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浦和地方裁判所 昭和54年(行ク)6号 決定 1980年1月31日

申立人 斉藤喜美 外二名

被申立人 深谷警察署長

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は申立人らの負担とする。

理由

第一当事者の主張

本件申立の趣旨は、「被申立人が申立人に対し昭和五四年一〇月二六日なした埋蔵物返還申出却下の処分の効力は、本案判決の確定までこれを停止する。」というものであり、その理由は別紙(一)記載のとおりである。

これに対する被申立人の意見は別紙(二)、(三)記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  本件記録並びに疎明によると次の事実が認められる。

1  昭和五四年二月七日深谷市大字中瀬字延命地三〇七番三宅地から、同土地に埋蔵されていた元文小判四八九枚(以下「本件埋蔵物」という。)が発見され、同日、発見者村上三郎らから被申立人に対しその旨の届出がされ、本件埋蔵物が差出された。

2  被申立人は、本件埋蔵物につき返還を受けるべき者の氏名又は居所を知ることができなかつたので、遺失物法(以下「法」という。)一三条、一条二項、同法施行令(以下「施行令」という。)二条に基づき、右同日から同月二〇日までの間、所定の公告をした。

3  申立人らは同年八月一〇日被申立人に対し、本件埋蔵物は申立人らの共有に属するとして、これを立証すべき資料を添えて本件埋蔵物の返還の申出をした。

4  被申立人は同年一〇月二六日申立人らに対し、本件埋蔵物が申立人らの所有に属することの証明がないとして、申立人らの返還申出に応ずることができない旨を通知した。

5  本件埋蔵物は、文化財保護法六一条二項により文化財と認められ、同年二月二六日埼玉県教育委員会から被申立人に対しその旨通知された。

二  申立人らは、被申立人のした本件埋蔵物の返還拒否(以下「本件措置」という。)が、行政事件訴訟法にいう行政庁の処分に該当すると主張するので、まず、右主張の当否について検討する。

1  法一条、一三条によると、遺失物を拾得した者或いは埋蔵物を発見した者(以下「拾得者等」という。)は、速やかに遺失者又は所有者その他物件回復の請求権を有する者にその物件を返還するか、又は警察署長にその物件を差出さなければならないが、右物件の差出を受けた警察署長は物件の返還を受けるべき者(以下「所有者等」という)にこれを返還しなければならず、若し、返還を受けるべき者の氏名又は居所を知ることができないときは、施行令の定めるところに従い公告をしなければならない、と定められている。そして施行令三条によると、警察署長は、所有者等に物件を返還する場合、所有者等にその氏名及び住所を証するに足りる書類を提示させる等の方法により、所有者等であることを証明させなければならないとされている。又、民法二四一条には、「埋蔵物ハ特別法ノ定ムル所ニ従ヒ公告ヲ為シタル後六ケ月内ニ其所有者ノ知レサルトキハ発見者其所有権ヲ取得ス」と規定されている。これらの規定は、一見、法が警察署長に対し、物件の返還を申出た者がその物件の所有者等であるか否かを判断しこれを確定する権限を与えているかの如く見える。そうであるとすれば、警察署長が返還を申出た者に対しその物件の所有者等であると認められないとして返還を拒否した場合、決定の公告後六か月の経過により、所有者の知れない場合として拾得者等が遺失物又は埋蔵物の所有権を取得する(埋蔵文化財の場合は国庫に帰属する。)ことになり、警察署長の判断に基づく物件の返還又は返還の拒否がその物件に対する所有権の帰属を確定する効果をもたらすことになる。

2  しかしながら、以下に述べるとおり、法及び施行令の右規定をもつて、直ちに、法が警察署長に対し遺失物等の所有権の帰属につき終局的に判断する権限を与えたものであると解することはできない。

(一) 施行令三条一項は、警察署長は返還を申出た者に対しその者が物件の所有者等であることを「証明させなければならない」と定めているが、その方式としては、「その氏名及び住所を証するに足りる書類を提示させる等の方法」によることを例示しているのみで、その証明の方法及び手続について具体的規定が設けられていないから、返還を申出た者がその物件の所有者等であるか否かを判断する方法及び手続については警察署長の裁量に委ねられていることになる。このように、例示された証明の方法が簡易であり、証明の手続について規定のないこと及び警察署長の事実調査能力を考慮すると、施行令三条一項は、警察署長が遺失物等の返還の申出を受けたときは、その者が所有者等であることを疎明させなければならず、且つ、疎明をもつて足りる旨を定めたものと解するのが相当である。そうとすれば、警察署長は右疎明のあるときは物件を返還しなければならないが、疎明のないときはこれを返還することを要しないことになる。

(二) そして、施行令三条一項は、警察署長が物件を所有者等に返還する場合の方式として、「受領書と引換えに返還しなければならない」と定めているが、返還を拒否する場合の方式及び手続については規定がなく、又、不当に返還し若しくは返還を拒否した場合その他警察署長の措置を不当とする場合の不服申立の方法及び手続についても何らの規定が設けられていない。

右のような返還方式に関する規定しか設けられていないこと、返還の拒否に関する規定或いは返還等の措置に対する不服申立の規定が設けられていないことに鑑みると、法は警察署長に対し、返還を申出た者が提出した資料に基づいてその者が所有者等であることを一応確かめたうえ物件を返還することを義務づけているに止まるというべきである。

(三) 又、施行令一条二項によると、遺失物等の差出を受けた警察署長は、遺失物法施行規則一条の定める様式による「拾得物預り書」をその物件を差出した者に交付しなければならないとされ、法一〇条、一〇条ノ二によると船車建築物等の占有者でその船車建築物等における拾得物を保管するのに適すると認められる命令をもつて指定された法人(施行令一一条による日本国有鉄道)も、警察署長と同じく遺失物の保管、所有者等への返還(従つて返還の拒否)をすることができると定められている。

なお、文化財保護法(昭和二五年法律第二一四号)附則一二六条による改正前の遺失物法一三条二項ないし四項には、埋蔵文化財について文化財保護法六三条と同旨の規定が設けられており、発見者等に支給される報償金については、「本条ノ金額ニ不服アル者ハ第二項ノ通知ノ日ヨリ六箇月内ニ民事訴訟ヲ提起スルコトヲ得」と定められていたが、右規定は削除され、文化財保護法六三条三項、四一条三項、四項により、発見者等に支給される報償金の額に不服のある者は国を被告とする訴えをもつてその増額を請求することができると改められた。

右のように、法及び施行令の規定中には、遺失物等の返還に関する警察署長の措置について、これを行政庁の処分その他公権力の行使と解すべき根拠となる規定は存在せず、却つて、右措置を私法上の法律関係と解するのを相当とすべき規定が存在する。換言すると、遺失物等に関する取扱は、遺失物中に犯罪に関係するものが多いことや拾得者等の差出の便宜など公益上の理由から警察署長の取扱うべき事務とされているが、右事務の内容である遺失物等の保管、所有者等への返還等は、拾得者と所有者との法律関係と同様に、私法上の事務管理に相当するものであり、施行令三条は右事務管理に基づく管理者の注意義務を規定したものと解するのが相当である。

このように考えると、警察署長は、事務管理者として遺失物等を保管する義務を負担しているから、返還を申出た者が所有者等であることの疎明がない場合には返還に応ずることができないし、反面、所有者等であることの疎明があるにも拘らず返還を拒否したとき或いは右疎明がないのに物件を返還したときには管理者としての責任を負うことになるというべきである。そして、警察署長の行う所有者等に対する遺失物等の返還又は返還の拒否の措置は、遺失物等についての所有権の存否などの権利関係を確定するものではないから、右措置により、所有者等の法的地位に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。従つて、警察署長の行う遺失物等の返還又は返還の拒否により、所有者等は所有権等に基づく物件の返還請求権を失うものではなく、警察署長から返還を拒否され或いは他の者に返還された場合、直接物件を占有する者に対しその引渡を求めることができるというべきであり、この理は、物件が返還を申出た者に返還された場合の拾得者等についても同断である。ただ、所有者等が公告の日から六か月以内に警察署長に対し物件の返還の申出をしないときは、民法二四〇条、二四一条により拾得者等がその所有権を取得(埋蔵文化財の場合は文化財保護法六三条により国庫に帰属)することになるにすぎない。

三  以上の次第で、被申立人のした本件措置は、申立人らの本件埋蔵物に対する法的地位に何らの影響を及ぼすものではないから、行政事件訴訟法にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないというべきである。

よつて、本件措置が行政庁の処分であることを前提とする本件申立は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 宇野栄一郎 萩原孟 山田知司)

別紙(一)

一、昭和五四年二月七日、深谷市大字中瀬字延命地三〇七番三宅地から、同土地に埋蔵されていた元文小判四八九枚が発見され、同日発見者件外村上三郎外等から被申請人に対し、その旨の届出並びに発見に係る小判の提出が為された。

二、申請人等は、昭和五四年二月二〇日被申請人が遺失物法に基づいて為した前記埋蔵物の返還申出に関する公告に従い、右公告による返還申出期限である同年八月二〇日以前の同月一〇日に、被申請人に対し、本件埋蔵物の所有者として、所有権を証するに十分な資料を添付して、その返還の申出を為した。

三、然るところ被申請人は、昭和五四年一〇月二六日、申請人等に対し、「申請人等の祖先が、およそ二三〇年以前から中瀬村に居住し、初代安兵衛以降数代に互つて金融等家業を盛大に稼行し、且つ名主としての地位にあつて、本件小判を埋蔵することが出来る十分な経済力を有していたこと、申請人等が、斉藤家の家産の承継人であることについては、証明は十分であるが、本件小判を埋蔵した事実を明示した資料がないので、結局申請人等を本件小判の所有者と認めることが出来ない」旨の理由をもつて、申請人等の埋蔵物返還の申出を違法に却下し、本件埋蔵物を文化財として国庫に帰属せしめる旨告知した。

四、本件埋蔵物である小判については、昭和五四年二月二六日文化財保護法に基づく文化財の認定が為されているので、同法六三条第一項により、被申請人による前記申請人等の返還申出却下の処分により、本件小判は所有者が判明しない物件として、国庫に帰属することとなり、且つ、文化財保護法第六四条によれば、政府は国庫に帰属した文化財に関し、発見者等に対する報償金の支払に代えて、その物を発見者等に譲与することが出来ることとなつているので、本件小判についても、かゝる処分が為されるおそれがある。

因みに遺失物法第六条によれば、発見者等の報労金の請求は、物件返還後一ケ月以内に限られているので、本件小判に関する政府の発見者等に対する報償金支払についても同条に準じた手続によつて、その支払がなされるところとなるものである。

五、申請人等は、本日被申請人を被告として御庁に対し被申請人の為した前記返還申出却下の処分を違法としてその取消を求める訴を提起したが、若し、政府が、本件小判をその発見者に譲与してしまうと、申請人等が右本訴において勝訴判決を得ても、結局申請人等は本件小判の所有権を取得しえざる結果となり、回復し難い損害を蒙るおそれがある。

六、よつて申請人等は、行政事件訴訟法第二五条第二項に基づいて右緊急の必要から申請趣旨の裁判を求めるため本件申請に及んだ次第である。

別紙(二)

一、申請の趣旨について

申立人らの申立てを却下する、との裁判を求める。

二、申立人ら三名は、申立人らがなした埋蔵物返還の申出が却下されたので、本案訴訟において、この却下処分の取消しを求めるとともに、却下処分の効力の停止を求めるというのである。

このような抗告訴訟が許されると仮定しても、このような却下処分の効力の停止ということは全く意味がない。

申立人らがなした申出に対する却下の処分は、申立人らに対し、作為又は不作為を命ずるとか、あるいは却下処分の結果として現在の法律状態に変更を来すというような積極的効果を生ぜしめる性質の処分ではなく、単に埋蔵物返還の申出を拒否するという消極的な効果を有するにとどまるのである。

このような消極的な効果を有するにすぎない却下処分に対し、仮りにその効力を停止してみても、単に却下処分がなされる以前の状態が発生するにすぎないのであつて、相手方をして申立人らに対し、申立人ら勝訴の判決の確定に先立つて当該埋蔵物返還の義務を負わせる、というような効果を有するものではない。

その意味で、本件の却下処分の執行停止ということは全く無意味であり、したがつて、申立人ら三名にこのような申立てをする利益もないのである(南博方編注釈行政事件訴訟法二二八頁)。

三、申立人らは、申立ての理由として、申立人らのなした埋蔵物の返還申出に対する却下の処分により、本件の埋蔵物は、所有者の判明しない物件として国庫に帰属することとなり、文化財保護法第六四条による処分がなされる可能性があり、そのような処分がなされると、申立人らが、本案訴訟において勝訴判決を得ても、申立人らは埋蔵物たる小判の所有権を取得しえざる結果となり、回復し難い損害をこうむる虞があるというのである。

しかしながら、申立人らの返還申出が却下されることにより、本件の埋蔵物が所有者の判明しないものとして国庫に帰属すると言い得るとは思われないし、また、一方が警察署長である相手方のなした処分であるに対し、他方は政府が文化財保護法によつてなす全く別個の処分であるから、これを却下処分、却下処分の執行又は手続きの続行とみることはできないので、申立人らの申出を却下した処分の効力を停止しても、法律上は全く意味がないといわざるを得ない。

仮りに、政府が文化財保護法によつてなす処分を、却下処分の執行又は手続きの続行に該当するという考え方がとれたとすると、処分の執行又は手続きの続行を停止することによつて申立人らの目的を達することができるということになるから、行政事件訴訟法第二五条第二項ただし書きにより、処分の効力を停止することはできない、ということになる。

いずれにしても、本件の却下の処分の効力の停止は許されないし、無意味であることが明らかである。

そして、もし、申立人らが言うところの回復の困難な損害の発生を避けるという必要のためと言うのであれば、文化財保護法の規定によつて政府がなすところの処分について、その対策としてどのような手段があるのかを考えることの方がより有意義であると信ずる。

四、行政事件訴訟法第二五条第三項によると、執行の停止は、本案について理由がないとみえるときは、することができない、とされている。

ところが、本件の場合、申立人らが本案についてなす請求は理由がないとみえるときに該当すると言い得ると思料する。

申立人らは、訴状において、本件の埋蔵物たる小判が申立人らの所有に属する旨主張するのではあるが、誰が、いつ埋蔵したかを明らかにすることのできないことを自ら認めているのである。

申立人らが所有権を有することを主張する以上は、申立人らはどのようにして所有権を取得するに至つたかを主張立証する責任を負うというべきであるが、申立人らはその主張立証の不可能なことを自ら認めていることになる。

申立人らが主張立証責任を負う事項について、申立人らがその主張立証の不可能であることを自認する以上、申立人らが本案について勝訴することは考えられないので、本案について理由がないとみえるときに該当するといわざるを得ない。

別紙(三)

一、執行停止命令申請書記載の申請の理由第一項について

申請書に記載のとおり、埋蔵物たる小判が発見され、相手方に対する届出及び差出しがなされたことは認める。

二、同第二項について

遺失物法第一三条、第一条第二項の規定により、相手方が公告をなしたこと、昭和五四年八月一〇日申立人ら三名から相手方に対し本件埋蔵物が申立人らの共有に属するとして返還の申出があつたことはいずれもこれを認める。

申立人らが相手方に対して、本件埋蔵物が申立人らの共有に属することを証明するに十分な資料を提出したことは否認する。

なお、遺失物法の規定による公告は、昭和五四年二月二〇日になされたのではなく、遺失物法施行令第二条の規定により、埋蔵物の差出しを受けた日、すなわち昭和五四年二月七日から当日を含めて一四日間、すなわち昭和五四年二月二〇日まで行われたのである。

三、同第三項について

相手方が、昭和五四年一〇月二六日、申立人ら三名に対し、本件埋蔵物が申立人らの共有に属することの証明がないとして、申立人らの埋蔵物返還の申出に応ずることのできないことを通知したことは認める。

その余は争う。

四、同第四項について

本件埋蔵物については、昭和五四年二月二六日、埼玉県教育委員会から相手方に対し、文化財保護法第六一条第二項の規定により、これを文化財と認めた旨の通知があつたことは認める。

五、同第五項について

争う。

昭和五四年一二月四日付けの意見書に述べたとおりである。

六、同第六項について

争う。

昭和五四年一二月四日付けの意見書に述べたとおりである。

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