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熊本地方裁判所 平成3年(ワ)664号 判決 1993年4月23日

主文

一  被告は、原告に対し、金二五万円及び平成三年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  甲事件

被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成三年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

被告は、原告に対し、金三〇二万九七八四円及びこれに対する平成三年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一1  甲事件

原告が、熊本県立劇場(以下「県立劇場」という。)の使用許可を求めたのに対し、熊本県知事(以下「知事」という。)が、平成三年二月八日、熊本県立劇場条例施行規則(以下「本件規則」という。)四条三号の「県立劇場の管理上支障があるとき」に該当するとして不許可としたことにつき、右規則が憲法二一条に違反し、また、右不許可処分が憲法二一条、地方自治法二四四条二項、三項、本件規則四条三号にそれぞれ違反する違法があるとして、国家賠償を求めた事案である。

2  乙事件

原告が、県立劇場の使用許可を求めたのに対し、知事は平成三年四月二六日に一旦許可をしながら、同年五月二一日、熊本県立劇場条例(以下「本件条例」という。)五条の「県立劇場の管理上支障があるとき」に該当するとして許可処分を取り消したことにつき、右条例が憲法二一条に違反し、また、右取消処分が憲法二一条、地方自治法二四四条二項、三項、本件条例五条にそれぞれ違反する違法があるとして、国家賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、宗教法人オウム真理教に対する人権侵害をやめさせることを目的として結成された人権尊重を求める市民の会(以下「市民の会」という。)の代表者である。

(二) 県立劇場は、被告所有の公共施設であり、その使用については知事が許可権限を有するが、その運営は、本件条例に基づき財団法人熊本県立劇場(代表者理事長知事)に委ねられている。

2  甲事件

(一) 原告は、知事に対し、平成三年二月六日、次のとおり県立劇場の使用許可を申請した(以下「本件申請(一)」という。)。

(1) 行事の名称 人権尊重を求める市民シンポジウム

(2) 使用日時 同年三月二三日(土曜日)午後一時から午後九時三〇分まで

(3) 行事の内容 シンポジウム

(4) 入場予定人員 二〇〇名

(5) 使用施設 大会議室

(二) 知事細川護気象煕は、同年二月八日、本件申請(一)につき、本件規則四条三号に該当し、管理上支障があると認められるとの理由で使用不許可処分をした(以下「本件処分(一)」という。)。

3  乙事件

(一) 原告は、知事に対し、同年四月九日、次のとおり県立劇場の使用許可を申請した(以下「本件申請(二)」という。)。

(1) 行事の名称 オウム真理教徒の住民票受理を求める市民集会

(2) 使用日時 同年六月二三日(日曜日)午後一時から午後五時まで

(3) 行事の内容 講演と討論会

(4) 入場予定人員 二〇〇名

(5) 使用施設 大会議室

(二) 知事福島譲二は、同年四月二六日、右申請に対して使用を許可する旨原告に通知し、原告は、被告に対し、使用料として二万〇六〇〇円を支払い、同年五月一四日付けで使用許可を受けた(以下「本件許可」という。)。

(三) ところが、同知事は、同月二一日、右翼団体からの使用許可申請があつたことなどもあり、「市民の会と右翼団体の双方もしくは一方の使用を認めると、相当の混乱が予想され、オーケストラやオペラの催しに重大な支障をきたす恐れがある。」との理由で、本件許可を取り消した(以下「本件処分(二)」という。)。

(右2ないし3については争いがない。)

三  争点

1  甲事件

(一) 本件規則四条三号が憲法二一条に違反するか否か。

(二) 本件処分(一)の違憲・違法性

(三) 損害額(原告の主張額慰謝料一六〇万円、弁護士費用四〇万円)

2  乙事件

(一) 本件条例五条が憲法二一条に違反するか否か。

(二) 本件処分(二)の違憲・違法性

(三) 損害額(原告の主張額財産的損害一二万九七八四円、慰謝料二四〇万円、弁護士費用五〇万円)

第三  争点に対する判断

一  証拠(後掲)によれば、以下の事実が認められる。

1  県立劇場の設置目的及び施設の状況等

(一) 県立劇場は、熊本県民の文化の振興を図るため設置された施設であり、その業務として、音楽、舞踊、演劇のための施設及び設備を提供すること並びにその他県民の文化の振興に必要な業務を行う。

(二) 県立劇場は、熊本市の中心部である大江二丁目七番一号に所在し、建物・敷地の概略は別紙図面1ないし7のとおりである。西側と南側は道路に面し(西側の道路が県立劇場への主要道路で、南側の道路よりかなり幅員も広い)、敷地内には庭が広くとつてあり、道路との境は、西側が二段の石積みのうえに低い植え込みがあり、南側は主に一メートル五〇センチ前後のコンクリート塗りの塀で囲まれ、比較的開放的な空間を形作つている。そして、建物内部は、その設置目的を達成するため、地下一階ないし地上二階(吹き抜け)にコンサートホール及び演劇ホール、地下一階に音楽リハーサル室、演劇リハーサル室、大会議室及び和室などが設けられているほか、一階に練習室、レストラン及び売店、二階に中会議室、練習室が設置されている。また、建物内に入るための扉の施錠に関しては、建物内部からであれば鍵無しで開放可能な構造のものが数多く存する。

2  県立劇場の運営等

(一) 県立劇場の運営については、その設置目的を達成するため、必要な施設の維持、管理、利用関係の調整等、運営それ自体に内在する管理作用があるため、被告において、本件条例を定め、公共用財産たる県立劇場の利用を知事の許可にかからしめている(四条)。

また、本件条例の施行に関する必要事項は知事が定めることとされ(一〇条)、知事は、これに基づき本件規則を定めている。

(二) 本件規則四条は、次の場合に、使用を許可しないことができる旨定めている。

(1) 県立劇場における秩序又は風紀を乱すおそれがあるとき。

(2) 施設及び設備をき損し、又は滅失するおそれがあるとき。

(3) その他使用させることが県立劇場の管理上支障があるとき。

(三) 本件条例五条は、知事は、使用許可を受けた者が、次の各号のいずれかに該当するとき又は管理上支障があると認めるときは、使用の許可を取消し、若しくは変更し、又は使用を停止させることができる旨定めている。

(1) この条例又はこの条例に基づく規則に違反したとき。

(2) 前条第二項の規定により許可の条件に違反したとき。

(3) 虚偽その他不正の手段により許可を受けたとき。

3  背景事情

(一) 宗教法人オウム真理教は、平成二年五月ころ、熊本県阿蘇郡波野村に道場を建設するなどして進出した。これに対し同村民の一部は「波野村を守る会」を結成して同教団の同村進出に反対し、これを追放する運動を展開した。波野村当局も新たに入村する信者を住民として認めず、その転入届を不受理とする取扱いを続けた。知事は同教団が森林法一〇条の二第一項の規定に違反して森林を伐採し道場を建築したとして、同教団に対し同法一〇条の三に基づき開発中止命令を発した。

(二) 原告をはじめとする八名は、同年一一月、オウム真理教に対する人権侵害をやめさせることを目的とし、市民の会を結成した。

4  本件処分(一)に至る経緯等

(一) 市民の会のメンバーである四宮朝子は、平成三年一月二二日(以下に記載する日時で、特に年を記載しないものは、いずれも平成三年である。)、県立劇場へその使用許可申請に赴いたところ、担当職員から申請は受け付けられない旨の説明があつた。

(二) 原告らは、同月三〇日、県立劇場を訪れ、その使用を拒絶する理由の説明を求めたところ、同劇場の事務局長桑山裕好(以下「桑山」という。)は、外部の者による混乱の発生、他の利用者に与える影響等を検討する必要があるから、「一週間待つて欲しい。」との回答をした。

(三) 原告らは、二月一日、県立劇場館長鈴木健二に要望書を提出するため、県立劇場に新聞記者等と共に来館した。

(四) 翌二日には、原告らが県立劇場を訪れ使用許可を求めて交渉している旨の報道がなされ、同月四日には、熊本日日新聞に、原告投稿の「人権は何人にも保障を」と題する記事が掲載された。

(五) 同月四日午後〇時二五分から三五分ころ、右翼団体が、街宣車八台で県立劇場周辺の公道及び劇場敷地内を、原告による県立劇場使用阻止を主張して、街頭演説を行つた。

(六) 同月五日には、波野村を守る会代表世記人会総務山口定喜から県立劇場館長宛に抗議文書が届いた。

また、同日午前一一時三〇分ころ、日本敬神党代表者三の宮、愛国大日本鉄心会代表者出口及び日本革新党代表者梅木外六名が県立劇場を訪れ、「もし原告の使用が許可されるようになれば、九州六〇団体及び全国の同志に働きかけて二〇〇台以上の車を県立劇場に集会させる。」旨述べた。

(七) 桑山は、同日、右翼から聞いた事実を警察に伝えて相談したところ、「今の状況では熱も上がつているので本当にやるんじやないか。」、「劇場そのものがオープンな作りだし、他の催し物も多いので、それらに迷惑をかけずにやるのは非常に難しい。」旨の返答を得た。

二月六日、原告らが県立劇場を訪れたので、桑山は、新聞に記事が掲載され、波紋を生じているため、使用申請に対し、同日は判断できない旨を伝えた。

これに対し、原告は、同日、本件申請(一)をし、同月八日、本件処分(一)がされた。

(八) 二月八日時点での三月二三日の県立劇場の使用許可状況は、コンサートホールにつき株式会社アドスーパープレーンがセキスイハイム抽選会のため午前九時から午後五時まで(平成二年二月二日に不使用の連絡あり。)、演劇ホールにつき統一運動推進連合協議会熊本県支部(世嘉良美和)が時局講演会のため午前九時から午後九時三〇分まで、演劇リハーサル室につきリュミェール熊本(唐津啓子)が午後六時から九時三〇分まで、第一練習室につきヒッポファミリークラブ(山本恵子)が多言語学集会のため午後一時から五時まで、熊本市民吹奏楽団(小山剛司)が吹奏楽練習のため午後六時から九時三〇分まで、第二練習室につき佐々木隆子タップ・ダンス熊本教室(小川美恵子)が午後六時から九時三〇分まで、第三練習室につき済々黌OB碧落アンサンブル(三浦克洋)が練習のため午後六時から九時三〇分までとなつていた。

(九) 原告らが計画していたシンポジウムは、一般市民に対し自由な参加を呼びかけるもので、オウム真理教の信者にも、波野村村民にも、右翼にも参加・発言の機会を与えようという企画であつた。

(一〇) 熊本市内中心部に所在し、二〇〇名の人員を収容できる施設としては、熊本県福祉会館、同教育会館、同産業文化会館、同青年会館、熊本青年会館、熊本市民会館、労働会館などがあつたが、二月八日の時点で三月二三日に空いている施設はあまりなく、原告は、仕方なく熊本大学教養学部の教室を借りて、三月二三日、予定していたシンポジウムを、波野村民、オウム真理教信者及び一般市民など一四〇名余りの参加者を集めて行つた。当日は、右翼の妨害活動等はなかつたが、同大学の要請で入場無料での開催を余儀なくされ、一〇数万円の赤字が出た。

5  本件処分(二)に至る経緯等

(一) 原告ら八名は、二月一九日、本件処分(一)の取消しを求めて訴えを提起し(当裁判所平成三年(行ウ)第四号)、当裁判所は、四月八日、本件処分(一)を取り消すとの判決をした(なお、同事件は、知事が控訴し-福岡高等裁判所平成三年(行コ)第九号-、同裁判所は、使用許可を求めていた三月二三日が経過したので訴えの利益がないとして、訴えを却下する判決をした。)。

知事は、四月九日の本件申請(二)に対し、特に抗議活動等もなく、本件処分(一)に対する右取消し判決があつたこともあつたため、本件許可をした(四月二六日)ところ、これが四月二七日の新聞各紙上に「熊本県が一転許可」等の見出しで報道された。

(二) 本件許可以降に右翼等が行つた原告の県立劇場使用を阻止するための行動は次のとおりである。

(1) 四月二七日、県立劇場では、福岡の右翼と称する者二名から「(県立劇場を原告らに)使用させれば突つ込む。焼き討ちにする。館長も用心するように。」との、また福岡の山口と称する者から「今夜焼き討ちに行きます。」との各電話を受けた。

(2) 同月二九日、県立劇場では、午後五時ころ梅木から「六月二三日までに県立劇場をぶつ壊してしまう。もし貸したら右翼みんな山ほど押しかける。」との、また午後六時一五分ころ東京りつこうしや同志会の山口某から「貸し出すと大変なことになる。我々は許すわけない。」との各電話を受けた。

(3) 同月三〇日、被告文化企画室では、午後二時五分ころ大日本忠新党(大阪)の雲川から「毎日抗議行動に行くからな。既に同志がそちらに行つているので今日でも行くからな。今回は宗教の問題だから、日教組の比ではなく徹底的に抗議するから覚悟しておけ。」との、また午後四時ころ波野のよたろうと称するものから「お前は命を狙われているぞ。」との各電話を受けた。

また、被告秘書課では、四時九分ころ、三の宮から「万一会場を貸したら、日教組大会以上の大騒動になるぞ。」との電話を受けた。

(4) 五月二日、被告文化企画室では、午前一一時四〇分ころ三の宮から「集会は実力で阻止する。」との、また午後一時四五分ころ福岡の者から「集会は実力で阻止する。自分のように理屈がわかる者ばかりでないので用心しろ。本島みたいになるぞ。」との各電話を受け、更に、雲川、尊皇塾(大分)、日本愛国同志会(大分)、日本革新党九州地区(大分)、桜政塾(大分)から抗議書を受領した。

(5) 同月七日、被告文化企画室では、午後一時ころ日本を代表する会の山口(福岡)から「当日は必ず混乱するからな。」との電話を受けた。

(6) 同月八日、右翼の街宣車二台、ジープ一台、マイクロバス八台が、県庁、県立劇場の周辺で抗議行動をし、午後三時五分ころには、そのうち二〇名ほどが車から降りて県立劇場中央玄関になだれ込み、同所で待機していた事務局長の桑山を取り囲み、密着して、二〇ないし三〇分間にわたつて、がなりたてるようにして抗議をした。

また、同日、青年民族同盟の竹内から抗議書が被告宛に送付されてきた。

(7) 同月九日、右翼は、午前九時五分から一五分までの間、街宣車四台で県庁敷地内において抗議行動を行い、午前九時三〇分ころ、街宣車(バス)四台及びジープ一台で県立劇場の敷地内に入り、下車のうえ県立劇場内になだれ込み、抗議行動を行い、「県内の右翼はこの程度で済むが、関西方面の団体はこの程度では収まらない。今までの抗議行動は、こちらの指令で統一的に動いていたが、全国から集まればそうはいかない。事務局長、知事及び館長個人の家にも押しかけることになる。当日は、人権尊重を求める市民の集会にも参加する。」旨述べた。

また、右翼は、同日午後三時二五分ころ、ジープ二台及び街宣車八台で県立劇場に集結し、午後四時五五分ころ、護国愛桜会の守屋、日本憂国同盟の者等合計八名が街宣車三台に分乗して県庁を訪れ、文化企画室長に抗議を行い、守屋は知事に対し、県立劇場大会議室につき、六月二三日午前九時から一二時及び午後六時から九時三〇分までの使用許可を申請した。

(8) 同月一〇日、午前一〇時三〇分ころ、梅木他五名は、県庁を訪れ、ロビーにおいて文化企画室長に対し、「俺はやると言つたら絶対やるからな。片岡君(文化企画室長)一緒に心中しようやないか。」などと述べた。

同日午前一〇時五五分ころ、梅木及び田北が午前一一時一六分ころ、また守屋他一〇名が県庁を訪れ、秘書課長に抗議した。

同日午後三時三〇分ころ、右翼の街宣車七、八台が県立劇場に集結して抗議行動を行い、「このまま続行すれば刃傷ざたが起きる。必ず起こす。」などと述べた。

更に、同日、守屋が同月九日の県立劇場大会議室の使用許可申請を撤回したうえで、梅木が右申請と同一の時間帯で県立劇場大会議室の使用許可を申請した。

(9) 同月一四日午後二時五一分ころ、赤心会の野田他二名(福岡)、三の宮、梅木他五団体約三〇名は、県庁を訪れ、文化企画室長らに抗議し、その中の一名が同室長の首を背後から締め、また別の者が同課長補佐坂田の上腕部を背後から強く引き寄せる等の暴行を行つた。

(10) 同月一五日午後二時七分ころ、三の宮、雲川、青年愛国党、震風会(関西)は街宣車九台、ジープ四台で県庁を訪れ、文化企画室課長補佐に抗議した。

同日午後二時五五分ころ、梅木他二〇名は、街宣車九台、ジープ一台で県立劇場を訪れ、事務局長に抗議をした。

(11) 同月一六日午後二時二七分ころ、井上、野田ら二四団体約六〇名が街宣車二七台に分乗して県庁を訪れ、文化企画室長に抗議をした。

(12) 同月一七日午後四時二〇分ころ、三の宮、国防挺身会の尾形、日本愛する会の山口他二名が県庁を訪れ、文化企画室長に抗議した。

(三) 桑山は、五月八日、右翼団体による抗議行動が活発になつたため、熊本北警察署に対し、五月八日から六月二三日までの間の一般警備要請を行つた。

また、桑山は、数回、警察に対して、六月二三日の警備について相談したが、県立劇場は開口部が多く、南側の壁も低いので警備がしにくいし、平穏な管理に支障をきたさない範囲での運営は極めて困難ではないかとの回答を得ていた。また、右翼の車両を一般の車両と分けて、敷地内への侵入を規制できないかを検討した際は、要請があれば排除できるかもしれないが、オペラの観劇等に来た一般車両もあるため大渋滞を起こし、現実的には不可能ではないかとの回答であつた。

(四) 五月一九日、桑山は原告に対し、県立劇場以外の代替施設を捜すよう申し入れたが、拒否されたため、同月二一日知事の本件処分(二)に至つた。

(五) 本件処分(二)がされた時点での、県立劇場の六月二三日予定の催しは、コンサートホールにつき熊本ウインドオーケストラ(川瀬誠)が第五回定期演奏会のため午前九時から午後五時まで、演劇ホール、劇場リハーサル室及び音楽リハーサル室につき熊本オペラ芸術協会(出田憲二)がオペラ・カルメンの全幕公演のため午前九時から午後九時三〇分まで、それぞれ使用許可を得ていた。

五月一七日付けで、熊本オペラ芸術協会会長の出田から知事宛に要望書が提出され、オペラ「カルメン」の公演にあたつては一年以上前から準備を進めてきた本格的大型オペラであること、県立劇場では市民の会とこれを反撃する団体との間の混乱が十分に予想され、このような混乱があるとするならば、協会にとつても、数千名の観客にとつても迷惑であること、このようなことを強行するならば、協会は県に対し法的措置をとることを検討していること、原告に会つてこのような混乱を回避するため他の施設を提供したい旨申し入れたが、断られたこと、県は早急に混乱を回避し県民の不安を取り除くよう求める旨の要望がなされた。

(六) 原告は、本件処分(二)以前に、本件申請(二)にかかる市民集会のチケット、ポスター及びチラシ等を印刷、配付及び販売していたことから、チケットの払い戻しや説明をするため、六月二二日、被告に対し県立劇場のロビーを利用させて欲しい旨申し出て了承を受け、当日、県立劇場の協力を得て事後処理にあたつた。

6  その後の事情

(一) 原告は知事に対し、六月二六日、県立劇場の大会議室以外の施設が空いている日ということで一〇月一四日の大会議室の使用許可申請をしたが、右翼が県立劇場の他の施設について使用許可申請をしたため、知事は原告の右申請を不許可とした。

(二) 原告は知事に対し、八月四日にも一〇月五日の県立劇場大会議室の使用許可申請をしたが、八月二〇日過ぎに不許可とされた。

(三) 原告は、一一月二三日午後一時から五時までの間、熊本県福祉会館大ホールにおいて、市民の会の主催で、「人権尊重を求める市民集会」との題目により、オウム真理教信者に対する波野村の住民票不受理を巡るシンポジウムを行つたが、事前に新聞報道もされていたが、市民の会が警察に警備要請をして警備態勢を敷いていたこともあり、右翼による妨害活動は街宣活動のみで実力による妨害活動は行われず、福祉会館の他の使用者からも特段の苦情はなかつた。

二  争点1(一)及び2(一)について

1  本件規則四条三号は、「県立劇場の管理上支障があるとき」を、不許可事由とし、本件条例五条も、同事由を使用許可の取消事由として規定するが、本件規則四条三号及び本件条例五条に右の規定があることからこれが直ちに憲法二一条に違反するということはできない。

もとより憲法二一条の保障する集会の自由及び表現の自由は、民主主義社会の存立の基礎をなす最も重要な基本的人権の一つであつて、この自由は最大限に尊重されなければならないものであり、地方自治法二二四条も、普通地方公共団体は正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない旨規定している。しかし、集会の自由は、いかなる場所において、またいかなる方法であるとを問わず、無制限に行使することのできるものではない。集会が公の施設を利用してなされる場合には、その施設の設置目的、一般の公共の使用関係、集会の規模等との関連において、施設の維持管理、利用関係の調整等のため、その施設の管理主体の設定する利用条件に従つて、はじめて施設の使用が可能なのであり、集会の自由ゆえに当然に施設利用の利益を享受できるわけではないことはいうまでもない。したがつて、前記各規定自体を違憲あるいは違法ということはできない。

2  しかし、その解釈にあたつては、管理権者による自由な主観的あるいは政策的な判断を許すものではなく、客観的にみて管理運営上支障を生じる蓋然性が合理的に認められる場合にのみ使用不許可あるいは使用許可の取消しができると解するのが相当である。

ところで、客観的にみて管理運営上支障を生じる蓋然性が合理的に認められるか否かの判断にあたつては、当該施設の設置目的及び施設の構造をも考慮しなければならないが、県立劇場は、公民館等の施設と異なり、第三の一1(一)に認定したとおり、熊本県民の文化の振興を図るため設置された施設であり、その業務として、音楽、舞踊、演劇のための施設及び設備を提供すること並びにその他県民の文化の振興に必要な業務を行つており、芸術文化のための重要な施設となつているのであつて、一方、言論集会については前記認定のとおり他に代替施設が熊本市内にも数多く存在することに照らすと、他の利用者と同一日時に県立劇場を使用することになる場合において、本件のごとく第三者の妨害による管理上の支障が問題となるときは、妨害行為発生の具体的蓋然性、警備により防止できるか否かの他に、施設の右目的、社会的役割の観点から、他の利用者の施設使用の支障の程度を対比して検討することが許されるものというべきである。

三  争点1(二)及び(三)について

1  争点1(二)について

(一) 本件処分(一)に至る経緯は前記認定のとおり、右翼団体の街宣活動、抗議文の交付及び「もし原告の使用が許可されるようになれば、九州六〇団体の及び全国の同志に働きかけて二〇〇台以上の車を県立劇場に集合させる。」旨の申入れ並びに波野村を守る会からの申入れがあつた程度であり、右の右翼団体の行動傾向、組織規模なども未だ明らかでなく、右処分当時においては、使用許可をした場合どのような混乱が生じるかを未だ具体的に予測することができたとは言い難く、実力による妨害活動に出る蓋然性が高いと判断できる状況には至つていないというべきである。なお、前述したとおり、二月五日、桑山と警察とで警備に関する話がなされた際、警察が「今の状況では熱も上がつているので本当にやるんじやないか。」、「劇場そのものがオープンな作りだし、他の催し物も多いので、これらに迷惑をかけずにやるのは非常に難しい。」旨述べたことが認められるのであるが、右は未だ漠然とした危惧感を表明したものにすぎず、当時、更に具体的に、予想される混乱に対し、いかなる警察の関与、規制が可能であるかまでは検討されておらず、桑山は、二月五日の申入れは一般的な話としての言葉で、激しい抗議行動ではなかつたので、警察への警備要請もしなかつたというのであるから、右事情のもとでは、警察の関与をもつてしても、なお管理に具体的支障が生じるかについてまで、検討がなされたとは認められない。そして、仮に警察による警備を要するに至つたとしても、三月二三日に予定されていた他の催しに対し、原告との対比において甘受することができないような支障を生じることになつたものとは認められない。

してみると、本件処分(一)の時点では、客観的にみて管理運営上支障を生じる蓋然性が合理的に認められる事由があつたとはいえない。

(二) 以上認定した事実によれば、知事には、県立劇場を所管する公務員として当然に要求される判断を誤り、違法な処分に及んだ点において、少なくとも過失があるといわざるを得ない。

したがつて、被告は国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し、本件処分(一)により与えた損害を賠償する責任がある。

2  争点1(三)について

原告は、本件処分(一)により、自由の制約ないしその社会的評価を低下させられたものと考えられ、原告の社会的地位、活動、本件処分(一)の態度とその理由等の諸般の事情に照らすと、その慰謝料は二〇万円と評価するのが妥当である。

また、本件訴訟における認容額、事案の難易等本訴に現れた一切の事情を考慮すると、原告の弁護士費用として五万円を認めるのが相当である。

四  争点2(一)について

本件処分(二)に至る経緯は前記認定のとおりであり、県立劇場のみならず、県庁に対しても右翼に執拗な抗議行動があつたこと、現実にいくつもの右翼団体が県立劇場周辺を訪れて街宣活動をし、館長や職員の身体に危害を加える旨発言し、また、桑山に対して取り囲んで威圧するなどし、被告職員に対する暴行行為にまで及ぶなど抗議活動が次第に先鋭化しつつあつたことに照らすと、六月二三日の集会については右翼団体の実力による阻止行動が高度の蓋然性を以て予測された。他方、県立劇場では、六月二三日には、コンサートホールでは定期演奏会(午前九時から午後五時まで)及び演劇ホールではオペラ(午前九時から午後九時三〇分まで)の各上演予定があつたのであり、県立劇場の構造上、地下一階にある大会議室に行くには一階のエントラスホールから地階へ降りる階段を使用するのが普通であり、一方、コンサートホール及び演劇ホールへ行くには、正面玄関からは一階エントランスホールを通つて入場することになるため、右三会場の利用者は、午後一時から五時ころまでの間、いずれも同一の場所を利用せざるを得ないことになる。してみると、前記認定の県立劇場の構造に照らしても、また、五月八日、警察の一般警備を要請中であつたにもかかわらず、右翼が建物内になだれ込んだ実情に照らしても、右翼団体の入場を阻止することは極めて困難であり、たとえ警察に警備を要請するなどしても、右翼団体の実力による妨害行動を阻止できるか否か不明であり、一般の利用者多数を巻き込んでの不測の事態が生ずるおそれも大きい。

また、厳重な警備態勢を敷くことにより、仮に右翼の県立劇場への侵入を防ぐことができたとしても、街宣活動等が行われれば、コンサートホール及び演劇ホール自体に防音設備が施されているにせよ、県立劇場の敷地内、建物内のエントランスホール、廊下等が喧騒状態となることが容易に予想されるから、そのような状況下では事柄の性質に照らし真の芸術鑑賞は甚だ阻害され、ひいては演奏会及びオペラの公演に著しい支障が生じることが明らかであり、県立劇場が、音楽、舞踊、演劇のための施設及び設備を提供することを主要目的としていることに鑑みても右のような事態は避けなければならないものである。

してみると、被告が本件処分(二)を行つた時点では、客観的にみて管理運営上支障を生じる蓋然性が合理的に認められる事由があつたというべきであり、右処分はやむを得ないものであつて、適法であつたと認めるのが相当である。

五  まとめ

以上のとおりであつて、原告の請求は、甲事件のうち金二五万円及びこれに対する甲事件の不法行為の時である平成三年二月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、甲事件のその余の請求及び乙事件の請求をいずれも棄却することとして、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないので却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堂薗守正 裁判官 秋吉仁美)

裁判官脇博人は、転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 堂薗守正)

《当事者》

甲・乙事件原告 中島真一郎

右訴訟代理人弁護士 山下幸夫

甲・乙事件被告 熊本県

右代表者知事 福島譲二

右訴訟代理人弁護士 舞田邦彦 右同 吉村俊一

被告指定代理人 桑山裕好 <ほか三名>

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