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熊本地方裁判所 平成11年(行ウ)6号 判決 2000年3月22日

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告が平成九年六月三〇日付で原告の相続税の更正の請求に対してした、更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告の請求

1  主位的請求

被告が平成九年六月三〇日付で原告の更正の請求に対してした、更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)が無効であることを確認する。

2  予備的請求

被告がした本件通知処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の答弁・1 本案前の答弁

主位的請求を却下する。

2 本案の答弁

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  前提事実(特に証拠を掲記しない限り、当事者間に争いがない。)

1  原告は、Aの共同相続人の一人であり、Aの共同相続人は、原告、B、C、D及びEの五名である(以下、原告以外の共同相続人を「他の相続人」、原告及び他の相続人とを併せて、「本件相続人ら」という。)。

2(一)  Aは、昭和六〇年一〇月二六日に死亡し、相続が開始した。そして、本件相続人らは、Aの遺産につき遺産分割協議(以下「本件協議」という。)をした。

(二)  原告は、右協議に基づいて、被告に対し、昭和六一年四月二五日、A死亡に伴う相続に係る相続税につき、課税価格三億六八三八万五〇〇〇円、納付すべき税額一億六七六一万三五〇〇円と申告した。

なお、原告は、同年七月三日に、右申告のうちの納付すべき税額を一億六七九六万二七〇〇円とする修正申告をした(以上、併せて「本件申告」という。)。

3  本件協議を巡る紛争

(一) 他の相続人は原告に対し、本件協議が通謀虚偽表示によるものであること等を理由として、本件協議の無効確認の訴えを当庁に提起した(昭和六二年(ワ)第八七三号遺産分割協議無効確認請求事件。以下「別件訴訟」という。)。

(二) 右別件訴訟の経過は次のとおりである(左の経過により確定した判決を「本件確定判決」という。)。

(1) 平成五年九月一四日・当庁判決 請求棄却

(2) 平成八年一〇月二四日・控訴審判決 原判決取消し・請求認容

(3) 平成九年三月一三日・上告審判決 上告棄却

(三) 右控訴審判決は、本件相続人らは、原告の主導のもとに、Aが築き上げた香川商事グループの存続を図る目的で、配偶者に対する相続税額軽減規定の適用による利益を最大限に受けるべく、相続税の申告期限内に本件協議を成立させたもので、各人とも、真意としては、本件協議の内容どおりに遺産を分割する意思はなく、通謀の上、仮装の合意として、本件協議を成立させたと認定した。

4  更正の請求及び本件通知処分

原告は、平成九年四月一四日、本件確定判決によりAの遺産は未分割となり、本件申告に係る課税価格及び納付すべき税額が過大になったとして、国税通則法二三条二項一号に基づき、被告に対し、課税価格を九七五一万九〇〇〇円及び納付すべき税額を四四一五万四三〇〇円とする相続税の更正の請求をした(以下「本件更正の請求」という。)。

しかし、被告は、右請求に対し、同年六月三〇日付で本件通知処分をした。

5  原告の不服申立

(一) 原告は、本件通知処分にっき、平成九年八月二二日に異議申立をしたが、被告は、同年一一月二一日、右異議申立を棄却した。(二) 原告は、右異議申立の決定に対し、平成九年一二月二二日、国税不服審判所長に審査請求をしたが、同所長は、平成一一年三月一七日付で右審査請求を棄却した。

6  原告は、本件訴えを、当庁に平成一一年四月二八日に提起した(当裁判所に顕著)。

7  国税通則法二三条二項柱書及び同条項一号は、概要「その申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実(以下「計算の基礎となった事実」という。)に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」には、法定申告期限から一年以内との同条一項の規定にもかかわらず、その確定した日の翌日から起算して二月以内に更正の請求ができる旨定める(以下「本件条項」という。)。

二  事案説明及び争点

本件は、原告が、本件通知処分につき、主位的に無効確認、予備的に同処分の取消しを求めている事案である。その争点は、第一に、主位的請求である無効確認請求の訴えの利益の有無、第二に、本件確定判決が本件条項にいう「判決」に該当するか否かであり、これに関する当事者の主張は次のとおりである。

Ⅰ  本件通知処分の無効確認の訴えの利益

1 被告の主張

原告は、本件において、予備的に本件通知処分の取消訴訟を適法に提起しており、右取消訴訟によって本件通知処分の適法性を適切に争うことができるから、本件通知処分の無効確認を求める原告の主位的請求は、訴えの利益がなく不適法である。

2 原告の反論

取消訴訟には、審査請求前置や出訴期間等の制約があり、無効確認の訴えには、そのような制約がないから、無効確認が成立する場合には、それを主位的な請求とする利益がある。

Ⅱ  本件確定判決が本件条項にいう「判決」に該当するか否か

1 被告の主張(適法性の主張)

(一) 本件条項は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に生じ、これにより課税標準等に変更を生じ、税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に酷な結果が生じる場合等があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めて、保護されるべき納税者の救済の途を拡充した規定である。

(二) 右の趣旨に鑑みれば、実質的に考えて、本件更正の請求を認めるべき理由はない。

(1) 原告は、本件申告の基礎となった本件協議が通謀虚偽表示により無効であることを宣言する判決(本件確定判決)がされたことを理由として、本件更正の請求をしたものであるが、本件確定判決によれば、本件協議は当初から無効であり、かつ、そのことを原告自身は当初から知っていたこととなるから、別件訴訟が提起されれば、本件協議が無効であると確認されることは、原告において、本件申告の時点で十分に認識していた事柄である。

よって、原告は、国税通則法二三条一項による、いわゆる「通常の更正の請求」により、本件申告を是正できる機会があったこととなる。

(2) また、本件協議は、当初から無効であったものであるから、本件確定判決は、本件申告に係る課税標準等に事後的に変更を生じさせた事由ではない。いわば、本件申告には原始的瑕疵があったのであり、このような原始的瑕疵は、後発的事由による更正の請求の要件には当たらない。

(3) さらにいえば、本件確定判決の説示によれば、原告の主導の下に通謀虚偽表示による無効な遺産分割協議が成立したというのだから、原告をして「帰責事由のない納税者」であるとはいえない。

(4) 加えて、本件更正の請求を認めることになれば、却って、不合理な結果を招来する。すなわち、本件確定判決の判決結果に従って原告の課税関係を是正するということは、本件相続についての相続税の総額からみれば、本来は配偶者に対する相続税額軽減規定の適用も否定されるべきことを意味するが、本件更正の請求がされた当時においては、更正の期間制限により、被告が更正をなしその課税関係を是正することは不可能であった。したがって、本件更正の請求を認めることは、右配偶者に対する相続税額軽減規定による不当な軽減に加えて、さらに、原告の税額計算において税額軽減を行うこととなり、極めて不合理な結果となる。

(三) 以上によれば、本件条項にいう「判決」には、計算の基礎となった事実に関する法律関係につき、通謀虚偽表示を理由として無効を宣言する判決は含まれないというべきである。

(四) したがって、本件確定判決は、本件協議が通謀虚偽表示であることを理由として、その無効を宣言しているから、本件条項にいう「判決」に該当しない。

2 原告の反論

(一) 本件条項には、条文上、被告が主張するような制約はない。また、本件条項は、判決等により税額計算の基礎が異なることが確定したときには、国が過大に徴収した税金をそのまま保有するのではなく、判決等により確定した事実を基礎として税額を再計算して納税者に返還するのが租税負担の公正、実質課税の原則に合致するとの考えに立脚する。

(二) 実質的に考えても、原告は、別件訴訟で他の相続人と本件協議の効力を争っていたのであり、この訴訟では一審と二審の結論が異なることからも分かるように、紛争対象となった事実関係は裁判所の判断が分かれるような事案だったのである。したがって、原告に帰責事由があるとはいえない。

(三) 被告は、通謀虚偽表示は原始的瑕疵であり、本件条項が想定する後発的事由に該当しないというが、その瑕疵は事後的な判断である「判決」が確定したからこそいえることである。したがって、本件確定判決も本件条項の想定する後発的事由に該当する。

(四) 被告の主張によれば、争う理由のある裁判でも、争うことをせずに敗訴に甘んじなければ救済されないことになるが、そのような応訴の権利を奪うようなことを法が定めているとはいえない。

(五) 相続税は、相続分に応じて負担するのであるから、配偶者に対する相続税軽減措置が間違っていれば、軽減された者からその返還を求め、取りすぎている者があれば、その者に返還すべきであって、当事者間の関係によって異なった取扱いをするのは、税負担の公正、実質課税の原則に反し、極めて不公平である。

第三当裁判所の判断

一  争点Ⅰについて

原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも、本件通知処分に関する請求であるところ、本件通知処分の取消しを求める予備的請求が審査請求手続の前置及び出訴期間の要件をいずれも充たしていることは、前記前提事実より明らかである。

しかし、無効確認訴訟と取消訴訟は、行政事件訴訟法上(以下「行訴法」という。)、審査請求手続の前置の点や、出訴期間に差異があり、また、取消訴訟においては行訴法一〇条一項により自己の法律上の利益に関係のない違法の主張が制限されるのに対し、無効確認訴訟においてはこの制限はなく主張しうる違法事由の範囲が広いこと、さらに、取消訴訟においては事情判決の制度(行訴法三一条一項)があり、当該処分に瑕疵が認められても請求が棄却されることがあり得るのに対し、無効確認訴訟においては事情判決がされることはない(以上、行訴法三八条一項参照)というように、無効確認訴訟は取消訴訟に完全に包含される関係にあるものではないから、無効確認訴訟が取消訴訟を提起しえない場合の補充的な訴訟類型であるとはいえない。

したがって、取消訴訟が適法に提起されていることを理由として、無効確認訴訟の訴えの利益がないということはできない。

よって、被告の主張は理由がない。

二  争点Ⅱについて

1  国税通則法二三条二項の趣旨

(一) 国税通則法(以下「法」という。)二三条一項は、国税の法定申告期限から一年以内に限り、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと等の事由がある場合に、納税者は税務署長に対し、更正の請求をなし得ることを定めている。

(二) そして、法二三条二項は、一定の事由がある場合には、法二三条一項の規定にかかわらず、納税者は更正の請求ができる旨を定めるところ、法二三条二項は、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に生じたため、課税標準又は税額等の計算の基礎に変更をきたし、税額の減額をすべき場合に、法定申告期限から一年を経過していることを理由に更正の請求を認めないとすると、帰責性のない納税者に酷な結果となることがあるため、納税者に救済の途を認めたものと解される。

2  本件条項の「判決」の解釈

(一) 確かに、法二三条二項は、納税者が申告当時に予想できなかった事由が後発的に生じた場合に帰責性のない納税者の救済を定めたものではあるが、本件条項の規定は、単に「計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」と定めているのみで、計算の基礎と異なる事実が後発的に発生したものであることを認定した判決であることなどの限定を加えてはいないものであることを考慮すると、当初の計算の基礎となった事実と異なる事実を認定する判決がなされたこと、それ自体を後発的事由と想定して規定したものと解するのが相当である。

(二) そして、右に鑑み、本件条項の趣旨を合理的に解するならば、本件条項は、訴訟手続においては、一般に攻撃防禦が尽くされ、そのため、納税者において判決の結果を予測し難いことに鑑み、計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決があったことを、納税者において申告当時に予想できなかった事由の一類型として定めたと解される。

しかも、判決によって確定された事実は一般に客観的、合理的根拠を有するといえるのであるから、右事実に基づいて算定された税額等が当初の基礎となった事実に基づく税額に比し適正であることは言うを俟たない。

そうであれば、本件条項にいう「判決」も、計算の基礎となる事実に関する訴えについての判決であっても、当事者が専ら納税を免れる目的で、馴れ合いによって得たなど、その確定判決として有する効力にかかわらず、その実質において客観的、合理的根拠を欠くものであるときには、右「判決」には当たらないと解すべきであるが(かく解さないと不当な租税回避を容認しかねない。)、このような客観的、合理的根拠を欠如しているといえない判決であれば、本件条項にいう「判決」に当たるというべきであって、計算の基礎となった事実についての事実変動につき納税者側に帰責事由があるか否かは、右判断を左右しないと解するのが相当である。

3  そこで、これを本件につきみてみると、本件確定判決は、本件協議が虚偽表示であり無効であることを確認しているから、本件申告の計算の基礎となっている事実(本件協議)と異なる事実を確定していることとなり、また、前記前提事実3の別件訴訟の経緯によれば、同訴訟において、原告と他の相続人らが、専ら納税を免れる目的で、馴れ合いによって本件確定判決を得たと認めることはできない。

したがって、本件確定判決は、客観的、合理的根拠を欠くということはできないから、本件条項の「判決」に該当する。

4  被告の主張について

(一) 被告は、法二三条二項の趣旨に照らし、虚偽

表示による無効の場合は、いわば原始的瑕疵であり後発的事由ではないから、本件条項の「判決」には、虚偽表示による無効を宣言した判決は含まれない旨主張する。しかし、前述のとおり、本件条項において後発的事由と想定されているのは、計算の基礎とされた事実ではないから、被告の右主張は理由がない。

また、被告が主張するように、本件条項による更正の請求の当否につき、納税者側の帰責事由の有無をも考慮することになれば、税務署長に不明確な裁量を与えることにもなりかねず、相当でない(その論旨によれば、本件条項の適用外となるのは、虚偽表示による無効を宣言する判決に限られないこととなる。)。

(二) さらに、被告は、本件確定判決によれば、本件相続人らにつき適用された配偶者に対する相続税額軽減規定の適用は否定されるべきであるところ、本件更正の請求がなされた当時においては、右についての課税関係を是正することは不可能であったから、仮に、本件更正の請求を認めることとなれば、結果的に不合理な結果を招来すると主張する。

しかし、右配偶者に対する相続税額軽減規定の適用を否定することによる課税関係の是正の必要性は、原告ではなく、Aの妻であるBにあること、また、相続税の納税義務者は、相続または遺贈によって財産を取得した個々人であり、また、その課税物件となるのも、相続または遺贈によって取得した財産(相続財産)であるから、本件更正の請求の許否の問題とBに対する増額更正の問題とは無関係であるといわざるを得ない。

4  そして、他に、本件通知処分の適法性を基礎づけるに足りる事情は見当たらない。

三  まとめ

よって、本件確定判決が本件条項に該当しないことを理由とする本件通知処分は違法である。

もっとも、右違法は、重大かつ明白な違法とはいえないから、原告の本件通知処分の無効確認を求める主位的請求は理由がない。

第四結語

以上の次第で、原告の主位的請求は理由がないから棄却することとし、予備的請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高野裕 裁判官 波多江真史 裁判官 篠原淳一)

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