浦和地方裁判所 昭和62年(行ウ)14号 判決 1989年2月27日
埼玉県川越市吉田新町3-21-3 河野志貝方
原告
吉野節子
右訴訟代理人弁護士
山田幸男
埼玉県川越市三光36
被告
川越税務署長 赤石好市
右指定代理人
波床昌則
外6名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告が昭和60年9月25日付をもってした原告の昭和59年度分所得税更正処分及び同年度分の過少申告加算税賦課決定処分は,いずれもこれを取り消す。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は,昭和60年3月14日,被告に対し,昭和59年度の所得金額を別表の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ,被告は,同60年9月25日,別表の更正及び加算税の賦課決定欄記載のとおり右年度分の所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)を行った。
2 原告は,昭和60年10月17日,被告に対し,本件処分について異議申立をしたが,被告は,同61年1月22日,原告の右異議申立を棄却した。そこで原告は,同年2月13日,国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ,同所長は,同62年6月2日,原告の右審査請求を棄却する裁決をし,同年8月1日その旨を原告に通知した。
3 しかし,本件処分は,代償分割の場合の代償金を譲渡資産の取得費として認めずになされたものであって,違法である。よって,原告は,本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1および2の各事実は認める。同3は争う。
三 抗弁
1 本件更正処分の適法性
本件処分の算定根拠は,次のとおりである。
(一) 総所得金額 301,357円
右金額は,原告の確定申告書によるその他の事業所得金額である。
(二) 分離課税の対象となる長期譲渡所得金額 41,154,325円
右金額は,次の(1)の譲渡収入金額から,(2)の必要経費及び(3)の特別控除額を差し引いたものである(各項目の算定方法は以下のとおり)。
(1) 譲渡収入金額 75,111,000円
右金額は,原告が昭和59年3月12日,別紙物件目録記載の土地のうち原告所有部分(持分9分の7。以下「本件土地」という。)を訴外小泉清に譲渡した際の金額66,111,000円と,原告が同年4月9日,同目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を右小泉に譲渡した際の金額9,000,000円の合計額である。
(2) 必要経費 6,005,550円
右金額は,次の①の取得費及び②の譲渡費用の合計額である。
① 取得費 3,755,550円
右金額は,租税特別措置法(以下「措置法」という。)31条の4第1項本文(昭和54年法律第15号改正後のもの)に基づき,前記譲渡収入金額75,111,000円に100分の5を乗じて算出した金額である。
本件土地及び建物は相続により亡池島小センから取得したものであるから,所得税法60条1項により,被相続人亡池島小センの取得時期(昭和32年以前)を引き継ぐことになり,措置法31条1項の長期譲渡所得となる。
② 譲渡費用 2,250,000円
右金額は,以下のとおり,原告が本件土地及び建物を譲渡した際に支払った金額である。
内容
支払先
支払年月日
支払額
収入印紙
――――――
昭和59年 3月12日
6万円
収入印紙
――――――
同年 4月 9日
1万円
仲介違約金
枚方市香里園町1289
中島薫夫
同月17日
63万円
仲介違約金
大阪市浪速区元町1-11-1-6-201
(株)北庄
上同日
35万円
仲介手数料
中央区京橋2-10-8中瀬ビル 4階
山田幸男法律事務所
同年 6月 4日
120万円
③ 特別控除額 27,951,125円
右金額は,次の①及び②の合計額である。
① 居住用部分の特別控除額 25,951,125円
本件建物のうち原告が居住の用に供していた部分は,1階部分152.18m2,2階部分13.2m2であるから,居住用部分の全体に対する面積の割合は39%(小数点2位未満切上げ)となる。右金額は,この割合をもとに居住用部分について措置法35条・36条1項を適用して算出した額である。
A 譲渡収入金額 75,111,000円
B 本件土地及び建物中の居住用部分の割合 39%
C 居住用部分に係る譲渡収入金額 (A×B) 29,293,290円
D 居住用部分に係る概算取得費 (C×5%) 1,464,665円
E 譲渡に要した費用 2,250,000円
F 居住用部分に係る譲渡に要した費用 (E×B) 877,500円
G 居住用財産の特別控除額 (C-D-F) 26,951,125円
② 非居住用部分の特別控除額 1,000,000円
右金額は,措置法31条3項の適用により算出される額である。
(三) 以上のとおり,原告の昭和59年度分の総所得金額は301,357円,分離課税の対象となる長期譲渡所得金額は41,154,325円であり,国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定による端数処理後の課税標準額及び税額は本件更正処分と同額になるから,同処分は適法である。
2 本件過少申告加算税賦課決定処分の適法性
被告は,原告が本件更正処分によって納付すべきこととなる税額8,270,000円(通則法118条3項の規定により1万円未満切捨て。以下同じ。)を基礎とし,同法65条1項に基づいて右金額に100分の5の割合を乗じて算出した金額413,500円と,同法65条2項の規定に基づき右納付すべきこととなる税額8,270,000円のうち500,000円を越える部分の金額7,770,000円に100分の5の割合を乗じて算出した金額388,500円とを合計した金領802,000円を過少申告加算税として賦課決定したものであるから,本件過少申告加算税賦課決定処分は適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)は認める。
同1(二)(1),同(2)①のうち,本件土地建物は原告が亡池島小センから相続により取得したもので,同人の取得時期が昭和32年以前であって,措置法上原告が右取得時期を引き継ぐことになり,措置法31条1項(長期譲渡所得)の適用されるべきこと,及び同②は認め,その余は争う。
同1(三)は争う。
2 同2は争う。
五 原告の主張
1(一) 相続開始後代償分割により当該相続財産の現物を取得した相続人(以下「代償取得者」という。)がその後これを譲渡したときは,代償金は譲渡所得の計算上,譲渡資産の取得費として控除されるべきである。
(二) 相続(限定承認の場合を除く。)により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には,その段階では譲渡所得の課税は行われず(所得税法59条1項),相続人が相続により取得した資産を譲渡した時に,その譲渡所得の金額の計算について,その者が引き続きこれを所有していたものとみなすこととしている(同法60条1項)。これにより,被相続人の取得時において取得に要したものと認められる費用が右譲渡所得の計算上控除されるべき取得費となる。
ところで,遺産分割の効力は相続開始の時に遡って生ずるものとされているが(民法909条),この規定は,共同相続人相互の反目・嫉視等の感情的対立を緩和し,相続人間の平和を維持しょうとする趣旨に基づくものであって,相続開始後遺産分割時までに生じた法律上・事実上の関係のすべてを覆減するものではない。また共同相続人の担保責任(同法911条,912条)が分割時を基準としているのも,遺産分割の遡及効により予想される共同相続人相互間の不公平を是正しょうとする趣旨によるものである。代償分割に関する裁判所の運用も,一貫して遺産分割時の時価を基準としており,相続開始時の時価又は被相続人の取得費を基準として分割しているわけではない。
以上のように,民法は,理念上はともかく実体的には遺産分割の遡及効を否定しているというべきである。また相続財産の共有は民法249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではないところ,共有物の分割とは,共有者相互間において共有物の各部分につきその有する持分の交換又は売買が行われることを意味し,代償分割についても右と同様当該相続財産に対する共同相続人相互間の持分の売買ということができ,代償取得は,実質的には分割時に他の共同相続人の持分を代償金を支払って取得することであるといえる。したがって所得税法60条1項についても以上の点をふまえて解釈すべきであり,代償分割がなされた場合には,「被相続人の取得時」に要した費用ではなく「代償取得者が分割により資産を取得した時」に要した費用を右取得費として扱うべきであり,代償金は,代償分割を行うに当たり必要な支出であるから,他の共同相続人の持分の取得費に当たると解すべきである。
(三) 所得税法60条1項は,前記のように居住者が贈与,相続等により取得した資産を譲渡した場合の譲渡所得の金額の計算については,その者が引き続きこれを所有していたものとみなすと規定するが,これは,当該資産を譲渡した者自身は取得費を支出していないことから,譲渡所得上,取得費が算出されないという解釈・取扱がなされるのを避けるため,納税義務者に有利な特例として相続人が被相続人の取得費を承継する旨を規定したものと解される。
この趣旨・目的は,単独相続,現物分割及び価額分割については合理性がある。しかし,代償分割に当たり相続財産である不動産を売却して代償金を支払った場合においては,譲渡所得の計算に際し代償金を取得費として認めないと,他の共同相続人が各自の相続分に応じて亨受した相続財産の増加益を代償取得者のみが集約して受益したものとして課税されることとなり,同条の予期しない結果を生ずることになる。
2(一) ところで本件においては,原告,早川ふみ,東田美恵子,亡池島正雄及び亡山本信子は,亡池島小センの子であり,池島晴美及び長井ますみは右正雄の,上松輝治及び中村千香枝は右信子の子であるところ,小センが昭和51年9月24日死亡した後,早川は,別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)について,原告を含めた他の共同相続人を相手方とする遺産分割審判を大阪家庭裁判所に申し立てた(同庁同年(家)第4490号)。
(二) 同裁判所は,同57年,本件不動産を遺産と判断し,早川及び東田の法定相続分を各9分の2,その他の相続人を各9分の1とし,本件不動産のうち土地を68,740,000円(早川の持分9分の2を含む。),建物を7,000,000円とそれぞれ時価評価した上,原告に対し,土地の9分の7と建物を取得する代償として,早川に1,550,000円,東田に16,820,000円,他の相続人に各8,400,000円をそれぞれ支払うよう命ずる審判を行った。
(三) ところが,原告は,右代償金を支払う能力がなかったことから最終的に本件不動産を売却してこれを支払うこととし,昭和59年3月12日,代金75,111,000円で本件不動産を売却した上(ただし,土地に対する早川の持分を除く。),同年4月9日に各共同相続人に対し右代償金を支払った。
(四) そこで,本件不動産の譲渡にかかる譲渡所得の算定に当たっては,他の共同相続人に対し原告が支払った右代償金51,970,000円は本件不動産の取得費として控除すべきものである。しかるに右代償金の控除を認めずに行った被告の本件処分は違法である。
六 原告の主張に対する認否
1 原告の主張1は争う。
2(一) 同2(一)ないし(三)の事実はすべて認める。ただし,昭和59年3月12日に売却されたのは別紙物件目録記載の土地(代金66,115,000円)であり,同記載の建物は同年4月9日に代金9,000,000円で売却された。
(二) 同2(四)の主張は争う。
七 被告の反論
1 譲渡所得に対する課税の趣旨は,資産の値上りにより所有者に帰属している増加益,すなわち当該資産の取得時における客観的価額と譲渡時の客観的価額の増差分について,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税するというものである。
譲渡所得金額の計算において,資産の譲渡による収入金額から「資産の取得に要した金額」(所得税法38条1項)を控除するのは,右のように客観的価額の増差分を算出する意味を持つものであるから,資産の取得に関連して何らかの費用を支出した場合であっても,それが一般的に取得時における当該資産の客観的価額を構成する費用と認められないときは,これを「資産の取得に要した金額」として譲渡による収入金額から控除することはできないものといわなければならない。
2 相続(限定承認の場合を除く。以下同じ。)による資産の移転の場合には,その段階において譲渡所得課税は行われず,相続人が当該資産を譲渡したときに,その譲渡所得の金額の計算についてその者が右資産を相続前から引き続き所有していたものとみなすこととされているから(所得税法59条・60条),被相続人が当該資産を取得するのに要した費用は,相続人の譲渡所得金額の計算の際に取得費としてその譲渡収入金額から控除されることになる。このように所得税法は,相続による資産の移転の場合における譲渡所得課税を繰り延べ,その後当該資産が相続人の支配を離れて他に移転する機会をとらえて,被相続人の取得時以来蓄積されてきた資産の値上り益(被相続人の取得時の客観的価額と相続人の譲渡時の客観的価額との増差分)を課税の対象としているものと解される。
ところで,共同相続の場合,遺産は各相続人の共有とされ,個々の資産の具体的な帰属は遺産分割によって定められることになるが,遺産分割の法的性質はあくまで共有にかかる相続財産の分配にすぎず,これにより相続財産に含まれている個々の資産の財産価値そのものに影響を及ぼすものではないから,遺産分割に要した費用は,一般的に当該資産の客観的価額を構成するものと認めることはできない上,被相続人の取得時における客観的価額を構成するとみる余地もない。このことは,遺産分割が代償分割の方法によって行われた場合も同様である。
本件の遺産分割は,原告が本件土地及び建物を収得する代わりに,早川ら6名の共同相続人に対し合計51,970,000円を支払うという内容の代償分割であるから,原告の支払った代償金は,他の共同相続人からその持分を取得した対価ではなく,単に遺産分割のために支出したものにすぎない。
したがって,所得税法の右法条及び譲渡所得課税の趣旨に照らし,代償取得者の支払った代償金を取得費とみることはできないから,この点に関する原告の主張は失当である。
3 また,原告は,譲渡所得に当たり代償金を取得費に算入しなければ原告と他の共同相続人との間で税負担の不公平が生ずる旨主張するが,以下のようにこの主張は理由がない。
(一) 相続税法11条の2(相続税の課税価格)に関し,代償分割が行われた場合の相続税の課税価額の計算に当たっては、代償財産の交付を受けた者については,相続又は遺贈により取得した財産の価額と交付を受けた代償財産の価額との合計額を,代償財産の交付をした者については,相続又は遺贈により取得した財産の価額から交付をした代償財産の価額を控除した金額をそれぞれ相続税の課税価額と考えるべきものとされている(相続税関係通達昭和57年5月17日付直資2-178)。
本件の場合,原告は本件土地及び建物の価額から代償金として支払った51,970,000円を控除した価額を,早川については別紙物件目録記載の土地のうち9分の2の価額と代償金1,550,000円の合計額を,東田については代償金16,820,000円を,池島外3名の相続人については代償金各8,400,000円をそれぞれ相続税の課税価額として計算することになり,原告の納税につき代償金の支払は考慮されることになるのである(ただし,本件は,相続財産の評価額が法定の課税標準額に達していなかったので相続税の申告・納税はなされていない。)。
(二) なお,代償取得者が当該不動産を譲渡した場合には,右取得者が譲渡所得税を負担することとなり,税を負担しない他の共同相続人に比べて掌中に残る価値が実質的に少なくなることがあり得る。
しかし,本件の場合,原告は,本件土地及び建物に居住していたことから本件建物の単独取得等を希望し,あえて代償分割の方法を選択したものであるから,原告がその後に取得した相続財産を譲渡し,譲渡所得税を負担することになっても,他の共同相続人との関係で公平の理念に反するものということはできない。
(三) したがって,所得税法60条1項に関する原告の解釈は誤ったものであるから,その主張は理由がないものというべきである。
八 原告の再反論
1 被告は,遺産分割の法的性質は共有にかかる遺産の分配にすぎず,これにより相続財産に含まれている個々の資産の財産価値そのものに変動を及ぼすものでなく,また代償分割も遺産分割の一方法にすぎない旨主張する。しかし,このことは現物分割の場合にのみいえることであって,代償分割の場合には妥当しない。代償分割においては,相続財産のほかに代償取得者によって代償金が分割を資するための財産として出捐されるのであり,代償金は分配されるべき相続財産ではないから,これは一部有償行為を含む分割方法というべきである。
2 また被告は,代償分割がなされた場合でも相続税の課税価額の計算上考慮されるので税負担上公平を期しうる旨主張するが,これは課税確定後の遺産分割の場合には妥当しない。また,相続税の税率と所得税の税率,特に譲渡所得税の税率との格差を勘案すると,相続税の計算に当たり代償金を考慮しても,代償取得者と他の相続人との間の不公平を解消することはできない。
3 さらに,被告は,原告が自ら代償分割を選択した以上,取得した相続財産を譲渡しその譲渡所得税を負担することになっても不公平とはいえないと主張するが,原告は,遺産分割の審判において,本件不動産は一部遺贈により他は売買によって取得したものであって分割の目的となる遺産ではないと主張していたのである。審判当時,原告は,共同住宅となっている本件建物の一部に居住し,その家賃収入と保険外交員の給料によって生活しており,代償金を支払える状態ではなかった。にもかかわらず,裁判所が代償分割を命じたのは,代償金支払のため本件土地及び建物を売却することになっても,代償金が取得費として控除されるため税負担上他の相続人との間で不公平が生じるおそれはないものと判断したからにほかならない。
第三証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1(本件処分)及び同2(異議申立及び審査請求)の各事実は,当事者間に争いがない。
二 抗弁について
1 抗弁1(一)(総所得金額)は,当事者間に争いがない。
2 抗弁1(二)(長期譲渡所得金額)について。
(一) 抗弁1(二)(1)(譲渡収入金額)は,当事者間に争いがない。
(二) 同(2)①(取得費)について
本件土地及び建物は原告が相続により亡池島小センから取得したもので,同人はこれを昭和32年以前に取得していたことは当事者間に争いがないところ,原告は,本件土地及び建物の譲渡による譲渡所得の計算に当たり,他の共同相続人に原告が支払った代償金を取得費として控除すべきである旨主張するので,この点について検討する。
(1) 所得税法33条3項によれば,譲渡所得の金額の計算に当たっては,譲渡収入金額から当該資産の取得費及びその譲渡に要した費用を控除すべきものと規定され,同法38条1項によれば右資産の取得費とは,別段の定めがあるものを除き,その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の合計額をいうものと規定されているところ,譲渡所得に対する課税は,当該資産が譲渡によって保有者の支配を離れるのを機会に,その保有期間中の増加益,すなわち,当該資産の取得時の客観的価額とその譲渡時の客観的価額との増差分を清算して課税しょうとするものであり,譲渡所得の金額の計算に当たり譲渡収入金額から右取得費等を控除すべきものとされている(所得税法33条3項,38条1項)のは,右増差分を算出するためであると解される。
そして,所得税法は,相続(限定承認の場合を除く。)による資産の移転があった場合には,相続の時点では譲渡所得税を課税しないで,相続人が当該資産を譲渡したときに課税することとし,その譲渡所得の金額の計算について,その者がこれを相続前から引き続き所有していたものとみなすこととし(同法59条・60条),かくして,相続があった場合には,その時点における譲渡所得の課税は繰り延べられ,相続人が当該資産を譲渡したときに被相続人の取得時から相続人の譲渡時までの当該資産の増加益に対し課税することとされているのである。したがって,右譲渡による収入金額から控除されるべき「資産の取得に要した金額」は,被相続人が当該資産を取得するのに要した費用と認められるものでなければならないというべきである。
(2) また,共同相続の場合について,民法は,相続財産は遺産分割が行われるまでは各相続人の共有状態にあるが(同法898条),分割の実行により各相続人に個別的・具体的に帰属し,その効果は相続開始の時に遡及するものと規定しており(同法909条本文),前述のとおり相続の場合に相続人が相続以前から引き続き相続財産を所有していたものとみなす旨の前示所得税法の規定は,この民法の規定に整合しているものと解せられる。
この点について原告は,民法909条の趣旨及び共同相続人の担保責任に関する規定(同法911条・912条)からすれば,民法は実質的には遺産分割の遡及効を否定しているとし,また,代償分割は相続財産に対する共同相続人相互間の持分の売買にほかならないから,代償分割の場合には譲渡所得の課税の繰り延べの規定は適用されず,代償取得者が支払う代償金は他の共同相続人の持分を取得するために必要な支出であるから,他の共同相続人の持分の取得費に当たると解すべきである旨主張するところ,なるほど,民法には,909条但書,911条,912条等取引における第三者の安全保護のために遺産分割の遡及効を一定の範囲で制限する趣旨の規定のあることは原告主張のとおりであるが,このことは,取引における第三者の保護とは関係のない相続財産の譲渡所得税について前記のおり解することの妨げとなるものではない。
(3) なお原告は,代償金を取得費に算入しなければ代償取得者のみが当該資産の増加益について課税されるのに対し,他の共同相続人は譲渡所得税を課税されないままその相続分に応じて当該資産の増加益を享受することとなり,所得税法60条1項が予期しない不公平な結果が生ずることになる旨主張する。
しかし,代償取得者のみが譲渡所得に対する課税を受けることとなるのは増加益のある不動産を分割取得することを選択したことの当然の結果であって,それ自体何ら所得税法60条の予期しない不公平ということはできないのであり,このことは審判により代償分割を命ぜられた場合であっても異なるものではない。
ちなみに,相続財産について代償分割が行われた場合における相続税法11条の2による課税価額の計算に当たっては,代償財産の交付を受けた者については,相続又は遺贈により取得した財産の価額と交付を受けた財産の価額との合計額を,代償財産の交付をした者については,相続又は遺贈により取得した財産の価額から交付をした代償財産の価額を控除した金額をそれぞれ相続税の課税価額と解するのが相当であるが,弁論の全趣旨によれば,税務の実際においてもそのように扱われていることが明らかである。
(4) 以上要するに,相続による不動産の取得者が遺産分割の審判により代償金の支払を命ぜられ,これによって支払った代償金は譲渡所得税の計算上当該不動産の取得費を構成すると解することはできず,これに反する原告の主張は独自の見解に基づくものであって,到底採用することができない。
(5) 以上のとおり本件代償金は本件土地及び建物の取得に要した費用ということはできず,また,これが設備費及び改良費のいずれにも該当しないことは明らかであるから,結局譲渡所得の金額の算定上控除すべき取得費(所得税法38条1項)に当たらないというべきである。
(6) そこで,本件譲渡所得の金額の算定に当たり控除される取得費についてみるに,原本の存在及び成立に争いのない甲第1ないし第4号証によれば,被相続人が本件不動産を取得した時期は昭和32年以前であることが認められることから,本件譲渡所得は,所得税法60条1項により長期譲渡所得(措置法31条1項)となり,したがって,この場合の概算取得費は,措置法31条の4第1項本文(昭和54年法律第15号改正後のもの)の適用により,3,755,550円と算出される。
(三) 抗弁1(二)(2)②(譲渡費用)は,当事者間に争いがない。
(四) 同(3)(特別控除額)について
成立に争いのない甲第5号証及び弁論の全趣旨によれば,本件建物のうち原告が居住の用に供していた部分の全体に対する面積の割合は39%であることが認められるから,居住用部分の特別控除額は抗弁1(二)(3)①のとおり算出され,また非居住用部分の特別控除額は同②のとおり算出される。
(五) 以上によれば,原告の昭和59年度分の総所得金額は301,357円,長期譲渡所得金得金額は41,154,325円とそれぞれ算出されるから,これと同額の総所得金額及び長期譲渡所得金額に基づいてなされた本件更正処分は,適法である。
3 抗弁2(過少申告加算税)について
右2において判示したとおり,原告が本件更正処分によって納付すべき税額は8,273,200円と算出されるところ,本件につき原告は,納付すべき所得税額を△(赤字)6,737円として申告しているが,右2において判示したとおり本件更正処分は適法なものであるから,抗弁2記載のとおり過少申告加算税が賦課されることになる。したがって,本件過少申告加算税賦課決定処分もまた適法というべきである。
三 結論
以上のとおり被告の行った本件処分はいずれも適法であって,原告の本訴請求は理由がないというべきであるからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 熱田康明 裁判官 石川恭司)
<以下省略>