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浦和地方裁判所 昭和57年(行ク)2号 決定 1982年11月10日

申立人 高橋功三 外七五名

相手方 運輸大臣

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立人ら(原告ら・以下「原告ら」という)の申立

一  文書の表示

1  東北・上越新幹線鉄道の建設工事に関して相手方(被告、以下「被告」という。)が昭和四六年一〇月一四日及び昭和四八年二月二七日付をもつて日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)、日本鉄道建設公団(以下「鉄建公団」という。)に対して認可した工事実施計画その(一)及びその(二)並びに昭和五五年一月二五日付をもつて国鉄に対して認可した変更工事実施計画に対する各認可書、同認可書に添付された一切の添付書類の原本又は写。

2  国鉄又は鉄建公団が1掲記の各認可申請にあたつて被告に提出した認可申請書、同申請書の添付書類及び参考資料の一切。特に添付書類については、工事実施計画書、縮尺五万分の一の線路平面図、縮尺二五〇〇分の一の同平面図(三二メートル及び七〇メートル幅図示)及び縮尺横二万五〇〇〇分の一、縦二〇〇〇分の一の線路縦断面図等を含む添付書類の一切。

(以下右1、2掲記の文書を「本件文書」という。)

二  文書の趣旨

被告によつて認可された東北・上越新幹線鉄道工事実施計画の認可手続及びその変更認可手続に関し作成又は供された右計画の内容を記載した文書である。

三  文書の所持者

被告

四  証すべき事実(立証趣旨)

1  被告の認可した工事実施計画(その添付書類、参考資料を含む)が、被告主張のような「いわば青写真たる段階にすぎない」ものではなく、充分具体性、特定性のあるものであつて、抗告訴訟の対象となる行政処分であることを立証する。

2  このように具体的に特定された工事実施計画が被告により認可されたことにより、原告らの財産権が侵害され、また原告らの生活環境、健康等が破壊される危険性が確実になつたこと、並びに被告が原告ら沿線住民の意見を誠意をもつて聞かないで、公害防止のための配慮を全く怠つていたという手続的違法性を有することを立証する。

五  文書提出の義務の原因等

1  民事訴訟法三一二条三号後段に規定する挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付き作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書ないしはその法律関係の形成過程において作成された文書をいうものと解すべきである。

2  被告が国鉄及び鉄建公団の申請に基づき昭和五五年一月二五日付で行つた東北新幹線東京都・盛岡市間及び上越新幹線東京都・新潟市間の工事実施計画の変更に関する認可(以下「本件認可」という。)は、被告が国鉄又は鉄建公団に対し、工事実施計画に基づいて具体的工事に着手する権限を付与するものであるとともに工事予定線内の原告の土地所有権を制限することを目的とするものであり、それ自体行政行為とみることができ、仮に、本件認可が直接的には原告らの土地所有権を制限することを目的としてなされたものでないとしても、その結果原告らの環境についての権利利益、身体精神の健康に関する人格上の権利利益が侵害されるのであるから行政処分性があり、原告らと被告との間に法律関係があることは明らかである。

3  原告らと被告との間には、本件認可が行政処分であるか否かという点について争いがあるが、行政処分性の有無という、原告らがその取消を求めうる権利を有するか否かという問題は、それ自体法律上の争訟としての裁判所の判断事項であり、このような行政処分性の有無に争いがある場合には特定かつ具体的な法律関係が存在すると解することができる。本件文書は、かかる法律関係を形成する過程において作成された文書、あるいは、右法律関係に密接に関係する文書である。

すなわち、原告らは、本件認可は、抗告訴訟の対象となる行政処分であり、本件認可に基づき建設される右新幹線鉄道のもたらす公害によつてその通過地域に居住する原告らの財産権が侵害されあるいは生活環境、健康等が破壊されるおそれがあるので、その被害を防止するために右新幹線鉄道建設の契機となる本件認可の取消を求めているが、これに対し、被告は被告の行つた認可はいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分ではない旨主張して争つているのであるから、本件認可の行政処分性が一見明白に否定される場合なら格別、本件認可が被告と法主体を異にする国鉄及び鉄建公団の具体的かつ特定された工事実施計画に対してなされた新幹線鉄道建設工事を進めるための具体的権限付与の効果を伴う被告の意思表示であつて、外形上少なくとも一応講学上の行政行為としての認可に相当するものと認められる以上、原告らと被告の間には特定かつ具体的な法律関係があるものというべきである。従つて、本件文書は、民事訴訟法三一二条三号後段にいう文書に該当する。

4  原告らは、本件認可が国鉄、鉄建公団の作成した具体的工事実施計画に対してなされたものであることを主張、立証しようとしてきたが、昭和五五年一月二五日付の認可(同認可において原告らの居住する埼玉県南部地域(戸田、浦和、与野の各市)を通過する予定の新幹線鉄道は、当初計画の地下方式から高架方式によつて建設されることとなつた。)及びそれがなされるに至るまでの過程で作成された本件文書は、右工事実施計画に従つて建設される新幹線鉄道及びそれによつてもたらされるであろう公害のために原告らが受ける財産権、人格権、環境権等の侵害の有無に関する事実についてのみならず、本件認可の行政処分性についてもその立証に必要不可欠であるのに対し、被告にとつては、仮に本件文書の提出が義務づけられたとしても、それらが国家行政機関の意思表示がなされるにあたつて作成されたものであるうえに、その意思表示が適正、公平になされたことを担保するものとして作成されたものであるから、何らの不利益ももたらさない。

第二被告の意見

一  原告らの本件文書提出命令の申立は、その方式を欠くものであつて不適法である。

民事訴訟法三一三条は、文書提出命令の申立をなすに当たつて、申立人が明らかにすべき五つの事項を記載しているが、これらの事項は、いずれも必要的記載事項であつてそれらのうちの一部でも欠落していたり、あるいは不明確であつた場合には、当該申立は不適法として却下されなければならない趣旨であると解される。そして、同条四号にいう「証すべき事実」は同法三一六条の「文書に関する相手方の主張」に当たり、当事者が裁判所の文書提出命令に応じない場合には裁判所が文書に関する相手方の主張を真実と認めることができるという法的効果を伴うのであるから、「証すべき事実」の記載は、当該文書によつて証明し得る程度の個々具体的な事実が記載されなければならないのである。

しかるに、原告らの申立の証すべき事実(立証趣旨)として記載されている事実は、証拠によつて証すべき具体的事実ではなく、本訴訟の主命題ともいうべき抽象的な主張の趣旨そのものあるいは訴えの適法性が認められた場合に本案において審理が行われた結果なされる裁判官の評価そのものである。

従つて、原告ら主張の如き「証すべき事実」の記載も許されるとすると同法三一六条の適用によつて証拠上の判断を超えた訴訟の主命題に関する判断が法的に認定されることになつてきわめて不合理な結果を招来する。本件文書提出命令の申立ては「証すべき事実」につき法の要求する方式を欠くものであつて不適法というべきである。

二  本件文書は、原告らと被告との間の法律関係について作成されたものではない。

民事訴訟法三一二条三号後段にいう文書とは、契約書、通帳等挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書だけでなく契約の草案契約締結の交渉過程で作成された往復書簡のような文書等右法律関係に関係ある文書も含まれると解されている(菊井・村松民事訴訟法II三七九頁)が、当事者の意に反しても提出を命じうるとする同法三一二条の法意及び同条三号がその前段について具体的かつ限定的な内容をもつて規定し、これとその後段の文書とを同列に結んで規定していることから考えると挙証者と文書の所持者の両者の直接又は間接の関与のもとに作成されたものであつて両者の具体的な法的地位が明らかになるような文書を指すものと解すべきである。

しかるところ、原告らが被告に提出を求めている本件文書は、いずれも右文書に当たらないことは明白であるのみならず、そもそも原告らと被告との間には法律関係そのものが存在しない。すなわち、被告が国鉄又は鉄建公団に対し認可した工事実施計画の記載事項は、いずれも法令の定めるところに基づき長期的見通しのもとに新幹線鉄道による全国的な鉄道網の整備を図ることを目的とする高度の行政的、技術的裁量によつて一般的、抽象的に決定された新幹線鉄道建設事業の基本的、根幹的事項のみであつていわば新幹線鉄道建設事業の青写真たる性質を有するにすぎないから、右認可は具体的個人に向けられた具体的処分とはいえないし、また右認可は被告の指示に基づいて新幹線鉄道の建設に当たる国鉄又は鉄建公団が工事実施にあたつて作成した工事実施計画に対しなされた監督庁たる被告の承認に当たるものであつて、いわば行政機関相互間の内部的な行為と同視すべきものであるから、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、その行為によつて直接国民の権利義務を形成しもしくはその範囲を確定する効果を伴う講学上の行政行為としての認可もしくは許可ではないものというべきである。

従つて、そもそも原告らは被告に対し、右認可について取消を求めうるという法律関係にはない。そうすると、被告は原告らに対し、民事訴訟法三一二条三号後段による文書提出義務を負わないものというべきである。

なお、原告らは、被告の行つた認可には外形上少なくとも一応行政処分性が認められ、その行政処分性の有無について原告らと被告間に争訟があるのであるから、原告ら、被告間には特定かつ具体的な法律関係があるものというべきであり、これは民事訴訟法三一二条三号後段にいう「法律関係」に該当する旨主張するが、かかる関係の存在のみをもつて挙証者と相手方との間に法律関係があるとすると、挙証者が文書の所持者を相手方として訴訟を提起している場合には、当該訴訟において挙証者が文書の所持者に対して主張している権利が認められるか否かという法律関係が両者間に必ず存在することになつてきわめて不当であり、原告らの右主張は失当であることが明らかである。

三  被告が行つた認可の行政処分性を検討するには、本件文書は一切必要がない。

被告が国鉄又は鉄建公団に対して行つた認可のように行政庁が法令に基づき反覆して行うことが予想されている行政行為の一つが行政事件訴訟法上の行政処分に当たるか否かは、当該行政行為が根拠を有する各法令の規定を総合したうえでなされる法的評価であるから、個々の行政行為の具体的内容にまで立ち至らなくとも当該行為に関する法令の規定から当該行為の目的、他の行政処分ないし措置との関連、その手続及びその効果等を明確にすることにより十分判断しうるものであつて、本件においても全国新幹線鉄道整備法(以下「法」という。)、同法施行令(以下「施行令」という。)、同法施行規則(以下「施行規則」という。)等の法令の各規定を総合して被告のなした認可が行政処分に当たるか否かを論ずることが可能であり、またそれで十分なのである。

第三当裁判所の判断

本件文書提出命令の申立の基礎たる訴訟事件は、被告が昭和五五年一月二五日付で国鉄・鉄建公団に対してした工事実施計画の変更に関する各認可の取消を求めるものであつて、双方の主張の要旨は、後記第三の三1の冒頭に記載したとおりである。

当裁判所は、訴の適否に弁論を制限した。

当裁判所は、訴訟関係を明瞭ならしめるため、本件申立にかかる文書中認可書等の提出を促したところ、被告は、被告の昭和五五年一月二五日付国鉄に対する認可書、同認可の申請書(主体部分のみ)を書証(乙第二号証の一、二)として提出することとし、すでにその写を当裁判所及び原告ら訴訟代理人において受領している。

一  本件記録並びに本件弁論の全趣旨によれば、被告が本件文書を所持していることは、被告もこれを認めて争わないものと認められる。

二  原告らの文書提出命令申立の方式について

被告は、原告らが本件文書提出命令申立の必要事項の一つとして掲げる証すべき事実(立証趣旨)は、証拠価値に関する判断を超えた本件の本案訴訟において判断されるべき主命題そのものであつて、民事訴訟法三一三条四号にいう証すべき事実には該当しないから不適法な申立である旨主張するが、民事訴訟法三一六条は、文書提出命令違背の効果の一つを定めるに過ぎず、同条により裁判所は、当該文書に関する申立人の主張(証すべき事実)を真実と認めなければならないものではないところ、本件文書を閲覧したこともない原告らに対し、それら文書によつて証明し得る程度の個々具体的な事実を記載しなければならないことを厳格に要求することは、原告らに不可能を強いることにもなりかねないばかりか、ひいては文書提出の申立それ自体を事実上封ずることにもなつて相当ではないし、原告らが証すべき事実(立証趣旨)として記載した事項、原告らの申立及び本件弁論の全趣旨からすると、本件文書によつて原告らが直接立証しようとする具体的事実は、被告の認可した各工事実施計画の内容の具体性及び特定性の程度に関係する事実であつて、その事実から本件認可の行政処分性の有無、更には原告らの財産権、人格権、環境権等の侵害の危険性の有無についても立証しようとする趣旨と解されるから(前記のとおり、当裁判所は訴の適否に弁論を制限したから、その余の点については、当面判断しない。)、右記載事項それ自体は、必ずしも的確な記載であるとはいえないが、少なくともかかる記載事項であるからという理由だけで原告らの本件文書提出命令の申立が不適法であるとはいえないものというべきである。

三  そこで、本件文書が民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書に該当するか否かについて判断する。

1  原告らは、被告が昭和四六年一〇月一四日付をもつて国鉄及び鉄建公団に対し認可した東北新幹線東京都・盛岡市間、上越新幹線東京都・新潟市間の各工事実施計画においては、右新幹線鉄道の通過予定地域となつた原告らの居住する埼玉県南部地域(戸田、浦和、与野の各市)では、当初地下方式による鉄道路線の建設が予定されていたところ、被告が昭和五五年一月二五日、十分な事前調査及び原告ら住民の意見も聴取せずに、右工事実施計画を高架方式に変更する旨の工事実施計画を認可してしまつた結果、被告の認可に基づき建設される予定の新幹線鉄道並びにそれがもたらす騒音や震動等のために原告らの財産権が侵害され、生活、健康、環境が破壊されるおそれがあるので、本件認可には手続及び内容の両面において明白かつ重大な違法があるとして本件認可(処分)の取消を求めている。これに対して被告は右認可(ただし、被告は、上越新幹線については、昭和四六年一〇月一四日付をもつて大宮市・新潟市間の工事実施計画を鉄建公団に認可しているが、原告ら主張の昭和五五年一月二五日付の認可を行つていない旨主張し、本件記録によれば、原告ら主張の右認可は存在しないことが窺える。)は、そもそも抗告訴訟の対象となる行政処分ではない旨争つている。

ところで、民事訴訟法三一二条三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係とは、もともとは契約関係を前提として規定されたものであるが、これを民事訴訟上のそれと本質的に異なる抗告訴訟の場合に適用するにあたつては、おのずから右法律関係の意味をある程度広く解すべき余地があるものと考えられるとしても、当該行政庁の行為の取消を求めている国民と行政庁との間に法律関係があるといいうるには、取消の対象となる行政庁の行為が取消を求めている国民を直接の名宛人としているものであれ、それ以外の者を名宛人としているものであれ、少なくとも当該行政庁の行為の効力が直接国民の権利義務に影響を及ぼすものであるという関係になければならないものと解するのが相当であつて、原・被告間に争訟関係がある場合、その適否を問わず、その争訟関係の形成過程において作成され、あるいは争訟関係に密接に関係する文書を同後段にいう法律関係につき作成された文書に含ませる原告らの主張はこれを採ることができない。

2  これを本件についてみると、法(全国新幹線鉄道整備法)、施行令、施行規則、土地収用法並びに本件記録(乙第二号証の一、二写を含む)によれば、被告が昭和五五年一月二五日付をもつて行つた国鉄に対する認可(以下「本件国鉄に対する認可」という。)は、東北新幹線鉄道路線が建設されるに至る次のような過程の中でなされたことが明らかである。すなわち

(一) まず、被告が予め鉄道建設審議会の諮問を経て鉄道輸送需要の動向、国土開発の重点的な方向その他新幹線鉄道の効果的な整備を図るため必要な事項を考慮したうえで建設を開始すべき新幹線鉄道の路線(以下「建設線」という。)の名称、起点及び主要な経過地を定めた基本計画を決定してこれを公示する(法五条、施行令一条)とともに、新幹線鉄道を建設する国鉄又は鉄建公団に対し、建設線の建設に必要な調査を行うべきことを指示する(法四条、六条)。

(二) 次いで、被告は同じく鉄道建設審議会の諮問を経て、右基本計画において決定した建設線について、工事を着手すべき時期に応じ、建設の区間ごとに走行方式、最高設計速度、建設に要する費用の概算額、建設主体(国鉄又は鉄建公団)等を定めた整備計画を決定する(法七条、施行令三条)。

(三) しかる後、被告は、東北新幹線東京・盛岡間の鉄道の建設を担当させることに決定した国鉄に対し、右整備計画に基づいて建設線の建設を指示する(法八条)。

(四) そこで、被告から東北新幹線鉄道建設の指示を受けた国鉄は、被告の決定した右整備計画に基づき、路線名、工事の区間、線路の位置(縮尺二〇万分の一の平面図及び縮尺横二〇万分の一、縦四〇〇〇分の一の縦断面図をもつて表示)、線路延長、停車場の位置、車庫施設及び検査修繕施設の位置、工事方法、工事予算、工事の着手及び完了の予定時期を定めた建設線の工事実施計画を作成し、これに縮尺五万分の一の線路平面図、縮尺横二万五〇〇〇分の一、縦二〇〇〇分の一の線路縦断面図等のほか建設線の工事の内容、電気、通信設備、車両等の概要や列車の運行等を示す図表、書類を添付して右計画を被告に提出し、その認可を受ける(法九条、施行規則二条一、二項)。

(五) そして、国鉄が被告の認可を受けた工事実施計画を変更しようとするときは当該変更の理由及び内容を明らかにした書類を添えて被告の認可を受けなければならないことになつており(法九条一項後段、施行規則三条)、被告が昭和四六年一〇月一四日付で国鉄に認可した東北新幹線鉄道についても埼玉県南部地域(原告らの居住する戸田、浦和、与野の各市)においては、地盤の性質や地下水の状態等の関係で地下方式による新幹線鉄道の路線建設は不可能であるとの理由で当初の計画を変更して高架方式により建設するとの国鉄の工事実施計画変更の申請を、被告は昭和五五年一月二五日付で認可している。

(六) また、国鉄が、被告の認可を受けた工事実施計画に基づく建設線の工事上必要な線路施設等のための土地を収用し又は使用するにあたつては、被告の右認可が存するにもかかわらず、土地収用法等の法令の適用に関して、特段の規定がなされておらず、同法所定の通常の手続に従つて手続が進められることになつているほか、右段階に至る以前において線路施設等に必要な土地について一定の区域を定めて土地の形質を変更し又は工作物を新設し改築し若しくは増築を禁ずることができるのは、国鉄(又は鉄建公団)ではなく被告自身であることになつている(法一〇条、一一条、施行令四条)し、しかもこれは前記認可とは別個独立の被告の行政行為であると解される。

本件国鉄に対する認可は、右のような新幹線鉄道路線建設の一連の過程の中でなされたのであるが、これによつて、国鉄が法令上対外的に特別の権限を付与されたものと窺える規定はないばかりでなく、右認可があることによつて、国鉄が、自ら作成した工事実施計画に従つて建設線の工事に着手できるようになることについても、右のような過程全体を通覧すると、法は、新幹線鉄道の建設を国民経済の発展と国民生活領域の拡大に資するという目的(法一条)を達成させるために国家的政策判断の下にその基本的大綱を被告に立案、決定させ、ただその具体的実施計画の立案及び建設工事自体は、被告の指示により国鉄(又は鉄建公団)に右基本的大綱に基づいてこれを行わせるとともに被告が、その建設工事の内容を監督する一環として国鉄(又は鉄建公団)の作成した工事実施計画を審査し、被告の認可を得させるようにしているものと解される。

そして、このように解することは、国鉄が鉄道事業及びそれに関連する諸事業を経営する国とは独立の法人格を有する団体である(日本国有鉄道法―以下「国鉄法」という。一条ないし三条)ことと必ずしも矛盾はしない。なんとなれば、国鉄は、その資本金は全額政府がこれを出資し(同法五条)、役員の任免については内閣又は被告がこれを行うかもしくは関与し(同法一九条、二二条、二二条の二)、一定の事項については、被告がこれを監督するほか監督上の命令を発したり、国鉄から報告をさせたりすることができる(同法五二条ないし五四条)うえに、その予算、決算については国のそれと同様に国会の議決、国会への提出がなされることになつている(同法三九条の九、四〇条の三)公法上の法人であつて(同法二条)、かような性格の法人である国鉄に対し、被告が法令に基づき自己の策定した新幹線鉄道建設の計画についてその具体的建設のための工事実施計画の作成及び建設工事それ自体を指示することは、国鉄が少なくとも右に関する限りにおいては行政組織のひとつとして国の政策の実現に当たつているものと解することができ、本件国鉄に対する被告の認可も右の意味において監督手段の一つとしての承認と解しても、国鉄が独立の法人であることと必ずしも矛盾するものではないものというべきである。別の角度からいえば、国鉄は国鉄法により鉄道事業その他の事業を経営するために設立された公法人であるから、同法所定の事業に関しては、独立の法主体として扱わなければならないけれども、法施行後の新幹線鉄道の建設に関しては、国鉄法所定の鉄道事業と密接な関連を有するとはいえ、国鉄が、国鉄法によらないで、法及びこれに基づく行政庁たる被告の指示により、特に与えられた業務であるから、国鉄法所定の事業におけると異なり、被告の下部機関としてその業務を遂行するものとみることができるのである。

3  そうすると、本件国鉄に対する認可は、被告の立案、計画にかかる新幹線鉄道の建設を実現する過程でなされた行政機関内部の行為の性格を有するものと解されるから、本件認可の存在によつて対外的にその法律上の効果が生ずるものではないし、国民の権利義務に直接の影響が生ずるものでもない。従つて、仮に、被告の指示に基づき建設される予定の新幹線鉄道によつて原告らの権利が侵害される危険性が存在するならば、原告らは特に対外的には法律上何ら効力のない本件国鉄に対する認可を取消すまでもなく、被告の指示によつて実施されようとしている新幹線鉄道の建設工事そのもの、あるいはその工事実施計画の違法性を当然に前提として民事訴訟において妨害予防等の救済を求めることができるものといわなければならない。

よつて、原告らと被告との間には、本件国鉄に対する認可の取消を求めるという関係においては、民事訴訟法三一二条三号後段にいう法律関係は存在しないものというべきである。

四  以上の次第で、本件文書はいずれも民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当しないし、また以上に述べた事実からすると、本件文書によつて、本件国鉄に対する認可にかかる計画の内容が具体的に特定されており、原告らの財産、生活環境、健康等への影響が具体的に明らかにされることが窺われないわけでないけれども、本件国鉄に対する認可自体が原告らの権利を侵害するものといえないのであるから、本件訴の適否を判断するについては、本件文書の内容如何はもはや結論に影響しないものといわなければならない。

また、本件文書中、前示乙第二号証の一、二として提出される分については、本件申立の必要がなくなつたことが明らかである。よつて、その余の点につき判断するまでもなく、本件文書提出命令の申立は、理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 高山晨 野田武明 友田和昭)

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