浦和地方裁判所越谷支部 平成7年(ヨ)77号 決定 1996年8月16日
債権者 今村典子
債務者 草加ダイヤモンド交通有限会社
主文
一 債務者は、債権者に対し、平成八年八月から平成一〇年七月まで、毎月一五日限り金一三万円を仮に支払え。
二 債権者のその余の申立を却下する。
三 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第一申立の趣旨
一 債権者が、債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、平成七年七月から毎月一五日限り、金二九万六五八七円を仮に支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 (一) 債権者は、平成三年七月八日債務者にタクシー乗務員として雇用され、日勤勤務をしていた。
(二) 債務者は、肩書地に本社、営業所を有する一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)を営む会社で、従業員は約一三〇名で、うち乗務員は約一二〇名である。
2 債権者が入社した当時、債務者には夜間、深夜勤務を行わない日勤勤務の乗務員は五名おり、平成三年末には債権者も含め一〇名いた。
3 平成三年七月当時の債務者の就業規則では、勤務時間について一日八時間、一週間四八時間との定めがあり、そのほか勤務時間の例外、時間外勤務、勤務割の指定、勤務時間の変更等の定めがあったが、勤務制について特に定めはなかった。ただ、就業規則のほかに乗務員服務規律が規定され、勤務時間について原則として午前七時より翌日の午前二時まで及び午前一〇時より翌日の午前五時までと定められていた。しかし、平成四年四月一日就業規則が変更になり、「勤務」の章の就業時間について左記のように定められた。(乙四、一五)
記
第四章 勤務
第一節
第四六条 (略)
第四七条 就業時間は次の各号の通りとする。
1 乗務員を除く従業員
始業 午前八時 終業 午後五時
2 乗務員
イ 隔日勤務制
始業 午前八時 終業 午前二時
ロ ブルーラインタクシー
始業 午後五時以降九時間就業
ハ 日勤制
a 昼間勤務
b 夜間勤務
(定時制乗務員就業規則による)
3 事務の特異性及び都合によって基準労働時間の範囲内において始業、終業及び休憩時間を変更し又は時差出勤勤務制度を行うことがある。
4 (略)
4 債務者と債務者の従業員で構成する草加ダイヤモンド交通労働組合(組合という。)は、平成七年一月二六日日勤制を廃止する旨の別紙「協定書」記載の協定を結び、これに伴う就業規則の一部を変更修正するための協議決定に同意した。債務者は、さらに同年四月一日付けで就業規則を一部変更し、昼間日勤制を廃止した。しかして、債権者は、同年二月九日債務者から隔日勤務とする旨の別紙「日勤者各位お知らせ」記載の文書を交付され、さらに、同年三月二四日別紙「雇用契約書」に署名押印して提出するよう求められたので、同月三一日「この契約書を提出しないと、日勤で乗務できないので提出しますが隔日勤務への移行を承諾した訳ではありません。入社時の条件が日勤なので、これからも日勤でお願いします。私は正社員ですので、暫定的にというのは困ります。今まで通り日勤者として認めて下さい。」と付記した雇用契約書を債務者に提出したが、受取を拒否された。(甲三ないし七)
5 債務者は、平成七年五月一二日債権者に対し、就業規則二条、四条、五条一項、一四条、四七条二項イ、六七条一、三、五、一一、一三、一七項違反を理由に(職務上の法令又は会社の諸規則に違反したとき、上長の命令に服さないとき、職務上の規律を乱し又は乱そうとする行為があったとき等)債権者を普通解雇した(本件解雇という。)。債務者は、右解雇事由の具体的内容について次のとおり主張している。
債権者は、労働契約上、本来深夜勤務を含め隔日勤務体制に従って乗務すべき義務があり、暫定的に日勤で勤務することが許されていたに過ぎないにもかかわらず、債務者が労働組合と長年多数回にわたる協議により日勤を廃止することを労使合意して決定し、債権者自身に対する長期間にわたる指示、説得も行った上、さらに隔日勤務移行に向けての経過的措置として、日勤の勤務を暫定的に延長する方法を提示するなどの妥協的提案をして、債権者に対し隔日勤務に移行するよう命じたのに対し、債権者がこれに従わず、暫定的な日勤勤務には一切応じられないとして、隔日勤務への移行という勤務条件の変更に従わなかったことが、「業務命令に従わなかった」ことに該当し、これが懲戒解雇条項(就業規則六八条八項)、普通解雇条項(同四〇条四項)に該当する。
6 深夜勤務に従事する債務者の女子従業員は、債務者宛に、深夜業に従事する時間、期間を記載した深夜業に従事することを希望する旨の「深夜業従事に関する申出書」を提出し、債務者は、これを添付して、春日部労働基準監督署長宛てに、係る従業員について深夜業に従事させる時間、期間を記載した、所定の深夜業務承認申請書を提出し、その承認を得て、係る従業員について深夜勤務を伴う隔日勤務に従事させていたが、債権者については、右深夜業従事の申出書を債務者に提出しておらず、従って、春日部労働基準監督署長の深夜業従事の承認も得ていない。(甲一六、乙四一)
7 (一) 債務者の賃金体系は、毎月一日から月末までの勤務に対し翌月一五日払いで、賃金の計算は、旅客乗務の売上に応じ債務者所定の歩合制である。
(二) 債権者は、平成七年一月分は二九万五一七七円、二月分は二八万四四二六円、三月分は三一万〇一五八円の賃金を支給されていた(三か月平均で一か月二九万六五八七円)。
二 争点
1 債務者主張の事由によりなされた本件解雇が解雇権の濫用で無効か否か。
2 夫婦共働きで夫にも相当の収入がある債務者において、賃金仮払いの必要性があるか否か。
三 争点1についての債権者の主張
1 債権者は、債務者の日勤制昼間勤務の募集広告に応募し、同勤務制で勤務する意思を明らかにし、債務者は、これを了承して債権者を雇用したのであるから、債権者の労働契約の内容は、債権者が日勤制昼間勤務で、午前八時から午後五時の勤務時間で就労するというものであり、それ故、債権者は、入社当初から本件解雇の通告を受けるまで一貫して右労働条件の日勤制昼間勤務(平成四年一〇月から四勤一休、平成六年一月から五勤二連休の勤務体制)の就労をしており、債務者は、これに対して何ら異議を唱えたことはなかった。
2 しかるに、債務者は、日勤昼間勤務を廃止し、債権者に対し隔日勤務(通常勤務時間が午前八時から翌日午前二時までの勤務を隔日に行う。)への移行を命じたのであるが、隔日勤務は、精神的にも肉体的にも文化的、社会的、家族的生活を著しく困難とさせる深夜勤務を伴うものであるところ、労働基準法では、女子労働者の母性、健康に留意して、深夜業は女子労働者には原則的に禁止し、労働者本人からの申出がある場合にのみ例外的に許容することとしているのである(同法六四条の三第一項五号)。しかして、日勤昼間勤務から隔日勤務への移行は労働条件の不利益変更であるが、隔日勤務が右のように深夜勤務を伴い、法律上女子労働者本人の申出がない以上就業できないものであるから、特にかかる労働条件の不利益変更には女子労働者の個別の同意が必要であり、自ら深夜業に従事する旨の申出をしない以上これを拒否することができるのであり、一方当事者の意思のみで労働条件を変更することはできないのである。たとえ債務者と組合との間で日勤昼間勤務の廃止、隔日勤務移行の労働協約の成立があり、同趣旨の就業規則の変更がなされたとしても、労働基準法六四条の三第一項五号に照すと、右労働協約、就業規則の規定は、深夜業従事の届出のない女子乗務員である債権者については無効といわなければならない。
3 使用者の労働者に対する業務命令権は、使用者と労働者の間で締結された労働契約に依拠するが、債権者は、債務者と日勤昼間勤務の労働契約を結んだのであり、債権者は深夜業に従事すべき義務はなく、また、深夜業を伴う隔日勤務への就業は、労働基準法上も債権者の申出がない以上就業し得ないものであるから、債権者には、日勤昼間勤務から隔日勤務へ移行すべき債務者の業務命令に従う義務はないのである。
4 したがって、債権者において隔日勤務に従事すべき義務はなく、日勤制を廃止し、隔日勤務に移行するとの労働協約及びこれに従い変更された就業規則の効力は、これに同意しない債権者には及ばないのであって、債権者が隔日勤務従事の命令に従わなかったとしても、「業務上の法令又は会社の諸規則違反」「上長の命令に服さないとき」「職務上の規律を乱し又は乱そうとする行為」などの解雇事由に該当しないのであり、これらに該当するとしてなされた本件解雇は、解雇権の濫用で無効である。
四 争点1に対する債務者の主張
1 (一) 債権者は、平成七年七月当時の債務者の直江一男部長(直江部長という。)の面接を受けて債務者に雇用されたのであるが、その際直江部長は、勤務体制について「通常一二勤務で、乗務時間は午前七時から午前二時」と説明したのであり、債権者が日勤でなければ働けないと述べたり、また直江部長が債権者を日勤制の条件で採用するなどと述べたことはなく、債権者は、深夜業を含む隔日勤務の労働条件で債務者に雇用されたものである。ただ、債権者が七ないし九月について夏休みの計画を立ててしまったことを理由に日勤勤務を希望したので、直江部長は、それ以降は深夜勤務を含む通常勤務に従うことを確認して、暫定的に債権者の希望を容れたに過ぎないのである。債権者は、同年九月下旬習い事やボランティアをやっているので来月も従来と同様に日勤を続けさせてほしい旨希望を述べたので、債務者は、乗務員不足の折から、早期に通常の隔日勤務に移るよう指示しつつ、債権者の希望を容れて暫定的な日勤勤務を延長してきたのである。
(二) 債権者が雇用された当時、債務者の乗務員は、タクシー会社の基本的乗務形態である深夜勤務を含む隔日勤務で就労することが当然のこととされており、就業規則の上でも、日勤制の定めはなかった。当時債務者では、深夜勤務を行わない勤務形態で勤務する乗務員がごく少数いたが、そのほとんどは、本来は通常の隔日勤務形態で勤務すべきで、かつてはその勤務形態で乗務していたが、病気等のため深夜を含む長時間の勤務に耐え難いと思われる乗務員で、これらについて例外的に隔日勤務を免除して、深夜や夜間を含まない勤務形態で勤務することを許していたのである。そして、当時タクシー乗務員が恒常的に不足する状況にあり、債務者においても営業車両の稼働率が低下し、慢性的乗務員不足の状況にあり、昼間だけでもあるいは多少乗務員の希望を容れて変則的な勤務時間帯で乗務する乗務員を採用しようとした時期もあったが、その対象者は、あくまでも定年退職した高齢者とか、休日、夜間など一部の日数、時間のみ就労する乗務員であり、これは、ごく例外的な乗務形態として募集の対象としていたのである。しかし、定年前の年齢の者が応募してきた場合は、健康に問題がない限り女性であろうとも隔日勤務の乗務に服してもらう前提で雇用していた。債務者では、このようにごく限られた、例外的な勤務形態として、事実上日勤勤務をする少数の乗務員がいたことから、就業規則上何の定めもなく放置しておくことは適切でないとして、平成四年四月一日就業規則上明確に日勤制を規定したのである。
2 (一) 日勤は営業車両の稼働率を一時的に上げることには役立つが、結局のところ一日の半分しか稼働せず、効率が悪いことには変りなく、隔日勤務で稼働させる方が効率がよいことは明らかであること、景気の低迷で次第に乗務員不足の状態が改善されていく傾向にあったことから、債務者は、平成四年初めころから日勤制を廃止することを検討した。そして、遅くとも平成四年一二月には組合に日勤廃止を公式な問題として申し入れ、組合との労使協議会等で日勤制廃止の協議をし、平成五年二月から平成七年一月にかけて組合との間で多数回にわたって協議し、当初平成五年八月一日から隔日勤務に移行することにしたが、組合の要望を容れて、何回か日勤廃止、隔日勤務移行の時期を延期し、十分誠意ある交渉を重ねた末、平成七年一月労使協議の結果、日勤を廃止する旨の合意が成立し、債務者と組合で日勤廃止の協定書を作成し、さらに同年三月昼間日勤廃止を内容とする就業規則の変更をし、同年三月三一日限り日勤制を廃止し、隔日勤務へ移行することを決定したのである。
(二) 債務者は、平成三年九月下旬の時点で、債権者に対し通常の隔日勤務に従事するよう指示し、その後も平成六年八月ころまで毎月同様の要請をしていた。そして、平成五年五月二七日債権者に日勤廃止の通知をし、同年七月三〇日債権者に対し、平成六年一月からの隔日勤務への移行に協力するよう要請し、組合との日勤廃止の協定締結後の平成七年二月九日日勤制廃止の通告をし、さらに、同年三月二四日暫定的に三か月日勤制を延長し、その後は改めて相談する旨合意をするよう提示し、この間債務者の岡部清人課長、三上専務、清水次長が一〇回以上債権者と話し合い、説得を試みた。しかし、債権者は、これを拒否し、無条件の恒久的な日勤でなければ応じられないとして、隔日勤務への移行には全く応じないとの意思表明をした。
(三) 債権者の右態度は、業務命令不服従であって、解雇事由に該当するが、債務者は、解雇を留保して同年四月以降も債権者に再考の機会を与えたが、債権者は再考する意思もなく、円満に協議しようとの態度もみせず、暫定的日勤延長の手続をとらない以上隔日勤務とせざるを得ないとした債務者に対し、日勤勤務を強行した。債務者は二度にわたり業務命令遵守の命令及び処分を警告の上、再考、再々考の機会を与えたが、債権者はそれでも態度を改めなかった。そこで、債務者は、債権者に対し本件解雇を通告したのである。
3 債権者は、深夜勤務を含む隔日勤務に服することを受諾し、これを予定して債務者に入社したのであるから、労働契約上もこれに服すべきことを予定しており、右義務が本来的に存するのであるから、債務者が裁量的な意味で暫定的に許されたに過ぎない日勤勤務を打ち切り、隔日勤務に移行するよう求めることは、債務者の使用者としての業務上の指示命令権の行使として全くの自由裁量に属することであり、この場合、債権者としては無条件にこれに従い、隔日勤務に服さなければならないのである。したがって、本来債権者との間で予定された契約内容の範囲内で、債務者が任意で暫定的に許容した日勤勤務を改めて、本来の深夜勤務を含む隔日勤務に従事するよう命じることは、何ら労働条件の変更に当たらないのである。そして、本来債権者は、深夜勤務を受諾し、これに服することを予定し、包括的に同意して入社したのであるから、債権者が深夜業に従事することの包括的申出はなされているのであり、入社後債務者が債権者に対し具体的に深夜勤務に従事するよう命じた場合は、債権者は具体的に手続に協力して深夜業従事の申出手続をとる義務があるのは当然である。
また、債務者の日勤廃止には合理的正当な理由があり、日勤廃止、隔日勤務への段階的移行の業務方針に対し、債権者が暫定的な日勤勤務には一切応じられないとして、無条件の恒久的な日勤勤務という労働条件のみに固執して、右勤務条件の変更指示に従わなかったことは、業務命令に従わなかったことに該当し、本件解雇には相当な理由がある。
五 争点2に対する債権者の主張
1 債権者は、夫、長女(二四歳)、二女(二〇歳)、長男(一七歳)の五人家族である。長女は、現在就職活動中で、二女は文化服飾学院三年生である。長男は高校三年生であり、高校の近くに下宿している。
2 債権者は、家族の生活費、二女、長男の学費、下宿代等に相当額を要するほか、債権者らは自宅を新築する目的で自宅敷地の隣接地を購入し、さらに自宅を新築する計画があって、今までの蓄えはこれらに充てられ、ほかに多額の住宅ローンの借入れがある。
3 したがって、債権者の収入なしでは到底債権者ら家族の生計は維持できないのであって、賃金仮払いの必要性は高い。
六 争点に2に対する債務者の主張
債権者の主張は争う。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 疎明資料によると、次の事実を認めることができる。
(一) 債権者は、油絵のアトリエである松原アートセンターに勤めていたが、平成三年五月同所の閉鎖により退職し、求職活動をしていた。当時夫の今村年伸は八潮市役所に勤務しており、二人の間には専門学校一年の長女薫、高校一年の二女夏子、中学一年の長男健三がいた(長男は、国内留学で相馬市に居住していた。)。また、債権者は、日本民族芸能を演ずる歌舞団荒馬座に準座員として所属しており、週二回夜間の練習に出、休日などに行われる自主公演にも参加していた。債権者は、二十年程前に数か月ではあるがタクシー会社に乗務員として隔日勤務をした経験があり、タクシー会社では深夜業を中心とした隔日勤務の勤務形態が一般的であることは知っていたが、家族とも相談し、右のような個人的事情もあって、知人から債務者では日勤も可能と聞いて、できたら深夜勤務を伴わない昼間勤務をとの希望をもって債務者の乗務員募集に応じた。
(二) 債務者のようなタクシー業界では、乗務員の勤務形態としては、車両の稼働率が高い隔日勤務が一般的であり、債務者においても、平成三年当時乗務員服務規律により勤務時間は原則として午前七時から翌日午前二時及び午前一〇時から翌日午前五時までと規定されていたように、乗務員従業員の九割方は隔日勤務をしていて、乗務員の日勤勤務はごく少数で例外的であり、また、日勤勤務として乗務員を雇用することはごく稀であった。しかし、平成三年ころは、景気好況で、労働者がより高賃金を求めて他の業種に流出する傾向があって、債務者らタクシー業界では慢性的な乗務員不足になっており、債務者もそのころ「女性・高齢者歓迎、日勤可」と記載した新聞の折込広告を草加市やその近郊に配布していた。
(三) 債権者は、予め電話連絡をした上、平成三年七月五日債務者(部長の直江一男又は課長の久保谷修三)の面接を受けた。そして、履歴書に「思いがけないことで今までの勤務先を失い、そこの勤務先に合わせて夏休みの計画を立ててしまったものですから、その日程を取りあえず記入します。九月からは貴社の希望する勤務形態を優先させることができます。」と記載し、さらに、七ないし九月の日程(七月は平日二日、土曜日四日、日曜日三日の合計九日を休暇と、八月は二ないし七日、一〇日、一七ないし二四日〔平日九日、土曜日四日、日曜日二日〕の合計一五日を休暇と、九月は平日一日、土曜日四日の合計五日を休暇と印したもの。)を記載し、「以上の様な状態で貴社勤務が可能でしょうか。無理な様でしたら、又、次の機会にしたいと思います。」と記載して提出し、七、八月は既に予定した右休暇を取る形での変則的な勤務でいいかどうか述べた。その際、債権者から、昼間だけの勤務があればいいんだけれどもと、できたら深夜勤務を伴わない昼間勤務を希望する趣旨の発言があった。債務者側では、債務者の勤務形態として通常は一二勤務(一か月に一二日勤務)で、勤務時間は午前八時から午前二時との説明をしたが、債権者の事情、希望を斟酌して、少なくとも当面は勤務形態について債権者の希望を酌んで、債務者は債権者を雇用し、七ないし九月はアルバイト的、試用期間的なものとした。
(四) 債権者は、当初、週五日勤務して土曜、日曜日休みの形態で日勤の乗務員勤務をしたが、平成四年ころから債務者の指示により四日勤務して一日休みの勤務形態に変ったため、毎月予め都合の悪い日曜日などを休みにしてもらうよう申し出たりしていた。しかし、債権者は、右の勤務形態では厳しいので、その後組合に申出して、労使交渉で右問題を取り上げてもらい、平成五年一一月ころ元の土曜、日曜日休みの週五日制の勤務形態に戻してもらった。かくして、債権者は、債務者に入社後一貫して日勤の乗務員勤務をしており、深夜勤務や夜間勤務、即ち隔日勤務には全く従事したことがなかった。
(五) 債務者では、平成四年四月当時日勤勤務者が債権者も含め一〇名いたため、債務者は、日勤制を就業規則上明確にするため、平成四年四月一日時間短縮、定年延長に関する就業規則改正の際、前記(第二の一の3)のとおり就業規則の改正を行った。
(六) 債務者は、右就業規則の改正により日勤者を定時制乗務員に位置付けたことに基づき、平成五年一月二五日組合に対し、日勤者を定時制乗務員とすること及びこれに伴い給与体系は定時制乗務員給与規定に基づいて実施する旨通知したが、組合と債権者を含む日勤者(八名)がこれに反対したため、時期尚早として、右実施を見送った。
(七) 平成四、五年になって景気が低迷して次第に不況になったため、タクシー業界に労働者が流入してタクシー乗務員不足が改善される傾向になった。そこで、債務者では稼働率が悪い日勤制を廃止して、深夜勤務を伴い終日稼働で効率の良い隔日勤務体制に復帰、移行させる方針を打ち出し、組合と数回協議、交渉し、平成五年四月一旦債務者と組合との間で日勤制廃止の合意が成立した。そして債務者は、同年八月一日から隔日勤務に移行する旨、その後組合の要望を容れて、右実施期日を平成六年一月まで延期する旨決定したところ、その当時の日勤勤務者七名のうち四名は日勤・夜勤廃止を前提とした、日勤勤務の雇用期間を平成五年八月一日から同年一二月三一日までとする暫定的な雇用契約書を債務者に提出した。しかし、債権者は、日勤制廃止に反対して右雇用契約書を債務者に提出せず、同年八月ころ日勤勤務者の須藤美子と共に組合の役員同席の下で債務者の岡部課長らと協議したが、その際債権者は、入社の際日勤でもよいと言われた、日勤で入ったのだから日勤でよい筈だ等述べて、隔日勤務移行に同意せず、債務者も仕方がないということで、右協議は物別れに終わった。
(八) 平成五年一〇月組合役員が交替し(執行委員長金野栄弘、副委員長鹿間秋男、同宇之沢寿夫、書記長増田嘉久)、債権者も代議委員になったが、組合の体制も変って、日勤制廃止について労使協議はなされず、事実上日勤廃止問題は棚上げになっていた。その後、平成六年八月労使協議において日勤制の問題が議題に上がり、組合側は、日勤者が日勤存続を希望しているので、日勤制廃止を強行せずに労使と当事者の三者で話し合っていきたい旨要求し、債務者としては将来は廃止の方向で考えているが、今すぐ完全廃止することは問題があるので、今後話合による解決を図っていくこととする旨表明し、日勤制廃止問題については労使、当事者の三者で協議し、話合で解決することが確認された。同年一一月組合役員交替後労使協議がなされ、日勤制廃止については組合と会社で合意するまでその最終実施は延期する旨確認された。そして、前記第二の一の4記載のとおり、平成七年一月二六日債務者と組合で日勤制廃止の協定が結ばれ、同年三月日勤制廃止の就業規則の変更がなされ、これが春日部労働基準監督署に届出、受理され、同年四月一日付けで日勤制が廃止された。右労使協定締結は組合の代議委員会で了解されていたが、組合では同月二五日臨時大会を開催して日勤制廃止の右労使協定について賛否を問い、賛成多数で協定書どおりこれが承認された。
(九) 前記第二の一の4記載のとおり、債務者は、平成七年二月九日債権者を含む当時の日勤勤務者三名に対し、日勤制を廃止して隔日勤務に移行する旨通告をし、同年四月一日からの隔日勤務移行を拒否するなら、暫定的に三か月間だけ日勤制を延長する旨の雇用契約書を提出するよう指示したところ、他の二名はこれを受諾して雇用契約書を提出したが、債権者は、同項記載のとおり付記した雇用契約書を提出したため、債務者は、債権者が暫定的日勤延長、隔日勤務移行を拒絶するものとして、右受取を拒否した。債務者は、同年三月から五月にかけて多数回債権者と話し合い、「暫定的に四月一日から三か月日勤で勤務し、右期間満了の時点で再度延長を認めることもあり得る。」などの提案をして、隔日勤務移行を説得し、また、組合でも同年三月中に数回債権者と話し合って説得した。しかし、債権者は、無条件な暫定的でない日勤でなければ応じられない、隔日勤務への移行に応じる意思がないとして、四月一日以降も毎日出勤して日勤で勤務しようとし、日勤は認められないので隔日勤務をするよう指示する債務者といざこざが続き、債権者が債務者内で日勤廃止反対の印刷物を配布し、さらに債権者の賛同者の署名活動などしたため、債務者は、同月一八日と二五日債権者に対し隔日勤務に従事する旨の業務命令を遵守する命令と処分の警告を発したが、債権者の対応は変らなかった。そのような経過の中で、債務者の清水次長は、同月二八日から合計四回、出勤した債権者に対し、日勤で乗務するか隔日勤務で乗務するかやりとりがある中で、午後一〇時まで働いて下さいなどと指示したが、債権者はこれに応じず、さらに債権者が同年五月一一日に約七〇〇名の賛同者の署名を債務者に提出しようとしたため、債務者は、翌一二日債権者に対し、本件解雇の通告をなした。
2 以上の事実に基づき判断する。
(一) 債権者が債務者に雇用された平成三年七月当時、債務者を含むタクシー業界では慢性的に乗務員不足の状況にあり、車両の稼働率を少しでも上げるため、乗務員でも日勤の勤務形態も許容されており、タクシー業としては変則的な日勤の勤務形態でも乗務員として応募すれば歓迎するという状況であった。しかして、債権者が債務者に雇用された際の勤務条件については、債権者が主張するように、日勤勤務と明確に合意されていたとは認められない。債務者において日勤勤務の乗務員の雇用はごく例外的であること、債権者が特に日勤勤務でなければ勤めないというのであれば、履歴書にその旨特記してしかるべきなのに、その記載がないこと、債権者が履歴書に記載した「九月からは貴社の希望する勤務形態を優先させることができます。」というのは、九月の平日で予定した休みが僅か一日しかないことなどから、債権者の主張するように、単なる勤務時間、勤務日数について債務者の希望する勤務形態という意味には解されないことなどから。しかし、また、債務者が主張するように、原則的に深夜勤務を伴う隔日勤務をすることが合意され、ただ七、八月ないし九月のみ暫定的な日勤勤務を認めたとも認めることは困難である。もともと債権者は、家庭的、個人的事情から、深夜勤務が困難な状況にあったこと、債権者の当初申し出た日程でも九月は隔日勤務が十分可能であり、債権者も九月から債務者の希望する勤務形態を優先できると述べていたのに、債権者を隔日勤務に就かせていないこと、また、七ないし九月だけが例外で、原則的に隔日勤務の約束であれば、債権者が遅くとも一〇月からは隔日勤務に従事することがはっきりしていたのであるから、雇用した当初に、遅くとも九月までの間に、債務者において、債権者について春日部労働基準監督署に対する深夜業承認手続をとるべきなのに、右手続が全くなされていなかった。さらに、暫定的な勤務形態といいながら、債権者は一〇月以降も日勤制が廃止されるまでもっぱら日勤勤務を続けていて、深夜勤務を伴う隔日勤務には全く従事しなかったのである。これらの事実は、債務者が債権者に対し暫定的な日勤勤務を認めたということとは程遠いものであって、これについての債務者の主張は首肯できない。
結局、債権者が債務者に雇用される際、勤務条件についての合意は極めてあいまいであって、タクシー業において一般的な勤務形態である隔日勤務について話題が出て、債権者も抽象的にはこれを承知したとしても、現実に債権者が従事していたのは日勤勤務であり、債権者が実際に日勤勤務することを債務者においても承認したものと解される。そして、その後債権者は一貫して日勤勤務を続け、債務者は、労使交渉の場においても債権者の日勤勤務について特に異議もなく、債権者の休暇のとり方について協議するなどしており、日勤制廃止にあたっても、日勤勤務者としての債権者と交渉したり通告したりするなど、債権者をもっぱら日勤勤務者として扱い、処遇してきたのであって、債務者において、債権者の実際の勤務条件としては、日勤勤務ということが確立していたとみなされるのである。
(二) 債務者において深夜勤務を伴う隔日勤務が一般的な勤務形態で、ほとんどの乗務員従業員は隔日勤務に従事しており、乗務員の日勤勤務はごく少数で、例外的な勤務形態であったところ、債務者における日勤制廃止は、慢性的なタクシー乗務員不足が改善されたため、全車両を深夜勤務を伴う終日稼働させて効率を高め、売上の増加を図るという経営対策からなされたもので、債務者の経営上の必要性は高い。しかも債務者は、時間をかけて組合と交渉し、協議を重ね、日勤制廃止を合意して組合と協定を結んだ上で就業規則を変更して日勤制廃止を実施したもので、かかる就業規則の変更自体合理性が認められないわけではない。
しかし、乗務員の勤務形態について日勤制を廃止して隔日勤務のみに変更すると、日勤勤務していた従業員にとって、五勤二休の昼間勤務が隔日の昼間夜間深夜勤務となるのであって、単に勤務時間の変更という以上に、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することになるという面があることは否めない。のみならず、労働基準法では、女子労働者の健康、福祉の観点から、女子の深夜業は原則として禁止され、深夜業に従事することを使用者に申し出た者であって、当該申出に基づき使用者が行政官庁の承認を受けたものについては例外的に深夜業に従事させることができるとされている(同法六四条の三第一項五号)。それゆえ、債務者において、日勤制を廃して深夜業を伴う隔日勤務のみの勤務形態に変更する場合、深夜業に従事することになるために、右変更に同意しない女子従業員については労働基準法で定める深夜業従事の申出を強制される結果になり、女子の深夜勤務を禁止した労働基準法にも違反することになる。女子従業員にも一律に、深夜業従事の申出の有無にかかわらず日勤制を廃止して隔日勤務のみにし、右申出を強制する結果となるような就業規則の変更が、女子従業員である債権者に関して合理的であるかはなはだ疑問である。
したがって、女子従業員を深夜業に従事させるための労働基準監督署長の承認を得るために女子従業員の任意の申出が必要であるとの観点からも、かかる勤務形態、労働条件の不利益変更については、少なくとも日勤勤務に従事している女子従業員個々の同意を必要とするものであって、日勤勤務に従事していた債権者の同意がない以上、右就業規則の変更による勤務条件の変更は債権者に関しては効力を生じないのであって、債権者は隔日勤務に従事する義務はなく、隔日勤務への移行を前提にした暫定的日勤勤務に従事しなければならないものでもない。また、午後一〇時までの勤務に従事する旨の指示は、債務者から業務命令を遵守すべき指示と処分の警告が二回発せられた後の、本件解雇の僅か二週間前になって初めて、債権者が出勤して勤務制について清水次長とやりとりがある中で唐突に指示されたもので、午後一〇時までの夜間勤務は債務者の就業規則にも規定されていないものであって、債権者がかかる指示に応じなかったとしても、直ちに解雇事由に該当するとはいい難い。
(三) 債務者は、債権者を雇用する際、債権者は隔日勤務を合意したのであるから、包括的に深夜勤務の申出をしたもので、労働基準監督署長の承認手続申請を拒否することは許されない旨主張する。しかし、債権者が雇用される際、労働条件として隔日勤務に従事することが明確に合意されてなかったことは、前認定のとおりであり、かりに債権者が抽象的に隔日勤務を承知していたとしても、その後債権者は一貫して日勤勤務を続け、債務者において債権者の勤務条件としては日勤勤務が確立していたのであるから、債権者が包括的に深夜勤務の申出をしたとみることは困難であり、日勤制を廃止して深夜勤務を伴う隔日勤務に移行した際、債権者の深夜勤務の申出が必要であり、かかる労働条件の不利益変更にあって、債権者が右申出をしなければならない義務があると解することはできない。
3 したがって、債権者が隔日勤務という勤務条件の変更に従わなかったことが債務者の業務命令に従わなかったことに該当するとしてなされた本件解雇は解雇権の濫用に当たり、無効といわざるを得ない。
二 争点2について
1 賃金仮払仮処分は、本来相手方の他の従業員と同等の生活水準を保障するものでも、また、労働者の従来どおりの生活様式、生活水準を保障するものでもなく、賃金の支払を受けられない結果、労働者及びその家族の生活が危機にひんするような差し迫った事態に至った場合、その緊迫状態を暫定的に回避するための緊急処置として認められるものであり、最低限どの程度の生活費が必要か検討されるべきであって、労働者の配偶者に相当の収入がある場合は、賃金仮払仮処分の必要性の判断にあたって、その事情も考慮されるべきである。
2 疎明資料によると、次の事実を認めることができる。
(一) 債権者は、昭和四五年四月二五日今村年伸(昭和二四年一二月一八日生れ)と婚姻したが、夫は、八潮市役所に勤務しており、同人の平成七年度の収入は九一七万九五〇七円である(月収手取り約四四万円、ボーナス年約一七〇万円)。二人の間には三人の子がおり、長女薫は、専門学校卒業後牧場で働いていたが、平成八年四月現在無職で、債権者夫婦と同居している。二女夏子は、同年現在文化服飾学院三年に在学で、債権者夫婦と同居しており、長男健三は、同年現在私立高校三年に在学し、来春大学進学予定であるが、債権者夫婦と別居してアパートに下宿している。
(二) 債権者夫婦らの生活費は一か月約二〇万円であり、子供らの学費は年間合計約一八〇万円、交通費、小遣い等諸雑費、長男の下宿代、生活費は合計一か月約一五万六五〇〇円になる。
(三) 債権者夫婦は、居住する住宅が老朽化したことから、自宅新築の計画を立て、平成六年七月に新築住宅の敷地として、自宅の敷地(債権者の母所有名義)に隣接する土地を購入したが、それについての住宅ローンの返済額は一か月約七万円になる。また右借入に関して五年以内に住宅の建築に着手しなければならず、今村年伸は、平成八年三月具体的に住宅新築の計画を立てて、住宅金融公庫のマイホーム新築資金借入の申込をしたが、住宅建築資金等で三八〇〇万の融資を受けると、その支払に一か月約一三万円かかることになる。
3 右事実によれば、本件では、地方公務員として職も安定し、相当額の収入を得ている債権者の夫の収入によって、現在までの債権者ら家族の当面の生計が一応維持されていると認められる。他方、債権者夫婦は長年共働きで、債権者の収入を予定して自宅新築計画を立て、敷地について住宅ローンを組み、さらに、マイホーム新築資金の借入をするなど、債権者の収入も家計に組み込まれ、これにより生計を維持してきたことも否定できないところである。また、債権者らの二女夏子は、平成一〇年三月には専門学校を卒業する予定であり、その後は債権者らの家計の事情も変更する可能性は大である。
これらの諸事情を斟酌すると、本件解雇前に支給されていた債権者の賃金のうち、一か月一三万円について、とりあえず平成八年八月から平成一〇年七月までの二年間は仮払いをする必要性があると認められるが、これを上回る部分については、直ちに仮払いの必要性があるとは認められない。
4 なお、債権者は、債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める申立もしているが、本件の場合、賃金仮払仮処分のほかに、いわゆる任意の履行に期待する右仮処分を認める必要性があるとは認められない。
第四結論
よって、債権者の申立は、主文一項の限度で理由があるので、保証を立てさせることなく、これを認容し、その余の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 木下秀樹)
別紙協定書、日勤者各位お知らせ及び雇用契約書 省略