大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 平成11年(ワ)249号 判決 2000年12月07日

主文

一  被告は、原告に対し、金一億二一七七万八一二一円及びこれに対する平成一〇年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

主文同旨

第二  事案の概要等

一  本件は、原告が、原告の代表取締役であったA(以下「A」という。)を被保険者とし原告を保険金受取人とする被告との間の生命保険契約に基づき、Aの死亡を理由として、被告に対し、死亡保険金及び積立配当金の支払を求め、被告が、Aは原告の取締役であったB(以下「B」という。)に殺害されたのであり、免責事由に該当するとして争った事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、土木建築等を業とする有限会社である。

Aは、平成九年九月一六日当時、原告の代表取締役であり、Bは、Aの妻で、同日当時、原告の取締役であった。

2  被告は、生命保険業を営む相互会社である。

3  原告は、昭和五三年八月一日、被告との間で、次のとおりの集団扱定期生命保険契約(以下「本件契約」という。)を締結し、昭和六三年八月一日に右契約が更新された(左記の保険期間は更新後のもの)。

(一) 保険証券番号 〇六五三組一二九五三二―六号

(二) 保険の種類  集団扱定期保険

(三) 被保険者   A

(四) 保険金受取人 原告

(五) 保険期間   平成一〇年七月三一日まで

(六) 死亡保険金

(1) 普通死亡のとき      七〇〇〇万円

(2) 災害による死亡のとき 一億二〇〇〇万円

(七) 免責条項(以下「本件免責条項」という。)

被保険者が、保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合には、被告は死亡保険金を支払わない。

4  Aは、平成九年九月一六日深夜から同月一七日未明にかけて、(住所省略)所在の自宅(以下、単に「自宅」という。)において、何者かに頭部を殴られ、頭部打撲による脳挫傷で死亡した(以下「本件事故」という。)。

そして、同日午前四時ころ、自宅から出火し、Bは、自宅において、右出火による急性一酸化炭素中毒で死亡し、自宅の焼け跡から両名の遺体が発見された。

5  なお、本件契約における積立配当金等清算金は一七七万八一二一円である。

三  本件の争点

本件の争点は、<1>BがAを故意に死亡させたのか(争点1)、<2>BがAを故意に死亡させたとした場合に免責事由である「被保険者が保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合」(商法六八〇条一項二号、三号、本件免責条項)に該当するか(争点2)である。

四  当事者の主張

1  BがAを故意に死亡させたのか(争点1)

(被告の主張)

<1>本件事故時及び自宅の出火時に、A及びB以外の者が自宅に侵入した形跡がなく、窃盗の痕跡や争った形跡もなかったこと、<2>Aの死亡時刻が、Bの死亡時刻よりも数時間早く、AがB以外の者によって殺害されたのだとすると、殺害者がその殺害後逃亡もせず数時間放置してから火を放ったことになるが、このようなことは考えにくい上、Bが拘束された形跡もないことから、BがAの殺害に気付かなかったとか、気付いていたのに放置したというのも不自然であること、<3>Bは、頭から灯油をかぶっていたが、その遺体に焼損部分が極めて少なかったこと、<4>BがAの女性関係について悩んでいたことがうかがわれることなどからすれば、BがAを殺害した上、自宅に火をつけたものと考えられる。

(原告の認否)

否認する。

2  BがAを故意に死亡させたとした場合に免責事由である「被保険者が保険契約者又は保険金受取人の故意により死亡した場合」(商法六八〇条一項二号、三号、本件免責条項)に該当するか(争点2)

(被告の主張)

(一) 本件免責条項の趣旨は、商法六八〇条一項二号、三号と同じであり、被保険者を殺害した者が保険金を入手することが公益上好ましくなく、信義誠実の原則にも反し、保険の特性である保険事故の偶発性の要求にも合わないことなどにあると解される。

ところで、法人を保険金受取人又は保険契約者とする生命保険契約において、当該法人の代表者が被保険者を故意に死亡させた場合に免責事由に該当することは当然というべきであるが、代表権を有しない法人の機関等が被保険者を故意に死亡させた場合であっても、当該機関等が、<1>当該法人を実質的に支配する場合、<2>保険事故によって直ちに当該法人を実質的に支配し得る場合、又は<3>保険金の受領による利得を直接享受し得る場合(保険金の請求、受領、管理又は処分の権限を有する地位に立ち得る場合)には、免責を定めた右規定の趣旨に照らし、当該法人による被保険者の故殺と評価することができるのであって、免責事由に該当するというべきである。

(二)(1) Bは、本件事故当時、有限会社である原告の取締役であったが、有限会社の取締役は、原則として代表権を有することからすれば、法律上、株式会社の取締役よりもむしろ株式会社の代表取締役に近似する地位にあるといえる。また、一般的に、有限会社は、小規模閉鎖会社として人的会社の要素を兼ね備えており、個人企業が法人成りしたものが多いことから、経済的には、取締役(代表権がない場合も含めて)と当該会社の利益が一致することも多いことにかんがみれば、有限会社の取締役が被保険者を殺害した場合には、原則として、当該会社が被保険者を殺害したものと同視できるというべきである。

また、Aの死亡後にAの長男であるC(以下「C」という。)が原告の代表者に就任していることから明らかなとおり、原告は同族企業であり、経済的には原告の利益とA家の利益とが同一視できるのであり、本件において原告の請求が認められ、A家が保険金を取得することは公益上極めて不当であり、信義則に反するというべきである。

(2) Bの原告における地位、役割等についてみると、

a Bが、原告設立当時、電話の応対や事務処理等を行うとともに、時には現場にも出ていたこと

b 原告の事務所の敷地はBの実母の所有であり、その土地を担保に原告が借入れをしていること

c 原告の事務所には、Bが仕事をするための専用の大きな机が一番奥にあり、Bは、ほぼ毎日事務所に来ていたこと

d Bに固有かつ重要な業務として従業員の給料計算及び社会保険関係の事務手続等があったこと

e Bは、原告の事務員から会社の雑用品の支払の相談を受けた際、その支払の可否についてAの許可を得ることなく自ら判断したり、事務員に対し、原告で使用する文房具や光熱機材等の購入する時期を指示したり、雑用品の支払をいつ付けにするかといった指示をしたりしていたこと

f 手形帳、印鑑及び権利証等が入っている原告の事務所の金庫の鍵を持っていたのは、AとBのみであったこと

g 手形の切替えや借入れの切替え等を行う際にはBが銀行に出向いていたこと

h 決算時にはA及びBが税理士のところに行っていたこと

i 税理士が原告の帳簿の名目を問い合わせた際、事務員は、Bの指示を仰いでいたこと

j 原告の資金が不足した際には、Bの預金口座から原告に資金を回したり、自ら手形を振り出して融資を受けたこともあったこと

k Bは、Aの決裁を経ることなく従業員にお歳暮を贈ったり、従業員に対し自己の出捐で休日手当を渡したりするとともに、休日、昇級等の福利厚生的なことをAとともに決定していたこと

l Bは、従業員がAに怒られたりすると、その後でフォローをしたり、自宅に来た従業員に対し料理を作ってもてなしたり、社員がお酒を飲みに行った際、飲み代を払ったりするなど、特にAと社員との間の和というものを取り持っており、会社の和に大きく貢献していたこと

m Bは、年額六六〇万円の役員報酬を受領していたこと

n 原告の出資口数一五〇〇口のうち、Aが死亡することによりBの持分が五七〇口となり、最も出資割合が高くなること

等が認められる。他方で、A及びB以外の原告の関係者についてみると、本件事故当時において、

o Aの長男であり、本件事故当時原告の取締役であったCは、別の会社の代表取締役で原告の経営には全く関与していなかったこと

p Aの次男E(以下「E」という。)及び三男F(以下「F」という。)は、いずれも東京方面で生活し、原告とは何の関わりもなかったこと

q Aの四男であるG(以下「G」という。)は、未成年であったこと

r Aの実弟であり原告の取締役であったD(以下「D」という。)は、原告の経営に関わっておらず、現場の責任者というべき存在であったこと

s 原告の関連会社である有限会社乙の代表者であるHも、現場の責任者というべき存在であったこと

t 有限会社乙の取締役であるJは、自ら、原告の社長になるとは考えもしていなかった旨述べていること

u Kは、原告及び関連会社の取締役にも就任していなかったこと

等が認められ、これらに照らせば、Bは、名目上の取締役であるということはできず、むしろ、Bが原告においてナンバーツーの地位にあったというべきであり、Bが存命であればAの死亡により原告の代表者に就任した可能性が高かったのであるから、BはAの死亡により直ちに原告を実質的に支配し得る者、すなわち右(一)の<2>に当たるというべきである。

(3) また、右(2)で指摘した各事実に加え、

v 昭和六三年の本件契約の更新の意思を被告担当者に伝えたのはBであること

w 平成八年にAが入院した際における入院給付金の請求手続をしたのはBであったこと

x A及びB以外に、本件契約の内容を知り管理していた者がいないこと

からすれば、現実に本件契約の管理をしていたのはBであり、保険事故により、Bは、保険金の請求・受領・管理又は処分の権限を有する立場に立ち得る者、すなわち右(一)の<3>にも当たるというべきである。

(三) 加えて、本件契約は、中小企業や同族会社をターゲットとして考案されたいわゆる経営者保険であり、その目的機能には、経営者の家族のためという側面も含まれているところ、保険契約者兼保険金受取人である会社の内部者が故意に招致した事故について内部者が保険金を請求・受領することを予定して考案されたものではない。

また、原告のオーナー一族の一人であるBによって引き起こされた保険事故については、偶発性にかけ、これにより一族が利得するのは公益性に反し、保険契約の射幸性からも是認できない。

(四) なお、Bに保険金取得目的があったのかどうかは明らかではないが、前記(一)で述べた免責の趣旨からすれば、Bの保険金取得目的の有無等のBの主観的事情によって、本件免責条項の適用の有無が左右されるべきではない。

また、Bが本件事故後に死亡しているため結果的には保険金の請求をしていないという点も、免責条項の適用の有無は保険事故発生時点を基準に判断すべきであるから、これまた本件免責条項の適用の有無を左右するものではない。

(五) したがって、BがAを故意に死亡させた行為は、原告の行為と評価することができるのであり、本件免責事由に該当するというべきである。

(原告の主張)

(一) Bは、本件事故当時、原告の取締役ではあったが、代表取締役でなく、代表権を有していなかった。また、Bの取締役としての地位は名目上のものであり、日常業務に多少関与していたとしても、実質的に会社を支配できる立場にあったものではない。さらに、Bは、Aの死亡により直ちに代表権を取得するものではなく、死亡保険金を請求・受領する地位を取得するものでもない。

(二) 本件契約は、昭和五三年八月一日に締結されて以来長期間継続したものである。原告は、従業員三〇名程の建設会社で経営状況は良好で、金銭的には困窮していない。

仮に、Aの死亡がBの故殺であるとしても、Bには、保険金の取得により原告を利する目的がなく、Aを排除して自ら会社を実質的に支配しようとする意思も全くなかった。むしろ、Bは、Aの死亡によってもたらされる原告の損害を十分に認識していたはずである。本件事故がAの女性関係に悩んだBによる発作的な無理心中であったとすれば、会社の業務とは全く関係のない偶然の事故というべきであり、法人による被保険者の故殺と評価することはできない。

現行の保険約款に法人の機関による故殺を免責する旨の明文の定めがない以上、不当な利益を図るための手段として保険制度が悪用されることが防止されれば足りるというべきであり、法人を利するために事故を招致したのでない場合にまで免責を認める必要はない。突然代表者を失い苦況に陥った原告に保険金を取得させても、保険契約の本来の目的に沿いこそすれ、決して公序良俗に反するものではなく、保険事故の偶発性の要求にも合わないともいえない。

第三  当裁判所の判断

一  仮に、BがAを故意に死亡させたとした場合に免責事由に該当するか否か(争点2)について検討する。

二  本件免責条項は、商法六八〇条一項二号、三号と同内容のものであり、その趣旨は、被保険者を故意に死亡させた者が保険金を入手することが公益上好ましくなく、信義誠実の原則にも反し、保険の特性である保険事故の偶発性の要求にも合わないことにあると解されるが、有限会社を保険契約者兼保険金受取人とし、当該会社の代表取締役を被保険者とする生命保険契約が締結されている場合において、代表権を有しない当該会社の取締役が被保険者である代表取締役を故意に死亡させたことが免責事由に該当するというためには、当該取締役が当該会社を実質的に支配している場合等、免責を定めた右規定の趣旨からみて、当該取締役の行為を当該法人のものと評価することができる場合でなければならないというべきである。

三  そこで検討するに、前記争いのない事実に加え、証拠(甲三ないし五、乙一三の1、2、4、一四の2ないし4、二二、二四、二五、証人岩下都、同H)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告の概要等

(一) Aは、昭和四〇年ころから、A産業の屋号で土木建築業を営んでいたが、昭和四四年一二月九日に原告を設立して法人成りし、本件事故当時まで、原告の代表取締役としてその業務全般を統括するワンマン経営者であった。

(二) AとBは、昭和四〇年二月二三日婚姻し、同年に長男Cを、昭和四五年に次男Eを、昭和五〇年に三男Fを、昭和五二年に四男Gをそれぞれもうけた。

(三) Aは、昭和五八年ころ、公共工事の受注を分散させる意図で、ある有限会社の経営権を取得し、その商号を有限会社乙(以下「有限会社乙」という。)に変更して、原告と有限会社乙の二社の名義で土木建築業を行うようになった。有限会社乙の代表取締役は、昭和六二年一二月ころまではAの弟であるI(以下「I」という。)であり、同月以降はH(以下「H」という。)であったが、同社の実質的経営者はAであった。

また、Aは、平成三年三月二九日、土木建築工事用機械のリース等を業とする丙株式会社(以下「丙株式会社」という。)を設立し、名目上はCが代表取締役となったが、これも実質的経営者はAであった。

(四) 原告は、設立から本件事故当時まで売上を次第に伸ばし、平成六年から平成八年の年間売上高は三億三〇〇〇万円前後であり、有限会社乙及び丙株式会社を含む三社では五億円程度であった。また、本件事故当時の原告、有限会社乙及び丙株式会社の三社の従業員は、必ずしも正確な把握ではないが、おおむね二〇名から三〇名程度であった。

(五) 本件事故当時の原告の取締役は、A、B、Aの弟であるD及びCであり、原告における平成八年の役員報酬は、Aが一一四〇万円、Bが六六〇万円、Dが五六四万円、Cが二六六万円であった。

(六) 本件事故当時の原告における出資割合(合計一五〇〇万円)は、Aが八二〇万円、B、I及びDが各一六〇万円、H及びCが各一〇〇万円であった。

2  本件事故当時のBの原告における地位、役割等

(一) Bは、原告の事務所にある金庫の開閉のためにほぼ毎日原告の事務所に赴いてはいたが、その時間は定まっておらず、不在がちであった。また、原告の事務所内にはBの机が設けられていたが、これはBが個人で行っていた保険代理店業の事務処理のためにも使用されていたものであった。

(二) Bが原告において担当する事務として特に定まっていたのは、給料計算と社会保険関係の事務手続であり、原告、有限会社乙及び丙株式会社の三社の経理事務については、専ら三名の女性事務員が担当していたことから、Bは、時折、右事務員から経理処理についての相談を受けたり、事務員に文房具や光熱機材等の備品の購入を指示したり、小口現金を扱ったりする程度であった。

(三) Bは、請負工事の受注や工事の施工については全くといっていい程関与しておらず、これらのことについて話し合うためのA、H、Dら幹部による会合にも出席していなかった。

3  本件事故当時の他の原告関係者の地位、役割等

(一) Aの長男Cは、本件事故当時、原告とは全く別に、有限会社丁の代表取締役として、家庭電気製品の販売業等を営んでいたことから、原告の取締役ではあったが、原告の業務にはほとんど関わっていなかった。

(二) Aの次男E及び三男Fは、本件事故当時、関東方面に居住しており、原告の役員でもなく、原告の業務に関わっていなかった。

(三) Aの四男であるGは、本件事故当時、夜間学校に通いながら、有限会社乙の仕事を手伝っていたが、原告や有限会社乙の役員にはなっていなかった。なお、Gは、本件事故当時、自宅と知人宅を行き来する生活をしており、本件事故のあった夜は知人宅で外泊していた。

(四) Hは、Bの親類であり、以前からAとも付き合いがあったが、昭和五五年ころ、Aの誘いを受けて、現場責任者として原告に入社し、次第にAの信頼を得て、名目的ではあったが有限会社乙の代表取締役に就任したほか、原告及び有限会社乙の現場管理及び営業の両面でAに次ぐ役割を果たしていたものであり、Aの片腕的な存在であった。

(五) 原告の取締役であったDは、現場責任者として、原告の幹部の一員ではあったが、会社経営への関与はさほどなく、原告における地位及び役割において、Hをしのぐものではなかった。

4  本件事故後の経過

本件事故でAが死亡したことに伴い、平成九年九月二六日、Cが原告の代表取締役に就任した。

なお、証拠(乙三、四)によれば、Aの死亡時刻の方が、Bの死亡時刻よりも数時間程度早く、Aは火災発生前には既に死亡していたこと、Aの遺体は焼損が激しく、炭化した部分もかなり見られること、右遺体の頭部付近に敷かれていたタオルケットには灯油と多量の血液が付着していたこと、右遺体が発見された自宅西側南瑞の八畳和室の焼損が最も激しく、同室が出火場所であると考えられるが、この付近の状況からは、灯油を用いた放火以外の出火原因の存在がうかがわれないこと、他方、Bの遺体は、自宅の居室の中では右八畳和室から最も離れたところにある自宅東側の一〇畳和室で発見されており、右遺体に焼損はほとんどなかったが、着衣を含む全身に相当量の灯油が付着していたことが認められ、これらを総合すると、仮に、BがAの頭部を殴打して死亡させたのだとすると、Bは、右行為後にAの遺体に灯油をかけて火を放ち、自らも灯油をかぶって焼身自殺を図ったものの、結果としては急性一酸化炭素中毒により死亡した可能性が高いと考えられる。

このような状況等からみて、仮に本件事故がBによる故殺であるとしても、それが保険金取得目的によるものであるとはおよそ考え難く、また、会社の経営や業務に関係する動機によるものであることをうかがわせる事情も存しない。

四  以上のとおりであって、前記三1ないし3で認定した事実によれば、本件事故当時、Aが原告のワンマン経営者としてその業務全般を統括していたことは疑いのないところである。これに対し、Bが、原告において、ワンマン経営者であるAの妻として、一定の存在感や影響力を有していたことはうかがわれ、また、原告から受け取っていた役員報酬の金額も低額とはいえないが、取締役として実際に行っていた業務としては、給料計算、社会保険関係の事務手続、事務員に対する経理上の指示・指導等が主なものであって、被告が指摘する諸事情(争点2の被告の主張(二)(2)のaからnまで)の存在を前提としても、これらの各業務や事情は、ほとんどAの妻であるが故になし得た補助的な事務の域を超えるものとまではいえず、土木建築業を営む原告において会社の経営・運営面において支配的な地位にあったとか、主体的な役割を果たしていたとはいえず、このようなBの原告における地位、役割等からすれば、Bの行為を原告のものと評価することはできない。

五  これに対し、被告は、本件事故当時、Bは、原告においてナンバーツーの地位にあり、Bが存命であれば、Aの死亡により原告の代表者に就任した可能性が高く、また、Aの死亡により直ちに原告を実質的に支配し得たのであるから、免責を認めるべきであると主張する。

しかしながら、Bは、本件において、数時間程度の時間差があるとはいえ、Aと同一機会に死亡している上、前記四のとおり、ワンマン経営者であるAの妻であるが故になし得た補助的な事務を担当していたものにすぎず、会社の経営・運営を主体的に行っていく才覚があったとまで認めるに足りる事情はうかがえないことに加え、前記三2で認定した事実、特に、Bがほとんど工事の受注や現場管理等に関与していなかったことなどからすれば、Bが存命であっても、Bが次期社長に就任することが確実であったといえるか疑問であり、さらに、仮に、Bが代表取締役に就任したとしても、原告において支配的な地位に立ち得たのかどうか大いに疑問が残るといわざるを得ない。なお、仮に、Bが生存しており、Aの出資分八二〇万円につき法定相続分に従いその二分の一を取得したとすれば、計算上はBは五七〇万円の出資となり、Bの出資割合は会社全体の一五〇〇万円の出資のうち三八パーセントを占めることになり原告の中で最も多くなるが、法定相続分に従った遺産分割がなされるとは限らない上、出資割合が高くなるからといって、直ちに、それが会社を主体的に運営する才覚や能力に結びつくとはいえないから、その出資割合の関係のみから、Bが次期社長に就任することが確実であったとか、原告において支配的な地位に立ち得たとかいうこともできない。

また、被告は、昭和六三年の契約更新の際に更新の意思を被告担当者に伝えたのがBであり、平成八年にAが入院した際における入院給付金の請求手続をしたのもBであること、A及びB以外に本件契約の内容を知り管理していた者がいなかったことなどを挙げて、Bが保険金の請求、受領、管理又は処分の権限を有する地位に立ち得る者であって、保険金の受領による利得を直接享受し得たというべきであるから、免責を認めるべきであると主張する。

しかしながら、被告が指摘する右事情の存在を前提としても、Bは、せいぜい本件契約に関する事務を担当していたというにすぎないものであり、Bが存命であった場合に保険金の請求等の事務に携わる可能性があったとしても、受領した保険金を自由に取得したり処分したりすることができたかどうかは別問題であって、本件において、Bがそこまでの権限を取得し得たとまでは認められず、保険金受領による利得を直接的に享受し得る立場にあったとはいえない。

さらに、被告は、有限会社がもともと小規模閉鎖会社としての性質を有しており、有限会社における取締役の地位は、株式会社の代表取締役の地位に近似するものであるなどとしつつ、原告が同族会社であることを強調するが、有限会社において代表取締役が定められている場合には、その余の取締役が株式会社の代表取締役の地位に近似するとはいえず、原告が同族会社であることなどを考慮に入れても、本件において、Bの行為を原告のものと評価して免責を認めるに足りるだけの事情があるとはいえない。

六  よって、仮に、BがAを故意に死亡させたとしても、免責事由に該当するということはできず、争点1について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例