熊本地方裁判所 平成3年(行ク)4号 決定 1991年6月13日
申立人
中島真一郎
被申立人
熊本県知事
福島譲二
右代理人弁護士
舞田邦彦
右同
吉村俊一
右指定代理人
片岡楯夫
外三名
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
一申立人の本件申立の趣旨及び理由は別紙県立劇場使用許可取消処分執行停止申立書記載のとおりであり、被申立人の答弁は別紙答弁書記載のとおりである。
二当裁判所の判断
当裁判所は、本件取消処分の効力を停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると考える。その理由は以下のとおりである。
1 本件疎明資料によれば、申立人は、オウム真理教徒の住民票受理を求める市民集会(以下、本件集会という。)を実施するために、平成三年六月二三日午後一時から午後五時までの間、熊本県立劇場(以下、県立劇場という。)内の大会議室を利用しようとしていること、本件集会のテーマを巡っては様々な見解があり、本件集会の開催に対しても反対している多数の団体があること、被申立人側が申立人の県立劇場使用許可申請を許可する旨の発表をしたことに対し、平成三年四月二七日以降、度々反対団体所属者が、県立劇場あるいは熊本県に対して、電話あるいは直接面会を求めて抗議し、集会開催阻止行動をとることを言明していること、同年五月二五日には、反対団体所属者が同月一四日の抗議の際に、熊本県職員に対して暴行したとして逮捕されたこと、県立劇場は、本来音楽、舞踏、演劇のために施設及び設備を提供することをその主たる目的とし、収容定員一八一三席のコンサートホール、一一八三席の演劇ホール等の施設を有するところ、本件集会の開催が予定される日には、熊本ウインドオーケストラが第五回定期演奏会のために右コンサートホール等の利用を、更に、熊本オペラ芸術協会がオペラ「カルメン」の公演の右演劇ホール等の利用をそれぞれ予定していること、右のオペラの公演の昼の部は午後零時開演予定であること、県立劇場の諸施設の配置状況は別紙答弁書添付図面1ないし7のとおりであり、右の各利用予定からすると、本件集会開催前後にかけて、本件集会の参加者だけでなく、これらの催し物の利用者の多数も、正面玄関及びエントランスホール付近を利用することが予想されること、以上の事実が一応認められる。
右事実に基づいて検討するに、県立劇場の諸施設の配置状況、本件集会の開催が予定される日の利用者数、とりわけ、反対団体所属者の言動からすると、このまま本件集会を開催すれば、一般の県立劇場の多数の利用者を巻き込んで不測の事態が生ずるおそれが大きいといわなければならない。
2 次に、右の不測の事態を防止する確実な手段があるかについて検討するに、申立人は、反対団体による違法な実力行使が予想されるとしても、警察の警備を要請するなど適切な措置を講じれば、当日催される本件集会、オペラ、コンサートが平穏裡に行われるようにすることは十分可能である旨主張するが、申立人の主張から明らかなように、本件集会は不特定多数の者の参加を呼び掛けている上、本件集会の開催が予定される日には前述したように多数の利用者が予想されることからすると、反対団体所属者の県立劇場への入場を阻止することは極めて困難であって、警察による警備等の措置によって十分な警備を行えないおそれがあるというべきである。
したがって、右の不測の事態を防ぐ確実な手段はないといわざるを得ない。
3 本件取消処分により、申立人は集会の自由という重要な基本的人権の行使を阻害されることは明らかであり、その原因が反対団体の実力行使にあることも明白であるが、集会の自由も他の者の人権との調整という点からの制約、すなわち、公共の福祉に基づく制約を免れないのであって、本件の場合においては、申立人以外の県立劇場の利用者の権利というものも十分に尊重しなければならない。
本件集会については、他日、他の文化活動に影響を及ぼすことがないよう、事前に十分な対策を講じて、本件集会を開催することも可能であると考えられるから、右基本的人権の行使が全く不可能になるものではないというべきであり、本件取消処分の執行停止によって本件集会が開催された場合に不測の事態が発生するおそれがある以上、本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるといわなければならない。
三よって、本件申立は理由がないから、これを却下することとし、申立費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官足立昭二 裁判官大原英雄 裁判官横溝邦彦)
別紙<省略>