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浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)20号 判決 1991年5月15日

原告

小沢遼子

村上明夫

東一邦

中島康夫

加藤幸二

川村勇

戸井田由紀子

今田(旧姓藤田)佳子

山川正之

大木和弘

笹倉尚子

村田暁夫

真野啓子

浅井京子

岸佐和子

岸はま子

根岸美智子

高沢正樹

遠藤洋一

佐藤克彦

原告ら訴訟代理人弁護士

角南俊輔

ほか

被告

埼玉県

右代表者知事

畑和

被告訴訟代理人弁護士

山下卯吉

ほか

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告小沢遼子、同村上明夫、同中島康夫、同加藤幸二、同川村勇、同村田暁夫、同真野啓子、同浅井京子、同岸佐和子、同岸はま子、同根岸美智子、同高沢正樹、同佐藤克彦に対し各金五万円、同大木和弘、同遠藤洋一に対し各金九万円、同戸井田由紀子、同山川正之、同今田(旧姓藤田)佳子に対し各金一〇万円、同東一邦に対し金七万円、同笹倉尚子に対し金五万五〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和五八年一月二五日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実及び争点

一事案の概要

本件は、昭和五七年一〇月三一日に自衛隊朝霞基地において行われた自衛隊観閲式に反対するための集団行進に参加した原告らが、埼玉県警機動隊が行った集団行進の規制によって表現の自由を侵害され、また右規制の際の暴行、過剰警備等によって身体の傷害、携帯品の破損等の損害を受けたとして、その賠償を求めるものである。

1  集団行進などの届出

原告小沢(主催者兼連絡責任者)は、昭和五七年一〇月二六日、埼玉県公安委員会に対し、同月三一日に予定された集団行進及び集団示威運動(午前九時東武線朝霞駅北口広場集合、同九時三〇分同広場出発、自衛隊正門左折、午後一時和光市駅解散)の届出をなし、また朝霞警察署長に対し、道路交通法七七条一項による道路使用許可の申請(<証拠>)をした(すべて争いがない。)。

2  集団行進の条件付き許可

朝霞警察署長は、同月二九日、①行進隊形は、横列四人以内、縦列二五人以内をもって一てい団とし、てい団の距離はおおむね五メートルとすること、②道路(歩車道の区別のある道路では車道)の左側端を通行すること、③だ行進、うずまき行進、逆行進、フランス式デモ、てい団の並進・追越し、おそ足・かけ足行進、停滞等交通秩序を乱す行為をしないこと、④使用車両は、行進する全集団の先頭及び後尾に、放送設備を有しもっぱら街頭宣伝活動に使用する宣伝カー各一台とすること(以下「車両条件」という。)、その他の条件を付して右申請を許可(<証拠>)した(すべて争いがない。)。

3  車両条件の効力停止

原告小沢は、同月三〇日、角南弁護士に委任して、浦和地方裁判所に車両条件の効力停止の申立てをなし、同裁判所は、同日深夜、右申立てを認容する旨の決定(<証拠>以下「効力停止決定」という。)をした(すべて争いがない。)。

4  効力停止決定の取消し

朝霞警察署長は、同月三一日早朝、効力停止決定に対して即時抗告をなし、東京高等裁判所は、同日、効力停止決定を取り消し、車両条件の効力停止の申立てを却下する旨の決定(<証拠>以下「本件取消決定」という。)をした(すべて争いがない。)。

5  本件取消決定の告知

東京高等裁判所の鈴木書記官は、同日午前八時五〇分頃、朝霞警察署長の指定代理人向佐訟務調査官に本件取消決定の正本を交付し(<証拠>)、同九時一〇分頃、角南弁護士の自宅に本件取消決定がなされたことを連絡したが(<証拠>)、角南弁護士は、既に集団行進に参加するため出掛けた後であったので、同弁護士の妻が鈴木書記官の電話を受けた(争いがない。)。

6  発知警備課長による本件取消決定の伝達

朝霞警察署の発知警備課長は、同日午前九時一〇分頃、警察本部から、①効力停止決定が高裁で取り消されたこと、②本件取消決定の正本をヘリコプターで搬送するので朝霞駅北口交番で受け取り、原告小沢に提示すること、③裁判所書記官は本件取消決定のあったことを角南弁護士の自宅に電話連絡すると言っていることなどの連絡を受けたので、とりあえず、同九時一二分頃、宣伝カーの助手席にいた原告小沢に対し、本件取消決定のあったことを伝えてジープを集団から外すように要請し、また、その付近にいた角南弁護士にも同様のことを伝え、決定書はヘリコプターで搬送中であること及び裁判所書記官から角南弁護士の自宅の方に連絡しているはずであるから自宅に連絡して欲しい旨を伝えた。そして、同九時三〇分頃、発知課長は、朝霞駅北口交番において、ヘリコプターで搬送されてきた本件取消決定正本を受け取り、同九時三四分頃、朝霞駅北口広場に戻り、原告小沢に右正本を差し出し、効力停止決定が取り消されたのでジープを集団から外すように大声で伝え、またジープの横にいた角南弁護士に対しても右正本を示したところ、同弁護士は右正本を手に取って確認した(<証拠>)。

なお、角南弁護士は、右確認の際、右正本が裁判所によって作成されたものであることは間違いないと思った(<証拠>)。

7  朝霞駅北口広場における集団行進の制止

原告小沢、角南弁護士ら約一八〇名は、同日午前九時頃から朝霞駅北口広場において集会を開始し、同九時三〇分頃集団行進に移ろうとしたところ、埼玉県警機動隊第二大隊第一中隊長堀地正光ら数名の機動隊員が集団の先頭の宣伝カーの前面付近に立ち、効力停止決定は取り消されたので集団行進からジープを外すように説得を始め(<証拠>)、同九時三三分頃には、集団の先頭の宣伝カーの前に機動隊の指揮官車を配置し(争いがない。)、同五五分頃には、集団に参加していたジープに車止めを掛け、集団の出発を事実上制止した(争いがない。)。

8  集団行進の開始

埼玉県警は、同日午前一〇時過ぎ頃、朝霞駅北口広場における混乱を避けるため、集団を出発させることとし、集団は、先頭に宣伝カー、ジープ各一台、最後部に一般乗用車一台を配置して、集団行進を開始した(すべて争いがない。)。

9  朝霞西高グランド横における集団行進の規制

埼玉県警は、同日午前一〇時四〇分頃、県立朝霞西高グランド横の信号機付近において、集団行進について併進規制(機動隊が集団の両側を挟むようにして集団と並んで行進する。)を行い、同一〇時五〇分頃、ジープに車止めを掛け、同一一時二〇分頃、その場に座り込んでいた集団に対し、いわゆる「ごぼう抜き」(被告の表現によれば「引立て」)を行った(すべて争いがない。)。

10  集団行進の終了

機動隊は、同日午前一一時二〇分頃、車止めを外して、集団行進を続けるように指示し、集団は、午後〇時三八分頃、解散地点である東武東上線和光市駅に到着して解散した(<証拠>)。

二争点

1  朝霞駅北口広場における集団行進制止の適否

(一) 角南弁護士は効力停止決定に対する抗告事件について原告小沢の代理権を有していたか。

(二) 本件取消決定の効力が生じたのはいつか。

(三) 機動隊が警察法二条、警察官職務執行法五条に基づき集団行進の出発を制止したことは適法か。

(四) 右制止の際に機動隊員による暴力により原告遠藤、同東、同大木、同戸井田、同山川が傷害、携帯品破損等の損害を被ったか。

2  朝霞西高横における集団行進規制の適否

(一) 機動隊が警察法二条、警察官職務執行法五条に基づき併進規制などをしたことは適法か。

(二) 右規制の際に行われた「ごぼう抜き」が過剰警備に当たるか。

(三) 「ごぼう抜き」により原告今田、同笹倉が傷害、携帯品破損等の損害を被ったか。

三争点に対する判断

1  朝霞駅北口広場における集団行進制止の適否

(一) 角南弁護士の代理権について

<証拠>によれば、角南弁護士は、原告小沢から効力停止決定に対する抗告事件についての委任も受けていたと認められる。

(二) 本件取消決定の効力が生じたのはいつか。

決定は、相当と認める方法をもって当事者に告知することによって、その効力が生じるものであり、また当事者本人又はその代理人に直接告知することができないときは、被告知者の事務員、雇人又は同居者であって事理を弁識する知能を有する者に決定の内容を告知し、被告知者が決定のあったことを知り得る状態にすれば足りるものと解される。

そこで、本件取消決定の効力がいつ発生したかについて検討するに、前記一5の事実及び<証拠>によれば、鈴木書記官は、昭和五七年一〇月三一日午前八時五〇分頃、朝霞警察署長の指定代理人であった向佐調査官に本件取消決定の正本を交付するとともに、同九時一〇分頃、原告小沢の代理人であった角南弁護士の自宅に本件取消決定のあったことを電話連絡したが、同弁護士は、既に集団行進に参加するため出掛けた後であったので、同弁護士の妻に本件取消決定の主文の要旨を告知したこと及び同女は事理を弁識する知能を有する者であったことが認められるので(証人角南は、同女は効力停止申立事件の経過、内容を承知しておらず、本件取消決定の内容を理解する能力を有していなかったと証言するが、告知を受ける能力としては、本件取消決定の内容を詳細に知り得る能力を有していることは不要であり、東京高裁が浦和地裁のした決定を取り消したということを理解し得れば足りる。)、本件取消決定は、鈴木書記官が向佐調査官に決定正本を交付し、角南弁護士の妻に決定要旨を電話連絡したことにより当事者双方に対する告知がなされたことになり、その効力が生じたというべきである。

もっとも、本件取消決定が角南弁護士の妻に告知されたとしても、その時、同弁護士は既に朝霞駅北口広場に出掛けていたので、本件取消決定のあったことを当然に知ったわけではないが、前記一6の事実によれば、角南弁護士は、朝霞駅北口広場において、発知課長から、本件取消決定のあったこと及び裁判所から同弁護士の自宅に電話連絡がしてあることなどを知らされたのであるから、車両条件の効力停止申立事件の代理人としては、その職務上当然、本件取消決定の存否を調査確認し、その対応策を検討するのが通常であり、本件の場合は、自宅に電話してみるなどの極めて簡単な方法により右決定の告知の有無を確認することができたのであるから、角南弁護士は、本件取消決定の告知があったことを容易に知り得る状態にあったと認められる(もっとも、同弁護士は、発知課長から本件取消決定の正本を提示され、その決定書が真正なものであると思ったというのであるから、特に告知の有無を調査する考えはなかったと推認される。)。

以上によれば、鈴木書記官が角南弁護士の自宅にいた妻に本件取消決定のあったことを電話により告知したことによって、角南弁護士は本件取消決定のあったことを知り得る状態に置かれたというべきであるから、角南弁護士が裁判所から直接本件取消決定の告知を受けなかったとしても、右告知の効力に影響はないというべきである。

なお、原告らは、埼玉県警が原告小沢に対する本件取消決定の告知の有無を調査しないで本件取消決定の効力が生じたものと考え、集団行進を規制したことに過失があると主張するが、前記一6の事実及び<証拠>によれば、向佐調査官は、鈴木書記官から本件取消決定の正本を受け取った際、同書記官から角南弁護士には電話で連絡する旨の説明を受けていたこと、埼玉県警は慎重を期するため本件取消決定の正本をヘリコプターで集会現場に搬送し、それを角南弁護士に提示し、本件取消決定のあったことを伝えたのであるから、さらに本件取消決定が角南弁護士に直接告知されていたか否かについてまで確認する義務はなかったというべきである。

(三) 機動隊が警察法二条、警察官職務執行法五条に基づき集団行進の出発を制止したことは適法か。

以上に述べたところによれば、浦和地裁がした効力停止決定は本件取消決定によって取り消され、車両条件が復活したのであるから、ジープを集団行進に参加させることは車両条件に違反することになり、道路交通法一一九条一項一三号の罪に該当することは明らかである。したがって、埼玉県警が警察法二条、あるいは警察官職務執行法五条に基づき、犯罪行為を制止するため、ジープを集団から外すように説得し、これを無視して出発しようとしたジープに車止めを掛けるなどの制止行為を行ったことは適法というべきである。

(四) 機動隊員の暴力行為による損害の有無

(1) 原告遠藤について

原告遠藤は、機動隊員が押し寄せてきた混乱の中で眼鏡を取られ、損壊されたと供述するが、右損壊の原因に関する供述内容は必ずしも明確ではなく、<証拠>に照らすと、右損壊が機動隊員の行為によって生じたものと速断することはできない。

(2) 原告東について

原告東は、機動隊員が同原告をジープから無理矢理に引き離したときに、同原告のセーターがジープに引っ掛かり破損した(<証拠>)と供述するが、<証拠>(機動隊員が同原告をジープから引き離した後の状況を撮影した写真)によれば、同原告のセーターは破損していないことが認められるので、同原告の右供述を採用することはできない。

(3) 原告大木について

原告大木は、同原告が機動隊と押合いをしていた集団の最前列から二列目にいたところ、機動隊員の右手が同原告の眼鏡に引っ掛かったため、眼鏡が外れ、破損したと供述するが<証拠>(右押合い状態を撮影した写真)によれば、右押合いの際に、機動隊員の手が集団の二列目にいた同原告まで届いたとは認められないので、同原告の右供述を採用することはできない。

(4) 原告山川について

原告山川は、左手でハンドルを握って、時速四、五キロメートルの速度でジープを前進させながら、右手をジープの外に出してドアを押さえていたところ、機動隊員が同原告の右前腕部を一〇数回殴りつけ、右前腕打撲及び皮下血腫の傷害(<証拠>)を受けたと供述しているが、殴打された部位に関する同原告の供述は曖昧であり、また<証拠>によれば、<証拠>(診断書)に記載されている傷害の程度(全治二週間)についても疑問がある。そして、<証拠>によれば、機動隊員が原告山川の右前腕部を一〇数回殴打したとの事実を認めることは困難である。

(5) 原告戸井田について

原告戸井田は、安静約一週間を要する右胸部打撲傷の診断書(<証拠>)を提出しているが、右傷害が機動隊員の暴行によるものであると認めるに足りる証拠はない。

2  朝霞西高グランド横における集団行進規制の適否

(一) 機動隊が集団に対し、警察法二条、警察官職務執行法五条に基づき併進規制などをしたことは適法か。

(1) 併進規制について

<証拠>によれは、集団は、朝霞駅北口広場を出発した後、埼玉県警の再三の警告を無視して、だ行進、フランス式デモ、先行てい団追越しなどを行って前記一2の②、③の条件違反を繰り返したことが認められ、右条件違反が道路交通法一一九条一項一三号の罪に該当することは明らかである。

したがって、埼玉県警は右犯罪行為を鎮圧、制止するため、警察法二条、あるいは警察官職務執行法五条に基づき、併進規制を行ったものと認められ、右規制は適法というべきである。

(2) ジープに車止めを掛けたことについて

前記1(三)において述べたように、ジープが集団行進に参加することは車両条件に違反し、道路交通法一一九条一項一三号の罪に該当するのであるから、これに車止めを掛け制止したことは適法というべきである。

(3) 監禁について

<証拠>は、機動隊が集団の周りを取り囲んで動けなくしたと供述するが、<証拠>によれば、機動隊が併進規制を行った後、車両条件に違反するジープに車止めを掛ける際、ジープと集団の先頭の間に機動隊員が立ちはだかったことが認められるが、機動隊が集団の周りを取り囲んで集団を監禁したと認めるに足りる証拠はない。

(二) 右規制の際に行われた「ごぼう抜き」が過剰警備に当たるか。

<証拠>は、機動隊が警告もしないで、集団行進参加者の腕を引っ張ったり、ナップザックに手を掛けたりして立ち上がらせようとしたと供述する。

しかしながら、<証拠>によれば、機動隊が条件違反のジープに車止めを掛け、宣伝カーと集団の先頭を誘導しようとしたところ、集団が原告小沢の指示によって路上に座り込み、再三、立ち上がって前進するように説得したにもかかわらず、これにも応じようとしなかったので、交通妨害を解消するためやむを得ず座り込んだ者の腕を取って引き立てたことが認められる。

そして、路上座込みは交通の妨害となり、前記一2の③の条件(停滞)に違反し、道路交通法一一九条一項一三号の罪に該当することは明らかであるから、この違法状態を排除するため引立てを行ったことは適法であり、これを過剰警備ということはできない。

(三) 「ごぼう抜き」により原告今田、同笹倉が傷害、携帯品破損の損害を被ったか。

(1) 原告今田について

原告今田は、「ごぼう抜き」の際に左腕を強く引っ張られたため、腕時計の金属部分によって左手の親指の先に引っ掻き傷(<証拠>)ができたと供述しているが、その供述は必ずしも明確ではないのみならず、前記(二)のように、引立て自体は適法であり、しかも同原告はこの引立てに抵抗したというのであるから(同原告)、同原告の主張する傷害は右抵抗の結果によることも考えられる。したがって、同原告の主張を認めることはできない。

(2) 原告笹倉について

原告笹倉は、「ごぼう抜き」の際に背負っていたナップザックを引っ張られたため、ナップザックの紐が切れた(<証拠>)と供述しているが、<証拠>によれば、原告笹倉は、「ごぼう抜き」が行われた後もナップザックを背負って行進していることが認められるので、「ごぼう抜き」によって同原告のナップザックの紐が切れたことに疑問があるのみならず、前記(二)のように、引立て自体は適法であり、しかも同原告はこの引立てに抵抗したというのであるから(同原告)、ナップザックの紐が「ごぼう抜き」の際に破損したものとしても、それは右抵抗の結果によるものと考えられる。したがって、同原告の主張を認めることはできない。

以上により、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官髙橋正 裁判官細井淳久 裁判官都築政則)

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