浦和地方裁判所川越支部 昭和60年(ワ)601号 判決 1988年9月29日
原告
株式会社富久
右代表者代表取締役
市川久作
右訴訟代理人弁護士
坂東司郎
同
坂東規子
被告
上福岡市
右代表者市長
田中喜三
右訴訟代理人弁護士
田中徳正
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し、別紙のとおりの謝罪広告を、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各朝刊に、二段抜き五センチメートル幅の大きさで掲載せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 1、3項につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
1 本件訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(本案の答弁)
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、不動産取引業を営む会社であるが、昭和五八年一二月一六日、もと訴外香取医院の用地であった別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)を被告市が公有地の拡大の推進に関する法律(昭和四七年法第六六号)第一〇条に基づいて設立し、出資している訴外上福岡市土地開発公社(以下「公社」という)に対し、当時同市が計画していた第二コミュニティセンターの建設用地として代金三億四二〇〇万円で売渡した。
2 被告市の市議会議員らは、昭和五九年度第一回定例会(昭和五九年度上福岡市一般会計予算案の審議)中の同年四月一七日原告と公社間の本件土地の売買に関し、いわゆる「土地ころがし」の疑惑があるなどとして、その解明のため、地方自治法一〇〇条にもとづく調査を行うべきであること及びその調査は特別調査委員会を設置してこれに付託すべき旨の訴外戸沢利雄議員の動議による議案を可決した。よって同市議会に第二コミュニティセンター調査特別委員会が設置され、「香取医院跡地買収全般に関する疑惑の解明」とこれに関連した二項目の付託事項につき右調査が行われた。
3 そのため、原告は代表者が同委員会に喚問されて証人として尋問されたほか、多数の資料の提出要求を受けるなどし、新聞等報道機関によって報道されたため、世間からは違法な土地ころがしに関与して不当な利得をした不良不動産業者とみなされ、埼玉県の顧客、取引先、金融機関等から詰問、非難を受け、信用を失墜し、その営業に著しい支障を受けた。その損害額は、信用棄損による無形損害(代表者の慰謝料)一〇〇〇万円、支払いした弁護士費用一〇〇万円、以上合計一一〇〇万円に及ぶものである。
4 よって、原告は、被告市に対し、被告市の市議会議員らによる名誉棄損による国家賠償法一条にもとづく損害賠償として金一一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一月一一日以降支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、同時に名誉回復措置として別紙の謝罪広告を、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各朝刊に、二段抜き五センチメートル幅の大きさで掲載することを求める。
二 被告の本案前の主張
地方自治法一〇〇条の調査権は、議員の国政調査権にならって認められているもので、地方議会がその財政に関する権限を行使するに当たり、有効かつ適切な判断をくだすために必要な資料と情報を得るために与えられているものであって、地方議会の右調査権の行使については広範な裁量権が認められている。したがって、裁判所はこの裁量権を最大限に尊重すべきものである。被告市の市議会が地方自治法一〇〇条に基づいて調査を開始し、そのため設置した第二コミュニティセンター調査特別委員会が、調査に際して関係者を喚問し、また関係者に対して資料の提出要求をした結果、原告が不利益を受けたとしても、それは調査権行使に通常伴う反射的不利益を受けたにすぎず、同条の規定の当然予定する範囲内の許されたことである。したがって、本訴は請求が法規を適用してその当否の判断をなすべきことのできる具体的な権利関係の存否の主張ではなく、訴の利益を欠くものであって、訴訟要件を欠くことになるので訴の却下を求める。
三 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 同2は認める。
3 同3は知らない。
4 同4は争う。
四 抗弁
被告市の市議会議員らによってなされた本件議決及びこれに基づく調査により、原告が名誉を棄損されたとしても、これら議員らの行為は、高額な公費支出を伴う不動産売買であるから、それが適正かどうかを調査しようとしたもので、公共の利害に関し、もっぱら公益を図る目的に出たものであり、且つ、本件土地がもとの地主(香取医院)から転々譲渡された上で、最終的には原告から三億四二〇〇万円で公社に売却されたことなどからして、被告市の市議会議員らが憶測をめぐらして、土地ころがしがあるのではないかと信じたとしても強いて非難するわけにもいかず、そう信ずるにつき相当の理由がなかったとまではいえないから、被告市の市議会議員らの右議決及びこれに基づく調査は原告に対する関係で名誉棄損の不法行為を構成するものではない。
五 抗弁に対する認否
否認する。土地ころがしの疑惑があるとして地方自治法一〇〇条の調査を可決し、調査を行った被告市の市議会議員ら(主として同市議会の多数を占めていた野党議員ら)の真意は、ありもしない虚偽の事実であることを知りながら、敢えて、真実であるように摘示して、一一カ月後の市長選において、公社の理事も兼ねていた田中市長の落選をもくろんだもので、もっぱら政争のためである。右議員らはその権限を濫用したにすぎない。原告は昭和五八年七月一一日訴外株式会社和光から本件土地等不動産を代金二億八八〇〇万円で買受けたところ、たまたまその頃被告市が第二コミュニティセンター用地を探していた関係で、公社に対する売買の話が持ちあがり、原告側で三億四二〇〇万円を提示したところ、公社はその理事会で討議の上昭和五八年九月三日出席議員全員の賛成により、本件土地を買受けることを議決した結果、同年一二月一六日原告と公社との間で本件土地に関する売買契約が締結されたものである。原告の買値と売値との間には五三〇〇万円の開きはあるが、本件土地の鑑定評価の価格は三億七〇〇〇万円であり、これは当時の本件土地の適正価格であって、原告は本件土地等売買に関し、諸経費(仲介手数料、登記費用、建物解体費用、測量費用、借入金利息)合計二九二三万六四七六円を支出しており、結局原告が本件土地の売渡しにより実際に得た利益は二四七六万三四二四円に過ぎず、原告と公社との間の本件土地売買は全く正常な取引であって、「土地ころがし」などにより、急激に値上げした不当価格による取引ではなく、原告は通常の利潤を得たにすぎない。いずれにしても被告市の市議会議員らにおいて「土地ころがし」などによる不当な高価格売買などを疑うべき理由は全くなかったものである。
第三 証拠<省略>
理由
第一訴の利益について
本訴は、被告市の市議会議員らが、市議会の定例会においてその表決権を行使して、原告と公社との本件土地売買に関し、土地ころがしの不正疑惑があるとして、同市議会内に特別委員会を設けて、地方自治法一〇〇条による調査をする旨の議案を可決したことにより、原告はその調査を受けて社会的な信用を失墜され、名誉を棄損されたから不法行為が成立するので、被告市に対し、国家賠償法一条により損害賠償等を求めるというものであるところ、国権の最高機関である国会の両院議員が院外無答責の特権を有する(憲法五一条)のと異なり、地方議会の議員(特別職の地方公務員)の場合は、右のような特権はなく、議会内における表決権の行使、発言、討論その他の行為によって第三者の法益を違法に侵害し、不法行為が成立するような場合には、その責任を負わなければならないことは当然であり、議員の行為が議会の大幅な裁量行為に関するものであろうと、又第三者に対する法益の侵害が当然予定されるべき反射的なものであるかどうかにかかわらず、被害者は国家賠償法一条によりその損害賠償請求を裁判所に提訴することができ、裁判所もまたこれに対し審理・判断をなし得るものと解すべきであるから、本訴が訴の利益がないなどとは到底いうことができない。被告の本案前の申立は採用できない。
第二請求の原因について
一請求の原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合してみると、原告は代表者が前記委員会に証人喚問されて尋問を受け、同委員会からいくつかの資料の提出要求を受けたりし、こうしたことは第二コミュニティセンター土地取得問題、土地ころがし疑惑一〇〇条委員会の調査などとして新聞等報道機関によって報道されたことが認められる。そしてこのことからすると、原告が、そのために、土地ころがしなど不法な手段で不当に利得したかのごとき印象を世間に与え、不動産業者としての信用や名誉に影響があったであろうことは容易に推認することができるので、原告は結局被告市の市議会議員らの表決権行使により、名誉を棄損され損害を被ったと認めるのが相当である。
第三抗弁について
ところで、名誉棄損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて、不法行為にはならないものというべきである。もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為は故意もしくは過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
そこで、これを本件についてみてみるに、被告市の市議会議員らによる本件議案の議決は、被告市が公社を通じて買収しようとした第二コミュニティセンター用地の原告と公社間の売買について、価格操作の有無を問題とする議案についてのものであることは前示認定のところから明らかであり、高額な公費の支出を伴う土地買収即ち公共の利害に関する事実にかかる行為であると認めることができるし、更にまた、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、①本件土地は別紙第二物件目録記載の土地と共にもと香取医院の用地で訴外香取四郎の所有地であったところ(もっとも本件土地のうち、一及び四の各土地は昭和五八年四月一九日訴外澤田キヨから訴外香取四郎に所有権の譲渡があったものである。)、これらと合わせて昭和五八年六月一五日訴外晃陽商庫株式会社(以下「晃陽」という)に売却され、その登記を経て更にその後訴外株式会社和光(以下「和光」という)を経て同年七月二一日原告会社に売却され、中間省略登記により晃陽から原告に対する所有権移転登記がなされ、昭和五八年一二月一六日原告から公社に売却されたのであるが、その間、本件土地の原告と公社との間の売買の話が被告市の市議会議員の一人から被告市の助役のところに持ち込まれたのは同年八月二一日であり、もとの所有者から二カ月余りの短期間に譲渡が重ねられている上に、訴外香取の晃陽に対する売値が合計金二億七七六九万五〇〇〇円(3.3平方メートル当たり五五万円)であったのに、原告と公社間の売買値は本件土地のみで三億四二〇〇万円(別紙第二物件目録の土地は道路用地として原告から被告市に無償寄付)であって、その間に六四三〇万五〇〇〇円の値上げが生じていること、②本件土地については香取医院跡地といわれて、当時被告市の買収に関連して、不動産業者が多数介在して値上げをしている旨巷間に噂があったこと、不動産取引業者なら当然早い時期に被告市の第二コミュニティセンター計画に気付いていたであろうと、誰しも容易に憶測するであろうことなどが認められ、これによると、本件土地につき、いわゆる土地ころがしによる高値操作がなされ、結局は被告市が公社を通じて不当に高い価格で買取ることを余儀なくされ、公費濫費のおそれがないとはいえないと憶測されて、その疑惑解明と称して、被告市の市議会議員らの多数がその表決権を行使してなした本件議決は、もっぱら公益を図る目的に出たものであり、また、同議員らは土地ころがしによる右価格操作が真実であると信じ、且つそう信ずるにつき相当な理由があったと認めるのが相当である。原告は右議決はもっぱら政争目的であって、権限の濫用である旨主張し、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、本件議決は、被告市の市議会の多数を占めていた野党議員によるもので、公社の理事長を兼ねていた田中市長を次期市長選において落選させようとのもくろみのあったことが容易に推認されるけれども、前記認定のように本件土地の売買については価格操作があったのではないかとの疑惑があると推測されても仕方のない事情があったのであるから、たとえ、政争目的が真意であってもなお、その疑惑解明のための本件議決は、もっぱら公益を図る目的に出たと認めるに何らの支障もない。
そうであるとすると、被告市の市議会議員らのなした本件議決にかかる表決権の行使は、故意もしくは過失がないことになるので、原告に対し名誉棄損による不法行為を構成するものではなく、被告市はこれにつき国家賠償法一条による賠償責任を負うものでもない。
第四結論
よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官荒川昂 裁判官山田陽三裁判長裁判官三井喜彦は転補のため署名捺印することができない。裁判官荒川昂)
別紙謝罪広告
上福岡市市議会議員戸沢利雄は、昭和五九年四月一七日上福岡市議会昭和五九年度第一回定例会において、株式会社富久の上福岡市土地開発公社に対する第二コミュニティセンター用地売渡に関し、疑うべき相当な理由がないにもかかわらず、「土地ころがし」の「疑惑」があるとして、地方自治法第一〇〇条に基づく調査をなすべきとする議案を提出し、同月一七日上福岡市議会は右議案を可決し、もって株式会社富久の名誉、信用を棄損したことは誠に申し訳ありません。
よって、右のとおり謝罪いたします。
昭和 年 月 日
上福岡市
右代表者市長 田中喜三
別紙第一物件目録
一 上福岡市上福岡五丁目八、〇四一番一
宅地 178.51平方メートル
二 同所同番二
宅地 347.10平方メートル
三 同所同番三
宅地 40.56平方メートル
四 同所同番四
雑種地 七二平方メートル
五 同所八〇四二番八
宅地 494.09平方メートル
六 同所八〇四四番一
宅地 518.22平方メートル
別紙第二物件目録
一 上福岡市上福岡五丁目八〇四二番一二
宅地 8.38平方メートル
二 同所八〇四四番二
宅地 7.39平方メートル