浦和地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決 1980年12月17日
埼玉県富士見市諏訪一丁目八番二〇号
原告
荒野正光
右訴訟代理人弁護士
楠本博志
同県川越市三光町三六番地
被告
川越税務署長
斉藤由二郎
右指定代理人
石川善則
奥原満雄
岩田栄一
中島重幸
神林輝夫
渡辺克己
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告が、原告に対し、昭和五三年八月二日付でした昭和五〇年分所得税の更正および過少申告加算税の賦課決定の各処分は、それぞれ別表(一)の「異議申立に対する決定により減額された部分」を除き、これを取消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和五一年三月、被告に対し、後記3(一)の連帯保証債務(以下「本件保証債務」という。)の履行のための必要経費として借入金利息三一五七万六三九七円、弁護士費用九六三万円および司法書士費用等四八四万一二〇七円の合計五二〇四万七六〇四円を課税所得から控除して確定申告をした。
2 ところが、被告は、別表(一)の更正および過少申告加算税の賦課決定(以下、以上の処分を一括して「本件各処分」という。)ならびに原告の異議申立に対する決定において、前記借入金利息の全額、弁護士費用のうち八二七万円および司法書士費用等のうち八八万五六六〇円について、いずれも本件保証債務の履行の範囲外であるとの理由によって否認し、次いで、原告が本件各処分に対して審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、昭和五四年一一月三〇日付をもって、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決の謄本は、昭和五四年一二月二六日原告に送達された。
3 しかし、前記否認された各金銭は、いずれも、次の理由により、必要経費として課税所得から控除されるべきである。(借入金利息および司法書士費用等)
(一) 原告は、別表(二)Aの(1)から(5)のとおり、岡本広輝および広栄建設株式会社の各債務につき連帯保証をした。
(二) 原告は、本件保証債務の弁済のため、昭和四七年六月二八日、入間東部農業協同組合(以下、「訴外組合」という。)から二億四〇〇〇万円を借り入れた。
(三) 原告は、別表(二)Aの(2)から(5)の各債務につき、同表Aの(2)から(5)のとおり、昭和四七年七月二一日から同四九年八月二〇日までの間に、合計六四三八万円を各債権者に代位弁済し、(以下、以上を一括して「弁済金」という。)かつ、同表Cのとおり、昭和四七年六月二一日から昭和五一年四月三〇日までの間に、小作契約解除保証料六〇〇万円、借入金利息三、一五七万六三九七円、弁護士費用九六三万円および司法書士費用等四八四万一二〇七円の合計五二〇四万七六〇四円(以下、以上を一括して「諸費用」という。)を支出した。
なお、別表(二)Aの(1)の債務については、原告は、前記(二)の金員を借り入れるにあたって、現金による代位弁済を予定していたところ、昭和四八年八月一八日、原告と債権者である天竜土地開発株式会社との間において裁判上の和解が成立し、これにしたがって代物弁済による代位弁済をしたため、右保証債務の弁済金として予定していた一億円を同年九月一日訴外組合に返済した。
(四) 原告は、昭和五〇年二月一五日から同年九月二七日までの間に、別表(二)Bの(2)ないし(8)のとおり、代金合計一億四八六〇万一〇〇円で各土地を売却し、右代金をもって、訴外組合に対し、前記(二)の借入金の残金一億四〇〇〇万円を返済し、かつ、諸費用を支出した。
(五) ところで、前記借入金利息三一五七万六三九七円は、ほとんど弁済金および諸費用として支出した金員に対する利息であり、また、司法書士費用等八八万五六六〇円は、原告が訴外組合から前記(二)の借入をするため、司法書士に支払った抵当権設定登記等のための登録免許税、手数料等であり、いずれも右借入をし本件保証債務の履行をするために必然的に伴なう経費である。
そして、所得税基本通達(六四一五)は、借入金元金だけでなく、借入に伴なう通常の範囲内の利息および経費も不動産の譲渡代金額から控除されて、その範囲で所得がなかったものとみなす趣旨と解すべきであり、かつ、右控除後の残額についてのみ譲渡所得者に担税力があるから、右のように解することは、所得税法一二条(実質課税の原則)の趣旨にも合致する。
また、同法六四条二項の求償権は、民法上の求償権を基礎とするから、所得税法の解釈適用に当って、求償権の範囲を狭く解釈することは許されず、右借入金利息、および司法書士費用等は、いずれも、民法四四二条二項にいう「避クコトヲ得サリシ費用」に該当する。
したがって、右借入金利息および司法書士費用等は、いずれも必要経費として譲渡所得額から控除されるべきである。
(弁護士費用)
(六) 前記弁護士費用八二七万円は、前記(三)の天竜土地開発株式会社との間の保証債務の範囲およびその履行方法を確定した訴訟事件(東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第七六四八号事件)の報酬および別表(二)Bの(1)から(8)の資産譲渡のための各契約に関する報酬であって、直接間接に本件保証債務履行のための必要経費であるから、民法四四二条二項にいう「避クコトヲ得サリシ費用」に該当し、かつ、その範囲で所得者に担税力は存しない。
したがって、右弁護士費用は、必要経費として課税所得から控除されるべきである。
4 以上の次第であって、本件各処分は、それぞれ別表(一)の「異議申立に対する決定により減額された部分」を除き、違法不当であるから、その取消を求める。
二 被告の答弁
本件訴は、法定の出訴期間を徒過した不適法な訴である。
すなわち、
国税不服審判所長は、本件各処分に対する原告の審査請求について昭和五四年一一月三〇日付で棄却の裁決をし、同裁決書の謄本は、同年一二月二六日原告に送達されたので、原告は、同日右裁決があったことを知ったというべきである。そして、行政事件訴訟法一四条一項、四項によると、取消訴訟は、裁決があったことを知った日から起算して三カ月以内に提起すべく、この場合、出訴期間の計算は初日を算入して計算すべきであるから、本件については、昭和五五年三月二五日の経過をもって出訴期間が満了した。したがって、同月二六日に提起された本訴訟は、不適法な訴であって、却下されるべきである。
三 被告の答弁に対する原告の主張
1 本件訴の提起は、出訴期間内にされた適法のものである。
すなわち、
(一) 行政事件訴訟法一四条四項は、審査請求をした者について、これに対する裁決があったことを知った日から起算する旨規定する。
(二) 原告は、原告代理人たる弁護士楠本博志を代理人に選任して国税不服審判所長に対する審査請求手続に関する一切の行為を委任し、かつ、審査請求申立に際し、同所長にその旨の記載のある委任状を提出した。
ところで、国税通則法は、国税不服審判所長に対する審査請求手続につき、総代が選任された場合は、総代に対してのみ、通知その他の行為をすべきことを定めている(同法一〇八条五項)が、総代は、不服申立人本人であるとともに、他の不服申立人の代理人たる地位を有するから、同法一〇七条の代理人についても、総代の場合と同様、国税不服審判所長は、代理人に対してのみ通知その他の行為をすべきである。したがって、本件裁決書謄本も、代理人に対する送達のみが有効な送達となる。
しかるに、国税不服審判所長は、昭和五四年一二月二六日本件裁決書の謄本を直接原告に送達しているから、右送達はいまだにその効力を生じない。そして、原告代理人は、同月二八日、原告から本件裁決書の謄本を送付され、はじめて本件裁決のあったことを知った。
(三) また、右のように、原告が審査請求手続に関して代理人を選任し、裁決書の謄本を直ちに同一代理人に送付し、かつ、取消訴訟についても同一代理人に委任して訴を提起した場合には、裁決の結果について出訴して争うべきか否かの判断を一切その代理人に委ねていたことが明白であり、かかる場合においては、国税通則法一〇七条一、二項によって、代理人の選任を認め、実質的に有効な攻撃防禦の権利を保障しようとする制度の趣旨からも、また、民事訴訟において、実務上、上訴に関する代理権限の有無に関係なく、例外なく原審の代理人に対して判決正本が送達され、その代理人に対する送達日を基準として上訴期間が計算されることと対比しても、行政事件訴訟法一四条四項にいう「裁決があったことを知った日」とは裁決書の謄本が代理人に送達された日、又は、代理人が裁決があったことを知った日をいうものと解すべきである。
(四) また、行政事件訴訟法七条は、民事訴訟法の準用を定めているが、同法五六条、民法一四〇条により、行政事件訴訟法は、初日不算入を原則としている。したがって、同法一四条一四項についてのみ同条一項、三項と異なり、初日を算入しなければならない合理的な理由はない。同条四項の法意は、審査請求を経た場合においては、出訴期間を同条一項の「処分又は裁決のあったことを知った日」ではなく、審査請求に対する「裁決のあったことを知った日」を基準として、それ以後、民事訴訟法を準用する行政事件訴訟法の一般的期間計算の方法によって出訴期間の三か月を実質的に保障することにあるのであって、初日を算入する趣旨でないことは明らかである。
さらに、民事訴訟法四二四条四項(再審)は、初日不算入と解されており、法令用語の相対性から、行政事件訴訟法一四条四項についても、初日不算入と解しても何ら支障がないのみならず、初日を算入して事件の急速な処理をしなければならない緊急性は存しない。
また、行政不服審査法一四条、四五条、国税通則法七七条および地方自治法一四三条四項は、いずれも「‥‥の翌日から起算する。」と明定して、初日不算入の原則を明らかにしているが、右の各規定は、行政事件訴訟法とは異なり民事訴訟法の準用がないため、行政事件訴訟法一四条四項と規定の体裁に相違を生じたものであり、同条同項にいう「知った日から起算する」が初日不算入の趣旨であることは、同条一項に、「知った日から三か月以内‥‥」と規定され、「知った日の翌日から三か月以内‥‥」となっていないことからも明らかである。
以上に反し、行政事件訴訟法一四条四項について、初日を算入すべきものと解すると、右解釈は、同条一項の定める出訴期間を何らの合理的理由なく短縮し、訴権を制限するものであって、憲法三二条に違反する。
(五) よって、本件取消訴訟の出訴期間の計算は、原告代理人が本件裁決書の謄本を受領した昭和五四年一二月二八日の翌日から起算すべきであって、原告の本件訴の提起は出訴期間内にされている。
2 仮に右主張が理由がないとしても、原告は、出訴期間をわずか一日を経過したに過ぎないもので、しかも、原告には次のとおりその責に帰すべからざる事由があるので、本件訴の提起の追完を申立てる。すなわち、
(一) 前項のとおり、行政事件訴訟法一四条四項につき、原告代理人が、出訴期間の計算を初日不算入と誤解するについては十分の合理的理由があり、原告代理人は、出訴期間内に適法な訴を提起したものと確信していた。
(二) 原告は、昭和五五年一月二五日、原告代理人に対し、本件訴の提起を委任し、その後も再三出訴期間内に必ず本件訴を提起するよう催促していた。
(三) したがって、出訴期間の不遵守について、原告代理人に過失があるとしても、原告本人は代理人の選任監督につき無過失であって、原告本人の責に帰すべからざる事由によって、原告代理人が出訴期間を徒過したものである。
第三証拠
一 原告
1 甲第一号証から第四号証
2 乙号各証の成立を認める。
二 被告
1 乙第一号証の一、二
2 甲号各証の成立を認める。
理由
一 国税不服審判所長が、本件各処分に対する原告の審査請求について、昭和五四年一一月三〇日付でこれを棄却する旨の裁決をしたこと、本件裁決書の謄本が同年一二月二六日原告に送達されたことは、当事者間に争いがなく、本件訴が、昭和五五年三月二六日に提起されたことは、記録上明らかである。
二 原告は、審査請求が代理人によってされた場合は、審査請求に対する裁決書の謄本は代理人に対して送達されるべきであり、また、行政事件訴訟法一四条四項にいう「裁決があったことを知った日」とは、代理人が裁決書の謄本の送達を受けた日、又は、代理人が裁決があったことを知った日をいうものと解すべきである旨主張する。
しかし、審査請求において代理人を選任した場合であっても、そのために、本人がその審査請求において本来なしえる事項について、その権限、能力を制限され、あるいは喪失すると解すべき理由は存しないから、本人は、当然審査請求に対する裁決書の謄本を受領する権限を有し、したがって、国税不服審判所長が、本人に対して裁決書の謄本を送達することは、適法かつ有効であるといわなければならない。
そして、本人に対して、適法かつ有効に裁決書の謄本が送達された場合には、本人において、送達と同時に審査請求に対する裁決があったことを知ったものというべきであること勿論であり、このことは、代理人が選任された場合であっても、別異に解すべき理由はない。
そうすると、本件裁決書の謄本は、昭和五四年一二月二六日、原告に適法に送達されたことになるから、原告は、同日をもって本件裁決があったことを知ったものであり、行政事件訴訟法一四条四項の定める出訴期間は、同日を基準として計算されるべきである。
三 次に、原告は、行政事件訴訟法一四条四項の定める出訴期間の計算にあたっては、初日は算入すべきではない旨主張するが、同条同項を適用して取消訴訟法の出訴期間を計算する場合には、裁決があったことを知った日、又は、裁決があった日を初日とし、これを期間に算入して計算すべきものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和五二年二月一七日第一小法廷判決民集三一巻一号五〇頁参照)、原告の右主張は理由がないし、その解釈をもって憲法違反とする余地もない。
そうすると、本件において、原告が本件裁決のあったことを知ったのは、前記のとおり、昭和五四年一二月二六日であるから、同日を初日として期間の計算をすると、行政事件訴訟法一四条四項の定める三か月の出訴期間は昭和五五年三月二五日をもって満了する。
したがって、同月二六日に提起された本件訴は、法定の出訴期間経過後にされたことになる。
四 ところで、原告は、出訴期間の不遵守について、原告の責に帰すべからざる事由によるので、訴訟行為の追完を申立てる旨主張する。
しかし、行政事件訴訟法七条によって準用される民事訴訟法一五九条一項にいう当事者の責に帰し得ない事由の存否は、訴訟代理人が選任されている場合には、当事者本人についてのみではなく、当該訴訟代理人についても判断すべきであるところ、本件についてみると、本件訴の提起について、弁護士たる訴訟代理人が選任されていることは、記録上明らかであるが、行政事件訴訟法一四条四項の出訴期間の計算をする場合、「裁決があったことを知った日又は裁決の日」を初日に算入する点は、すでに確立した判例となっているから、弁護士として通常の注意義務を払いさえすれば、出訴期間の徒過は容易に避けられたはずである。したがって、本件不変期間の不遵守については、原告の訴訟代理人に過失は免れないから、原告主張の追完は許されない。
五 以上により、原告の本件訴は不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋本攻 裁判官 一宮なほみ 裁判官 綿引穣)
別表(一)
<省略>
別表(二)
A
<省略>
B
<省略>
C
<省略>