浦和家庭裁判所熊谷支部 平成8年(家)1615号
主文
本件申立てを却下する。
理由
第1申立ての要旨
申立人は、その申立書に次のとおり記載して、申立人の戸籍に「養父」と記載されている亡今村久弥(大正2年8月9日生、平成4年9月9日死亡、以下「亡久弥」という。)との離縁の許可を求めた。
「1.申立人は実父母の代諾によって今村久弥、よしの養子となりました。
2.養父久弥は平成4年9月9日死亡しました。
3.祭祀を祭る後継者がいる為故久弥の籍から実父母の籍に戻しても差し支えないと思われます。」
第2当裁判所の判断
1 本件記録中の戸籍謄本(2通)、住民票の写し、回答書、申立人及び参考人今村純夫、同今村たか子に対する各審問の結果並びに当裁判所平成4年(家)第××××号特別代理人選任申立事件の記録によれば、次の事実が認められる。
(1) 亡久弥は、昭和12年4月24日に佐藤よし(大正6年3月22日生、以下「よし」という。))と婚姻の届出をし、昭和15年1月10日に長男貞夫を、昭和22年7月18日に二男純夫(以下「純夫」という。)を儲けた。
(2) 長男貞夫は、昭和40年5月17日に今村有己子(以下「有己子」という。)と婚姻の届出をし、昭和47年1月26日に長男良行を儲けた。
(3) 二男純夫は、昭和49年4月30日に斉藤たか子(昭和25年1月13日生、以下「たか子」という。)と婚姻の届出をし、昭和50年8月29日に長女由加、昭和53年9月30日に長男貴史(申立人)を儲けた。
(4) 昭和60年7月3日に、亡久弥、よし夫婦と有己子及びたか子との各養子縁組の届出がされた。
(5) 昭和60年7月4日、亡久弥、よし夫婦と良行及び貴史との各養子縁組の届出(代諾者は各親権者の実父母)がされた。
(6) 亡久弥は、平成4年9月9日に死亡した。
(7) 申立人及び参考人今村純夫、同今村たか子は、各審問において別紙記載のとおり述べた(但し、参考人今村純夫の審問調書のうち1項に「相続税の基礎控除額を増やすことができる」とある部分は、正確に表示すると、「相続税の基礎控除額を増やし、税率を下げることによって相続税の総額を減らすことができる」との趣旨であった。)。
(8) 純夫とたか子は、平成4年11月4日、浦和家庭裁判所熊谷支部に対し、弁護士○○を代理人として、亡久弥の貸金庫の開扉と遺産の分割をするために必要として、申立人の特別代理人の選任を求め、同裁判所は、同年12月16日にこの申立てを相当と認めて、申立書に候補者として記載された者を申立人の特別代理人として選任する旨の審判をした。
なお、上記事件においては、申立人の代理人から、平成4年11月12日に、別紙上申書の写しに記載のとおりの上申書が提出された。
2 上記認定の事実によれば、本件の養子縁組の届出は、当事者間に真に社会観念上養親子と認められる関係の設定を欲する効果意思を有していたわけではなく、明らかに単に亡久弥と申立人の各戸籍に養子縁組の届出がされた事実を記載する方法で相続税の負担を減少させる目的を達成するための便法として仮託されたに過ぎないものと考えざるを得ない。
即ち、本件各養子縁組の届出がされた昭和60年当時は、資産家の老人について、相続の開始が近いと思われるような時期になって、老人とその子供達の配偶者や孫達との養子縁組の届出をして戸籍上何人も養子がいるということにしておく方法で、相続税の総額を減少させて(相続人の数が多くなると、基礎控除の額が増加するだけでなく、相続税の総額の計算の基礎となる相続人1人当たりの遺産の取得価額が減少する結果相続税の税率を減少させることができるため、相続税の総額が減少することになる。)、相続税の負担を不当に免れる(前記○○弁護士の上申書には「節税」と記載されているが、これは単なる節税ではなく、明らかに脱税である。)ということが横行し、税務署では個々の養子縁組の実態の把握及びその効力についての検討を逐一行うわけにもいかないため、こうした不当な相続税逃れができないようにするための相続税法の改正が検討されていた時期で、新聞や雑誌等でも取り上げられていた。そして、後に相続税法が改正されて、相続税の総額の計算において養子の数に制限が加えられたのであり、以上の事実は公知の事実といえるものである。
3 かつて最高裁判所は、婚姻の届出についての判断ではあるが、その昭和44年10月31日第二小法廷判決(民集23巻10号1894頁)において、民法742条にいう「『当事者間に婚姻をする意思がないとき』とは、当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり、したがって、たとえ婚姻の届出自体については当事者間に意思の合致があり、ひいて当事者間に、一応、所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたにすぎないものであって、前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には、婚姻はその効力を生じないと解すべきである。」と判示した。こうした考え方は、養子縁組の届出についても当てはまるものである。
4 以上のことから、当裁判所は、本件各養子縁組の届出は、単に他の目的即ち相続税の負担の軽減を図るための便法として仮託されたに過ぎないもので、亡久弥と申立人との間に、真に社会観念上養親子と認められる関係の設定を欲する効果意思は全くなかったと考えるほかないものであるから、無効(養子縁組の効力は生じない)と判断するほかないものであって、本件離縁の申立てはその対象を欠くものとして、不適法と判断せざるを得ない(申立人があくまでも亡久弥との戸籍上の養親子関係の記載を抹消させたいと考えるのであれば、検察官を被告として養子縁組無効確認の訴えを提起して、その勝訴判決を得る方法で戸籍上の身分関係の是正を図るほかないものと思料される。)ものである。
5 よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 遠藤きみ)
別紙<省略>