浦和地方裁判所 昭和58年(ワ)217号 判決 1983年6月28日
原告
株式会社土木緑化事業
右代表者
矢嶋信昭
右訴訟代理人
小宮清
佐藤裕人
小宮圭香
被告
山本良治
主文
一 被告は、「株式会社土木緑化事業の臨時株主総会を昭和五七年一二月二七日に開き、代表取締役矢嶋信昭の解任を決定し、新たに代表取締役社長として山本良治氏を選任しました。」旨の虚偽の内容の文書を配布することによつて原告の営業を妨害してはならない。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
原告は、主文第一、第二項と同旨の判決及び主文第二項と同旨の判決につき仮執行の宣言を求め、別紙のとおり請求の原因を述べた。
被告は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
ところで、原告は、本件において、営業権に基づいて、被告に対し特定の内容の文書の配布を禁止することを求めている。一般に営業権と称されるものの内容をなす営業とは、一定の営業目的のために組織化された有機的一体として機能する人的、物的な構成による経済的経営活動の全体をいうものと解される。換言すれば、営業とは、経営者及び従業員による人的な構成と各種営業用の不動産、動産、不動産賃借権・預金・売掛金等の各種債権、無体財産権、営業上の免許、商号、のれん等による物的な構成の総合による企業維持活動をいうのであつて、営業権それ自体はこれらを総括して営業活動をなしうる地位とも観念すべきものであり、したがつて、これには営業活動によつて受けうる積極的な有形無形の営業上の諸利益はもとより、正当な営業活動を阻害されない利益をも包含されるものと解されるのであるが、原告が本件において、請求の基礎として措定する営業権とは、その請求原因の主張の趣旨からみて、右に述べた営業上の利益を指称するものと解される。そして、かかる営業上の利益の侵害があるときは、一般的には金銭賠償をもつて救済されるべきではあるけれども、すでに不正競争防止法において、一定の態様の行為により「営業上ノ利益」が侵害される虞のある者は、当該行為の差止を請求する権利を有するものとされ、「営業上ノ利益」の保護が強化されていることに鑑みれば、現行法秩序の下において、直接には右のような特別法の適用がない場合であつても、当該侵害行為の態様・程度、加害者の意図・目的、被害の程度、妨害排除の必要性、当事者双方の利害の軽重のいかんによつては、前示営業上の利益の侵害(又は侵害の虞のあること)を理由として、その侵害行為の排除を求めることが許されるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前示請求原因事実によれば、被告は、意図的に虚偽の内容の文書を大量に配布していること、右文書の配布による原告の損害は相当の範囲・程度に及ぶものであることが明らかであるうえ、右のような文書の配布を禁止することにより被告に特段の損害が生ずることを認めうる証拠はないから、本件は、前示のような妨害排除が許容される場合にあたるものというべきである。
よつて、原告の本訴請求を理由があるものとして認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(小池信行)
別紙 請求の原因
一 原告は、肩書地に事務所を有し、道路環境の整備及び維持管理、土木建築工事の請負等を目的とする株式会社であり、その代表者は設立以来今日まで訴外矢嶋信昭である。
被告は、原告会社の取締役であり、かつ、全日本同和会埼玉県連合会の会長の地位に在る者である。
二 ところで、原告会社の運営をめぐつて、代表取締役である矢嶋信昭と取締役である被告との間に、昭和五七年一一月ころから意見の対立を生じていた。しかるに、被告は、昭和五八年一月一三日ころ原告会社の仕事の受注先である埼玉県飯能土木事務所をはじめ、同県の各機関及び同県内の市町村等の公共団体、さらには金融機関等に対し、「株式会社土木緑化事業役員改選の件」と題する文書(以下「本件文書」という。)約六〇〇枚を配布した。
本件文書の記載内容は、次のとおりであつた。
「 株式会社土木緑化事業役員改選の件
昭和五八年一月六日
全日本同和会埼玉県連合会
土木緑化事業は、全日本同和会埼玉県連合会の同対事業として土木・建築・緑化を主要事業として進めてまいりましたが、この度株式会社土木緑化事業代表取締役矢嶋信昭(全日同埼玉県連大宮支部長)は、本会入会誓約書の『一、本会内規に違反 二、本会の名誉を損う行為をした。 三、本会の運動を妨げる行為に及んだ。』等に違反した為、昭和五七年一二月二七日付をもつて除名処分と致しました。これに伴い(株)土木緑化事業の臨時株主総会を昭和五七年一二月二七日に開き、代表取締役矢嶋信昭の解任を決定し、新たに代表取締役社長として山本良治氏を選任致しました。
なお、土木緑化事業は、今後共皆様の御支援によりまして埼玉県連合会の同対事業として着実に前進してまいりますので、旧に倍しましての御支援御協力を宜敷くお願い申し上げます。
追伸 なお、矢嶋信昭氏は(株)土木緑化事業全役員の承認を得ずして独断で中央建設共同組合を設立しましたが、(株)土木緑化事業は何んら関知しておりませんので、念の為お知らせ致します。」
三 しかしながら、昭和五七年一二月二七日に原告会社の臨時株主総会が開催された事実はないし、矢嶋信昭が同社の代表取締役を解任され、被告が代表取締役に選任された事実も存在しない。
したがつて、本件文書の記載内容は少なくともその核心部分において虚偽である。
四 本件文書が前記のような原告会社の仕事先等に配布されることにより、原告会社には、(一)埼玉県、市町村等の公共団体からの仕事の指名、発注がなくなる。(二)現在の仕事先からすでに発生している代金債権の支払を一時拒絶される。(三)右の支払拒絶により原告会社の資金繰が困難になり、経営困難に陥る等の損害が現に発生し、又は将来において発生する虞がある。
五 よつて、原告は被告に対し、営業権に基づいて、主文第一項掲記のような内容の文書の配布の差止を求める。