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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)309号 判決 1983年11月18日

原告

株式会社日本医療建設事業センター

右代表者

大垣正彦

右訴訟代理人

黒川達雄

被告

第一管財株式会社

右代表者

熊谷致

被告

大宮市

右代表者市長

馬橋隆二

右被告大宮市訴訟代理人

柴山眞一郎

加村啓二

岡村茂樹

主文

一  被告第一管財株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載一ないし三の各土地について、前橋地方法務局高崎支局昭和五五年一一月七日受付第三三六五〇号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告大宮市は、原告に対し、被告第一管財株式会社が前項の抹消登記手続をすることを承諾せよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告第一管財株式会社)

原告の請求を棄却する。

(被告大宮市)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載一ないし三の各土地(以下これらを合わせて「本件不動産」という。)は、原告の所有である。

2  本件不動産について、いずれも被告第一管財株式会社(以下「被告第一管財」という。)を所有者として、前橋地方法務局高崎支局昭和五五年一一月七日受付第三三六五〇号をもつて、昭和五五年一〇月二三日売買を原因とする所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)がなされている。

3  また、本件不動産について、被告大宮市を債権者として、前橋地方法務局高崎支局昭和五六年一月二八日受付第二一九七号をもつて、昭和五六年一月二七日被告大宮市差押を原因とする差押登記(以下「本件差押登記」という。)がなされている。

4  しかしながら、原告は、被告第一管財に対し、本件不動産を売り渡したことはなく、本件所有権移転登記は、被告第一管財が原告に無断で経由したものであるから、右差押は滞納者以外の財産に対する処分として実体を欠き、無効である。

5  よつて、原告は、本件不動産の所有権に基づき、被告第一管財に対し本件不動産について本件所有権移転登記の抹消登記手続をすることを求めるとともに、これに登記上利害関係を有する被告大宮市に対し、被告第一管財が、右抹消登記手続をすることについての承諾を求める。

二  請求の原因に対する認否<省略>

三  被告大宮市の抗弁

1  被告第一管財は、昭和五五年一〇月二三日原告から本件不動産を買い受けた。

2  仮に、右売買が仮装であり、当事者間に本件不動産の所有権を移転する合意が成立していなかつたとしても、被告大宮市は次のとおり善意の第三者であり、民法九四条二項により原告は被告大宮市に対し右売買契約の無効を対抗することができない。

すなわち、被告第一管財は、被告大宮市に対し、昭和四八年から昭和五二年まで市税を滞納し、その合計額は七七八万七一九〇円(税額合計四四八万三一七〇円、延滞金三三〇万四〇〇〇円、督促手数料二〇円)に達した。

そこで、大宮市長(以下「市長」という。)は昭和五六年一月二七日本件不動産を差押えた(以下「本件差押処分」という。)が、市長は、本件差押処分をする際、原告から被告第一管財への売買が仮装のものであることを知らなかつたものである。

3  仮に、原告から被告第一管財への前記売買契約が存在しなかつたとしても、次に述べるとおり、原告は被告大宮市に対し、被告第一管財が本件不動産の所有権を取得しなかつたことをもつて対抗することができない。すなわち、

(一) 原告は、被告第一管財に対し、昭和五五年一〇月頃本件不動産の売却を依頼し、その際委任状、権利証等の登記手続に必要な書類を交付したが、被告第一管財はこれを奇貨とし、本件不動産について本件所有権移転登記を経由した。

原告は、右不実の所有権移転登記がなされたことを知りながら、本件差押処分がなされるまでの間これを黙認していた。

そして、市長は、本件差押処分をする際、右登記名義により本件不動産が被告第一管財の所有であると信じた。

従つて、被告大宮市は、善意の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により、原告は、被告大宮市に対し、被告第一管財が本件不動産の所有権を取得しなかつたことをもつて対抗することができない。

(二) 仮に、原告が、右不実の所有権移転登記を黙認していた事実がなかつたとしても、原告は、被告第一管財に対し、前記(一)のように本件不動産の売却権限を授与するとともに登記手続書類を交付し、被告第一管財はこれを利用して自己名義に登記したものであるところ、市長は本件差押処分をする際、登記簿を調査し、本件不動産の登記名義を確認して、被告第一管財の所有と信じたものであるから、そのように信じたことにつき何ら過失がない。

従つて、被告大宮市は、善意無過失の第三者であるから、民法九四条二項、一一〇条の類推適用により、原告は、被告大宮市に対し、被告第一管財が本件不動産の所有権を取得しなかつたことをもつて対抗することができない。

4  仮に、右売買契約が有効に成立し、その後当事者間の合意で解除されたものであるとしても、市長は、既に本件不動産を差押えているのであり、原告は右合意解除に基づく登記手続を経由していないから、民法一七七条または五四五条一項但書によりこれをもつて被告大宮市に対抗することができない。<以下、省略>

理由

第一被告第一管財に対する請求

原告の請求原因1、2の事実は、原告と被告第一管財との間に争いがなく、これによれば、原告の被告第一管財に対する請求は理由がある。

第二被告大宮市に対する請求

一請求原因1のうち、本件不動産がもと原告の所有であつたこと及び同2、3の事実は当事者間に争いがない。

二抗弁について

1  抗弁1の事実(原告と被告第一管財との売買契約)は、これを認めるに足りる証拠がない。すなわち、後記3(二)(2)及び(3)認定の事実によれば、原告代表者大垣正彦(以下「大垣」という。)は被告第一管財代表者熊谷致(以下「熊谷」という。)に対し、本件不動産の買主の斡旋を依頼した事実は認められるが、それ以上に右当事者間で直接売買契約が成立した事実を認めうる余地はない。従つて、被告の右主張は理由がない。

2  また、抗弁2及び4の主張は右売買契約締結を前提とするから、売買契約の成立そのものが認められない以上、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

3  抗弁3について

(一) 原告が被告第一管財に対し、本件不動産の売却を依頼し、その際委任状、権利証等の登記手続に必要な書類を交付したこと、被告第一管財がこれを利用して本件不動産につき本件所有権移転登記を経由したこと、市長が被告第一管財に対する滞納処分として昭和五六年一月二七日付で本件差押処分をし、同月二八日本件不動産につき本件差押登記を経由したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。(このように本件不動産が被告第一管財の所有名義に登記されていることから、同被告の本件不動産の所有権が推定されるが、この推定は、以下の認定により覆えされる。)

(二) <証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、病院の規格設計とともに病院の用地斡旋を業とする株式会社であるが、その代表者大垣は、昭和五二年ころ、病院の用地買収について被告第一管財代表者熊谷に助力を受けたことから同人と親しくなり、その後まもなく、熊谷を原告の非常勤取締役として迎え、主として原告の用地買収業務について熊谷の助力を受け、信頼していた。

(2) 昭和五五年八月ころ、熊谷は大垣に対し、「本件不動産を売らせてくれ。」と話を持ちかけ、大垣はこれに応じ、坪あたり一〇万円で売ることと契約が成立したら手数料を支払うことを熊谷に話し、同人に対して買主の斡旋を依頼した。

(3) ところで、熊谷は、本件不動産を大垣の依頼した金額より高い坪あたり一五万円で売却し、その差額を自ら取得しようと考えていたが、そのために、本件不動産の所有名義を一たん被告第一管財に移転したうえ転売する形式をとろうと図り、そのころ交渉していた相手方にも、本件不動産を被告第一管財の所有地として紹介していた。

そこで、熊谷は、大垣が自己を信頼しているのに乗じ、自らの意図を秘し、「買主に説明し易いし、信用もつくから。」と言つて大垣に対し登記手続に必要な書類の交付を要求したところ、大垣もこれに応じ、同年八月ころ、本件不動産の権利証、印鑑証明書及び原告会社の住所、社名、社印等の記入された白紙委任状(甲第七号証)を同人に手渡した。

(4) 熊谷は右書類を利用し、同年一一月七日、本件不動産について同年一〇月二三日付売買を原因とする本件所有権移転登記を経由した(甲第一ないし第三号証)。

大垣は、被告第一管財が右の登記を経由したことを知らず、その後も売却の見込みについて熊谷に問い合わせていたが、同人が「もう少しで売れるから待つてくれ。」と言うので、同人を信用し、まかせていた。

(5) ところが、被告第一管財は、昭和四八年度から昭和五二年度までの被告大宮市に対する市税を滞納し、その滞納額が合計七七八万七一九〇円に達したので、市長は、本件不動産が被告第一管財の所有名義になつていることを登記簿で確認したうえ、昭和五六年一月二七日本件差押処分をし、被告第一管財に対し、その旨の通知をした。大垣は、熊谷から、本件不動産が大宮市に差し押さえられた旨の連絡を受け、本件不動産について本件所有権移転登記及び差押登記のなされていることを知り、本件訴訟を提起するに至つた。

(三)(1) 以上の事実関係によれば、本件紛争の発端は、大垣が熊谷に対する信頼と浅慮から同人に対し権利証だけでなく、印鑑証明書と白紙委任状をも不用意に交付し、所持人において本件不動産の所有名義を被告第一管財に変動させることを可能とする状況を作り出したことにある。

(2) しかしながら、大垣と熊谷との間の明確な合意事項は、熊谷が本件不動産の買主を斡旋することすなわち仲介をすることであり、また、取引の便宜上、登記手続に必要な書類を予め仲介人に交付しておくのは一般によくあることであつて、このような事実関係に、大垣と熊谷の人的信頼関係を加えて考え合わせても、なお、大垣において当初から本件不動産を被告第一管財の名義にする意思を有していたものと推認することは相当でないというべきである。

(3) また、大垣がその後本件不動産の所有名義の変動を知悉していたことを推認しうるだけの事実関係もなく、しかも、熊谷を信頼して買主のあつせんをまかせていた大垣としては、熊谷の報告を信用する他なく、また、本件差押処分が本件所有権移転登記経由のわずか三ケ月足らずの後になされたことをも考え合わせるならば、大垣において、ことさら登記簿を点検し、右所有権移転登記のなされたことを知り、かつ、直ちにそれを除去するか、またはその後の登記名義の変動を防止するための法的手段を講ずることが可能であつたものということもできないところである。

(4) そうすると、原告は、本件所有権移転登記の作出について、事前もしくは事後に関与したことを認めることができないのであるから、民法九四条二項の類推によつても、第三者たる被告大宮市との関係で、本件不動産につき自己の所有権を主張し得ない不利益を甘受すべき地位にあるとはいえないというべきである。

また、大垣が熊谷に対し、本件不動産の売却を委任し、かつその移転登記手続に必要な書類を交付したとの事実のみから、民法九四条二項及び一一〇条の法意である外観法理の適用の前提たる外観作出行為とみることも相当でないというべきである。

従つて、被告大宮市の抗弁3は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三以上検討した結果によれば、原告は、本件不動産を所有し、かつそのことを被告大宮市に主張しうるものと認めるのが相当である。

そして、滞納者の所有に帰属しない財産に対する差押処分は、滞納処分の対象となる財産を誤つたものとして当然に無効となるものと解すべきであつて、本件不動産が被告第一管財の所有に帰属するものとしてなした本件差押処分は無効であり、ひいて、本件差押登記もその実体を欠き、無効と解すべきものである。

従つて、原告は、被告第一管財に対する本件所有権移転登記の抹消登記手続をなすに当たり、市長の本件差押処分に対して原告の所有権を主張することができるものというべきであるから、被告大宮市は、原告が右抹消登記手続をすることについて、承諾義務がある。

第三結論

よつて、原告の本訴各請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(菅野孝久 加藤一隆 坂部利夫)

物件目録<省略>

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