浦和地方裁判所 昭和59年(タ)57号 判決 1986年8月04日
原告
甲山花子
右訴訟代理人弁護士
西村孝一
被告
甲山太郎
右訴訟代理人弁護士
川崎友夫
同
大江保直
同
柴田秀
同
狐塚鉄世
同
萩谷雅和
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原告と被告間の長男一郎(昭和五三年八月五日生)及び二男二郎(昭和五六年四月一七日生)の親権者をいずれも原告と定め、原告をして右二子を監護養育させる。
三 被告は、原告に対し、長男一郎を引き渡せ。
四 被告が分担すべき右二子の監護養育費用を、長男一郎については一か月金三万八〇〇〇円、二男二郎については、一か月金三万一〇〇〇円とする。
五 被告は、原告に対し、本判決確定の日から、毎月末日限り、前項の一か月金六万九〇〇〇円の割合による金員(判決確定の日を含む月については日割計算とする。)を支払え。
六 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月二三日からその支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
七 被告から、原告に対し、金五〇〇万円を財産分与させる。
八 被告は、原告に対し、前項の金五〇〇万円を支払え。
九 訴訟費用は被告の負担とする。
一〇 この判決は、主文第六項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
原告
「一 主文第一項ないし第三項同旨
二 被告は、原告に対し、右二子の監護に要する費用として、両名がそれぞれ成人するまで、一子について一か月金五万円の割合による金員を支払え。
三 被告から、原告に対し、金七〇〇万円を分与する。
四 被告は原告に対し前項の金額を含めて金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び第四項について仮執行宣言
被告
「一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 当事者の主張
(原告・請求原因)
一 婚姻の経過
原告と被告は、婚姻当時、いずれも東京都江戸川区所在のA学園に勤務する教員であり、一年余りの交際の後、昭和五一年一月一八日に婚姻し、当初は埼玉県八潮市の借家に居住し、昭和五二年三月江戸川区のA学園職員寮に転居し、その後婚姻関係が事実上破綻した昭和五八年八月まで同所に居住していた。
二 離婚原因 その一 不貞行為等
1(一) 被告は、昭和五五年夏頃から昭和五六年初旬にかけて、有夫の女性と継続的な関係を持つた。
(二) 右女性の夫と思われる人物から、右責任を追及され、示談を迫られた被告は、示談(二回分けて行われた。)を秘密裏に行おうとして、昭和五五年八月の示談の際、交通事故の示談金と偽つて、原告を欺き、示談金九五万円の支払を了解させた。しかし、昭和五六年五月の示談の際、示談金が五〇〇万円に及んだため、被告の父は、原告の父に事情を打ち明け、被告の不貞行為は、原告の知るところとなつた。
(三) 二男二郎の出産後間もなかつた原告は、これに大変な衝撃を受けたが、すでに原被告間に二子が生まれていたこともあり、その将来を考え、被告が反省し、態度を改めることを条件に、このときは離婚を思いとどまつた。しかし、被告は、被告名義の普通乗用自動車(以下「車」という。)は示談金支払のために処分する、煙草もやめて倹約に努めるなどと約束しながら、全くこれらを守らず、被告の家計を無視した浪費、家事育児の非協力は一向に改まらなかつた。
(四) 被告の両親は原告に対し、二回目の五〇〇万円の示談金の支払のうちとりあえず被告の父が支払つた二〇〇万円の返済を「あなた方の家庭を守るために払つたのだから」と要求し、それは家計を重く圧迫したが、被告の両親は、被告の浪費については一言も注意せず、「被告には好きなようにさせてやれ」等原告に注文を付けるような状態であり、右二〇〇万円の返済は、後記(六)記載のとおり、原告の収入をもその原資として昭和五七年一二月まで続いた。
(五) 一回目の九五万円の示談金の支払原資は、被告名義の預金から支払われたものであるが、被告名義の預金には原告の賞与などの収入も含まれていた。
(六) 二回目の示談金の支払原資の一部に充てられた財形貯蓄は、原被告の収入をもとに原被告で家を買うために積み立てていたもので、便宜上被告の名義にしていたものに過ぎず、また、原告の積立保険も解約して、支払原資に充てており、被告の父に対する二〇〇万円の返済も、原被告双方の賞与等の一時金の原資としてなされたものである。
原被告双方の賞与等の収入は、年末年始の贈答品への支出、車のローン代金(毎月一万六〇〇〇円余り、年二回の賞与時に各三〇万円ずつの支払)・車検代・ガソリン代、被告の昭和五七年の海外研修準備費用(約一一五万円)、被告のスーツ代・ゴルフ用品代、昭和五八年一月以降被告が給料を家計に入れなくなつたことによる生活費の補填等のために費消されたのであつて、被告の賞与だけで、右二〇〇万円を返済したのではない。
2 被告は、昭和五八年前半期、勤務先の卒業生と不貞行為を続け、合宿と称して、特定の卒業生と京都・伊豆等へ宿泊旅行をし、海外研修の際のエスコートの女性とも箱根に旅行している。
三 離婚原因 その二 暴行・侮辱等
1 被告は、婚姻後しばしば、原告に暴力をふるい、原告は、顔面を殴られて眼帯をして学校に行き、昭和五二年秋頃には殴打され、茶箪笥にぶつかり、鼓膜を破つてしまつた。
2 昭和五八年一月初旬頃、被告は自宅で電話をかける際、原告や子供に隣室に出るよう命令し、ドアから出ようとする原告を足で蹴り、その勢いで子供がドアに頭をぶつけて泣きだすと、今度はドアを力一杯閉めたために、二郎の足がはさまれ、その親指の爪が割れ、この乱暴に泣きながら抗議した原告に対して、被告は更に殴る蹴るの暴行を続けた。
3 昭和五八年に入り、被告の原告に対する暴行、侮辱及びいやがらせは、極端なものになり、ことあるごとに「早く出ていけ」「気持良く別れられないのかねえ」「おまえがいなければ皆幸せになれる」等の暴言をはき、暴力を繰り返した。
4 原告は、家庭の安定を考え、被告や被告の両親(以下「被告側」という。)に対する不満を口にすることは極力控えており、原告の両親に対してさえ、被告側に対する批判や不満は一切話しておらず、原告が被告側を侮辱した等というのは言いがかりである。また、原告の父が原被告の問題に介入したことはない。逐一過剰に介入し、原告に一方的な忍従を強制し、家庭を崩壊させたのは被告の両親、特に被告の母である。
四 離婚原因 その三 浪費等
1 被告は、昭和五五年秋二〇〇万円もする車を購入し、ほとんど自分独りの楽しみのために使用していたが、その代金は原告の給料及び賞与から支払われていた。前記示談金の支払の問題が生じても、原告との約束を無視し、車を処分しようとはしなかつた。
2 前記示談金支払のため多額の債務を生じてからも、被告は家計を無視してスーツ、ゴルフ用品を買い求め、昭和五七年の原告の夏の賞与を、中元代と車のローン代三〇万円の支払に充てたところ、被告はその夏頃四週間の海外研修に行き、被告の夏の賞与と学校からの手当、餞別などの八〇万円を超す所持金を費消してしまい、そのほかに、研修の際の写真代、ガソリン代の支払をしなければならない状態で、その年の秋の車検費用の支払いに充てるべき金が全くなくなつてしまつた。更に、昭和五八年一月、被告は自分の小遣銭欲しさに原告の反対を無視して一郎のお年玉の預金まで払戻し、費消してしまつた。そして、同月から被告は、家賃、保育料(四月以降のみ)、電話・電気代(六月以降のみ)を支払うだけで、その余の給料を家計に入れなくなり、帰宅時間も連日午後一〇時、一一時を過ぎるようになつた。
五 離婚原因 その五 直接の契機となつた暴行等
1 昭和五八年七月中旬、被告は原告に対し、「出ていけ」と暴行をはたらいた。
なお、一郎は、同月二九日、被告に頼まれた被告の両親により、お祭を見せるからという名目で被告両親宅に連れていかれ、現在まで同宅に留め置かれている。
2 被告は、同月三〇日から三日間外泊し、八月二日夜帰宅し、原告に対し、罵声を浴せ、食器の入つた食器籠を投げ付けたりした。原告は、被告の父に電話して助けを求めたが拒否されたので、電話で原告の父を呼んだが事態は納まらず、被告は逆上して原告の父の衿を掴んで殴りかかる等したうえ、家を飛び出して、警察官を同行してきたが、逆に被告が警察官から諫められ、原告は、原告の両親の宅に帰つた。
3 原告は同月四日帰宅し、被告の両親に電話し、一郎を帰すよう求めたところ、被告の両親はとりつくしまもなかつた。
ここに至つて原告もやむなく被告との同居を諦め、同月二一日荷物を引き上げ、以来被告とは別居している。
4 なお、原告は、現在もA学園高等学校に在職中であるが、被告は学校当局の勧告により、同校を退職した。
被告の退職は、原告が働きかけたからではなく、原被告の住居が学校の宿舎であつたことから、被告の行状は多くの同寮教員の知るところとなり、これら教員からの話を含め事態の経過をおよそ推知していた同校の校長は、被告の原告を退職させるようにとの申出に対し、話が逆であるとして拒絶したのであつて、原被告の結婚の際の仲人であつた校長の信頼を裏切つたことにより被告は退職せざるを得なかつたのである。
六 被告の両親との関係について
原告は、結婚後二年位したら家庭に入りたいと考えていたが、被告や被告の母から被告は長男だから親と共同で家を建てよう、そのためには貯金もいるし仕事を止められては困るといわれ、示談金負担が生じてからは仕事を止められる状態ではなかつた。また、原告が、被告の両親との同居を拒んだことはなく、逆に被告の両親の方で拒んでいたのであり、被告の両親から仕事を止めるよう真意で言われたことはない。
七 親権及び監護について
1 一郎及び二郎はまだ幼年であり、その心身の発達のためには母のきめ細かな愛情としつけを必要とする。
原告は、被告が父としての責任を放棄し、家事育児に全く協力しない状況のもとで、ほとんど独力で一郎と二郎を気持の優しい、明るい、皆からかわいがられる子に立派に育ててきた。勤務先の学校の敷地内にある保育園に昼間二子を預けていたが、一日二回母乳を飲ませ、仕事が四時に終わると汚れものを持ちかえつて洗濯し、夕食は一人を背負い、一人を遊ばせながら用意していたのである。
2 前記のとおり、粗暴で自己中心的で、子に対する愛情や教育的関心の著しく欠如した被告や、そのような被告に対して何の注意も助言もせず、これを増長させる被告の両親の下でその養育をなすことは、幼児の人格形成に著しい悪影響を及ぼす。
被告は、朝雨が降り、原告が二子を自転車で保育園に送つて行くのに、自分は独りで車で学校に通勤し、些細なことで子をヒステリックに怒鳴りつけ、休みには自分独りで車を乗り回し、一郎との約束も平気で破つた。このような被告には、子に対して十分な監護を行う能力はない。
親権を行使するのは、親自身であつて、その母や兄弟ではない。
3 幼児期において兄弟が日常生活を共にすることによつて得られる体験は他に変え難い貴重なものであり、一郎は二郎と共に育てられるべきである。
4 原告側の居住環境、経済環境には何の問題も存在しない。
5 原告の両親は、健全な社会常識を有しており、原告と原告の両親(以下「原告側」という。)は、子供の生育する人間的環境としても十分なものを備えている。
6 一郎は、現在被告側の支配下に置かれ、おそらくは原告に対する誹謗と中傷を語られているであろう。その一郎が幼児の防衛本能から、被告に迎合するような言動をとることも十分あり得ることであり、そのような一郎の片言を取り上げ、一郎が本心から原告を忌み嫌つていると受け止めるのは、一郎の現在の心情の中にある埋め難い空白に気づかない、極めて冷酷な見方というべきである。
また、もし仮に、本当に一郎が心底より原告を嫌つているのであるとすれば、そのこと自体一郎の人格形成に重大な傷を残しているはずなのであつて、これに気付かず被告のように「一郎は元気に充実して暮らしている」等と考えるのは一郎の心情に対する皮相極まりない理解というほかない。
7 被告が一郎の親権、監護養育にこだわるのは、被告の両親の封建的家意識によるものであつて、子の福祉の見地から出たものではない。被告の母は、原告が子供を連れてその家を訪ねるのを、家が汚れるからとして嫌がり、子が病気のときには、自分にうつるのを嫌い世話をするのを嫌がつていたほどである。
8 以上を総合考慮した場合、一郎及び二郎の親権者として原告が指定されべきことは明白である。現状を変更して一郎を被告のもとから原告のもとに引き渡すことは、一時的には一郎にある程度の不安動揺を与えるかもしれない。しかし、一郎の可塑性を考えれば、原告の豊かな愛情に基づく監護・養育により速やかにこれを解消し、安定した母子関係を形成し得ることは確実である。
9 二子の監護費用としては、現在・将来の物価の動向、被告の資力などを考えても、二子がそれぞれ成人に達するまで一名につき月額五万円とするのが相当である。
八 慰謝料
原被告の婚姻は右二から五に述べた被告の一方的有責行為により破綻したものであり、原告はこれにより言い知れぬ苦痛屈辱を被つた。その慰謝料として三〇〇万円が相当である。
九 財産分与
婚姻後同居期間中の原告及び被告の給与等の額は概ね別紙一覧表のとおりであつたが、被告の浪費及び婚姻費用分担義務の懈怠のため別居時点で原告の預金等は全く存在しなかつた。原被告の右収入からすれば、婚姻後七年半の間に少なくとも一四〇〇万円程度の貯蓄は十分可能であつた(各月給与の一〇パーセントと、賞与の三分の二の合計額は一四一九万〇六九五円になる。)。右事情を考えれば、被告は原告に対し、七〇〇万円の分与をなすべきである。
よつて、原告は、被告に対し、離婚を請求し、これに付随する裁判として原告を原被告間の二子の親権及び監護権者とするとの定め、一郎の被告から原告への引き渡し、二子の監護に要する費用として一子あたり一か月金五万円の割合による金員の支払及び金七〇〇万円財産分与と分与財産の支払及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和五九年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を申立て、不法行為に基づく損害賠償請求として、金三〇〇万円及びこれに対する不法行為(婚姻破綻)の後であり、かつ、訴状送達の翌日たる昭和五九年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。
(被告・認否)
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二1(一)の事実は認める。
同二1(四)の事実のうち被告の父から借入の点は認める。
同二1(五)の事実のうち、被告の預金から支出したことは認め、預金に原告自身の収入も含まれていたことは否認する。
同二1(六)の事実のうち、原告の収入が支払原資に充てられていたことは否認し、被告の財形貯蓄を解約したことは認める(被告の主張は、後述する。)。
三 同二2の事実は否認する。
四 同三の事実につき、被告が原告に対し、多少の暴力をふるつたことがあることは認める。
五 同四の事実のうち、車を購入したことは認め、車検の費用に不足した点、被告が生活費を負担しなかつた点は否認し、浪費の主張は争う(被告の主張は、後述する。)。
六 同五の事実のうち、昭和五八年八月二日の夜に原被告の間で決定的な夫婦喧嘩があつたこと、被告がA学園を退職した事実は認めるが、その余の事実は否認する(被告の主張は後述する。)。
七 同七の主張は争う(被告の主張は、後述する。)。
八 同八及び九の主張は争う。
(被告・主張)
一 被告の請求原因一1の不貞行為は、原告が既に宥恕し、解決済の行為である。示談金は、すべて被告が自分で支払つたものである。
五〇〇万円は、被告の財形貯金及び積立保険を解約した一〇〇万円、勤務先からの二〇〇万円借り入れ(これは退職金で返済)、被告の父からの借入二〇〇万円により支払つたのであり、被告の父からの借入金は、被告の賞与と東京都からの助成金により返済した。
二 被告が原告に対し、実力行使をしたのは、原告による言葉の暴力があつたからである。原告の被告に対する侮辱のほうが酷いものであつた。
三 車の購入は、原告と相談した上、両者の収入を見定めて購入したものである。車の処分は、安くしかできず、損であるという理由で見合わせただけである。その他についても、浪費というほどのものではなく、車検費用の不足は、原告の家計のやり繰りにも原因があつた。
被告が車を購入した際には、原告も一カラットのダイヤモンドを一二〇万円で購入しており、被告がスーツを新調したときには、原告も必ず洋服を新調していた。その他結婚後に被告のほうで原告に着物や帯、草履、喪服やドレスを整えてやつており、これら原告のために費消された金員は、かなりの額に及ぶ。
研修旅行は、生徒の修学旅行であるから、その引率者であつた被告の渡航費・宿泊費等実費はすべて学校負担である。しかしながら、被告は生徒が一か月間世話になる研修先の先生や、世話になつた方々の接待や、種々のパーティを開いたりしなければならず、その費用を被告自身で負担することとなつた。また、学校関係者、親戚等への渡航土産も購入しなければならず、これらの費用として相当の金員を費消したが、それでも全額で五〇万円程度であり、そのうち学校から二〇万円の補助金がでており、被告が実質的に自分の金を使つたのは三〇万円位である。
四 婚姻関係破綻の原因について その一 性格の不一致
原告被告共に性格的に自己主張が強く、自己の考えに固執し、相手の立場を理解しない傾向があつた。
特に原告は、長男を出産した後、日常的に自己の主張をヒステリックに述べるようになつた。被告が不貞行為を起したのも、原告のヒステリーに我慢が出来なくなり、一緒にいると息がつけないというまでの状態になつたことが原因であつた。そして、被告の不貞の発覚後は、原告はますます被告の両親に対し悪口雑言を浴せるに至つた。
五 婚姻関係破綻の原因について その二 被告の両親との折り合い
原告は、被告の両親との同居を承知の上で結婚したのに、これを嫌い、被告の両親から仕事を止めて育児に専念し、同居することを勧められても、ひたすらこれを拒んだ。
また、原告は、被告の両親に対し、再三嘘をつき、被告の両親の不信を買つた。さらに、原告は、何かというと自己の両親に頼り、その結果、原告の両親からの過剰な介入を招くに至つた。
六 婚姻関係破綻の原因について その三 原告の父による過度の介入
原告の父は、いわゆる右翼であり、大変悪知恵の働く人物であるが、原被告夫婦で話し合つて解決すべき事柄について、逐一口出し、しかも原告の言い分のみを鵜呑みにして、被告を責め又は強迫し、被告が原告と十分に話し合う機会を奪い、さらには昭和五八年八月二日夜には、原被告の婚姻生活を決定的に破壊するような行為をなした。
七 被告がA学園を退職したのは、原告が学校当局へ働きかけたためである。
八 子の親権者・監護者について
1 原告は、一郎の出生後も主婦・母親として専念せず、被告と同居中も、自ら育児をしたことはなく、零歳の時から子供を保育園に預け、学校の夏休み、正月休み、春休み、秋の運動会には必ず原告の両親又は被告の両親に子供を預け、家事も怠つた。また、原告は、一郎に対し、その約束を破り、つねつたり、一郎が二郎に玩具を貸さなかつたということで叩くなど、幼児の養育に対する愛情態度において欠けるものがあつた。原告は、二重人格であり、親権者・監護者として指定されるのは、不都合である。
2 また、一般論として母親のほうが監護能力に優れていても、職を有してる母親のそれは父親と余り差がなく、殊に二郎を養育している原告は、被告に比べ、監護能力に劣つている。監護者の補助者として、被告の母が、被告の監護能力を十二分に補つている。
3 一郎は、原告に叩かれたこと等を覚えており、原告を怖がり、嫌つている。一郎のこの心情は考慮されなければならない。
4 一郎は、現在父方の祖父母(被告の両親)、被告と同居し、一同の豊かな愛情に包まれ、元気に充実した日々を送り、右祖父母は一郎を自分の子供のように愛情を注ぎ訓育し、一郎も右祖父母を慕つている。一郎は、伸び伸びと明るく成長し、現在落ちついた生活を送つており、その情緒を不安定にすることは一郎の福祉に合致しない。
5 原告の両親は、粗暴に過ぎ、環境が良くない。全生活環境の優劣を比較すれば、被告のほうが優れている。
6 原被告共に学校の教職にあるから、その経済状態はほぼ同様であるが、同居家族の経済力からすれば、被告の方に余裕がある。
7 子の親権者、監護者の指定は、子の福祉を第一に考えて判断するべきであつて、父母の離婚の有責性を、決定基準とすべきでない。
第三 証拠<省略>
理由
(離婚請求について)
一<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。
1 原告と被告は、ともに東京都江戸川区所在のA学園(高校)に教員として勤務していたことから知り合い、一年余りの交際の後、昭和五一年二月一二日に婚姻の届出をして夫婦となり、婚姻当初は埼玉県八潮市の借家に居住していたが、昭和五二年三月江戸川区のA学園職員寮に転居し、二人の間には一郎(昭和五三年八月五日生)、二郎(昭和五六年四月一七日生)の二子が生れた。
2 原告は、二子出産後も、教員として勤務し続け、被告も原告に収入のあることを前提として生活設計をしていたが、被告は気分の良いときに子と遊ぶことはあつたものの、家事育児を原告に任せてほとんど分担せず、被告を始めとして被告側は原告が職業を有することにあまり配慮せず、週末になると原告が家事を行ないたいときでも、被告両親宅に連れて行くなどした。
3(一) 被告は、昭和五五年から同五六年にかけて、女性と継続的な情交関係を持ち、右女性の関係者である村瀬(村上)幸作と名乗る者から、示談を迫られ、これを秘密裏に行おうとして、昭和五五年八月には、交通事故の示談金と偽つて、原告を欺き、示談金九五万円の支払を了解させ、示談金は、原被告の収入を原資とする被告名義の預金をおろして用意した。
(二) しかし、昭和五六年五月には、示談金が村瀬(村上)の強い要求により前記九五万円のほか五〇〇万円と決まつたため、被告の父は、原告の父に事情を打ち明け、二男二郎の出産のため実家にいた原告は、これを聞き大きな衝撃を受けたが、被告が一旦は反省して、車を売り、煙草を止め、皆を幸せにするよう努める旨約束したため、原告ががまんすれば家庭は壊れないと考えて、いつたんは離婚を思いとどまつた。
(三) 被告は、車を安価にしか処分できず損であると考えて、車の処分を止め、原告が、右約束を守らせようとするのは、被告を苦しめるためではないかと思うようになり、家事育児にはあいかわらず非協力であつた。
示談金五〇〇万円は、財形貯蓄(原被告の収入をもとに原被告で家を買うために積み立てていたもの)及び原被告の積立保険を解約した一〇〇万円、勤務先からの借入金二〇〇万円(被告の給料から毎月二万円程度及び賞与から差し引いて返済し、退職金で一〇〇万円程度を清算)、被告の父から借り入れた二〇〇万円により支払つたが、被告の父には、昭和五六年及び昭和五七年一二月に各一〇〇万円ずつ、賞与等の一時金を原資として返済した。
(四) 被告は、後記海外研修の際通訳をした中村某女と昭和五七年九月頃箱根へ旅行に行き、昭和五八年前半には、前記高校の卒業生と不貞を働いたと疑われるような行為をした。
4 被告は、昭和五五年秋二〇〇万円(ローンにしたため約三〇〇万円の支払となつた。)の車を購入し、ほとんど自分一人の楽しみのために使用し、その代金は当時ローン等の支払のための銀行口座としていた原告名義の口座(この口座には原告の給料及び賞与が振り込まれていた。)から、毎月一万〇六〇〇円、賞与時三〇万円が支払われ、これは昭和五八年八月頃まで続いた。
前記示談金支払のため多額の債務を生じてからも、被告は家計を無視してスーツ、ゴルフ用品を買い求め、また被告は昭和五七年の夏頃四週間の海外研修に行つたがその際預金を引き出して準備費用としたほか、研修先で被告の夏の賞与約五五万円と学校からの手当二〇万円、餞別の所持金等をすべて費消し、右海外研修の後、金遣いが荒くなつた。
このため、原告は、前記原告名義の預金口座から三〇万円を引き出し、定額貯金したが、被告は、原告がこれを被告に無断で行なつたことを知つて、家計が自分の自由にならないと怒り、被告の預金の管理を被告自らが行うとして、原告から被告名義の預金通帳を取り上げた。
昭和五八年一月から被告は、寮費(一か月三万円、給与から差引かれ、給与はその後銀行振込み)、保育料(四月以降のみ)、電話・電気代(六月以降のみ)を銀行からの引き落としの方法により支払うだけで、給与を家計にいれなくなつたため、原告の収入で生活費を賄うようになり、被告の帰宅時間も連日午後一〇時、一一時を過ぎるようになつた。
5 被告は、婚姻後しばしば、原告や子らに暴力をふるい、原告は、顔面を殴られて眼帯をして前記学校に行つたり、被告に殴られて茶箪笥にぶつかり鼓膜を破つたこともあるが、昭和五八年に入ると、被告の原告に対する暴行は、いつそう酷くなり、「出ていけ」等といい、被告の乱暴のため二郎の爪が割れたこともある。
6 被告は、被告の両親に頼んで、同年七月二九日、一郎を被告両親宅に連れ出し、同月三〇日から三日間原告には無断で被告の両親宅に宿泊し、一郎と遊んだりしていたが、翌八月二日夜一〇時頃帰宅し、原告に対し、「馬鹿づらしてまだいるのか、出ていけばいい」等といい、食器の入つた食器籠を戸に投げ付けたりした。原告は、被告の父に電話したが来て貰えず、原告の父を呼んだが事態は納まらず、被告は逆上して警察官を同行して来る等したが、逆に被告が警察官から諫められ、同夜原告は、原告の両親宅に帰つた。
7 原告は、同月四日帰宅し、被告の両親に電話し、一郎を帰すように求めたが、断わられてしまい、同月六日二郎を連れて、原告両親宅に戻つていたところ、同月一四日、被告と被告の父が訪ねてきたが、被告にその行動を改める意思がみうけられなかつたため、原告は、被告との婚姻生活をあきらめ、同月二一日荷物を引き上げた。被告は被告両親宅で一郎と生活し、原被告は以来別居しており、その婚姻を継続していく意思がない。
右認定事実によれば、原被告間の婚姻生活は破綻し、原告につき、婚姻を継続し難い事由が存するということができるから、原告の離婚請求は理由がある。
(親権及び監護について)
二1 <証拠>によれば次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 二郎は原告の許におり、被告は二郎の養育を望んでいないが、原告は、一郎と二郎双方の親権者及び監護者たることを望み、一郎が被告両親宅に連れていかれてから、これまで、一郎の引き渡しを一貫して求めている。
(二) 原告は、原被告同居時、被告が家事育児をほとんど担当しなかつたため、一郎と二郎の育児に従事していた。昼間は二子を勤務先の保育園に預けていたが、一日二回母乳を飲ませる等二子の育児について配慮し、被告は、原告が二子を自転車で右保育園に送つて行くのに、自分が独りで車で右学校(同校敷地内に右保育園がある。)に通勤することがある等非協力であつた。
(三) 一郎は、昭和五八年七月二九日以降、被告及び被告の両親と同居し、主に被告の母の手によつて育てられ、被告の母は、一郎に自己を「おかあさん」と呼ばせるだけの自信があり、被告は休日等に一郎と遊ぶなどし、一郎は、被告を好いて、右祖父母を慕い、学校生活に適応し、落ち着いた生活をしている。
(四) 原告は、かつて、一郎が二郎に玩具を貸さなかつたということで一郎を叩くなどし、一郎は、原告が二郎に比して自己につらく当たつたと感じており、被告の両親らに、原告を嫌う態度を示している。
(五) 被告の母は、一郎を自らの手元で育て始めてからは、慈しんでいるものの、かつては、原告が子を出産することを望まず、原告が子らを連れてその家を訪れるのを家が汚れるからとして嫌がつていたものであり、また、被告の両親は一郎をその跡継ぎと位置づけている。
(六) 被告の両親は、被告が暴力をふるうことを怖れて被告の自己中心的行為を放置していた。
(七) 原告は、昭和五九年に家を建築し、原告の両親と同居する予定であり、子らにその自室を提供することができ、被告と一郎の住む被告両親宅は被告の父の所有で、子らにその自室を提供することができる。
(八) 原告は、現在も前記学校に在職中で、被告は同校を退職し、現在は埼玉県立K高校に臨時採用され、共に学校の教職にあり、原告は、その収入は安定しているが、前記自宅取得のためローンを負担し、商売を営む原告の両親の経済的援助を受けており、被告は、臨時職員のためその収入は不安定であつて、経済的援助を受け得る被告の父には公務員としての定期収入があるが、被告の父親は前記自宅取得のためローンを負担している。
(九) 原被告側の人間環境は、原告の父が商人、被告の父が公務員であるということもあつて、その職業から生ずる家庭の雰囲気等生活感は異なるが、他にとりたてて差異はない。
2 前記一及び右1の認定事実に、鑑定結果を徴し、次のように判断する。
(1) 原被告側双方における、一郎を養育する居住環境、経済環境、人間的環境については、特に大きな差異はないといえ、二子の親権者をいずれに定めるかは、原被告のいずれが親権の行使者としてふさわしいかにかかるものといえるところ、原告は、二子の親としての自覚・責任感・主体性及び子自身の利益を重んじる考え方をかねてから有し、かつ現在も有している点において、被告に優つているといえ、この点は、親権者を定めるに重要な要素であるから、原告を二子の親権者として定めるべきであると判断する。
(2) しかも、幼児期において兄弟が日常生活を共にすることによつて得られる体験は貴重なものであるから、一郎は二郎と共に育てられるべきであるところ、二郎を育てているのは、原告であつて、被告は二郎の養育を望んでいないのであるから、この点からも二子の親権者を原告と定めるのが適当である。
(3) これに対し、被告は、粗暴かつ自己中心的で、原告の立場及び自己の行動や希望が原告に与える負担に思いいたさず、しかも依存的な性格を有し、自らの夫及び父としての役割を果たしてこなかつたし、果していないといい得ること、親権は本来子の親が行使するものであつて、被告が被告の母に任せ切りにするのは適当ではなく、よつて、被告は、親権の行使者としてふさわしいとはいえず、このような被告を増長させ、しかも、一郎を跡継ぎと位置づけ、それゆえ手元に置きたいと考えているといい得る被告の両親が、一郎の実際の養育にあたつていることを考えれば、なおさらである。
(4) 一郎は、被告の両親らに原告を嫌う態度を示しており、これは被告の不貞行為発覚から、昭和五八年八月の別居時まで、原被告が対立を深め、感情的になつていたといい得る期間、二郎が乳幼児であつたこともあつて、一郎が辛い思いをしたためと考えられるが、一郎が原告を真に嫌い、また母たる原告を必要としていないとは考えられないし、一郎が原告の行為のみを記憶し、原告のみを嫌う態度を示しているのは、多分に被告側の一郎に接する態度に原因があるものということができる。
子にとつて両親の不仲及び別居は不幸な事態ではあるが、その不幸な事態がおきてしまつた以上、子はその現実を正しく受け止めなければ、その成長は歪められてしまうのであり、したがつて、一郎が原告を嫌う態度を示していることを放置し、一郎の母が原告であることに変わりがないことを教えていないこと自体被告側の自己中心的な発想によるものであるということができる。
よつて、一郎が原告を嫌う態度を示していることを親権者決定の際考慮すべき要素とすることはできない。
以上述べた理由により、原告を原被告間の二子の親権者と定め、原告に右二子の監護教育をさせるべきであると判断する。
3 引き渡しについて
前記二1の事実によれば、一郎は被告と同居し、原告と同居していないので、原告に一郎を監護養育させるため、被告から原告に対し、一郎を引き渡させることを相当と判断する。
4 二子の監護費用について
親は、未成熟の子を共同して監護養育すべきものであるが、離婚その他の事由により共同して監護養育することができない場合でも、子の監護養育費用を負担する義務を免れず、親同士ではその出捐にかかる費用を分担する義務がある。婚姻中にあつては、民法七六〇条によるが、協議離婚をする場合には、協議でこれを定めなければならず(同法七六六条一項)、裁判上の離婚においては、申立があればこれを裁判所が定めなければならない(同法七七一条、七六六条一項。人事訴訟法一五条一項は、「子の監護につき必要な事項」と定めるが、監護養育費用の分担に関する事項もこれに含まれると解される。家事審判規則五三条参照)。
この理を、親権者が同時に監護者と定められた場合において、別に解する理由はない。
本件において、原告は、一郎の引渡請求のほか、原被告間の二子の監護者の決定と監護養育費用の給付の申立て、当裁判所は、この申立に対し、まず、先に述べたとおり、原告をして監護養育させることとしたのであるから、次に監護養育費用の分担を定め、被告に対してその給付を命じることとする(人事訴訟法一五条二項)。
<証拠>によれば、昭和六〇年五月当時原告の手取り収入は、月給約二二万五〇〇〇円、賞与年二回各約四〇万円、助成金約七〇万円の年約四二〇万円で、昭和六〇年六月当時の被告の年収は約三二〇万円であることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の原被告の収入を標準的な家庭における消費支出割合にあてはめ、原被告間の二子の監護養育費を検討してみる。
右原告及び被告の収入の合算額七四〇万円のうち、消費支出にあてられるのはおよそその六六パーセントにあたる四八八万四〇〇〇円であると考えられ(財団法人労務行政研究所発行物価と生計費資料・生計費統計研究会「エンゲル係数、教育・教養娯楽費比率その他の消費支出」参照。)、これを一二で除した額四〇万七〇〇〇円が月額の消費支出と考えられる。
労働科学研究所による消費単位は、昭和六〇年において、原告一・〇〇(原告は、教員として働いているものであるから、成人男子と同等に評価すべきである。)、被告一・〇〇、一郎〇・五五、二郎〇・四五であるから、標準的な家庭を想定した消費支出及び消費単位に基づく試算としては、同年当時一郎の監護養育費用は七万四六一六円(円未満切り捨て。四〇万七〇〇〇円の三分の〇・五五)、二郎の監護養育費用は六万一〇四九円(円未満切り捨て。四〇万七〇〇〇円の三分の〇・四五)であり、また、先に述べたとおり、原被告側双方における経済環境には特に大きな差異はなく、原被告は、右各監護養育費用を平等に分担すべきであるから、被告の分担は、昭和六〇年当時一郎につき三万七三〇八円、二郎につき三万〇五二四円(円未満切り捨て)となる。
ところで、監護養育費用の裁判は、後に変更することが可能である(人事訴訟法一五条四項)から、ここでは本判決言渡の時から、二ないし三年の間被告が分担し原告に対し給付すべき監護養育費用を判断することとし、右算定の結果をふまえ、一郎については三万八〇〇〇円、二郎については三万一〇〇〇円と定めることとする。
(慰謝料について)
三前記一の事実によると、被告は、原告に対し、暴力をふるい、また、不貞を働いたばかりか、一人驕奢な生活をし、原告の置かれた立場を理解せず、逆に家事育児を担う原告の負担を精神的にも増加させる行動を採つていたということができ、原、被告間の婚姻生活は主として被告の責任により破綻するに至つたというべきであるから、被告はこれにより原告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきであり、原告の右苦痛は三〇〇万円をもつて慰謝するのが相当である。
(財産分与について)
四前記一の事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。
1 婚姻後同居期間中の原告及び被告の給与等の額は概ね別表二のとおりであり、九五万円の示談金の支払時たる昭和五五年八月頃、原被告は定期性の貯蓄は被告名義でしていたが、それは、三〇〇万円から三五〇万円であつた。
2 しかし、前記九五万円及び五〇〇万円の示談金の支払、車の購入(支払額約三〇〇万円)、被告の浪費、昭和五八年からの被告の婚姻費用非分担のため、原被告の定期性の貯蓄、原告の預金等は前記昭和五八年八月の別居時点では、全く存在せず、被告は別居後も車を所有している。
3 なお、被告主張のダイヤモンドの購入は、原告の父の出捐によるものであり、原告は、原被告の収入を浪費していない。
以上の事実及び前記一の事実に鑑みれば、被告は離婚に伴う財産分与として原告に対し、五〇〇万円を給付するのが相当であり、かつこれをもつて相当と思料される。
以上のとおり、本訴請求のうち、離婚請求並びに慰謝料三〇〇万円及びこれに対する不法行為(婚姻関係の破綻)の後であり、かつ、訴状送達の翌日たる昭和五九年五月二三日から支払済まで民法所定年五分の割合による金員の請求は理由があるから、これらを各認容し、財産分与については被告から原告に金五〇〇万円を分与させることとして、その給付を命じ(財産分与の効果は、判決の確定により生じるから、これについての訴状送達の日の翌日からの遅延損害金支払の申立は理由がない。)、一郎及び二郎の親権者を原告と定め、被告に対し、原告へ一郎を引き渡すことを命じ、被告が分担すべき二子の監護養育費用として長男一郎については一か月金三万八〇〇〇円、二男二郎については一か月金三万一〇〇〇円と定め、被告に対し右各割合による金員を本判決確定の日から毎月末日限り(判決確定の日を含む月については、日割計算とする。)支払うよう命じ、仮執行宣言については、民事訴訟法一九六条(財産分与の効果は、判決の確定により生じるものであるから、これについては仮執行宣言を付しえない。)、訴訟費用の負担については同法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官松井賢徳 裁判官原 道子 裁判長裁判官高山晨は、転補のため署名捺印することができない。裁判官松井賢徳)