に通常成立する価額をいうものと解する。

そして、本件において原告らが取得した債権たる財産の「時価」は六五〇五万六二〇〇円と評価すべきである。けだし、本件宅地の売買は、相続開始の約一か月半前である昭和五〇年六月一四日にされ、右売買価額六五〇五万六二〇〇円は相続開始当時の通常の取引価額として相当であること、かつ、かかる時価の評価方法は租税平等主義にかない、課税標準としての経済的価値を適確に具現することになるからである。

一方、染吉は、前記、代金支払債務のうち二〇〇〇万円を手附金として内入弁済したので、相続開始時に原告らが負担した残代金支払債務は四五〇五万六二〇〇円であつた。

したがつて、本件宅地に係る相続財産の差引純資産額は二〇〇〇万円となる。

なお、本件宅地に係る不動産取得税三九万九七五〇円はいわゆる流通税であり、不動産所有権の取得の事実自体を課税物件とするものであるから、本件宅地の所有権移転時期が本件相続開始後である以上、不動産取得税納税義務は本件相続開始時にはいまだ現存しなかつた。したがつて、これを控除すべきであるとする原告の主張は失当である。

3 そこで、原告らの課税価格、納付税額及び過少申告加算税額について検討する。

(一) 原告らの課税価格は、原告らの主張する課税価格(別表1の「原告ら主張欄」記載の課税価格)に、染吉が株式会社岡田に対して債務免除した二二四八万七〇〇八円のうち、それぞれの相続分に応じた額、すなわち、原告力について二二七万二一九〇円、同敏江について二二七万三四五八円、同寿孝について四七四万七七〇四円、同寿江について二二七万二一八八円をそれぞれ加算し、さらに、同寿孝については、同原告が消極財産として控除する本件宅地の未払残金四五〇五万六二〇〇円及び不動産取得税三九万九七五〇円を加算し、同原告の主張する本件宅地の評価額三八五四万八一一円を取消し、その純資産額二〇〇〇万円を加算すると、別表1の「本件更正処分欄」記載の課税価格となる。

(二) 右課税価格によつて計算すると、原告らの納付税額は原告力が一九一二万四七〇〇円、同敏江が一〇五八万七九〇〇円、同寿孝が五五二六万八五〇〇円、同寿江が二〇三一万二三〇〇円となり、過少申告加算税額は原告力が八万七六〇〇円、同敏江が三万一一〇〇円、同寿孝が六七万四二〇〇円、同寿江が一〇万六〇〇円となる。(計算の根拠については別表2参照)。

本件更正処分の課税価格、納付税額及び過少申告加算税額はいずれも右金額内にあるから、本件更正処分には違法はない。

三  被告の主張に対する原告らの答弁

1  被告の主張1(二)のうち、(1)から(4)の事実は認めるが、その余は争う。

2  同2について

(一) (一)の(1)、(2)の事実は認める。

(二) (一)の(3)のうち、中部不動産株式会社が昭和五〇年七月一六日に本件宅地の実測を行なつたこと及び実測の結果本件宅地の面積が公簿面積より二五・五一平方メートル減歩したことは認める。

(三) (一)の(4)のうち、承諾書交付の事実は認めるが、その余は否認する。

本件宅地について減歩があつたところで、その引渡しが不可能となるものではない。この時点での事実の経緯は次のとおりである。

染吉は、昭和五〇年七月二六日、中部不動産株式会社から減歩の事実を告げられ、かつ、「本件宅地に減歩があつたので売買代金は減額されることになるが、同会社としても、本件土地を売渡した前主等とも交渉して、同会社が買い受けた時の売買代金も減額してもらうよう交渉したい。それなのに、染吉から減額された代金全額を受けとつて取引が終了してしまつては、前主等とも交渉がしにくいので、残代金の支払は待つてほしい」との趣旨の申し入れを受けた。

染吉としては、残代金支払用資金については、すでに銀行(富士銀行大宮支店)から融資されることになつており、いつでも支払えるようになつていたが、同会社から右のような申し入れを受け、また、「本件宅地を使用し建物建築の手続を進めることは自由にしてくれ」と言われたため、特に不利益なことでもないので、これに応じることとし、念のため、その旨の書面(承諾書)まで作成してもらつたうえ、残代金の支払時期を中部不動産株式会社の希望する時期まで延期することにした。そして、現に同年七月二八日には建築確認申請等の手続を行なつている。

(四) (一)の(5)の事実は認める。

(五) (二)の(1)のうち、被告主張の土地売買契約書及び公正証書にその主張する各条項があること及び染吉が売買残代金の支払、所有権移転登記前に死亡したことは認めるが、その余は争う。

(六) (二)の(2)は争う。本件宅地の引渡請求権、所有権移転登記請求権等の債権を相続財産とするときは、その価額は、相続税財産評価に関する基本通達に従つて、路線価方式によるべきである。

3  同3について

被告の主張を前提として課税価格、納付税額及び過少申告加算税額を計算すると、その主張のような金額となることは争わない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1(相続の開始)及び2(本件更正処分の内容及び不服申立等の経過)の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件債務免除の否認の当否について判断する。

被相続人岡田染吉が昭和五〇年二月一日同族会社である株式会社岡田に対して有する貸金等の債権合計二二四八万七〇〇八円を免除したことは、当事者間に争いがなく、その行為が相続税法六四条の否認の対象に当るかどうかが第一の争点である。

本件債務免除が法律上染吉の単独行為であることは、被告も争わないところである。

次に、同条は、一定の要件のもとにおいて税務署長に同族会社の行為又は計算を否認できる旨を定めた規定であるが、同条一項にいう「同族会社の行為」とは、その文理上、自己あるいは第三者に対する関係において法律的効果を伴うところのその同族会社が行なう行為を指すものと解するのが当然である。そうだとすると、同族会社以外の者が行なう単独行為は、その第三者が同族会社との間に行なう契約や合同行為とは異つて、同族会社の法律行為が介在する余地のないものである以上、「同族会社の行為」とは相容れない概念であるといわざるをえない。

ところで、被告は、同族会社の行為、計算の否認規定が創設された沿革等を根拠として、「同族会社の行為」を「同族会社とかかわりのある行為」と解すべきであると主張する。

大正一二年法律第八号所得税法中改正法律によつて、所得税法七三条ノ三に「前条ノ法人(注―現行の同族会社にほぼ相当する。)ト其ノ株主又ハ社員及其ノ親族、使用人其ノ他特殊ノ関係アリト認ムル者トノ間ニ於ケル行為ニ付所得税逋脱ノ目的アリト認ムル場合ニ於テハ政府ハ其ノ行為ニ拘ラス其ノ認ムル所ニ依リ所得金額ヲ計算スルコトヲ得」の規定が設けられたことは、被告指摘のとおりであるが、それは、当時、関係者が同族会社やこれに準ずる法人を利用する目的で設立し、これによつて合法的脱税を図る事例が多かつたところから、そのような同族会社自身による租税回避行為を防止しようとすることにあつたといわれる。したがつて、右規定にいう「同族会社と特殊関係者との間における行為」とは、同族会社と特殊関係者とが行なう行為、すなわち、両者間の契約又は合同行為を指すものであつて、これに特殊関係者の単独行為が含まれると解すべき理由はない。

そして、大正一五年法律第八号所得税法中改正法律によつて右規定が削られ、新たに所得税法七三条ノ二に「同族会社ノ行為又ハ計算ニシテ其ノ所得又ハ株主社員若ハ之ト親族、使用人等特殊ノ関係アル者ノ所得ニ付所得税逋脱ノ目的アリト認メラルルモノアル場合ニ於テハ其ノ行為又ハ計算ニ拘ラズ政府ハ其ノ認ムル所ニ依リ此等ノ者ノ所得金額ヲ計算スルコトヲ得」と規定され、同族会社の行為について、従来あつた相手方の制限が撤廃されるとともに、否認の対象として新たに同族会社の「計算」が加えられ、その後この規定における「同族会社ノ行為又ハ計算」と同文ないし同旨の表現が現行税法に至るまで引継がれている(法人税法一三二条一項、所得税法一五七条一項)ことも、被告指摘のとおりである。

しかし、大正一五年法によつて否認の範囲が拡張されているとはいえ、あくまでも同族会社が行なう行為の枠内においてであつて、文理上これと相容れない第三者の単独行為までが右範囲に含まれるとは解されないことは、従前と何ら変りがないのである。

結局上記立法の沿革等に照らしても、「同族会社の行為」が第三者の単独行為を含むものとは解されないし、いわんや、被告主張のような「同族会社とかかわりのある行為」という茫漠たる内容の解釈が許されるものでない。

もつとも、終戦後相続税法に同族会社の行為、計算の否認規定が導入されたことによつて、大正一二年の創設当時目的とされた同族会社の租税回避行為防止のほかに、同族会社と特別の関係がある個人の相続税等の回避行為を防止する機能をも有するに至つたことは、同法六四条一項の規定からも明らかである。したがつて、右導入を契機として、否認の範囲を直接同族会社関係者の行為にまで拡張することも可能ではあつたが、もとより立法政策の問題であり、そのような特別な立法がされず、従来の税法におけると同一の表現を借用している以上、相続税法の解釈において従来のそれを拡張することは、租税法律主義の原則にも反し、到底賛成することができない。

また、被告は、同族会社の役員等の行為(単独行為を指すものであろう。)は同族会社の行為と同視することができる旨主張するが、少なくとも税法の分野においては、同族会社とその役員等の個人とは明確に別個の法人格であることを前提とし、そのために所得税法一五七条、相続税法六四条等の規定が置かれているのであるから、右主張も採用することができない。

以上のとおりであるから、本件更正処分において、被告が、本件債務免除の存在を認めながら、相続税法六四条を適用してこれを否認したことは、その余の点について論ずるまでもなく、同条の解釈を誤つたものというべきである。

したがつて、本件更正処分の各課税価格は、被告が本件債務免除額の分割分を算入した限度(原告ら主張の各金額を算入していることは、当事者間に争いがない。)において誤りであり、それぞれ次の金額を減ずべきものである。

原告 力 二二七万二一九〇円

同 敏江 二二七万三四五八円

同 寿孝 四七四万七七〇四円

同 寿江 二二七万二一八八円

三  次に、本件宅地に関する課税価格について検討する。

1  本件宅地の所有権移転時期について

染吉が昭和五〇年六月一四日中部不動産株式会社から同会社所有の本件宅地を代金六八二六万円で買受ける旨の契約を締結したこと、本件売買契約においては、同日手付金二〇〇〇万円を支払い、残代金四八二六万円は同年七月末日限り同会社が境界石の設置、本件宅地の実測図面の交付及び所有権移転登記申請手続をするのと同時に支払うこと、同会社は右期日までに本件宅地の整地を行なうことが合意され、契約日に手附金二〇〇〇万円が授受されたこと、また、契約当事者間に同年六月一七日、本件売買契約に関して、同会社が同年七月末日までに染吉に対して所有権移転登記手続を完了したうえ本件宅地を引渡すこと等を内容とする公正証書が作成されたこと、同会社は、同年七月一六日、本件宅地の実測を行なつたが、実測の結果公簿面積より二五・五一平方メートル減歩していたこと、同会社は、同年八月二九日、染吉名義に本件宅地の所有権移転登記手続を経由したが、原告寿孝が遺産分割により本件宅地に関する権利義務を承継したので、同原告が売買契約金額六八六二万円から手付金二〇〇〇万円及び減歩相当額三二〇万三八〇〇円を差し引いた残金四五〇五万六二〇〇円を同会社に支払つたことは、いずれも当事者間に争いはない。

右各認定から考えると、確かに、本件売買契約において、本件宅地所有権移転の時期を明らかに定めた特約は認められないけれども、右のように、売買契約における最も主要な行為である物件の引渡、所有権移転登記、売買残代金(全額の約三分の二にあたる。)支払時期等を売買契約締結日から約一か月半後の一定期日に定めているのであるから、本件売買契約の当事者としては、契約に際して、本件宅地の所有権は少なくとも右各行為が完了した時点において移転させる旨を暗黙のうちに合意したものと認めるのが相当である。

なお、染吉が同年七月二六日中部不動産株式会社から本件宅地を建物その他に使用することを承諾する旨の承諾書の交付を受けたことは、当事者間に争いはないが、この事実によつても、右の合意が否定され、あるいは変更されたものということはできないし、他に右の認定をくつがえすに足りる証拠はない。

そして、所有権移転登記手続、残代金の支払はいずれも染吉の死亡後である同年八月に行なわれているから、本件宅地の所有権が染吉が死亡した同年七月三一日以前に同人に移転したものということはできない。

したがつて、同人の相続財産に含まれるのは、本件宅地の所有権ではなく、同年六月一四日に成立した本件売買契約にもとづく本件宅地に関する所有権移転登記請求権、引渡請求権等の債権ということになる。

2  相続税法二二条は、相続により取得した財産の価格は、特別の定めあるものを除くほか、時価によるものとしているところ、土地の所有権移転登記請求権等の価格については特別の定めがないので、相続開始時の時価によることとなるが、その時価とは、不特定多数者間において自由な取引が行なわれる場合に通常成立する価額をいうものと解される。

ところで、前記争いのない事実によると、本件宅地は、相続開始の日である昭和五〇年七月三一日の約一か月半前である同年六月一四日に六八二六万円で売買契約が行なわれ、その後、減歩分三二〇万三八〇〇円を差引いたため、代金総額が六五〇五万六二〇〇円となつたが、本件全証拠によつても、右売買が中部不動産株式会社と染吉との特殊な関係にもとづいて行なわれた異常な売買であつたものとは認められないから、右売買価格は不特定多数者間において自由な取引によつて成立したものということができる。したがつて、本件宅地の所有権移転登記請求権等の時価は六五〇五万六二〇〇円ということになる。

他方、染吉は、手付金二〇〇〇万円を支払つたのみで、残代金四五〇五万六二〇〇円の支払債務を負担していたから、本件宅地に係る相続財産の純資産額は計算上二〇〇〇万円となる。

そうすると、本件宅地に関する原告寿孝の課税価格について、本件更正処分が、その価額として同原告の主張する三八五四万八一一円を取消して、二〇〇〇万円のみを算入したのは正当であつて、同原告主張のような違法はない。

また、同原告は、不動産取得税三九万九七五〇円を控除すべき旨を主張するが、およそ、不動産取得税は、不動産の所有権を取得した場合に賦課されるものであるところ、染吉は、相続開始前に本件宅地の所有権を取得していなかつたので、同人が相続開始時において本件宅地に係る不動産取得税の納税義務を負担していなかつたことは明らかであるから、右金額を課税価格から除算する理由はなく、原告寿孝の右主張は失当である。

四  原告らは、本件更正処分の各課税価格については、本件債務免除及び本件宅地に関する分を除いて、争わないところであり、また、別表2の「原告らの相続財産にかかる相続税額の計算根拠」についても、被告の主張を前提とする限り争わないとしている。

そうだとすると、本件更正処分は、結局、二において判断した点において違法があるほか、すべて正当であるとせざるをえない。

五  よつて、原告力、同敏江及び同寿江に対する本件更正処分の取消を求める各請求はいずれも正当であるから認容し、同寿孝に対する本件更正処分の取消を求める請求は、課税価格一億七九〇二万三〇〇〇円を超える部分(本件更正処分の課税価格一億八三七七万一〇〇〇円から同原告に対する本件債務免除額の分割分四七四万七七〇四円を控除し、その残額中一〇〇〇円未満を切捨てたもの)及び右更正処分に附帯してされた過少申告加算税賦課決定処分のうち右金銭を超える部分に対応する部分に対する限度において正当であるから、これを認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本攻 一宮なほみ 並木正男)

別表1、2<省略>

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