浦和地方裁判所 昭和55年(行ウ)17号 判決
【理由】
一原告の請求の原因一項、二項3、4、三項の各事実及び同二項2のうち、原告が、昭和五一年一一月二日、平常通り出勤し、同日午後七時四五分ころまで勤務したこと、同月四日も平常通り出勤し、午後六時五〇分ころまで勤務したこと、その退社直前に、天野に対し、腰が痛いので翌日永見病院に行く旨告げたことは当事者間に争いない。
二原告は、永見病院と日大病院において腰痛の治療を受けたが、その原因は、原告が昭和五一年一一月二日に会社で業務に従事中、腰に急激な負担がかかり痛めたためであり、本件腰痛は業務上の受傷に基づくものではないとして、原告の第二請求による休業ならびに療養補償給付をしないとした本件処分は違法である旨主張するので、以下この点について判断する。
なお、本件においては、被告は、原告が昭和五一年一一月五日から一〇日までの間に永見病院において治療した腰痛は、労働保険審査会への再審査請求により、結局同会の裁決において、業務との関連性を認めたものの、その原因は、昭和五一年一一月二日における受傷によるものではなく、原告は以前から腰椎分離症の持病があり、その腰部組織が弱く影響を受けやすくなつていたところに、不慣れな現業部門に配属され、疲労が蓄積されて腰痛を生じたものであると主張し、その腰痛は永見病院での治療を終了した同月一〇日ころには治癒し、本件腰痛は、原告の業務とは無関係に生じた第五腰椎分離症による痛みである旨主張するので、まず最初に、原告が永見病院において治療を受けた腰痛の発生原因について、次に、その腰痛は治癒したのか、治癒したとすればその時期について、最後に、本件腰痛と原告の業務との関連について、それぞれ分けて判断することとする。
1 原告が昭和五一年一一月五日から一〇日までの間に永見病院において治療を受けた腰痛の発生原因
(一) 被告の主張1(一)、(五)の各事実、(三)のうち、原告が、昭和五一年一一月二日、水野以外の同僚や上司に対し腰痛が生じたことを告げていない事実は、いずれも当事者間に争いない。
(二)(1) 原告は、昭和五一年一一月二日午後六時一五分ころ、水野に対し、腰を痛めたので業務を交代して欲しい旨頼んだと主張し、<証拠>によれば、右主張にそう供述ならびに供述記載が存する。これに対して、<証拠>によれば、水野はこの点を強く否定しているところであるが、水野は会社を退社した後その所在が不明となり、現在においてはその真偽を直接確める方法もなく、この採用は慎重にすべきであるところ、水野の供述は数回の調査にもかかわらず一貫しており、その供述は明確であり、また、<証拠>によれば、水野は会社への入社に際して原告に身元保証人になつてもらう等、会社での同僚という関係以上に個人的な交際もあり、いわば原告とは親しい友人関係にあることが認められ、このような水野が自己に何の利益もないと思われるのにあえて原告のことに関して虚偽の供述をしたとも思われないところであるから、右乙第五、第一一号証の各記載はいずれも信用できるというべきである。<反訴排斥略>。
(2) また、原告は、昭和五一年一一月四日の退社に際し、天野に対し、同月二日の業務中に腰を痛めた旨告げたと主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告はこれにそう供述をしているが、この主張及び供述は本件提訴後にはじめて主張、供述されるに及んだものであり、証人天野正の証言に照らしても採用できない。
(3) 更に、被告は、原告の業務内容は、重量が最大でも二二キログラムを超えることのない商品を運搬するものであつて、商品の運搬は手押車によりなされ、手作業で行なうものはほとんどなく、重労働とはいえない旨主張するところ、<証拠>によれば、原告の所属していた配送係において、どの位の重量物を扱うのかはつきりしないものの、その業務は、商品の配送のための運行表を作成する業務と伝票にもとづいて商品を出入庫させる業務とに大別され、後者は、商品を積んであるパレットをハンドリフターで持ち上げて手押車に乗せ、手押車を一階に降すフォークリフトの位置まで移動させ、ハンドリフターを利用してパレットをフォークリフトに乗せて階下に降す作業あるいはこの逆の作業であり、その作業においては手作業はほとんどなく、機械による作業が中心であつて、今までにもこの作業で身体を傷つけた者はいなかつたものと窺われ、現業部門とはいいながら、事務系の要素も多く、それ程重労働を要する部門とはいえないというべきである。
(4) 最後に、被告は、昭和五一年一一月五日永見病院において、また、同年一二月七日日大病院において、原告は同年一一月二日の業務中に腰を痛めた旨医師に告げていないと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) 原告は、永見病院において治療を受けた腰痛は、昭和五一年一一月二日にショッピングバッグを運搬している際に腰に急激な負担がかかつて痛めたことによるものである旨主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告はこれにそう供述をしている。
そこで検討するに、右一項及び二項1(一)、(二)に認定した各事実によれば、原告は、昭和五一年一一月二日当日、腰を痛めたことを上司や同僚に全く告げておらず、同月四日の退社時には天野に対して、腰痛で病院へ行く旨伝えたものの、同月二日の業務中に痛めたとまでは告げておらず、会社側において、原告が業務中に負傷したと主張していることを知つたのは同年一二月中旬ころのように窺われる(証人山田裕康の証言)ところであり、原告のこのような行動は極めて不自然であり(なお、原告は、上司との関係が浅くうまくゆかなかつたので言い出しにくかつた旨弁解するが、この不自然さは右弁解で払拭できる程度のものではなく、理由とはなしえない。)、また、原告は腰を痛めたと主張している時以後、同日においてはなお約一時間半も勤務しつづけ、翌々日(四日)には平常通り、それも残業までして勤務しており、腰を痛めた者の行動としては真に不可解であるといわざるを得ず、更に、原告の業務は、現業とはいいながらそれ程の重労働ではなく、永見病院においてX線の検査を行なつたが、原告には強い腰痛を説明しうる外形的な異常は全く認められなかつたものであり、これらの諸事情を勘案すると、同年一一月二日の業務中に腰を痛めたとする原告の前記供述には強い疑問が残り、これをにわかに採用することはできず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(三) 右のとおり、原告の腰痛は、昭和五一年一一月二日の業務中に発生したものとは認め難いものの、当事者間に争いのない、原告が、同月四日の退社時に対し腰痛を訴え、現に永見病院において治療を受けている事実によれば、原告は同月四日ころ腰痛を感じていたものと推察されるところであり、その腰痛の発生原因について更に判断する必要がある。
ところで、前記各認定事実によれば、原告は、だいぶ以前より腰椎分離症に罹患しており、昭和四九年九月から昭和五一年一〇月までの間永見病院において投薬を受けていたもので、腰部は肉体的に弱かつたことに加え、原告は、入社後ずつと事務職に就いていたが、昭和五一年一〇月二七日から現業部門に配転され、体を使う機会も多く、その仕事にも不慣れであつたことから(右、罹患、投薬、配転の各事実は当事者間に争いない)、腰部に疲労が蓄積し、痛みを発したものと推測するのが合理的であり、また、前記のように、永見病院でのX線の検査では外形的な異常は認められなかつたのに、後記のとおり、日大病院においては、第五腰椎分離症と診断され、かつX線検査によつてもその異常が認められたこと、また、後記のとおり、右腰痛の症状は数日間で治癒している点を総合すれば、右腰痛は、腰椎分離症とは無関係な腰の痛みであつたと認定するのが相当である。
2 原告が昭和五一年一一月五日から一〇日までの間に永見病院において治療を受けた腰痛が治癒した時期について
(一) 原告は、昭和五一年一一月一〇日の夜から激しい歯の痛みを感じ、同月一二日に日本歯科大学付属病院において抜歯手術を受け、その治療を受けている間に歯痛を抑える鎮痛剤の投与を受けていたため、腰痛は継続していたものの、その鎮痛作用で痛みが抑制されていたもので、同月下旬ころからは、再び腰に強い痛みを感じ、同年一二月七日日大病院で診察を受けた旨主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告は、これにそう供述をなし、更に、同年一一月一一日から同月下旬ころまでの間、歯痛の抑制のために受領していた鎮痛剤のほかに、永見病院で受領した鎮痛剤が相当手元にあつたため、この期間これを服用していたことから痛みが和らいでいたが、同月下旬ころ鎮痛剤の手持が切れ、腰痛が強くなつたため、同年一二月七日に日大病院で診察を受けた旨供述している。
(二) 原告の右供述は、本件以前になされた審査請求及び再審査請求の段階では全く主張されていない事実であり、永見医師から原告が鎮痛剤の投与を受けていたかどうか、受けているとすればどの位の量かについて客観的に認めうる資料も存在しないことから、右供述をたやすく採用することはできないが、仮に右原告の供述が採用しうるとの前提にたつても、<証拠>によれば、原告は昭和五一年一一月一一日にX線撮影を、同月一二日に抜歯手術を受け、一五日、一八日、二四日と通院しているが、一八日と二四日は経過観察のみで治療はしていないこと、歯痛のための鎮痛剤は同月一二日に三日分しか投与されていないことが認められ、同月二〇日ころには歯の方はほぼ治癒し、その治療に専念する必要性もなくなつていたと思われ、仮に鎮痛剤の服用により腰痛が抑制されていたとしても、以前より腰椎分離症を有しており、腰痛には人一倍敏感な原告としては、特段の障害がない限り、直ちに専門医師による治療を受けようとするのが理にかなつた行動であると思われたところ、原告は、歯の治療が完全に終了した後二週間も専門医師の診断を受けていないのであつて、原告の行動は真に不可解であり、歯の治療期間内には腰痛を感じていなかつたのではないかと推察され、また、前記のとおり、原告が永見病院で治療を受けた腰痛は、労働の疲労の蓄積により生じたもので、分離症とは関係のない単なる腰痛であり、その程度も軽く、数日の休養をもつて治癒する程度のものと推察されるのであつて、従つて、同年一一月五日から一〇日まで治療を受けた腰痛は同月一〇日ころ一旦治癒したものというべきであり、これらの諸点に鑑み、前記原告本人の供述は採用することはできず、他に右原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
3 原告が昭和五一年一一月五日から一〇日まで治療を受けた腰痛と本件腰痛との関連性について
原告は、この両者の腰痛の原因はいずれも同月二日の業務中に生じたものである旨主張する。
しかし、前者の腰痛については、X線撮影をしても、外部から判断できる異常は存しないところ、<証拠>によれば、原告は、日大病院で診察を受けたが、本件腰痛は第五腰椎分離症による筋膜性疼痛と診断され、X線撮影においてもその異常が認められたものであり、両者の腰痛は本質的に異なつたものというべきであり、また、前記のとおり、前者の腰痛は同月一〇日ころには治癒していると認められるので、前者の腰痛の原因が本件腰痛を生じさせる原因となつていると判断することは困難である。右証人三瓶晴雄の証言によれば、腰椎分離症は、先天性の分離症に加えて後天的に何らかの外力が加わつて痛みを生じる例が多く、原告の場合もこの例により腰痛が発生したものと推測されるが、前記のように、前者の腰痛は治癒しており、本件腰痛の原因とはなりえず、他にどのような外力が加わつたかについて本件において明らかにすることはできないが、少なくとも本件腰痛が発生したと考えられる同月一一日ころから同年一二月七日ころまでの期間原告が会社の業務に従事していないことは明らかであるから、本件腰痛は、原告の会社での業務とは無関係であるといわざるを得ず、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
4 そうすると、原告の本件腰痛はその業務とは因果関係がないとの理由で原告の休業ならびに療養補償給付を請求した第二請求に対しその給付をしない旨の被告の本件処分には原告主張の違法事由は存しない。
三よつて、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却<する。>
(手代木進 山崎潮 田村眞)