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浦和地方裁判所川越支部 平成元年(ワ)584号 判決 1997年1月30日

主文

被告は原告ら各自に対し金二二〇一万〇六一六円及び各内金二〇〇一万〇六一六円に対する昭和六三年九月一四日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、原告らと被告との間で生じた分は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とし、参加人らと被告との間で生じた分も、これを三分し、その一を参加人らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告ら各自に対し金三四九一万九八〇九円及び内金三二四一万九八〇九円に対する昭和六三年九月一四日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

一  原告らの請求原因

1  田中優作(昭和五七年一月一三日生)は、原告ら夫婦の長男であるところ、昭和六三年九月一二日午後三時四〇分頃、埼玉県上福岡市仲二丁目一番八号先路上において、自転車に乗車して走行中、補助参加人川越乗用自動車株式会社の従業員である補助参加人赤沢順一が運転する普通乗用自動車(タクシー)と接触して、頭部に受傷したため、救急車により被告が経営する上福岡総合病院(以下「被告病院」という。当時の名称は、「上福岡第二病院」である)へ搬送され、医師井上寿一の診察を受けたところ、同医師は、頭部のレントゲン写真を二枚撮り、化膿止めの処方をしたのみで帰宅させたところ、優作は、同日午後一一時過、突然三九度三分の高熱を出して容態が急変したので、救急車により三芳厚生病院に搬送されたが、翌一三日午前〇時四五分同病院において、左中硬膜動脈損傷による急性硬膜外血腫により死亡した。

2  医師井上は、被告の代表者であるところ、被告の職務を行うにつき、次のような過失により優作を死亡させたのであるから、被告は、民法四四条により、法人としての不法行為責任を負うべきである。

(一) 井上は、優作の受傷内容、その程度、及び受傷部位について正確詳細な問診をすることを怠った。

(二) 井上が診断した受傷部位は、左頭部打撲挫傷、顔面打撲だけであって、その外の左側胸部打撲、左側肺の軽度圧迫、左右膝蓋内側の打撲傷、左下腿前側の打撲傷を診断しなかった等、受傷部位を正確に把握する義務を怠った。

(三) 井上は、優作の受傷後六時間以内にCT検査をしていれば、確実に脳内出血を発見できたのに、CT検査をすべき義務を怠った。

(四) 井上は、少なくとも受傷後六時間位被告病院で経過を観察すべきであったのに、これを怠った。

(五) 井上は、付き添ってきた母である原告ひとみに対し、頭部内出血の可能性を教え、優作の症状観察を怠らないよう注意すべきであったのに、そのような指示及び忠告をしなかった。

3  被告の不法行為により蒙った原告らの損害は、次のとおりである。

(一) 優作の逸失利益 金四一八三万九六一八円

昭和六三年の男子全年齢平均賃金年金四五五万一〇〇〇円について、生活費を五〇パーセント控除したうえ、一八歳から六七歳まで四九年間稼動しうるとして、新ホフマン係数により中間利息を控除して計算する。

(算式)

4,551,000×18.387×0.5=41,839,618

(二) 原告らの慰謝料 金二二〇〇万円

原告ら各自につき金一一〇〇万円

(三) 葬儀費 金一〇〇万円

実際に支出した葬儀費の内金一〇〇万円について、原告ら各五〇万円として請求する。

(四) 弁護士費用 金五〇〇万円

原告ら各金二五〇万円

以上を合計すると、原告ら各自につき、(一)の相続額二〇九一万九八〇九円に(二)ないし(四)を加算した合計金三四九一万九八〇九円になる。

4 よって、原告らは被告に対し、損害賠償として各自金三四九一万九八〇九円、及び内金三二四一万九八〇九円に対する不法行為の後である昭和六三年九月一四日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する被告の答弁

請求原因1のうち、優作が自転車で走行中に接触したとの点は知らない。その余の事実は、認める。

同2の主張は、すべて争う。

(一) 井上の問診に対し、原告ひとみは、優作が走行中にタクシーと軽くぶつかった旨説明するに終始した。井上はこのように問診義務を尽くしたうえ、優作はタクシーの車体に左顔面・頭部を接触して軽度の傷害を負ったもので、その際の衝撃の程度も軽微であったと判断したものである。

(二) 井上は、正確な問診と視診・触診の外、頭部レントゲンの撮影までしたうえ、診察・診断をしたのであるから、「硬膜外血腫」や「硬膜外血腫のおそれ」を診断しなかったとしても、医療水準からして無理からぬことである。

(三) 井上は、頭部レントゲン撮影までしたうえ、一定の診断に達したのであるから、さらにCT検査を実施する臨床上の注意義務はない。

(四) 本件においては六時間もの院内観察をする必要がなかった。

(五) 井上は、頭部出血の可能性を予見していなかったところ、予見しなかったことについても、過失がなかったから、これを前提として、原告ひとみに対し、症状観察を指導すべき義務もない。

同3も、争う。

(証拠関係)省略

理由

一  請求原因1のうち、いずれも成立に争いのない乙第四号証の六乃至八、三一、証人赤沢順一の証言によると、優作は、二〇インチ子供用自転車に乗車して走行中、補助参加人赤沢運転のタクシーと接触する交通事故に遭ったことが認められ、右認定に反する証拠がないところ、その余の事実は、当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲第一乃至第七号証、第二九、三〇号証、乙第一、二号証、第四号証の一一、一二、二〇、二四、いずれも原本の存在及びその成立に争いのない甲第八乃至第一二号証、第二七、二八号証、第三三号証、第三七乃至第四〇号証、第四二、四三号証、原告らと被告との間では、成立に争いがなく、補助参加人らと被告との間では、弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認められる乙第三号証、証人赤沢順一、同千ケ崎裕夫(但し、後記信用しない部分を除く)、同高津光洋の各証言、原告田中ひとみ本人尋問の結果、鑑定人高津光洋の鑑定の結果、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

(1)優作は、頭部を打撲したため、事故後頭が痛いと訴えていた。(2)原告ひとみは、スーパーで買い物をしていると、近隣の主婦から、優作が交通事故に遭ったことを知らされて、現場に駆けつけたところ、すでに救急車が来ており、救急車に同乗すると、優作は、救急隊の意向により、被告病院に搬送された。(3)同日午後三時四六分被告病院に到着すると、医師井上が待ち受けていて、優作は、自ら歩いて診察室に入った。井上は、優作を立たせたまま診察をし、優作の頭部を視診したうえ、優作の意識が清明であり、元気でもあったので、優作の訴えを単なる傷の痛みと軽信して、軽度の左頭部、顔面打撲挫傷と診断をし、化膿止めの処置をした後、念のため二方向から頭部レントゲン撮影をしたものの、骨折または骨折線を発見することができなかった。(4)補助参加人赤沢も、救急車に追尾して被告病院に至ったものの、井上から事故の模様の詳細について質問を受けたことはなかった。(5)補助参加人赤沢は、CTを撮ってくれるよう依頼したが、井上は、その必要がないと判断し、優作に対して、明日学校に行ってもよいが、体育は休むようにとだけ注意をして、午後四時三〇分頃帰宅させた。原告ひとみは、埼玉県東入間警察署に立ち寄った後、優作とともに同日午後五時三〇分頃帰宅した。(6)優作は、家に入る前、玄関で嘔吐をしたうえ、食事もしないで眠いといって、寝入ってしまった。原告ひとみは、井上から特別の注意を受けなかったので、ただ疲れているだけと判断をして、優作の異常に気づかなかった。(7)優作は、同日午後七時頃から冷や汗をかき始め、同日午後一一時過ぎになると、三九度もの熱を出したので、原告らが異常事態と判断をして救急車を呼び、三芳厚生病院に連れて行ったが、同病院に到着した翌日午前〇時四五分には、自発呼吸がなく、心電図は平坦な状態ですでに死亡していた。(8)埼玉医科大学法医学教室による司法解剖の結果、優作の死因は、左側頭部打撲に起因した硬膜外血腫であって、左頭頂骨前下端部に近いところから、前下方に走り、左蝶形骨上端部の端を経て左側頭骨前端を前下方に向かい、岩様部直前に至ってとどまる線状骨折が一条あり、その長さは、頭蓋外面で約七センチメートル、内面で約八センチメートルに達する。(9)被告は、本件事故当時被告病院の外、近隣で上福岡中央病院も経営していたところ、当時常勤の医師は四名、非常勤の医師は約二〇名いたが、井上は、消化器外科が専門であり、脳神経外科も診療科目に入っていたものの、脳外科の手術は、被告病院ではせずに、すべて防衛医科大学校付属病院に転送していた。(10)優作の場合、被告病院を退出した午後四時三〇分頃に頭部のCT検査を受診しておれば、左側頭部の血腫形成、あるいはその兆しが認められる可能性が大きいうえ、単純レントゲン撮影では識別されなかった頭蓋骨骨折も識別され、適切な左急性硬膜外血腫の診断が可能であった。さらに、遅くとも受傷当日午後七時頃までに血腫除去手術が施行されておれば、優作の救命は可能であったし、その予後も良好であった。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する、成立に争いのない乙第九号証の二、証人千ケ崎裕夫の証言の一部、被告代表者本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

三  右認定事実によると、被告の代表者である井上には、被告の職務を行うにつき、優作を最初に診察した際、適切な問診をしないまま、本件交通事故の態様を的確に把握せず、優作に対して頭部CT検査をすることなく、優作の受傷の外観と意識が清明であること、及び頭部単純レントゲン写真のみから、左硬膜外血腫の存在またはその徴候を発見できなかった点、また、優作を帰宅させるに当たり、付き添ってきた母親である原告ひとみに対し、優作が嘔吐をするか、傾眠傾向を示したときは、直ちに来院して適切な処置を受けるよう指示しなかった点に、不法行為上の過失が認められるというべきであるから、被告は、民法四四条に従い、補助参加人赤沢との共同不法行為者としての責任が免れないといわなければならない。

四  そこで、被告の不法行為により、原告らが蒙った損害について検討する。

1  優作の逸失利益 金二三〇二万一二三三円

前記認定の事実によると、優作は、本件事故当時六歳の男児であったところ、昭和六三年における、男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の年間給与額は、金四五五万一〇〇〇円なので、生活費を五〇パーセント控除したうえ、一八歳から六七歳まで四九年間稼動しうるとして、ライプニッツ式計算法により、中間利息を控除して計算する。

(算式)

4,551,000×0.5×(18.9802-8.8632)=23,021,233

原告らは、いずれも優作の逸失利益の二分の一金一一五一万〇六一六円を相続した。

2 原告らの慰謝料 各金八〇〇万円

補助参加人赤沢及び被告の共同不法行為により、優作を失った精神的苦痛に対する慰謝料は、その両親である原告ら各自につき、金八〇〇万円と認めるのが相当である。

3  葬儀費 各金五〇万円

原告らが支出した葬儀費用のうち、本件不法行為と相当因果関係に立つ費用は、原告ら各自につき金五〇万円と認めるのが相当である。

4  弁護士費用 各金二〇〇万円

1ないし3を合計すると、原告ら各自につき金二〇〇一万〇六一六円になるところ、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して、各金二〇〇万円をもって、本件不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用と認めるのが相当である。

五  以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償として各金二二〇一万〇六一六円、及び内金二〇〇一万〇六一六円に対する不法行為の後である昭和六三年九月一四日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担について、民訴法九二条本文、九三条一項本文、九四条後段、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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