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浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)962号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告らは、いずれも埼玉県岩槻市大字馬込地区に居住する岩槻市住民であるが、原告らの居住する地区は、もと埼玉県南埼玉郡河合村大字馬込地区に属していたところ、昭和二九年五月一日町村合併促進法(昭和二八年法律第二五八号)に基づき、同村が当時の岩槻町と合併するにともなつて岩槻町(同町は、同年七月一日市制施行によつて岩槻市となつた。)の一部となつたこと、しかし、右合併が問題となつた昭和二八年ごろから、蓮田町への合併を望んでいた馬込中組地区住民らの中に岩槻町との合併に反対する運動が展開されていたこと、ところが、旧河合村のうちで蓮田町に隣接し、馬込中組地区と同様に岩槻町との合併に反対する住民のいた馬込上組、馬込辻谷地区及び川島地区については、昭和三一年一月一日地方自治法七条一項所定の手続を経て岩槻市から蓮田町へ編入(境界変更)されたのにかかわらず、馬込中組地区は、現在に至るも蓮田町(市)へ編入されていないこと、原告らは右合併が行われた当時から蓮田町(市)への編入を希望していた馬込中組地区一五世帯に属している住民であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二ところで、原告らは、河合村が岩槻町と合併するにあたつて、昭和二九年四月一四日同村々長、同村々議会議長らが蓮田町への合併を希望する馬込中組地区の一五世帯の住民に対し、河合村は岩槻町と一旦合併はするが、合併後直ちに馬込中組地区を含む旧河合村馬込地区を岩槻町から分離して蓮田町へ編入(境界変更)させる旨約束し、更にその後、昭和三〇年一一月二八日岩槻市長、同市議会議員らは、馬込中組地区の右住民に対し、右と同趣旨の約束を再度行つた旨主張するところ、仮にかかる約束が存在した場合には、その約束をした市長、村長や議員は、その相手方たる住民に対し信義則上一定の法律上の義務を負うものと解されるか否かはともかくとしてまず、原告ら主張の約束が存在したか否かについて検討する。

<証拠>によれば、岩槻町と合併した河合村のうち、馬込地区(馬込上組、馬込中組、馬込辻谷)及び川島地区の住民は右合併の問題が発生した昭和二八年ごろから岩槻町との合併に賛成する者とこれに反対する者とに分れ、反対派に属する住民は関係機関に陳情や請願を行つて、同地区に隣接した蓮田町(同町はその後市制施行により蓮田市となつた。)への合併を推進する運動を展開していたが、岩槻町との合併が実施される直前ころには馬込中組地区二二世帯のうちの七世帯の住民を除く河合村大字馬込地区及び川島地区の住民のほとんどの意向は蓮田町への合併を希望する方向に固まつてきたのに、河合村々議会議員のほとんどが同村を岩槻町と合併することに賛成の態度を示していたこと、そのため、右合併の決議が関係六か町村の各議会において一斉に行われることになつていた(右の合併は、岩槻町と旧河合村を含む六か町村の間で実施された。)昭和二九年四月一五日の前日の午後一一時ごろから翌一五日朝の三時ごろにかけて、岩槻町との合併に反対していた河合村馬込地区住民に対する埼玉県町村合併担当の係官の説明会並びに岩槻、蓮田各町長、河合村々長、関係町村議会議員らと右住民らとの話合いが行われたこと、右会合の席上、住民に対し説明を行つた埼玉県埼葛地方事務所総務課の町村係長柿沼国治は、出席した住民に対し、河合村のうち馬込地区などを除いた一部を岩槻町に合併するとなると、同村の財産処分に関して法律上複雑な問題が発生するし、吸収合併となつて同村が種々の面で不利な扱いを受けるうえ、当時関係町村の各議会とも岩槻町との合併の準備を完了しているので、この場合、ひとまず同町との対等合併をしておいて、その後に当該地区住民全員の意思が合致すれば、地方自治法七条一項に基づき境界変更を行うこともできる旨の説明を行つたところ、岩槻町長、河合村々長もその方向で努力する旨発言したため、出席していた住民も、右説明を了承したこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はないが、右事実をもつて昭和二九年四月一四日、河合村々長、同村議会議長らと馬込中組地区の前記一五世帯住民との間で原告ら主張の約束がなされたとは到底認めることはできないし、他に原告ら主張の右約束がなされたと認めるに足りる証拠はない(証人本橋次夫及び原告杉山峯吉本人各供述中には、右原告らの主張に沿う部分もあるが、右各供述部分はいずれもきわめて曖昧であつてたやすく措信できない。)。また、岩槻市長、同市議会議員らが、昭和三〇年一一月二八日馬込中組地区の前記一五世帯の住民との間で原告ら主張の約束をしたとの事実については、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

かえつて、<証拠>によれば、昭和三〇年一一月二八日当時の岩槻市長平野廣、同市議会議員細野太三郎らは、蓮田町への合併を望んでいた住民の代表者らに対し、馬込中組地区を除く旧河合村大字馬込地区及び川島地区については、可及的速やかに蓮田町への編入(境界変更)を措置する旨文書(甲第二号証)をもつて約したのにかかわらず、馬込中組地区の住民に対しては、小、中学校児童生徒の教育に関する事務につきこれを蓮田町に委託する措置を講ずる旨約束しているほか、租税の徴収、蓮田町公民館の利用等についても右住民の要望に沿つて努力する旨言明しそれを同一の文書にしたためていること、そして、その後も蓮田町への編入(境界変更)を希望する馬込中組地区の一五世帯の住民(その後一世帯は同地区外へ転居した。)らは、蓮田町への編入を実現すべく被告市等へ陳情や請願を重ねたが、馬込中組地区住民のうち七世帯があくまで蓮田町(市)への編入に反対し、しかも、右七世帯の住居が同地区内に点在しているため、同地区の一部だけを境界変更することもできない関係上、被告は蓮田町(市)への編入を希望する一五世帯の住民に対し、まず右七世帯の住民を説得するように促す一方、岩槻市長、同市議会議長は、昭和三八年一月二九日蓮田町長らとともに馬込中組地区の右住民の日常生活にもつともかかわりの深い消防、学齢児童、生徒の教育、市税の徴収、清掃及び消毒の実施、印鑑証明書の発行に関する各事務については、これを蓮田町(市)へ事務委託する旨右住民に約したうえ、被告は同年三月三〇日「岩槻市、蓮田町(市)の事務委託に関する規約(告示)」を制定し、今日に至つていること、以上の事実が認められ、右認定事実によれば、少なくとも馬込中組地区に関しては、同地区を蓮田町へ編入させる旨の合意は存在しなかつたものと推認される。

(高山晨 野田武明 友田和昭)

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