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熊本地方裁判所 平成26年(ワ)223号 判決 2014年7月18日

主文

一  被告は、原告に対し、九二七万五八二二円及びうち九〇三万六二一五円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、九二七万五八二二円及びうち九〇三万六二一五円に対する平成二六年二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告a支店に保有する原告名義の普通預金及び定期預金について、被告に対し、当該預金に係る口座を解約して残額の払戻しを求めたが拒まれたとして、本件口頭弁論終結の日である平成二六年六月二〇日時点での口座残高合計九二七万五八二二円、及び、このうち原告が払戻しを求めた日の一週間後である同年二月一四日時点での口座残額合計である九〇三万六二一五円に対する同日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

二  前提事実(当事者間に争いがないか、証拠<省略>によって容易に認められる事実)

(1)  原告(昭和四三年○月○日生)については、平成一四年一二月二六日に確定した熊本家庭裁判所天草支部(以下「家裁天草支部」という。)の審判により成年後見が開始され、原告の母であるA(以下「A」という。)が成年後見人に選任された(同裁判所平成一四年(家)第二七七号事件。)。

(2)  原告については、平成二五年一一月六日に確定した家裁天草支部の審判により、原告法定代理人であるB弁護士(以下「B」という。)が成年後見人に追加選任されるとともに、成年後見人の事務の共同・分掌の定めにつき、Aは原告の身上監護に関する事務を、Bは原告の身上監護に関する事務以外の事務を、それぞれ分掌する旨が定められ、その旨の登記は、同月一一日に完了した。

(3)  原告は、被告b支店に普通預金(口座番号<省略>。以下「本件普通預金」という。)及び自由金利型定期預金(店番<省略>、お客様番号<省略>、口座番号<省略>、預入日平成二五年一月二四日、金額四〇〇万円、満期日平成二六年一月二四日。以下「本件定期預金」といい、これと本件普通預金とを併せて「本件預金」という。)を有している。

(4)ア  Bは、被告に対し、平成二六年二月六日に配達された請求書によって、本件預金に係る各口座を解約する旨を申し出た上で、預金残高全額を上記請求書の到達後一週間以内に原告に払い戻すよう求めた(以下「本件払戻請求」という。)。

イ  家裁天草支部もまた、被告に対し、同月四日付けの書面により、原告の成年後見人にBが追加選任されたことに伴い、親族後見人であるAの財産管理に係る権限は失われ、当該権限は専門職後見人であるBに専属している旨、Aが本件預金に係る通帳の引渡しを固く拒絶しており、Bにおいて被告に当該通帳を提出することができる見込みもないため、本件預金の払戻しができないことになると、Bの事務遂行が困難になり、かつ、原告の生活費や疾病等に罹患した場合の治療費の支出もままならず、原告を危険な状態に陥らせる可能性もある旨等を通知するとともに、本件払戻請求に応じるよう要請した(以下「家裁からの要請」という。)。

ウ  被告は、その後現在まで、本件預金の解約ないし払戻しに応じていない。

(5)ア  本件普通預金の残高は、平成二六年二月一四日時点で五〇三万二二三〇円であり、また、本件口頭弁論終結の日である同年六月二〇日時点で解約に伴い払戻しを受けることになる額は五二七万一五八〇円である。

イ  本件定期預金の残高は、平成二六年二月一四日時点で四〇〇万三九八五円であり、また、本件口頭弁論終結の日である同年六月二〇日時点で解約に伴い払戻しを受けることになる額は四〇〇万四二四二円である。

三  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  Bが本件預金に係る口座を解約し、預金残額の払戻しを受けることができるか

(原告の主張)

ア Aは、Bが原告の成年後見人に選任され、財産管理を含めた身上監護以外の事務についてはBが分掌する旨が定められた後も、何かと理由をつけて本件預金に係る通帳類をBに引き渡さず、そのため、Bによる原告の財産管理業務に支障を生じている。

イ Bにおいて原告の身上監護以外の全ての事務を担うことについては平成二五年一一月六日に家裁天草支部がした審判において明示され、原告の財産に関する管理権限がBに存することは明らかである。

(被告の主張)

ア 被告は、Aから、平成二〇年五月二一日付け「成年後見制度に関する届出書」の提出を受け、以後、Aが本件預金に係る預金通帳及び印鑑を所持し、被告と取引を行っていた。

イ また、被告の「普通預金(無利息型普通預金を含む)規定(個人・法人用)」及び「定期預金共通規定」(以下、これらを併せて「被告約款」という。)によれば、Bが被告に対して本件預金の解約、払戻しを求めるためには、少なくとも届出印の押印及び各通帳の提出が必要である。

ウ 被告としては、Aが本件預金に係る通帳等を所持しているのを確認していることから、被告約款に基づき、Bからの本件預金に係る口座の解約や預金払戻しの申出を拒むことができる。

(2)  本件払戻請求によって被告が履行遅滞に陥ったか

(原告の主張)

ア 原告の財産管理に係る事務をBが分掌することは、家裁天草支部の審判内容及び家裁からの要請として同支部から被告に送付された文書の内容により一義的に明らかである。

イ ところが被告は、本件払戻請求を受けたにもかかわらず、その一週間後である平成二六年二月一三日までに本件預金に係る残高を原告に支払わなかった。

ウ したがって、被告は、本件払戻請求により定められた同日の経過によって履行遅滞に陥ったものである。

(被告の主張)

ア 被告は、被告約款に基づいて対応したにすぎず、当該対応に過失はない。

イ また、仮に当該対応に何らかの過失があったとしても、BとAとの板挟みになりながら、その都度出来る範囲で精一杯の対応をしてきたのであるから、履行しないことが違法であるともいえない。

ウ したがって、被告は、本件払戻請求によって履行遅滞に陥ったものではない。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(Bが本件預金に係る口座を解約し、預金残額の払戻しを受けることができるか)について

(1)  前記前提事実のとおり、本件預金は原告に帰属する財産であり、原告の財産管理に係る事務については、Bが分掌している。また、B作成の陳述書中の記載及び弁論の全趣旨によれば、原告の財産は、本件預金以外には存在せず、原告のための事務処理に伴う費用を支出するためにも、Bにおいて本件預金に係る口座の残額を自ら管理し得る状態におくことが必要であることが認められる。

(2)ア  被告は、本件預金に係る通帳や印鑑をAが所持していることが明らかである以上、被告約款に照らし、Bからの本件払戻請求に応じることはできない旨主張する。

イ  確かに、前記前提事実のとおり、本件預金に係る通帳や印鑑はAが所持している。また、証拠<省略>によれば、被告約款には、①被告の普通預金を払い戻すときは、被告所定の払戻請求書に「届出の印章により記名押印して通帳とともに提出」する必要があり、当該預金の払戻しを受けることについて正当な権限を有することを確認するための本人確認書類の提示等の手続を求めることがある上、この場合、被告が必要と認めるときは、「この確認ができるまでは払戻しを行」わない旨、②被告の定期預金を解約するときは、証書の受取欄(通帳の場合は被告所定の払戻請求書)に「届出の印章により記名押印して(通帳の場合は通帳とともに)」提出する必要があり、当該預金の解約について正当な権限を有することを確認するため被告所定の本人確認資料の提示等の手続を求めることがある上、この場合、被告が必要と認めるときは、「この確認ができるまでは解約または書替継続の手続を行」わない旨が規定されていることに照らすと、被告が本件払戻請求に応じなかった取扱いは、まさに被告約款に沿うものであり、かつ、被告約款の上記規定にはそれなりの合理性があるといえる。そして、BがAとの交渉ないし協議により、本件預金に係る通帳や印鑑の引渡しを受けることで、正規の手続により本件預金をBの管理下に引き渡し得ることを期待する余地があったといえること等に照らすと、被告において本件払戻請求に応じなかった対応については、(家裁からの要請があったことを踏まえても)無理からぬ面があったことも否定し難い。

ウ  しかしながら、その後の経緯に照らし、AがBに本件預金に係る通帳や印鑑を任意に引き渡すことを期待し得ないことがより明らかになったといえるところ、一方において、本件預金をBにおいて管理することができない期間が長期化することで、必要な費用の支出がままならないことに伴い後見事務の遂行に支障を生じるとともに、原告にとっての負担ないし危険が増大する事態を招いているといわざるを得ないのであるから、現時点においてなお、被告が本件預金の解約及び払戻しに応じないことは、もはや相当とはいい難い。

エ  したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

(3)  以上によれば、現時点においては、Bが本件預金に係る口座を解約し、預金残額の払戻しを受けることができるというべきである。

なお、本件弁論の全趣旨にかんがみ、原告の本件預金に係る口座の解約申入れは継続されているとみるべきであるから、被告は、速やかに当該解約の手続に応じた上で、預金残額の払戻しに応じる義務を負う。

二  争点(2)(本件払戻請求によって被告が履行遅滞に陥ったか)

(1)  前記一で説示したところに照らすと、被告の対応は、現時点においては相当でないというべきであるものの、本件払戻請求がされたころは、いまだBとAとの任意交渉の結果に期待することが許されなかったわけではないというべきである。そうすると、被告が本件払戻請求に応じなかった時点では、被告約款に基づく対応にも正当な理由があったといえ、被告の責めに帰すべき事由に基づいて履行遅滞に陥ったものとは認められない。

(2)  もっとも、被告は、本判決により本件預金の払戻しを命じられることとなるから、当該命令に応じない時点で、履行しないことが違法になるものと解され、本判決の確定の日の翌日からは履行遅滞の責めを負うものというべきである。

三  結論

(1)  前記第二の二(5)のとおり、原告が被告に対して支払を求めることができる金額は、本件口頭弁論終結の日である平成二六年六月二〇日時点で、本件普通預金については五二七万一五八〇円であり、本件定期預金については四〇〇万四二四二円(以上の合計は九二七万五八二二円)である。

(2)  よって、本件請求は、九二七万五八二二円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるところ、原告の請求の限度で九二七万五八二二円及びうち九〇三万六二一五円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については、民訴法六四条一項本文、六一条を適用し、また、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口格之)

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